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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪物令嬢

作者: 不識庵

 エヴィエニス王立学院。エヴィエニスは『貴族』を意味し、名前の通り貴族階級の子息子女たちが集うどこかの王国に存在する学院である。この学院では学問に重きを置く傍ら、失礼、学問を傍らに置き彼ら彼女たちは専ら交流関係を広め家同士の繋がりを強くし、あるいは将来の伴侶を探すことに躍起になっていた。国の将来を担う貴族の子息子女としておかしくはないのだろうけど、学院なんだから学問を頑張れよと言いたくなって来る。別に彼ら彼女たちが学問をサボってるというわけでもないのだけれど、サボってるように見えるほど別のことに力を注いでいるのだ。


 さて、本日そんなエヴィエニス王立学院ではパーティーが行われていた。どんな理由によるパーティーなのかは大して重要なところではない。年に一回必ず行われるとでも、建国二百年の祝いとでも、王妃様に新たな命が宿ったとでも、理由は何とでも。パーティーの内容も豪勢な料理に生徒間での交流と、いつも学院でやってることを大規模にしただけである。でも、楽しいことは楽しいことなので、無礼講とはいかずとも皆思い思いにパーティーを楽しんでいた。


 ところが現在、パーティー会場の空気は重苦しい。曇天の空のようにどんよりと暗く、雷が落ちて来たかのようにビリビリと緊張感が漂っている。楽しかったパーティーはほんの数分前にお亡くなりになられたのだった。

 こんな空気を作り出しているのは六名の生徒。四名の男子生徒とそれに守られるように立っている桃色髪の少女。そしてその五名に対峙している一人の女生徒がいた。

 本日の主人公はこの女生徒である。ティアン・ギフトシュランゲル――公爵家生まれのやんごとなきご令嬢だ。


「はあぁ……」


 ティアンは大きく息を吐いた。面倒くさい、鬱陶しいの意を込めたものであり、何よりイライラしているというため息である。そのため息に、目ざとい男子生徒四人は鋭い目つきをさらに尖らせて、熱い視線をティアンに送った。チリチリチリチリと心地よい感覚がティアンを襲う。桃色髪の少女はティアンを見ながらただただ震えて、何が何やらと言ったこの六名以外、他の子息子女たちはポカーンと貴族の家柄らしからぬ阿保面を晒している。

 今、何が起きているのかと言えば、要約するとティアンが男子生徒四人に糾弾されているのだ。もう少し、ほんの少し詳しく言えば、男子生徒四人は愛する桃色髪の少女を傷つけた悪党であるティアンを糾弾しているのだった。

 男子生徒たちに守られている少女の左頬は腫れている。誰かに殴られた痕で、殴られた少女はティアンが犯人であると言い、男子生徒たちもそうだと決めつけ、ティアン自身にも心当たりはあった。


「どうしてこんなことをしたっ!」


 ティアンと対峙している男子生徒の一人が怒声をあげた。金髪碧眼で王子様然とした少年。事実彼はこの国の王子様で、ティアンの婚約者でもあった。

 王子様はご機嫌斜めな様子で、でもティアンはそんな婚約者の様子を特に気にする様子もなく思考する。どうして少女を殴ったのか。身の程を弁えずに人様の婚約者に手を出した報いですわ。それも一人ではなく四人も。ですから、天の裁きを下してやったのですわ――なんて、薄ら寒くなる理由でも述べようか。勿論、殴ったのはそんな理由ではない。

 だったらどうして?

 これと言って考えつく理由はなかった。別に少女が男爵家の生まれであることも、そんな少女に婚約者の心を奪われたことも、ティアンにはどうだっていい。強いてあげるとすればイライラしたから。イライラの限界が訪れていた時に、イライラの元凶の一つが偶然廊下を通りかかったのでついつい。一昨日のことだと思う。これも立派な理由になるのだろうか。

 

 ティアン・ギフトシュランゲルという少女は常にイライラしていた。生まれた時からそういうわけではなく、ある時期からである。確か実の母親が病で世を去った時期と被るのではないだろうか。自分を利用価値のある道具としか見ない父親にイライラする。邪魔者扱いして来る父親の後妻にイライラする。父親と後妻に取り入り味方をしてくれない使用人たちにイライラする。人の話し声がうるさくてイライラする。もう何となくイライラする。

 そして。

 自分を見て震えている桃色髪の少女。キーキーと猿のように甲高い声がイライラする。男に媚びる姿がイライラする。『悪役』がどうのこうのと絡んで来るのがイライラする。やってもいないことを自分の所為にされてイライラする。

 だからぶん殴ったのだ。イライラの限界が来て、ちょっと暴れたくなって、それをどうにかしたくてぶん殴ったのである。衝動的だったので威力は軽いものであった。溜まっていたイライラが一気に吹き飛んだ。思い出すと気持ちが良かった。

 ニヤリとティアンは思い出し笑い。


「何を笑っている」


 怒りを顔に出してもあくまで冷静な声音だった。ひょろひょろと将来は文官希望間違いなしなその少年は、国の宰相の息子である。

 ちなみに他の二人は、騎士団長の息子とどこぞの辺境伯の息子。この二人は中々そそられる身体をしていた。


「…………」


 ティアンは宰相の息子の言葉に何も反応を示さない。一昨日に少女をぶん殴って気持ち良かったという記憶に溺れてニヨニヨとしている。

 もう一度ぶん殴ってみたい。今度は思いっきり。

 あの気持ち良さをもう一度。ティアンは桃色髪の少女を視界の中央に映し舌なめずり。瞳は完全に獲物を狙う肉食動物である。少女は「……ひっ」と後ずさった。


 すると、ティアンの態度が気に食わないのか王子様含む四名がガヤガヤと騒ぎ出した。「何だその態度は!」だの、「ラバーカに謝れ!」だの。

 ラバーカというのは桃色髪の少女のことだ。

 そんな喧しい彼らにティアンのイライラが一気に溜まっていく。人が折角過去の快感に浸っているというのに邪魔をするんじゃありませんわ――言いたげにティアンは王子様達を一人ずつ一瞥する。


「お前が反省の様子もなくそんな態度を取るのならこちらにも考えがあるぞ」


 王子様が言った。こんなことを言いたくはないけれど仕方がない。ありありと顔に表し王子様は言葉を続ける。


「ティアン・ギフトシュランゲル。今日を以て、私はお前との婚約を破棄する。確信した。お前は王妃に相応しい人間ではない」

 

 わっとティアンたちのやり取りを見学していた子息子女たちがざわつき出した。

 ティアンはと言えば、第一に周囲でのざわつきでイライラを益す。続いて婚約を破棄された結果自分がどうなるか考えた。

 あの父親と後妻のことだ。ただでは済まないだろう。つまらないところに飛ばされるかもしれないし、公爵家の恥がどうちゃらと最悪病死させられるやもしれない。考えるだけでイライラして来る。

 

「ああ……そうですわね」


 ティアンはこの瞬間決意した。

 ――先ずはこのイライラをどうにかしてしまわなくては。

 解消法は知っている。一昨日学んだばかりだ。

 ツカツカとティアンは歩く。


「止まれっ!」


 山のような身体を持った偉丈夫である騎士団長の息子が、ティアンの前に立ち塞がった。

 ティアンは足を止めて、見上げる。

 オーガの形相を浮かべる騎士団長の息子。

 グッとティアンは拳を握った。


「先ずは貴方ですのね」

「何をする気だ」


 騎士団長の息子が身構えて――

 真っ白な拳が偉丈夫の心の臓を捉える。


「私のイライラを止めて下さいまし」



★    ★    ★



 ティアン・ギフトシュランゲルは、見た目か弱そうな少女である。陽に当たればきらきらと金糸の髪が輝き、色白でほっそりとしており、紅茶を飲みながらうふふと笑っているのが似合う容姿だった。

 だが、そんな見た目であっても、握ってしまえばぽきりと折れそうな腕であっても、彼女の一撃は凶悪である。ティアンにとってほんのちょっと力を込めただけで、桃色髪の少女の頬を腫れあがらせるぐらいだ。これが全力で放たれるとなれば、もうそれは、一撃必殺と呼んでもいいかも知れない。

 ティアンの拳は剣や槍と言った凶器と何ら変わりなく。

 十分に、十二分に人を撲殺出来る。

 なので、単純にティアンの二倍はありそうなガタイを持つ騎士団長の息子が、一撃で肉体と精神の時を永遠に止められてもおかしくはない。

 外敵を屠る剣であり、王子様を、何より桃色髪の少女を守る盾であった彼は、一切の役目を全うすることなく散った。


「貴様っ!」


 騎士団長の息子が殺されたのを見て、辺境伯の息子がティアンに襲い掛かった。武器はないのでこちらも拳である。

 ティアンの腹に拳が突き刺さった。


「うぐぅ……ああ、良いですわね。次は貴方」

「なっ、あぎゃ」


 仲間を殺された怒りを込めた拳。並の人であれば、ティアンが見た目通りのお嬢様であれば、これで終わっていただろう。

 けれども生憎とティアンは普通ではなかった。

 怒りの拳など、ただただ彼女を――喜ばせるだけだ。

 ティアンの反撃。

 お返しに放たれたティアンの細りとして荒々しい拳により、辺境伯の息子は宙を舞ってから地に叩き付けられる。生命の灯がまた一つ消えた。

 パーティー会場は阿鼻叫喚。

 逃げる子息子女を無視して次なる標的をティアンは定める。


「貴方はつまらなさそうですわね」

「うううううう、うっ……」


 ティアン同様、線の細い華奢な宰相の息子。

 この貧弱そうな身体では、先ほどの辺境伯の息子みたいに楽しませてはくれないだろう。ならばとティアンが伸ばした右手は宰相の息子の喉を掴んだ。そうして力を入れる――枯れた木の枝でも折る時のように。ボキリと音が鳴ってから、ティアンは投げ捨てた。

 まるでゴミのように。いや、ようにではなく事実として、彼女にとってそれはゴミと同じである。

 死体を投げ捨てたティアンは、自然に王子様と向き合った。

 王子様は、震えている。

 彼にはティアンが人間に見えなかった。人の皮を被った何かにしか見えない。

 恐怖で、震えて、でもそれ以上に――怒っていた。


「ついに本性を現したなこの悪鬼めが! やはりお前は王妃に相応しくなかった!」

「ごちゃごちゃとうるさいですわねぇ。私をイライラさせないで下さいまし」

「地獄に堕ちろ!」

「ああもううるさい!!」


 騎士団長の息子や辺境伯の息子のお陰で少しばかり収まりかけていたイライラが再び顔を出す。

 うるさい。

 イライラさせるな。

 湧き上がるイライラを振り払うように、ティアンは拳を振り抜いた。子息子女の悲鳴の中で鈍い音がパーティー会場に響き渡り、王子様の命は呆気なく刈り取られた。

 逃げている子息子女を無視するならば、残るは桃色髪の少女だけ。目の前の現実を認識出来ずに放心している少女だけである。


「こんな……嘘よ……」


 放心状態で紡がれたのはそんな言葉。

 残念ながら嘘ではないし、幻覚でもない、はたまた夢でもない。どうしようもないぐらいに現実なのである。

 ティアンはへたり込む少女を持ち上げた。瞳はお互いにお互いを映し合っている。だけども、少女は視線の先にいる筈のティアンを見ていない。


「どうして……」


 意識したものではなく無意識に少女は口を開いた。これは質問ではないだろうし、答えてやる必要性もなかったが、ティアンは答える。


「私をイライラさせた、貴方達が悪いんですわ」


 桃色髪の少女は聞いていない。

 別に構わなかった。

 ティアンは持ち上げていた手を離して――少女を蹴り飛ばす。拳だけでなく脚の方も半端ないもので、少女は何回も地面を転がってから、王子様たちと同じ世界に旅立って行った。

 最後の一人を始末し終えてから周りを意識してみる。パーティー会場は静かでまさしく嵐が過ぎ去った後の光景であった。所々に料理がぶちまけられ、テーブルクロスがぐちゃぐちゃになっている。そして、床に転がる五つの死体。


「イライラが止まりませんわね……あああああああ!」


 そればかりか、今もどんどんイライラが込みあげて来ている気がする。テーブルを思いっきり蹴ってみても、何も変わらない。

 一昨日はあんなにスッキリしたのに。今日は一昨日を遙かに超えることをしたのに。

 どうすれば良いのか。

 答えは簡単だ――もっと面白いことをやれば良いのだ。


「次は家に帰りましょう。そしてその次は……ふふふ」


 次にやることは決まった。

 決まったなら直ぐに実行に移す。このイライラを止めなくてはならないから。

 ティアンはこれからやることを想像しながらパーティー会場を後にすると、道中多数の死者を出しながらギフトシュランゲル公爵領の、自分の家へと向かった。父親はどうか知らないが、少なくとも後妻と使用人たちはいるだろう。

 きっと楽しませてくれてこのイライラを止めてくれるに違いない。

 期待に胸を膨らませるティアンであった。




★    ★    ★




 このお話は、人の身に獣の精神を宿した『怪物』あるいは『魔獣』と、一国どころか大陸中にその名を轟かした、ティアン・ギフトシュランゲルが起こした、最初の事件のお話である。




 



 




 


 

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