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はるれ  作者: 録宮あまね
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謎の彼女

「初めまして。霜上(しもかみ)はるれです」

 肩を叩かれ、机に突っ伏していた頭を上げると見知らぬ彼女がそう言った。頭がぼんやりとする。昨日ゲームを夢中でやりすぎて、睡眠時間を十分にとれなかったせいだ。

 俺はこうして休憩時間の浅い眠りで(実際は授業中も半分眠っていたのだが)何とか今日一日を耐え抜こうと闘っていた。一時限目がようやく終わり、まだ二時限目との間の小休憩での出来事だ。先は長い。

 ぼーっとする頭で彼女をよく見る。髪を横の高い位置で一つに縛り、目が大きく(とても睫が長い)唇がつやつやとした可愛い娘だった。スカートは当然のごとく短く、ソックスは長めだったが、スカートとソックスの間から見える綺麗な白い足は全体的な彼女の肌の白さまでをも生々しく感じさせた。

 やはり見覚えはない。こんな可愛い娘、一度でも見ていたら覚えているはずだ。

「突然すみません。今日の放課後、はるれに付き合ってもらえませんか?」

 彼女は脳天気な声でそう言った。

 途端に熱は冷めた。俺は自分のことを名前で呼ぶ女が大嫌いなのだ。いくら可愛くても許せるものではない。下手したら頭が弱い可能性だってある。いや、その可能性の方がかなり高い。

 俺は少し意地悪をしたくなった。

「えっと、何さん? 俺、寝不足ですげー眠いんだけど。話があるなら、今ここで話してくれていいよ」

「出来れば放課後お願いします。話が長くなると思うので。それと名前ですが、はるれって呼び付けでいいですよ。はるれ、一年ですから」

 彼女は動じず、そう言った。

 一つ下か……。どうりで見たことがないはずだ。同じ学年の生徒なら、ある程度顔を見知っている自信がある(ここの高校は学年ごとの行事が異常に多い)

「どうでもいいけど、はるれってもの凄く言いにくいよ。舌噛みそうでイラッとする。何とかならないの?」

 俺は目にかかる髪をかきあげながら、ぶっきらぼうに言った。

「親から貰った名前です。それは……何とかなるわけもないでしょう?」

 はるれは真剣な顔でそう返す。

 先程までの能天気な様子は一切無く、怒っているのだと瞬時に悟った。そして、それは尤もだと思い、俺は自分を恥じた。同時に彼女に興味が湧く。何者だか分からないが、ただの頭の弱い女でもないようだ。

「……ごめん。失礼なこと言った。いいよ、放課後付き合うよ」

 俺は返す。

 授業開始のチャイムが響く。

 彼女はにっこりと笑って、「放課後また来ますね」と言い残し、慌てて教室を後にした。



 謎の彼女のことが気になりながらも、浅い眠りと授業を繰り返し、ようやく放課後がやってきた。


 何故か、彼女は俺を教室から保健室に連れてきた。保健の鈴木先生は会議で居ないらしく、彼女は冷蔵庫から飲み物を二本取り出し、そのうちの一本を俺に差し出す。勝手知ったる様子だ。

「はるれ、一年ですけど、本当は呉羽(くれは)くんと同い年です」

 彼女が唐突にそう言った。

「……何? 不登校?」

 聞きながら、瞼が重い。側にベッドがあるのに眠れないのが恨めしい。

「……違います。あんまり体調が良くなくて、休みがちだったので……。それで、実ははるれ、地底人なのです」


「は?」

 眠気は完全に吹っ飛び、思わず貰った飲み物を床に落とす。まだ開けていないペットボトルは、ベッドの下に、勢いよく転がっていった。

「あーーー、地底人はないんじゃない? せめて宇宙人とか未来人とか、そのあたりにしといたら?」

 馬鹿馬鹿しいこと、この上ない。呆れた顔で俺はそう返した。

「あ、そうですよね。じゃあ、未来人で……」

 彼女は笑っていた。

「嘘じゃないですよ? もうすぐここを離れる身です」

 更にそう続けた。

 地底人から簡単に未来人に変わるような甘い設定で、嘘じゃないなんて良く言えたものだ。


「……うん。それで、俺に何の用?」

 抑揚のない声で俺は聞いた。

「ここでの思い出に、はるれと付き合ってください」

 まあ、結局、告白か……。

 ため息をつく。

 好意を持って、インパクトでなんとかしようとしているのか、単に俺をからかっているのか、残念ながら彼女の笑顔から真意を読み取ることはできなかった。

 名前の話で、真剣に真っ当な返しをしてきた彼女を少し見直したのに、裏切られたような気分だ。


「悪いけど、君とは付き合えないよ」

 俺は、たいして考えもせずに、一時の感情で彼女を振った。

「……そうですか。分かりました」

 彼女の笑顔は崩れなかった。


「ちょっとした興味で聞くけど、なんで俺なわけ? 面識もないし、思い出つくるんなら、もっと適任者って居ると思うよ」

「……気持ち悪いって、思われそうですが、はっきり言うと一目ぼれです。はるれ、ずっと呉羽くんのこと見てました。地底……未来人は、気になる人をどこからでも見ることができるのです。これまで何回も声をかけようと思ったけど、どうしても勇気が出なくて……。でも、ここに居られるタイムリミットが迫ってきて、だから、思い切って告白することにしたんです。呉羽くんと別れることより怖いことって、今のはるれにはないですから」

 彼女は、一気にそう言った。

 よくわからないが、とにかく一方的に俺を見知っていたということか。


「それで、今、君のこと振ったわけだけど、なんでまた笑ってんの?」

「だって、笑うしかないです。呉羽くんを困らせたくはないですから。はるれは、呉羽くんとこうして話せて、思いを伝えられただけで満足です。振られることは、最初から想定してたので、気にしないでください」

「あ、そう」

 俺は再びため息をついた。

 はるれの頬が少し赤い。

 彼女の言っていることは完全におかしいが、他人に迷惑をかけない配慮だけはあるようだ。

 それにしても、馬鹿馬鹿しい作り話までして、そんなに俺と付き合いたいのか。


「分かんないな。大体、俺なんかと付き合って何がしたいの? 付き合ったって面白くないし、見ての通り、俺、すげー性格悪いし」

「呉羽くんは優しいです!! 呉羽くんは、思ってることをはっきり言うけど、だからこそ嘘がないというか……優しい人だと思います。もし付き合えたら、はるれ、普通のカップルがするようなこと、一度でいいからしてみたかったんです」

「優しい? 君、ホントに変わってるな。でも、まあ……ちょっと面白いかな。それで、普通のカップルって何すんの?」

 俺は聞いた。


「べたべた、でしょうか? はるれも、付き合ったことないので、実ははっきりわからないですけど。……多分べたべたです」

 どういう認識だ? べたべた? 性的な意味で言っているのか?

 それは、子供なのか、逆に大人なのか分からない答えだった。


「ここでの最後の望みが俺と付き合うことなら、そんなに簡単に諦めるなよ……。もう少し、押せば?」

「え?」

「……話してみて、迷惑よりも君への興味が勝ったってこと。君の見た目だけだったらストライクなわけだし。とにかく、目が覚めるくらいの衝撃は受けた」

 はるれは、俺が了承したことがようやく分かったらしく、嬉しそうに笑った。




 謎の彼女は、思いもしない時に突然現れては俺を驚かせた。

 ただ、普段は馬鹿が付くぐらい元気だが、時々、青ざめた顔で具合が悪そうにしていることがあった。

 体調が悪くて休学していたというのは、本当らしい。

 声をかけると、決まって「平気です。未来人は体が弱いんです」と困ったように言った。

 でも、何故か、体調が悪いときに限って、可笑しな言動をすることが多い。

「手を繋いでいいですか?」と、それはまあいい。

「呉羽くんの上に乗ってもいいですか?」

 これは、完全におかしいだろう? とんでもないことを平然と聞いてくる。

 俺が「襲うぞ?」と返すと、彼女は「本望です」と笑った。


 実際、彼女は、屋上で寝ころんでいる俺の上に何度も乗ってきた。例のべたべたを実践しているつもりなのか……。


 俺は、何もしなかった。というより、できなかった。彼女の体調を気にしてというのもあるが、俺の方から触れた途端、彼女を穢してしまうような気がして。

 可笑しな俺の彼女は、本当は誰より真っ白で純粋なのだと気づいていた。



「はるれ、今、すごく幸せです。……やっぱり、呉羽くんと別れることより怖いことなんてないなって思ってしまいます」

 喫茶店の帰り道、ただ歩いているだけなのに、突然彼女がそう言った。


 そのころから、俺は、薄々感じていた。

 彼女の病がなんなのかは分からないけれど、きっとそれは俺が思うより、ずっと重いものではないのかと。

 






 はるれが消えたのは、付き合って一か月が経った頃だった。


 彼女を学校中探したし、いろんな先生や生徒にも聞いて回った。けど、誰に聞いても、元々そんな女子生徒は居ないと言う。

 はるれの存在、そのものが消えてしまった。

 現実的に考えれば、部外者が誰にも見つからずに学校に入り込んでいたというだけのことだ。俺をからかって楽しんでいたのなら、別に構わない。

 もしくは、馬鹿馬鹿しい彼女の話が全て本当で、未来へ帰っていったのなら、何も言うことなんてない。確かに、未来人なら、みんなの記憶を簡単に消すこともできるだろう。

 地底人だろうが、未来人だろうが、彼女がどこかで生きていてさえくれれば……。




 はるれに対して、結局、俺がしてやれたことなんて何もない。

 たった一か月と少し。時間をできるだけ共有し、くだらない話をしていただけ。


 それでも、何が面白いのか、彼女は俺の隣でいつだって笑っていた。

 笑ってくれていた。



 彼女のことが、好きだった。




 教室で机に突っ伏していると、どうしても肩を叩かれる感覚に襲われる。そして、

「初めまして。霜上はるれです」

と、彼女が能天気な声で言うのだ。



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