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It's a wonderful world

作者: 鮎坂カズヤ

 

 ……おや、気がついたかい。

 ずいぶん長いこと眠っていたな。もしや死んでいるのかと思ったよ。

 ……そんなに怖い顔をしないでくれよ。

 死人のそばでテレビを見るような豪胆な肝など持っていないさ。

 さて、せっかく目覚めたのなら話をしようか。

 君は僕に話したいことはあるかい?

 ……ああ、すまない。寝起きでこんなことを言われてもまだ頭が回らないよね。

 お詫びと言っては何だけど、僕のつまらない話でも聞いておくれ。

 その合間に君の頭も目を覚ますだろうから。


 さて、何について話そうか。

 そうだね、僕の考えでも聞いてもらおうか。

 まだ十数年しか生きていないけれど、僕にも一応「人とはかくてあるべき」という持論があるんだ。

 笑っちゃうだろ? 君なら、わかるよね。

 こんな僕が、そんな大それた考えを持っていたなんて、少し前の自分なら考えられないことだよ。

 でもね、今はそんな考えを持てるようになったんだ。

 ――ああ、もちろん君のおかげだ。君には感謝してもしきれない。

 だから、君にだけ話してあげる。

 ちっぽけな僕の、愚かな人間観を。


 人間は、生きているだけで恵まれた生物だと思うんだ。

 動物や植物は違う。彼らは生きることに喜びも悲しみも見出せない。彼らには幸せも不幸もない。その概念すらないんだ。

 だって、彼らは『生きること』そのものにしか関心がないんだから。

 食べることも、奪うことも、排泄することも、交わることも、生み出すことも。

 彼らはその行為によって何かを生み出すことなんか考えてないんだ。

 だってそれは、ただ『生きる』ために行われているんであって、自分の幸せのためにだとか、恵まれた生活をするためにだとか、そんなものはそこには一切ないんだ。

 動物は食い殺されて「ああ、不幸だ」なんて思わない。

 動物は食い殺して「ああ、かわいそうに」なんて思わない。

 生きるために為すこと。そこには感情とか理性だとかはいらないんだ。

 それを持ち得ているのは、君も知っての通り、人間だけだ。

 だから僕は人間が大好きなんだ。

 他者の気持ちを思いやることができるのは、僕たち人間だけなんだ。

 僕らは『生きること』以外に、『思いやる』ことができるんだ。

 なんて素晴らしい生き物なんだろう!


 ……ああ、すまない。ついつい大声を出してしまった。

 寝起きに大声はいけないよね。ごめんね。そんな顔をしないでおくれ。

 話、続けるよ。


 僕がこんなことを考えるようになったのは、君と出会ってからなんだ。

 覚えているかい? 君と僕が初めて会った日のことを。

 君は僕を見てこう言ったんだ。「痛くないの?」って。

 そんなこと、それまで一度だって言われたことはなかった。

 僕を、僕のことを、僕の思いを理解しようとする人はいなかった。


 だから僕は、君のことを、人間のことを好きになれたんだ。


 人間はキレイだよ。キレイな心を持っている。他者を思いやる心だ。

 人間は素晴らしいよ。感情を持っている。生きること以外に目的を持てるんだ。

 人間は賢いよ。豊かな生活を過ごすために、いろんな技術を培ってきたんだ。

 人間は尊いよ。この世に起こること全てに、意味があると考えられるんだ。


 僕はそれまで動物だった。だけど、今は人間だ。

 君という素晴らしい人間に出会って、僕はまっとうな人間として生まれ変われたんだ。

 ただ生きられればいいと思ってた。だけど、違うよね。

 生きるだけじゃ、つまんないよね。

 誰かと思いを共感しあえてこそ、幸せを感じることができるんだよね。

 ねぇ、君は今、幸せかい?

 僕は幸せだよ。だって、君と言う素晴らしい人間に、僕の思いを理解してもらえるんだから。


 ねぇ、君は今、幸せかい?


 ……どうしてそんな顔をするの?

 何を怒っているんだい? まだ僕の思いがわからない?  まだ共感できない?

 どうしてだろう。僕と同じ境遇になれば、きっと僕のことを理解してくれると思ったのに。

 君もきっと喜んでくれると思ったのに。

 ……そうか、わかったぞ。

 君はまだ、僕と同じじゃないからだ。僕がまだ、君と同じじゃないように。


 じゃあ、次はどこを交換しようか?


 目は良いね。君の顔を見ることができるなんて、僕は幸せだよ。

 口は良いね。自分の思いをこうして言葉にできるなんて、僕はとても満足だ。

 皮膚は良いね。空気が触れるだけで痛いものじゃなかったなんて、僕は知らなかった。

 手は良いね。君の顔に触れられる。もう君の顔はなくなってしまったけれど。

 足は良いね。どこにだって行ける。君の家だった場所にだって、僕は行けるよ。

 心は良いね。こんなに安らかな気持ちになれる。これが幸せってやつなのかな。どう思う?


 ああ、そうか。君はもう、答えられないんだっけ。


 ごめんね。忘れていたよ。だからそんな顔をしていたんだね。お願いだから機嫌を直しておくれよ。

 途中で君が寝てしまったから、まだ最後まで交換していないんだ。

 そろそろ目は覚めたよね。じゃあ続けようか。

 もう少しで、僕は君の全てを理解できる。君も、僕のことを理解できるよ。


 お互いのことを理解しあう。ああ、なんて美しい行為なんだろう!


 さぁ、今度は途中で寝たらダメだよ。あと少しで終わりなんだから。

 ……またその顔だね。

 もしかして、怒ってるんじゃないのかな?

 ごめんね、まだ人間になりたてだから、あまり感情がわからないんだ。

 僕もその顔をしてみれば、君の思いがわかるのかもしれないね。

 心配しなくてもいいさ。元々、それは僕の顔なんだから。


 こうして、こうして、……ああ、この顔か。

 わかったよ。その感情はよくわかるよ。

 そうか。やっぱり君は、怒っているわけじゃなかったんだね。


 君は、怖がっているんだね。

 何に対して怖がっているのかは、僕にはわからないけれど。

 怖がることなんてないさ。もうすぐ終わるから。

 そうすれば、君もきっと今の僕と同じように、幸せになれるから。


 だって君は人間だから。僕のことを理解してくれるんだろう?


 ああ、人間とは、なんて素晴らしい生き物なんだろう。

 君も、そう思わないかい?



 

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― 新着の感想 ―
[一言]  『君』に訪れる、理不尽な略奪。内的な“心”を求めながらも、外的な“肉体”の交換という手段でしか、それに近づく術を知らない『僕』の悲劇。  『僕』と『君』が同一人物であるという読み方もできそ…
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