7.「マクシミリアムとアンジェラ」
王都が誇る半径劇場。
『マクシミリアムとアンジェラ』の演劇はいよいよクライマックスを迎えようとしています。星と月明かりが舞台照明であった序盤とは変わり、舞台には松明が幾つも並べられています。『マクシミリアムとアンジェラ』は人気演目ですし大変有名ですので、私も観たことがります。ですが、今回の『マクシミリアムとアンジェラ』は本当に素晴らしいです。オーケストラも最近の王都の流行を取り入れたスタイリッシュなものとなっています。
私の涙腺はずっと決壊しています。涙が止まりません。
マクベスの護衛で本当に良かったです。
アンネローゼ様が持っていたチケットは、貴賓室のチケットでした。劇場の貴賓室は身分の高い方たちが観賞する席であるので、執事やメイド、そして護衛の騎士も一緒に入ることができるのです。
当然、執事やメイド、護衛が座る椅子はありませんが、マクベスの後ろで控えつつ演劇鑑賞ができます。もちろん、本来、そう言った家来の者たちが後ろで控えているのは、主人がお茶を飲みながら観賞したりできるようにお茶の準備をしたり、主人がオペラグラスを欲したときに直ぐに渡したりできるようにするためです。護衛は、もちろん、護衛をするためです。全員の視点が舞台に集中し、舞台に夢中になっていると、隙が生まれやすく、暗殺されやすいですからね。
ですが、流石は人気演目の『マクシミリアムとアンジェラ』です。他の貴賓室でも、身分の高い方々が観賞していているので、貴賓室の前の廊下には多くの騎士が控えており、鼠一匹忍び込む余地すらありません。
ですので、護衛をする必要性がなかったので、マクベスにお茶を淹れてあげようと思っていたら、アンネローゼ様が隣に座っているマクベスにお茶を淹れています。
アンネローゼ様は、演劇よりも、マクベスとアンネローゼ様の椅子の間にある机を意識してばっかりいるようです。マクベスのカップのお茶が冷めてないか、マクベスが好んで食べるパンケーキや果物はどれか、そんなことを観察しているように見えます。
それに、演劇に夢中になっているマクベスの横顔を見つめている時間の方が、舞台を観る時間より長い気がします。
マクベス様の後ろに控えている私だから、アンネローゼ様の一挙手一投足まで目に入ってしまいます。
ですが……『マクシミリアムとアンジェラ』は、クライマックス。戦場で相対するマクシミリアム卿と騎士アンジェラです。
運命に翻弄された二人は今や敵同士。アンジェラは、マクシミリアム卿と敵対するルベランジェ候の騎士となっているのです。
軍事衝突までに発展したマクシミリアム卿とルベランジェ候の争い。マクシミリアム卿が劣勢のまま、戦いは夜にまで及びます。そしてついに、アンジェラは、マクシミリアム卿の陣へと到着します。
そうなのです。舞台に松明が置かれているのは、夜戦の陣をイメージしているのです。
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陣幕の布を切り裂き、切り込んだアンジェラ。アンジェラはマクシミリアム卿の護衛達を斬っていきます。
そして、陣幕の中に残ったのは、マクシミリアム卿とアンジェラの二人だけ。そして、二人は剣を構えています。
「アンジェラ……久しいな」
「マクシミリアム様もお元気そうでなによりです」
「私を討ちに来たのだな?」
「ルベランジェ候の命により逆賊マクシミリアムを討ちます。お覚悟を……」
「我を逆賊と呼ぶか……。ルベランジェらしきことだな。だが、病に伏された王に残されたのは幼き王子。ルベランジェは王子を傀儡とし、この国を我が物としようとしている。そのことが分からなぬお前ではあるまい」
「私はルベランジェ様の騎士。ルベランジェ様の命令をただ、成すのみ」
「言葉はもはや不要か……来い! アンジェラ!」
『マクシミリアムとアンジェラ』の見せ場の一つ。二人の剣劇が始まりました。もちろん、剣を学んだ騎士たちやマクベスからしてみれば、剣劇と言っても、それは演技であって、どちらかと言えば、剣舞に近いものでしょう。
そして、マクシミリアムとアンジェラが、剣で舞っているのは、恋人たちが収穫祭に踊る『愛の舞踊』です。正確にいえば、『愛の舞踊』を剣舞にアレンジしたものと言えば良いでしょうか。ですが、『愛の舞踊』はこの王都に住むものであれば誰でも分かる有名な舞踊なので、その舞踊の意味するところは誰にでもわかります。
二人は、互いの愛を確かめ合うように、剣を舞わせます。台詞はありません。オーケストラも演奏を止めています。半径劇場に響くのは、二人のステップの音と、そしてぶつかり合う剣の音だけ。
どうして愛し合っている二人が、このように殺し合わなければならないのでしょう。
もう、涙が止まりません。観客席からは、すすり泣く声が聞こえます。
そして、『愛の舞踊』を踊り終えた二人。マクシミリアムの体に、アンジェラの剣が突き刺さります。マクシミリアムは力なく膝をつき、そしてその上半身をアンジェラが支えます。
「見事だ、アンジェラ。これは助からんな」
「私も直ぐに参りますので……」
「ならん……生きるのだ。騎士であるなら最後までその務めを果たすのだ」
「いえ。もう私は、騎士ではありません。ルベランジェは、貴方を討てば、私の騎士の任を解くと言いました。貴方を討った今、私はもうルベランジェの騎士ではありません。ただのアンジェラです……。マクシミリアム様、お待たせいたしました」
「そうであったか……すまぬことをしたな」
「こうして、お傍にいられるだけで良いのです。マクシミリアム様。宝玉を持ってまいりました。どうか、私をあなたの騎士に」
「あくまでも私の騎士を望むか――」
「――これからはずっと一緒です」
「感謝する。アンジェラが私の騎士となる前にこれだけは伝えておきたい。私はお前を愛していた」
「わたくしもお慕いしておりました。マクシミリアム様」
マクシミリアムは最後の力を振り絞って、宝玉を天へと掲げています。
「汝、アンジェラよ。我の騎士として我が剣となることを願うか」
「お言葉どおり、この身になりますように」
アンジェラがそう答えると、宝玉が輝き、剣が現れました。本物の宝玉ではないですが、その輝きは私がマクベスの騎士となった時のようです。演劇とはいえ、かなりの再現率だと思います。剣も、まるで本当に宝玉から出てきたようでした。
「我が騎士アンジェラに問う。この剣を如何に使うか?」
「マクシミリアム様のお言葉どおりに使います」
「この剣を授ける。忠実な騎士たれ」と言ってアンジェラに剣を渡すと、マクシミリアムはそのまま息を引き取ります。
「どうか来世では、ずっとマクシミリアム様のお傍に……」
アンジェラは、マクシミリアムから与えられた剣を自らの胸へと沈めていきます。そして、そのままマクシミリアムの手を取り、抱き合うような姿勢となって、そのまま深き眠りへと入っていくのでした。
このような形でしかマクシミリアムとアンジェラが結ばれることができなかったのです。
「陰うつな静かな朝が明ける。悲しみの太陽はその姿を見せようとはしない。
さあ行って、これらの悲劇を語り継ごうではないか。
愛ゆえに死ぬものもいれば、ある者は愛ゆえに苦しむものもいる。
悲哀の物語は数知れないが、このマクシミリアムとアンジェラの物語に優るものはない」と、この語り手が最後に言いました。
舞台にあった松明の炎が消され、『マクシミリアムとアンジェラ』は終幕を迎えます。そして、劇場は万雷の拍手に包まれました。
私も、泣きながら拍手をします。女優の【アナムネーシス】さんは、アンジェラ役はハマリ役だと思います。とっても私がイメージしていたアンジェラと同じような雰囲気、声色、外見でした。
「良かったね」
マクベスも劇を満喫したようです。
「良かったですね。胸を打つものがありました。特に、第二幕の舞踏会のシーン。ルベランジェ候の護衛をしながらも、マクシミリアム卿を目で追うアンジェラ。切なかったです」
「僕は、第一幕での、マクシミリアム卿とアンジェラのすれ違い。あの手紙がちゃんとアンジェラへと渡っていたら、結末は変わっていただろうになといつも思うよ。運命の悪戯という言葉で片付けるには残酷だ」
「本当にそうですございますね」
マクベスとアンネローゼ様は、劇の感想をお話になられています。私も混じりたいのですが、そんなことはできません。私は、マクベス様の騎士なのです。