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6.アランフェス学園の日常

 アランフェス学園の騎士科に私が入学してから1ヶ月が経ちました。この1ヶ月、騎士科のDクラスの学生騎士が行っていたのは、走り込みと素振りです。

 鎧を着て走り込みをするのは大変です。重さ十キロ以上の鎧。それは、体に負荷をかけるには十分な重さです。

 重い鎧を着て、アランフェス学園の広大な敷地の外周を走るのです。


「ジャンヌ。遅いわよ!」


「お先にです〜」


 同じDクラスのアリスちゃんとミーシャちゃんが、私を抜き去っていきます。一周差を付けられてしまいました。アランフェス学園の外周が五キロ程度なので、五キロも多く二人は走っているのに、体力がありあまっているようです。

 あっという間に遙か前方に行ってしまう二人に私は返事をすることも出来ません。息が上がりすぎていて、声を出す余裕が全くありません。声を出すくらいなら、肺に一杯空気を入れないと、倒れてしまいそうです。


「やっと終わった」


 午前中の訓練が終わりました。午前中、Dクラスはひたすら走っているだけです。

 私は正直、「走る時間」が決められているだけで良かったと思います。「走る距離」が定められていたら、お昼休みの時間も私は走っていなければならなかったでしょう。最終的に、Dクラスの多くの学生騎士が私に一周差を付けました。アリスちゃんとミーシャちゃんに至っては、私を二度抜きました。

 

 もちろん、私も1ヶ月、頑張って走っていました! 最初の一週間など、最後まで走っていることさえ出来ませんでした。いえ、貧血で一度倒れてしまったくらいです。

 でも、1ヶ月経って、最後まで走っていることができるようになりました。

 

 それに、鎧の調整もばっちりとなりました。走り込みをした最初の方など、靴ズレならぬ鎧ズレがおきてしまい、鎖骨の皮膚の場所が真っ赤に腫れたり、太ももの内側が鎧の金属で擦れてしまったりしていました。鎧の微調整をして、いまでは鎧と一心同体です。

 これで、鎧が重くなくなれば完璧だと思います。


 ・


 お昼休みは、私はマクベスに弁当を届けに行きます。当然ながら、私の手作りです。これは、騎士としてというよりメイドとしてかもしれません。ですが、マクベスにはお弁当が必要です。

 アランフェス学園には食堂がありますが、きっとマクベスは食堂ではお肉ばっかり食べたりと、あまり好きではない野菜を食べたりしないと思うのです。栄養が偏ってしまいます。

 私のお弁当は、ヒルスシュタット家の料理長の指導の元に作られているので、食事の量から栄養のバランスまで完璧なのです。

 

 ですが、最近はマクベスと一緒にお昼ご飯を食べる時間は、とっても寂しい時間になってしまいました。


「マクベス様は、演劇にもご興味があられるのですね。あら、そうですわ。【マクシミリアムとアンジェラ】の公演のチケットがあるのですが、ご一緒に行って戴けませんか?」


「え? 人気で中々取れないチケットだって聞いたのに」


 アランフェス学園の正科の学生が使う庭園の芝生の上。マクベスの隣に座って、マクベスと一緒にご飯を食べているのは、アンネローゼ様です。カンペンハウゼン侯爵家の長女の方です。

 マクベスと同じ正科のAクラスの方です。

 マクベスとアンネローゼ様が二人っきりで食事をしています。学園に入学する前は、お昼はいつも私と一緒だったのに……。


「わたくしの家が、劇場の支配人と少し縁がありまして、融通してもらったのですわ」


「今年のアンジェラ役の【アナムネーシス】さんは、当たり役だってもっぱらの評判だよね。もちろん、【クレナ・クレシュタ】さんも良かったけどね」


「【クレナ・クレシュタ】のをご覧になったのですか! 私も観ました。アンジェラが最初に、生涯愛することになるマクシミリアムと出会った場面。とても素敵でしたわ」


「あぁ、あの場面は、斬新な演出だったね。花が咲き乱れる平原で最初に二人は邂逅したというのが言い伝えだけど、本当に舞台を花畑にするとはね」


「えぇ。あの幕の為だけに、500もの植木鉢が用意されたと聞きますわ」


 なんだか、マクベスとアンネローゼ様の話が盛り上がっています。


 私は、その盛り上がる二人の話を後ろで聴いていることしかできません。メイドもですが、騎士も、主君を陰ながら支える存在です。私は、話しかけられるまで話してはいけません。主君の会話に割り込むなどというのは、騎士としてもっての他です。

 メイドが後ろに控えていても、それをいないように扱うのがマナーです。騎士もそれと同じです。

 アンネローゼ様からしたら、私は、置物と同じ扱いです。この場にいない存在です。

 それは、アンネローゼ様が私をのけ者にしているということではないと分かっています。アンネローゼ様からしたら、マクベスがいるのに私に話しかけるというのは、主君であるマクベスと、その騎士である私を同列に扱っているという風に捉えられ、それはマクベスに対しての侮辱となります。


 だから、私は、二人が仲良く昼ご飯を食べているのを三歩退いたところから眺めているのです。

 でも、これでもマシになった方です。アランフェス学園に入学してから一週間は、マクベスの周りを女性が囲んでいました。皆様、良家の長女様でした。


 身内贔屓ということではありませんが、マクベスは、家柄から言えば、王の血の連なる家系を除いたら学園でもっとも格の高い家柄の一つでしょう。対抗できるのは、私の友達のセルシアさんが仕えているバリスハウゼル侯爵家のダルシス様でしょうか。

 外見も、ご両親の血を受け継いで、マクベスは美男子です。ダルシス様のように性格の悪さ、意地の悪さが顔に出ているような品の無い顔ではありません。女性にもてるのも分かります。


 マクベスの周りに女性が群がる状況ではなく、アンネローゼ様お一人がマクベスと昼食を共にしているのは、アンネローゼ様のカンペンハウゼン侯爵家が家柄としては、他の追随を許さないからでしょう。

 マクベスは当然のこととしても、アンネローゼ様もAクラスという、優秀な方。また、その美貌。そして家柄。三拍子揃った完璧な方です。

 そして何よりも、『マクベス様とは幼い頃から良くご一緒させていただいておりましたのよ』と、昔から仲が良いことを周りにアピールしたからでしょう。


 ヒルスシュタット侯爵家のマクベス。

 バリスハウゼル侯爵家のダルシス。

 カンペンハウゼン侯爵家のアンネローゼ様。


 ヒルスシュタット侯爵家、バリスハウゼル侯爵家、カンペンハウゼン侯爵家は、この国の六大侯爵家です。

 そして、同じ年齢の子供がいたなら、親同士も交流させるのは当然のことです。お茶会などで、相手を招いたり、招かれたりしているのは当然です。


 昔からの知り合いで、マクベス様とダルシスは仲が悪いのです。

 ただ、カンペンハウゼン侯爵家のアンネローゼ様とマクベスが仲が良かったのは私も知りませんでした。


 他の家を招いてのお茶会など、私のようなメイドが出る幕はありませんでした。メイド長以下、経験豊かな先輩メイドがおもてなしをしています。

 また、マクベスがお茶会に招かれる際には、自家の執事やメイドを連れて行くということは許されません。自家のメイドを連れて行くということは、『どうせ、大した人材もいない家なのだろう?』と馬鹿にしていることになるからです。


 そして、アンネローゼ様以外に、マクベスを取り巻く女性がいなくなった理由は、アンネローゼ様の態度です。


 私でも分かります。


『わたくしはマクベス様をお慕いしています』


 言葉に出さないものの、そんな気持ちが現れているとしか思えない視線、熱い視線でマクベスをアンネローゼ様は見ています。


 優秀。美人。高い家柄。


 そんなアンネローゼ様と張り合うような長女の方はいません。自分たちの将来の結婚相手を捜すのがこの学園なのです。

 恋せよ乙女、命短しです。この学園で過ごす期間。これが、自由恋愛をする最後のチャンスです。この学園で生徒であるうちに恋を実らせることができなかったら、政略結婚が決定します。側室コースまっしぐらです。長女に産まれた幸運を逃してしまいます。

 

 アンネローゼ様と張り合って勝てそうにないと悟った他の良家の長女は、マクベスを結婚相手として奮闘するのを早々にあきらめました。


 そして、アランフェス学園での1ヶ月のうちに、マクベスのお昼の時間は、アンネローゼ様の独壇場となりました。


「【マクシミリアムとアンジェラ】かぁ。見たいなぁ」


「ではご一緒にぜひいかがですか? せっかくもらったチケットを無駄にするのも気が引けてしまいます。それに、演劇に造詣の深いマクベス様です。是非、感想等をお聞かせ願いたいですわ。きっと、マクベス様の感想を劇場の支配人に伝えれば、きっと喜びますわ」


「演劇を観るのは好きなだけ。言うなれば趣味だし、僕の感想なんか何も参考にならないと思うけどね」


「ご謙遜されるところも、マクベス様の美徳の一つですわ」


 アンネローゼ様が満面の笑みでマクベスを見つめています。


 次の休みの日、マクベスとアンネローゼ様は、【マクシミリアムとアンジェラ】の劇を見に行くことになりました……。



 ・


 ・


 午後の訓練です。午後はひたすら素振りです。


「ジャンヌ騎士! 気合いだけは入っているな! もっと脇を締めろ! 決闘が解禁になるまで後2ヶ月。入れ替え戦まで後5ヶ月。その気合いで鍛錬しろ!」


「はい!」


 指導騎士の方からお褒めの言葉をいただきました!


 私は素振りを続けます。


 何が、『ご謙遜されるところも、マクベス様の美徳の一つですわ』よ! どうせ、演劇が終わった後に、劇の感想を聞きたいとかそんなことを言って、マクベスをお茶に誘う気です。

 マクベスと少しでも一緒にいたいという気持ちは分かります! でも、でも、でも、なんか腹が立ちます!

 私は、マクベスの騎士なのです。マクベスを守るのは騎士の務めです。マクベスに変な虫が寄ってこないようにするのも騎士の務めです。


 別に、アンネローゼ様を虫に喩えているって分けじゃ無いですよ!


 でも、演劇を一緒に見に行くなんて、それって、まるでデートじゃないですか!

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