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1.アランフェス学園入学式 ~屋敷の中~

「マクベス様、そろそろお時間です。このままでは入学式に遅れてしまいます」


 ジャンヌは、マクベスの部屋のカーテンを開ける。朝陽がマクベスの顔にもあたり、マクベスは毛布の中へと逃げ込む。


「マクベス様。お起きになってください」


「マクベス様。お起きになってください」


 何度も声を掛けるが、マクベスは起きる気配がない。


 昨日の叙任式前は、【ヒルスシュタット侯爵家】の長男であるマクベスと、その侯爵家の配下の貴族の次女という関係だった。身分的にもマクベスが上であり、ジャンヌは伯爵家の中ではメイドという位置づけであった。

 ジャンヌの家柄は、ヒルスシュタット侯爵家がまだ伯爵であった時から従っていた。寄親と寄子という関係である。

 ただ、古くからの付き合いということで、主従関係はありつつも、親同士は良き相談相手であり、友人同士というのに近い関係であった。

 

 家と家がそういった間柄であり、長女ではないジャンヌはメイドとしての修業、そして名門であるヒルスシュタット侯爵家でメイドとして働いていたという「箔」を付けるためにヒルスシュタット侯爵家で働いていた。

 

『別に、メイドというより、花嫁修業として家に来ても良いのだよ』とマクベスの父は言っていた。マクベスとジャンヌさえ良ければ、そのまま婚姻関係を結んでも良いと考えていたのだろう。


 マクベスの父と、ジャンヌの父のそういった思惑の中で唯一誤算であったのが、ジャンヌが騎士となる素質を持っていたということだろう。騎士としての素質があり、宝玉に選ばれたと分かった時は一騒ぎあった。宝玉の啓示は往々にして突然であるが、まさかマクベスが学園に入学する一週間前に、よりにもよってジャンヌに騎士としての素質があるとはだれも想像してはいなかった。

 親同士は婚姻することを前提として、マクベスの専属メイドとしてジャンヌを置いていたのだが、一転して、ジャンヌは騎士になったのだ。


 ジャンヌとしても、見も知らない人の騎士となるよりは、主従関係を別にすれば、幼馴染と言えなくもないマクベスに仕えるのが当然のように思えた。そして、マクベスもそれを認め、マクベスの騎士とジャンヌはなったのである。


 ジャンヌはため息を吐いて、意を決する。


 昨日までは、寝ているマクベスの毛布を強引に剥ぎ取って起こすことに躊躇いなどなかった。そうしないとマクベスは起きない。ジャンヌは経験上それを知っていた。


「マクベス様。お起きになってください」


 やはり、起きる気配はない。


 ジャンヌは毛布を強引にマクベスから引きはがす。


「ジャンヌ、もうちょっと寝かせてよ。昨日は式典に祝賀会。色々と肩苦しくて疲れたよ」


「申し訳ありません。入学式に遅刻してしまいます」と、ジャンヌはさらにマクベスの枕も取り上げる。


 これ以上は寝るのを諦めたのか、マクベスは目を擦りながら起き上った。


「ん? どうしてジャンルはそんな恰好をしているの?」


 ジャンヌの格好をマクベスは不思議そうに見ている。

昨日まではメイド服を着ていた。だが、今日からは、騎士の格好をしている。昨日の叙任式で授かった剣も腰に付けている。


「マクベス様の騎士となったからです。騎士がメイドの格好をしては、マクベス様の沽券に係わります」


「メイド服のジャンヌの方が、僕はどっちかというと好きかなあ」


 『好き』という言葉を聞いて、ジャンヌは少し顔が熱くなった。

 確かに、フリルの付いたメイド服を着て、黄金色の髪の毛を下ろしたままにしていると、ジャンヌも良家のお嬢様という感じである。


 ただ、騎士の姿をしているジャンヌは、長い髪の毛を後ろで縛り邪魔にならないようしていた。そして、真新しい鎧。一度も戦ったこともないから傷などもない。

 新米の騎士、と見ればすぐに分かってしまうような鎧の着こなしである。まだまださまになっていない。

 ジャンヌ自身も、着なれたメイド服に比べると、騎士の姿というのは、気恥ずかしいし、なんとなく落ち着かないような気になっていた。


「わ、わたしは、マクベス様の騎士になったのですから……」


「しかもマクベス『様』って、二人っきりの時は『様』なんてつけなかったよね? なんか違和感があるけど。別にいままでどおりで良いよ?」


 主とメイドという関係であった時は、人の目がある時はジャンヌの


「し、しかし。私はマクベス様の――」


「様付けは禁止。今までどおりな感じで。あと、敬語も別にいらないや」


「えぇ? 騎士なのですよ? 騎士!」とジャンヌは必死に抗議をするが、マクベスは欠伸をしている。取り合うつもりがないらしい。主君に絶対の忠誠を誓うのが騎士である。


「もう! 早く顔を洗ってください!」


 ・


「ねぇ、家の中でも騎士の恰好をするの?」


「そのつもりですが」とジャンヌは椅子に座っているマクベスの後ろに立ち、マクベスの髪を梳かしている。マクベスの寝癖を直すためだ。


「さっきから、剣の鞘が背中に当たって少し嫌なんだけど」


「マクベスがプレゼントした剣だよ。それに騎士はいつも帯剣するべきだよ」

 櫛をマクベスの髪の毛を通しながら、ジャンヌは答えた。敬語も二人でいるときは使うなと、『主君』から『厳命』されたので、使わないことになった。二人っきりでいる時は以前のままで良いらしい。

 せっかくマクベスの騎士に成れたのに、とジャンヌは少し不満だった。

 

「家の中では、別に前と同じ格好でいいんじゃないかな? 親父にもそう伝えとくから」


「え? でも私は、マクベスの騎士になったんだよ! ……もしかして、マクベスは、私がメイド服を着ていた方が良いのかな?」

 メイド服は外見の可愛らしさと掃除や料理などの作業のしやすさを考慮されて作られた服である。騎士の恰好はどちらかといえば、強さ、凛々しさを追求するような恰好となっている。

 マクベスがメイド服姿の方が良いと思ってくれているというのは、自分を異性として見ていてくれるからなのかもしれない。


「鎧とか着て、動き難そうなんだもん」


「うぅ……」


 まったく違った……。

 確かに、ジャンヌは鎧姿でいることになれていない。今までメイドとして掃除、洗濯、料理からお茶の淹れ方まで、メイドとしての修業は、このヒルスシュタット侯爵家でしてきた。慣れない鎧姿では作業がしにくいというのもジャンヌの実感である。


「学園かぁ。学ぶべきことがあるといいけど」

 

 マクベスが呟く。


 マクベスは、学園に入学することにあまり前向きではなかった。貴族の伝統だから仕方なく通う、というのがマクベスの本音であろう。

 そもそも、貴族というのは家庭教師を雇って子息に教育を受けさせる。アランフェス学園に通うのは、学業を修めるというよりは、将来この国を背負う貴族の子息たちを集め、交流するという目的が大きい。

 高い競争倍にも関わらず入学した平民出身の人物であれば、将来仕えるべき主を見つけるべき場所である。

 貴族の長女たちにしてみれば、夫探しの場所であろう。

 

「マクベスも、いつか当主の座に就くのだから、優秀な人材を集めて置くことも重要ですよね。ヒルスシュタット侯爵家の領地は広大だからね。はい! 寝癖、治りましたよ」


 大貴族の領地は広大である。豊かな土地や商業が盛んな都市など、食料や金を生み出す場所を直轄するが、それ以外の場所は、寄子に任せて間接統治をするのが通常のやり方である。ジャンヌの家は、ヒルスシュタット侯爵家直轄領の東隣の領地を任されていた。

統治を任された土地の治水やら裁判など領地で起こる問題を対処するためにいつもジャンヌの父は忙しそうであった。


「ジャンヌも親父と同じことを言わないでくれよ。親父が二人になったみたいだ」


「そんな! ヒルスシュタット領の当主となられるマクベスに、兄も早くお仕えしたいと、首を長くして待っているのですよ!」


「【クライン】さんか。だけど、当主になるのは学園を卒業してからだし、首を長くして待たれても、俺にはどうしようもないのだけど?」


「そ、それはそうですけど……。学園をサボったりしないでくださいよ!」


「分かっているよ。それより、早く朝ごはんを食べよう。お腹減ってきたよ」と、マクベスは言って、部屋から出ようとする。


「ちょっと! 宝玉を忘れてる! 大事なものでしょ!」と、ベッドの枕元に置きっぱなしにしていた宝玉をジャンヌは見つけた。

 その宝玉は、昨日のジャンヌの叙任式で使われた宝玉である。宝玉には紐を通せる穴が開いており、その穴に紐が通って、ネックレスのようになっている。

この国の祖である王様のネックレスには、十二の宝玉があったという伝説がある。


「あっ、忘れていた」


「『あっ、忘れていた』じゃないよ。この宝玉を持つということが、騎士の主人であるという証でしょ!」

 自分がマクベスの騎士であるという証であり、マクベスが自分の仕える主であるという証がこの宝石なのだ。言い換えれば、この宝玉が二人の絆の象徴なのだ。


「あっ、ごめん。ネックレスとか付ける習慣が僕にはなかったからね」


「装飾用のネックレスとかと一緒にしないでください!」とジャンヌは抗議した。


「それに、あばら骨に当たって痛いんだよね」


 確かに宝玉は固い。この世界で最も固い鉱物であるとされている。どうやってその宝玉が生まれるのか、誰も分かっていないという謎の代物でもある。


「筋肉を鍛えてください!」


「え? やだよ。訓練とかきついし」


「またそんなことを言って……。学校の支度は? ちなみに私はばっちりだよ」


「え? ジャンヌも学園に?」

 マクベスは驚いたようだ。


「当然です。騎士に成れたのですから! 護衛は必要です!」


「要らないと思うけどなぁ。仮にも貴族の子弟が通う学園だよ? 警備は厳重なはずだし。それに、学園の制服とかどうするの? 昨日の今日で揃わないよね?」


「騎士の正装は鎧です! とはいえ、護衛は建前ですよ。騎士科に私は通うのです」


 マクベスが通うのは正科である。学園は正科が主で、付属として騎士科が存在するのだ。


「僕は反対だな」


「え? 何故ですか! ちなみに、学費はヒルスシュタット家持ちです。感謝します」

 

 アランフェス学園でジャンヌは友人ができることを期待していた。


メイドとしてヒルスシュタット家の屋敷で働けばジャンヌにも同僚もいる。だが、マクベス専属のメイドと、他の屋敷全般のメイドでは、微妙に立ち位置が異なり、あくまで同僚という関係止まりであり、仲間や友人という関係にはなれなかった。

 メイド長とは年齢が離れているが、中には年齢が近いメイドもいた。しかし、友人と呼べるほど仲良くはなれなかった。

 ヒルスシュタット家に古くから仕えている家柄出身のジャンヌがマクベスの専属メイドになっている。その意味を他のメイドたちは察していたのだろう。いつか、ジャンヌに仕える側になるかも知れない。また、ジャンヌの気分を害せば、マクベスを通じて、なんらかの沙汰がヒルスシュタット家から下されるかもしれない。


「決定事項か……。それならジャンヌを僕が守らないとね」

 真剣な表情でマクベスが言ったのを見て、ジャンヌは一瞬、何を言われたか分からなかった。だが、その言葉を理解し、自分の顔が熱くなった。

 

「騎士が主君に守られてどうするんですか!」とジャンヌは真剣な顔をしているマクベスに言うのであった。

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