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ゼフィランサス・ミソロジスト  作者: 花粉症
第一章:狼虎の出会い編
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プロローグ:始まりの紫電

「はっ、はっ、はっ……」

 寝静まった……といえば語弊が出るが、昼間と比べると喧騒が全くと言っていいほどないコンクリートジャングルの中を柳言音やなぎ ことねは息を切らしながら駆ける。

 夜とはいえ夏場のこの熱帯夜の中、汗だくになりながらまるで何かから逃げるかのように彼女は走っていた。

 しきりに背後の細い通路を気にしながら、言音は内心で叫んだ。

(聞いてないっ! あんなの聞いてないわよ!)

 その叫びと同時に背後のからいくつもの紫電が直角に曲がって言音に迫る。

 迫る過程で一切建物を傷つけていないことから、周囲に影響を与えないようにコントロールされていることがわかる。

 つまり言音は狙い撃ちされていることになる。

 それは言音にとって最悪にも近い情報だった。


「隠れても無駄って言いたいの!?」

 言葉が通じるとは思っていない。相手はこちらからすれば化物だ。

 自分達と同じような思考を持っているとは思えない。

 それでも言音はそう叫ばずにはいられなかった。


「このっ!」

 悪態をつきながら言音は下げていた腕を上げる。

 その手には銀色の銃。フォルムが特殊なデザインを施されていることから量産品のようなものではないことが伺える。

 その銃口を通路いっぱいに広がって迫り来る紫電の先へ向けて引き金をひく。

 僅かに力が抜ける感覚と共に鳴り響いた銃声は五回。数としては紫電の数と比べても比較的少ない。


 が、銃声と一瞬遅れて言音の前には通路を塞ぐように青白い障壁が五つ出来上がった。

 中心には『盾』という文字があり、その文字の意味を体現するかのように障壁の領域内へ侵入しようとした紫電を全て弾いていた。


 しかし、強度が足らないのか、放射され続ける紫電に障壁は徐々に嫌な振動をするようになる。

 おそらく止めたとしても数秒後すぐに破壊されて、紫電は言音を蹂躙するだろう。

 そんな未来が見えるが、言音にとって現状その数秒はとても貴重だった。

「今だ! 昇華!」

 薄い障壁が破られる前に、言音は自らの脚に強化の神威をかけて更なる加速を生み出してその場から離れる。


(意味がないかもだけど、それでも接近されるよりマシ!)

 今は走ることに集中と自分に言い聞かせるように右手の銃をホルスターにしまいこんで腕も振って必死に走る。

 相手の化物っぷりを考えると意味がないかもという予感は逃げ始めた時からしていた。

 それでも言音は走るしかない。

 言音は接近戦こそできるが、それは人間相手のものであって決して化物を相手にするようなものではないからだ。

 だから距離を稼ぐ為に、自分の有利な距離で戦う為に言音はあらん限りの力で走る。



(せっかくチャンスだったのに……なんで、なんでこんなことになったのよ!)

 走りながら泣き言を言いかけた言音はその言葉を飲み込む。

 今更言ってもしかたないことで、今はどうこの状況を切り抜けるかが重要だ。

 それでも、死ぬかもしれない危機の中で何がどうしてこうなったのか振り返ることは必要だろう。


―――――


 時間は数時間ほど遡り、夕暮れ時。

 都市の中心にどっしりと構えるように立つ巨大な建物。

 これは神威が人の新たなる力となった際に生まれた新たな内政機関『聖宮』の建物で、この中で大和(旧日本)の内政を行っている。

 そしてこの建物の中には、聖宮が所持する治安維持を担う祓魔聖団エクソシストと呼ばれる部隊の本部があった。


 祓魔聖団本部の一室。第二部隊の看板が立っている部屋。

 そこに言音は訪れていた。


「えっ? 試験……ですか?」

 目の前にいる男性から言われたことが信じられず、思わずといった形で言音は聞き返した。

 男性の名は白樺明しらかばあきらといい、祓魔聖団第二部隊隊長という役職についている。未だ祓魔聖団の候補生で立場が相当低い言音が聞き返すなど言語道断な相手である。

 しかしそんな言音の反応は最初からわかっていたのか、白樺は言音の反応を咎めることなく意味深な笑みを浮かべて同じ言葉をもう一度告げる。


「言葉の通りだ。今渡した資料の任務を達成すれば君を祓魔聖団へ正式に配属となる。ほら、ちゃんと俺のハンコも押してあるだろ? つまり、正式な辞令だ」

 白樺の言葉に言音は今一度、渡された書類の一番上を確認する。

 そこには先ほど白樺から告げられた辞令の詳細と白樺が承認したという捺印があり、あとは言音がサインするだけの状態になっていた。

 ここに言音がサインをすれば、いま手に持っている資料の任務がそのまま試験となり、その成否が結果に反映される。


 成功すればそのまま祓魔聖団に正式入隊。失敗すれば候補生続行。


 つまり、これは言音にとってまたとないチャンスであった。

 失敗によるリスクはまだ祓魔聖団候補生の彼女にはほとんどない。

 普通なら命の危険もあるだろうが、その辺はしっかりと調整されており。当然候補生に与える任務にそのような危険なものがあるはずがない。


(ようやく……ようやくスタートラインに立てる)

 いずれ来るであろうチャンスがローリスクハイリターンで目の前に転がっている。

 これをむざむざに逃す手など誰にも浮かばないだろう。

「ありがとうございます。謹んでお受けします」

 即座にペンでサインした言音は書類を白樺に手渡して敬礼する。

 その目は野心に溢れており、やってやるという気概で満ち満ちていた。

(これを通過すればお姉ちゃんに一歩近づける。ようやく道が見えたんだ。絶対に逃すことなんてできない)


 気合充分という言音に白樺は小さく笑いながら言音に渡した資料と同じモノを手に取る。

「さて、任務の話になるが先日都市中心部三区オフィス街で起こった霊獣の暴走事件。覚えているか?」

「はい。確かいかづちをつかう霊獣が暴走した件ですね。報告では幸いにも霊獣そのものの規模はそこまで大きくなく、時間帯が遅いこともあって怪我人は出なかったと記憶しています」

 霊獣とは神威の発動の元となる魂が動物の形を取ったもので、一般的に二つの意味合いで取られる。

 一つは『霊獣使役』という神威によって使用者の魂の一部を形にして作り出された文字通り使用者の分身。そしてもう一つは人口密集地で様々な魂の余剰エネルギーが合わさって出来た自然災害であり、主人のいない霊獣は暴走して魔となる。

 魔となった霊獣の討伐は祓魔聖団の代表的な任務の一つで、今回の任務のように魔の規模がそこまで大きくなければ基本的に隊員一人か二人で当たることになっている。


 そんな簡単な任務だからこそ時々こうして入団試験になったりもしていた。

「その霊獣の出現予兆反応が本日の深夜に同じ地域で確認されている。柳言音、君にはその殲滅にあたってもらいたい。詳細は君に渡した資料に記載されているから目を通しておいてくれ。当然試験であるため、イレギュラー対策も踏まえて試験官をつける。担当を跨いでいるため、第四部隊の人間が試験官に就くことになるだろう。俺からは以上だ。何か質問は?」

 任務内容の簡単な説明に対しての質問。詳細が資料にある上での質問となるとすぐには浮かばない。

 イレギュラーが起こった場合、規模によるがそれに対する対応などで結果に反映されるようになっている。

 だから言音は質問をすることなく部屋を出るのだった。


―――――


(それがこんな事になるなんて……)

 物陰に隠れて乱れた呼吸を整える。

 しかし、なかなか呼吸は元に戻ってくれない。落ち着けば落ち着くほど先ほど会敵した霊獣が発する神威の気配を示す神気に震えがこみ上げてくる。


 何が小さな規模だ。

 何がたかが霊獣だ。

 あれはそんなレベルではない。

 それこそ霊獣災害として完全警戒態勢を敷かなければならない相手。


「あんなの……あんなの無理だよ」

 ただそこに存在しているだけで発せられる神気だけで候補生である言音に容易く理解させるほどの明確な実力差。

 その大きな溝に言音は膝を屈しそうになっていた。

 本来なら言音に伝令の任務を与えて言音の盾になるべき試験官はその職務を放棄して逃げてしまった。

 一人取り残された言音もなりふり構わず逃げた。

 が、そんな言音に狙いをつけたのか、霊獣は言音に攻撃を仕掛けた。

 それもあろう事かただ暴れるのではなく、はっきりと言音だけに狙いをつける理性的な行動も見せている。

 霊獣のそんな行動が言音をさらに追い詰めていた。


(なんで……)

 そう思うと同時に放電音がいきなり言音の右側……言音が警戒している方向とは逆の方向から聞こえてきた。

 振り返ると鹿の体、牛の蹄、馬の尾を持ち、東洋型の龍に似た頭を合わせたような姿に黄色い体色を持つ五メートルほどの四足動物が柔らかく着地するところだった。


「なんでこうなるのよぉ!」

 予想外のところからいきなり現れたせいもあって、言音は半狂乱になりながら銃を構えてがむしゃらに引き金を引いた。

 祓魔聖団の候補生で、精神面などが鍛えられているとはいえ所詮一六歳の少女。目の前に現れた圧倒的脅威に平静を保てというのは無理な相談だった。

 当然神威のまともな行使などできるはずもなく、放たれる弾丸は神威が一切付与されていないただの鉛の弾丸だ。

 普通の動物や人間相手なら効果があっただろうが、相手は霊獣。それも大規模災害に認定されるレベルの相手に通用するはずもなく、放たれる銃弾は全て霊獣の手前で障壁に受け止められていた。

「来ないでよ! 来ないで!」

 それでも言音は引き金を引き続ける。

 通用するとかそういうのではなく、ただ恐怖感を拭うためだけに引き金を引いているためだ。

 だが、それも長くは続かない。残弾にも限りはある。

 ついには弾が切れて引き金をひいてもトリガーが空振る音しか響かなくなる。


 それが終わりの合図だと霊獣も分かっているのだろう。それまで障壁で銃弾を受けていた霊獣の周囲に放電現象が再び発生し始めた。

「あ……あぁ…………」

 二、三度弾切れになっても引き金を引き続けた言音は、ようやく霊獣が攻撃体勢に入ったことを理解する。

 もう抵抗する気力も失ってしまったのか、地面にへたりこんで銃を下ろしてしまった。


 言音が抵抗を諦めると同時に霊獣は雷の顎を言音に向けて飛ばす。

(死にたく……ないよぉ……)

 迫り来る雷に言音は一筋の涙を流す。

 やり残したことはだいぶある。

 でも、身体が諦めていた。目の前の霊獣ばけものに抵抗することを本能的に諦めていた。


 そのままピクリとも身体を動かすことができずに雷の顎に言音は飲み込まれた。

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