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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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寒い場所でも、へっちゃらです!



 さて、さてさて、遅きに失する感もあるが、ちょっとこの場を借りて央佳と祥果さんの事を語ろうと思う。もちろん2人は、言うまでも無くこの物語の主人公だ。

 2人が小学校からの幼馴染だった事も、既に話していると思うけど。仲の良い6人グループの内の2人で、まぁこの集団は成人した現在でも仲が良かったりする。

 この集団を内訳すると、男3人女3人の半々のグループで。


 そこから生まれたカップルだ、当然付き合いも長いしお互いの長所も短所も心得ている。些細な喧嘩もする事はあるが、基本的には普段はとても仲良しでラブラブである。

 それはもう、周囲が羨む程度には。


 2人の容姿を説明しよう、まずは央佳の外見だが。一言で表すと、ニヒルな皮肉屋と言った印象だろうか。ボサボサの癖っ毛に黒縁メガネ、背は高いが特に肉が付いている訳でもない。

 パッと見た感じは、取っ付きにくい印象を学生時代から醸し出していた央佳だが。親しい友達なら、性格はむしろ反対だよと口を揃えて言うだろう。

 人付き合いや面倒見は良い方で、事実、友達も多い方なのだから。


 趣味と言うか得意分野は、子供の頃からパソコン関係だ。ゲームも好きで、遊ぶと言えばインドア派である。6人が揃えば、お金を掛けずに外遊びが多かったのだけど。

 2人の学校は簡素な住宅街の外れにあって、少し歩けばアーケード通りや遊ぶところが点在している。曜日を問わず、学校帰りに友達と連れ立って遊ぶには事欠かない立地条件で。

 そんな学生時代を過ごしたお蔭か、現在はインドアもアウトドアも平均的に嗜んでいる。


 祥果さんの方はと言えば、子供の頃から小柄でホワホワした感じの優しい娘だった。それがそのまま大きくなった感じで、可愛いとの評判は今も昔も変わらない。

 友達からは年を取らない妖怪だとか、頭の中はお花畑だとか散々言われていたが。要するに、からかい甲斐のある妹分的なキャラの位置付けだったりするわけだ。

 容姿的なサイズ感や性格も、それを後押ししていた感じで。


 性格はほんわかしているが、優しいけれど筋はちゃんと通す。口喧しいと言う程ではないが、お喋り好き。だけど読書や編み物に没頭すると、とことん無口になるタイプ。

 こう説明すると、感情の起伏が激しいように感じるかも知れないが。そんな訳でもなく、仲間内では最後の良心として絶大な信頼を勝ち得ている。

 つまりはマスコット役兼母親役、みたいな?


 そんな2人が、高校の卒業後の進路についての指針を決定するのに、自分の趣味に沿ったのも既に話に挙がっていると思うけれど。2人の高校は公立の普通科で、進学率は6割程度で残りは専門学校と就職が半々な感じだっただろうか。

 そんな中で専門学校への入学を決定したのは、ひとえに2人の愛が盛り上がり過ぎていた為。大学進学で回り道するより、さっさと就職して愛の巣を築こうと。

 若き日の過ちと言うより、緻密に計画された未来設計図の為すゴールイン。


 この頃から、既に2人の約束事は構築されていて。つまりは央佳の趣味を大目に見る代わりに、祥果さんの未来プランに沿って人生を遣り繰りして行くと。

 周囲から見れば、完全に央佳が尻に敷かれている夫婦だと感じるかもだが。共働きの共同生活に移行してからも、炊事洗濯家事一切、祥果さんに任せ切りな現状を思えば。


 ――こちらに分があり過ぎる取り引きだと、央佳などは申し訳なく思ったり。





 昨日のあまりにショックな出来事のお蔭で、央佳は夕方以降ほとんど呆けて過ごしてしまった。神様と面と向かって対面するなど、リアル世界ではまず無い事だ。

 その時の厳かな雰囲気を思い出すと、今でも背筋がゾワッとシャキッとなってしまう。圧倒的な存在感と清浄感、しかし不思議と圧迫感は無かった。

 逆に、心を洗われる様な温かさは感じたけれど。


 ゲーマー時代の習性で、半日近くを無駄にしてしまった罪悪感を感じつつ。祥果さんなどは、早々にモードを切り替えて縫い物の大量生産に勤しんでいたけど。

 子供達も寛ぎモード、街をうろついたり央佳に甘えたりと、好き勝手に時間を費やしていた。ただし夕食の支度には、何故か祥果さんを中心に盛り上がっていたけれど。

 どうやら自炊の料理の美味しさに、全員が目覚めてしまった様子。


 央佳ももちろんご相伴に与かって、そのリアルな味覚に身体中に精気が行き渡る思い。こちらの世界で売られている料理は、何と言うか嘘くさい複製のような味しかしないのだ。

 その原因を、何とか理論的に説明出来ないモノかと央佳は考えるのだが。この前話した、先輩の何気ない一言が脳裏をかすめる。異世界召喚には2通りあって、肉体ごとと精神のみに分類されるのだと。

 ひょっとしたら、今のこの肉体は借りモノなのかも知れない。


 思えば戦闘の際も、受けた痛みが大幅に鈍かったような気もしたし。何かしらのフィルターが掛かっているのは、どうやら事実だと結論付ける央佳。

 そもそも二晩こっちの世界で過ごして、祥果さん相手に性欲も湧いて来ない。子供が4人もいるからだと思っていたが、それだけが原因とも考えにくい。

 どうやら“欲”とか“五感”とかが、大幅に鈍くなっている気がする。


 自分達で料理を作るのは、ひょっとしたらそのフィルターを外す作業なのかも。もしくは自分の憶測が間違っていて、肉体ごと召喚された上で、ただ単にこちらの食事が不味いだけなのかも知れないが。

 子供達が喜ぶのは、単純に買って与えられたモノでは無いからなのかも。ルカ辺りはそれでも喜ぶが、やっぱり与える前に一手間加えると感動も違って来る気もする。

 確証こそないが、央佳の心象では核心に近い推理な気が。


 他にも色々、検証すれば分かる事も増えて行くかも。例えば、合成で自作料理を作った時も、子供達は喜んでくれたけど。自分で口にして、イマイチだなと央佳は思ってしまった。

 元はNPCの子供達と、リアル世界から引っ張り込まれた央佳と祥果さん。その違いもあるのかも知れないが、元のルールが分からないのだから比較の仕様が無いとも言える。

 少なくとも、今は他に考えるべき事が山積みだったり。



「さて、みんな食事を終えたかな? それじゃあ恒例の、朝のミーティングを始めるぞ。昨日は神様に面会して、何か凄い事になっちゃったけど……今日は是非とも、調子を取り戻したいけど……何だかいきなり、意味不明な事態が起こった。ルカ、何で俺に『竜』スキルが生えて来たのか、説明は出来るのかな?」

「う~~ん、多分だけど『契約の指輪』のせいなんじゃないですか? 私も同じく、お父さんの持ってるスキルを幾つか覚えちゃってるので」


 知らなかった、契約の指輪にそんな隠し性能があったなんて! ルカに何を覚えたのか尋ねてみると、どうやら風と土魔法の使用頻度が高いのを、幾つからしい。

 反対に央佳は《拍龍》と《臥龍》と言う名のスキルを、何の前触れも無く覚えてしまっていた。これは昨日寝る前に、ルカと相談してのスキルP振りで長女が習得した竜スキル。

 はっきり言って、使用している冒険者など見た事無い程のレアスキルである。


 こんなに簡単に覚えてしまって良いものかと、央佳は暫し悩んでみたが。家族の安全度が上昇したと思えば良いかと、あっさりと肯定へと転換する事に。

 祥果さんも風と光魔法を覚えたし、幻系の魔法もスキルPを使って習得済みだ。これもやっぱり、昨日の夜の夫婦での相談による結果である。これにより、一気に家族の戦闘能力は上昇した感が。

いやいやルカは弱体化したんだっけ、あんまりそんな気はしないけれど。


 そんなルカだが、未だに大剣に盾装備は可能らしい。どんなチート機能だと、改めて新種族の有能さに眩暈を覚える央佳だが。祥果さんに関しては、ステータスのへっぼこさにある意味安心すら覚えてしまう。

 それでも彼女だって、新種族スキルの保有者には変わりないのだ。ベテラン冒険者、それどころかAクラス冒険者だって羨望する存在、あれっ……祥果さんはEクラスでは?

 そう考えて、一気に混乱する央佳。


「パパ、新しい魔法見せてよ! どっかのNM見付けて、みんなで狩ろうよ!」

「メイ、アンタは黙ってなさい……この街のワープ拠点は通し終わったんだから、取り敢えずは移動でしょ? お父さん、王都に行くの、それとも他の街に行くの?」

「うん? 他の街に行くメリットってあるのか、ルカ?」

「他の街の神様に頼めば、私と祥果さんは属性魔法を覚えられると思います」


 おおっと、なるほどそんな良い案が。目から鱗の発案に、央佳はポンと膝を打つ。それならば、全部廻るのも手ではあるけど、取り敢えずは“水と氷の街”ソルに向かうべきか。

 祥果さんは完全に後衛なので、回復魔法を持っていて欲しい。水スキルの魔法には、そっち系が出易いと言う特性もあるし、悪くは無い選択肢のように思える。

 皆に確認したところ、全員から快い了承の返事が。


 これでこの後の指針が、呆気なく決まってしまった。朝食の後に、宿屋をチェックアウトする作業を皆で行い。この街でする事は、もう無い事を確認して。

 賑やかに街に飛び出して、さて門を出ようかと相談していると。門の近くに馬車が停まっていて、子供達がこれに反応する。中を覗き込んだり、大きな車輪に触れてみたり。

 央佳もこういう乗り物には、心惹かれるモノがあって。


 街間の移動用に、一台購入するのも良いかも知れない。ソロで遊んでいた時には特に欲しいと思わなかったが、今は祥果さんを始め4人も子供達もいる事だし。

 結構お高い買い物だが、何と言ってもファミリーカーだ。今停まっている馬車は、安全に王都まで向かうための移動用で、定時運行している。お金を払えば、新米冒険者でも乗れる。

 だから、個人所有を望む者は逆に少ない。


「祥果さん……モノは相談だけど、馬車を一台買わない? 子供達と一緒に乗って、和気藹々と旅行感覚で次の街に進めるし……やっぱ家族連れだと、一台は必要だと思うんだ」

「ほえっ……この馬車は、目的の街には行かないの? そもそも買うって、高いんじゃない?」

「高いけど、まぁこの先ずっと使えるし、必要なくなったら売れはほぼ損失は無いよ。こっちの馬車は王都行きだし、蛮族や盗賊に襲われる可能性もある。俺のは『魔除けのランタン』を装備すれば、襲われないから安心だよ?」


 ほおぉっと、お得な取引を持ち掛けられた人特有の表情を見せる祥果さん。会話を聞いていたメイとアンリが、買おうよと祥果さんを隣からせっついている。

 こっちの世界で圧倒的に財産を築いてるのは、実は夫の方なのだが。向こうの世界の癖と言うか力関係で、つい奥さんに買い物の相談を持ち掛けてしまった央佳。

 子供達の懐柔もあって、何とか好感触を得られた様子。


 馬車の乗り付け場の隣に、その売店はあった。競売の出店品までチェック出来る機能まであり、色々と較べ甲斐があるのは良いのだが。品数はせいぜいが4台、どれを購入するかで家族会議は盛り上がりを見せ。

 結局は、大きさや性能を考慮に入れて2番目に高い馬車を購入に至った。高級木材をふんだんに使用した、屋根付きで耐久性の高い洒落た外観の一台である。

 何より初のマイカーに、央佳のテンションは一気に頂点へ。


 購入した馬車は完全密封型で、後ろと天井に荷台が付いていた。狩りで鞄が一杯になった場合も、この荷台を利用すればストックが可能と言う優れモノである。

 ギルドでお気楽パーティをする場合、ギルド所有の馬車で目的地に向かう時も結構あって。央佳のギルドでも2台ほど所有してるが、個人所有と言うのはあまり聞かない。

 それでも買い物に後悔の無い央佳、家族を乗せて早速出発進行。


 購入した馬車だが、最初から運び手の馬は付いていなかった。ところが央佳の鞄の中には、先日退治したPK軍団のドロップした呼び笛が2つ。

 都合の良い話だが、この馬車も二頭牽きである。この呼び笛は時間制なので、使用期限が過ぎたら買い替えないといけないけれど。維持費が必要なのは、どの乗り物とて同じ事。

 そんな訳で召喚した黒馬を、馬車と連結して央佳は手綱を振るう。


「お父さん、馬車を購入出来て良かったですね」

「ああ……祥果さんは大きい買い物渋いから、なかなか許可は下りないんだけどな! 何か自信が付いたよ、この調子でネネが壊した街の借金、返して行こうな!」

「そうですね、頑張りましょう!」


 央佳の機嫌の良さにシンクロして、隣のルカも上機嫌。一緒に御者台乗りますと言われて、流れで隣を許可したのだけれど。そうすると、密封馬車内にネネが孤立してしまう可能性が。

 祥果さんが構いまくるのは目に見えているが、ネネの人見知りウォールがどう反応するか。見ものの一番ではあるが、車内はどんな雰囲気なのか窺い知る事は叶わず。

 まぁこれも試練だ、信頼度が上がる事をただ祈るのみ。


 護衛を名目に御者台に乗り込んだルカだが、この馬車には『魔除けのランタン』を掛けてあるので、モンスターに襲われる事は無い。ただし、獣人の群れや大型モンスターに、行く手を阻まれる事態はままある事で

 そういった場合の掃討は必要なので、戦闘が全く無い訳でも無い。それでもしばらく続くのは、のどかで豊かな森林地帯。新米の頃に、散々見慣れた風景だ。

木々を縫って伸びる街道と、ゴトゴトとリズムを刻む新品の馬車の轍の音。



 さて、馬車の室内である。新品の車内に盛り上がっていた一行だが、その波も徐々に落ち着いて来て。楽しいねぇと、口癖のように交互に口にしながら、あちこち触りまくる。

 シートは向かい合うように設置してあり、扉は片面のみ。もう片方は窓が大きく設置されていて、一応は開閉出来るようになっている。御者台と会話が出来る窓も、小さいのがあって。

 しばらくはそれを使って、メイが伝言ゲームの真似事遊び。


「まだまだ次の街まで、時間が掛かるって。お昼休みまで、大人しくしてろって、パパから! 何か伝える事ある、祥ちゃん?」

「ん~~、了解しましたって伝えて、メイちゃん。急がなくって良いよって」

「りょうか~い♪」


 馬車の中はのんびりまったりムード。央佳から心配されていたネネも、アンリに人形遊びに構って貰っている。祥果さんの力作は、面と向かい合って何やら片言の挨拶から仲良さ気。

 ネコはウサギより強いんだよと、アンリは姉の絶対的立場を譲る気は無さそうだけど。ネネは気にしていないようで、ガオガオ~と、素っ頓狂な雄叫びを上げて楽しそう。

 何にせよ、馬車の中は良い雰囲気だ。


 祥果さんが観察した限りでは、ネネは完全にパパっ子なのは疑いの無い事実。その次に父親に気を許しているのは、ルカとアンリの順番だろうか。

メイは奔放過ぎて、誰とも仲が良いようで、深く関わる事も無い性格のようだ。そう言う人はたまにいるし、祥果さんもリアル世界で何人か知っている。

もちろん悪い子では無いのだが、手綱を握るのは大変かも知れない。


 ルカも同じく、完全にお父さん子だ。ただし長女と言う事もあって、妹達の面倒も良く見ている。ただ彼女も甘えたい盛りなのか、父親を優先する事も多いみたい。

 甘えん坊と言う点では、分かり難いけどアンリが一番なのかも。この子は大人の庇護を無意識に求めている気がする、だから祥果さんとも自然と仲良くなったのだろう。

 恐らくは、褒められると一番伸びる気質な子だと思われる。


 突然の保護者の立場に、祥果さんは最初こそ戸惑ったけれども。央佳のサポート役は、長年の付き合いから心得ている。って言うか、お互い持ちつ持たれつでやって来た訳だが。

 子供だからと言って、祥果さんは特に勉強やお稽古事を強要するつもりは全く無い。ただ、好きな事は全力で応援してあげたいのは親心と言うか保護者欲として存在する。

 そしてどうすればそれが伸びやすいのか、子供を観察すれば分かる筈。


 逆に言えば、何に子供が関心を寄せているのか、どうすればそれを伸ばせるのか、しっかり観察しないと分からない。旦那の央佳は、ギルドだとかの仕事でこの世界でも忙しい様子。

 子供達に関しては、自分がしっかりしなければ。


 そんな決意を胸に、さり気無く子供の学力チェックを始める祥果さん。そして程無く、衝撃の事実を知る破目に。何と子供達の全員が、字がほとんど読めないのだ。

 とんでもない衝撃を受けた祥果さんは、ただちに馬車を停めて旦那の央佳に相談に走る。一旦休憩の名目で、子供達は呑気に野原に飛び出て遊び始め。

 そんな姿をいいなぁと感じつつ、今はそれよりも一大事な事柄についての話し合い。


「央ちゃん……こっ、子供達が字が読めないって知ってた? こっちの世界の教育って、一体どうなってるのっ!?」

「えっ……そう言えば、こっちには学校なんて無いな! うーん、確か大昔はそうだったんじゃなかったっけ? 豊かな家庭だけが、家庭教師を雇えるみたいな……?」

「そっか……今の日本は恵まれてるんだねぇ? それより、この状況をどうすればいいかな?」

「うーん、こっちの世界ではあの子達はエリートなんだよなぁ……モンスターを狩れば狩るほど、名声も力も財産も得られる訳だから。逆に言えば、勉強は高尚な趣味になるのかな……向こうの世界でピアノやバイオリンを習うような?」


 なるほど、生きて行く上で必ずしも必要は無い、高度な教養みたいなものになってしまうのか。向こうの世界の基準を当てにしていては、子育ても儘ならない気がする。

 だけどバイオリンを教える事は、自分には間違っても出来ないが、読み書きなら教えられる。教育ママになるつもりは無い祥果さんだったが、そこを手抜くのは怠惰ではなかろうか?

 そう央佳に尋ねてみたら、それもそうだねと答えが返って来た。


「それじゃあ、基本は日が昇っている内は冒険やレベル上げを全員でして、夜の寝る前に読み書きの勉強を2人で教えると。今みたいな移動中は、祥ちゃんが教えるでオーケー?」

「そうだね、取り敢えずは平仮名……ってか、日本語でいいんだよね、この世界の常用語って?」


 確かそれで良い筈だと、央佳は鞄からクエスト用紙を取り出す。メイが勝手に受けて来るので、興味の全く無いクエまで溜まりっ放しなのだ。

 そこに書かれているのは、確かに日本語で間違いはない。それを見た祥果さん、これを教材に使うから貸してと言って来る。否は無い央佳は、全部の用紙を奥さんに託して。

 指針が決まって一安心、子供達を呼び戻して再び出発進行。


 ルカが馬車内に引っ込んでしまったのは、央佳の言いつけには間違いないのだけれど。お蔭で少し、馬車での旅が暇になってしまった。その代わり、馬車の中からは元気な子供達の声が響いて来る。

 『クエスト依頼』とか『報酬』とか、教材にはいささか難がある気もするけれど。どうやら大人しく、子供達は祥果さんの授業に付き合ってくれているらしい。

 上手く子供達の興味を刺激出来た様子、祥果さんの手腕はあれでなかなか侮れないのだ。


 考えてみれば、こんな特殊な状況もまず無い気がする。親が直接、付きっきりで子供達に読み書きを教える事態など。父親は外で働き生活費を稼ぎ、母親は家庭内で家事に勤しむモノだと、世間一般にはびこる常識が存在して。

 今ではそれも崩れて、共働きで無いと生活が維持出来ないと来ている。専門家は核家族化のせいだとか、少子化の懸念だとか待機児童がどうのとか、幼児虐待の増加だとか好き勝手言うけれど。親の立場も子の立場も、昔から変わりはしないと央佳は思う。

 変わったのは時間だ、親子が触れ合う時間が極端に減ったためだ。


 それから仕事の量の多さに対する、ストレスの増加も加わって。社会で疲弊した親からすれば、家庭に戻って充分な家族サービスなど振る舞えるはずもない。

 社会構造が既にそうなってしまっていて、今更のんびりとした昔の生活にはどうやっても戻れそうもない。便利さを追求するあまり、犠牲にしてしまった幾つかの事柄。

 幸せって何なのだろう、央佳はぼんやりとそう思う。


 馬車を牽く黒馬達は心得たもので、手綱を握る者に関係なく整備された街道に沿って歩いて行く。のんびりムードの中、央佳は確かに幸せを感じていた。

 今度は、数字の読み書きの練習が始まったらしい。い~ち、に~い、さーんと、元気の良い声が御者台まで響いて来る。まるで一人授業参観の気分、思わず応援したくなるような。

 子供達頑張れと、心の中でエールを送りつつ。


 お昼頃に良い感じの木陰を見付けた央佳は、そこに馬車を停めて昼食休憩を呼び掛ける。元気に出て来た子供達と、やや憔悴した感じの祥果さん。

 どうやら読み書きを教えるのに、結構なパワーを使っている様子。人に教えた経験の無い央佳は、そんなモノなのかと思ってしまうけれど。

上機嫌の子供達を見ると、何だか自分も教えたくなってしまう。


 どんな事を教わったのと尋ねると、子供達は口々にあれやこれと印象に残った授業を言葉にする。そんなに長い時間では無かったのに、色々と詰め込んだらしい。

 どうやら授業を真面目に受けると、ボタンを1個貰えるらしく。10個集まると、ご褒美と交換して貰えるそうだ。祥果さんも考えたものだ、お楽しみの人参を吊るすとは。

 子供達は実は小金持ちなので、お小遣いは通用しないだろうし。


 宿を出る前に祥果さんが作ったランチを、木陰に座って皆で楽しみながら。子供達が覚えたばかりの知識を披露するのを、凄いねと褒めながら聞く央佳。

 一番テンションの高いのは、どうやらネネのようなのだが。メイも算数に興味が湧いたようで、祥果さんの隣でクエスト用紙を開いている。

 ちゃんと計算出来ないと、損する可能性に気付いたらしい。


 どんな理由にしろ、学問に興味を持つのは良い事だ。文字を学ぶのだって、自分の好みの本や小説を見付けるためだ。そうやって自分の世界を広げるために、本来勉強はあるのだ。

 子供達に勉強を教えると言っても、祥果さんにだって限界はある訳だし。その時に自分自身で、進むべき道を探す力を今の内につけて貰えれば良い。

 人の成長とはそう言うものだ、世界に果てなど有りはしないのだから。


「お昼休憩、あとどれ位とるの、央ちゃん?」

「うーん……急ぐ旅でも無いし、ゆっくり行こうか? 子供達も、遊んでいいけど遠くに行っちゃ駄目だぞー」

「「は~~い!」」


 子犬のようにはしゃぎ始める子供達を眺めながら、2人は食後の倦怠感に身を委ねる。周りの景色は何となく秋めいていて、遠くの山は紅葉が目立つ。

 だんだん寒くなって来てるねと、祥果さんは山の稜線を眺めながら呟く。次の街は始終冬景色だよと、央佳の説明は簡潔。山を1つ超えた辺りから、寒さはもっと厳しくなる筈だ。

 何しろ、次に向かうは“水と氷の街”ソルである。


 そんな事より、レベルの上がった祥果さんの新魔法を試してみたい央佳。何気に祥果さんは、レベルがこの短期間で38まで上がっているし。

 子供のチェックは結構するのだが、祥果さんがスキルや魔法を取得出来る事実をつい忘れてしまう。せっかくのレアな幻魔法も、宝の持ち腐れでしかないと言う。

 急に勿体無く思えてきた央佳は、奥さんに魔法の実践の提案。


 しばらくは、要領を得ない遣り取りの応酬。それでも何とか祥果さん、自身の魔法の並びの呼び出しに成功。誰もが羨む新属性魔法、央佳ももちろん見た事が無い。

 これはどんな効果があるんだと、2人して簡単な説明文から推測するのだが。使ってみた方が早いと言う事で、散歩がてら近くの湖畔へと歩いて行く。

 この辺りには、アクティブな敵はほとんどいない。しかも湖の近くは、動きの遅いスライムの宝庫である。コイツらならば、接近しなくても魔法で焼き尽くす事は可能だ。

 ところが祥果さん、そんなスローな敵を見ただけでオロオロ。


「祥ちゃん、これも慣れだから……魔法の攻撃は、遠隔からだからそんなに怖くないってば」

「でもなんかヌルヌルしてて……あれも怒らせたら、攻撃して来るんでしょ?」

「何してるんですか、こんなところで?」


 秘密の特訓のつもりは無かったのだが、突然背の高い草を掻き分けて出現したルカに見付かってしまった。その後にはネネが、ススキの穂を手にして続いている。

 どうやら子供達も、湖の近くで探検ごっこをしていたようだ。そうこうしている内に、メイとアンリもこちらを見付けて合流。新スキルのお披露目と聞いて、興奮している様子。

 ところが肝心の主役が、テンパって行動に移らないと言う。


 それならばと、まずはアンリが1番バッターを買って出た。魔法には大きく分けて攻撃魔法と補助魔法が存在する。他にも回復魔法やら、敵と味方のどちらに掛けるかの違いもある。

 敵にバッドステータスを与える、これは補助魔法だ。だけど大抵は、敵にダメージを与える攻撃魔法をみんな使いたがる。戦闘時間が長くなると、しかし補助魔法も大切になって来る。

 そんな薀蓄を披露しつつ、唱えたのは《マジックブラスト》――バリバリの攻撃魔法だった。


「……これは敵をターゲットにする攻撃魔法。間違って範囲魔法に設定すると、味方も巻き込むから注意が必要?」

「ふわぁ……凄い威力だねぇ?」

「大丈夫……祥ちゃんもやってみて……?」


 アンリの魔法に巻き込まれたスライムは、木端微塵の悲惨な憂き目に。《マジックブラスト》は純エネルギーを敵にぶつける魔法で、唱えると無数の飛礫が術者の周囲に出現して。

それを敵にぶつけるのだが、単体と範囲に切り替えが可能らしい。かなり派手なエフェクトだが、ぶつけられた相手は酔っ払いのバッドステータスにしてしまうらしく。

相当に強力な魔法には違いない、本人は《魔騎召喚》を好んで使うが。


 それより何故か、教える役が央佳からアンリへとすり替わった様子。メイも加わり、女は度胸とばかりに遠隔魔法での攻撃を披露し合って勢いをつけてくれている。

 その波に、ようやく乗じる事が出来た祥果さん。最初に放ったのは、どうやら幻系の単体攻撃魔法らしい《幻突》と言う名前の呪文だった。ズドンと命中したスライムは、大きくよろけてご昇天遊ばして。

 その結果を受け止めて、おおっとどよめく後衛陣。


 説明によると、相手の防御力無視の一撃を加えるそうなのだが。威力も相当なモノらしく、この辺りの弱い敵だったら、一発で仕留める事が可能らしい。

 それに気を良くした祥果さん、次に唱えたのは《虚仮嚇し》と言う、変わった名前の呪文だった。掛けられたスライムは瞬間ビクッとなり、慌てて転進して逃げて行ってしまった。

 どうやらこの魔法は、幻影で恐怖を敵に植え付けるらしい。


 特に祥果さんが気に入ったのは、味方に掛ける《桜華春来》と言う呪文だった。パッと綺麗な桜の花びらが周囲に舞い散って、どうやら回復作用があるらしいのだが。

 HPが全く減っていない現状では、確認する事は出来ず仕舞い。それよりMPの減り幅が半端無く酷い、あっという間に祥果さんの魔力は底を尽いた様子。

 こうなると、ヒーリングで魔力の回復を待つしか無い訳で。


 その方法をアンリに教わりながら、祥果さんの魔術師デビューを見守る央佳。大丈夫かなぁとの心配はもちろんあるが、積極的に戦地へと連れ出す目論見は全然無いので。

 とにかく自衛手段として、少しくらい強くなって欲しいとの思いが強い。ゲームのシステム部分を理解する事で、子供達との結びつきも強くなるかもとの判断もあったけど。

 そこら辺の判断も、あながち的外れでは無かった様子で何より。


 今度はルカが、新しく覚えた竜スキルを披露し始めた。央佳も『契約の指輪』効果で覚えたスキルだ、どんな作用を及ぼすかはもちろん知っておきたいのは当然の理。

まずは《拍龍》と言う新竜スキルは、超音波のようなドデカい音での遠隔攻撃らしい。ぶつけられた相手は方向感覚を失い、その上吹き飛ばし効果まであるみたいで。

ダメージこそ大きくは無いが、相手を弱体・距離を置くには良い魔法かも。


次に《臥龍》と言う魔法だが、これは待ち伏せ系の変わった呪文のようだ。これは逆に、自分が動けなくなるらしく、使用したルカも戸惑っている様子。

 その見返りは、どうやら自身の武器や防具に宿るようだった。つまりは攻撃力や防御力が大幅に上昇して、敵を迎撃する仕様らしい。二刀流使いにはむしろ危ない魔法だが、盾装備の時には有り難い。

 盾キャラの身上とは、その場に留まって敵を引き付ける訳だから。


「これは良い魔法スキルが増えたなぁ……ルカのお蔭だな、有り難う」

「ネネも、ネネもっ……!」

「ネネちゃんも偉いねぇ……さっきは元気に、1から10まで数えられたもんねぇ?」


 それは凄いなぁと、祥果さんに追従する央佳。それだけで得意顔になるネネ、ある意味扱いやすい子供かも。今も褒められた技を実践、大きな声で1から数を数えている。

 何にしろ、このスキル実践教室は為になったなと央佳は思う。後で自分でも使用して、コスト的にどうかとか使い勝手はどうか試してみよう。

 そんな事を考えながら、そろそろ出発しようと家族を促す。


 馬車に歩いて行きながら、家族で他愛ない会話を交わしつつ。御者台はどうにも暇だから、BGMに子供達の歌が聞きたいなぁと、央佳の何気ない一言に。

 どうやら1曲も歌を歌えない子供達、どうしようかと慌て始める。そこに助け舟を出す祥果さん、みんなに教えてあげるねと教師顔を覗かせる。

 そこからは喧々諤々、誰が何をどうすればいいのと賑やかな質疑応答が。


 そこから先の旅は、もうこれ以上ないと言う程に騒がしくなってしまった。ひょっとしたら自分は、とんでもない爆弾を投下したのではないかと疑問を抱きつつ。

 それでも段々と、様になって行く姉妹の歌いっぷりを聞き及ぶにつけ。こんな旅路も良いなぁと、しみじみ思ってしまうのは親心の発端だろうか?

 選曲は何故か、祥果さんの好きな流行ソングだけど。





 ――段々と寒くなる異世界の野原に、子供達の歌う流行ソングが元気に響き渡っていた。









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