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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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神様の前では厳かに



 残念な事に、翌朝は至って普通に訪れた。央佳は少しだけ期待していたのだ、起きたらリアル世界だったと言う落ちを。ところが目覚めたら、昨日借りた宿屋の一室に他ならず。

 ベッドを見渡すと、子供達はスヤスヤと寝息を立てていた。これだけ子供が並ぶと壮観だ、喧嘩の絶えない姉妹もこの時だけは仲睦まじく見える。

 つまりは平和で平穏だ、朝の訪れに相応しい程度には。


 現在の自分の置かれた立場を、央佳は自分の寝起きの頭に思い浮かべてみた。取り敢えず、お金の心配は無くなった。ギルメンの朱連から結構な額を借りれたし、NMモンスターのドロップ品の分け前も貰えたし。

バザーにでも出せば、100万にはなる筈。


 それだけ、昨日手伝った敵は大物だった訳だ。何ともラッキーな遭遇な上、今回は長女の参戦も喜ばれる状況で。それだけ人手不足で、まぁ出向いて良かったと思う。

 家族の大黒柱としての面子も、金銭枯渇の回復と共に保たれそう。


 部屋の差し押さえの状況は、相変わらず痛手だけど。何しろ頑張って上げた合成スキルも、部屋に設置した合成装置が無いと確率が著しく落ちてしまう。

 つまり大物が作れないし、レシピも思い出せないものが多いと言う。高級素材も部屋に置いたままだし、当面は合成での金策は無理に等しいかも。

 全く厄介だ、こちらも早急に手を打たないと。


 悩むべき事柄は多いが、出来る事から片付けていかないと。取り敢えず今日は、祥果さんと子供達のレベル上げの続きだろうか。ギルメンには祥果さんの事は話してある、面倒な説明は省いてだけど。

 ウチのギルドに是非入って貰いなよと、ギルマスのマオウの言質は戴いたので。後はギルドバッチを渡して、これで一つ肩の荷が降りる感じだろうか。

 ギルドの後押しは、この世界において何より有り難い。


「央ちゃん、おはよぅ……ここはどこ?」

「おはよう、祥ちゃん……リアル世界だったら万事めでたかったんだけど、昨日と変わらずゲーム世界の中だよ。子供達はまだ寝てるね、ふぅっ……」

「そんな、邪険にするような言い方しないのっ……! 今日こそは、ネネちゃんともっと仲良くならないとねぇ?」


 ルカも相当、堅物な子だけどなと胸中で央佳。試しに4人の信頼度を聞いてみると、何とビックリ、アンリとは既に203まで上がっているっぽい。

 次いでメイが125、桜花が82、央佳との信頼度の上昇は、たった1日でも大きい方だ。一番低いのは、やっぱりネネらしい。27の数値は、一般に週に一度話をするレベル。

 さすがに人見知り魔人、1日かそこらでは攻略出来ない様子。


 何気なく央佳も子供達との信頼度をチェックしてみるが、ルカとネネの数値がエライ事に。一緒にお風呂に入ったイベントが、どうやら功を奏し過ぎたらしい。

 ルカに至っては、280にまで上昇している。一晩で驚きの上昇値、とんだボーナスイベントだ。これが今後に、どう影響するのか分からないのが辛いけど。

 まぁ良い、分からない事は考えるだけ無駄だ。


「そうだ、祥ちゃんに渡すモノがあったんだ……はいコレ、ウチのギルドの会員バッジ。ウチは夫婦とか兄弟でプレイしてるパターンは珍しくないから、居心地は悪くないと思うよ?」

「ほえぇ~~? コレ、胸に付けておけばいいの?」

「体の見える所なら、どこでもいいよ。メンバーの紹介とかバッジの機能は、おいおいして行くから」


 分かったと返事をして、祥果さんはのそのそと起きる準備。子供達が起きない様に気を付けながらベッドから降りて、パジャマを着替え始める。

 ここの宿屋は朝食は付かないと言っていたが、どうも売り物の食事は美味しくないと祥果さんは思う。自分が作った方が良いかも、それより先に自分とルカの買って貰ったマントの裾直しをしておきたい。

 時間があれば他にも編み物をしたいし、ネネの縫いぐるみも縫うべきか。いやいや、それより子供達の洋服……は時間が足りないか、日差し避けの帽子位は作れるかもだが。

 今度はネネから始めて、年齢順に渡すのが良いかも知れない。


 子供達に物を作れると考えただけで、心の底からウキウキと衝動が湧き上がって来る。鼻歌を歌いながら着替え終えると、央佳が部屋の隅っこで大きな地図を広げていた。

 気になって近付くと、見た事の無い大陸のモノである事が判明。どうやらこの世界の地図らしい、祥果さんが覗き込むと央佳は街同士の位置関係を説明してくれた。

 どうやらゲーム世界の法則に沿って、街の立地条件があるらしい。


 それによると、王都ロートンを中心に見た方が、モンスターの分布などが分かり易いそうだ。まずは王都の東から南にかけての土地には、初心者用の街が点在している。

 ここ“光と風の街”フェーソンの街もその中の1つ。そして当然、分布するモンスターも初心者用に弱い奴らばかりだ。そしてそれは、王都に近付く程強くなって来る。

 王都付近は、大体レベル50くらいの敵が徘徊する土地だ。


 南から西にかけての土地は、反対に近寄るのもタブーとされている土地である。ただしそれは、普通に冒険に勤しむ者たちにとってである。つまりそこは、犯罪者達によって拓かれた場所なのだ。

 分布するモンスターの数もだが、とにかく獣人や蛮族の類いがやたらと多い。集落があちこちに点在していて、ソロで近付くのは自殺行為との話だ。

 そんな場所に、PKを始めとする犯罪者の街“不夜城”メガレスカは存在するらしい。


 それから西から北に掛けては、より強いモンスターの徘徊する土地だ。新大陸へのミッションでも使うし、レベル上げでも度々お世話になる。

 北から東に掛けても似たような感じで、レベル100までの高レベル帯でようやく歩き回れる物騒な土地柄だ。ただし密林や山岳の多い北西地帯に較べて、こちらは海と諸島がメインだ。

 もちろんモンスター分布も、その土地柄に見合った種族が占めている。


 そんな感じで説明を終えて、今後の指針もついでに口に出しておく。暫くこの街の近くでレベル上げしたら、王都に向かう事になると。王都では、色々とクエやミッションが受けれるし、そこから更に別の土地に向かう事も可能だ。

 多くの冒険者がそんな感じで拠点にしているし、活気があるのでベテラン冒険者もそれにあやかって未だに利用もしている。人も物も流動しやすく、文字通り大陸の中心都市なのだ。

 ゲーム世界的にも、大きな分岐点が発生する場所である。


 説明をきちっと聞き終えて、祥果さんはフムフムと頷いて。それじゃあ今日は昨日と同じ感じなのと、旦那に尋ねてみるのだが。央佳は少し考えて、念の為にワープ拠点を通そうと聞き慣れない単語での返答。

 要約すると、街の名声を上げればワープ移動が使えるようになるのだが。移動手段として最速なので、訪れる街全てに冒険者はその拠点通しを行う訳だ。

 名声を上げる方法は、クエストをこなしたり武器や防具を街に寄付したり、街の周囲の獣人や蛮族を退治したりと何通りか存在する。クエストは地味で確実だが、何度もこなさないと上がらないので時間が掛かる。寄付はお金が掛かるが時間の短縮になる。

 獣人拠点の攻略は、力が必要だがお金も時間も掛からない。


 その代わりに、あまり同じ敵を狩り過ぎると、その種族の敵対心が上がってしまう弊害が。そうなると、執拗に狙われるなど逆襲も念頭に入れる必要が出て来る。

 何事にも塩梅と言うモノが大事になって来る、それはどちらの世界も同じ理が存在するかもだが。それじゃあどの方法を選択するのと、祥果さんの問いには。

 今回は手っ取り早く、獣人の拠点攻めを行おうと央佳の返答。


「危ないんじゃないの、それって……? 普通にクエストってので、地道にしたらダメなの?」

「時間があれば、それでいいけど。初心冒険者はそうやって、街中や近くのエリアを駆け回って、地理やモンスター分布を覚えて行くものなんだけどね。今回は正当な方法より、時間を短縮してみよう。さっさと王都に、拠点を移したいからね」

「ふぅん……まぁ、危なくないなら別に良いけど」


 央佳にしてみれば、特に急ぐ理由も無かったのだけれど。王都が拠点の方が、遥かに便利なのも本当で。何より他のギルメンと、簡単に連絡が付くのが大きい。

 ギルド領の館にも、王都からなら直通で行けるし。そうすれば、差し押さえられたレンタル部屋とまでは行かないが、多少は融通の利く部屋が使えるようになる。

 祥果さんの安全も、格段にアップする筈だ。


 そこら辺の説明を簡単にしながら、央佳は鞄の中の整理など始める。祥果さんも、昨日し忘れたマントの寸法直しを始めている。律儀な事に、長女の分も直し始めて。

 いきなり4人の子持ちになった事に、祥果さんは何の重みも感じていない様子。これが手間の掛かる乳飲み子だったら別だったろうが、逆に生き生きしている感じも受ける。

 それだけが救いの央佳、自分だけだったら絶対どこかで破綻をきたしているに違いない。


 そんな事をしている内に、子供達も順々に起きて来た。祥果さんはきっちりと着替えを畳んで用意していて、1人ずつ呼んで着替えを手伝っている。

 どうやら昨日の冒険や外遊びで、痣やら傷が肌についていないかチェックしている様子。昨日の入浴で、メイとアンリは点検を終えたらしいのだが。

 女の子の身体に傷がつくのは、親として見過ごせないらしい。


 ルカは散々渋ったが、結局は祥果さんの言いなりに。それでもマントの寸法を直して貰うと、少しだけ嬉しそう。髪を梳かして編み込んで貰う段になると、完全に大人しくなってしまった。

 メイは逆に、簡単なチェックで終了の運びに。髪を整えるのも、何故かネコ耳付きのリボンで簡単に終わってしまう。手鏡の自分を見せられて、メイもこの上なく満足そう。

 どうやら、昨日作ってあった一品らしい。


 アンリの番の時も、やっぱり着替えて終わりと言う簡潔さ。ネコの縫いぐるみを携え、それにはネネは羨ましそう。取られないように、アンリは後ろ手に隠す構え。

 その当事者のネネは、着替えを極度に恥ずかしがったので。結局は、央佳も一緒に手伝う破目に。特に問題無いと診断されるまで、祥果さんは容赦のないこねくり回し様。

 そしてようやく納得がいったのか、朝食にしましょうとお許しが出て。


「央ちゃん、悪いけど何か適当に買って来て。私とネネちゃんは、ここでお留守番してるから」

「何だ、こっちの料理は味が薄いから、なるべく作るって言ってたのに……あぁ、何か縫い物するつもりか、祥ちゃん」

「うん、ネネちゃん用の縫いぐるみを1つ」


 それならと、央佳はメイを伴って買い出しに出掛けて行く。暫くしてパンやフルーツ、ミルクやジャム類を大量に購入して戻って来た。ルカは、朝食のテーブル準備に苦労している模様。宿のテーブルはどう考えても小さ過ぎる感じだ。

 それでも何とか無理やり食材をテーブルに乗せて、家族で周囲を囲みに掛かるけど。すし詰め状態なのは否めない、ネネはちゃっかり央佳の膝の上に陣取っている。

 その少女の腕の中には、真新しい兎の人形が。


 機嫌も上々、父親に給仕されてパンとミルクで食欲を満たしている。それを眺める祥果さんも満足そう、アンリもどことなく安心した様子。

 メイは今日の予定をしきりに気にしていた。どうやら彼女的には、このエリアの敵に物凄い物足りなさを感じているみたいだ。さもありなん、彼女達はカンスト猛者よりも強いのだ。

 ドロップ品もしょぼいし、ストレスも溜まるのだろう。


「今日は、この街の名声上げをするつもり。みんな、今日も頼むな?」

「お父さん、昨日買ったばかりの剣が、もうボロボロになっちゃったの。どうしたらいいかな?」

「お姉ちゃん、力任せに殴り過ぎ」


 困った様子のルカをメイが茶化すが、これは恐らく熟練度が低いせいだろう。央佳は受け取った剣を調べるが、なるほどこれは酷い。刃がボロボロで、修理より買い替えた方が早いかも。

 このゲームは武器にも防具にも、耐久度と言う数値が存在する。使い込むうちに減って行って、ゼロになると壊れるのだが、修理すれば元に戻る。

 ただしお金もそれなりに掛かるし、安物だと買い替えた方が良い場合も。央佳もそちらを提案して、ルカはそれを了承。何にせよ、最初の内は安物で熟練度を上げるのも手だ。


 熟練度はその言葉通り、その武器を使い込めば上がって行く。高くなれば武器の耐久度の減りも小さくなるし、逆にダメージは高くなる仕組みだ。

 ダメージを上げようと思ったら、その武器にスキルポイント振り込む手もある。これはレベルが上がると自動的に2Pほど入手出来て、何に振り込むかはその人の自由だ。

 武器に振り込めば武器が、魔法に振り込めば魔法が得意になる仕組みだ。


 ファンスカはスキル買い取り制度と前にも述べたが、このスキルPが10貯まる度に、冒険者は《スキル》を得る事が可能だ。つまりは必殺技を覚えたり、魔法を覚えたり出来る訳だ。

 他にも《HP20%up》や《攻撃力up》など、常時作動型の補正スキルなども存在するので、まぁ一概には言えないが。とにかく、キャラが強くなるのは間違いのない事実。

冒険者は、こうやってキャラを練り上げて行くのだ。


 長女と次女での口喧嘩を制して、央佳は今日のスケジュールを発表する。昨日と同じく祥果さんメインのパーティを組んで、ルカとメイで戦闘を進める。

 名声上げに獣人の拠点を攻撃しますと告げると、子供達は盛り上がりを見せる。冒険者もそうだが、拠点攻めは派手な上にお宝に巡り合うチャンスなので楽しみにする者は多い。

 その分、敵の数も多いし必ずリンクするので厄介ではあるが。


「あっ、獣人の集落潰しのクエ、私が受けてた。パパ、はいこれ♪」

「おっ、ありがとう、メイ。問題は、他の冒険者に先を越されて無いかだけだな」


 人気のあるクエだけに、集落に行っても獣人はもぬけの殻だったと言うパターンも実は多いけど。期待し過ぎないように、一行は支度を整えていざフィールドへ。

 ちなみにルカの装備は、街を出る前に若干の変更が。ボロボロになった剣を下取りに出して、新しく大剣を購入したのだ。央佳がふざけ半分に、ルカなら大剣も片手で持てるんじゃないかと言った所。

 本当に装備出来てしまって、何とも破天荒なイレギュラー。


 大剣は、普通の冒険者なら両手持ちで、盾を装備出来ない分威力が高いと言うメリットが。耐久度も高いので、ガンガン削るには持って来いの武器なのだけれど。

 冒険者たちの琴線にはあまり触れないようで、実は人気は低い武器である。両手武器なら、アタッカーはもっと威力の高い両手斧や両手鎌を選択するのだ。

 両手槍だとチャージ技もスキルで豊富にあるし、つまりは中途半端な印象が。


 ただし、片手で扱えるとなると話は変わって来る。攻撃速度はやや遅くなるが、その分片手剣よりも威力は遥かに高い訳だから。これからはこっちにしなさいとの、央佳の説得をルカはすんなりと了承し。

 そこからは張り切り娘達の狩り行進のスタートだ。昨日と同じ布陣で、戦うのはもっぱらルカとメイだけど。アンリは祥果さんの隣、ネネに限っては央佳が抱いている始末。

 しかもそのネネの腕には、兎の縫いぐるみが。


 ファンタジー世界と言うより、ファンシーに偏っている気がしないでも無い央佳。それでも目的地に向かいつつ、パーティは順調に歩を進める。

 相変わらずモンスターは足止めにもならない弱さ。いや、娘達が格段に強いだけなのだが。


昨日のメインの狩り場のルネー平原に辿り着き、ここからは央佳の記憶を頼りに進む。相変わらずメイは独断先行、そして楽しそうにリンクした敵を連れて戻って来る。

 それをルカが1匹引っこ抜いて、剣術の練習のように丁寧に屠って行く。なんだかんだ言って、姉妹の連携は流石と賞賛するレベル。練習は大事だ、特に熟練度の上昇が。

 そんな感じで、ようやく平原の端の湿地帯に到着。


「おっと、旗が上がってるって事は、今日はまだ潰されて無いな。さて、誰が行く?」

「私と姉ちゃんで平気だよ、パパ? 一応、アンちゃんも連れて行く?」

「……ルカ姉が、王様と一騎打ちすればいい。雑魚は私とメイ姉で倒そう」

「えっ、大将譲ってくれるの……? じゃあ行ってきます、お父さん♪」


 姉妹での話し合いは、どうやら簡潔にまとまった様子。戦はそれ以上にスピーディな幕切れとなったけど。容赦ない範囲魔法で雑魚を蹴散らして行くメイとアンリ。アンリの傍らには、召喚した影騎士がボディガードに付いている。

 集落は生活感こそあるが、不衛生で原始的だった。そして建物から出て来る獣人たちは、様々な武器を携えたジョブが揃っている様子だが。

 圧倒的な火力の前に、その武勇も振るう隙が無いみたい。


 戦いはあっという間に終盤へ、敵の獣人の大ボスの王様が、広場に出現して侵入者へ啖呵を切り始める。それを確認したルカが、いそいそと武器を構えて闘いのリングの中央へ。

 獣人の王様は、煌びやかな武具を身にまとっていかにも強そうだった。魔法も使うらしく、己に土系の強化魔法を唱えて準備万端で戦へと身を躍らせる。

 しかし結果は、たった3合の斬り結びで終了と言う。


 ルカは無邪気に喜んでいるが、それ以上にメイのはしゃぎ様は上だった。集落からせしめた宝箱は、全部で10以上。低レベルの獣人相手だから、上物は含まれて無いとは言え。

 それだけで嬉しいのが、宝箱とのご対面である。


 アンリは戦の余韻も感じさせず、さっさと祥果さんの隣へと戻って来ていた。この後の予定を考えている央佳と、お昼はどこで食べようかと悩んでいる祥果さん。

 出掛ける前にお握りをしこたま作っていた、良妻賢母の祥果さん。お米を炊くのから始めたので、支度に結構時間が掛かってしまったのだが。

 それだけの価値はあると思う央佳、もう味の物足りない料理を食べたいとは思わない。


 こんな時にはキャンプ道具の存在は有り難い。フィールドにいても、モンスターに絡まれる事が無いのだから。適当な木陰を選んでお昼の時刻、気分はピクニックである。

 和気藹々と食卓を囲んで昼食タイム。こっちの世界に迷い込んで、大変な事になってしまったと思っていた央佳だが。逆に、のんびり過ごす時間が増えた気がする。

この逆転現象は、一体どこに起因するのだろう?


「あのぅ、お父さん……時期が来たので、神様に“龍神の加護”をお返ししてもいいですか?」

「へっ……何を返すって、ルカ?」


 食事前からモジモジしていた長女だが、唐突に話し始めたのは食事の最中。行儀よく両手でお握りを抱えたまま、やっぱり少し照れた様子で央佳に話し掛ける。

 慌てた様子でルカを見遣る央佳だが、これはひょっとしてと長女の信頼度をチェック。その値は300を超えていて、これは何かのイベントかと身構えるも。

 加護を返すとは、一体どういう意味なのだろうか?


 ルカから詳しく話を聞くと、どうやら子供達はそれぞれの神様から“加護”を頂いているらしい。それは外敵から身を守る為で、つまり親がいない間の危険や人攫いなどに対処出来るようにとの計らいらしく。

 親との信頼度が300を超えたら、それは返上する事に決まっていたらしく。そうしたら、子供のスキル取得などのカスタムが、親の自由に出来るようになるとの事。

 なるほど、確かに今まで取得したスキルPは触れもしなかった。


「なるほど、自衛の為に神様に力を借りてたのか……それは返さないと不味いよなぁ?」

「はい、約束ですので……その代わり、新しいスキルとか取得出来るようになりますよ♪」


 どちらにしろ、戦力ダウンは否めないようだ。現時点での戦力ダウンは痛いが、神様との約束を破る訳にはいかない。仕方ないなと諦めて、甘んじてそのルートを選択しよう。

 央佳は次に、長女にその“加護”の返し方を質問した。ひょっとしたら、とんでもなく遠い場所にまで赴かないといけないかも知れない。

 ところがルカは、街の神殿からお呼び出来るかもとの返答。


 それは助かる、神殿ならフェーソンの街にもある。ルカの弱体化は残念だが、ひょっとしたら覚えたスキルで補えるかも。何しろルカは龍人だ、竜スキルの揃えは魅力的。

 午後はもう少しレベル上げしようと思っていたけど、央佳は予定を変更する事に。今日はそのまま街に帰還して、ルカの神様とご対面と行こう。

 しかし……子供達が強い理由が、神様の恩恵だったとは。


 ファンタジー世界にありがちな設定だが、この大陸を作ったのは創世の女神である。その補佐役として、8つの属性の神様が存在しているらしいのだが。

 特に始める前に注意して創世記など見るタイプでは無い央佳。そこら辺の記憶も、実は曖昧だったりするけれど。フェーソンの街に、立派な神殿があるのは覚えている。

 そこに祭られているのが、光と風の神様だと言う事も。


「央ちゃん……こっちの世界では、気軽に神様にお会い出来るものなの?」

「さあ……良く分からないけど、以前のゲーム仕様だったら、神殿に入っても何も起きなかったよ? お呼びする方法も、誰も教えてくれないし」


 夫婦で話し合う内容も、何となく半信半疑になってしまうのも仕方が無い。それでも順調に街に戻ると、念の為にと先にワープ通しの名声上げのクエスト終了報告を。

これは街のほぼ中央にある、冒険者ギルドで処理されるクエストで。大抵のクエはここで受ける事が出来て、名声度のチェックもここで可能である。

その結果、無事にワープ拠点の開通を受けられた様子で何より。


つまりは自分達が、アウトローな存在で無い事を立証出来たと言う訳だ。冒険者など、街の人からしてみればならず者にしか見えない。だから頑張って、街の役に立つことで皆からの信頼を勝ち得るのだ。

 そのステータスとしての、ワープ移動の許可なのである。


とにかく無事その作業も終わり、メイの先導で街の東に建つ神殿へと一行は進んで行く。央佳の記憶では、ここにはクエスト関係でしか訪れた事は無い筈だ。聖職者にだって悩みはある、それを走り回って片付けた訳だ。今はまるで違う用事で、その立派な門を潜って。

 キョロキョロと周囲を窺うが、ルカは大聖堂を無視してもっと奥へ。


 中庭には、何本かの大樹が絡み合って複雑な地形を形成していた。巨大な岩とその大樹の太い根っこが、変に迷路みたいな地形を作り出してこちらを迷わせる。

 一行は苦労しつつ、ルカの先導で奥へと向かう。どうやら少し下った、半地下の場所にそれはあった。あの大樹の真下なのかも、意外と広くて明るいのが気に掛かる。

 そして岩と根の隙間を通る風、こんな場所だからこそ際立って感じられる。


 明かりもそうだ、隙間から漏れる太陽の光が、シャワーのようにこの半地下に降り注いでいる。それから壮大な神気、ここはやはり特別な場所なのだと感じさせる。

 物怖じしないのは、ルカが龍人だからなのか。それとも子供特有の、無鉄砲さから来る気質なのか。とにかく長女は一人前に出て、奥に設えてある祭壇へと祈りをささげ始め。

 その瞬間、一陣の風が吹き、降り注ぐ光が一層濃くなった。


『久々に呼ばれたと思ったら、龍人の子とは驚きじゃな……お主らの住まう大陸は、もっと向こうの筈。何故にこの地で、我らを呼び出す?』

『まぁそう急くな、風の神よ……そなたはせっかちでいかん。この子は混血のようじゃ、保護者は誰かな?』


 忽然と出現した神様は、どうやら割と気さくな性質のようだった。それぞれが属性の色のローブを身に纏い、悠然とその場にとどまっている。

 ルカは淀みなく、背後の父親の名前を神様の前で口にした。己の身の証を述べるように、颯爽と静粛に。神様たちはそれで満足したように、少女に頷きを返す。

 跪いたままの姿勢で、ルカは用件を述べる。


「龍人の神様に“加護”を返したく……失礼とは思いましたが、この場にお呼び頂けないかと参上した次第でございます」

『ああ、龍人の神か……久しく会っていないが元気かのぅ? どれ、呼んでやるから暫し待て』

「有り難うございます、神様」


 場は完全にルカの独壇場、央佳も祥果さんもその場の雰囲気に気圧されて一言も発せられず。そうこうしている間に、3体目の神様が降臨して来た。立派な角を生やした、紛れもなく龍人の神様だ。

 ルカは畏まって頭を垂れて、お預かりした“加護”をお返ししますと述べた。龍人の神は静かに頷き、喜ばしき縁の結びの到来を誇ると告げる。どうやらこの神は、光と風の神ほど性格は軽くないようだ。 

そんな事を央佳が考えている内に、ルカの身体が光に包まれた。


 長いような短いような時間が過ぎた後、気が付いたらルカは央佳の側で満足そうに微笑んでいた。その瞬間、央佳の心に満ちたりた様な気持ちが湧き上がって来る。

 まるでルカが、本当に自分と祥果さんの間に生まれた子供の様な気分。絶対的な信頼を受ける立場と言うのは、はっきり言って怖いモノでもある。それでも子供は、この人ならと自分の親を頼って来るのだ。

 ならばそれに応えるのが、親としての本分ではなかろうか?


 そんな内心の決心を込めて、央佳はルカの肩に手を置いてやる。嬉しそうな表情のルカが、こちらにすり寄って来た。そう言えば神様はと思い立って前を見ると、いつの間にか龍人の神様はお帰りなさっていた様子。

 自分のテリトリーで無い場所なので、余り長居も出来ないのだろう。それよりも、残った光と風の神様の内緒話の内容が気になってしまう。

 何を企んでいるのやら、しかしその発案はこちらには渡りに船だった。


『さてさて……異大陸の子供とは言え、我らもそのまま放り出すのも忍びないとの見解に至ってな。ここにいる子供達全員に、光と風のスキルの取得を許可する事にした』

『お主らがスキルを伸ばすのは、我らに対する信仰と一緒でな……こちらにとっても、実は有り難い行いなのじゃよ。精々頑張って、この先も精進に励むがよい』

「有り難うございます、神様」

「あ、有り難うございます……一家の主として、せめてお礼を言わせて下さい」


 ルカのお礼の言葉に続き、央佳も感謝の念を言葉に紡ぐ。その瞬間、のんびりと空間に漂う2神と目が合った。圧倒的な存在感、いや圧倒的な情愛に包まれる感覚が央佳を襲う。

 格が違うとか謙虚になるとか、そんな言葉をリアルに感じる日が来るとは思わなかった。思わず泣き崩れそうになる身体を無理やり震え立たせ、静かに首を垂れる。

 目線を戻すと、既に神様はいなくなっていた。











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