バザーの売り子は、愛想良くがモットーです
さて、姉妹の紹介の最後になるが、次女のメイの話をしよう。この子は明るくて自由奔放で、親からしてみれば全く手の掛からない良い子……に見えるかも知れないが。
実際そうなら、どんなに良かった事だろう。央佳にしてみても、姉妹の中に一人はしっかり者がいてくれたらの思いは強い。今の所それは、やっぱり長女のルカの役目か。
何だかんだ言っても、やはり一番の年長者なのだし。
メイもやはり、特殊な限定イベントの優勝で縁が結ばれた子だった。その頃は“森羅”の桜花と呼ばれていた彼だったが、ルカやこの子達のせいで、いつしか“バツ2子持ち”の桜花と呼ばれる様に。
全く不本意な二つ名だ、広まってしまったのは仕方ないが。
この子との縁を結ぶ限定イベントも、思えば最初に妙な宣伝を立ち上げていた。高位精霊の美姫の舞い降りる有名な聖山に、何やら異変があったとの報告が舞い込んで来て。
その調査に冒険者を雇うと、領主が御触れを出したとか何とか。その聖山は、昔から頂上を極めた者には何でも願いが叶うと言う、不思議な言い伝えがあるらしいとも。
もっとも不思議な力が働いて、登頂者はほぼいない事でも有名らしいが。
前回の優勝で勢いに乗っていた央佳は、今度もやってやるぜと調子こいてたのは確かだった。完全ソロ対応のクエストだったので、入手したばかりのルカの助けも大いに役立ち。
戦闘以外の謎解きや、迷路の脱出での幸運の引き寄せも、何故か順調に上手く転がって。気付いたら偉業の2連覇達成、マジですか自分は半端無いなと自画自賛しつつ。
どこかで見た、美姫とのぼかした褥のシーンにちょっと泣きそうに。
この時には、あぁこれは2人目の子供が来るなと、妙に達観して覚悟は出来ていたような気がする。しかしこれって、女性冒険者が優勝したら、どうなるんだろうとの疑問も湧いたけど。
その疑問は、約半年後に解けたようなそうでも無いような。サーバで有名な♀冒険者がいて、ある日そのキャラと偶然にフィールドですれ違ったのだけれど。
その♀冒険者の後ろにも、しっかりと子供NPCが張り付いていたのだ。
その時に聞けば良かったのだが、さすがに『あなたの子供ですか?』とは聞きにくい。こちらもぞろぞろと、4人も付き従えていて妙な気まずさと言うか雰囲気が漂っていたし。
その女冒険者が、長丁場の限定クエストで優勝したのは知っていた。だから恐らく、彼女の子供NPCも優勝賞品なのだろう。どんな経緯で出来たのかは、謎のままだけど。
そのNPCもユニークな容姿で、まぁ可愛かったけど。
メイの容姿に関しては、美人だが他の子に較べると普通だと言わざるを得ない。明るいクリーム色の髪の毛と、抜けるように白い肌。衣装も明るいスカート姿だが、完全後衛職っぽい出で立ち。
10歳くらいの年恰好は、央佳の元にやって来た時と寸分変わらない。生まれた時からそうだったのだろう、精霊の母を持つとの設定なので、ルカの時よりすんなり受け入れられる。
まぁ、ゲームの世界なので何でもアリと言えばそうなのかも知れないが。乳児を贈られて来るよりはずっとマシ、冒険より育児に時間を費やす事態になってしまう。
そんなご都合主義なら、諸手を挙げて歓迎してしまうのも道理。
そう言えば、メイと一緒に贈られて来た賞品もこの上なく豪華だった。前振りでは何でも望みを叶えてくれるとの事だったが、実際は欲しい物3つの選択肢が提示されて。
『力』と『知』と『財』の、どれかを選べと言われたのだが。力を欲した所、“精霊の剣”と“精霊のティアラ”と“精霊の鏡”と言うアイテムが贈呈されて。
精霊の剣に限っては、今やメインウェポンとなっている。
ティアラに関しては、装備すら出来なかったけれど。メイに渡してみても無反応、何かしら条件があるのかも知れない。信頼度の上昇とか、レベルアップとか色々。
鏡はどうやら、強力なモンスターをコピーして、自分の手下として召喚出来るアイテムらしい。物凄く便利なアイテムだが、使用回数が勿体無くて未だ使った事が無い。
とにかく、充分な戦力アップになった事は確かだ。
そんな経歴でやって来た聖種族のメイだが、基本は1種類の魔法しか使わないようだ。天使の輪の様な光輪をたくさん出現させて、敵にぶつけると言う戦闘スタイルで。
使い勝手が良いのは確かで、それが範囲魔法にも転換出来たりもするらしい。威力も抜群で、弱い敵ならほぼ一撃で仕留めてしまう。興が乗ったら、特大の戦艦の大砲みたいな魔力をぶち込んで、NMだろうと何だろうと激怒させてしまう。
結果、後衛がタゲを取って大惨事に。
光輪が防御にも作用するので、それでメイが被害を被る事は無いのだが。近くにいた後衛職は良い迷惑だ、特に範囲魔法の被害がそちらにも及ぶとなると。
後衛の防御力は、ほぼ無きに等しい訳で。回復職がそれで倒されてしまった事も、実は何度かあったりして。父親役の桜花は、その度に消えてしまいたい思いを味わう破目に。
央佳がソロに走り出した原因は、多くはこの次女に起因する。
それで子供を憎く思ったりなど、別にしなかったけれど。勝手にお金を使って、買い物をする性癖も特に酷いなと思った事は無い。央佳は怒りの沸点がやたらと高いなと、友達から指摘されたことは何度かあるけれど。
流されるままにがモットーの央佳は、子供を怒るより建設的な行動を取る事を選んだだけだ。叱っても仕方が無い、やんちゃだからと言ってせっかくの縁を切るのも可哀想。
せっかく縁があってうちの子になったのだ、それは大事にすべき宝物――。
央佳の“出勤”を見送った祥果さんは、メイとアンリを伴ってフェーソンの街へと舞い戻った。目的は特に無いが、旦那からはバザーでも開いてみればと言われている。
それとも自分の部屋で大人しくしていてと言われていたが、最初に試してみてすぐに断念。自分は問題なく入れるが、子供達が入室不可と表示されてしまうのだ。
ゲーム的なシステムらしい、信頼度が高くないと駄目だとか。
次女のメイは、こんな時には凄く役に立つ。街の中の事は、知らない事が無いって位に物知りなのだ。落ち着ける場所は無いかとの祥果さんの問いに、メイは3つのルートを表示する。
1つは宿に部屋を取る、これはお金は掛かるが一番楽なパターンだ。2つ目はバザー会場に場所を取る、上手く行けばお金も儲かるし暇潰しには持って来いな方法。
最後はただの散策、街をぶらついて回るだけ。
少し思案して、祥果さんはバザーの場所を借りる事を選択した。何よりお得感が強い提案だし、売り子をしている間にも色々と雑事をこなせるっぽいし。
それより先に、メイの案内で裁縫取り扱い店にお邪魔する事に。先ほどレンタル部屋に戻った時に、管理委員なる者から補てん金やアイテムが振り込まれていたのだ。
どれ程の価値かは分からないが、買い物には充分事足りる。
祥果さんはそこで、ソーイングセットに編み物セット、それから大量の布や端切れを購入した。糸や毛糸も色違いで幾つか、これだけあれば暇潰しには充分な程度に。
こちらの世界の品揃えは、何と言うかワクワクする。メイの説明では、布の種類によって特典が変化するそうなのだが。例えば防御力とかステータス補正とか。
いまいち理解の及ばない祥果さん、取り敢えず気に入ったモノから購入してしまった。
物欲を満たすと、それだけで気分は上々である。ウキウキしながら街並みを歩き、子供達と会話を交わす祥果さん。先頭は相変わらずメイで、その後にアンリと手を繋いだ祥果さんの順番だ。
バザー会場は、変な熱気に包まれていた。つまりは、少しでも稼ぎたいと出店する側と、掘り出し物が無いかと闇雲に探す者とで。その熱量は、天をも焦がす勢い。
祥果さんも、思わず興奮する盛況ぶりで。
バザーの出店は、基本4時間区切りでのスペース貸し出しのようだ。無料では無い分、貸し出しスペースは割と広くて寛ぎやすい空間になっている。
座る場所は絨毯敷きで、クッションも付いている。一畳程度の広さだが、L字型の机がそれぞれ付属していて。その机に、皆が売りたい商品を並べる仕掛けの様子。
その個人スペースは、買い手が見て回り易いように綺麗に並んでいる。
「こっちが申し込み場所ね、祥ちゃん。時間を言って、言われた場所にお店出せるの……アンリ、アンタも何か売れる物持ってる?」
「……あるよ」
「わ、分かった……4時間でいいかな?」
祥ちゃんと呼ばれてショックな祥果さん、それでも大人しくバザー場所を4時間借りる事に成功する。お母さんと呼ばれるには、まだもう少し時間が掛かるようだ。
時間と言えば、申請すれば延長も可能らしいこのスペース貸し出し。言われた場所を探し出すのに、少々手間取ってしまったが。子供が2人いても、特に手狭には感じない。
それぞれに陣取って、出品の準備に勤しみ始める。
祥果さんは、L字型の横の机の用途に疑問を生じて、メイに質問してみた。メイとアンリは、それぞれの鞄から売れそうなものを物色している最中。
メイの答えは簡単明瞭、そこは合成用の作業スペースらしい。つまりは売り物を、バザー中に作成して売りに出す輩も、少なからずいるらしい。例えば簡単な薬品とか、食べ物とか。
なるほどと得心した祥果さん、そこに買ったばかりの布や糸の置き場に設定。
それから央佳に渡されたドロップアイテムの類いを、売り場のスペースに並べ始める。値段の設定も、ちゃんと聞いて覚えているけれど。
それがどの程度の価値なのか、よく把握していない祥果さん。言われた通りの値段で、順番に並べるのみ。バザー品のメインだと、太鼓判を押された品は目立つ場所に。
“黒馬の呼び鈴”と言って、モンスターを呼び出して使役出来るアイテムだとか。
これは、PK軍団を返り討ちにした際に得たドロップ品のようだ。他にも色々と良品を落としたらしいが、それは央佳がストックしておくそうだ。
子供達も、適当に自分の持っていたアイテムを並べている。値段のセットも慣れたモノ、どうやら父親について覚えたらしい。気が付くと机の上は、結構なアイテムの数で賑やかに。
たくさん売れると良いなぁと、ちょっとワクワクして来た祥果さん。
「お母さんこれでもね、いつもは店員さんしてるから売り子は得意なのよ?」
「ふ~ん……でも、バザーっていつもそんなに売れないよ? よっぽど安く設定するとか、掘り出し物が無いと」
「えっ、そうなの? まぁいいか、じゃあ編み物とかしてる時間は、たっぷりあるって事だし」
張り切り感には水を差されたが、祥果さんにはたっぷりと補充した布や毛糸がある。売り子をアンリに任せて、まずは腕慣らしに簡単なモノから手掛けよう。
祥果さんは、借りた場所をざっと見渡してみる。そこそこ居心地は良さそうだが、まだ足りないモノも多い。外に出たそうなメイにお遣いを頼み、早速縫い物に取り掛かる。
柄の良さ気な布を取り出し、四角く切り取ってクッションなど。
興が乗り出すと、縫うスピードが途端に速くなる祥果さん。アンリがこちらを気にして、チラチラと盗み見てる。鼻歌を歌いながら、三面を縫い終える。
お遣いに出したメイは、まだ帰って来ないみたいだ。それならと、祥果さんは毛糸を取り出して、4つの角にボンボンを取り付け始める。刺繍とか他の飾り付けは、今回はパス。
うん、それでも可愛く出来た気がする。
「ただいま~~、祥ちゃん! 言ってたの、コレで良かったかな? いっぱい売ってたから、持てるだけ買ってきたよ~~!」
「わぁ、ありがとー……多いねぇ、まぁいっか。他にもコレ使って、何か作るね♪」
メイが買って来たのは、大量の中綿だった。軽いので両手一杯にも余るほど、買い込んでしまったみたい。それを受け取った祥果さんは、出来たばかりのクッションに詰め込み始める。
その作業を熱心に見詰める子供達、いつの間にか放浪癖のあるメイまでブースに戻って来ていた。出来上がったクッションはまずまずの出来、ハイと差し出すと姉妹での争奪戦に。
慌てて祥果さん、次は縫いぐるみを作りますと明言。
それでピタッと収まる騒ぎ、目と目の応酬の果てにクッションはメイがゲット。ご機嫌に抱きかかえて、ブース内をゴロゴロし始める始末。
反対にアンリは、祥果さんにぴったりくっついて来る。この子なりの催促のポーズなのだろう、無口なりに想いはしっかり伝わって来る。それに応じて、祥果さんはまずは布選び。
色はどれが良いですかと、何枚かある布を子供に提示。それから今度は、縫いぐるみの頭の部分を簡単に丸めて作る。綿を詰めて、なるべく変な凹みが無いように。
胴体も同じく、多少のアンバランス感は良いスパイスと勝手に納得して。
「アンリちゃん、猫と兎はどっちが好きかなぁ?」
「…………ネコ」
そこからは、所有者予定のアンリの意見を元に、顔の形や腕や足の大きさを決めて行く。無口な癖に、アンリは造形に関しては確固たる意見を持っている様子。
あれこれと口出しして、自分が納得するまで妥協は許さない構え。
しばらくして、ようやくモコッとした愛嬌のあるネコの縫いぐるみが完成した。色はオレンジで、黄色のリボンとスカーフがアクセント。程良い大きさで、抱いて歩くにも丁度良い。
こんな縫いぐるみなら、何度も挑戦してるので製作時間も短くて済む。今回も良く出来た、何よりアンリが満足そう。ムフーと鼻息も荒く、早速抱きかかえている。
祥果さんにしてみれば、子供の喜ぶ姿が何よりのご褒美だ。
中綿はまだ結構残ってるし、他にも何か作ろうか。今度はメイに作ってあげたい、招き寄せて少女を暫く観察して。この長くて綺麗な髪には、果たしてどんな飾りが似合うだろう。
まぁ、今回は簡単にリボンでいいか。祥果さんは手持ちの鞄から、手鏡と櫛を取り出す。せめてこれだけでもと、さっきの買い物の合間に雑貨屋で購入したのだ。
メイの髪の毛を梳きながら、あれこれ考えに耽る祥果さん。
気持ちよさそうに髪を弄られている次女を見て、アンリも祥果さんにすり寄って来た。この子はどうも、実は甘えん坊さんらしい。見掛けは無愛想なのに、ギャップ萌えかも。
祥果さんは2人の姉妹を相手に、至福の時間を過ごす。
子供達の相手をしながら、しかしバザーの状況は芳しくは無い感じ。早い時間に目玉商品が売れてしまったのが、ひょっとしたら不味かったのかも知れない。
それ以降は、お客は通り掛かるものの、イマイチ売り上げは伸びず仕舞いで。時折掛かって来る央佳からの通信は、大丈夫かすぐ戻るからと、慌てた感じの一本調子。
こっちは全然平気だよと、携帯やラインより便利だなと、早くも使い方を覚えた祥果さん。
「央ちゃんから、また通信が来たよ? もうちょっとでお仕事終わるって。切りの良い所で、メイちゃんのリボン作って終わろうかな?」
「それよりお腹すいたな、何か買って来てもいい、祥ちゃん?」
「ん~~、私が何か作ろうか? さっきそこの棚開けてみたら、鍋とかフライパンが入ってたから。簡単な料理なら作れるね、ホットケーキなんてどう?」
「…………食べたい」
アンリの一言で、おやつにホット―ケーキが決定した模様。メイが再びお遣いに走り回り、祥果さんに言われた食材を買い求めては戻って来る。
その姿は楽し気で、待機組のアンリも何だかソワソワしている感じ。小麦粉と牛乳と卵が揃ったら、備え付けのボウルにそれを適量放り込む。ここで色々と裏ワザがあるのだが、いかんせんここは野外の簡易台所である。
食材も足りないし、ここは我慢で普通に作る事に。
幸い、牛乳と一緒に新鮮そうなバターをメイが見つけてくれた様子。火の使い方をアンリに教わりながら、四苦八苦しつつ火力を調整。どうやら魔法と言うより合成に使う火の素材らしい、それを丸く抉られた机の穴に設置してコンロとして使うのだが。
要領を得てからは、何とか使いこなし始めた祥果さん。バターの焼ける香ばしい匂いが、周囲に漂って来る。隣でアンリが、いそいそとお皿を用意し始める。
戻って来たメイも、買ってきた蜂蜜を掲げて準備万端の感じ。
「はーい、1枚目が焼けたよー? 仲良く分けて食べて下さいー」
「わ~~い……アン、半分こしよっか?」
一枚のお皿に乗った焼きたてのホットケーキに、姉妹は仲良くフォークを突き刺して口へと運ぶ。その幸せそうな様子を眺めていた祥果さん、満足げに頷いて2枚目に取り掛かる。
タネは元から多くなかったのだが、子供達の食欲もとどまる事を知らずな勢い。せめて戻って来る長女と四女の分はと、何とか特大の1枚はキープしておく事に成功して。
残りは全て、メイとアンリのお腹の中に。
そんな事をしている内に、時間は過ぎてしまっていた様子。結局は、3つ目の作品を手掛け終った頃に家族は合流。央佳が程無く戻って来て、待機組に声を掛ける。
無事な姿をお互いに確認して、ホッと胸を撫で下ろす夫婦。バザーの成果は、ほとんど上がらず閉店となってしまったけど。央佳の方は、NM戦で結構な収穫を得られたっぽい。
その上ギルメンから、お金も借りられて上々の出来。
「これで暫く、お金の心配はせずに済むかな……宿を借りようか、もう夕方だし」
「バザーは全然売れなかったよ、縫い物ばかりして……あっ、コレコレ!」
夫婦で結果報告の合間に、姉妹喧嘩が勃発していた。と言っても、アンリの持っている縫いぐるみにネネが反応して、手を伸ばしたところを素気無く拒否されただけなのだが。
それだけで半泣きになる、立場の弱い四女。どうやら自分も、縫いぐるみが欲しい様子。全く相手にしないアンリに、ネネ爆弾の導火線に火が付いた模様。街を半壊させた前歴を思い出し、央佳は大慌てで宥めに掛かるが。
同時に思い立った祥果さん、一時措置にと残りのパンケーキをネネの前にデンと置く。
「ネネちゃん、お父さんのお手伝いご苦労様! おやつに焼いたホットケーキ、食べない?」
「うおっ、美味しそうだな祥果さん……何でだ、本当に美味しそう」
売店の料理よりも、明らかに匂いからして違う祥果さんの手料理。ネネはあっという間に機嫌を直して、拙い手捌きで既に食べ始めている。
央佳も半ば強引にご相伴に与かって、自分の予想通りの味に驚きを隠せない。ルカにも一口切り取ってあげると、この上なく嬉しそうなリアクションの長女。
それを微笑ましく眺めながら、片付けを始める祥果さん。
「美味しいよね、パパ? 祥ちゃんって、料理が上手いんだねぇ?」
「旨いな、本当に……この違いは何なんだ? ネネ、食べ過ぎると夕ご飯入らなくなるぞ?」
央佳の忠告は、少しだけ遅かった模様。ネネは完璧なまでに完食していて、空になったお皿を寂しそうに眺めている。幼女の行使するスキルは、ひょっとしたら物凄く腹が減るのかも。
そんな事を考えながら、央佳は先程まで繰り広げられていたNM戦を振り返る。ルカもネネも、本当に良く頑張ってくれた。お蔭で狩りは大成功、ドロップも大当たりを3つ含んでいた。
気分も上々、今日はゆっくり眠れそう。
ところがそうは簡単に、央佳は快適なベッドへと辿り着けなかった。フェーソン唯一の宿は、やや古風な造りだが大きくて立派な部屋を幾つも有していて。
簡素だが、一応腰まで浸かれる浴槽付きのバスルームも付いていて。ただしお世辞にも大きいとは言えない浴室、どの順番で入るか夫婦は議論を交わし。
結局は、さっきの行動組を踏襲する事に。
そんな訳で、央佳はルカとネネを伴っての入浴タイム。ネネはともかく、ルカと一緒は祥果さんが難色を示したものの。結局は折れて、何とかお許しが出た感じ。
実際、世間のパパさんが娘と一緒の入浴を、何歳まで続けているのかは定かでは無いが。娘のルカが乗り気なので仕方が無い、そういう意味では思い切りパパっ娘のルカだったり。
かく言う央佳も、娘達との入浴など初体験である。
とにかく手始めにと、ルカをお湯に浸からせて、ネネから身体を清めてあげる事に。幸い、石鹸もシャンプーも完備しているアメニティの良い宿屋で助かった。
完全に大人しい四女を洗いながら、一番目に付くのはやはり左右の額から伸びる2本の角である。髪を洗う段には、邪魔で仕方が無いのだが。
触っても特に何もない様子、痛いとかタブーとかは皆無のようだ。
「ぷあっ……ぶあっ……!」
「どうした、ネネ? ……あぁ、ひょっとして息止めてるのか?」
どうやらシャンプー中に、息をとめていたっぽいネネ。変な呼吸の仕方だなと思っていたら、息継ぎに苦労していたようで。今度こそお湯で流すぞと告げると、完全無呼吸状態に。
龍人は水に弱いとか、そんな特性は無い筈なのだが。ゲーム内の8種族には、それぞれ得意や不得意が存在するのは常識だ。
それがゲームを複雑に、面白くする。ただし、央佳の“風”種族は完全に中立だが。
他の属性の優劣具合はと言えば、土>雷>水>火>氷>土となっている。単純に言えば、土属性の冒険者は雷属性の敵には優位に立てるが、氷属性の敵には不利と言った具合だ。
光と闇は、互いに相剋関係にある。そんな感じでの8属性、色々と尖った特性が存在するので。最初の選択は、割と重要だったりするのだ。つまりはパラメーター的に、得意不得意が存在して。
央佳の選んだ“風”種族は、SPは乏しいがスピードに秀でている特性がある。
前衛向きなのは、8属性種族で言えば土と火だろうか。魔法職向きなのは、水と氷。水スキルの魔法は回復系が多いし、氷は攻撃や魔法支援系のの魔法が多い。つまりスキル的にも後衛向きなわけである。
光と闇と雷は、割とオールラウンドとして知られている。強いて挙げれば、光種族は万能タイプ、闇種族はSPが高いのでファイター型、雷種族は器用なので二刀流使いに向いている。
そんな常識を無視しても、そこそこ遊べるゲームではあるのだけれど。
ルカとネネは、新種族の龍人である。バリバリ前衛向きには違いなく、弱点もこれと言って見当たらない。そうは言うものの、そこまで万能キャラなど果たして存在するものか。
ひょっとして、何らかの制限とかぶり返しが、この先待っているのかも知れないし。まぁ、考え過ぎるのも意味の無い事。今の内に観察しておいて、将来役立てるのが良策か。
良く見たら、ネネのお尻には小さな尻尾が。
さすが龍人、角に尻尾かと感心してみるも。浴槽に大人しく浸かっているルカの、物凄いニコニコ笑顔が気に掛かる。どうやら次に、自分が洗って貰えると思っているらしい。
ルカは手足がすらっと長くて顔も小さい、実に素晴らしいモデル体型である。2本の角はともかくとして、しかしまだ成長期には達していない様子。
まぁ良いかと、央佳は長女に交代を告げる。
しかしまぁ、何て幸せそうな構図なのだろう。家族でお風呂に入り、身も心もリラックスして一日の疲れを洗い流す。ルカも父親に身を委ね、見事な赤髪を洗って貰っている最中。
やっぱり目に泡が入るのが苦手なのか、途中からやたらと体に力が入っていたが。洗い終わってお湯を掛けてやると、ネネと同じリアクション。
――こんな労働もいいなぁと、央佳はほんわかと思うのだった。