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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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“湖畔の街”レイバーグ



 “湖畔の街”レイバーグは、しっかりと区画整理された街並みを備えていた。大きさは中規模くらいだろうか、東への中継地点として今でも冒険者で賑っている。

 治安も悪くないので、今夜の宿はこの街で取る事に決めているけれど。子供達は、すっかり野原でのキャンプ宿泊にも対応している様子を見せていて。

 何と言うか、安全を図る立場としては物足りない気も。


 まぁ、子供達の適応力をここは褒めておくべきかと、央佳は街の本通りを進みながら物思いに耽っていた。お蔭で今日泊まる宿の前を、通り過ぎそうになって慌ててしまったり。

 着いたよと中の家族に告げると、わっと凄い勢いで飛び出す子供達。この馬車の前開きのカーテン扉は便利だが、こんな時はもっと強靭な扉があればなと央佳は思う。

 背中に一斉にたかられて、体勢維持に苦心していると。


 ようやく子供達を窘める声が後方から、テンションの高い子供達はそれでも素直に従ってくれる。そしてこの馬車の利点その2は、宿の外に場所を取らない事だろう。

 祥果さんの合図で、たちまち元の棍棒の飾りに戻る南瓜の馬車。


「すっごいね、祥ママ! パパも安心だよね、取られる心配しなくて済むから!」

「そうだな、前の馬車より随分と管理は楽だよな……まぁ、この街は治安に関しては良い方だけどな。だからって、勝手に遠くに行っちゃダメだぞ?」

「「「は~~い!」」」


 子供達の元気な返事を聞きながら、馬車馬を呼び鈴に戻す作業の央佳。飛び出して行きそうなメイも、今回に限っては自粛している様子。

 それがどういう心境の変化なのか、央佳にも良く分からない。姉妹同士の一体感は、確かに以前に比べて強くなっている気がする。そして、祥果さんとの絆も同様だ。

 考えてみれば、2度目のリアル世界からの帰還から変化はあったのかも。


 それ以降、祥果さんは子供達に“母親”認定されているし。呼び方が変わっただけで、両者の関係性が以前と大きく変わった訳では無いのだが。

 それでも横たわる雰囲気は、随分と変わってきたように思う。親密さが随分と増したのが、傍目にも分かるのだ。特にルカやネネも、普通に甘えるようになっていて。

 まるで本当の母娘だと、感動しながら央佳は思う。


 宿の前で全員で整列して、毎度のチェックイン作業を家族でこなしつつ。家族部屋は割とオーソドックスな造りだが、バルコニー付きの窓は広くて見晴らしはすこぶる良い。

 まさに観光地のような宿屋だが、確かに近くに存在する“ワブラール湖”の眺めは凄い。後で散歩に行こうかと、央佳が窓から眺めながら提案すると。

 は~いと元気な返事が、子供達から返って来た。


「央ちゃん、この後はどうするの? のんびりするんだったら、子供達を普段着に着替えさせちゃうけど?」

「う~ん、問題はそこなんだよなぁ……。東にあるこの街の拠点だけを開通するんなら、そんなに急がなくても平気なんだけど。1週間以内に北の拠点もって考えると、急がないと不味いんだよ……どっちがいいかな?」


 1週間とは、もちろん闇ギルドとの戦争ミッションの予定日時である。初期大陸に戻らないといけない訳で、その時までにワープ拠点を開通してないと、再び馬車移動をこなさないといけなくなってしまうので。

 そんな面倒を回避するには、1週間以内に1つか2つの拠点を得なければならない訳だ。この街の開通作業は、もう既に決まっている。

 問題は、北の拠点通しをどのタイミングて行うかだ。


 のんびりするなら、戦争ミッションが終わってからにするべきだ。この街も色々と、家族で廻るには良さそうな、景色の良い場所も多そうだし。

 1人で決めるには、この問題は少々荷が重そうだ。何しろ、その決定で走り回る目に合うのは子供達なのだから。そこで央佳は、緊急の家族会議を開く事に。

 みんな集まっての言葉に、ワッと走り寄る子供達。


 そして速攻で、父親の膝上をゲットするネネだったり。いつもは姉達に遠慮する気弱な四女だが、この時ばかりは遠慮などしていられない。

 祥果さんはお昼ご飯の用意に、キッチンで作業を始めている。どちらにしろ、彼女が議題について深く追求する事は無い。そんな訳で、央佳は子供達にお伺い。

 要するに、この1週間の過ごし方について。


「この街の拠点通しを素早くやれば、週の後半は別の街に行けるって事ですか、お父さん?」

「まぁ、そうなるな……この街でゆっくり拠点通しをするなら、1週間後の戦争ミッションに備えて英気を養う形になる訳だ」

「……1つより、2つの方がいいと思う。私は頑張って、2つの街に行くのに賛成……?」


 アンリの意見に、メイも追従してそれでいいよと乗っかる形に。長女のルカは、特に意見は無い様子。お父さんの好きな方でと、丸投げを決め込んでいる。

 ネネに至っては、意味が良く分かっていない様子。


 台所からの良い匂いばかり気になっている様なのだが、父親の膝は譲りたくないのがバレバレだ。時間はもうお昼過ぎだし、確かに今日の朝食も早い時間だったし。

 分からなくはないが、膝の上で暴れないで欲しいと央佳は思う。


 結局は、そのままの勢いで1週間は頑張るぞ期間になってしまった。つまりは週の後半は北の街の攻略だ、移動が多くて大変だぞと央佳は確認を取るけれど。

 頑張る~と和やかな返事、ルカは一通り拍手をしてから、母親の手伝いに台所に消えて行った。本当に頑張り屋さんだなと、央佳は感心する。

 その後をフワフワ付いて行く、マリモもすっかり見慣れた存在。


 そして長女が置いて行った、獅子の盾にメイとアンリがちょっかいを掛けるのもいつもの事。どうもその泰然自若とした態度が、面白くて仕方が無いらしい。

 ネネは鞄から祥果さん手作りの人形を取り出して、勝手に一人遊びを始める始末。暴れるよりは余程良いので、央佳は場所提供のみで放って置く事に。

 自分は通信で、ギルド仲間に明日の予定を頼み込み始める。


 明日を獣人の集落攻めの日にすれば、この街の拠点通しは2日で済む可能性も出て来る。そしたら明後日には、再び馬車で移動……随分慌ただしいが、致し方が無い。

 闇ギルドとの戦争ミッションに向けて、レベル上げも考えていた央佳だったけど。トーヤ達とのレベル差が、これ以上開くのも得策ではないと判断して。

 その案は破棄、トーヤ達も初期大陸で本気でレベル上げに勤しんでいるらしい。


 どうやら似たようなレベルの、2人組の新米冒険者と知り合って意気投合したらしく。そんな通信も飛び込んで来て、ちょっとした驚きを感じる央佳だったり。

 イン時間もバッチリ合うので、最近はずっと行動を共にしているのだそうで。彼らの所属するギルドから、護衛が毎回出てくれるから心配いらないとも。

 本当に有り難い事だ、こちらからもお礼を述べたいほどだ。


 念の為にギルド名を聞いてみたが、全く知らない名前だった。15人くらいの、少人数のまったりギルドらしい。今はギルドで取り組んでるイベントが無いので、ルーキーの育成に力を注いでいるとの事。

 ギルド的にも、厚遇を敷くのはギルド員の長期獲得に際しては好手には違いない。恩を売ると言えば聞こえは悪いが、相手にされず放置ではギルドに所属した意味も無い。

 トーヤとの通信で、今度こちらからもお礼を言いに伺うよと言付けて。


『もうすぐレベル80だし、こっちは概ね好調だと思うよ……新大陸ミッションは、もちろん手伝ってくれるんだろう?』

「ああ、それは期待してくれて良いよ……後レベル20かぁ、まだもう少し先だなぁ」


 どちらも最近は慌ただしくて、なかなか家庭教師の時間が取れないのが現状だけど。心の中では、早く落ち着いて子供達の面倒をしっかりと見てあげたいと思っている。

 こちらの世界に、仕事やノルマなど存在しないのは有り難い点ではある。ただそうすると、明瞭に浮き上がるのは“生きるために何をする?”と言う問題だ。

 央佳自身、家族がいなかったら恐らく自堕落一直線だった筈。


 ゲーム内で用意されている冒険と言えば、当然ながら戦いやそれに付随する報酬である。それから未知の世界での交流や冒険そのもの。お金を稼いだり、仲間を募ったり。

 そうやって冒険心を満足させつつ、この世界での立ち位置を確立させて行って。


 こちらの世界での戦闘は、向こうの世界でのスポーツ的な意味合いでしかない。祥果さんは積極的な子供の参加に鼻白んでいるが、こちらでの生活には切っても切れないシステムだ。

 冒険者はみんなスポーツ選手で、その技の優劣で競っていると思えば分かり易い。少なくとも央佳はそんな考えであり、子供達の戦闘技術を高く評価している。

 こちらの世界を渡って行くのに、それは無くてはならない生活手段なのだ。


 前日のルカとアンリの戦闘風景を見て、新エリアでもその働きに遜色は無いと確信した央佳だったけど。やっぱり子供と祥果さんのレベル上げは、少しでもやっておきたいと思っている。

 これからクエ関連で、外を出廻る機会が増えれば尚更だ。



 そんな事を考えながら、取り敢えずは食事を済ませて家族で午後の街並みへ。午後いっぱいは街間ワープ開通の為、クエに奔走するぞと伝えると。

 合点承知と、子供達からは明るい返事が。早速みんなでクエを受ける為に、ギルド会館へと固まって雪崩れ込む。央佳は脳内から、この街のクエを思い出そうと頑張るけれど。

 数年も昔の事なので、敢え無く失敗に終わってしまった。


「え~っと、ポイント稼げそうなクエはコレとコレかなぁ? どっちも大遺跡の中で処理出来るよ、パパ? ルカ姉、アンリちゃん……他に大遺跡の中のクエある?」

「……遺跡の中をうろつく蛮族退治があるよ、メイ姉……これを受けておいて、ついでに相手の防具ドロップで名声上げすればいい……」

「大遺跡って、湖の周囲に拡がってる奴だよね? 凄く広い筈だけど、クエの範囲も広いんじゃないの?」


 メイの発言を受けての、アンリとルカの追従の言葉に。ようやく央佳も、かつて実行したクエの数々を脳裏に思い出す事に成功して。確かに昔、仲間と大遺跡を走り回った記憶が。

 それなりに大変だったけど、壺探しのクエはなかなかに面白かった。大遺跡をあちこち探索しながら、かつての魔法戦争の遺児であるトラップ召喚壺を確保して廻るのだ。

 この危険物、色々と厄介な性質があるので取り扱いが大変!


 その分、繰り返しクエをこなせるし報酬もまずまず良かったような記憶が。メイに進行を任せていると、姉妹であっという間に段取りが決まってしまっていた。

 ルカの懸念していた大遺跡の広さだが、確かに馬車でも踏破に半日は掛かる程に大きい。ただし壺型トラップの設置場所は、湖の付近に限られていた筈だ。

 アンリの言う獣人も、やっぱり湖付近に出現していたような。


 そんな訳で、家族の行動指針は決定して。子供達の先導で、元気にフィールドエリアへと駆け出して行く。街から眺める湖の眺めも壮観だが、奥まで広がる大遺跡も凄い。

 大遺跡は、ほとんどがほぼ壊れた建物群でしかないのだけれど。後から自然発生した植物がアクセントになって、中心に行くほど迷路のように複雑な地形となっている。

 それを念頭に、子供達に注意を促す央佳。


 そして配置されている敵の数も、まずまずの多さ。クエを優先なので、絡んで来る敵以外はスルーするのだが。絡んで来る獣人タイプの敵は、積極的に狩る子供達。

 その指揮を執るメイの掛け声に、張り切って応えるルカとアンリ。ネネは後ろから、祥果さんと手を繋いでのんびりモードである。央佳も2人の護衛にと、コンを召喚している。

 狐モードだけど、その戦闘力は新大陸でも通用する筈。


「あったよ、クエで探してた壺……! 多分この辺とか、あっちの方に置かれてある筈。ルカ姉、これ拾ってよ!」

「うっ、うん……別に良いケド」


 メイに指名された長女は、やや及び腰で前へと進み出る。捜索前の父親の説明で、この壺の特性を知ってしまっているので尚更な反応である。

 実はこの壺、昔は地雷系のトラップとして機能していた代物である。今では滅多に爆発などはしないが、敵が近付くと魔物を召喚する機能は失われていないモノもあったり無かったり。

 そんな訳で、近付くのもちょっとドキドキ。


 メイが見付けた壺は、爆発こそしなかったけど魔物の召喚機能は失われていなかった。角の立派な魔族タイプが出現して、ルカは慌てて戦闘準備。

 それをフォローするように、アンリとメイの魔法が炸裂する。


 戦闘自体はほんの数分で済んで、央佳の手伝いも必要無い程だったけど。初っ端から外れを引いた長女は、何となくショックだった模様。それでも父親に労をねぎらわれると、すぐに笑顔を取り戻す。

 そこから話は変な方向へ、よせばいいのに姉妹で壺取りの数を競おうと三女が言い出して。後で絶対に、姉妹喧嘩のネタにしかならないだろうに。

 しかも四女も、何故か母親同伴で参加するらしい。


 央佳的には少し心配だが、引き続きコンを付けてあげれば問題は無いだろう。姉達はそれぞれ、ソロで活動に当たるらしいのだが。実はそっちも、割と心配な央佳。

 ちなみに央佳は審判役のため、クエには参加しなくても良いらしい。ついでに集合場所も兼任しているので、下手に動き回るのも厳禁との事だ。

 そんな取り決めを残して、四方に散って行く子供達。


 もちろん央佳は下手に動き回れない、この場所だって決して安全とは言えないのだ。それはアクティブモンスターのみならず、闇ギルドの連中にしてもそう。

 こんな半端な場所の辺境の地に、彼らが好んで訪れるとも思えないけど。周囲を見回しても、同じレベル帯のプレーヤーの姿さえ窺えない有り様ではある。

 だからと言って、気を抜いて良い理由にはならないけど。


 央佳は自然と、四女と祥果さんのペアを視界に収める様に移動していた。何より危なっかしいのは、この2名には違いない。って言うか、幼女の方は何を探すか分かっていない様子。

 近付いて来た2人に、先程長女が回収した壺を見せてあげて。これが道端に落ちてるから回収するんだよと、注意点を交えて説明していると。

 遠くから次女の声で、贔屓しないでよとのクレームの声が。


「贔屓じゃないもんね~、説明聞いてただけだもんね? さっ、ネネちゃん……頑張って、お姉ちゃん達よりたくさん集めようね?」

「いやいや、自分達のペースでゆっくりでいいよ? お姉ちゃん達、競争で頭に血が上ってるから……下手にペースを合わせると、悲惨な目に遭うぞ?」


 微妙にテンションの上がっている祥果さんとネネに、央佳は警告する様に言葉を掛けた。実際先程から、少し離れた場所から戦闘音や爆破音が聞こえて来ている。

 後衛仕様の祥果さんや、ビビリ屋の四女が、この壺トラップを楽しめるとも思えないし。程々で良いよとの央佳の言葉に、2人はオリエンテーションを楽しむノリの様子。

 母娘で楽しそうに、周囲の散策を始めている。


 その反対側エリアでは、飛ぶのはズルいとかアンリこそ召喚水増しはズルいとか、レギュレーションを確定しなかったツケで論争が巻き起こっている気配が。

 そんな姉妹喧嘩とは、一線を画したここはホンワカ地帯。


 たまに出て来る獣人や蛮族も、祥果さんとネネは慌てずに対応している感じで。見られている事の安心感か、今の所は四女の暴走は見られない。

 元がチートな能力持ちなので、どっしり構えて対応すれば危険は無いのは当然だ。壺探しも楽しんでいるようで、壺の中から宝物が出て来たと母子で大はしゃぎしている。

 そう言えば、そんな“当たり”も中にはあったような?


 外れは爆発とか魔物の召喚で、当たりが何かの宝物報酬だった筈。遠くから眺めている限りでは、壺の中の丸いモノを母親に嬉しそうに差し出している幼女の姿が。

 祥果さんはそれを、自分で持っていなさいと四女の鞄を指し示して優しい笑顔。それを見ていた央佳はホッコリしつつ、これが現実だったらなぁと詮も無い考えに浸ってしまう。

 どちらにせよ“ここにいる”との判断は、夫婦で導き出した最善の道なのだ。



 そんなこんなで和んでいたら、割と結構な時間が過ぎていた。央佳も監視をしながら、邪魔な獣人を片付けていたりして。この大遺跡に巣食う獣人や蛮族は、変な機械を操ったり魔法生物を召喚したりと個性的で性質が悪い。

 それでもドロップは悪くない、って言うかこちらも個性的で倒す楽しみもあったりして。そんな事をしていたら、姉妹を呼び戻すタイミングをつい失念してしまっていた。

 やや慌てながら、通信で集合を呼び掛けると。


 何とか大人しく、競技の終わりに同意してくれた模様で何より。ただし結果発表の段階では、火花がバチバチ飛び散る事態に。優勝のご褒美すら定めてないのに、やたらとアツい。

 結果を言えば、栄えある1位を獲得したのは三女のアンリだった。影騎士の人数水増しや影渡りでの移動は、考えてみればズルいとの指摘も頷けるかも。

 当のアンリは、してやったりと満足そう。


 14個も壺を集めた三女に次いで、2位のルカはそれでも11個と大健闘した模様。物凄く悔しそうな長女と、8個で3位となった次女のメイ。

 祥果さんとネネのペアは、残念ながら5個でビリとなってしまった。それでも嬉しそうな2人に、姉達も労いの言葉を掛けている様子。

 その感情の大部分は、母親の祥果さんを慮っての事だとは言え。


 姉達に褒められたネネは有頂天、それ以上にテンションが高いのは優勝を勝ち取ったアンリだったり。ご褒美に肩車してとねだられた央佳は、特に反対する理由も無くそれに応じる。

 物凄く羨ましそうなルカはともかく、アンリは父親の頭の上で出発進行の合図を送る。何やらとても景色の良い場所を、壺の探索中に発見したらしい。

 騒がしい一団は、三女の先導で大遺跡を縦断する。


 渋々ながらも先頭に立つ長女のルカは立派だ、ホンワカ気分で現パーティの戦力は3割減相当だったり。家族の安全をマリモと共に確保しながら、獅子盾のペチに慰められつつ。

 ルカ姉そっちじゃないよと、たまに後ろからのナビに苛々しつつも。ようやく目的地が判明、どうやら朽ちた遺跡の中で倒壊しなかった建物の屋上らしい。

 その高さにまで到達するのも、あちこち渡ったり薄暗いトンネルを潜ったり。アンリでなければ見つけられなかったかもなルートを通って、割と広い建物の屋上に到達。

 ビルの8階程度だろうか、周囲にそれ以上高い建物が無いだけに本当に絶景だ。


「うわーっ、本当に凄い眺めだねぇ……あっ、こんな所にも壺が置いてあるよっ? ルカ姉っ、取って来てっ!!」

「本当に凄いねぇ、湖が奥まで見渡せて……うわっ、今凄い大きな魚が跳ねたよっ!?」

「祥ちゃん、あれは魚じゃ無くて龍だよ……あの湖には、普通に竜が棲んでるんだ。それから向こうの地平線に見える塔が、多分『ヴァルキリアの塔』かな?」

「……割と近いんだね、お父様……今度あの塔に行くんでしょ、楽しみ……」


 肩の上のアンリは、湖の生物より未クリアの塔の方に興味がある様子。逆にネネは、祥果さんと巨大な水龍をキャッキャ言いながら眺めている。

 ルカはメイに言われた壺を回収に向かって、魔物を呼び出されて戦闘へと移行中。メイも後ろからサポートしているが、傍目で見ていた央佳からしても様子がヘン。

 どうやら壺からNMが湧いてたらしい、見兼ねたアンリも父親の肩から降りて参戦。


 ラッキーなのか非常事態なのか、とにかく姉妹は力を合わせてNMを撃破に至って。ドロップに歓喜しながら、ようやく回収出来た壺を嬉しそうに差し出す長女。

 それは見た目も他の壺と全く違っていて、どうやら他のと違ってまだ完全に使用可能な状態らしい。つまりは、こちらから設置型トラップとして活用出来る訳だ。

 そんな危ないモノを娘に持たせておけない央佳は、それを速やかに没収。


 子供達には全く執着は無い様子、してやったりとの満足そうな顔付きはともかくとして。何にしろ、こんな場所まで登った甲斐はあったと姉妹で健闘を讃え合っている。

 どうやら先程の、競技での順位付けの軋轢は微塵も存在しない様子。これでもしネネがトップとかだったら、未だに根にもたれているだろうけれど。

 とにかく満足そうな長女が、まだクエを続けるのかと父親に問うて来た。


 太陽は既に、地平線の向こうへと姿を消そうとしている時刻。今日はもう終わろう、みんな良く頑張ったねと、労わりの言葉を掛けて街に戻る事を示唆すると。

 次女が少し遠回りして、湖の反対側を通ろうと言って来た。


「それだと、30分くらい余計に時間が掛かっちゃうな……でもまぁ、陽が完全に沈むのもそれ位掛かるだろうし。喜一と黒助の言ってた、売出し中の敷地も見学出来るかなぁ?」

「……私とルカ姉の飛行モードで、下の空き地までみんなで降りちゃえば時間節約になるよ、お父様……」

「えっ、別に良いケド……1回で全員運べるかな?」


 アンリの変な提案に、途端に誰が誰を運ぶか気を回し始める長女。メイは天使モードでゆっくりと滑空出来るので、残りは央佳と祥果さんと四女のネネである。

 ネネや祥果さん程度の体型なら、ルカもアンリも持ち運びは平気だろうけど。大人の央佳の体型だと、両者とも結構大変かも? 協議を始める姉妹に、しかし央佳は別の案を提示。

 つまりは、自分はコンの『飛竜形態』で飛んでみようかと。


「やってるプレーヤーもいるから、恐らく大丈夫だと思うんだけどな。生活スキルの《騎乗》もあるから、振り落とされる心配も無いと思うけど……」

「……ちょっと心配、この距離を墜ちたら洒落にならない……私とルカ姉で、サポートするね、お父様」


 三女の心遣いに、改めてお礼を言いながら。近付いて来たコンに、“飛竜形態”へと変化の命令を与えて。鞍も何もないその背中へと、おっかなびっくり跨ってみて。

 改めて思うのは、飛竜の大きさと力強さだろうか。央佳は手綱すらない今の現状で、どうやって命令を与えたモノかと暫し思案しつつ。心得た感じの飛竜に、結局は丸投げに。

 コン飛竜は、空中で待つ姉妹を追って力強くテイクオフ!


 メイとネネが、盛んに声援を送ってくれている様子。それより央佳は、振り落とされないように必死だったり。周囲を飛び交う風のうねりの、何と力強い事か。

 実際はほんの数十秒だった筈だが、コン飛竜が目的の空地へと舞い降りてくれて心底ホッとした央佳。ルカとアンリは、そのまま祥果さん達を迎えに再び廃墟の屋上へ。

 慣れない経験に、央佳はプチパニックのまま佇む始末。


 結局は、このコンの飛竜モードでの移動は、当分はお蔵入りを決定付けた央佳。心臓に悪いのも理由の一つだが、飛竜用の鞍や手綱が無いのに乗るのは事故率が跳ね上がる所業だ。

 家族が再び合流した際に、その事はハッキリと口にして。何しろルカやメイ辺りが、楽しそうだから自分達も乗ってみたいと言って来たのだ。

 そんな危ない遊びは、親としても許可は与えられない。


 ルカ姉は自分で飛べるジャンと、メイは不服混じりの口調で騒ぐけど。長女の反論では、それはまた別の話らしい。とにかく騎乗用のアイテム入手まで、その話はおしまいと述べると。

 2人も何とか、納得してくれたようで何より。


 そこからは湖を眺めながら、遠回りして帰路につく一行。夕日の沈む方向へ、家族揃って賑やかに後進して行く。時たまクエの壺を回収しながら、相変わらず賑やかな姉妹。

 そんな子供達に元気を貰いながら、央佳と祥果さんも帰路を進んで行く。今日の出来事や夕飯のおかずについての議論を賑やかに交わしつつ、その歩調は軽やかだ。

 そしていつの間にか、問題の分譲地へと続く道が見えて来た。


 央佳の見立てでは、第一印象は良い感じに思えたけれど。だからと言って、購入に至るかってのは全く別の話である。確かにここに、新大陸の拠点があれば便利だけど。

 それを『和気藹々』のメンバーと共有出来るなら、尚更ではある。ただし先立つモノを用立てするとなると、その巨額の資金の捻出はなかなかに難しくなって来る。

 それはそうだろう、土地込みで家1軒を建てるとなると数千万は掛かる計算だし。


 新種族ミッションのヒントを売ったお金だが、花組も奇面組も1千万くらいは残しているらしい。実は花組のアルカとエストも、この別荘購入は乗り気らしく。

 央佳も実は、2~3千万は手持ちにあったりする。以前に友達に借りたお金も全部完済して、その辺はスッキリしているのだが。後は先に控える“不夜城”クエで、ナントカ伯爵絡みの借金が完済出来れば万々歳だ。

 そうしたら、自分の金庫に眠っている以前に貯めていたお金も戻って来る筈。


 何気なく分譲地を眺めていた央佳だが、意外な事に何軒かポツポツと建物は存在していた。丸っきり売れていない訳では無いみたい、その点は何となく安心したけど。

 やっぱり購入を考えるには、少し弱い理由ではある。トーヤ達ともじっくり相談して、その上で慎重に決めないと。馬車みたいに、気軽に転売出来るかも不明だし。

 何より奥さんの意見も、判然としない現状なのだ。


 不意に湖で大きな波しぶきが上がって、子供達が大興奮を示した。白い鱗の水龍が湖から姿を現して、悠然と泳ぎ始める。その周囲に、水鳥たちの小さな影が群れて来て。

 一枚の風景画のような情景に、家族で暫し見惚れていたり。


 それを破ったのは、アンリの動きだった。いかにも警戒している感じで、街へと続く道の方向を睨んでいる。暮れ始めた周囲の景色に、特に変わった所は無いけれど。

 三女の感覚を信じて疑わない央佳とルカは、共に前に進み出て臨戦態勢。同時にメイは、祥果さんの手を取って安全な場所へと避難する。

 その動きに、慌てた様に追従する四女。


「……おっと、そんなに警戒しなくても今日は何もしないよ。ぶっちゃけ、ここまで来たのも伝言を届ける為だけだからね……やれやれ、ギルド無所属だとこき使われて堪らないね」

「……どんな内容の伝言だ、“因業”? それとも、誰からの伝言だって訊くべきか?」

「……お父様、交渉に紛れて惑わされないで……」


 アンリの心配は何となく分かるか、交渉事は子供よりは上手だと自負する央佳。それより三女は、“因業”のルマジュの後ろに控える少女NPCを警戒している感じ。

 名前は確か、メイド姿の方がイーギスで『魔』種族のシルクハットがサシャだったか。この2人の少女も、主人の側に控えて緊張気味な表情を浮かべている。

 主人のルマジュは、どこか小憎たらしい余裕の仕草で応じている。


「これは交渉の入る余地は無いよ、お嬢さん? 一方的な通達で、その出所は闇ギルドの犯罪ギルド側の連中さ……闇ギルドの勢力が、犯罪ギルドと武闘派ギルドに分かれているのは知っているかな?」

「……知ってる、それで?」

「犯罪ギルドは、君達の“不夜城”訪問を歓迎しない。もちろん武闘派ギルドが勝手に約束した、クエアイテムの譲渡の受け渡しも許可しない……君達の滞在中は、アイテムの設置されている領事館を、全力でガードさせて貰うから悪しからず」


 何とも身勝手な言い分に、途端に後方のメイは憤慨して悪態を並べ始めた。さすがに頭の回転が速い、つまりは向こうの約束の反故についての文句らしいが。

 央佳も一瞬、腹が立って何か言い返そうとしたのだが。次女の言葉に、かえって理性は落ち着いてしまった。何と言うか、闇ギルドの二面体制に無知だったこちらも悪いと思い立ち。

 要するに、こちらの訪問に闇ギルドの意見は真っ二つに割れた訳だ。


 武闘派の連中に文句を言い立てても、恐らくは無駄な結果に終わるだろう。犯罪ギルドは保守的で、こちらが“不夜城”に乗り込むのにすら腹を立てているらしい。

 それこそこちらの、知った事では無いと央佳は思う。





「伝言は受け取ったよ……“因業”、済まないが返事を持って帰ってくれるかな? 歓迎しようが腹を立てようが、こちらはどっちでも構わないとな。

 ――今度はそっちが、奪われ蹂躙される痛みを知る番だと思わないか?」

















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