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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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新大陸の新たな指針



 新大陸の新たな拠点となる“最果ての街” ベーデンだが、ここは街の造りとしては大きくは無い。それでもワープ拠点は最初から開いてるし、買い物や補給・休息に不便は無い。

 文字通り、新大陸の最果てに位置するこの街なのだが。辿り着いたばかりの冒険者の、拠点としては申し分はない地だ。ただし、治安は悪くて央佳的にはオーケーサインは出せない。

 この辺境の土地で、お泊りするにも寝込みを襲われる危険が。


 そんな訳で、領主の館からのワープ出張でのみの使用となるのは確定している。それとは別に、色々と悩みの種が存在して。つまりは、この街からどっちの方面へ向かうかと言う問題だ。

 それには3者の、提案と言うか思惑が交差する一幕が。



 さて、新大陸に到着して一番行動が騒がしくなったのは、間違いなく花組である。って言うか、アルカの言い分としては、このまま北上して欲しいとの願いらしい。

 その次に辿り着く大きな街に、つまりは新種族ミッションへの手掛かりがあるのだろう。その取っ掛かりを、まずは共有して欲しいとの思いは央佳にも分かるけれど。

 ちょっとせっかち過ぎるかも、祥果さんも子供達もまだレベル100に到達したばかり。


 確かに新種族に関連するクエやミッションには、魅力的な報酬も多い。花組が所有していた『複合技の禁呪書』など、まさにその類いに他ならないし。

 単純なパワーアップとか、情報を得てそれを売ってお金を稼ぐとか。その手の類いの行為は、まぁ早いに越した事は無いとの理屈も良く分かるけど。

 もう少し奥さんと子供のレベルが上がってからの方が良いかなと、央佳は思う。


 奇面組の策略は、もっと煩悩寄りと言っても過言では無かった。つまりは央佳の作ったギルド『和気藹々』の、簡易ギルド拠点を作りたいとの申し出だったのだ。

 一番有名なのは、もちろん『領主の館』には違いない。しかしそれを得るには、大量のミッションPが必要なのもまた事実。ただし、土地や建物の類いなら、新大陸や尽藻大陸でお金を出せば手に入るのだ。

 何とも資産管理の手回しの良いゲームだ、ただそっち系の人気は余り無いけど。


 それもまぁ、当然と言えばそうなのかも知れない。冒険者はお金があれば、土地よりも自分の装備に注ぎ込むのが常なのだから。ただし隠れ家的な意味合いで、秘かな人気はあるらしく。

 奇面組も、自分達が好きに使える“新大陸の拠点”はあった方が良いよと、物凄い熱の入れよう。ギルドとしての体面も、それによって増す事請け合いなのだそうだが。

 簡易的なギルドに、そこまでお金と熱意を掛けるのには消極的な央佳だったり。


 それでもまぁ、トーヤ達も使えるとなれば話は別だ。彼らもゆったりと寛げる、拠点があればよりゲームを楽しめるだろう。そうすると、問題なのはその設置場所だ。

 トーヤ達はまだレベル60台、初期大陸が拠点なのだ。


 だからその話は、もう少し待ってくれと奇面組に伝えたのだが。それなら初期エリアも候補に入れようかと、初期大陸の東部のバカンス地帯まで候補を広めると言って来て。

 確かにあそこは、貸別荘的な建物も存在していたけど。


 結局は、押しに負けて2人の好きにさせる事にした央佳だったけど。奇面組が見つけた隠れ家に、お金を支払うかはまた別の話。そんな余分な資金が、あるのかも不明だし。

 潤沢な資金に恵まれれば、考えて良いかも知れないが。



 朱連の話は、前から聞いていたので戸惑いは無い。つまりは新大陸のコンテンツ『ヴァルキリアの塔』を、一緒にこなそうとの誘いである。

 それに乗るなら、とにかく東へと直進すれば良い。新大陸の中央に“ウガラブ山”と言う巨大な山脈が存在して、その南側に沿って数日進むのだ。

 そうすれば、山脈の麓に巨大遺跡群が見えて来る。


 そこに小さな集落が存在して、『ブァルキリアの塔』の拠点としても使用が可能なのである。そこをさらに少々東に進むと、かの有名な“中央塔”も存在するので。

 この街から東に進むのは、決して的外れな行程では無いのは確かである。そして実は、プレーヤー達向けに売り出している土地も、その途中に存在している。

 だから鬼面組の策略にも、上手に引っ掛かると言う。


 山脈のふもとの巨大遺跡群の途中に、湖畔の未開拓土地があるのだ。そこの土地は、買って自由に建物を建築出来るのだが、先述の通りあまり人気は無い。

 まぁ、先立つモノは無いに等しいのだが、見に行くだけなら良いかも知れない。どちらにしろ、東ルートは遅かれ早かれ行くべきなのだから。

 適当な街に拠点を通して、朱連と共に塔へと挑戦するのは規定ルート。


 それと同時に、“最果ての街”から北上する花組ルートも、並行して進めておくのが良いかも知れない。そうすれば、どちらからも文句は言われずに済むだろうし。

 花組の話では、真っ直ぐ北上した“花の街”ラーファンへと進むのが吉らしく。恐らく鬼面組のネコ族の集落時と同じく、そこから新種族の里へと入れるのだろう。

 楽しみではあるが、さっきも言った通りに急ぎ過ぎるのも戦力不足な気が。


 その為に、新エリアのコンテンツ『ヴァルキリアの塔』での修行を念頭に入れている央佳。ただしこの塔、何度かのバーションアップで微妙にテコ入れされてるとの噂が。

 人気が無かったし、それは仕方の無い事ではあるのだろうけれど。それより大変なのは、朱連の妙なテンション。2チームで競争しようぜとか、変なコトを口走っているけど。

 面白そうではあるが、妙な盛り上がりに巻き込まれたくなどない。


 そんな感じで、自分の中では2つのルートを並行して進めて行こうと決心した央佳だが。後は家族の了承を得て、それからついでに周囲に通達すれば良い筈だ。

 取り敢えずは、既に色々と準備を始めている朱連を裏切ったら、確実にこちらも痛い目を見そうなので。最初に東ルートを進もうと、央佳は内心で考えていたりして。

 家族からも文句は出ずに、これで今後の計画はバッチリ。




 ……な筈だったのだが、ここに来てもう1つの勢力がせっかく決まったプランを脅かしていて。それについては、全く予期していなかった訳では無いのだけれど。

 何と言うか、実はその発端は央佳の受けていたクエでもあった訳だ。つまりは身から出た錆、例の闇ギルドとの戦争ミッションである。ひょんな事から、その進行を『アミーゴゴブリンズ』のレインとサブマスの飛香に丸投げしたのだが。

 既に日程も、1週間後に決まっていると言う驚きの早期開催。


 丸投げした身分で文句を言うのもアレだが、そんなに急いで進めるイベントでも無いだろうに。もっとも自分達家族は、当日参加だけで良いそうなのは助かる。

 こちらのギルドからも、飛香が進行役にと立候補しているので釣り合いは取れている筈だ。武闘派のギルド連中とは多少揉めたらしいが、日程に関しては即決だったようで。

 この参加をブッチするのは、どう頑張っても出来そうにない。


 風の噂では、武闘派と犯罪ギルドの間でも揉め事が起きているらしい。こっちの参加者でも、闇ギルドと馴れ合って正々堂々と戦いイベントなど、言語道断との声も上がっているらしく。

 決して許すな馴れ合うなと、ヒステリーな集団も参加を決めているらしい。募集人員は、割とあっという間に埋まってしまったとの話である。

 央佳からすれば、自分の信念をやたらと捲し立てる連中は苦手だ。


 そう言った輩は、向こうにも信念や譲れない立場があるとは気付かないのだ。そう言う正義の団体こそ、歴史においても厄介なのだと央佳は教わって来た。

 ヨーロッパの競い合うような植民地計画だとか、少数原住民の土地を無理やり奪い取る歴史上の数々の出来事だとか。侵略や戦争の歴史は、鈍感でないと行使出来ない力に溢れている。

 ゲーム世界と言えど、ついそんな事を考え込んでしまうけど。


 例えば獣人や蛮族の集落を、一方的に攻め落とす冒険者と言う存在も。立場的には侵略者には違いなく、全く弁解の余地も無かったり。

 そんな事を考えたのも、出発前のゴタゴタに起きた出来事によるのだが。律儀なのか暇だったのか、花組と奇面組が出発を見送りに来てくれて。

 最近はこの2組、ギルドバッヂと言う免罪符を貰って妙に馴れ馴れしい。


 特に批難するつもりは無いのだが、央佳にしてみればいつも一緒に行動の重圧を突き付けられた感じで対処に困る。見送り位なら良いのだが、馬車を持っていたら付いて来そうな勢いなのは丸分かりと言うか。

そんな2組が、子供達と出発前の興奮を分け合って盛り上がっていたのだが。


 急に声を掛けて来た、2人組の女性に旅立ちを阻まれて。そのペアが、自称“闇ギルド対策自衛隊”だったりした訳だ。まぁ、ゲームの楽しみ方は人それぞれだと思うけど。

 彼らと馴れ合うようなイベント発起など、犯罪者を助長するような行為に他ならないと。そんな文句を言いに来たようで、その剣幕は自身の正義を疑いもしない感じに溢れていて。

 彼女達の持つ主義主張の、一方的な押し売りに呆れてしまった央佳だったり。


 しかもその女性達、何とアルカとエストの知り合いだったらしく。新エリアで冒険していた時代に、組んでいた仲間だとの説明を受けてビックリ。

 理想とか今後を含めた考えの違いで、途中から袂を分かったらしい。昔から思い込みの激しかった知り合いのようで、当時は花組も闇ギルドの初心者狩りへの対抗に力を貸してはいたらしいのだが。

 段々と意見の違いに、疎遠になって行ったのだとの事。


「うん、まぁ……言いたい事は分かるけど、それは単なる考え方の相違じゃないのかな? 確かに連中は粗暴だし、こちらにとって益の無い存在と考えるのも分かる。

 だけど彼らも、一定のリスクは背負ってるし同じゲーム世界に存在を許されている訳だ。例えば“鬼ごっこ”は鬼役が可哀想だから禁止すべきだって類いの、自分勝手な理屈を押し付けられてもねぇ……」

「あぁ、桜花さんの例えは言い得て妙だなぁ……そうなんだよ、この2人の考え方は極端と言うか潔癖過ぎて、どっちかと言うと闇ギルドと大差ないんだよ」


 それなりに軋轢を抱え込んで分裂したっぽい、花組のアルカの援護射撃に。そんな事は無いと、自称“闇ギルドPK抑止部隊”の反論は続く。

 朱に交われば赤くなるだろうと、存在自体を無視するべきとの彼女達の言い分は確かに過激だ。社会において、汚れた部分はどこかしらに必ず存在はする訳で。

 それを許さないとか、どれだけ潔癖なんだと確かに央佳も思う。


 とにかく1週間後に、大人数の参加する戦争ミッションは行われる予定なのだ。文句があるなら、それを仕切っている『アミゴブ』のレインにしてくれと央佳は丸投げ。

 何よりも、節度ある大人なら子供の前で声高に醜い議論などすべきではないとの言葉に。さすがの抑止部隊も黙った様子、さっきから子供達が不安そうに馬車から覗いていたのだ。

 それを無視して、議論を繰り広げる厚かましさはさすがに無かった様子。


 そんな感じで、逃れるようにして街を飛び出したカボチャの馬車。白馬2頭に牽かれて、ファンシーなのは外見だけだ。社会の一員である限り、しがらみはどこにでもついて回る。

 世知辛い世の中の一員であるのを、拒否する事は誰にも出来ない。それこそニートになって、自室に引っ込んでも何かしらの世俗との繋がりはその人に付随するのは自明の理。

 何度も繰り返すが、人間は社会性の生き物なのだ。


 レインには悪い事をしたと、押し付けた荷物に申し訳ない思い。それでも央佳が思うのは、せっかくゲームで時間を過ごすのなら、それを最大限楽しむように努力すれば良いのにとの当然の感想だ。

 ゲームにはゲーム内での、独自の楽しみ方がある。例えば、ゲーム内で金持ちになっても虚しいだけ。名を売る行為は、多少は欲は満たせるのだろうけれど。

 欲とは活力だ、リアルとゲーム内ではその作用がちょっと違って来る。


 世界観の違いと言っても良いだろう、リアル世界とゲーム内での差異は考えてみれば色々とある。リアル世界は金と権力がモノを言い、安定こそが生活に望む事である。

 愛情や絆は、下手をすれば枷になる諸刃の剣だ。望まないカテゴリーでこそ無いが、それで食ってはいけないし、同情心から足を引っ張られる事態に発展する事さえある。

 何しろ専業主婦と言うだけで、冷たい目で見られる世の中なのだ。


 世の中は弱者に対しても、更には生活に余裕のある者に対しても、同様に冷たくなって行っている。戦後の誰もが生活に窮して、余裕を失くしていた時代とどこが違うのだろう?

 人々の絆は、確実に希薄になって行っている。隣人や地域との繋がりも当然希薄で、他人とは警戒すべき対象に過ぎなくなっていて。

 安らげる時間も場所も皆無、ストレスばかりが増大して行って。


 そんな都会の生活を、祥果さんが嫌がるのも良く分かる。2人でたまに、将来の事について話し合う事もあるのだが。有力なのは、子供が出来たら2世帯同居だろうか。

 それか、どこか長閑な田舎に引っ越して、のんびり家族と子供達と暮らすのも良い。その場合、勤めに出るのが大変になるけど、何もかも完璧な暮らしなどありはしないし。

 どちらにせよ、子供が出来たらの話である。


 子供と言うのは、世間的には弱者に該当する訳だけど。最近の風潮は、とにかく弱者は後回しにされがちだ。社会的立場もそうだし、何より親や護るべき立場からの虐待の話も良く耳にするようになっているし。

 つまりは、子供にかける世話や愛情はどんどん希薄になっていて。そんな子供が大人になって、体験の無い子供の世話や教育をする事になる訳だ。

 失敗のリスクは、世代を重ねるにつれてどんどん高くなって行く。


 親にとっても子にとっても、子育ての時間は大事である。ただ面倒を見ていれば良いと言う訳では無い、子供は親のあらゆる行動を見て学習して行くのだから。

 親にとっても、泣き喚く子供との時間は愛情や忍耐を学習するのにうってつけだ。大切な学びの時間は、実際は共働きの増加でどんどん減って行く。

 対面的には、それも子供の為だと言う事になっているのが怖ろしい。


 塾や習い事にお金が掛かるとしても、本当にそれを子供が望んでいるのかは念頭に無い始末。豊かな暮らしと言う幻想の為に、実際は全員が金の奴隷となっている現状に。

 央佳は全く理解出来ない、金や欲だけ掛けられて愛情を知らずに育った子供が、更に家庭を持ってどんな子育てが出来るのだろう? そんなしわ寄せが見える形で出て来る頃には、もう遅い気がして仕方が無い。

 自ら生み出した我欲や秩序のせいで、社会は内から破壊されるだろう。





 気が付いたら、馬車は結構な道のりを稼いでいた。平原を道なりに進んでいたので、央佳が考え込んでいても馬車馬は勝手に進んでいてくれて。

 お陰で平穏だったが、心の中は未整理な戸棚がたくさん増えた状態かも。久し振りにアレコレと考え込んでしまった、独身時代に戻った様な感覚を味わいつつ。


 家族を持ってしまったら、こんな孤独に考え込む時間は貴重である。ゲーム内の現在となると、もはや子供達の相手に翻弄されて自分の時間など無いも同然。

 今も後ろからは、騒がしい声が聞こえて来る。


 いつも通りに、祥果さんが子供達相手に授業をしていたようだ。2度目のリアル世界への帰還で、たくさん問題集を買って来た甲斐があったと言うモノ。

 そう言えば、哲学者になるには悪妻を娶れと、昔の偉い人はのたまっていたが。子供により良い未来を与えるのに、良妻の手助けは絶対に必要なのは確かである。

 それが大人の務め、この世界に放り込まれた目的も、そんな所にあるのかも知れない。


 街道は段々と、剥き出しの岩の多い山道へと入って行くようだ。上り道が多くなって来て、暫くはそれが続くぞと前方の巨大な質量が視界に訴えて来ている。

 この山には、確か蛮族の集落が点在していた筈だ。近くにそれを脅威とする人間の街が無いので、穴場として有名だったのだ。街に近いと、どうしても名声上げで冒険者に攻め込まれる宿命を背負ってしまうのだ。

 そのエリアから外れたこの山岳地帯は、獣人や蛮族にとっては楽園には違いない。


 ただし、やっぱり集落攻めは大人数が集まった時のカテゴリーとしては人気である。ハンターPと共に、完全攻略した際には宝物やミッションPも貰えるのだから。

 そんな場合の穴場として、この山岳地帯は隠れたスポットではあるのだ。だからひょっとして、集落が不在の時期に当たっている可能性もある。

 『魔除けのランタン』のせいで襲われないとは言え、敵の集団に囲われるのは心臓に悪い。


 いよいよ山道も険しくなって、道の片側は急な崖状態となって来た。こんな場所での戦闘は、もっとも避けるべき事象。下手したら、馬車ごと崖下へまっさかさまだ。

 そんな危険は犯すべきでは無い、さてどうしようと央佳は馬車のスピードを緩めて行く。


「どうしたの、パパ? ……わっ、いつの間にか山の上まで来てたんだ? 道が険しいね、偵察とか行って来た方が良い……?」

「そうだなぁ、蛮族の集落が近くにある筈なんだけど……安全を考えると、馬車を停めて偵察に出た方がいいかなぁ……? よし、次の広場で一旦停めるぞ」


 何ナニと、他の子供達も馬車内から顔を出して来た。授業の時とは違う騒がしさ、ルカなどは明らかに身体を動かしたそうな雰囲気だ。確かに長女は、勉強より行動派だ。

 この先の道は崖沿いを走るから危険だと口にすると、偵察に行きたいと挙手する子供達。狭い馬車内に閉じ込められて、鬱憤も溜まっていた様子である。

 そんな訳で、ルカとアンリが飛行偵察に赴く事に。


 それぞれ自身に魔法を使って、飛行形態へとチェンジして。他の家族が見送る中、ぴゅーんと山の向こうへと飛んで行った。どうやら飛行スピードは、ルカの方が上のようで。

 そのスピードに、驚きと言うよりは心配を増している感じの祥果さん。大丈夫かしらと、2人が飛び去った方向をメイと一緒に眺めている。

 ネネは央佳の足の下で、あんな怖い事は御免だとの表情。


 央佳は一応、サポート出来るようにと道の真ん中で戦闘態勢モードに。それを察知して、残されたメンバーもいそいそと戦闘準備を始めている。

 ところが数分後に戻って来たルカとアンリは、特に危険は無かったと偵察の報告を返して来た。蛮族の姿はチラホラと窺えたけど、固まって道を塞ぐほどの戦力は無いとの事。

 安心した央佳は、再び馬車を発進させる。


 それでも急な山道で新たに視界が開ける度に、妙な緊張感は立ち上る始末。ルカとアンリは、何と言うか傍目に分かる程に張り切って臨戦態勢。

 どうやら偵察に出して貰ってから、旅の安全の護衛役に自分達の任務を脳内修正してしまった様子。責任感的には素晴らしいが、あまり広くない御者台は大変なコトに。

 まるで制御が大変な大型犬を伴っての、散歩みたいな有り様である。


 山道の難所は、それでも何とか通り過ぎる事に成功。茂みからこちらを窺う蛮族に、やっぱり噛み付かんばかりのルカとアンリ。柄は少々悪いが、家族の安全を思っての行為ではある。

 央佳も頭ごなしに窘める訳にも行かず、御者台で可愛い威勢を張っている姉妹を宥めつつ。どうせならストレスを発散させておいでと、手綱を緩める発言に。

 嬉々として、姉妹は敵の討伐に馬車を飛び降りて行く。


「あ~っ、ルカ姉とアンリちゃんばっかりズルい! パパっ、私も行っていいでしょ?」

「ママが心配するから、今回はネネとお留守番……実際、子供達は新エリアの敵との相性はどうなのかな?」


 あまり心配はしていなさそうな口調の央佳、何しろ尽藻エリアでさえ無双な働きを示していた子供達である。それでも“加護返し”からの戦力低下や、装備の変更などの総合力はこの際じっくりと見ておきたい。

 そんな内心の思いも多少はあったものの、ルカとアンリの無双振りは何と言うか相変わらずで。蛮族の団体に襲われても、顔色一つ変えずに戦線を保っている。

 一応は、馬車に近付けない様に気配りまでしているらしいのだけど。


 同じレベルの敵に囲まれて、余裕があるのが既にチートである。央佳は馬車をゆっくりと進めながら、そんな子供達の様子を観察する。気のせいか、ペットのマリモすら心強く感じてしまう。

 ルカの補正スキルスロットは、この子の為のスキルせいで圧迫されているのだけれど。そんな苦境も感じさせない、見事な敵のあしらい方である。

 無事に戦闘を終えて、アンリ共々満足そうに馬車へと戻って来る。


「新エリアの敵も、軽くあしらえそうだな……これなら取り敢えずは安心かな、祥果さんの護衛を頼んだぞ!」

「「は~い!」」


 ストレス解消したルカとアンリの元気な返事、ただし馬車に乗り込む際にちょっとしたトラブルが。父親に褒めて貰おうと、御者台の隣の席を争う2人の姉妹。

 このカボチャの新馬車だが、居住空間は大きく取ってある癖に、御者台は以前のより小さく作られている。央佳がどう頑張って身を寄せても、隣に座れるのは精々が1人である。

 飛行スピードで負けた悔しさからか、今度ばかりはアンリも譲らない構え。


 掴み合い寸前のその姉妹喧嘩を収めたのは、やっぱり祥果さんだった。鶴の一声で子供達を黙らせて、自分が旦那の隣に腰掛けてしまう。

 呆気に取られたルカとアンリは、母親の暴挙に何の口答えも出来ず終い。大人しく後ろの居住空間に乗り込んで、メイから追加で小言を貰う破目に。

 ネネはひたすら、震えてこの結末を眺めるばかり。


 それでもほんの十分後には、仲良く馬車の入り口で大人しくなる子供達。夫婦が仲良く御者台に腰掛けている姿を、後ろからニコニコと眺めている。

 母親の怒りに怯えていた四女も、何とか平静を取り戻した模様で。そうなると今度は、後ろの席より父親の膝の上を求めて愚図り出す始末。

 両親の良い雰囲気を崩したくない姉達は、それを黙殺。


 長女が召喚したマリモをあてがわれたネネは、何とか気持ちを持ち直した様子。何だかんだと皆から面倒を見て貰えている四女は、実は一番の幸せ者なのかも知れない。

 そんな背後の子供達の醸し出す空気を、何となく感じながら央佳は馬車を走らせる。気が付けばもうすぐ夕暮れ時だ、雄大な景色を楽しみながら夫婦はのんびりと会話を楽しむ。

 こちらの世界では、意外と取れなかった時間である。




 結局は、今夜のキャンプ場にと定めた場所までこの配置は続く事となった。それでも子供達は上機嫌、馬車が停まるまで何の文句も出ず終いだった。

 どうやらこれも、祥果さんの教育の一環だったらしい。理屈で100回情愛や思い遣りの何たるかを諭すよりも、仲の良い姿を見せる方が子供達の心に響くみたいだ。

 それを汲み取る子供達の心は、無限の広さを持っている。


 そこに愛情を充分に注ぎ込んであげれないのは、やっぱり家族の責任なのだろう。共働きが増えたお蔭か、そんな愛情不足な子供達がめっきり増えた気がする。

 それどころか、どうやって子供に愛情を注ぐのかも知らない親が増加して。育児放棄や幼児虐待のニュースが、後を絶たない社会情勢となっている。

 空寒い話だが、それを矯正するシステムも存在しないと言う。


 夜のキャンプ場は、何度目かの運用の末に徐々に快適に改良されていた。魔法の鞄で運ばれた家具の配置とか、布でこしらえた簡易天井とかを工夫したお蔭である。

 この作成に張り切ったのは、ルカとメイの年長コンビだった。重い家具も何のその、夜のとばりが周囲を暗く染める前に、何とか満足の行く配置が決まった様子で。

 それを確認して、祥果さんが夕ご飯の支度に掛かる。


 簡易キャンプ場は、家具に囲まれた6畳くらいのスペースである。それ以上は『魔除けのランタン』の効力が及ばないのだから、仕方が無いと言う事情がある。

 そんな狭い場所に親子6人、しかも寝る場所もご飯を食べる場所も一緒と言う。今も祥果さんが、苦労して慣れない立地で食事の用意に立ち回っているのだけれど。

 ぐつぐつ煮えるお鍋を見下ろす、ネネが何と言うか恍惚の表情。


「ネネっ、あんた涎が垂れてスープに入ったらどうすんのっ!? 支度が出来るまで、お父さんの所に行ってなさい!!」

「……今日はほぼ移動だけだったのに、お腹空いたよね……。お母様、夕ご飯までまだ時間はかかる……?」

「もうちょっと待ってね、みんな……慣れない台所だから、どうにも手間取っちゃって」


 厳密に言えば、そこは台所ですら無かったのだけれど。馬車の壁面と家具で仕切られたスペースの、丁度何も置いていない出入り口で魔法の炎を使っての調理なのだ。

 調理道具も具材も、当然ながら有り合わせのモノしか持って来れていないので。簡素な食事にしかならないのだが、子供達の食欲はそんな事では減衰しようもない様子。

 それでも苦心しつつ、祥果さんは心を込めて家族の夕食を準備する。


 ルカもしっかり、お手伝いで串焼きの火加減を調整中。特性のタレが染み込んだ、串に刺さった肉と野菜が網の上にたくさん乗っかっている。

 今夜のメイン料理はこの串焼きで、後は具材たっぷりスープとご飯だけ。スープの味付けは、子供達の好みにより多数決でお味噌味に決定。

 この辺りは、随分とファジーな祥果さんだったり。


 品数的には不満だが、洗い場すら満足に確保出来ない野外の食事だし仕方が無い。それを埋めるように、祥果さん手作りの“特性ふりかけ”が家族に大人気!

 ゴマとか乾燥させて手でちぎった梅干しとか色々と入っていて、彩りも綺麗だったりする。これを白いご飯に振り掛ければ、気分もアップすると言うモノ。

 祥果さん的には非常食なのだが、食卓に乗せるとあっという間に消費されてしまう。


 今夜の食事も、かなり賑やかになりそうな気配。既に周囲は暗闇に支配され、空には大きな月が掛かっている。そんな中、騒がしいいつもの家族の食事風景が。

 詰まる所、どこに行こうとこのスタイルは変わらない訳で。





 ――その明るい喧噪は、周囲の暗闇を吹き飛ばす程。














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