祥果さんの新装備
2度目の邂逅に多少身構えていた央佳だったが、実際には感動や新鮮味は前回より薄れていたのは確か。それでも四女の小さな身体を抱き上げると、不覚にも涙腺が緩みそうに。
安心感と言うのは、恐らく人それぞれなのだ。他の人が窮屈だとか大変そうだと感じる情景の中でも、安堵や寛ぎを感じる人もいる。既婚者は独身者を羨むが、その反対も有り得る訳で。央佳にとって子供達は重荷でも、ましてや使い勝手の良い従者NPCなどでは決してない。
家族と言う寛ぎを与えてくれる、大事なピースの一部なのだ。
祥果さんも、恐らくは同じ思いなのだろう。こちらは前回と同様、やっぱり感涙にむせて大変な様子。逆に子供達の方が安心感を得て、早くも落ち着きを取り戻している感じ。
メイなどは祥果さんをヨシヨシと宥めて、同じくむっつりと泣き顔のアンリと共に移動を促している。ここは王都のホームポイントで、前回より圧倒的に人通りが多い。
家族だけになれる場所を求めた一行は、素早くワープ移動を果たす。
ギルド領の館は、有り難い事に閑散として人の気配は無かった。家族は一塊になって、央佳専用の個室へと歩いて行く。メイの話によると、夫婦の不在は今回は2日で済んだらしい。
それでも子供達にとっては、果てしなく長い時間だったには違いなく。ちゃんと食べていたのとか、祥果さんの今更の心配は尽きる事が無い様子。
大丈夫だよと、メイの返事は優しさに包まれていて。
「ルカ姉が、ちゃんと私達の面倒見てくれていたから。食事も作ってくれたけど、火を使ったらダメだって言われてたせいで、温かい料理は全然食べれて無いよ? 祥ちゃん、お昼に豪華な奴作って! いいでしょ、パパ?」
「ああ、いいぞ……今日はお前たちの好きなように計画を立てていい。俺と祥ちゃんは、何でも素直に従うよ。なっ、祥ちゃん……?」
「そうね……お昼は何が食べたい、アンリちゃん?」
「……ホットケーキ」
それを聞いて、祥果さんは再び嬉しそうに泣き出してしまった。央佳も覚えている、この世界に来て最初に祥果さんが子供達に振る舞ったのが、熱々のホットケーキだった事は。
お陰で部屋の扉の前で、祥果さんが落ち着くまで暫く待つ破目に。本当に、こちらが油断していると泣かせに来る子供達の所業は困ったモノである。
まぁ、それだけ家族の日々を大事に覚えていたと言う証なのだろうけれど。
とにかく、何とか部屋に入って一息ついた家族は、暫くしてようやくいそいそと次の行動へと移り始める。祥果さんはホットケーキを焼き始め、次女と三女は集まって秘密の作戦会議。
ハブられたネネだけが、父親の膝の上で未だにベソを掻いている。
部屋の中に、美味しそうな甘い匂いが漂って来た。熱心に小声で何事か作戦を立てていたメイとアンリも、段々と気もそぞろになっている様子。
暫くすると、メイが大皿にてんこ盛りのホットケーキを乗せて持って来た。ここまで来ると、もはやホールケーキだ。いや、たっぷりクリームも果物も乗ってるので、デコレーションケーキと呼んでも差し支えないかも。
子供達のテンションは、一気に上昇してお祭り騒ぎに。
取り分け皿は用意されてないので、どうやら思い思いに口にしてくれとの事らしい。姉以上に食いしん坊のネネが、早速父親に給仕をねだって来る。
そんな四女の世話を焼く央佳の元へ、祥果さんが飲み物を運んで来た。どうやら理性は取り戻せた様子、澄ました表情でこちらも子供達の給仕に勤しんでいる。
温かいミルクココアをカップに注いで、子供達の熱狂振りに満足そうな笑み。
長女のルカも着席して、フォークでケーキと格闘し始める。そんな長女にメイが耳打ち、この後に何か子供達で画策している様子である。
央佳も時々ご相伴に与りながら、楽しそうな姉妹の会話に耳を傾ける。楽しそうなのは、恐らくはこの後のイベントに思いを馳せているからだろう。
この子達が何を画策しているのか、央佳もちょっと楽しみではある。
「それでね、神様ったら酷いんだよ! パパと祥ちゃんを返してってお願いしたら、会えない時の辛さがあるから、一緒にいる時の感謝が芽生えるんだよって!」
「……子供だからって、どこでも軽くあしらわれる……。でもその後メイ姉が、しこたまアイテムを巻き上げてたけど……」
メイとアンリの報告を訊きながら、神様も大変だなと内心で央佳は同情してしまう。傲慢な人間にならないためには、そんな試練も必要なんだよと一応は諭してみるけれど。
確かに昔から言われている事だ、病気があるから健康体の良さが分かるとか、親が亡くなって初めてその有り難味を知るとか。人生経験の少ない子供達には、確かに難しい話かも。
それより子供達の「せめて報せが欲しい」との提案も、尤もだと央佳も思う。
しこたま巻き上げたアイテムの行方は、メイはニカッと笑って話そうとしなかった。父親の膝上のネネも、何故かソワソワとし始めて。これは何かあるなと、勘繰ったその先に。
食事を終えたルカがすたっと立ち上がって、挙動不審な四女を取り上げてしまった。それからメイとアンリを掴まえて、再び姉妹揃ってゴソゴソし始める。
それからまず最初に、父親の央佳がルカに呼ばれて。
食後のお茶を飲みながら、夫婦で何があるのかなと視線を交わしていたけれど。どうやら自分達が不在の間に、どこからかプレゼントを調達して来たらしい。
まずは長女のルカから、風の宝珠のプレゼント。それから順番を間違えたらしいネネが、画用紙を手渡して来る。そこにはクレヨンで描かれた、家族が集合して笑っている姿が。
2人の姉に怒られてる四女とルカに、央佳は心からの有り難うを述べる。
当のネネは、容赦のない三女に脳天に拳骨の制裁を受けていたが。メイからも一睨みされて、姉妹間でも年齢の秩序は重んじられるらしい。
半泣きの幼女は、何とかルカに保護されて大泣きを踏みとどまった様子。その長女から、次はメイの贈り物ですとの進行の指示が。いそいそと前へ出た次女の手には、獣の彫刻されたネックレスが1つ。
HPやSP、腕力や俊敏が大幅に補正される逸品である。
はっきり言って、今の央佳の装備しているモノより数倍は良い性能である。思わずどこで手に入れたんだと尋ねてしまったが、姉妹からは微妙な反応が。
正直者のルカが喋り出す前に、アンリが仲良くなった獣種族のお友達から貰ったと口にして。半信半疑の央佳だが、祥果さんは完全に信じている様子。
新しいお友達が出来て良かったねぇと、子供達に笑い掛けている。
その笑顔に純粋な笑みで返しているのは、何故かネネただ一人。疑問を浮かべる央佳を煙に巻くように、次は私とアンリが進み出た。その手には限定イベントの交換チケットや、剣術指南書とか鉱石や革素材がわんさか。
明らかに、どこかに冒険に行ったドロップ品が大量に混じっている。この出所を訊いても大丈夫かとの問いには、揃って視線を逸らされてしまった。
祥果さんのとりなしもあって、その辺はうやむやにしておく事に。
まぁ、こちらも不在にした立場でもあるし、あまり強くは叱れないのも事実。子供達が悪い事だと分かっているのなら、それで良いとも思ってしまう。
とにかく次は、祥果さんの番らしい。ここで途端に、緊張し始めてしまう子供達。何故だろうと思って不審がる夫婦だが、その理由はすぐに判明した。
今度は順番はバラバラ、と言うか一斉に祥果さんに差し出されるプレゼントの山。
「お、お母さん……いつもご飯作ってくれてありがとうっ!!」
「祥ママ、これ私が作ったの!」
「……お母様、これからも私が護るから……」
「母っちゃ……これね、父っちゃのとお揃いなの……!!」
子供達の突然の呼び名の変更に、驚いた様子の祥果さん。央佳ももちろん驚いた、こんなサプライズが待っているなんて。いつの間にか子供達は、祥果さんに抱き付いてきて。
そこからは今日一番の、お涙頂戴のシーンと相成って。ここまでの祥果さんの頑張りを思えば、この贈り物は貰って当然の報酬には違いない。
本当に良かった、別離も悪い効果だけでは無かった訳だ。
奥さんが子供の様に泣きじゃくる姿を見てると、相方の央佳は逆に冷静になれると言うモノ。子供達も夫婦の不在の間に、幾分か逞しくなったような気さえする。
可愛い子には旅をさせろと言うが、確かに人生には波乱も必要だ。己を鍛え、他者との絆を確かめて、その中から光り輝く本物が選り分けられて行くのだろう。
そんな事を思いながら、央佳も家族の感動の輪の中に飛び込むのだった。
感動のセレモニーから何とか一息ついて、子供達の興味は祥果ママの新装備の性能チェックへと移った様子。しかしここまで来るのに、短いようで長かった気のする央佳。
最初は、自分の妻だと紹介しただけで信頼度が下がる事態を招いたと言うのに。今では本当の母親だと慕う子供達の姿を見て、胸の奥から熱いモノが込み上げて来そうに。
とにかく良かった、奥さんの今までの頑張りが報われて。
それはそうだ、父親をやるにも母親をやるにも、頑張りが無いとただの名ばかりの存在に成り下がってしまう。母性は重要だが、それだけでは片付かない問題も多々存在するのも事実。
こんなゲーム内の良く分からない関係とは言え、本物の愛情を持って祥果さんは母親を演じて来たのだ。ロールプレイとは“役割を演じる”と言う意味である。
バーチャ空間内にだって、本物の愛情や信頼は芽吹くのだ。
とにかく、子供達の用意したプレゼントの紹介でもしておこう。ルカが手渡したのは、MPと属性がアップする腕輪だった。見た事が無い品なので、恐らく夫婦が不在時にゲットしたのだろう。
メイのプレゼントは、何と手作りの人形だった。毛糸の髪の毛にボタンの目玉、小さなテルテル坊主みたいな造りだが、なかなかに愛嬌がある。
明らかにこの時の為に、自作していたと思われる。
央佳もネネの絵を貰っているので、その嬉しさは良く分かる。貰って嬉しいモノには違いない、そしてアンリの贈り物はまたまた破天荒だった。
狙った訳では無いのだろうが、この子は何をするか予測が付かない所がある。そんな少女の贈り物は、例の闇ギルドの襲撃の際に奪取した『案山子の両手棍』だった。
カボチャ頭の案山子が、棍棒の頂点でユラユラ揺れている。
確かにあの後、闇ギルドの連中の処理が片付いて、終わったなと安心した直後に。アンリがいつもの如く、奇妙な小さなカボチャの馬車を襲撃していたような気もするが。
ルカとメイも手伝ったお蔭で、2分と経たずに決着はついたみたいだが。その際にこんなドロップ品をせしめていたとは、全く央佳は気が付かなかった。
何しろあの時は、あちこちでゴタゴタ混乱していたから。
その両手棍の性能が面白いらしくて、性能チェックをしてみてとの子供達の要望に。それじゃあ館のトレーニング室に向かおうかと、央佳が水を向けたのだった。
ちなみにアンリは、その他にも蘇生札を4枚も差し出して来ていた。四女のネネのプレゼントは、央佳に贈られたのと同じ意匠の獣のイヤリングだ。
性能は央佳のと一緒、つまりはモロに前衛向けだったりする。
「ほら、ここがトレーニング室だよ。お前達は、まだ入った事無かったかな? 模擬戦闘が出来るから、ギルド員が珍しいスキル技や魔法を覚えた時、ここで披露したりするんだ」
「……お父様、敵はどこから出て来るの?」
「こっちにパネルあるよ、アンリちゃん? 祥ママ、はやく戦闘準備してっ!」
「ええっ、私独りじゃ自信ないよ……敵が襲ってきたら、どうすればいいの?」
「大丈夫、敵のダメージは1で固定されてるから。祥ちゃんももしもの時用に、ソロで戦える経験を積まないとね」
旦那の優しい言葉に言い含められ、子供達の期待に満ちた視線に晒されて。祥果さんは乗り気はしないけど、一応練習の舞台へと立つ事に。それを見て、メイが勝手にスタートのボタンを押す。
出現した敵は、小柄なゴブリンをイメージさせる形状で。動きも早くないし、妙なプレッシャーも感じさせない。それを見て、エイッと新装備の棍棒で殴りつける祥果さん。
そうじゃないよと、隣で眺めるアンリのダメ出し。
央佳もちょっと笑ってしまった、新装備の両手棍は言わばユニークアイテムである。後衛用には間違いないし、殴りダメージも一応出るようだが、肝はその変化能力にある。
しかも2段階と言うから驚きだ、とにかくまずはその一つを、隣の三女に教えられた祥果さん。操作によって、棍棒の飾りがポンッと外れて動き出す。
つまりは小柄なカボチャの案山子が、主と敵の間に割って入ったのだ。
しかも挑発技を使って、タゲを自分に向けている。おおっと央佳と子供達は、その小さな味方の働き振りに賞賛の素振り。頼りになると言うよりは、その動きはどこかユーモラス。
調子に乗ったメイが、更に2体の追加パペットを放出。ネネが前へと進み出て、カボチャ頭を真似た動きで敵をブロックする。コミカルなその動きに、皆が笑い出す。
もう1体の人形は、ルカのペットのマリモが相手をし始める。
「おおっ、マリモも結構成長したなぁ……案山子も攻撃力は無いが、盾としての機能は申し分無い感じだし。家族だけで動く時の、予備の盾役としては充分だな」
「ネネのペットのメーちゃん、何気に回復支援もしてくれてるんだ……パパ、やっぱり家族パーティだと、回復役がもう1人いた方がいいかなぁ?」
「そうだなぁ、メイが回復魔法を1つでも持っててくれたら、祥ちゃんも凄く楽だろうなぁ。……ネネのペット、メーちゃんって名前になったのか」
そうだよと、こっちを向いて得意満面の表情の四女。その最中も、パペットの攻撃は容赦なく続いているのだが。軟体ペットの献身的なガードと回復で、全く無傷のネネ。
もっとも攻撃ダメージは全て1なので、ペットの回復能力の上限までは分からないけれど。こちらのペットの育成も、なかなかに順調な様子で何より。
何より、ルカもネネも愛情を持って育てている。
そう言えばと央佳も思い出して、ペットのコンを召喚する。後衛の足止めには、ペットの存在は本当に便利だ。この間情報を売って得た大量のお金で、この子も随分成長した。
マリモと一緒に人形を殴り始めたコンだが、その攻撃威力はなかなかのモノ。更に試しにと『変化:飛竜』をチョイス、狐が飛竜姿にポンッと化けて戦闘を続行。
見ていた子供達も、おおっと感動した様子。
「凄いね、パパ! コンって化けられたんだねっ!?」
「あの時ルカが、竜の宝珠を食べさせてくれたお蔭だな……これで“竜使い”って二つ名で呼ばれても、体裁は保てるかな?」
それを聞いて、ちょっと驚き顔のルカだったけれど。父親に頭を撫でられると、ようやく恥ずかしそうな笑顔になって。実際、レベル100に達した飛竜コンは結構凄い。
体格に優れているので、前衛向きだし攻撃も牙と翼爪で回転が速い。その点だけ取っても、ルカのマリモより数段優れているとも言える。
央佳にとっても、この戦闘訓練は為になる時間だった。
模擬戦闘はこれにて終了、最後は祥果さんが慣れない魔法スキルを使ってパペットを撃破して。改めて子供達にお礼を述べる祥果さんと、照れ臭そうな姉妹達。
それからこの『案山子の両手棍』の、もう1つの変化能力を確かめに揃って中庭へ。何故にそんな手間を取るかと言えば、答えは至ってシンプルである。
答えは変化したモノが、大き過ぎて室内ではとても無理だから。
その能力で出現したモノを目にして、子供達のテンションは一気に頂点へ。祥果さんも驚き顔で、しかしその表情は次第に笑顔へと変わって行く。
『カボチャの馬車』を見て、ときめかない女性はいないだろう。出現した馬車は、以前に戦場に出現したモノの大型版らしい。さっそく中に入る子供達、以前所有していた奴より数段広い内装だ。
入り口は前からのみで、前面はカーテンで仕切られていた。中のソファはコの字型に並んでいて、中央には小さいがテーブルまである。詰めれば大人8人位なら何とか入りそう、しかも内装は割と豪奢な印象を受ける。
その分引き馬は2頭必要みたいで、経費は倍は掛かりそう。
とにかく良い拾い物をした、アンリの突飛な行動もたまには当たりを引くらしい。一行はそのまま中庭ではしゃいだ後、揃って散策に出掛ける事に。
子供達も、いつの間にか館の造りに詳しくなっているようで。先立ってワーキャー騒いで夫婦を率先、見せたい景色や摘んで来た花を差し出して来る。
その騒がしさは、夫婦にとってもはや日常そのもの。
家畜小屋のスペースでは、ネネが家畜の鶏や豚を追い駆け回して騒がしさも倍化。ギルド領には家畜を購入、もしくはフィールドで捕まえて来て、定期的に利益を得るシステムが存在するのだ。
いわゆるゲーム内のミニ育成ゲームと言う奴で、他にも植物の種を育てて収穫品で利益を得たりも出来るのだが。その上位版が、この領主の館に付属する領地で得られる作物だろうか。
もちろんその収穫量は、鉢や庭先での栽培に較べて桁外れである。
そんな利益を得られるのも、ギルド領を所有するメリットではある。そして家畜の育成も同様に、ギルド領で行えば多大な収穫を得る事が可能な訳で。
その分色々と領民(領地には当然、領民も付いて来る!)に指示を出したり、逆に頼まれごとを持ち込まれたりもするのだが。それを取り仕切ってるのが、ギルド員の“館の管理人”の鳳鳴である。
収穫品はギルド倉庫に蓄えられ、ギルド員なら誰でも好きに使えるのだ。
「父っちゃ、ゴーレムつかまえた……っ! コレはちっちゃくて、可愛いね?」
「まぁ、こんなモノまで飼われてるの、央ちゃん? えっ、コレもひょっとして何か産み落とすとか……?」
「祥ちゃん、鋭い!! 実はこれも週に何度か、鉱石とか素材を産んでくれるんだよ。ウッドゴーレムは木工素材、ストーンゴーレムは鉄鉱石とかね」
すっごいねぇと、感心し切りの祥果さん、他にも珍しい家畜は結構存在して。一時ギルド内で、全種類コンプしようぜとブームになったのだ。
央佳も加勢したので良く覚えている、大型の草食動物やら肉食獣、他にはサボテン人間やドール人形まで様々な種類を収集したモノだ。そんな家畜を眺めながら、普段は立ち寄らない館の端まで来てしまった。
そこには何故か、未使用の大きな家畜小屋が並んで建っている。
「おっと、ここも館の七不思議の1つだなぁ……この大きな家畜小屋、持って来た家畜を放とうにも、使用出来ませんってエラーが出て使えないんだよ。どの種類の家畜で試しても駄目だったから、何か秘密が隠されてるんじゃないかって仲間と話してたんだけど」
「……今度の不思議も、私達が解いてあげるね、お父様……」
「そんな簡単に解ける訳ないでしょ、アンリ……お父さん、何かヒントは無いんですか?」
ルカの一言で、家族は家畜小屋の中へとヒントを探しに入って行く。牛や馬なら20頭は世話出来そうなスペースに、しかし特に目立った不審点は見付からず。
一行は探索を諦めて、一旦外に出て暫し和んだ後。大きな夕日が沈んで行くのをメイが発見、家族揃ってのんびりと段々と暗くなって行く景色を眺めた後。
お腹が空いたとネネの言葉で、一気に現実世界へ。
予想通りに夕食は豪華だったが、その後のイベントは央佳にとって想定外だった。メイが信頼度上げに、たまには父親の央佳と一緒にお風呂に入りたいと言い出したのだ。
考えてみれば、ルカとネネのペアと一緒にしか、お風呂には入った事の無かった央佳。さり気無く祥果さんに視線を向けると、了承の微笑みが返って来た。
たしかに一気に信頼度を上げるには、一緒にお風呂作戦は有効だが。
チェックしてみると、メイとの信頼度は260程度の数値だった。これが一度のお風呂でどれだけ上がるかは不明だが、まぁスキンシップはやってダメな事は無い。
子供達は照れもせず、さっさと服を脱いで行くけど。よく見ると物凄く丁寧に、脱いだ服を折り畳んでいる。これも祥果さんの教育の賜物か、ネネなど脱ぎっぱなしだと言うのに。
軽くショックを覚えつつ、今後は細かい躾けも注意しようと心に誓う央佳。
浴室に入っても、祥果さんとの差異は顕著に現れた。軽くお湯を浴びた後で、それぞれスポンジを用意する姉妹に、央佳は逆に困惑模様。どうやら祥果さんは、いつも3人が並んで一緒に身体を洗いっこしているらしい。
ハイとアンリに渡された石鹸で泡立ったスポンジで、三女の背中を洗っていると。パパの背中おっきい! と驚きでテンションの高い次女が、央佳の背中を洗ってくれる。
洗って貰ってるアンリも、早く父親を洗いたくて仕方が無い模様。
こんな子供達の表情を見るのも、なかなかに珍しくて面白い。スキンシップって大事だなと、つくづく央佳は思うけど。一体世の中の何割のお父さんが、子供と一緒に夕食を取ったりお風呂に入ったり出来ているのだろう。
最近は共働きも多くなって、子供達の心を満たす温かな感情の割合が、グンと減って行っている気もする。殺伐とした人間関係が増えた現代社会と、決して無関係では無いと思う。
だとしたら、この世界はある意味贅沢な環境なのだろうか?
考え込んでいると、いつの間にか交替だから後ろ向いてとアンリに言われた。スポンジを奪い取られ体を反転させると、今度はメイのスポンジが待っていた。
背後では、物凄く楽しそうにアンリが央佳の背中をゴシゴシと擦っている。それは良いのだが、張り切り過ぎて少々痛い。もう少し優しくしてくれと頼みつつ、自分もメイの背中を優しく洗ってやる。
くすぐったそうに身をよじるメイと、やっぱり強く擦って来るアンリに挟まれて。
ようやく再度の交替を告げられたと思ったら、今度は髪を洗う番らしい。一度頭からお湯を被るアンリ、その後姉妹は揃って、自分の身体の前面を洗い始める。
なるほど、手の空いた央佳が三女の髪の毛を洗えば良い訳だ。不慣れな手順だが、さすが祥果さんは合理的だなと感心しつつ。そしてアンリが終わったら、次はメイの髪の毛を洗うようにと指示された。
どうやら自分の番は、一番後回しらしい。
それはまぁそうだ、総て洗い終わったアンリは浴槽に浸かってのんびりムード。程無くメイも綺麗に洗い終え、妹と同じくお湯へと飛び込む。
ギルド領の館の個室の浴槽は、一般の宿のそれと同じ程度の広さである。ただし、タイル張りのしっかりとした造りと、浴槽に張られたお湯の量はこちらが上か。
宿屋のタライの様な浴槽では、半身浴が精々だったのだ。
子供達も、こちらの浴室はお気に入りの様子。ようやく央佳が自分自身を洗い始めると、揃って賑やかにお喋りを始める。話題は主に、両親がいなかった時の出来事について。
心細さや悲しさ、不平不満はもちろん両親の不在に気付いた時に感じたのだろうけれど。父親を前にして、そんな話題には触れようともしない。
子供なりに気を遣っているのか、それとも負の感情は抱え込まない様にしているのか。
それはそれで大したモノ、負の感情は心に溜まって簡単にストレスへと転化する難物だ。大人になるほど、これを一人で抱え込もうとしてしまう。
いや、最近は子供だってそうなのかも知れないが。こうやって寛げる浴室で、洗い流すのも立派なストレス解消法には違いない。泡だらけになった央佳は、浴槽で喋り続ける姉妹にそう提案する。
つまりは嫌な本音は泡と一緒に、お湯で流してしまえと。
「……パパと祥ママがいなくって、凄く寂しかった」
「……私も……」
少し考えた後で紡がれた、姉妹の本音混じりの言葉を聞き取った央佳。俺と祥ちゃんも寂しかったよと、泡まみれの状態で返事をすると。
姉妹が揃って、桶にお湯を汲んで父親に勢いよく掛けて行った。それが面白かったのか、クスクスと笑い声が聞こえて来る。犬のようにブルブルと頭を振ると、笑い声は大きくなった。
しんみりした気分は、どうやら完全に流れて消えた様子。
その後3人で、苦労して狭い浴槽に浸かって体を温めて。なおも喋り続ける姉妹に、なるほど祥果さんチームの長湯の原因はコレかと納得などしながら。
お湯をあがった後も、やはり躾の行き届いた次女と三女の佇まいに。躾って凄く大事なんだなと、しみじみ考え込んでしまった央佳だったり。
特にネネだ、散らかし魔人の幼女は今後に要注意。
ちなみに祥果さんとルカとネネの入浴も、央佳との時よりやっぱり長かった。しかも散らかし魔人だとばかり思っていたネネが、しっかりと自分の使ったタオルを畳んでいる。
それを祥果さんに示して、ニッコリ笑いあっている姿は胸にキュッと来るモノが。どうやらものぐさの張本人は、央佳自身だった様子。その事実に、幾分ショックを覚えつつ。
ふと長女のルカを見ると、何やらしきりに胸のあたりを気にしていて。
エルフの里での入浴後も、確かそんな仕草をしていたような。思えばあの時にも、長女は祥果さんと一緒に入浴していたっけ。つまりはアレか、胸のサイズ云々なのか……。
――たった一年の父親役としては、それは余りに早急なイベントに他ならず。




