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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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子供パーティ奮戦記



 小さな手が肩をゆする感覚で、意識が少しずつ覚醒して行くのが分かった。夢心地の時間は終わりらしい、多少の苛立ちを感じつつルカは目覚めの時を迎えた。

 自分を起こした犯人は、四女のネネに違いなかった。その推察に、ルカはぼんやりとした違和感を覚えてしまう。何故なら末妹が真っ先に頼るのは、父親に他ならないから。

 その推理に至った瞬間、ルカは勢いよくベッドから跳ね起きた。


 父親の姿はどこにもなかった、そしてベッドの反対側に寝ていた祥果さんの姿も。そのままの勢いでキッチンから浴槽、トイレまで確かめたルカはその無惨な事実に直面してしまい。

 とうとう泣き出したネネの姿を呆然と見ながら、当人も泣き出しそうに。その騒ぎで目覚めたメイとアンリも、夫婦の不在を直感で感じ取ったらしく。

 同じく泣き出してしまった途端、ルカの覚悟は決まった。


「みんな泣かないで、お父さんが言った事を忘れたの……? 前みたいに急にいなくなる事があるかも知れないけど、絶対に戻って来るって。そ、それまでは私がみんなを……」


 泣き出しそうになるのを思いっ切り我慢して、ルカは四女を抱き上げてキッチンへ向かう。なおもぐずっているネネの頭を優しく撫でて、食事の用意に思いを馳せる。

 いつも祥果さんが、食事の支度をする場所に立って。ここからなら、リビングのみんなの姿が良く見えるのだ。改めて思う、祥果さんの気配りは本当に凄いと。

 自分はまだまだだ、泣いてる妹をあやす事も満足に出来ていない。


 キッチンでは、新たな問題も浮上して来た。ルカが一人の時は、絶対に火を使ってはいけないと厳命されていたのだ。朝食はだから、温かいモノは作れなくなってしまう。

 もっとも、ルカが単独で出来そうな料理は目玉焼き位だけど。


 散々悩んだ挙句、父親と祥果さんの命令には背かない方が良いとの結論に達して。そうしたら用意出来るモノは、仕方が無いが思いっ切り限られて来る。

 戸棚から食パンを取り出したルカは、それにバターとジャムをぬり始める。後はミルクだが、これは新鮮なのが魔法の保存庫に届けられている筈だ。

 簡素には違いないが、これだけあれば空腹は満たされるだろう。


 準備の最中に、しかめっ面のメイがアンリを抱きかかえるようにしてキッチンに入って来た。泣いてスッキリしたのか、それとも何か作業をしている方が楽だと気付いたのか。

 実際ルカは、何かしら身体を動かしている方が、気が紛れて楽ではあった。皆に朝ごはん出来たよと告げるが、食卓に着いた妹達は誰も口をつけようとしてくれない。

 実際、ルカも全く食欲は湧かなかったのだが。


 仕方が無いので、これは昼食に回す事に。自分の魔法の鞄に放り込んで、それじゃあ朝の会議を始めるよと妹達に告げる。いつも父親がしていた事、これを忠実に再現するのだ。

 前の時みたいに、ただ泣きながら両親を探して回るような事は、絶対に姉妹にはさせないと決意しながら。父親も祥果さんも必ず戻って来る、だったら探し回るのはルール違反だ。

 大人しく良い子にして、待っていれば良いだけの話なのだ。


「……パパが前に、いなくなったのは神様の仕業だから仕方がないって言ってたの。でもこんなの許せないよ、私がパパの代わりに文句言ってやる!」

「ちょっと、メイ……気持ちは分かるけど、神様に失礼な事を言ったらダメだよ! それでなくても、私達は良くして貰ってるんだから……」

「……でもお姉さま、神様にお父様と祥ちゃんの居場所を訊ねるのは、良い案だと思うの……この前の時に、気付けば良かった……」


 確かにそうだ、もっとも神様が願いを聞き届けてくれるかどうかは不明だけど。それじゃあ午前中の行動はそれでいいねとルカが問うと、次女のメイが考え込む素振り。

 父親と祥果さんに再び出会えるまで、はっきりとした時間は分からない。それまで不安のまま過ごすより、何か有意義な事をして待っていたい。

 そんな気持ちが内心あるのだが、言葉にしようとすると何とももどかしい。


「あっ、限定イベントの公式も出来るね……どうせ街に出るんだから、ついでにやっちゃおう」

「……たくさん集めて、お父様と祥ちゃんが帰って来た時に、プレゼントにして渡せばいい」

「……プレゼント!! それだよ、アンリちゃんっ!!」


 突然大声で叫んだメイに、他の姉妹はビクッと身体を竦ませる。興奮している次女は、そんな事はお構いなし。イベントのケチなチケットよりも、もっと良いモノ探せば良いと。

 その案に対して、ルカはやや消極的。私達だけで危ない事したら、お父さんに怒られるよと心配している。ところが下の姉妹2人は、親を喜ばす計画にチョー乗り気。

 現金な事に、その案のせいで少しずつ元気を持ち直し始めている。


 最終的にはルカも折れて、それならなるべく安全な方法でアイテムを獲得しようと。それを聞いたアンリは、いそいそと自分の鞄から候補となる呼び水を探し始める。

 それを期待の目で、楽しそうに眺めているネネ。


「前みたいに、お父さんの欲しそうな装備の情報は無いの、ペチ?」

『そう何度も期待されてもね、どうしてもと言うなら神様にでもねだると良いよ、我が主よ』


 獅子の盾の返答は素っ気ないが、それも良さそうだとメイの瞳がキラッと光る。我が妹ながら恐ろしいなぁと、内心でルカは戦々恐々としつつも。

 出掛ける準備をしなさいと、妹達に指示を出すルカ。自分も支度を始めつつ、四女のネネの世話もしっかりとみてあげる。いつもは祥果さんが、何も言わずともしてくれている行為だ。

 そして号令を掛けるのは、本来なら父親の筈なのに。


 両親の不在の穴は、とても大きいのは承知していた事でもある。ルカは泣き出しそうな自分を誤魔化すように、シャンとしなさいと末妹に八つ当たり。

 とても長い一日は、まだ始まったばかりである。




 普段着に着替えた子供達は、身を隠すように王都の街中を移動していた。子供だけの集団は、とてもよく目立つし不自然なのだ。変な人に絡まれたくないので、道中はこんな感じに。

 上層にも立派な神殿はあるのだが、子供達が選んだのは下町の寂れた構えの神殿だった。裏通りが近いので、程よく人通りも少なくて大いに助かる。

 年長のルカを先頭に、子供達はその寂れた門扉をくぐって行く。


 建物の大きさに比例して、そこに詰める神職の数も多くは無かった。それを幸いに、子供達は見咎められる事無く建物の置くの方へと歩いて行く。

 そして辿り着いた中庭の、樹木と壁に隠された一角で立ち止まる一行。


 姉妹の中から、一歩前へと進み出たのはメイだった。そして厳かに跪いて、天に向かって祈りを捧げ始める。神様の応答は、ここ何度かの面会で一番迅速だった。

 管轄の振り当てのせいなのか、風の神様が後ろめたそうな引き攣った顔で呼び出される。なるべくなら、矢面に立ちたくないオーラが見て取れたりして。

 そんな神様に、容赦なく4姉妹の視線が突き刺さる。


「……いやぁ、呼び出された理由は良く分かっているつもりだよ? だが私を責めるのはお門違い、これはもっと上の者が決めた事項なんだよ」

「……パパと祥ちゃんを返して、すぐにっ!」

「いやだから、今すぐは無理なんだよ……。ああっ、泣かないでおくれ……そうだ、両親にプレゼントを考えていただろう? ほら、これなんかどうだい?」


 何でもお見通しの風の神様は、懐から風の宝珠を出して子供達のご機嫌伺い。ふくれっ面のままのメイが、それを渋々受け取ると。どこか安心した感じで、次々と色んなアイテムを見せびらかす子煩悩の神様だったり。

 まるで田舎の祖父母が、過剰なプレゼントで孫の気を惹こうとしている様な風景。後ろで半泣きのネネをあやしていたルカは、ちょっと神様を気の毒に思い始めて。

 それ位にしておきなさいと、次女に釘を刺してみたり。


 三女のアンリは、そんな遣り取りとは全く別の事に気を取られている所だった。さっき風の神様は、両親にプレゼントをどうだと仰られていた。

 つまりは祥ちゃんも、神様の目から見たら親認定である。いや、祥ちゃんはいつだって本当の母親以上に、自分達に優しく厳しく接してくれている。だけどアンリはそんな彼女に対して、未だに母親とは呼べていない。

 何故だろうと、少女は一生懸命に考える。


 答えは簡単だった、姉達がそう呼んでいないからだ。腹の立つ事に、四女は今では半々で母っちゃと呼んで甘えている。妹に後れを取ってはならない、アンリはそう決意した。

 都合の良い事に、目の前には神様がいらっしゃる。ここで宣言してしまえば、色んな方面に対して義理は立つ。親と子のシステムは、多種多様で神様も管理が不充分なのだ。

 だからアンリは、勇気を出して自分で一歩を踏み込む。


「……風の神様とお姉さま、聞いて欲しい誓いがあります……今後私は、祥ちゃんの事をお母様って呼ぶ事にしました。……未来永劫、私はお母様の子供であり続けます……」




 限定イベントのプレート片を人数分貰うと、子供達は道の隅っこで頭を寄せ合って必死に公式を紡ぎ始める。この数字頂戴とか、もっと難しく出来るよとかとにかく姦しい。

 とにかくプレゼント用にたくさん用意したいが、質が悪い公式だと貰えるポイントも少ないので。大物をとにかく1個作ろうと、とにかく必死な子供達。

 ここはメイが中心になって、大物公式の製作に挑むのだが。


 貰った数字プレートの数が足りなくて、そう簡単には完成に至らない様子。ここはぐっとこらえて、明日以降に望みをつなぐのが得策かもとルカの意見に。

 それなら簡単な奴を幾つか、プレゼント用に作っておこうかとの結論に至って。


 アンリもそれに同意の様子、今までそれとなく人混みに同化しながら、限定イベントのヒントを拾っていたのだが。どうも5桁の公式でないと、Aクラスにならないそうで。

 そうなると、たくさんの数字プレートが無いと作るのは大変である。今日は妥協して、家族の数だけ作ってチケットに交換して貰う事に。

 プレゼントを集めるのも大変だ、しかしそんな苦労を厭わない子供達だった。



 取り敢えず、父親と祥果さんへのプレゼントの候補は、1個だけど入手出来た。これ以上の大物となると、どうしてもダンジョンに潜ったりと戦闘が絡んで来る。

 長女のルカは消極的だが、贈り物がチケット数枚とはあまりに寂しい。そう主張するメイとアンリは、鞄から候補のダンジョンチケットを取り出している。

 妹達の攻勢にルカは半分折れ、裏通りには近付かないよとだけ提案。


 ちょっと覗くだけならいいかなと、アンリの姉の尊厳を立てての申し出に。その位ならいいよと、そんな遣り取りが思わぬ結果を招く事に。

 細くて雑多な通路越しに、姉妹が見たのは奇妙なシルエットだった。子供には違いないのだが、ルカよりは幾つか年齢は上だろう。その子は何と、宝箱を背負っていた。

 その姿を見て、急に怒り出す長女のルカ。


 自分で決めた裏通り立ち入り禁止の掟を破り、その人影へと歩み寄って行くルカ。慌てた様子でそれに付き従う妹達、一体何があったというのだろうと不審げに。

 改めて目にするその人物は、言うまでも無く奇妙な格好だった。新5種族かなと言う姉妹の勘は大当たり、頭から突き出た耳と口から覗く牙は、獣種族なのだろう。

 そして宝箱を背負うその姿は、少年のものだった。


「ちょっとアナタッ、その背負ってるものは何っ!? それを使って、わざと冒険者をおびき寄せようと挑発してるんでしょ……今すぐ止めなさいっ!!」

「ああ、そう言う意味なのかぁ……」

「はっ、誰だ貴様……おっと、いつもお高く留まってる竜種族のお嬢ちゃんか……!? 莫迦を言っちゃあいけないぜ、これはオイラの趣味なんだ。そう簡単に、止められるかよっ!!」


 悪趣味よねと、小さなアンリの呟きはともかくとして。長女のお怒りをようやく理解したメイは、果たしてどっちを制止したら良いモノかを暫し熟考。

 獣種族の男の子は、どうやら長女より2歳程度上らしい。裸の上半身に、簡素なチョッキを着ていて、仕える主だか家族だかはまだ見付かっていない様子。

 そして彼らの、種族のモットーを思い出すメイ。


 誰よりも強くあれ、だったような? つまりは宝箱と言う安い挑発で、粉を掛けて来る冒険者を返り討ちにして遊んでいるらしい。アンリの悪趣味との評論は、全くその通りだ。

 だからと言って、長女のルカの様に口を挟む権利がこちらにあるかと問われると。それは微妙かなぁと、メイは目の前の少年を眺めながら思うのだった。

 彼なりに世間の荒波を堪能してるのなら、我々は放って置こうよと。


 ところがその安い挑発に、モロに乗っかってしまう素直な性格のルカ。少年の心配をしていると言うより、5種族の品位を下げる行動に腹を立てているらしい。

 上品な性格だと笑った、少年の言葉は図星なのだろう。竜種族はみんなそんな感じだ、ネネはまぁ別として。でも私達の姉だから、莫迦にされっ放しは癪だとアンリは思う。

 低レベルな口喧嘩に突入した2人を、何とかしないと。


「オイラ達獣種族は、昔からこうやって強い主を探してんだよっ! 文句があるなら、神様に直接言えっ……もっともてめえらの神は、お高く留まって降りて来さえしないんだっけか?」

「ちゃんと降りて来て下さるわよ、神様まで莫迦にして……! もう許さない、アナタには罰が下されるべきだわ……!」


 やれるもんならやってみろと、ガレオと名乗った獣種族の少年は挑発を止める気配は無し。それをルカが受ける寸前に、三女のアンリが静かに無表情に待ったを掛けた。

 ルカは姉妹の中では看板選手なのだから、簡単にこんな安い戦いに赴くべきではないと。ここはまず自分が様子見に出向いて、ちゃっちゃと終わらせてしまうから。

 私達の大将は、どんと構えて待っていればいい。


 即座にそれに賛成したのは、作戦参謀役のメイだった。長女の強さを疑うつもりは全く無いが、直情なルカの気質は搦め手に弱いのも事実ではある。

しかも万一、長女が負けたら姉妹は依るべき柱を失ってしまう。


この現状で、一番避けるべき選択肢なのは事実には違いないのだが。それに文句を付けて来たのは、誰あろう対戦側のガレオだった。年長の竜種族の少女ならともかく、こんなちんちくりんを相手になど出来ないと。

 しかもこちらには、奥の手となるビックリ箱だってあるのだ。


「ひどいっ……こんな可愛い女の子に対して、ちんちくりんだなんてっ! ルカ姉、もういいから全員で一斉にボコってやろう!」

「おうともっ、4人相手でもオイラは全然構わねえぜ? 後で弱い者虐めだって、泣き付いて来られても敵わねえからなっ……!?」

「……メイ姉、私は平気だから……どうせ奥の手って言っても、その宝箱が実はミミックだったとか、そんな下らない幼稚な演出なんでしょ? ……ネネ追加で、遊んであげるよ」


 メイに抱き付かれた三女は、全く普段通りのポーカーフェイス。ガレオの奥の手をクールに推察しているが、図星を突かれた獣種族の少年は物凄く驚いた表情。

 何で分かったと、一人で勝手に狼狽えてる。


 この辺りで、長女と次女も目の前の少年の底の浅さを感じ取った様子。代表選手はアンリとネネでいっかと、考えるのも放棄してしまい。頑張りなさいと、2人の妹を送り出す構え。

 ネネは良く分かっていない様子だが、大人しくアンリと共に少年の後ろに従っている。ガレオの提案で、闘う場所を裏通りの奥の廃屋内に指定されたのだ。

 うらぶれた細い通りを、静かに進んで行く一行。


 待ち伏せや襲撃の類いを一応心配していたルカとメイだったが、幸い無事に目的地に到着。案内された場所は、壁も床も半分は破壊されて消失している廃屋だった。

 そこそこ広くて、暴れるにも不自由は無さそうである。少年の寝城なのか、どことなく生活臭も漂っている。さり気無く周囲を見渡す姉妹に、ガレオが声を掛けて来た。

 つまりは賭けの内容と、ルールの最終確認を。


「さて、まずは賭けの内容だが……そっちはオイラの、宝箱を背負う格好を止めさせたい訳だな? その見返りに、お前たちは一体何を賭けるんだ?」

「……その宝箱に入れるに相応しい、豪華なお宝を一人1個ずつ進呈する……それでいい?」

「へえっ、良い度胸じゃんか……後でやっぱりナシなんて、間違っても言うなよ? ただそれだと、釣り合いがイマイチ取れないな……ちょっと待ってな、オイラの神様と相談してみる」


 ガレオはそう言うと、宝箱を地面に降ろしておもむろに天に向かって祈り始めた。さすがに少年も、神様と対話する時は真面目な顔を浮かべている。

 そしてしばらく後に、やっぱり不敵な顔に戻って姉妹に面して。自分を見事倒せたら、宝箱から追加の報酬が得られるぞと約束を取り付けた様子。

 見事報酬を釣り上げる事に成功したアンリは、一人ほくそ笑んでいたり。


 さて、これで負けれなくなったよと、妹の暴走には敢えて触れない策士のメイ。そうだよねと、翻弄されるままの長女だが、妹の負けなど微塵も疑っていない様子。

 それよりネネの、半泣き暴走の方が心配だったり。


 少年の示した戦闘ルールは、至ってシンプルだった。戦場はこの廃墟内のみ、出たら即負け。HPが1割まで減っても、同じく負けの簡単なルールである。

 自動判定が効いているので、誤って相手を殺してしまう事もない筈だ。そこら辺もちゃんとしている、何しろこれは神様の御前試合でもある訳だから。

 卑怯な真似など、間違っても出来る筈は無いのだ。


 アンリは妹の手を引いて、獣種族の少年の前まで進み出る。チラッと盗み見た、彼の宝箱からは微かな魔法の気配。さり気無く立ち位置を修正、末妹をその宝箱の前へ。

 長女のルカが離れた場所から、開始の合図を叫んでくれた。それに反応して、バッと距離を取る両者。それに取り残されるネネは、状況を全く把握していない様子。

 ただし、目の前の宝箱には明らかな異変が。


 まずはいきなり蓋がパカッと開いて、甲殻類の様な脚が何本も飛び出て来て。前脚に相当する両鋏は、結構な威力を秘めてそうな。そして反転する宝箱、まるでヤドカリの巻貝のよう。

 それを見て、にぱっと笑みを浮かべる幼女。ようやくの事、自分の役割を理解した模様である。姉っちゃに殴って良いのかと、一応のお伺いは立てておいて。

 そして始まる、やんちゃな暴君ネネの戦闘。


「お莫迦ネネッ、それハンマーの向きが逆だよっ……ダメージ自分が受ける仕様になってる、ひっくり返して殴りなさいっ!!」

「…………!!」


 相対する敵を、果敢に殴り始めたのは良いのだけれど。魔法の木槌の殴りつける面を、うっかり怒りモードしてしまっていたようで。攻撃力は跳ね上がっているが、自身も受けなくて良いダメージを受けている有り様。

 姉達のお叱りを受けて、慌てて自分の持つ木槌を見上げる幼女。それをくるっと回して再び殴り始めるも、やっぱり違和感が。お莫迦ネネッ、一回転しちゃって面が変わってないよと、再び叱責の言葉が後方から飛んで来て。

 それを受けて、増々混乱する幼女だったり。


 一方のアンリは、一応最初だけはまともに少年の相手をしようと決めていて。両手棍を構えて、相手の攻撃は黒い霧でしっかりガードして凌ぎつつ。

 貰える宝物って何だろうなぁと、取らぬ狸の皮算用に励んでいたり。


 獣種族のガレオの攻撃は、基本素手での接近戦だった。つまりは殴る蹴るの格闘術で、手にはナックルを装備している。しなやかな獣のような動きは、途切れぬ流れるような連続技で如何なく発揮されていて。

 アンリの黒霧のガードも、もちろん万能では無い。隙間から蹴りを浴びて、本気で腹を立てる三女。いつの間にか両手棍の先には理力の穂先が、しかし反撃の突きは敢え無く外れ。

 一旦距離を取って、不敵に笑みを浮かべるガレオ。


 アンリはとことん無表情だったが、少年の力量には素直に感嘆していた。手を抜いて勝てる相手ではないが、かと言って恐れを抱くような敵でもない。

 武器の相性ではこちらが圧倒的に有利だし、奥の手もたくさん持っている。警戒するのは、向こうの隠し玉が何かと言う事だけど……まさか、あの宝箱ミミックだけって事は無い筈。

 そうだとしたら、とんだ肩透かしではあるんだけれど。


 開いた距離を利用して、アンリは小手調べにと《マジックブラスト》を詠唱する。魔力の飛礫を難なく躱し切る少年に、驚嘆と共に苛立ちを浮かべる三女。

 それでも再び接近して来た標的に、至近距離から同じ魔法をお見舞いして。してやったりと溜飲を下げるアンリ、そろそろ本気モードに移行するべきかなと。

 影騎士を召喚、2本の槍で仕留めに掛かる。


「へっ、魔の種族のガキんちょか……他の種族よりは見所があると思ってたが、結局はつるまないと生きていけないってか? 弱味を見せると、駄目になるって気付かないのかよっ!?」

「……人が共生を選ぶのは、弱いからとか便利だからとか、確かにそんな理由もあると思う。でもあなたも弱いんだって、ソコの問題に気付いてる……? 人と積極的に交わらない人は、自分のダメな所に気付き難いのよね……」

「このクソガキがっ、知った風な事を抜かしやがって……!! そんな戯言は、俺に勝ってからホザくんだなっ!」


 元よりそのつもりだ、アンリには明確なモノサシがあって、この少年はそれに遠く及ばない事も判明した。人は生きて行く上で、そのモノサシの尺度が問題になって来るけど。

 言い換えれば、それは人間の器でもある訳だ。自分の理解出来ない事象に遭遇すると、人は頑なにそれを拒否する。自分のモノサシで測れないモノは、プライドが許さないのだ。

 それを受け入れたり、見る角度を変える努力をすれば、その人の器は膨らむのに。


 言うまでも無く、アンリのモノサシの尺度は彼女の父親そのものだった。それは神格化さえされていて、彼女の中では一種の英雄にも祭り上げられていて。

 それに比べたら、この少年の何と小さな事か。


 ちなみに祥果さんは、アンリの中では護るべきお姫様だ。そして甘え安らげる、大きな樹木みたいな存在でもある。生きて行く上で欠かせない、羽を休められる憩いの場所。

 アンリの胸に、小さくない嫌な痛みが拡がって行った。両親のいない現状を思い出してしまい、不安と苛立ちが心の中で暴れ出してしまいそうに。

その低気圧的な感情は、この戦闘で吐き出してしまえば良い。


 ほぼ八つ当たり的な攻撃は、しかしガレオの《ビーストステップ》と言うステップ防御でことごとく躱されてしまっていた。こちらは影騎士とのコンビだと言うのに、足止めにすら苦労するとは。

 情けない状況だが、幸い2人の姉は四女にべったりついて観戦中だったり。まだ挽回する機会はある、例え接近戦では向こうが一枚上手だろうと。

 そう考えていたら、まさかの不測の事態が!


 何とあのネネが、宝箱ミミックを相手に完勝してしまったっぽい。喜ぶ姉達の歓声が、アンリの耳に届いて来る。慌てたのはガレオも同様らしい、その逡巡は三女より幾分大きかったかも知れない。

 その隙を逃さず、アンリの《クロスハーケン》が発動。


 接近して残像をちらつかせての攻撃を浴びせていたガレオだが、この渦巻く魔力の旋風には為す術も無く。少なくないダメージを受け、思わず足を止めてしまった所に。

 2方向からのチャージ技が炸裂、更には近距離から《ヘビーポイント》の腐敗・鈍重を押し付けられて。慌ててガレオも《獣化》のハイパー化で対応するが、時すでに遅し。

 弱体魔法をキャンセル出来ず、そのまま押し切られる格好に。


 情け容赦のないアンリの魔法攻撃は、姉妹が観戦に訪れるとさらに過熱して。トドメとばかりに放った《摩訶×死戯》の大魔法で、哀れな獣種族の少年はノックアウト。

 体力を1割以下に減らされて、廃墟の壁際へと吹き飛ばされて勝敗は決した模様。楽勝に見えたが、接近戦では全く手も足も出なかったアンリ。

 相手がワンパターンの考え無しで、本当に助かったと言った所か。


「クソッ、こんなガキに負けるなんて……約束通りに、宝箱の中身は持って行きな! それから今後、オイラはそれを背負って歩き回らない。約束する、それでいいだろっ!?」

「そうね、この獣を型取ったネックレスとイヤリング……なかなか可愛いし、プレゼントに悪くないわ。……ルカ姉、何か他にある?」

「別にないわ……これに懲りたら、もう年下だからって莫迦にしない事ね!」


 ボロボロになっている少年を労わってか、ネネが懐からポーションを取り出して、そっと彼に手渡していた。大人しくそれを受け取るガレオ、心なしか目が潤んでいる。

 何で勝てなかったんだと、愚痴を呟いている少年に向かって。ペットも貸してあげるべきかなと、優しい四女は自分の頭の上の軟体生物を乗せ換えてあげている。

 微笑ましい光景なのだが、何と言うか笑えてしまうのは何故?


「ネネ……アンタ善い子よね、ペットも回復用に貸してあげるんだ? ってか、そろそろそのペットに、名前付けてあげなよ……?」

「…………!! メーちゃん!」


 命名されたらしい……メーちゃんは大人しく、獣種族の少年の頭の上で震えてる。その能力は、しかしちゃんと無関係のガレオを回復してくれている様子。

 姉妹の間では、既に和んだ空気が流れている。ネネもこんなだし、相手も反省しているみたいだし。これ以上追い討ちを掛けるのは、こちらとしても好ましくない。

 最後にメイは、直接対戦したアンリに声を掛けた。


「アンリちゃんは、最後に何か一言ある……? 無ければ、予定してたダンジョンに行こう!」

「……そうね、アナタは別に弱くは無かった。ただ、目標とか生き甲斐は、なるべく早く見付けた方が良い……アナタにとっての英雄を見付けるの、後はそれに近付く努力をすればいい」


 おおっと、姉達からも感心したようなため息が漏れて来た。内心を吐露したアンリは、ちょっとだけ照れた様子。しかし、感銘を受けたのは少年も同じのようだった。

 お前にはそれがいるのかと、ガレオは素直に負けた相手に教えを乞うている。もちろん、自分にはそれがいる。だから強いのだ、側にいる為にも強さが必要なのだ。

 口にしてしまって後悔、ちょっと偉そうだったかも。


「……オイラも、その英雄が見たいっ。ついて行ったらダメか?」

「「「ダメっ……!!!」」」





 ――拒絶の言葉が、綺麗にこだまする裏通りでしたとさ。














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