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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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マドゥガ丘の大決戦



 奇面組と花組には、こっちの事は気にしないでネコ族のクエでも進めてみればと言ってたりもするのだが。たった4人での行動は怖いらしく、それとも子供達との賑やかな行動が癖になってしまっているのか。

 とにかくこちらの予定をやたらと気にするので、こちらも気を遣う破目になってしまう。それでも仲良くなるにつれて、段々と遠慮も無くなって来て。

 祥果さんと子供達のレベル上げの護衛など、つい頼んでしまったりも。


 それを気軽に受けてくれるものだから、央佳としても随分と気分が楽には違いなく。そんな訳で、お昼の別行動時の護衛役は何とか用立て出来て一安心。

 午前中は散歩したり、ギルド領の畑の収穫を手伝ったりして時間を潰したのだが。トーヤ達がインして来たとの報告を受け、王都で合流して子供達は勉強会に移行する事に。

 限定イベントをちょっと進めるのも、予定に含みつつ。


 お昼休憩から絡んで来ている朱連は、午後からも相変わらず一行について回っていた。メイやアンリ相手に、とかく熱心に良装備の揃うコンテンツについて講義を垂れている。

勉強会をこなした後は、王都の近くでレベル上げの予定だ。ただしこれは祥果さんとトーヤ達のみで、央佳はアンリとネネを連れて別行動を取るつもり。

 つまりは領主の館を持つギルドに、針千本族の情報を訪問販売と言う。


「最近はえらい事儲かってるみたいやな、桜花……借金クエはどうなった、もう無視しても平気なんじゃないか?」

「放っておいてもいいけど、金庫が使えないのは微妙に怖くないか? 戦闘不能になった時に、大金を失う可能性もあるからなぁ……」


 それもそうだなと、朱連は自分の意見を簡単に引っ込めてしまった。ギルドの館にも似たような設備はあるのだが、上限が決まっていて大きな額は預けられない。

 かと言って、街中の銀行は預かり代を取られてしまうから、やっぱり大金は預けにくい。しかも引き出しにも手数料が掛かるので、どちらかと言えば金庫を借りてる感覚か。

 そう割り切って使っている冒険者もいるが、彼らはつまり大金所有者なのだ。


 小銭を稼いでは散財する央佳の立場から言えば、あまり良い案とも言えない。そんな事を考えていると、まずは奇面組が合流を果たして来た。待ち合わせ場所は、王都図書館前の広場で人通りはそれほど多くない。

 喜一と黒助は、朱連の姿を見て驚く素振り。どうしたのと尋ねて来るが、黙って肩を竦めるばかりの朱連。人恋しいんだよと央佳が助け舟を出すが、その答えは朱連のお気に召さなかった様子。

 人の気分を捏造するなとおカンムリだが、実際は当たらずとも遠からずな感じ。


「……お父様は人気者だから……」

「アンリちゃんの言う通りだね……おっと、そんな怖い顔しないでよ旦那! この間も、一緒に闇ギルドの連中と戦った仲、いわば戦友(マブダチ)じゃないっすか! そんな旦那に耳寄りな話、この間桜花の旦那が有名ギルドと円卓会議したのは知ってます?」

「あぁ……大金せしめて、お蔭でお前らの装備も新調出来たって話だろ? 他に何かあるのか、もっと血沸き肉躍るような情報が?」

「その通り、闇ギルドの武闘派の二大巨頭『十三階段』と『BLOODY CROSS』が、桜花の旦那が“不夜城”に潜入して、あるアイテムを取って来るってミッションを受けてるの知っちゃって。

俺らのヤサに乗り込む気なら、日にちを決めて頭数揃えて、戦争ミッション立ち上げようって騒いでるんすよ! 彼らのギルドの館には、そっち系のルール作成用アイテムがわんさか眠っているらしくって」


 そりゃマジかと、途端に鼻息を荒くする朱連。彼にとっては、恨みの溜まっている闇ギルド相手に、晴らす機会を与えてくれる良い申し出だ。

しかも久々に相方の央佳と、暴れられる絶好のチャンスでもある。


 央佳としては、出来れば内密な潜入で最後のアイテムをゲットしたいのが本音だ。恐らくそれが、最良のルートには間違いない筈ではある。しかし意に反して、敵も味方も大合戦に向け盛り上がっている始末。

 アンリもお父様は私が護ると、珍しく央佳の膝の上を占領して来る。


 いつものネネはどうしたのかと、祥果さんの方を窺って見ると。いつの間にか花組の2人が来ていて、会話に花が咲いている様子。子供達はエストが差し出したプレートのような物を受け取って、何やら熱心に考え込んでいる様子。

 どうやらあのプレート片は、今回の期間限定イベントに関係があるみたいだ。何だろうと思っていると、喜一が説明してくれた。今度のイベントは2段構えと言うか、チケットを貰うのに知恵を絞る必要があるらしい。

 つまりは高ランクのNMと戦うためには、良質のチケットが必要らしく。


「今回は与えられたプレートで数式を作って、それが複雑に出来てたらより高ランクのNM対戦チケットが貰えるらしいですよ? ……ホラ、こんな感じで数字とかプラスマイナスとかイコールとか、2時間ごとに数枚セットでNPCから受け取れるみたいです」

「うわっ、何でそんな七面倒臭い仕様になってんだ……!? 参ったな、俺らのギルド内でもハンターP欲しい連中多いから、取り掛かってるミッション休止してるってのに」


 なるほど、それでこんな場所で油を売っていたらしい。央佳もハンターPは欲しいけど、子供の教育を放っておいてと言う程でもない。と言うより、算数の教材にはピッタリかも。

 気が付いたら、いつの間にかトーヤ達も向こうの集団に合流していた。そして追加で受け取ったプレート片を手に、物凄く熱中して計算式を弾き出している。

 特に熱中しているのはメイとネネ、ルカは算数はあまり得意ではない様子。


 央佳の視線に気付いた喜一と黒助は、自分達のもあげるよとアンリに差し出した。無表情な三女は、父親に促されて有り難うの言葉。それから姉妹の元へと、元気に駆けて行く。

 そして勉強会に合流、祥果さんの隣に腰掛けてプレート片を広げ始め。



 そんな感じで約2時間、前半はイベントのプレート片で算数を勉強。後半は読み書きとか、トーヤによる子供達の学力チェックが行われた様子。

 それをもとに、恐らく今後の勉強スケジュールが組まれるのだろう。七海さんは歌と踊りを教える気満々だし、琴子さんは習字や楽器演奏はどうかと祥果さんに提案していた。

 料理や裁縫や編み物は、完全に祥果さんの分野だから被らない物を選択したらしい。


 陽平は特に無いけど、みんなのサポートを頑張るよと請け負ってくれて。こう書くと彼が得意分野が無いように思われるかもだが、実際はそんな事も無くて。

 読書量も多いせいか、トーヤの小難しい話にもちゃんとついて行ける。更に学校の成績もスポーツも、平均以上はこなせていたし。家業を継いで経理の道に進んだが、資格も一発で取る優秀な人材には違いなく。

 ただ単に、子供に教えるべき得意分野を持っていないだけである。


「父っちゃ、ネネの作った算数見て! これ、ネネひとりで考えたの!」

「おおっ、凄いな……ちゃんと合ってるな、答えは12かぁ。父っちゃの好きな数字だ!」


 ネネの抜け駆けに、他の姉妹もいち早く反応して。自分達も褒められようと、我先にと自分の作った数式を差し出して来る。それを公平に褒めながら、チケット交換場所を、近くにいたアルカに尋ねてみると。

 こっちだよと、先導するつもりか歩き出した女性陣。残りの面々も歩き出して、辿り着いたのは見覚えの無いNPCの一団の前。子供達がそれぞれ、数式をチケットに交換する。

 それによると大抵のチケットはEとかDだが、メイの作ったのが1枚だけCとなった。


 その結果を見届けて、央佳は祥果さんとアイコンタクト。それから他の大人達に、後は頼んだよと別行動を告げる。朱連も何だかんだと言って、この後の護衛も面倒見てくれるらしい。

 限定イベントも始まって、ベテランを含めた人員が王都周辺に集まっている状況で。闇ギルドによるルーキー“狩り”も、危険度を鑑みて出会う確率は低い気もするが。

 それでも、朱連を含めて5人もいると安心度はグッと上がる。


 そんな訳で央佳はトーヤ達に頑張れよと告げて、アンリとネネを従えてヘリポート発着場へ。そこで『針千本族』の情報を買ってくれるギルドと合流して、ゲストバッヂを貰い。

 館に案内して貰って、開かずの扉を子供達の力で開けて行く算段である。


 まず最初に出迎えてくれたのは、『Dsell猿人』のギルマスのマツダだった。大御所ギルドだけあって、こちらの提示額1千万をポンと支払ってくれる懐の深さ。

 ギルドの館も、自分達の所属のギルドと同じなので変な迷いも無い。子供達も父親同伴なので、初めての場所でも全く物怖じしていない。

 与えられた仕事をテキパキこなし、滞りなく地下迷宮の入り口まで到達。


「……チョロイね、お父様。これでいっぱい、お金貰えるんでしょ……?」

「これこれ、そう言う言葉を使っちゃいけません。全く、どこで覚えたんだ、アンリ?」


 そうは言うモノの、恐らく自分達大人の会話の中から、自然と覚えてしまった言葉なのだろう。子供の学習能力は侮れない、大人の不注意……と言うより、覚えてしまう事自体に罪は無い訳で。

 央佳は暫し考えて、叱るより諭す方を選択する。子供が言葉を覚えるのは、それは自然の摂理なのだから仕方が無い。後はその知識を、どう生かすかと言う話だ。

 央佳はアンリを抱き寄せて、脳内で分かり易い言葉を組み立てる。


 近くに人目の無い地下の事、ネネも勢いで抱っこをせがんで来たりして。央佳は元々、現代の風潮の“言葉の規制”には反対ではある。臭いモノに蓋をしたって、世の中にはもっと人の感覚を壊す言葉が大手を振って出回っているのだ。

 それならば、良い言葉も悪い言葉も自分の中にストックして、意味をちゃんと理解したうえで自己責任で口にして欲しい。そう言う意味では、央佳は過保護な大人にはなりたくはない。

 偏った知識こそ、偏見の認識へと繋がる入り口に他ならない。


 問題は、世間を小バカにしたような「チョロイ」とか「ウザい」と言う言葉である。央佳もつい使ってしまうし、特に酷い言葉だとは意識していなかったのだけど。

 子供がその言葉を使って初めて、少なくない衝撃を受けて気付いた次第だ。つまりは道理自体は簡単なのだ、人の発する言葉は他人を害したり不快にさせてはいけないと。

 理由も無く、他人を殴ったり傷つけたりしたら駄目なのと同じなのだと。


「お前達も、父ちゃんや祥果さんから『嫌いだ、あっち行け』とか言われたら心が痛いだろう? 俺も祥果さんもこの先絶対、そう言う言葉は使わない。だからお前達も、他人に対してそう言う言葉は使ったらダメだぞ? 人の反応をちゃんと見て、その人が嫌そうな顔付きになったら、それは使っちゃダメな言葉なんだからな?」

「「……分かった」」


 子供達は神妙な顔をして、父親の言葉に頷きを返した。そんな純粋な我が子を目にして、央佳も心が洗われる思い。苦労する子育てだが、見返りもちゃんと無存在するのだ。

 両腕に2人の子供を抱えながら、幸せの重さを感じる央佳だった。





 レベル上げの場所や護衛の段取りは、全部朱連が仕切ってくれた。パーティリーダーはトーヤが担っていて、祥果さんと子供2人と合わせて総勢7名の大所帯だ。

 とは言え、基本はいつものレベル上げと一緒。盾役はトーヤとルカが、削り役は陽平と七海さんが担当する。後衛は、祥果さんと琴子さんとメイで回す感じだ。

 もっともメイは、回復魔法は無いので攻撃支援専門の後衛だけど。


 護衛役も5人と多いと、自然とパーティを組んで駄弁りながらの観戦モードに。彼らの仕事は、こちらに粉を掛けて来る不埒者の排除と、レベル上げパーティが戦闘中に危機に陥った際の救援だ。

 つまりはそんな事態に陥るまでは、特にする事もなく暇なのである。朱連からしたら、レベル上げパーティに直接の知り合いがいないから、張合いも余り無いと言う。

 だから周囲の景色を眺めながら、他の護衛組とのんびり会話モード。


 話題はもっぱら、闇ギルドの情勢についての情報交換だった。奇面組はコッチ方面の事情には詳しくて、花組も最近は央佳達と初期エリアをうろつく事が増えているので。

 自然と闇ギルドの襲撃の話題には、敏感になっていると言う事情も。朱連は新種族のミッションをこなしつつ、一応は央佳の受けた借金返済クエを気にしていて。

 最後の難関の“不夜城”について、色々と情報を集めていたり。


「闇ギルドの武闘派の連中の用意してるって言う、大規模戦闘用装置ってさ……前に“エルフの里”で使ってた装置と似たようなモノなのかな?」

「アレもギルドの館から発掘したって話だから、多分基本のルールは似て来るんじゃないのかなぁ? でも大規模だとしたら、『十三階段』のトップの“狂乱”の狼禅とか、『BLOODY CROSS』のボスの“処刑人”のキルとかが普通に参加して来るのかぁ……物凄く怖い事態だよ、それってば!」

「おおっ、その二つ名は私でも聞き及んでるぞ……滅茶苦茶強いらしいな、聞く所によると出遭ったら災害レベルらしいけどっ!?」

「朱連さんや桜花さんと、どっちが強いかとか興味あるよね……桜花さんの“ワンマンアーミー”の二つ名も、今や闇ギルドの間でも赤丸上昇中みたいだよ?」


 桜花にゃ負けんと、変な所で気合いを入れる朱連だったけど。闇ギルドに目を付けられてるって、大変な立場ですねぇと控えめなコメントのエスト。

 確かにそうだ、子供NPCの誘拐を企む“犯罪”系の闇ギルドの暗躍も気に掛かるし。力を持てば持つほど、注目されるのが冒険者の世界である。その中には羨望や賞賛はともかく、嫉妬や僻みなどの負の感情ももちろん同等にあるのだろう。

 それを考えると、名前が売れるのも考えモノなのかも。


 央佳には是が非でも、闇ギルドとの全面戦争は受けさせると息巻く朱連。そんな話し合いが近くで行われているとも知らず、順調に経験値を稼いでいる初心者パーティ。

 最初は緊張していたルカも、戦闘をこなす内に段々と硬さも取れて行き。しかも後衛のメイから、無言の結構な圧力が。2度と失態は許さないと、その目は雄弁に語っている。

 肝心の祥果さんは、知り合いばかりのパーティに完全にリラックスムード。


 経験値の入りは、ルカのチート破壊力も相まって正規の1.5倍はあろうかと言うペース。更にみんなでログインボーナスの『経験のお札』を使っているので、さらに倍の入手だ。

 祥果さんのレベルは、ここ最近の上昇も合わせて既に90以上。トーヤ達もとっくに60を超えていて、その好調さにハイテンションな雰囲気が。

 パーティ内で、今日は調子が良いからもう少し続けようかと声が上がって。


 そろそろ開始して、1時間程度が過ぎたかなって感じである。続けるのなら小休憩入れようと、祥果さんがのんびりと提案。お腹は空いてないかと、子供達に尋ねると。

 すかさずおやつ頂戴の返事、それに応じて祥果さんは鞄から焼きリンゴを取り出す。魔法の鞄の恩恵で、まだ湯気の立っているおやつを嬉々として口に運ぶルカとメイ。

 ほっこりと満足そうな子供達の笑みを見て、祥果さんも自然と笑顔に。


 その笑みが曇ったのは、皆が休憩から戻って来てレベル上げを再開しようかと話し合っていた時。慌てた様に黒助が斜面を駆け下りて来て、怪しい影に囲まれていると緊張気味に報告。

 場は一気に騒然となって、その影の正体を知るための方法を模索する一行。こんな時アンリがいたらと、メイなどは思うのだが。怪しい影は王都との道のりを塞いでいて、安全地帯へ逃げるにはワープを使うしかない。

 ところが転移の札は高価なので、全員は持っていないと言う。


「祥果さん、危なくなったら迷わず転移札使って街に戻って……俺達は倒されても、経験値と装備を失うだけだ。変に気を遣わないでいい、子供達は大人達で何とかする……央佳に誓って約束するから」

「でっ、でも……」

「祥ちゃん、私達なら大丈夫だから……パパにも言われてるもん、祥ちゃんを頼むって」


 メイはそう言うと、一気に丘を駆け上がって行った。トーヤと数人が、同じく謎の影の正体を見極めに丘を登って行く。躊躇っている祥果さんの手を、隣のルカがぎゅっと握って。

 その瞳は、絶対に守り抜くとの決意に溢れていた。それが父親との約束の為なのか、祥果さんに対する愛情なのか、どちらに比重が強いのかは定かでは無いが。

 取り敢えず心強さを得た祥果さんは、小さなその手をぎゅっと握り返す。



 メイの辿り着いた丘の上では、新たな事実が次々と発覚していた。朱連が集団の中に、闇ギルドの大物を見定めていたのだ。アルカ達も聞いた事のある、“因業”のルマジュと言うPKプレーヤーが。

 その隣に控えている子供NPCを見て、メイは言葉を失った。メイド調の少女に加えて、以前王都の裏通りで見たシルクハットの女の子の姿が窺える。

 アンリが行方を気にしていた、三女と同じ『魔』種族の子供である。まさか有名なPKプレーヤーの庇護を受けているとは、思ってもいなかったメイである。

 ショックを受けつつ、警戒レベルを引き上げに掛かって。


「数が多いな、ギルド総出で襲いに来ている感じか……しかも“因業”のルマジュなんて有名な奴が混じってる。レベル的にもこっちが不利だし、ちょっと不味いな」

「……あの中央の奴がギルマスですね、確か『ヘブンスレイブ』って名前のPK軍団だったかなぁ……20人くらいいますね、ちょっと大変だ」


 ちょっと処では無い、しかも丘の下のメンバーから、反対側にも人影が湧いて来たとの報告が。振り向いてみた所、確かに6人程度の別働隊が窺えた。

 朱連はもちろん、今は明らかに敵と判断された、やさぐれ連中の行動を黙って見てた訳では無い。ギルドの仲間やフレを中心に、救援要請を飛ばしていたのだが。

 王都からさほど離れていないこの場所ならば、粘っていれば充分間に合う筈である。ところがその目論見を覆す、敵の奇妙な妨害装置の投入に。

 それは小さな馬車と共に、こちらへとやって来た。


 何故かカボチャの馬車に見えるが、それはとても小さかった。子供が乗って遊ぶゴーカートみたいな感じで、その天井から長い棒が突き出ている。

 良く見たらそれは、カボチャ頭の案山子に見えた。変な帽子を被っていて、それなりに愛嬌はあるのだが。黙って見守る一行の前まで辿り着いたソレは、高らかな声で喋り始めた。

 それはほぼ一方的な、ルール説明と宣戦布告だった。


『只今より、ここを中心にバトルフィールドを展開させて頂きます。このフィールド内では、外部との通信及びキャラの出入りは禁止とさせて頂きます。

勝敗の方法は、1時間以内での対立するチーム同士のバトルでの人数の削り合いです。最終的に時間内に相手を全滅させるか、終了時に倒した人数の多いチームの勝利となります。

 それでは――バトルスタート!!』



 挟み撃ち別働隊のリーダーは“腐れ”の腐洞と言って、それなりの猛者だと自分でも自負していた。カンスト集団5人を束ねて、バトルフィールドが展開されるまで獲物を逃がさない役目だったのだが。

 戦いが始まった今も、挟み撃ちが可能なのでこのポジションは譲れない。場所は丘の下の岩場の多い窪地、先程までパーティがレベル上げに勤しんでいたポイントだ。

 それを迎え撃つのは、トーヤ達レベル60~90メンバー。


 祥果さんとルカを含めても、人数差はともかく明らかに不利と言わざるを得ない。ところがトーヤは、ログインボーナスで貰った『護衛の呼び鈴』をすかさず使用する。

 出現したのは立派な鎧と盾を装備した、街の衛兵タイプの助っ人NPC。片手剣を抜きざまに、トーヤの指定した敵を殴り始め。それに続いて、勇ましいルカの突進。

 トーヤも一応前へ出るが、殴られると洒落にならない程度のレベル差ではある。


 ところが前衛は、あっという間に埋まってしまった。他の面子も、ここぞとばかりに呼び鈴を使用したからだ。これにより、敵の前衛4人の相手は溢れる程用意される事態へ。

 だからと言って、危険が去った訳では無い。特に敵のリーダーの両手鎌の範囲攻撃は、油断していると削りに参加しているメンバーのHPを、一気に持って行ってしまう。

 後衛の祥果さんと琴子さんも大忙し、予断は全く許されない。


 一方のメイは、祥果さんの元に帰ろうとして帰れない破目に陥っていた。何しろ前方には20人以上の敵の群れ、その暴虐の波を支える防波堤は僅か3人と言う。

 メイを含めて3人は後衛だ、しかもここを突破されると向こうのパーティは確実に挟撃されてしまう。それだけは、何としても阻止しないと。

近くでは、例のカボチャの案山子が嘲笑うように揺れている。


 幸い、メイも結構呼び鈴の類いは持っていた。それを見て、朱連と黒助もとっておきの隠し玉を解放に至る。前衛には、猪とゴーストと巨人ゴーレムが追加された。

 最初の接触は熾烈を極め、戦場には怒号と交錯する刃の剣戟が響き渡る。敵の動きは統制が全く取れていない様に見えて、それは即席パーティのこちらにも有り難い。

 こちらはとにかく、簡単な作戦だけは練る時間は取れていて。


 闇の秘酒を先立って使用して、SPは満タンの朱連。先手必勝、とにかく敵の数を少しでも減らしてしまえと襲い掛かって来る敵の群れにスキル技を見舞う。

 残ったメンバーは、HPの減ったタゲの止めを確実に刺す作戦だ。


「行くぞ……っ、《鳳凰舞雷陣》――!!」

「うがっ……!!」

「むおおっ……!?」


 朱連の一見華奢に見える両手斧が、淡い光を放ったかと思ったら。派手なエフェクトと共に放たれる範囲攻撃、さらに追加される一撃必殺のスキル技の数々。

 “連撃”の朱連の二つ名は伊達では無い。闇種族のSPの豊富さに加えて、まるでそれが元から一つの技であるかのようにスキル技を放つ名手なのだ。

 大抵の相手は、それを全て受ける前に地に伏してしまう。


 そんな朱連の怒涛の連撃により、案の定敵の一団から次々と脱落者が。不幸にも範囲に巻き込まれた後衛の一人が、メイの止めの一撃で倒されて行く。

 その隣では、厄介そうな後衛術者の足止めにと、黒助が《影縫い》のスキル技で奮闘している。幸いな事に、相手の軍勢には回復支援の専門職は不在の様子。

 やはりPK軍団だけあって、それぞれが個人主義なのだろう。


 それでも威力の強い魔法やスキル技を持つ者の数も、やはり多いのも確かだった。後衛のエストは大忙し、前衛3人の体力管理に一時も目が離せない様子。

 その要の役のエストに敵を近付けないよう、アルカと喜一も踏ん張りを見せている。明らかにチーム慣れしているその動き、ハッキリ言って敵のやさぐれ集団とは一味違う動きだ。

 そしてエースの朱連の活躍で、また1人敵のアタッカーが轟沈して行く。



 その相手エースの奮闘を、少し離れた場所で観戦していた『ヘブンスレイブ』のギルマスの“悪癖”の牙寸は。特に焦る事もなく、右前方に控えていた第2パーティに出陣の合図を送る。

 その際も顎を掻いたり舌打ちしたりと、二つ名通りに悪癖の収まる事が無い。隣に控える“因業”のルマジュは、特にそれを指摘する事もないが。

 その脇に控えるメイド少女は、鼻白んで野蛮な男を睨み据えている。


 メイが目撃したシルクハットの『魔』種族の少女――サシャは、無表情で戦況を見据えていた。装備の類いは全く見られない、裏通りにいた時のままの軽装だ。

 戦闘開始から、おおよそ10分が経過していた。被害を計上すると、見える範囲では闇ギルドの戦闘員が4名戦闘不能に。相手側は、手慣れたパーティプレイで被害ゼロに抑えている。

 見えない丘の向こうは……案山子の報告でも同じだった。


「……なんだ、丘の向こうのパーティはレベル100にも満たない獲物ばかりだろうに。“腐れ”の外道は何やってんだ、全く……ああ、向こうに従者NPCが固まってるのか?」

「いや、確認した限りではこのフィールドには2名しか存在しない筈……残りは“竜使い”が連れて歩いているみたいだね。目の前の後衛少女も厄介だね、まぁ“連撃”の朱連がこの場にいる計算外は更にその上を行くけど……」

「全くだ、アンタにも働いて貰わんとな……ギルド員じゃないのに連れて来てやったんだ、邪魔者の始末を手伝ってくれても罰は当たらんと思うがな?」


 胸元をボリボリと掻き毟りながら、“悪癖”の牙寸は冗談めかしてそう口にした。“因業”のルマジュは、分け前が確実に貰えるならもちろん働くともと請け合って。

 闇ギルドの本陣から離れて行き、後ろに追従していたサシャに合図を送る。狙うはあの威勢の良い敵ただ一人、お前の力で仲間と分断させてくれと。

 乞われた少女は、被っていたシルクハットを手に取り天にかざす。


 すぐ側に出現した次元通路は、“連撃”の朱連を強引に吐き出してすぐに閉じた。慣れたフォーメーションで、すかさずイーギスが両手鎌での斬撃を見舞う。

 さらにルマジュの一閃に、反応した朱連はさすがと言うべきか。バックステップで囲いから距離を取り、必死に現状の把握にと思考を走らせている。

 その原因を作ったサシャは、帽子を取ったまま可愛らしくお辞儀の構え。


「……てめぇの仕業か、“因業”のルマジュ!? 遭いたかったぜぇ、桜花に粉掛けてるの知ってたからな……最近は、奴の真似して従者を増やしてるってか!?」

「合理的に強くなるには、ある程度辿るべき道は決まっているのさ……君みたいに我が道を行くスタイルじゃ、その内に行き詰まるのは目に見えているしね? どちらが正しいか、決着をつけようじゃないか?」

「望む所だぜ、従者共々ケチョンケチョンにしちゃるわい!!」


 そう言い放った朱連は《詠唱短縮》の補正スキルを当てに《ダークプリズン》を展開。この闇系魔法は、エリア内の敵対者にバッドステータスを植え付ける効果を持っている。

 それに反応して、ようやくサシャも戦闘態勢に。朱連のエリア効果魔法を上書きしようとした、ルマジュの魔法は朱連の邪魔立てにより敢え無くキャンセルの憂き目に。

 こうして局地的な大激戦の幕が、切って落とされた。



 “腐れ”の腐洞の心境は、焦りと言うよりは賞賛に近かった。こちらはカンスト揃いの精鋭陣なので、それは驚きに近い感情でもあった。相手の呼び出した護衛NPCは、確かに邪魔には違いなかったが。

 だからと言って、Eランクのひよっ子共にいい感じにあしらわれる言い訳にはなり得ない。原因は分かっていた、単純に相手の回復役の頑張りで敵前衛の数を減らせないのだ。

 後衛をピンポイントに狙いたくても、護衛NPCの挑発技でそれも侭ならず。


 実際、こちらの弓使いの不発振りは情けなかった。ソイツは現在、奇妙な浮遊ペットにじゃれ付かれて遠隔攻撃を放棄している始末。盾役子供従者のペットらしい、その主の龍族の娘がまた凄い。

 物凄い威力の範囲技は、気を抜けば大ダメージを喰らってしまう程の威力。何より少女が片手で振り回しているのは、間違いなく両手剣である。

 どんなチートキャラだ、あの手の厄介なのは数の優位を築くまで後回しだ。


 つまりは数減らしを優先だ、腐洞は得意の《腐敗の沼》の水魔法を詠唱。途端に周囲エリアに移動制限と毒効果が付与される。大将の本気モードを悟った仲間が、瞬時に気合を入れ直す。

 畳み掛けるような仲間の範囲攻撃に、要の盾役少女が慌てるのが分かった。それ以上に、2人いる回復役が大慌てで回復魔法を飛ばしている。そして相手のMPが尽きた頃、こちらの弓使いがお邪魔キャラからようやく解放されて。

 “腐れ”の腐洞の合図と共に、数減らしの宴が始まる。


 再び腐洞の《酸の竜巻》の範囲魔法で、とうとう護衛NPCの一角が崩れた。敵の前衛の1人が、賢しくもお札か何かで代わりの土壁をこしらえて来るが。

 放たれた弓使いのスキル技で、ようやくNPC以外のキャラを倒す事に成功。そこからは数の優位で、敵の前衛はあっという間に崩壊して行く。

 挑発技でタゲ固定されていた斧使いが、嫌らしい笑みを浮かべて後衛に殺到して行く。


 厳密に言えば、腐洞はその瞬間を目にしていなかった。盾ラインを突破された角付き少女が、明らかに狼狽して大きな隙を作ったのだ。隣の仲間と一気に畳み掛けるチャンス、それを逃す闇ギルド員などこの世にいない。

 獲物の数は、既に半数に減っていた。邪魔で仕方が無かった護衛NPCも、召喚者の死亡と共にほぼ消え去ってしまっている。作戦成功を確信した腐洞、あとは目の前の従者NPCを倒して掻っ攫うだけだ。

 ――戦場に強大な光が出現したのは、まさにその時だった。




 ゲストバッヂを使用しての鍵開け行脚は、こちらの意に反して長引いてしまっていた。アンリはいつものポーカーフェイスで、不満を表明していないけれど。

 ネネは完全に飽きてしまっている様子、しかも小腹が空いたと祥果さんのおやつを欲している。それを何とか宥めつつ、今は4つ目の領地の館での作業中だ。

 噂が噂を呼んで、ついでにウチにも来て欲しいとのパターンが今の現状だ。


 今は『ネタバレ注意報』のゲストルームに移動して、お茶やら何やらで持て成されている所。ネネは真っ先にそれに手を付けて、美味しくないと食べるのを止めてしまっていた。

 このギルドは情報収集系の技術で、大きくなったと記憶しているが。まさかギルド領主まで持っているとは、央佳は思っていなかった。まぁ、一説にはメディア系のギルド員が多数所属しているとの噂もあるこのギルド。

 遣り込み根性も、半端ではないのかも知れない。


 地下への通路は既に開けてしまったので、本来ならお役御免の筈なのだが。他の情報(主に子供達の能力や新5種族のスキル技)について、追加で売って欲しいと頼まれて。

 結構な報酬を約束されたので、ついつい受けてしまった次第である。先ほどまで模擬戦闘ルームで、見せる事が可能な『竜』や『魔』スキルを披露していたのだ。

 興奮して持ち上げるギルド員相手に、ついつい長居してしまって。


 気付けばこんな感じで寛いでいたのだが、一応祥果さんには通信で遅くなる旨は伝えてあるので。大丈夫だろうとは思っているが、どこか気掛かりで落ち着かない。

 アンリもそれは同じようで、何度か姉妹に通信を送っていた様子。普段顔には出さないが、結構マメな性格なのだ。そんな三女が、少し不安そうに父親の袖を引いて来た。

 少し前から、別行動の家族との通信がつかないらしい。


「……あれっ、俺も通信出来ないな……朱連相手も駄目だ、何でだ?」

「……ルカ姉とも、クロとキィも繋がらない……ひょっとして、何かあったのかな……?」


 親子で顔を見合わせて、深刻な表情でヒソヒソ話をしていると。急に四女のネネが、うひっと変な声を上げて立ち上がった。放置するとたまに妙な事を始める四女だが、今回はどうも様子が違うみたいだ。

 次の瞬間、幼女は輝きに包まれていた。驚き見守る央佳と三女の前で、その光は次第に収束して行く。ネネの姿は既にどこにもなく、央佳は緊急事態に忙しなく頭を働かせ始める。

 一緒にいた『ネタバレ注意報』のギルド員も、呆気に取られている様子。


 謎解きの聡明さは、どうやらアンリの方が勝っていた。急に央佳に飛びついて来て、ギュッと力を込めて抱き付いて来たと思ったら。指輪! と声を上げて、次なる転送に備える仕草。

 なるほど、ネネが消えたのは『契約の指輪』の効果だったのか。向こうがピンチだとしたら、次はルカが指輪を発動させても不思議ではない。って言うか、その頃には既に手遅れでは?

 それは不味い、今すぐ家族の元に到達する術は無いモノか……。


 不意に指輪が熱を持ったと思ったら、周囲に例の光が満ちて来た。この成果は央佳の願いが天に届いたのか、それともルカの危機で指輪が発動したのか。

 すぐ近くに、必死な形相のアンリの顔があった。央佳も家族の未知の危機に、気合を入れ直して備える事に。何があっても、家族は護り抜くと心に秘めて。

 ――光の通路の果てには、凄惨な戦場が拡がっていた。




 戦場は怒声と驚愕に満ちていた。それはそうだ、完全にPK軍団が勝利を確信した矢先にこの仕打ちである。確かに彼らは前情報で、獲物は“竜使い”の身内だとは聞いていた。

だからと言って、こんなEクラスの冒険者が竜を呼ぶなど初耳だ。


 目障りな回復役を歯牙に掛けようとしていたならず者は、1分と持たずに倒されてしまった。突如出現した荒ぶる竜は、さらなる犠牲者を見定めようと前衛へ。

 そしてポンッと音を立てて、元の幼女の姿に戻ってしまった。


 一瞬の静寂の後、生き残った女性陣から四女の名を呼ぶ声が。その声の主は祥果さんで、隣に寄り添うように琴子さんの姿が。前衛で生き残ったのはルカのみで、後のメンバーは無念にも地に伏している。

 たった一人残ったルカは、ならず者に囲まれ結構なピンチの状況。ところが名前を呼ばれた上に竜化も解けたネネは、次に取る行動を迷って困惑の様子。

 それはPK軍団も同じ模様で、寝た子を起こす行動は取りなくないらしく。


 それを破ったのも、やはり戦場に降りた一条の光だった。この人物の出現に、戦場の反応は真っ二つに。救世主出現を喜ぶメンバーと、不意の増援にさらに混乱するならず者達と。

 容赦なく敵の群れに襲い掛かったのは、怒り心頭のアンリだった。父親から離れるや否や、持てるスキルを全て利用して戦場を蹂躙に掛かる。

 央佳はそれとは真反対、冷静に事態を分析しながら皆に指示を与え。


 自身は《変幻精霊召喚》で、ペットのコンを召喚。素早く弓使いにけしかけて、遠距離のアドバンテージを奪っておいて。ネネに前衛に出る様に命令を下した後、ルカに駆け寄って《風の癒し》を詠唱する。

 それからこの場にいない、メイの安否をルカに確かめる。長女の言葉でこのマドゥガ丘の反対側が主戦場だと察し、そちらにも応援を向かわせるべきだと判断を下すのだが。

 こちらの安全を確保するのが先決と、抜刀して前線に躍り出る央佳。


 ルカの置き土産の《ドラゴニックフロウ》で、敵の前線は良い感じに弱って行った。その後に父親の言いつけ通り、祥果さんの元まで後退する長女。

 央佳が畳み掛ける様に範囲魔法の《ハリケーン》を唱えると、アンリとネネの前のやさぐれ者は呆気なくリタイア。アンリが次の獲物と見定めた、後衛の弓使いもチャージ技で没。

 最後に残ったリーダー格の相手をアンリに任せ、央佳は家族を引き連れて丘を登って行く。と言うか、味方の戦線は押しに押されて麓からも丸見えだった。

味方の生き残りは喜一とエストとメイのみ、対する敵の集団はその倍以上。前衛が完全に足りないので、メイが天使モードで壁役をこなしている始末。

しかし光の輪のガードも、MP枯渇で長くは持ちそうにない。


 回復したルカとネネを伴って、慌てて援護に駆け付ける央佳に、生き残った面々はまさに救世主を見る目付きに。メイに下がって休むように指示を出しつつ、央佳は《トーテムブロック》を発動、石柱で前線を強固にこしらえ直す。

 少しだけ余裕を得て、改めて戦場を確認してみると。朱連VSルマジュのチームが、丘の向こうで激戦を繰り広げていた。そして目の前には、敵の大将らしき派手な衣装の戦士が。

 かなりの膂力の持ち主らしく、石柱トーテムをあっという間に壊して行っている。


 トーヤと護衛を引き受けて倒れた仲間には申し訳ないが、家族の無事に多少の余裕を得た央佳。通信不可と、恐らくワープ退去不可の状態は、あの変なカボチャ馬車装置のせいだろう。

 以前に経験した、趣味の悪い闇ギルドの対決強制装置だろうか。目の前のボスに訊ねてみたい気もしたが、こんな奴と馴れ合うのも業腹な気がして、結局は却下の流れに。

 それよりさっさと退場願って、数的に不利な朱連のサポートに入らなくては。


「パパ、目の前のソイツが敵のボス! やっつけちゃって、雑魚は私達が片付けるから!!」

「お父さん、邪魔が入らない様に援護します! ネネ、しっかり闘うのよっ!?」

「メイッ、祥果さんと一緒にアンリの闘いも見てやってくれ……みんなで揃って、この闘いを生き延びるぞっ!!」


 はいっと、それぞれの場所から元気な返事が湧き起こる。これで味方の後衛は、回復役が3人固まった事になる。単身闘っているアンリはともかく、これで央佳サイドの壁は滅多な事では崩れなくなった筈。

 かなり余裕は出来たが、素早くここの闘いに決着をつけるべきなのは変わらない。朱連が心配だし、フィールドを支配するあの不気味な装置がどう動くか分かったモノではないし。

 それでもちょっと、新スキルを披露する位は構わないだろう。


 敵の大将と斬り結びながら、央佳はそのタイミングを計り始める。このスキルはSP消費量が激しいため、長らく封印されていた技である。彼がずっと使い続けて来た『精霊の剣』に宿る必殺技と呼べるスキル。

 風種族は素早さは高いが、SPには全く恵まれていない。他のステータスやHP値は平均的、MPはやや低い感じだろうか。SPを底上げする装備はかなりレアなので、今までネタスキルと化していた不遇な剣技。

 敵の大将の大剣技を盾で受けながら、央佳は反撃の《風刃喝砕》を撃ち込む。


 そこからは、SP溜めに小技での応酬が続く。敵も必死だ、何しろあれだけ有利だった戦況が一瞬でひっくり返ったのだから。今もルカの一撃で、PK軍団の数がまた1人減って行く。

 敵ギルドの大将は、とにかく行儀が悪かった。悪態をついたかと思ったら唾を撒き散らし、剣技の撃ち終わりには足技まで使って来る。ダメージなど出ない、ただの嫌がらせ。

 央佳は段々と、真剣に闘っているのが莫迦らしくなって来て。


 丁度良い塩梅にSPが溜まった所で、怒涛のラッシュに移行する。相手は確かに強者だが、HPは多くない雷種族だ。防具の堅さとスタンの魔法が厄介だが、それを封じれば残りのHPを削り切るのに何の問題も無い筈。

 敵の魔法の撃ち終わりの隙を突いて、央佳の放った《招霊モード》は、その場に何と3体の精霊を呼んだ。『精霊の剣』の名には適うが、剣技としてはどうしたモノか。

 しかし試しの一撃は、防御力無視の凄まじいダメージを叩き出して。


 調子に乗った央佳は、ついでにと《スピンムーブ》を併用する。これでSPは空になったが、纏わり付く斬撃ですぐにまた順調に溜まり始める。

 何より技の途中で、呆気なく闇ギルドの大将は全てのHPを吐き出した模様。とんでもない威力を秘めたスキル技だったらしい、防御力無視の斬撃およそ3倍アップの秘剣は。

 後ろからメイの、やったぁとのはしゃいだ嬌声が聞こえて来る。


 メイの故郷の里には、本当に感謝しなければ。それより今は、技の効果が切れる前に敵の数を減らしてしまわないと。気が付いたら、アンリもこちらの戦闘に参加していて。

 不利を悟ったのか、“因業”のルマジュも謎のワープを利用して戦場を立ち去る所だった。束の間視線が絡み合った気はしたが、こちらは朱連の生存ばかりを気にしていたので。

 嫌な奴とは因業を絡めたくは無い、誰だってその筈だ。


 呆れた事に、朱連は生き残っていた。何かの呪いを受けていたのか、極端な移動制限を受けていたけれど。つまりは央佳が到着して、それ以降は味方に死人は出なかった勘定になる。

 飛びついて来る子供達をあやしながら、ようやく安堵の表情で祥果さんと目と目のコンタクト。トーヤ達には悪い事をした、不快な思いをさせてしまったとその目は語っていて。

 確かにそうだ、例えキャラにペナルティは及ばなくても襲われた恐怖に変わりは無い。





 ――友達がゲームを嫌いにならなければ良いがと、勝ってもスッキリしない央佳だった。















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