表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
37/48

地下の戦いと限定イベント



 前日の大騒ぎが記憶に新しいこのスカッと晴れた翌日、いつも通りに館の一室で目覚めた央佳ファミリーだったけど。今日の予定を特に定めていないせいで、朝食後の皆の行動もどこかまったり模様でだらけ気味。

 それでも恒例の、朝の小会議に入ると子供達の意見も活発に。あっちに行きたいとかアレして遊びたいとか、本を読んで欲しいとか買い物がしたいとか。

 それを纏める央佳と祥果さんも、意見の統一に割と大変ではあるものの。


 フィールドに出れなかった日々の子供達のストレスを思えば、全部なるべく叶えてあげたいとの親心も。だからと言って、全部の我が儘に付き合ってあげられるほどの甲斐性も無い。

 姉妹達が勝手に、この後の予定の主導権争いに熱くなり始めている中。部屋にノックの音が響いて、央佳がそれに応えると。夜多架と牡丹の2人のギルメンが、挨拶して入って来た。

 この部屋に早朝から来客とは、なかなかに珍しいイベントだ。


「それはまぁ、何て言うか……ここは家族のプライベートルーム的な感じでしょ? ゲーム内とは言え、訪れるにも申し訳無さが先に立っちゃうから。でもまぁ、報告とか一応、チャットじゃ無くて直接した方がいいかなあって」

「まぁ、確かに尤もな話ばかりだな……今は家族会議中で、丁度この後何をしようかって議題で盛り上がってたんだよ。何か面白い話でもあるのか、牡丹?」


 面白いと言うより、切羽詰った話ばかりらしい。牡丹はギルド『発気揚々』のミッション推進委員長で、今はネコ族の集落の進行パーティのまとめ役を担っているらしく。

 対する夜多架は、子供達の見付けた館の地下の秘密迷路の探索に従事しているらしい。ところが、そのどちらも思った程には上手く進んでいないとの事で。

 特に酷いのは、館の地下の抜け出せない迷路。


 そこで思い付いたのは、館の地下を発見した子供達の嗅覚。更には2つのギルドから、開かずの扉を開けて欲しいとの依頼が舞い込んでいるらしく。

 前回の円卓会議で、売り込んだ甲斐があったと言うモノだ。ギルマスはノータッチ扱いらしく、従ってギルドに儲けは分配しなくて良いとの計らいだ。

 大盤振る舞いの計らいに、央佳は脳内で取らぬ狸の皮算用に忙しい。


 その依頼を含めて、どれか手伝って欲しいとのお願いに来た2人だったけれど。切実なのは、やはり地下に拡がる迷宮の方だとの訴えに。子供達に向かって行ってみるかと問うと、は~いと元気な返事が返って来た。

 そんな訳で、まずは散歩代わりに昏い地下へと赴く事へ。しかし、そんな事態でも子供達のテンションはいささかも減じない。特にお手柄を働いた、アンリとネネの勢いは凄い。

 今度も何か見付けるぞと、先立って一行の前を歩き始める。


 牡丹と夜多架も、早速ギルドから応援を募ってパーティを作っている。央佳自身がここに侵入するのは、実はたったの2度目だったり。しかも最初の1度目は、1人でちょっと入り口を覗いた程度。

 中が迷路になっているらしいとの噂は、ギルメンからの報告でしか知らない訳だ。子供達も同じく、扉から階段を降りるのは初めてらしい。

 最初に見つけた時は、そこまで進まずに報告に戻ったそうなので。


 そんな訳で、牡丹のパーティを先頭に進んで行く一行。メンバーの一人が《ライト》の魔法を掛けて、暗闇を照らしてくれている。あの魔法良いよねぇと、呑気な祥果さんの言葉。

 光魔法だから、伸ばせばその内に覚えられるよと央佳は請け合うけど。取得はほぼ運なので、確信を持って言えないのが辛い所。そんな訳で、央佳は鞄から普通のランタンを取り出す。

 ネネが持ちたいと騒ぐので、素直にそれを渡して騒動は終焉。


「そう言えば、自然タイプの地下洞とか入った事無かったなぁ。いつもの時間制のダンジョンと勝手が違うから、みんな気を付けるんだぞ?」

「「「は~い!」」」


 元気な子供達の返事に、隣のギルメン達も驚いている様子。それでも頼みの綱である事には違いないと、期待の目でこちらを眺めている。ところが早速の脱線に、二の足を踏む大集団。

 ここで鍵を取ったのと、ネネの大威張りの発言に。アンタが見付けたのはネズミじゃんと、すかさず突っ込む姉達。それから思い出したように、メイが付け加えるには。

 獅子の盾のペチが、石の像について何か喋っていたよとの今更な報告。


 それは新事実だと、素直に驚くギルメン達だったけど。ネネは尚も、穴の中にネズミが逃げたのと騒ぎ立てている。祥果さんが隙間を覗き込んで、そうだったのと同意している。

 そこに獅子の盾の、ネズミでは無く『針千本族』だよと訂正が。それは捕まえる敵なのかと、不思議そうにアンリが父親を覗き込んで尋ねて来る。

 いやいや、ネコ種族と同じく新種族じゃないかなと央佳の返答。


「……それを含めて、他のギルドに情報を売ろうと思ってるんだ。お前達、頑張ってこの地下洞の情報に色を付けてくれよ?」

「……分かった、頑張って捕まえるね、お父様……?」


 それは本当に分かっているのかと、央佳は内心突っ込んでみるけれど。子供達の方針に、一々こちらから茶々を入れるのも考えモノ。隣のギルメン達は、視点の置き所になるほどと感心し切りな様子。

 迷宮を突破するのではなく、彼らの追跡に重点を置くのが正解な気がして来た一行。そんな大人を尻目に、子供達は早速手掛かりの一つを発見した様子。

 それは壁に空いた小さな通路の、抜け道の反対側から見付かった。


 発見したのはルカで、伸ばした手を一度は引っ込めて痛いと叫ぶアクシデントが。祥果さんが慌てて、ルカの治療に当たっている。その隙に、今度はメイが慎重にそれを取り出して。

 それは『指針の長針』と言うアイテムで、つまり針千本族の落とした針のようだった。これをどう使うかは今の所不明だが、見落としの発見に呆然とするギルメン達。

 メイに手渡されたその品物を、央佳はつぶさに調べ始める。


「うーん、クエアイテムなのは分かるけど……問題は使い方だなぁ。そっちで、誰かわかる人いる?」

「長針かぁ、時計……じゃ無くてコンパス!? 合成出来るか試してみる、待ってて!」


 ギルド内で合成に詳しい、久遠と言うメンバーが思い付いたように鞄を漁り始める。そこから暫く試行錯誤して、やがてレシピを探り当てたらしい。

 おおっと、周囲の人波から期待の声が上がる中。久遠が差し出したのは、『千本コンパス』と言うアイテム。これには子供達も興奮した様子、一斉にそのアイテムを覗き込んでいる。

 その針の指し示すのは、真っ直ぐ降りる階段の方向。


 これは大当たりだと、競って進み始める一行。交渉上手のメイが、コンパスを持たせてと久遠に話し掛けている。基本的に子供に甘いメンバー、あっさりと大事なアイテムを譲渡。

 大喜びのメイとアンリ、一行の先頭に立って先導し始めるけど。それを見たルカが仕方ないなと言う感じで、自然と祥果さんの隣へ。ネネも普通に、祥果さんと手を繋いで後ろの方を歩いている。

 この子達は、基本的に手柄を上げたいとかの欲は無い様子。


 それはそれで良いと、つい先日のルカの大泣き騒動を思い出しながら央佳。人より目立って褒められたい欲もあれば、見守って貰えるだけで嬉しい小さな望みも等しく子供にはあるのだ。

 どちらも一緒、親の愛情を感じる為の手段でしかない。目に見えない感情を確かめるのは、大人も子供も同じく必要なのだろう。だからそれを確認出来て、ルカは泣いたのだ。

 そして今は、同じく見えない信頼感でガッチリ繋がっている。


 精神的な余裕は、子供の成長期にはとても大事には違いない。央佳もそれを作る作業に、何とか参加したいのだけれど。奥さんには適わないなぁと、常々思ってしまっていたり。

 あんなに人見知りの激しい、四女もいつの間にか陥落させてしまっていたし。これはまぁ、美味しい食事での餌付け的な裏技もあっての事なのかも知れないけれど。

 何にせよ、彼女と言う精神的支柱さえいれば我が家は安泰だ。


 先頭の子供達は、針の指す方向を見ながら大はしゃぎ。それに牡丹も加わって、あっちを指したぞと一行を騒がしく先導してくれる。その結果、最初の分岐は左の路らしい。

 迷路は完全にループ形式で、同じ分岐の使い回し以外の何物でもなかった。つまりは3つの同じような穴蔵から、正しいルートを決めてくれ的な。

 これを根性だけで抜け切ろうと、考える輩こそどうかしている。


「……本当にこの無限ループ的な迷路、根性だけで抜け切ろうとしてたのか?」

「う~~ん、そう言われると……本当に時間の無駄でしたねぇ。ノリだけで、何日も無駄にしてしまってお恥ずかしい」


 隣の夜多架は、まぁまだマシな方なのだろう。ギルメンの中には、本当にノリと根性だけで正解ルートを暴き出そうと頑張っていた者もいたそうな。

 どう考えても、ヒントを探す方が速いだろうと央佳は思うのだが。そう言う自分も、子供達に任せっぱなしな現状を考えれば。余りおおっぴらに、彼らを批難出来ない立場なのかも。

 そうは言っても、もう少し頭を使おうよと思ってしまう。


 大人な態度の夜多架は、そう責めないでと仲間の擁護に回っているけど。夜多架自身は、実はネコ族の集落のクエを進めていたらしい。そっちも今度手伝って下さいよと、お世辞抜きっぽい応援要請。

いや、どちらかと言えば一緒に遊ぼうと言うお誘いなのかも。そんな遣り取りの最中にも、迷路の分岐はどんどん過ぎて行く。果たして正解ルートなのか、それは次の分岐で呆気なく判明した様子。

明らかに違うエリアに飛び出して、メンバー全員混乱模様。


 その混乱にさらに拍車を掛けたのが、突然変わった戦闘モードを報せる音楽だった。慌てて子供達が、父親の元へと戦略的撤退を敢行する。それに釣られて、パーティの前衛は壁となる為に武器を構えて前へと出る。

 央佳も同じく、前へと出ようとしたのだが。フィールドの真ん中の、大岩の影から顔を出した敵の姿を目にして思わず絶句。バジリクスだ、間違いなく難敵の部類でも上位を占める。

 幸いこちらは2パーティ編成だが、正直それでも厳しいかも。


「げげっ、土耐性上げる薬なんて持ってないよっ! このまま突っ込んだら、間違いなく犠牲者出るぞっ!?」

「もう反応してるってば……退くなら、死ぬの前提でしんがり務めるけどっ!?」

「桜花たんもいるし、やっちまおうか……!?」


 イマイチ統率のとれない面々だが、牡丹と仲の良い翡翠と言うアタッカーが、イケイケの発言をした事をきっかけに。俺の屍を超えて逝け的な悲壮感と共に、敵に突っ込んで行く流れに。

 央佳はそこまで考える余地も無く、もちろんその流れを止める手段も無く。あの敵は石化があるから目を見ちゃダメだぞと、子供達と祥果さんにしっかり言い伝えて。

 同じくパーティの盾となるべく、前線へと突進して行く。


 案の定と言うか、戦場はものの数分で酷い有り様となってしまった。石化してオブジェに成り下がったメンバーが数人、その度に当然削り力は落ちて行く。

 バジリクスの使う《魔眼》と言うスキルは、喰らうとトラウマになる程酷い仕様である。これで石化した状態で範囲攻撃など浴びると、装備の大半が漏れなく破損してしまうと言う。

 ……その状況の前衛が、現在約3名(笑)。


 このスキルは、別に盾役だけに飛んで来るモノでは無い。敵の前か横に立たなければ、まず大丈夫な技なのだけれど。背後は背後で、尻尾の範囲攻撃とか毒爪攻撃とか厄介なのが頻繁に飛んで来る始末。

 回復役の負担を考えると、前にいてスキルが飛んで来たらスタンで封殺か、視線を避けるのが一番良い方法なのだけれど。発動が極端に速いので、なかなか阻止は難しいと言う事情が。

 そんな訳で、死屍累々の現場の出来上がりである。


 冗談では無く、HPゼロのキャラも1人出ていて、央佳家族以外のパーティで稼働しているのは牡丹と夜多架のみと言う悲惨な状況。央佳パーティの子供達は、目線逸らしをゲームとして楽しんでいる感じすらある。

 少し前から、央佳の指示でスタンの方針が変わっていた。止めるのは範囲石化のブレスと、範囲攻撃の尻尾攻撃だけにしているようで。ルカも真面目に、この指示に従っている。

 お陰でめっきり、それ以上のパーティ崩壊には至っていない感じだろうか。


 石化ブレスは、《魔眼》スキル程は酷くは無いとは言え。1分以上の前衛の石化状態は、後衛にタゲが向かって壊滅的な状況を引き起こしてしまう怖いスキルだ。

 ルカとネネのペットも、とっくの昔にオブジェと化していた。戦力的には問題ないが、子供達のモチベはだだ下がり。難敵に対する苛立ちは、反比例するように上がっているけど。

 それは夜多架達も同じ事、ホームPで復帰した仲間は、迷宮の正解ルートを覚えてなくて合流を果たせず。何とも良く出来たトラップだ、やはり準備を万全に出直すべきだったか。

 後悔は先に立たずな典型だ、そしてさらに状況は過酷に。


 バジリスクのHP半減からの特殊技、《腐敗の大地》が発動してしまい。大トカゲの周囲の地面は、毒とバッドステータス付与の酷い有り様。幸い後衛までは届いていないが、前衛はそこにいるだけで被害甚大と言う。

 それでも留まらないといけないのが、盾役の使命である。アンリは素直に、父親の命令に従って下がって行ったけど。ちなみに影騎士は、大トカゲの牙に斃され既に不在。

 回復役は祥果さんただ1人、いかにも不味い戦況に焦る子供達。


「ルカッ、お前もフィールドに干渉出来るスキル持ってただろっ……上書き出来ないか、ちょっと試してみてくれ! ダメなら下がって、体力回復してくれっ!!」

「はっ、ハイッ!!」


 素直なルカは、父親の言葉に素早く反応。こんな使い方もあるのかと、最近覚えた《ドラゴンフィールド》を詠唱する。これはMPを物凄く使うので、乱発は出来ない呪文である。

 ただし与えられる恩恵は強力無比のよう、何とバジリクスの大地腐敗効果を上書きしてしまった。使用した本人も驚くその効能、尊敬の目で父親を仰ぎ見るルカだったり。

 その当人の央佳は、冷静に次なる作戦を決行。


「ようしっ、次はネネの番だ……ちょっとだけ、立て直す時間が欲しい。竜化して時間を稼いでくれ、3分で良いぞっ!?」

「……ハ~イッ!!」


 元気に返事をしたネネは、すかさず《限定竜化》を使用して最前線へ。その巨体を利用して、ヘイトを稼いでいる父親の安全を確保しに掛かる。

 激怒マックス状態のバジリクスは、自分より体躯の大きなネネ竜に噛り付きに掛かるけれど。それを軽くあしらって、壮絶など突き合いに移行する四女。

 それを確認して、央佳は長女を従えて後方へと一時避難。


「祥ちゃん、コイツ倒すのにもう少し掛かりそう。ヒーリングでMP回復しといて、子供達もな? ……おっと、さすがに相手も強いなぁ。ネネ竜とタイマン張れてるよ」

「央ちゃん、ネネちゃんは大丈夫なのっ!?」

「危なくなったら下げるから平気だよ、おっと夜多架と牡丹……牡丹は回復系の魔法持ってたっけ?」


 実は無いんだよと、小休憩中の家族に近付いて来た牡丹の返答。良く生きてたなと、夜多架に軽口を叩く央佳。自分で何とか回復してましたと、苦笑しながら夜多架の返事。

 央佳自身は休憩を取らず、娘が危機に陥ったらすぐに駆け付けられる態勢を取っている。夜多架が死んでホームに戻った仲間が、迷宮のせいで合流出来ないと告げると。

 このまま倒すから問題ないよと、勇ましい央佳の答え。


 それを聞いて、うおぉと感嘆の声を上げる子供達。お父さん格好良いと、ルカなど尊敬を通り越して崇拝の念に変わっている模様。それよりネネが心配な祥果さんは、旦那の話など無視しているけど。

 そろそろ頃合いかなと、央佳は残ったメンバーに残りの削り頑張るぞと喝を入れる。威勢の良い返事と共に、頑張っているネネに交代を告げると。

 ポンッと元の姿に戻ったネネが、転がるように祥果さんの元へと駆けて行く。


 そこからは順調に……とまでは行かなかったが、何とかこれ以上の犠牲者を出さずに大トカゲ退治は終焉の運びに。疲労の色の強い大人達と違い、子供達は大喜び。

 石化から解放されたペットを呼び戻し、その子達との再会を喜び合いながら。既に周囲の探索を、親の視界から外れない程度に開始していたり。

 そして見付かる、いかにも怪しい吊り橋。


 央佳もちょっと眺めてみたが、自分達の通って来た通路との反対側にもまだ3本分岐通路は続いているみたいだ。そして他のループ分岐と違うのが、右手に拡がる深い断崖。

 谷底は暗くて全く見えず、覗き込む子供達も少々腰が引けている感じ。そんな場所に掛かっている吊り橋は、いかにも頼りなく不安を煽って来る。

 それでもその橋の向こうに、小さな影を見たと競って父親に報告して来る。


「例の針千本族かな……メイ、持ってるコンパスはどっちを示している?」

「えっ、う~~んと……あっ、この橋の向こうみたい、パパ!」


 こうして館の地下の迷宮の第一歩は、何とか解き明かす事に成功して。バジリクスのドロップ品は、なかなか魅力的だった。それにも増して、新たな新種族の集落を発見出来た業績は素晴らしい。

 少しだけ、集落を皆で探索してまず見つけたのは、地上の館と繋がる転移用の魔方陣。やったぜと、一行は迷宮から解放された喜びの声を発する。

 それから集落を歩く針千本族から、少々情報収集など。


 それによって分かったのは、まずはこの『針千本族』は『魔』の種族に類するらしいと言う事。そしてこの地下の迷宮には、石化の能力を持つ敵がわんさかいるらしい事。

 更にはこの奥には、昔のこの館の持ち主が隠した大量の財宝が眠る部屋があるらしい。何ともテンションの上がる話だが、まずは石化解除薬から探しなさいと助言を貰えて。

 聞けば、針千本族も外をうろつく敵には苦労しているらしい。


 子供達は、この新種族の外見に興味津々の様子だけれど。触ると棘が刺さるよと、祥果さんに窘められて撫でるのは我慢しているみたい。

 とにかく、別種族とのコンタクトがスムーズに進んで一安心の央佳だった。




 魔方陣の出現は大いに助かった、何しろあの面倒な迷宮を何度も行き来するのは大変な労力なので。しかもクリアした者以外も、これを使えば針千本族の集落へ赴く事が可能だ。

 この知らせを聞いた朱連は、何で俺も誘わなかったとおカンムリ。どうやら熱き闘いに、一緒に身を投じたかったらしい。最近央佳とも遊べてないし、ストレスが溜まっている様子。

 それは仕方が無いだろと、あの死闘を振り返りつつ冷めた返しの央佳。


 反対にギルマスのマオウは、良くやったと高評価の太鼓判押し。この情報もまとめて売っちゃうよとの央佳の言葉にも、問題無いよと呑気な構えだ。

 ギルドの風潮的にも、元からまったりした感じなのは否めない。本来なら情報規制を敷いて、ギルドの勢力争いで優位に立とうと画策してもおかしくはないのだが。

 もともとそんな覇権争いに、興味の無い連中ばかり揃っている現状。


 それは央佳も好ましく思っている特徴だし、アットホームな気質は居心地がとても良い。ギルドの仲間とも楽しくやれているし、現在もお手柄をこうして労って貰えているし。

 文句を言って来るのは朱連くらいだ、その扱いにもいい加減慣れている央佳。


「誘おうと思ったけど、お前はネコ族の集落の方に行ってたんだろ? 向こうはどうなってんの、クエだかミッションだか進み具合は?」

「うぅん、まぁねぇ……こっちも精鋭取り揃えて進めてるから、結構進んだ感じはするんだけどなぁ? ようやく最近、敵対する狗族との戦争ミッションみたいなのが立ち上がったぞ?」


 すげえジャンと褒めてやると、それで朱連のご機嫌は呆気なく回復した。戦争ミッションは人数が必要らしいから、お前達も混ぜてやるよと誘ってくれる。

 あちこちで忙しいなと話を振ると、限定イベントも始まったしなぁと朱連。今回のも単純な仕掛けのイベントらしく、期間は2週間程度だとの噂だ。

 ただしハンターP稼ぎには、良さ気ではあるねと朱連の注釈。


 子供達が興味を示せば、話のタネにやるのもアリかも知れない。央佳は特にハンターPは必要ではないけど、ルカやネネのペット育成には取得しておいて悪くは無い気も。

 そんな事を考えながら、央佳は隣で昼食中の子供達を眺めてみる。今は中庭に造られた休憩所で、祥果さんの作ったお昼ご飯をみんなで食べている最中だ。

 太陽がポカポカと照っていて、何とも行楽日和で穏やかな日和だ。


 午後はトーヤ達と合流して、子供の勉強会を画策していた央佳夫婦だったけど。ひょっとしたら、計画変更を余儀なくされるかも知れない。

 何より朱連が依然付き纏って、あれこれと質問したりちょっかいを掛けて来たり。最近全然、一緒に行動出来なかったストレスなのだろうか、家族の憩いも何のそのって感じだ。

 子供達も特に、この闖入者を気に掛けてはいない様子。


「………………その革鎧、物凄く性能良いみたい……どこで手に入れたの?」

「……本当だっ、パパにも欲しいね、アンリちゃん? 金のメダルならいっぱいあるけど、それじゃ交換出来ないかなっ!?」

「これこれ、子供達……お父さんのお友達に失礼しちゃダメよ? 朱連さん、お茶のお代わりはいかが?」


 祥果さんのお誘いには、照れたように断わりを入れた朱連だったけど。照れ隠しにメイの持つ金のメダルに反応、結構集めたなと感心したように話を振ると。

 昨日みんなとお出掛けして、へそくりニャンコを倒したのと大威張りなメイの言葉に。そりゃあ凄いなと、簡単に子供と同じ目線で会話をし始める。

 そう言えば、あの後の報酬の分配の話は割愛してしまっていたような。


 央佳家族の分け前は、ぶっちゃけ極めて質素だったのは言うまでも無い。一応ホスト役だったので、主だったドロップ品は全てトーヤ達に渡してしまった。

それでも金のメダルを、子供達には頑張った賞と称して分配したのだったけど。それを纏めて管理しているのが、メイだったりする訳だ。

感心な事に、子供達はそれで親に贈り物を計画しているらしい。


 良装備系の情報を溜め込んでいる朱連は、それならと勢いよく話し始めるのだが。ふと子供達の装備状況に気付いたらしく、この手抜き装備は何だと央佳に詰め寄る。

 この話題は、実は結構昔から繰り返されている遣り取りだったりして。央佳の装備の無頓着さに、何度もこの友達は忠告を与えると言う。ただ、子供達に関しては現状に満足しているらしく。

 これ以上は、強く言えないジレンマに朱連は焦れている模様。


 朱連が無遠慮に家族の団らんを乱しているのを見て、館の管理人の鳳鳴も近付いて来た。午前中は子供達の収穫作業の指導をして貰い、家族でお世話になったのだが。

 世間話のついでに、鳳鳴は限定イベントが始まったみたいだよと知らせてくれた。今回は、ハンターPを個人でも稼げる仕様らしい。ソロだとどうしても、NM退治からのポイント稼ぎは難しくなって来るので。

 そう言うプレーヤーの、救済的な意味合いの限定イベントなのかも。


 集中して遣り込むのかとの鳳鳴の問いには、子供達次第かなぁと曖昧な返事の央佳。種族ミッションの間に俺もやるよと、朱連もハンターPは欲しい様子だ。

 彼も後付けジョブを色々と伸ばしている身分だし、この機会を逃したくない様子。


「ああっ、そう言えば俺も欲しい変幻ジョブスキルが出来たんだった……でも確か『同調』って、結構なレアだったよなぁ?」

「ああ、二刀流使いには羨望のスキルだよねぇ……でも、昔ほど出難いって話は無い気もするけど。後付けジョブも何度も修正入って、もっとレアなスキル増えてるしさ?」

「鳳鳴の情報なら、まぁ信頼出来るとは思うけどなぁ……何や桜花、なんぞ珍しい武器でも拾ったんか? ついでにちょっと、新しい装備とスキルを教えてくれ」


 そう言えば、子供にかまけて自分の装備の更新には頓着していなかった央佳だけど。この前の手長族の討伐成功で、結構高額なドロップにありつけた顛末もスッポリ忘れていた。

 そこら辺の話も、ついでにしておこうか。報酬の分配は4分割のお約束に準じて、高額報酬の1つ目『獣の宝珠』は奇面組の手に。2人は相談して、結局これは喜一が使用したようだ。

 2つ目の『手長甲冑』と言う派手な甲冑は、花組のアルカの手に渡る事に。なかなかの良装備だが、獣感が凄くて派手な鎧ではある。本人はそれを含めて、気に入った様子だが。

 性能自体も良いので、とんだ拾い物には違いない。


 さて、央佳の竜組と祥果さんの聖魔組には、それぞれレア級のマントと用途不明のコインが配られた。マントは攻撃力とSPに補正がついていて、央佳が有り難く貰う事に。

 もともと風種族はSPが低いので、この補整は正直有り難い。祥果さんが貰ったのは『薔薇のコイン』と言う名前で、金のメダルみたいにどこかで景品交換出来るらしい。

 今の所、どこで交換出来るかなどは一切不明である。ちなみにやっと使用可になった『獣の鍵』は、引き続き奇面組が所有しておく事に決定して。

 後は似たような種族の鍵を、3つ集めれば何かが起こるらしい?


 とにかく手長族のマントは、朱連も羨ましがる程度には高性能だった。お蔭で央佳は、ずっとSP不足で封印されていた、『精霊の剣』の特殊モードが使用可となったと報告する。

 それは何だと興奮する朱連を放って置いて、央佳は今度は『銀イモリのピアス』を見せびらかす。それから《変幻精霊召喚》で、ペットのコンを呼び出して披露。

 情報売買から潤沢な資金を得て、この子は驚きの成長を遂げたのだった。


 残念ながら、バジリクス戦では石化から早急に戦力外となってしまったけれど。央佳がコンを呼び出すと、喜び勇んでネネが抱っこしに飛んで来た。

 そんなコンも、今や大型犬並みの体躯に成長している。白い毛並みは陽光を浴びて、まるで金色にも見える神々しさ。コイツの戦力増強には金が掛かったと、央佳はしみじみ語るけど。

 だからその証拠を見せろとの朱連の訴えも、またもや無視して話を続ける。


「さて、最後に紹介するのは娘達にプレゼントされた、この『パラソルレイピア』なんだけど……。残念ながら、細剣スキル80が必要で、今の俺には装備出来ない! これを装備出来れば、二刀流で戦いながら、更に盾スキルも使用出来る無敵のチート感覚を得られる予定なんだけどな!!」

「子供にプレゼントされたのが、余程嬉しかったらしいね……気持ちは分かるけど、カンストしてるキャラが今更スキル80も伸ばすのは大変だぞ、桜花?」

「俺の持ってる指南書、3枚くらいなら融通してやるぞ? その代わり、今度のネコ族の戦争ミッションは絶対参加しろよ、桜花!?」


 強引な朱連の約束の取り付けだが、指南書3枚と言えばスキル6Pに相当する。分かったよと適当に返事をしておいて、ネコ族の経過をさり気無く聞いてみる。

 朱連の話では、未だにどのギルドも2つ目の『獣の鍵』をゲット出来ていないらしい。手長族はあれ以来、集落付近ではとんと見掛けなくなったとの事で。

朱連は狗族との戦争ミッションの報酬に、相当期待をしているらしいのだが。ひょっとしたら、かなり大掛かりなミッションかもとの心配もあるようで。

そんな噂も飛び交っていて、気が気ではない様子。


 その辺の事は、進めてみないと当然分からない訳で。牡丹と翡翠が館の地下迷宮の方を担当する事が正式に決まって、ネコ族の方は朱連とギルマスのマオウで進めるらしい。

 央佳の立場は微妙で、ヘルプが掛かればどちらも手伝う遊撃隊の扱いっぽい。個人で色々と抱えている身分としては、この手の自由でも充分に嬉しいモノ。

 中庭では、昼食を食べ終えてはしゃぎ回る子供達の姿が。


 そろそろ行動を開始する時間らしい、王都に出て子供達の家庭教師と合流するよと告げると。何だそりゃと、不審そうな顔の朱連が思いっ切り気を削がれていた。

 お前も護るべき家族を持てば分かるさと、肩を竦めながら央佳の言葉に。分かりたくないねと、朱連は軽口で返す。央佳は気にせず、コンと戯れていた四女を抱き上げて。

 良いもんだろうと、誇らしげに頬ずりしてみせる。





 ――家族が増えれば幸せも増える、まぁ苦労もその分増えるけど。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ