鍵を我が手に
そろそろ追手の手長族と渡り合えるかなと言う話になったのは、例の即席パーティで一日に2つのダンジョンをこなした後。各自それなりに新装備や新スキルの手応えを掴んで来て、自信ありげな表情を浮かべている。
恒例の冒険後のミーティングでは、皆が活発に意見を飛び交わせていた。それだけ気心も知れて来たと言う訳だ、そう言う意味でも大した進歩ではある。
あの時の敗戦から、それぞれ確実に成長してるのは確かで。
具体的に言うと、ネコ族の集落情報を売って得た大金の存在が大きかった。それを公平に分配して、そのお金で各自が以前コネを持った合成屋に望む部位の合成依頼をして。
花組のアルカは、マントをSPと防御力アップの合成装備と交換。前回の情報売買で、央佳が老舗の合成ギルド『小人の靴屋』と渡りをつけられたのが大きかった。
エストもこれを機に、ネックレスをMPと知力アップの良品にチェンジ。
それを言うなら、頼まなかったメンバーはほぼいなかったのだけれど。それこそ入手したお金を全て注ぎ込む程度には、気張って装備を良品へと交換して行って。
奇面組の喜一も、有り金はたいて2部位の合成依頼をしたとの話。この機を逃すと、名の売れた老舗ギルドが合成してくれる事は無いと思ったのかも知れない。
黒助も同じく、指輪やマントに遠隔攻撃に有利な合成をして貰って。
それぞれパワーアップには満足したと、今回のダンジョン突入での試運転の結果を口にして。それなら憎き手長族を、返り討ちにしてやろうぜとの気概が上がるのも当然だ。
さて、央佳ファミリー的には、もう少し待っても良かったのだけれど。何しろ祥果さんを始めとする子供達、ようやくレベルが80に到達したかなと言った程度なのだ。
一番高いアンリでさえ92、困ったモノである。
それでもフィールドに出れないのは、いい加減不便なのも確かだし。せっかくトーヤ達がゲームを始めたのに、一緒にレベル上げも出来ない始末だ。
そろそろ追手に挑みたい思いは、央佳とて同じ。パーティの練度もこなれて来たし、頃合いと言えばそうかも知れない。央佳の家族では、大きく装備を替えたのはルカだろうか。
それこそ合成依頼品で、胴装備を始め3部位の交換に至って。
何しろ前回の対戦で、一番肝を冷やしたのはルカが吹っ飛ばされた場面である。後で分析してみたら、ルカに任せた中背の手長族が、一番攻撃力が高かったらしい。
小柄の奴が俊敏性に秀でていて、大柄のは全体のバランスに加えて魔法も使って来ていた。幾らチート持ちのルカでも、低い盾スキルであのパワーを抑えるのは無理があった様子。
何しろ向こうも、結構なチート持ちの匂いがプンプン。
他の家族については、せいぜい1部位の秀逸合成品の配布に留まった。祥果さんはエストと同じ性能のネックレスを、アンリもアルカと同じ性能のマントを作って貰い。
ネネに関しては、愛用のハンマーに『竜の勾玉』を合成して物凄い性能の逸品にして貰ったと言う経緯が。ただそれを、幼女が使いこなせるかどうかは別の話。
取り敢えず破壊力は8割増しらしい、とんでもない話だ。
央佳の変更点に及ぶと、少々話はややこしくなる。子供達からのプレゼント、いつもお世話になってますとの簡潔な授与式には思わず感動してしまったけれど。
何だか最近、こちらの涙腺をやたらと刺激する子供達の挙動は置いといて。何とかしんみりせずに、有り難うと受け取った『複合技の書:盾』と『パラソルレイピア』と言う細剣。
書の方は土と盾スキル80なので即使用可だが、問題は武器の方で。
物凄く良い性能なのは、鑑定してみて理解は出来たのだけれど。見た目はややゴツい洒落た傘なのに、そのギャップの凄い事。ただし央佳は、細剣のスキルは全く伸ばしていない。
それは子供達も、良く分かっているのだろう。モンスターを倒したら偶然ドロップしたと言ってるが、そんな筈は無いのはお互い百も承知。余程強いNMに遭遇したか、大金をはたいて入手したか。
祥果さんに問い質しても、嘘は言ってないよと素知らぬ素振り。
まぁ、ここで言い争いなど誰も望まぬ事態には違いなく。ご機嫌な演技をしていたら、ルカがすり寄って来た。本当に危ない真似はしてないねと訊くと、何故か目を合わせようとしない。
この子は一番嘘が下手だなと、父親としてちょっと心配などしてしまうけど。親孝行の為の無茶だったのだろう、もう危ない真似はしちゃダメだぞと窘めると。
しゅんとなった長女に、次女が近付いてナニやらしたっぽい。
「痛いっ、メイ! 何で私の太腿抓るのよっ!?」
「何でお姉ちゃんは、そんなにバカ正直なのかなっ? 呆れちゃって、言葉も出ないよ……」
「ほらほら、喧嘩しないの……メイちゃん、こっちいらっしゃい?」
姉に酷い事をした筈の次女は、は~いと可愛く返事して祥果さんにはトコトン素直。そのままの勢いで祥果さんに抱き付いて、何も無かったかのように甘えている。
代わりに央佳は、ポンポンとルカの頭を撫でて長女を擁護。ここら辺は役割分担だ、子供達が孤立しない様にしっかりと目を光らせておかないと。
そして案の定、ルカもすぐに機嫌を直した様子。
家族間の軋轢は、一応キレイに収まったものの。手元に残った細剣の問題は、未だに宙に浮いたまま。この細剣の優秀な点は、実は盾も付属している点にある。
どう作動するかは全く不明だが、装備すれば盾スキルも使用出来るらしい。二刀流を選択したまま、更に盾スキルも使いこなせるとなると。物凄いお得感、ユニーク装備なのに攻撃力も申し分ないと言う。
ただし、装備するのに細剣80盾スキル80の高い壁が。
つまりは、どうやってもすぐに装備は出来ない訳だ。せっかくの子供達からのプレゼントなのに、何とも残念。それでも心からお礼を述べると、子供達は安心した様子。
それが昨日の夜の出来事、その後は結構グダグダに時間を過ごして。お風呂上りに明日の為にと鞄のチェックをしていると、子供達も真似し始めて。
何故か子供達も貰っていた、ログインボーナスを自慢して見せ合っていたり。
実は央佳も貰っていたが、これがなかなか便利な品揃い。一定時間だけ経験値が上昇するお札とか、緊急時などに護衛の騎士を呼び出す呼び鈴とか。
ステータスの上昇する果実とか蘇生札とか、特殊なパワーアップ料理とか。色々と面白いモノが存在するが、その中で祥果さんが興味を示したのは『属性の護符』だった。
風とか水とか属性が分かれていて、ピンチの時に使用するらしいのだが。
「こんなお札の出て来る昔話があったよねぇ、央ちゃん? どんな話だったかなぉ……?」
「どんな話なの、祥ちゃん……聞かせて!」
メイの可愛いおねだりに、それじゃあ聞きたい人はベッドに移動ねと仕切る祥果さん。子供達はわ~っと勢い良く、ベッドにダイブして行く。央佳の膝を占領していたネネも、一拍遅れてその仲間入り。
祥果さんの昔話は、あれでなかなか味わい深い。時にはアンリとネネから人形を借りて、まるで劇でも見てるかの様な臨場感。子供達は、一瞬で引き込まれて行く。
実は央佳も興味津々、どんな話だったかなと思い出しつつ。
それは昔々で始まったものの、和尚様と小僧さんでいきなり躓いてしまった。子供達がそのどちらも理解出来なかったのだ、純和風な物語なので仕方ないとも言えるけど。
祥果さんは少し悩んで、キャストを思いっ切り変更した模様。神殿にいる神父様と、そこに務める可愛い女の子の物語にしてしまった様子。女の子にしたのは、姉妹が思い入れしやすいようにだろうけど。
女の子の出掛ける用事が、お祭りが見たいとはこれはまた洒落ている。
祥果さんの脳内では、日本の夏祭りが用意されていたのだと思うけれど。子供達は果たして、どんな奇天烈なお祭りシーンを想像している事か。とにかく女の子は、護身用に神父様に3枚のお札を持たされてウキウキ気分で出掛けて行って。
そこでメイから異議が飛び出た、たった3枚ってケチ過ぎるんじゃないかと。祥果さんは少し考えて、ルカちゃんはどう思うかと逆に尋ねて来た。
面喰った長女は、剣と盾を貸してあげれば良いと妙解答。
ベッドの端に移動して話を聞いていた央佳は、それを聞いて思わず吹き出しそうに。祥果さんはそれを見て、キッと旦那を睨みつけて来る。それからルカには優しい声で、残念ながら女の子は装備するのに力が不足してるのと返答して。
祥果さんに寄り掛かってリラックス体勢のアンリが、5枚くらいが丁度良いよと口にする。発言したそうなネネに祥果さんが尋ねると、幼女は元気に自分の意見を述べる。
つまりは、ペットを連れて行けばいいと。
「ネネにしては良い意見じゃん、ルカ姉よりよっぽどいいよ!」
「なんでよ、ネネのペットなんてまるで役立たずじゃんかっ!」
またも始まる姉妹喧嘩、火種が大きくならない内に、央佳と祥果さんで子供達を宥めて。とにかく女の子は、無事にお祭りを堪能出来たらしい。
屋台にはたくさんのお菓子や、珍しい食べ物が並んでいて。着飾った女の人が、華麗に踊りを披露して。流れる音楽は、どこか懐かしく郷愁を誘うようで。
しかし祥果さんの情緒ある語りより、子供達は食べ物の描写に感銘を受けた様子。
ネネなど、涎を垂らしながら物語に聞き入っている始末。女の子も食べて踊って、いつの間にか時間が過ぎて。あろう事か、帰る時間を逸してしまうと言う痛恨のミス。
困っていると、親切な老婆が一晩の宿を提供してくれるそうな。助かりますと泊まらせて貰って、寝具を借りて眠っていると。台所からシャリシャリと、何かを研ぐ音が聞こえて来て。
不審に思った女の子が、そっと覗いてみたら……。
「老婆は何と、人食い鬼だったの……女の子を食べようと、武器の斧を研いでいたのです!」
「「「「…………!!」」」」
素直な子供達は、実際その場に居合わせた様な反応を示して。ネネなど本当にブルッていて、傍から見ていて面白い。だから武装して行けば良かったのにと、ルカの呟きに。
大丈夫、まだお札があるからとメイのアドバイス。女の子の危機に、姉妹は一致団結した様子。何とか助かる術を探して、知恵を寄せ合ってサポートする構え。
祥果さんの次の言葉は、おトイレ貸して下さいだった。
それは良い案だけど、ばれるんじゃないかなと心配げなアンリの言葉に。女の子は1枚目のお札を使って、代わりに「入ってます」と返事をしてくれるように頼んだのと祥果さん。
その妙案に盛り上がる子供達、ただ時間稼ぎは間もなくばれておじゃんに。怒りの形相で追い掛けて来る人食い鬼に、女の子は2枚目のお札を使用。
効果は絶大、両者を隔てる様に大きな川が出現して。
「……水のお札だ、返事したのは風のお札かな……?」
「いっ、今の内にはやく逃げようっ!?」
「……ところが人食い鬼は、川辺にしゃがみ込むと一気に川の水を全部飲み込んでしまったのです!!」
えええっと、一斉に騒ぎ始める子供達。ネネなど恐怖で失神しそうな勢い、頼むから竜スキルは使わないでと心配する央佳。メイが咄嗟に、次は火のお札を使おうよと提案する。
姉妹は揃ってその案に頷くが、待ってましたと祥果さんの語りの続きは。炎の壁は人食い鬼が吐き出した水で、綺麗に消火されてしまったとの悲しい報告。
残念ながら、他のお札も決定的な効果が上がらず終い。
物語は一気に最終局面へ、オチも変えるのかなぁと央佳も興味津々で聞き役に徹している。女の子のピンチに駆け付けたのは、やっぱり村の神父様だった。
実はものすごく強かった神父さまは、激闘の末にNMだった人食い鬼を退治した模様。その結果に、子供達は大盛り上がり。ネネもホッと息を吐いて、女の子の無事を祝っている。
そして祥果さんは、こんな言葉で物語を締めくくった。
「楽しいってのは大事だけど、無断外泊とかしたら……物凄~ぉく怖い目に遭うからね!? この物語の教訓だよ、分かったかな、子供達っ?」
久々の“断崖の街”の、橋のような構造物を前にして気を引き締める一行。追手の手長族に再挑戦するにも、連中と相対しないと話にならない。
どこで戦うべきかとの話し合いに、自然と始まりのこの地が選ばれたのは必然か。そんな訳で、各自準備万端整った姿でこの地に集合して。
緊張しながら、裏通りへと通じる壁のトンネルを皆で眺める。
今回の準備は、本当にここまでするかと言う程に万全の筈だ。個人の装備やスキルを含めたパワーアップに加えて、お助け系の呼び鈴を始めとした消費アイテムもポケットに入れて。
合言葉は“金はあるから消費を惜しむな”と、少々成金臭いのは仕方が無いと言うモノ。何しろ本当に、ネコ族の集落の情報を売って大金を得た身なのだ。
それを存分に使って、今度こそ難敵を討ち果たしたいところ。
それぞれの決意を胸に、央佳を先頭に薄暗いトンネルを進む一同。内心では、ここで出て来なかったらどこに行こうと思い悩んでいたりもしてたけれど。
そんな考えは無駄に終わってくれた様子、いきなり静かな裏通りに響き渡る戦闘用のBGM。そして強制動画は、例の手長族の前口上から始まった。
簡単に纏めると、今度は逃がさねぇぞとの脅し文句らしい。
誤算を確認したのは、強制動画が終わってすぐの事。てっきり3体だと思っていた手長族の追手に、追加の3体が従っていて。ぎょえーとの悲鳴は、恐らくはアルカだろう。
尽藻エリアのビレシャヴの森の情報では、通常の手長族も充分に強かったと報告にあったような。キープの手順は前回と同じと通達してあったが、これは完全なイレギュラー。
こんな時は焦ったら駄目だ、そしてリーダーは毅然とした態度を見せるべき。
「焦るなみんな、雑魚の1体は俺が受け持つ……残りの2体は、呼び鈴と子供達でキープ!」
「「「「は~~い!!」」」」
子供達の素直な返事に混ざって、花組と奇面組の緊張しまくりの呼応が頼りなく響く。真っ先に敵の群れに飛び込む央佳に続き、ルカが自分の獲物目掛けて突進して行く。
喜一とアルカも、何とか小柄で俊敏なボス級手長族をキープに至った模様だ。ところがエストと祥果さんが放った呼び鈴の助っ人は、ことごとく雑魚の手長族に瞬殺されて行く。
呆気に取られて見守る後衛組、それでもアンリが何とか1体キープに成功。
もう1体をアンリの影騎士にキープして貰えれば上々なのだが、それでは殲滅に時間が掛かり過ぎてしまう恐れが。央佳は小考の末、自分がもう1体キープする事に。
普通に考えると、自分の受け持つ体躯の良い手長族が一番の強敵だ。ただしコイツは鈍重パワータイプなので、盾のブロックを失敗さえしなければ結構平気だ。
何より央佳の自信の根底には、子供達にプレゼントして貰った新盾スキルの存在が。
「慌てないでいい、1匹ずつ倒して行け――《トーテムブロック》……!!」
「……ネネ、前に出過ぎないで。まずはコイツから倒すよ……!?」
「父っちゃがピンチなの、ネネが助けるよ?」
ネネの指摘通り、央佳の先行突っ込みに雑魚の3体全員が反応していて。合計4体は、確かに央佳と言えども荷が重い。アンリが素早く1体引っこ抜いて、それを姉妹で殴り始めて。
それでも新盾スキルの《トーテムブロック》は、複数相手には物凄い効果。完全に石柱トーテムに遮られた手長族達、仕方なしに目の前のそれを殴り始めている。
その間に、央佳は自己強化をしたり敵のヘイトを取ったり。
即席盾のアンリとネネの戦いを心配する央佳だったが、そちらは何とか機能している様子。雑魚とは言え、あの悪名高き手長族である。尽藻エリアで、ブイブイ言わせている新5種族の代表格だ。
とは言え、アンリとネネも大したモノ。加護を返したハンデは、新しく得たスキルで補っている感がバリバリ漂っている。それを代表する、アンリの《護凶四腕》が発動中。
何と魔法の腕が追加で2本、アンリの背中から生えて敵を殴っている。
その異様なスキルと来たら、仲間から見てもちょっと引いてしまう凶悪さ。当のアンリはケロリとした顔で、ステップを駆使して敵の攻撃を避けている。
その姉と正反対の動きをしているのが、末娘のネネだった。自分の身長の2倍以上ある木槌を操って、ステップ防御など完璧念頭に無い様子。
ただしその破壊力は、やはり凶悪と言う他無く。
竜の勾玉を取り入れたハンマーは、新しい性質をその打撃面の両方に宿していた。片方はニコちゃんマーク、そちらで殴ると敵のHPやSPを吸収すると言う特性が。
反対の面はもっと凶悪で、怒りのマークが描かれている事から察する事が出来るように。溜め込んだパワーを爆発させるように、一気に破壊力が上昇する仕様である。
それは使い過ぎると、使用者にもお釣りが来る程には。
ネネのペット(まだ名前が無い^^;)も、ずっと一緒にいるお蔭で結構な成長を遂げていた。主人の代わりに敵の攻撃を受けてくれたり、防御行動やヒールをくれる事もある。
とにかくそんな凶悪な姉妹に挟まれて、雑魚の手長族はあっという間に桃色吐息。そこに後衛の援護射撃が加わって、3分と掛からず1体目を撃破。
すかさずアンリが、父親のキープする次の雑魚を引き抜きに掛かる。
「ネネちゃん、危ないからそこで待ってなさい!?」
「だって姉っちゃ、父っちゃの方にいったよ?」
自分も向かいたい雰囲気アリアリな幼女だったが、三女がすぐさま戻って来たのを見てガッカリな表情。しかも敵を引き連れている、まだ戦闘は続くらしい。
それでも祥果さんに頑張れと声を掛けられると、鼻息も荒く戦闘の準備。殴る方の面を間違えないでねと、再度の声掛けに。ネネは改めて自分の木槌を眺め、ニコちゃんマークを確認。
そして律儀にも、それを振り上げて祥果さんに確認して貰う。
その頃には、もうアンリと手長族の第2ラウンドは始まっていた。急かされるように、ネネも目の前の敵を殴り始める。そして思い出したように、《フラットハンマー》のスキル技を敢行。
その途端に、敵が思いっ切り幼女の方を向いた。アンリの《護凶四腕》は時間切れで、影騎士と通常攻撃に移行していたのだが。文句を行動で表現するように、すぐさま《ペンタスラスト》でタゲを奪い返す三女。
不機嫌そうなその表情に、仲良くしてとの祥果さんの掛け声が。
姉妹間の無言の軋轢はともかくとして、雑魚の手長族の2体目も順調に沈める事に成功して。そのタイミングで、央佳はボス級キープの面々に戦況報告を申し立てる。
ルカはまだ平気ですとの気丈な返事、アルカと喜一のコンビからも、このまま2人で倒しちゃうよと強気な答えが。安心した央佳は、アンリに倒す順番の指示を出す。
元気に頷いた三女は、最後の雑魚を片付けに掛かって。
央佳の方は、これで随分楽になった。竜スキルの《臥龍》と盾スキルの《臥薪嘗胆》の重ね掛けのお蔭で、こちらが喰らうダメージは低く抑え込む事に成功している。
ここら辺の駆け引きは、キャリアの短い子供達の比では無い央佳。このまま安定したキープを続行して、味方の到来を待つのみ。ここまでは、最初の波乱を乗り越えて良いペース。
第2の誤算は、雑魚が全部始末された途端に残りの手長族が揃ってハイパー化した事。
ルカがまず素っ頓狂な悲鳴を上げて、敵のスキル技に吹き飛ばされた。前回も喰らっていたが、やはり凄い威力のようだ。祥果さんが慌てて、長女をサポートしようと走り寄る。
悔しそうに起き上がるルカに、妹達が勇んで援護にと割り込んで来た。姉のピンチに、頭に血が上ってしまっているらしい。アンリのチャージ技に、ネネのハンマーが続く。
あれっと驚き顔のルカは、思わず父親を振り返る。
前もっての順番だと、次はアルカと喜一の眼前の敵の筈である。事実、急な敵のハイパー化に向こうも苦労している様子。家族思いは褒められるけど、事態は確実に予定とは違う方向へ。
慌てたエストは、取り敢えず苦戦している2人の方に付く事に。黒助は迷った末、攻撃は姉妹の方の敵に、回復はアルカと喜一の方へと2面作戦へ。
そんな中、子供達の削り作業は意外と順調に進んで行く。
「ルカ姉、そろそろまたハイパー化来るよっ!? 今度はいいとこ見せてよねっ!!」
「任せて、もう吹き飛ばされないから……っ!!」
姉妹の呼吸が合うのは当然だが、ルカを上手に乗せるメイの手腕もなかなかのモノ。ルカはタイミングを見計らって、竜スキルの《臥龍》を使用する。
前もっての作戦で父親に勧められていたスキルなのだが、何故かスッポリ存在を忘れていたのだ。そのスキルの効果は絶大、再度の相手の吹き飛ばし技を完全に無効にしてしまう。
その後の《竜人化》も勇ましく、逆に剛腕ボス級手長族を押し返す勢い。
結果的にこの即席の手順入れ替えは、上手く行ったような気もするが。難敵を倒し終わった姉妹達、改めて冷静になった後に、父親の命令に背いた事にようやく気が付いて。
青褪めながら、現状を受け入れたくない体で周囲を見回すメイとアンリ。祥果さんとネネは、そこの所は良く分かっていない様子。メイが隣の祥果さんに、倒す順番間違っちゃったと言い訳染みた呟き。
別に良いんじゃないかなと、笑顔の祥果さんの当てにならない返事。
「パ、パパに怒られたら、祥ちゃん庇ってね……?」
「えっ、何で央ちゃんが怒るの? 大丈夫だよ、今の所は順調なんだよね?」
それはそうだけど、命令違反……と言うより、父親に怒られる可能性を考えるだけで泣きそうになってしまう。それはアンリも同じらしい、すかさず策謀を巡らせてゼスチャーで姉に策を提言している。
つまりは順番を飛ばしたボスを素早く倒して、父親に知られる前にうやむやにしてしまおうとの作戦らしく。それに乗った! と興奮模様のメイ、姉と妹達に特攻命令を下す。
そして始まる、リミット付きの大激戦。
一番小柄なボス級の手長族こそ、良い迷惑だったかも知れない。素早さに特化したその能力は、多人数で囲まれてしまうとその特性を発揮出来ないのだ。
子供達の容赦のない攻撃に晒されて、あっという間に俊敏ボス手長族は沈んでしまった。見せ場と言えばハイパー化の際の、連続クリティカル攻撃くらいか。
これをモロに喰らった喜一は、危うく敵の後を追って殉職寸前。
回復役のサポートによって、何とかあの世行きは免れた格好の喜一だったが。一同で肝を冷やしながら、2体目撃破で全員揃って小さく盛り上がり。
そして最後のボス級目指して、一斉に雪崩の如く襲い掛かって行く。父親に合流したくて仕方が無かった子供達は、半ば狂喜乱舞の体で戦闘に参加する素振り。
その燃えるイケイケの感情は、天をも焦がす程。
「おおっ、意外と速かったな……ここまでは順調みたいだな、良かった!」
「う、うん……凄く順調だったよ、パパ!!」
「……な、何も問題は無かったよ、お父様……!」
珍しく動揺する子供達を不審に思いながらも、央佳は一斉攻撃の指令を仲間に下す。タゲはもう、どうやっても央佳からは外れない筈なので。
後は皆でボコって、倒してしまえば問題は無い。
ところがさすが最後のボス級手長族、鬼畜なスキル技のオンパレードで最後の悪足掻きに余念がない。《シンバル》と言うプレス技はスタン効果があるし、その他にも吹き飛ばしの《オーバースロー》とか突き技の《抜き手》等々。
威力はどれも甚大で、盾で受け損なうととんでもないダメージを喰らってしまう。それでも央佳は特別ミスもせず、回復役に迷惑も掛けずに敵の攻撃を受け流して行く。
子供達も、更に拍車を掛けた様な頑張り振りだったり。
結果を言うと、最後のハイパー化にはかなり苦しめられたモノの。何とか全員無事に、この激戦に終止符を打つ事が出来た。回復役のMPも薬品も、本当に枯渇状態に追い込まれるほどの熱戦だった。
敵が倒れた時の安堵は、だから後衛陣の方が大きかっただろうか。祥果さんとエストは、この戦いだけでも密接になれた感が漂って出た程だ。
それ程窮地を垣間見た、稀に見る激戦だった。
それに対して、前衛のはしゃぎ振りは姉妹もビックリする程に子供染みていた。特にアルカと喜一など、飛び上がってハイタッチを繰り返している。
この2人の戦闘前の重圧を考えれば、まぁ無理も無いとも思うけれど。逆に子供達は、父親の指令に背いた事がバレてないかとの心配の方が大きい様子。
メイとアルカの良かったねぇの意味は、180度くらい違う気が。
安堵の感情は、央佳にしても同じ事。望まぬパーティリーダーの任務だったが、やっぱり責任は感じていたし。それぞれの感情を露わにしているメンバー達を眺めながら、心からホッと一息つく。
これで前へ進める、背負わされた重い荷を降ろせたような、清々しい気分の央佳だった。
――ページが少し余ったので、四女ネネの所有スキルの紹介など。
***ネネ*** 種族『竜』♀
種族スキル《逆鱗》ピンチ回避スキル《赤帝》ピンチ時従者召喚《竜の神秘》全ステータスup
《竜の心臓》MP総量up《竜の双角》攻撃力up《竜鱗》防御力up
《竜の咆哮》魔法耐性up《絆の印》契約効果up
竜スキル《限定竜化》……数分間、巨大竜化
《焔竜》……炎の範囲ブレス攻撃
《地竜》……地裂での挑発・防御力up
《竜爪撃》……攻撃魔法(物理)
《雷竜》……雷の直線ブレス攻撃・スタン効果
両手棍スキル《滅殺陣》……3連続のスイング攻撃
《フラットハンマー》……横殴りの重い一撃
《メテオハンマー》……落下型の攻撃・詠唱禁止
《フルスイング》……横殴りの一撃・吹き飛ばし効果
後付けジョブ《指令》……ペットに命令を与える
《オート回復》……ペット・主人にオート回復
《緩衝》……敵の攻撃ダメージを緩和
《身代わり》……敵の特殊技を自身で受ける
***スキルの類いは割と持っていても、大半は宝の持ち腐れ(笑)。
補正スキル、生活スキルは略。




