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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
32/48

館の七不思議とその顛末について



 ギルド『発気揚々』は、蜂の巣を突いた様な騒ぎの渦中に放り込まれていた。央佳の子供達の発見が、もちろんその波紋の中心だったのは言うまでも無く。

 開かずの扉の奥に、まさか地下世界が拡がっていたなどとは、誰も思ってもいなかったコアな事実だ。その探索に駆り出されたのは、朱連を始めとする手練れ陣である。

 それから興味を持った、冷やかしギルメンもパーティを組んで挑んだみたいで。


 その知らせは、次々とギルドチャットで央佳の元にも送られて来ていた。何しろ総数30人以上、6パーティの出陣らしく。罠に掛かっただの見知らぬ敵が出て来ただの、とにかく通信が途絶える事は無く。

 被害も結構出てるみたいで、ヘルプコールも聞こえて来る有り様。さすがにエースの朱連のパーティは、敵を掻き分け最深層へ辿り着けそうとの事なのだが。

 そこに何が待ち構えているか、未だに不明らしい。


 央佳も多少、同行してみたい気もあったのだが。花組と奇面組との約束が控えていたので、今回はそちらを優先する事に。今日は午前中に、王都の地下ダンジョンを攻略する予定。

子供達も特に、不満の類いは無い様子。親と一緒に行動出来れば、その手の感情は湧かないのかも。今もお出掛け準備に熱心で、誰がランチバケットを持つか議論に忙しそう。

結局はいつもの様に、祥果さんが持つ訳なのだが。


『……この見た事無い角付きの黒い獣人タイプ、滅茶苦茶強いな! 3体以上出て来たら、ちょっとヤバいかもっ!?』

『やっと仕掛けを突破したと思ったら、地下の迷路が厄介だなぁ。子供が見掛けたって言う、例の針モグラ? どこにもいないよー?』

『アリ獣人とミミズが多いなー、それから罠も多いー!! 迷ったー、ここどこー?』


 騒がしい通信がギルドチャットで行き交う中、央佳は至って冷静に分析をしてみる。ネネはネズミと言っていた目撃証言だが、ルカと獅子の盾によると新種族らしい。

 その名も『針千本族』と言うらしく、もし渡りをつけられれば新発見だ。ネコ獣人の発見とタメを張るかも知れない、それがギルドの館の地下に居を張っていたとは。

 いや、まだ見付かってないんだけどね。


 それはともかく、王都へと家族で移動して待ち合わせの街外れの下水道口へ。ここからチケットで入れる、王都で唯一のダンジョンがあるのだ。チケットに書かれていた情報では、難易度は結構高め。

 その代わり、報酬も高めにはなっているけれど。


 子供達は相変わらずハイテンション、緊張の欠片も窺えないはしゃぎ振り。待ち時間を有効利用して、祥果さんと勉強会をしているのだが。出された問題の争奪戦、我先に答えようと物凄い盛り上がりを見せている。

 ネネなど姉より前に出て、完全にかぶりつき状態。こんな時は、無表情のアンリも黙っていない。妹の頭の角を掴んで、妹には絶対に引けを取らない構え。

 その角の間には、相変わらず軟体生物がプルプルと震えている。


『それじゃあ央佳は、ちょっと前まで寝てたって事で間違いないんだな? こっちのモニタでは、オフライン状態って表示されてたけど……フム、面白い現象だな』

「祥果さんと、ほぼ同時に起きたで間違いないよ、トーヤ。それよりお前さん達、ギルドとかどうすんの? 俺んトコ入るなら、ギルマスに紹介するけど」

『俺がゲームを始めたのは、お前の状態の確認と異世界の検証の為だからなぁ……取り敢えず保留で。いけない場所があると不利だから、真面目にレベル上げはするけど』

「それもそっか、じゃあ……今一緒に行動してる仲間と、簡易ギルド結成してるんだ。俺達夫婦と子供達と、後メンバー4人だけだから、通信用にそっちのバッヂをやるよ」


 それは有り難いと、初心冒険者トーヤの簡潔な返事。最近このゲームに参加して来て、ついでにいつもの仲間まで引き込んでしまった張本人ではあるものの。

 普段だったら、恐らく央佳が幾ら誘ってもゲームなど始めなかっただろう。研究職が骨の髄まで染み込んだ、堅物だとの周囲の認識は全く間違っていない性格の人物なのだ。

そんな男が、もうすぐ仲間もインする筈だから、そしたらそっちに向かおうかと伺いを立てて来る姿には。央佳は何と言うか、一種独特な達成感を感じてしまうのだった。

まるで友人を一人、イケナイ趣味に誘い込んだかのような。


 他の友人達に関しては、特にゲーム参入に渋った者はいなかった様子。逆に大いに乗り気だったのは、仲間内で最も血の気の多い七海さんだったそうな。

 陽平と琴子さんは、まぁみんながやるならお付き合いと言う程度での参加表明だったみたい。それでも元々オンラインゲームなど、無縁だった親友達である。

 それを招き入れたトーヤの情熱と手腕は、一体どう評価すべきなのだろう。


 そんな事を話し込んでいる内に、インの遅れたメンバーが集合場所に集い始めて来た。トーヤの方も同様らしく、それじゃあまた後でと通信は切られて。

 ギルドチャットは相変わらず騒がしいが、それもしばらくは無視する事に。難易度の高いダンジョンに今から入るのだ、気合を入れて行かないと。

 全員揃ったのを確認して、メンバーの気合いも締め直し。



 いざ突入の号令と共に、チケットを消費してダンジョンの中に。下水の入り口から入ったエリアは、そんな雰囲気に彩られていた。そして出現する敵も、ネズミやゲジゲジタイプばかり。

 下水の流れていない乾いた通路を進むと、どうしても隊列は長く間延びしてしまう。かと言って下水に足を踏み入れると、水棲のモンスターに容赦なく襲われる破目に。

 移動力低下などの不利益を被ると、前衛も囲まれてヤバい目に。


「水の中って嫌だなぁ、さっきトラップにも引っ掛かったし、敵の不意打ちもあるし……リーダー、隊列の再考を願います!」

「お前さんが今日は俺と組むって言い出したんだろうが、アルカ。……可愛い娘達に、汚い下水を進めとは言えんよ。我慢して進め、さもなければ喜一と替わって貰え」


 そう言われては返す言葉も無いアルカ、反対に可愛い娘と言われたルカは有頂天状態に。入り口から既に20分余り、そろそろ中ボスが見えても良い頃合いだ。

 そんな浮かれ気分が災いしたか、乾いた地面を進む盾役先頭のルカがやらかしてしまった。通路側に仕掛けられた罠を、踏み抜いて作動させてしまったのだ。

 壁の上部の檻がガコッと開くと、中から奇天烈な色のスライムが降って来た。それも一気に数匹、ルカの上部に纏わり付くように。その接触だけで、哀れなルカは毒状態に。

 長女の悲鳴に反応したのは、一緒に前を歩いていた喜一だった。


 素早く大鎌を一閃させたと思ったら、溜まったSPで《ソウルブロー》のスキル技。軟体生物に斬撃は効き難いのは分かっている、まずは無難に1匹タゲを取っておいて。

 もう1匹くらい引っこ抜こうかなと、水路に浸かっている桜花組を見遣るけど。そっちはそっちで、不気味な色彩の肉食魚の群れに襲い掛かられている最中で。

 こちらの応援に来るなど、到底無理な様子。


 喜一のキャラのバージョンアップ計画は、前衛としての能力に多大な恩恵を付加してくれた。それを後押しするように、前回の『耐呪の果実』の効果である。

 今では後衛を煩わせていた万年毒状態も、4回に1度は自分もダメージを受けていた呪いの武器も、ほとんど喜一を苦しめる事は無い。まぁ、耐呪のステータスも完璧では無いので、たまにダメージが来る事もあるけれど。

 以前の状態よりずっとマシ、お陰で少々敵にたかられても全然怖くない。


 そんな訳で《スライス》のスキル技で、ようやくパニック状態から抜け出しつつあるルカから2匹目のタゲ奪取に成功。向こうも2匹引っ付いているので、まぁバランスは丁度良い。

 喜一の装備変更だが、一番大きいのはミッションPで交換した通称『頑強ブーツ』だろうか。文字通り防御力がずば抜けて高い上に、魔法防御にも優れていて。

 土種族の弱点を、補ってくれるのが超有り難い。


 それから合成して貰った腕装備で、HPやSPに結構な上昇補正を貰う事が叶って。元々の体力自慢が、かなり誇れる程度には増えて嬉しい限り。

 もう少し頑張れば、HPタンクとしてソロでも盾役として機能出来るかも知れない。もっともそれは、伸ばしている土系の魔法を併用すればの話だが。

魔法は基本的に前掛けの補助だけ、喜一は戦闘中の使用は苦手なのだ。


 とにかく、呪い属性のマイナス分をほぼ完済出来た喜一。つまり今度は、戦闘においてプラス部分が際立って来たと言う良循環。ノリに乗って、敵を蹴散らして行く。

 両手鎌のスキル技も、結構充実している喜一は、削りアタッカーとしてみれば一級品には違いなく。央佳に言わせれば、何を血迷って呪い装備に手を出したのかって話である。

 人間は、コツコツと地味な努力の積み重ねが一番だ。


 毒持ちスライムと肉食魚の群れを、何とかクリアした一同。ようやく落ち着きを取り戻したルカだったが、罠の作動がトラウマになってしまった様子で。

 その歩みは、明らかに以前より遅くて慎重に。


 ちょっと気の毒になった喜一が、先頭を代わろうかと提案するけど。頑張り屋のルカは、大丈夫ですと健気に返事を述べて来る。後衛からは呑気な、お姉ちゃん頑張れの声援が。

 ルカの方は、どちらかと言えば隣の父親を気にしている風なのだけど。この子の原動力は、父親に褒められたいが大半を占めているのだろう。

 本当に健気過ぎて、涙が出そうな喜一である。


 中盤の仕掛けも、このダンジョンは結構酷かった。ゴミ溜まりの様な場所が増えて来て、そこに近付くと不意打ち的にゴミの中からネズミの集団が襲い掛かって来るのだ。

 1匹の攻撃力も体力も、コイツ等は大した事は無いのだが。嚙まれると、稀に病疫状態になってしまうのが厄介である。喜一は積極的に、範囲スキル技の《デスサイクロン》で殲滅に勤しんで行く。

 その甲斐あってか、ネズミの被害は軽微で済んで何より。


 ところが第一エリアの突き当りも、大きなゴミの溜まり場だった。きちゃないと素直な子供達の感想は、この場の皆が思う正直な心の声でもある。

 一行は、何か飛び出て来るだろうなとの暗黙の了解のもと、一斉に戦闘準備に入る。央佳が仲間の準備が整ったのを確認して、単身その場に踊り込む。

 案の定の不意打ちは、巨大なネズミの群れとそれに跨る獣人の姿。


 獣人もネズミの顔をしており、その数は全部で4匹。襲い掛かられた央佳は、さほど慌てもせずにブロックから1匹キープ。残りの前衛も余ったネズミに殴り掛かるが、衝撃的な事実がそこで判明する。

 何とこのネズミと獣人のセット、4匹とも2部位扱いらしい。最初のエリアの中ボスで、この難易度設定。アルカも喜一も、もちろん1匹キープ役を買って出るのだが。

 とにかく大ネズミに跨る、獣人の魔法攻撃が厄介極まりない。


 喜一はいきなり、闇系の魔法で目潰し効果を喰らってしまった。他のメンバーも似たような目に遭っているらしく、前線からは悲鳴の嵐が巻き起こる。

 混乱した現場に、しかしリーダー央佳の号令が響き渡る。


「前衛も後衛も、構わないから範囲技ぶち込めっ!!」

「「「は~~い!!」」」


 返って来たのは可愛い声の返事ばかりだったが、アルカも喜一もこれには反応。って言うか、ダメージの塩梅次第では後衛にタゲが向かう事もある訳だ。

 そんな危うい事態は許さぬぞと、2人は気張って範囲技を選択する。その甲斐あってか、視界が戻った頃には哀れな中ボスは残り僅かの有り様。

 少なくとも、2部位が揃って生き残っている奴はいない。


 武器さえ当たればこっちのものと、残りの掃討に熱を入れる前衛陣。しかしこのパーティの破壊力は、何やら恐ろしいパワーを秘めている気がする。

 後衛に身を置く黒助は、改めて“ワンマンアーミー”の潜在能力に肝を冷やす思い。自分も削り力には自信があった方だけど、さすがに子供NPC4人とは比べ物にならない。

 もっともその当人は、子供達の世話に相当苦労しているみたいだけど。


 まぁ、嫌な苦労では無いみたいだから良いのだろう。しかも奥さんも、献身的に世話を焼いて旦那を支えてくれている様だし。正直、羨ましくて仕方ない黒助だったり。

 彼の役割は、キャラカスタム前と後では、それ程大きな変化は無かった。ただしそれは攻撃面の話で、『救急ベルト』を装備に取り入れてからは回復役としても活躍の場が増えて。

 お金は掛かるけど、ポーションマスターとして本人的には喜ばしい装備変更だ。


 そもそも薬品での回復は、ヘイトを余り溜めないので有効な手段だ。その分射程が短いので、前衛に投与するには大変だけど。後衛のMP回復ならお手の物、やっぱりお金は掛かるけど。

 喜一とのコンビを組んでいた頃には、聖水投与のアクションはそれなりに大変だった。その分、薬品使用はかなり慣れていたりする黒助だったけど。

 前と後ろをウロチョロするのは、どうも美意識が許さない。


 そんな訳で、目下黒助が凄く欲しいのはアンリの持っている《影渡り》の異端ジョブスキル。これさえあれば、スマートに前衛と後衛を行き来出来てとてもクールだ。

 しかも弓矢スキルと言うのは、敵にくっ付かれてしまうと使用不可となってしまう。今の所黒助に、それを打破するスキルの類いは存在せず。

 それも含めて、後付けジョブを伸ばしたいなぁと常々思う次第。


 もっとも、喜一と2人でのみの行動では、なかなかハンターPが溜まらないのが痛手だ。NMの討伐に、人数不足は否めない当然の理。それでも今度のカスタムには、大満足の黒助。

 これで後は、ハンターPを稼ぎまくれば言う事無し。


 そんな取らぬ狸を期待しつつ、戦闘中の黒助の行動は至ってシンプル。メイが狙った敵に、追従して弓を撃ち込むのみ。SPの豊富な闇種族だが、序盤はこんなモノ。

 ただし、ここでも色々と選択の余地は残されている。前から所持してるユニーク装備『矢束ホルダー』が、迅速な矢束交換を可能にしてくれる。

 これで敵の弱点属性や、攻撃力の強弱をつける訳だ。


「パパ、なんか変なのが浮かんでる……アレ何?」

「うーん、恐らく捨てられて下水で巨大化したワニかな? 小さい頃は可愛がっても、お大きくなると捨てる輩も多いからな。お前たちもちゃんと、最後までペットの面倒見るんだぞ?」

「「は~~い!!」」


 第2エリアから混じって来た下水ワニを見て、途端に騒ぎ出す子供達。もっとも眼だけ出ている待ち伏せタイプ、それが数匹いるから厄介だ。

 しかもこのエリア、やたらと分岐が多くなって来ている。時間節約に、パーティを2つに分ける事に皆で合意して。お互い通信で会話しながら、正しい道を求めて彷徨う事に。

 適当に班分けして、薄暗い下水道を歩く2組の冒険者達。


 ナニか起こるとしたらこっちの班じゃないかなと、黒助の予想は大当たり。前を歩いていたルカと喜一のコンビが、突然何かに触れたと大騒ぎし始めて。

 祥果さんが慌てて、蜘蛛の巣があるよと警告するけど時すでに遅し。巨大蜘蛛が2匹襲い掛かって来て、動けない前衛は毒牙の餌食に。殴られ放題のルカと喜一を、救おうと後衛陣が動き始める。

 とは言え、タゲを取ると何か引き寄せとかありそうで怖い。


 お構いなしのアンリの魔法攻撃に、仕方なく黒助も追従するけれど。案の定のスパイダーネットの特殊技で、アンリが引き寄せられてしまった。

 悲鳴を上げる祥果さんだったが、当のアンリに慌てた様子はない。《影渡り》で脱出して、捕えられたままのルカに《敵対心贈与》でヘイトを擦り付けて帰って来る。

 何とも憎らしいその振る舞い、ただし後衛としてはアリ……なのだろう。


 慌てていた祥果さんだったが、アンリが戻って来て一安心。それから蜘蛛の巣にもHPが存在する事を発見したらしく、三女に攻撃対象の変更を支持する。

 黒助も慌ててそれに参加、程無く前衛の2人は自由を取り戻す。殴られっ放しのお返し攻撃は、かなりの私怨に満ちていた気もするけれど。

 斃した後に振り向いたルカは、何とも微妙な表情を見せる。


「アンリ……あんた、自分だけ逃げだしてズルくない?」

「……今日は後衛の気分だし、祥ちゃんも護らないとダメだから……」


 姉妹喧嘩に勃発しそうな雰囲気の中、ネネが何かやらかしたと向こうの班から通信が届いて。剣呑な雰囲気が一瞬にして霧散、何したんだろうねぇと他人事のような呟きに。

 祥果さんが探索続けますよと、子供達に号令を掛ける。そう言えばこのチーム、誰が班長なのかイマイチ不明だ。もっとも子供達が従うのは祥果さんのみ、つまりはそう言う事か。

 通路の奥を調べた結果、宝箱を2個発見。


 両方とも行き止まりの通路に置かれていて、それ以外に道は続いていなかったので。分岐まで戻って、央佳班への合流を目指す事に。向こうは現在、戦闘中らしい。

 合流すると、ネネは元気に前衛で戦闘に参加していた。水中の敵を求めて、たまに水没するのはご愛嬌。幼女の身長では、腰まで水に浸かってしまうので見ていて怖いけど。

 案の定、祥果さんは慌ててネネを呼び戻している。


「……メイ姉、さっきネネが何をしたって騒いでたの……?」

「えっとね、パパに前衛してもいいよって言われて、調子に乗ったネネが水の中でこけたり、大カエルに呑み込み喰らっていなくなったり?」


 やっぱりお茶目な幼女の操縦は、前衛にいてはやり難い様子。央佳もさぞかし苦労しただろう、祥果さんの合流に明らかにホッとした様子である。

 再び全員がそろい踏みの一同、勢いをつけて中ボス撃破へと向かう。


 今度の中ボスも、ネズミ獣人がわんさか出て来た。それに加えて、水中から骸骨の大ワニが3体出現。いつもの央佳の骨対策魔法とネネのハンマーで、骸骨モンスターを相手取る。

 今度はアンリも前衛に進み出て、ネズミ獣人の群れをアルカと一緒に押さえ込みに。向こうの唱える弱体魔法がウザいが、HP自体は低いので殲滅にさほど時間は掛からない筈。

 それにしてもここの中ボス、厄介な組み合わせばかりだ。


 それでもチート含みのパーティだけに、ここの中ボスも呆気なく撃破して。続く第3エリアは、暫く進むと広いフロアが待ち構えていて。天井も高いけど、どこも全部水没していて。

 お陰でネネは、祥果さんが抱っこする事に。とんだ戦力ダウンだが、致し方ないと言うか。そんな場所で、暫くは雑魚のワニや肉食魚、水ヒルなどの討伐を行う一行。

 移動の不自由な中、ようやく敵影は一掃されて。


 そうなると、気になるのは中央の四角い段差のくぼみ。小さな部屋程度の大きさがあり、段差は大人の平均身長程度だろうか。下水が四方からひっきりなしに流れ込んでいて、中央に3つほど宝箱が置かれている。

 メイが物欲しそうに覗き込むが、自分では取りに行こうとしない。代わりにアンリが行く様子、央佳も敢えて口出しせずに子供達の動向を見守っている。

 特に警戒もせず、三女はドボンと落差を飛び降りて。


 順番に宝箱を開けて行って、丁度真ん中が当たりだった様子。当たりと言っても嫌な方向、つまりは罠でミミックの登場に。慌てて央佳が飛び降りて、そのタゲを奪い取る。

 上るのが大変なので、あと一人前衛来てとのリーダーの要請に。迷う事無く飛び込んだのは、何故かアルカとルカの2人組。どうでも良いが、この2人は名前も良く似ている。

 残りの面々は、窪みの淵から遠方支援。


 アンリの被害は、最初にガッツリ喰らった一撃だけで済んだ様子。ミミックの撃退で、一行は大量のギルをせしめる事に成功。残りの宝箱の中身も回収して、メイも満足そう。

 第3層のボスも、その点では奇妙な仕掛けだった。やっぱり広い水の張られた室内に、宝箱が5個並べられている。そしてボスの姿は、どこにも見当たらないと言う。

 それを見たメイは、アンリの手を取り思わず駆け寄って行く。


「こらこら、さっきの仕掛けに懲りてないのか、メイ? 中ボスがいない訳無いだろう、少しは警戒しなさい」

「え~~、でもこんなに宝箱が並んでるんだよ? 何か良いモノ入ってるんじゃないかな♪」


 入っているかも知れないが、外れの方が多いだろう。央佳の指示で、敵が出て来る体での戦闘準備。最初に真ん中を選んだのはメイで、そこから出現したのは真っ白な煙。

 ナンだコレはと慌てる面々、そして誰かに殴られている気配が。


 追加でカパッと、恐らく宝箱の開く音が左右から響いて来た。同時に祥果さんの悲鳴、何事かと振り返る央佳の視界に煙の切れ間で慌てている奥さんの姿が。

 煙がようやく晴れて来て、戦場の変化を視認出来るようになったのは良いけれど。祥果さんが慌てているのは、側にいたネネが消えてしまったかららしい。

 とすると、怪しいのは宝箱ミミックの引き寄せ技か。


 央佳と祥果さんに名前を呼ばれ、ポンと出現したのはネネ竜の勇姿。どうやらミミックに収納されていたらしい、それを自力で強引に抜け出した様子。

 とにかくその衝撃波で、邪魔な煙も霧散して視界も良好。宝箱の仕掛けから出て来ていたのは、例のネズミ獣人とミミックと、それから煙の魔人と言う半透明の魔法生物。

 ネネ竜のブレスで、そいつらは纏めてHP激減の憂き目に。


 そこからは、こちらの一方的な手番となって。目眩ましも不意打ちも防がれた敵達は、為す術も無く蹂躙されて行き。後に残った宝箱から、メイが宝箱を回収して行く。

 第4エリアも、前のエリアと似たような形状をしていた。だだっ広い空間に、隠れている敵と堂々と襲い掛かって来る敵がわんさか。それを撃破して行って、ようやく一息つく一同。

 そして前と同じく、窪みの段差の小部屋に宝箱が1つ。


「……1個しかないのは、ケチってるからかな、パパ?」

「罠の可能性を、ちゃんと頭に入れてるか、メイ? ……よしアンリ、一緒に調べるか」

「……はい、お父様」


 ちょっと嬉しそうなアンリが、父親に続いて窪みに配置されている宝箱の前へ。ところが開錠からポーションゲットの平凡な流れに、構えていた央佳もとんだ肩透かし。

 ネネを抱っこしていた祥果さんからは、腕力の限界からもう次の部屋に行こうとせっかちな催促が。安価過ぎる宝箱の中身に納得の行かないアンリは、槍で近くの壁に八つ当たり。

 そして感じる違和感を、アンリは父親に素直に報告。


 窪みの壁面の一方だけ、一部だけ色違いの仕様なのだ。流れ落ちる水の壁のせいで、良く近付いてみないと分かり難いが。報告を受けた央佳が、壁を調べ始める。

 その頃には祥果さんは、忍耐の限界を超えてネネをおんぶへと移行していた。人見知りの四女は、アルカやエストでさえ恥ずかしがって抱っこを許さないのだ。

 かと言って水場では腰まで水没するので、困った事案ではある。


 見学に甘んじている連中が見守る中、央佳がようやく仕掛けのスイッチを見付けた。それを押すと、隠し部屋の扉が横にスライドして入れるように。

 喜ぶ面々を代表して、アンリが中へと入って行く。そしてしばらく後に、中の宝箱を片っ端から開けるログが流れて来て。大当たりは、水の宝珠やベース装備のネックレスだろうか。

 それらを含めて総勢8個、大当たりの隠し部屋だった。


 ご満悦の一行を率いて、央佳は最終フロアへと雪崩れ込む。大ボスは何かなと話し合っていたメイとアンリだが、その姿を見て大騒ぎ。何とドラゴンゾンビだ、つまりかなりの大物。

 ドロップが期待出来るぞと、子供達のテンションの高さは置いといて。早速前衛が大ボスに取り付いて、いざ最終戦闘の開始。そして開始早々やって来る、敵の腐敗ブレス。

 これが何と、後衛まで届く酷い代物で。


 大慌ての一同をさらに盛り上げようと、ドラゴンゾンビは従者を召喚する。スタン技もなんのその、効果は上がらず骸骨従者が5体追加された。

 喜一がすかさず、そいつらのキープへと取って返す。アンリも前へと出るが、彼女の武器は両手槍である。突攻撃の効き難い骸骨とは、相性が宜しくない。

 とは言え、回復役が殴られない為にキープ役は必要である。


 とにかく雑魚の従者は、即刻退場を願わなければと盾役以外で囲んでフルボッコに。央佳は巧みに死霊ドラゴンの向きを変えて、後衛がブレスの標的にならないよう工夫している。

 死霊ドラゴンのスペックは秀逸で、直接攻撃も牙と爪と尻尾と数も多い。威力もある上、さらにブレスや召喚までこなして来る。前衛陣はやり難そう、何しろ相手はHPも豊富だ。

 それでも何とか、体力半減まで削るに至ると。


 ハイパー化からの大暴れに見舞われて、盾役の央佳とルカは押し潰されそうな目に。何とか盾スキルの連打で、タゲの固定と被害の軽減に懸命な2人。

 こんな時のアタッカーは、決して近付いてはいけないのは常識だ。スタン技もほぼ効果は無いし、巻き込まれて体力を減じて後衛に迷惑を掛けるのが関の山だからだ。

 ハイパー化の嵐が過ぎるのを、ただじっと待つのみ。


 ただそれを乗り越えた後の、パーティの爆発力は凄かった。溜まった鬱憤を爆発させるように、ドラゴンゾンビのHPをゴリゴリと削って行く。

 2度目の召喚は、骨恐竜が3体と先程以上の戦力投入に思えたが。こちらも満を持してのネネ投入、父親の要請に勇んでハンマーをぶん回す幼女。

 しかもこの武器、叩き属性で相手のモロ弱点だったお陰もあって。


 これで闘いの趨勢は、完全にこちらに傾いた感は否めなかった。2度目の大ボスのハイパー化も、先程と同じ手順で軽くいなし。終わってみれば、被害も軽微で完勝ムード。

 こうしてずぶ濡れのダンジョン攻略は、無事に幕を閉じたのであった。




 ダンジョンで得た報酬の分配も終わり、今日は解散との流れとなって。花組と奇面組は、サヨナラの挨拶と共に去って言って。すっかり慣れた子供達も、愛想良く手を振り返す。

 今回のダンジョン探索は、結構な儲けになったし経験値も思ったより入ってホクホクであった。浮かれる子供達だったが、央佳は別件でソワソワ。

 何とトーヤ達が、王都までやって来たと言うのだ。


 彼らは揃って、40以上にレベルを上げているそうだ。1日2時間程度のイン状況で、かなりの速度での成長だ。頭の出来が良いと、やはりゲーム世界でも有利なのかも。

 そんな事を思う央佳だが、やっぱりゲーム仲間が増えるのは一際嬉しいイベントには違いなく。王都の無料レンタル部屋前で、リア友でもある連中と待ち合わせ。

 お腹が空いたとネネにせっつかれる頃、ようやくトーヤ達とご対面。


 挨拶合戦もそこそこに、一同は親睦と子供達の胃袋を満たすのを兼ねて喫茶室へ。一部屋借り切り、昼食会に移行する。子供達は早速、祥果さんに給仕をせっついている。

 古馴染みのメンバーなので、央佳も祥果さんも寛ぎムード満載だ。それを察してか、子供達も変に彼らを警戒していない様子。逆にトーヤや琴子さんは、子供達に興味津々。

 それぞれちょっかいを掛けて、反応を楽しんでいる。


「何だ、央佳も祥果さんも子供と一緒にお昼ご飯食べるのか……ひょっとして、空腹もあるし味覚も感じるとか?」

「ああ、普通に感じるよ? ただ、こっちの出来合いのモノ食べると、全く美味しくないけどね。お蔭で祥ちゃんに、三食とも全部作って貰ってる」

「それは私、別に大変でも無いんだけど……こっちの世界の方が、何か凄くお腹空くねぇ? 魔法とか使うと、凄く運動した気になるよ?」


 分かるよ~と、メイとアンリの賛同を貰えた祥果さん。仲が良いのねと、七海さんはこの不思議な親子関係に首を傾げている。仲はとってもいいよと、笑顔の祥果さんの返事。

 こっちでも不自由なく過ごせてると聞いて、仲間達も一応は安心した様子。オンラインゲームもやってみれば結構楽しいねと、陽平の呑気な言葉に。

 七海さんも同意してるのは、結構ハマっている証拠なのかも。


 ちなみに皆のキャラ選択だが、トーヤが闇で片手斧に盾装備。陽平が炎で両手斧アタッカー、琴子さんが水種族の後衛仕様で、七海さんが雷種族で短剣と盾持ちっぽい。

 七海さんは二刀流のスキルを覚えたら、そちらに移行してスタン要員を目指すらしい。なかなか良く練られているチーム編成だ、トーヤらしく予習も完璧らしい。

 しかしスタートの街がバラバラで、大変だっただろうに。


「いや、簡単だったよ? 今、初心者歓迎キャンペーンやってるらしくって、色々とお助けアイテム貰えたりお得なワープ使わせて貰ったり。経験値も多めに貰えるアイテムとかもあったから、割と楽にレベル上げ出来たよ」

「そっか、キャンペーンやってるの知らなかった……開始画面なんて、見なくなってるからなぁ。何にしろ、みんな立派な冒険者になってて良かったよ!」

「レベル上げは、まぁ楽しいんだけどさぁ……時たま邪魔して来る奴らがいるじゃない? そいつらのせいで、一回全滅したりとかさ。弱い内は大変だね、色々?」

「強くなっても大変だろ、結局は社会のしがらみとか軋轢とか、そう言うモノの変形だよ。そう言う意味じゃ、カルマシステムって面白いよな?」


 七海さんの愚痴に、優等生らしい言葉を返すトーヤ。この辺の遣り取りは、昔っから全く変わっていない。七海さんは仲間内では唯一アグレッシブなキャラで、アウトドアの趣味も多彩な娘である。

 活動的で括って言えば、その次が陽平だろうか。この2人は、よく皆で遊びに行く計画を練っている印象が強い。インドア派の央佳夫婦にしてみれば、外出の旅先案内人のような友達である。

 趣味の違いを、お互い重宝している間柄とも言える。


 そんな歓談をしながらの情報交換で、新たに分かった事が幾つか。相変わらず、この初期エリアで幅を利かせている闇ギルドが存在する事。向こうとこっちの世界では、やっぱり時間の感覚が違う事。向こうの世界の央佳も祥果さんも、どこから見てもこちらと同一人物にしか見えない事。

近々また、短期の限定イベントが開催されるらしい事。ログインボーナス的な初心者用のイベントがあるので、祥果さんもひょっとして何か貰えているかも知れない事。

初心冒険者とは言え、央佳夫婦にとっては頼もしい存在の仲間達。


 トーヤは完全に、この世界の検証に取り組む気でいるらしい。央佳夫婦がしばらくギルド領の館を拠点に冒険すると聞いて、今後の計画を脳内で立てている様子。

 同時に自分達も、どんどんレベル上げして強くなって行くつもりでいるらしい。それから祥果さんの要請で、子供達の家庭教師も請け負ってくれるそうで。

 それは心強いと、央佳も心から安心するのだった。





 ――知識は必ず子供の助けになってくれる、最近は子供の事ばかり考えている央佳だった。











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