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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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頭に乗ってる変な奴



「ちょっとみんなに話があるんだが……ネコ族の集落の情報、思い切って売っちゃわないか?」

「ええっ、僕らだけの占有権を放棄しちゃうのっ!? それはちょっと、勿体無いよ!!」

「そうだそうだ、手の長い怪物に追い掛けられて、集落の外だって全く探索してないじゃないか! 権利の放棄は、確かに勿体無いぞ!!」


 案の定、うるさ型の2名からは反対の声が上がって。確かに黒助とアルカの言い分も、尤もだし央佳も勿体無いと思う。しかし、いい加減独占するのも辛くなって来た。

 央佳はその理由を、1つ2つと口にしてみる。自分の腹は既に決まっているが、それが最上の決定とも言えないのも確か。何しろその理由の、大半は懺悔の感情から来ているし。

 例の手長族との戦闘で、あちこちで全滅パーティが出ているとの噂が。


 各ギルドの精鋭が、ビレシャヴの森の奥に挑んで成果をあげられずにいるらしい。それどころか全滅の憂き目にあっていて、その責任を何となく感じてしまう今日この頃。

 実際、老舗ギルドの面々は、フルアラ(36人体制)のパーティで集落落としに挑んだらしい。それで全滅したと言うのだから、手長族は相当なエリート戦闘部族なのだろう。

 伊達に鍵の護衛役として、出しゃばっていないと言う証拠である。


 とにかく、そんな引け目を感じてしまうのがまず一点。それからこちらの体勢の整いの遅さが、もう一つのネックである。このごった煮パーティも、煮込んだお蔭か多少は味が整い始めたとは言え。

 追手の手長族を撃破して、更にネコ族の集落に出向いて色々とクエをこなし。財宝を全てせしめるには、最低でも1か月は掛かるだろう。いや、下手をするともっとかも。

 その間、央佳のギルメンに待って貰うのもハッキリ言って心苦しい。


「実は老舗のギルドからも、何か情報を掴んでるんじゃないかと探りを入れられていてね。こっちは、手長族を世に放った負い目もある。まぁ、負い目の内はまだいいけど、責任を取れとか言われたら……」

「なるほど、そう言われる前に情報をお金に変えた方がお得だと?」

「すっごい、パパ頭良いっ!」


 はしゃいでそう口にするメイはともかく、冷静なエストの推理は概ねその通りである。しかも央佳は、黒助の所有する鍵型のトリガーは、実は3つ集めないと意味が無いとの情報を得てしまっていて。

 それを聞いた花組、そしたら私達の所有するヒントで、2つ目が取れるかなぁと取らぬ狸の皮算用。それでもあと一つ足りませんねと、ルカの言い分は御尤も。

 つまりはアレだ、特にネコ族の集落の場所を漏らしても問題は無いのだ。


 アルカと黒助のキャラのカスタムで、パーティ的にも散財してしまったし。大半は交換品で賄えたとは言うものの、実はベース防具の費用と合成代は結構お高くついてしまった。

 1つの部位で、だいたい3百万位だろうか。合成はお友達価格でギルメンに頼めたが、それでも数十万は掛かってしまった。さらにその合成師の所有する素材も、買い取りで経費に乗っかって。

 一人頭、だいたい8百万程度も掛かったけど、2人共大いに満足してくれた。とは言え、アルカは相方に借金もしていたし、喜一の方も財布は随分軽くなったらしく。

 今後を思えば、先立つモノも必要だと考えてしまう。


 央佳に関して言えば、今回はネネの装備だけで済んだのでそんなに使い込んではいない。ただし、以前からの仲間への借金もある上、差し押さえが相変わらず痛い。

 この情報売買のネタに関しては、元は奇面組の持っていた秘密情報である。央佳としては、こちらにお金が入らなくても別に構わないとも思っている。

 そう央佳が口にすると、いやいやもちろん皆で分けてくれと奇面組の返答。


「……そうだね、喜一っちゃん。ボクらの目的は、一緒にミッションに取り組んでくれる仲間だったんだ。それがホラ……もう、こんなに信頼出来るみんながいるじゃないか!」

「確かにそうだね、黒ちゃん……トリガーが3つ必要なら、ネコ族の集落に固執するのはかえって危ないかな? 僕らは既に1つ持っているんだから、迅速に他のを探すのがベストだね」


 何やら2人で盛り上がっている奇面組だが、情報を売る事は了承して貰えた様子。アルカも感極まったように、そうだ私達は仲間だからなと黒助の肩をバンバン叩いている。

 友情に猛る仲間は放っておいて、エストも概ねオッケーとの返事。元々彼女は、他人との競争とか勝敗とかには興味が薄い様子。その点、祥果さんと良く似ているかも。

 子供達は特に、これと言った反対も賛成も無いみたい。


 これで央佳の抱えていた案件が、ようやく1つ片付いた。やれやれと安堵しながら、祥果さんに合図を送ると。それではお昼にしましょうかと、旦那の意図を汲んで発言する祥果さん。

 子供達は待ってましたと大喜び、央佳はちょっとギルメンと通信して来ると席を立つ。ここは王都の下町の貸し切り喫茶室なので、通信は不可なのだ。

 それについて来たのは、コンを抱えたネネのみ。


 他のメンバーは、自分達もお昼を振る舞って貰えると聞いて相好を崩している。こんな遣り取りで信頼度を上げるのも、このゲームでは生命線なのだ。

 ルカがテーブルセットを手伝う中、ギルド領地から収穫された野菜を使った、ちょっと風変わりな料理が出現する。まずはこの前子供達に評判の良かった焼きモロコシ。

 それからじゃがバターやアスパラベーコンに、サンドイッチ各種。


 どこかの観光地のようなメニューだが、子供達もゲスト組も大喜び。何より上手に飾り付けられていて、ホカホカ湯気が食欲をそそりまくっている。

 祥果さんが人数分のコップを取り出して、ポットから牛乳を注いで行く。テーブルに噛り付かんばかりの飢えた子供達、それでも何とか我慢しているのは家族が全員揃っていないから。

 ルカが父親を呼びに表に出て、暫くしてネネと一緒に戻って来た。


「ごめんごめん、待たせちゃって……何とか3日後に会合のセッティングが出来るよう、ウチのギルマスに周知を頼んでおいたよ。後は俺達が、追手を撃破出来るように力を付けるだけだな。……それじゃ、それを含めて決意の乾杯するか!」

「「「かんぱ~~い!!!」」」


 父親の言葉にすかさず追従する子供達、ゲスト組もそれに釣られて声を上げる。牛乳で乾杯もアレな気がするが、それを敢えて口にする者も存在せず。

 あっという間に賑やかな食事風景に移行して、テーブルの上の料理も凄いスピードで無くなって行く。食欲魔人のネネを中心に、腹を空かせた子供達の食欲は相変わらず凄い。

 祥果さんなど、それを見ているだけでお腹いっぱい。


 それに気付いたアンリが、祥果さんにサンドイッチを取り分けて差し出して来た。有り難うと礼を言って、祥果さんは三女の表情を暫し窺って。相変わらず無表情で、その心情は全く分からないのが歯痒い。

 央佳がそんな2人の遣り取りに気付いて、奥さんに目配せして来た。祥果さんは戸惑いつつも、正直に一昨日の散策で出会った少女について、旦那さんに話す事に。

 祥果さん自身、詳しい事情は分かっていないのだが。


「……つまり、放浪していた頃のアンリと同じ境遇の子を見たって事か?」

「……分からない、もう保護者を見付けてる可能性も高いから。……でも、同じ『魔』の里の子だったのは確かで、彼女もこっちを気にしてたのも確か……」

「まぁ、そうだったの? 言ってくれれば、私達で何とか出来たかも知れないのに」


 祥果さんの優しい言葉に、アンリは黙ったままフルフルと首を横に振った。自分の保護者を求めて里を旅立つ『魔』の子供達には、色々と制約がついて回るらしく。

 その中の1つに、同じ保護者に2人以上の里の子が一緒に世話にならないと言うのがあるらしく。つまりはアンリがいる以上、その少女はこちらとは縁を結べない訳だ。

 例え祥果さんに、無限の慈悲が備わっていたとしても。


 央佳の内心は、さすがにこれ以上子供を増やされてもなぁって感じだったのたけど。ただ心配なのは、アンリの様なド級の能力少女が、闇ギルドに所属してしまう事。

 それだけは何としても阻止したいが、確実な方法も存在しないと言う。出来る事と言えば、せいぜいギルドの誰かに、王都の裏通りを捜索して貰うよう頼むくらいだろう。

 忘れないように、後で夜多架あたりに通信を入れておくと2人に約束して。


 顔も知らない少女の心配より、こちらも地力を上げる事に専念しなければ。アルカと喜一は、装備や補正スキルの変更で何とか様になって来た。

 情報を売る会合は3日後と決めたが、それまでにもう少し場数をこなしたい所だ。暫くは王都を拠点にしながら、施設を巡る事になるだろう。

 リーダー役は本当に大変だ、心からそう思う央佳だった――




 その日の午後のスケジュールを、央佳は修行の塔チケットの消費に割り当てていた。せっかく王都にいるのだし、こう言うのは持っているだけでは勿体無いし。

 花組と奇面組も、勝手に賛同してついて来ていたけど。エストも1枚持っているので、この機会に使うつもりらしく。その他のメンバーは、完全に見学だけっぽい。

 まぁ、央佳家族も使用者は央佳とルカだけなのだが。


 2人とも、もう少し盾スキルを伸ばしたいと言うのが実情である。キープ力が弱いと、他のアタッカーにタゲが向いて色々と不都合が生じるのだ。

 装備の薄い魔法職が殴られるのが、何よりパーティにとって痛手ではあるけれど。回復職にしても、被害が拡散するとそれだけ大変ではあるのだ。

 幾ら削り手が強力でも、土台の盾キープが弱いとそのリソースは発揮出来ない。


 盾スキルも便利なモノが多いけど、どうしても後回しにされる宿命なのは否めない。央佳も同じく、片手剣と風スキルはカンストしているが、盾スキルはまだ70程度だ。

 ここ最近伸ばし始めたと言う事もあるけど、元々は止むを得ずな感じで手を付けたと言う事情の為。張り切ってポイントを振り込む原動力も、まるで存在しないと言う訳だ。

 だかしかし、パーティ的にはやっぱり必要な役割なのも確かで。


 そんな感じで、イベントや宝箱から入手したチケットを、今回使わせて貰うと言う経緯に至った訳だ。央佳やエストはともかく、ルカは思い切り緊張している様子。

 確かに見慣れない重厚な訓練所の施設は、子供にはハードルが高そうではある。やる事は至ってシンプルで、どちらかと言えばミニゲームみたいな感じなのだけど。

 そんな説明を長女にしながら、試しにやって見せるぞと央佳。


「ええっと……じゃあ、まずはこの盾の試練を選ぶかな? 他にも剣とか武とか魔法とか、欲しいスキルポイントの試練を選べばいいからな? 変わった所では、走るのを速くしたり腕力をあげたりと色々あるから」

「そ、そうなんですね……私も盾と、それから剣の試練がいいのかな?」

「このチケットだと、全部で4部屋廻れるぞ。スキル上げを重点にとか、そんな選択も可能だ」


 簡単に説明し終わって、ちょっと見てなさいと修練場に入って行く央佳。部屋に入ると、勝手に装備が変えられる仕様らしく。央佳はいつの間にか、修行者用の簡素な装備と盾の姿に。

 子供達は、閲覧用の窓にべったり張り付いて、真剣な表情で父親の姿を見守っている。身長の足りないネネは、祥果さんにせがんで抱っこされてるけど。

 そんな視線に重圧を感じる事もなく、央佳は慣れた仕草で盾を操る。


 模擬戦闘に相応しく、彼に殴り掛かって来るのはマネキンのような使用のモブだった。竹刀の様な武器で殴り掛かって、それを盾で受け止めればポイントが加算される仕組みらしく。

 室内のモニターに映る数字が、央佳が盾防御に成功する度に上がって行く。時折後方から、弓矢での攻撃が混ざるのが嫌らしい。ただこれを防げば、高ポイントになる訳で。

 その度に子供達から、ワッと歓声が上がる。


 5分間の手合せの結果、央佳が取得したポイントは43点だった。これで盾スキルに、4Pが振り込まれる事となる。まずまずの結果に、修練場から出て来た央佳はホッと一息。

 子供達と祥果さんが、お疲れ様と出迎えてくれた。次はルカ姉の番だねと、メイが余計なプレッシャーを与えて来る。隣の祥果さんが、気楽にねとナイスフォロー。

 ルカの持つチケットを消費して、いざ特訓スタート!


 緊張のせいで出だしはドタバタしていたルカだが、反射神経はなかなかのモノ。接近戦では素早い動きで敵の攻撃をブロックするが、どうもその反射神経が邪魔をするようで。

 飛来する矢尻は、思わず避けてしまうルカだったり。


「こらルカッ、避けてちゃポイントにならないぞっ!! ちゃんと盾で受けなさいっ!」

「はっ、はいお父さんっ!!」


 素直なルカは、返事と共に遠隔攻撃に集中し過ぎてしまって。後半はそのせいで、近接攻撃を何度か身体に喰らってしまったけれど。この訓練ではデスペナルティは存在しないので、幾ら喰らっても一応は平気である。

 喰らい過ぎると、その分ポイントは減ってしまうけれど。不慣れなルカは、結局そこそこ盛り返す程度に留まって。獲得ポイントは31点と、少々物足りない感じ。

 それでも最初にしてはまずまずだ、そう父親から褒められて。


 次はもっと頑張りますと、意気込んで答える真面目な長女。暇な面々は、頑張れと無邪気に応援を飛ばすのみ。ネネが自分の番はいつ? と、父親にねだるのはいつもの事。

 四女を強化する案も、無かった訳ではないのだが。強引に前線に投入する機会も、恐らくそんなに無いだろうとの推察で。積極的な強化は、後回しにする事に。

 『竜』種族のネネは、そう弄り回さずとも強スペックなのだし。


 そんな訳で央佳とルカは、もう1度ずつ盾の試練を受ける事に。余っていたスキルPや剣術指南書を駆使して、親子は無理矢理10Pを捻出して。

 仲良く1つずつ、新しい盾スキルを取得に至って。それから央佳は盾の熟練度上げと魔術のスキル上げを1度ずつで選択。ルカは剣術スキルと、その熟練度上げを頑張って。

 予定の4工程を、順調に消化して行くのだった。


 修練場の熟練度上げは、修行の中では一番単純と言えるだろう。剣術なら上げたい武器で、とにかく的の人形を殴り続ければ良いのだから。フィールドの適性の敵を殴っても、この手の数値は勝手に上がって行くのだが。

 この空間では、一気に上がり易いと言う親切な特性を備えていて。


 そんな理由で、割と使う冒険者も多かったりする。ルカもこの特訓においては、満足の行く結果を出せて何より。安堵の表情で部屋から出た少女を、迎える姉妹と祥果さん。

 央佳は別の部屋で、魔術のスキル上げ中。この訓練は、実はなかなか難しい。射的の要領で、左右から流れて来る的に自分が作った魔力球を当てるゲームなのだが。

 得点の高い的は、速度が早かったり低い的が邪魔したりで当たり難い仕様だ。


 魔力球も、時間を掛けて練り込まないと充分な威力のモノにならない。大きな的を破壊するには、威力の強い魔力が必要になって来る。そんな駆け引きをこなして、5分間で高得点を目指す訳なのだが。

 割と器用な央佳は、ここでもなかなかの得点を叩き出し。貰えたスキルPを、試験的に竜スキルへと振り込んでみる。今までスキル0で使っていたこのスキル、実は寝ている間に6ポイント程増えていたのだ。

 この事実はつまり、今後好きなだけ竜スキルにポイントを振り込めると言う事。それを試すべく、今回修行の塔でポイントを獲得してみたのだが。

 狙いはバッチリ、竜スキルはめでたく10へと到達!


 ただし、新スキルを獲得とは残念ながらならなかった様子。それも当然か、既に央佳は3つも竜スキルを持っているのだ。順番は逆だが、致し方が無い。

 スキルが伸びただけ御の字だ、これでスキルの威力もかなり違って来る。


「お父さん、私の訓練は全部終わりましたけど」

「ああ、こっちも終わった……他のメンバーも終わったのかな? 新しく覚えた盾スキルも使い勝手良さそうだし、来た甲斐あったな!」

『我が主の覚えたスキルも、なかなか強力だと思うがね。順調に成長してくれて、私としても嬉しい限りだよ』


 獅子の盾もルカの成長を喜んでいる様子、後は実践で使い心地を試すのみ。何にしろ、有意義な時間を過ごせた。チケットも消費出来たし、強化も出来たし。

 明日はパーティで、王都の地下ダンジョンへと赴く予定。丁度チケットを持っているので、消費してレベルを上げる心積もりだ。それが終われば、いよいよダンジョン都市に行く予定。

 チケットが全て消費される頃、それが一つの区切りになる筈。




 次の日の朝、家族の起床から朝の散策、それから朝食までの時間がいつものように過ぎて。今日は王都の地下ダンジョンに、いつもの面子で潜る予定になっているのだが。

 どうやらアルカと喜一が、少しばかりイン時間が遅れるとの通知が入って来て。こんな事態は珍しくない、会社からの帰宅が遅れるとか家庭で用事が出来たとか。

 だから普通に、部屋を出る時間を遅らせる事に。


 祥果さんは折角だからと、おやつのビスケットを大量に焼く事を思い付いたっぽい。央佳の方は、部屋のベランダチェアーに陣取って、仲間と通信を始めてしまった。

 暇になった子供達は、父親に断わって館の探索に出掛ける事に。


「歩き回るのは構わないけど、ネネの世話もちゃんと出来るか?」

「大丈夫です、バッヂも付けておきますね?」


 ルカの素直な返事に、一応は安堵の表情の央佳。バッヂを付けていれば、子供達の位置も分かるし通信も一発だ。何よりネネだけお留守番は、さすがに可哀想な気もするし。

 当の四女はいつもの様に、変な物体を頭に乗せてご機嫌な素振り。両手で人形を抱っこして、姉達の探索について行く気満々だ。人見知り以外は、元々活発な子だし仕方が無い。

 ルカもいるから大丈夫とは思うが、やっぱりちょっと心配だ。


 とは言え子供だけで遊ぶのも、社会でのルールを知るには立派な通過儀式だ。何より館内で、そんな困った事態になるとは考え難いし。迷惑を掛けるとしても、そもそもギルメンがほとんど館内に存在しない。

 それはそうだ、冒険者は危険な場所で行動してナンボなのだから。元気に行ってきますと声をあげる姉妹に、行ってらっしゃいと夫婦の返事。

 祥果さんも、全然心配はしていない様子。



 さて、ギルド領に建つ館は実際大きくて立派には違いなく。本館が1つに離れが2つ、中庭には花が咲き乱れ、池や家畜小屋や駐車場、更にはヘリポートまで存在している。

 ギルド在籍者がいつか持ちたいと憧れる施設ナンバー1なのは確かだが、実際所有に至った後にも色々と維持には大変な労力が必要とされる。家具を揃えたり領地の経営をしたり、他にも領民からクエが舞い込んで来たり。

 そう、ギルド領には領地と領民もセットでついて来るのだ。


 館の内装にしても、最初は素っ気なくて飾り付けるには相当の財力が必要である。しかも館専用の機材と言うのも存在していて、それを集めるのも一苦労。

 そもそも領主の館をギルドで貰い受けるには、莫大なミッションPが必要である。央佳達のギルドでも、これを取得するのに物凄い苦労をしたのだ。

 だからこそ、この館への思い入れは深く強くもある訳で。


 館専用の機材装置にも、色々と役に立ったり面白い機能の物が多数存在する。例えばスキル収束装置とかギル預金装置とか、レクレーション器具とかトレーニング器具とか。

 どれも便利な機材なのだが、ギルド員が多いと使う機会もなかなか廻って来ないと言う。それでも家具や機材が増えて華やかになった館は、探検するには持って来いだ。

 そんな訳で、姉妹は仲良くあちこちと移動を繰り返す。


 最終的に、一番面白いのは地下の開かずの間じゃないかと子供達は考えた様子。中に何があるのか、どうやって開けるのか色々と不思議があるのがまず面白い。

 一見すると牢獄の扉の様に、鉄製で頑丈に見えるけど。鍵がかかっていて、それをまず探す必要があるみたい。それを無視する、アンリの《影渡り》は反則な気もするが。

 数秒後、ガチャリと音がして開かずの扉は呆気なく開錠。


「……中は物置みたい、特に面白いモノは無いかな……」

「なんだ、コレ内側から開けれたんだ?」


 部屋の中は薄暗くて、大したものが置かれていないのは本当の様子。それでも探索するぞと意気込む姉妹、ルカが鞄から簡易ランタンを取り出して。

 光の魔素を投入して、これで光源は確保出来た。ルカを先頭に、ぞろぞろと広い倉庫の様な室内を見て回る。使われなくなった家具や木箱、石像や変な機材がずらっと並べられていて。

 そのせいで、広い部屋は意外と狭く感じられる。


 何か良いモノを拾って、父親に褒められようを合言葉に。室内の探索に熱中する子供達、褒められる為なら手段も不法侵入も厭わない天晴な心意気。

 その結果分かったのは、更に奥へと続く古ぼけた小さな扉の存在。アンリは躊躇せず、同じ手を使って開錠を試みるが。今度はどうやっても、鍵が必要な仕組みらしく。

 敢え無く収穫無しとの報告を、姉に伝えて借りていたランタンを返して来た。


「アンリちゃん、鍵開けスキルも持ってるじゃん。ちょっと試してみてよ?」

「……この扉のは、イベント形式の鍵穴だから……スキルで誤魔化しが効かないよ?」

「部屋の中に落ちてないかな、アンリもランタン持ってるでしょ? 二手に分かれて、ちょっと探してみようか?」


 ランタンは冒険者セットの中に入っていて、それは登録をした時に貰えるものだ。姉に言われて鞄を漁っていたアンリは、何とか目的のアイテムを取り出す事に成功。

 組み分けはルカとネネの竜組、メイとアンリの聖魔組で呆気なく決定。何を探すか分かってないネネは別として、この探索は意外と白熱した。

 それはもう、1度目の父親の戻って来いコールを無視する程には。


 無視と言うよりは、頼み込んでもう少し時間を伸ばして貰ったのだが。その甲斐あって、新たに発見した事が幾つか。まずは獅子の盾のペチが、並ぶ石像を見て一言。

 どうやらこの石像、元は人間だったらしい。そんな事あるのと、メイは不思議そうに石像を眺め回すけど。それからネネが、部屋の隅に動く小さな影を発見。

 幼女ははしゃいで、捕獲に努力するも捕まえられず。


「……ネズミじゃないの……?」

「私もチラッと見たけど、もう少し大きかったかなぁ?」

「そこっ、そこの隙間に入っていったっ!!」


 ネネの指し示すのは、大きな木箱と壁との間の小さな隙間。全員で一斉に覗き込むと、確かに小さな影がこちらを窺っていた。その影はすぐに、壁の穴の中に引っ込んでしまったけど。

 再び騒ぎ出すネネと、あれは『針千本族』の子供だねと、冷静に説明をしてくれる獅子の盾。それより何より、その隙間の奥に光る小さな物体は。

 アレは探し求めていた、奥への扉を開く鍵ではないか?


 姉妹揃って、アレを取ろうと勢い良く話し合って。まずはルカが、思いっ切り手を伸ばしてチャレンジするものの。腕の付け根までしか入らず、全く届かない有り様。

 次にアンリが進み出て、身体ごと這って入ろうとするけど。すぐに詰まってしまって、この挑戦も敢え無く失敗。ムカついた三女は、この木箱を破壊しようと姉に提案する。

 それは不味いと、制止に走るルカとメイ。


「パパの知り合いの持ちモノなんだから、壊したら不味いってば。アンリちゃん、ちょっと落ち着こう?」

「アンリでも駄目だったら……ネネ、あんたこの隙間に入れる?」

「ネズミを追っかけるの?」


 ネネの頭の中では、アレはネズミになってしまっている様子。ルカは奥の鍵を取りたいのと、末娘に説明する。ネネは隙間を覗き込んだまま、何やら暫く考える素振り。

 その後に起こした行動は、ある意味姉たちの想像を思いっ切り覆す結果となった。まだ《限定竜化》で全てを破壊する方が、四女の取る行動として納得出来ただろう。

 ところがネネは、頭に乗っている軟体ペットをポイッと隙間に放り込んだのだ。


 子供達が見守る中、軟体ペットはモゾモゾと動いて目的の鍵の元へ。手も足も無い形態で、どうやって鍵を回収するのかと思っていたら。そのまま体内へ、鍵を飲み込む軟体ペット。

 感心する姉妹の上げる歓声の中、ペットはUターンして飼い主の元に戻って来る。嬉しそうに迎えるネネの元で、ペッと鍵を吐き出す優秀生物。

 そう言えばこの子、まだ名前も付けて貰っていない。


 喜んでいるのは姉達も同様、ようやく拾えた鍵を使って、早速古びた小さな扉を開きに掛かる。重々しい音を立てて、一体いつ以来その扉は本来の役割を果たしたのか。

 その向こうの空間は、じっとりと湿った空気の真っ暗な闇の世界。


 ネズミを捕まえようと飛び込んだネネだったが、その闇の暗さに一瞬で固まってしまった。周囲に生き物の気配は無し、続いて入った姉達もそれ以上踏み込むのを躊躇して。

 4人で固まったまま、地下へと降りる石段を眺めるのみ。





 ――その深淵は、小さな侵入者をじっくり眺め回している様でもあった。














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