大人だって成長しますよ?
「それではパーティ再始動の、輝ける第一回ダンジョン攻略を始めまーす。打ち合わせ通り、各自ポジションを守って安全に進みましょう!」
「「「は~~い!!」」」
本当の意味で、仕切り直しのパーティアタック第一弾である。央佳の気合い入れの言葉に、威勢の良い返事があちこちから返って来る。
大幅なキャラ設定の変更を得て、その効果を知りたい面々は意気揚々とした表情を見せている。言ってみれば、生まれ変わったと表現しても過言では無い訳で。
早く実地で試したいぜと、気が急いているメンバー達。
央佳からしてみれば、もっと深刻に物事を見ているけれど。一刻も早く、追跡者の手長族との縁を切りたいのがまず一つ。それからシビアだけれど、万一ダメ前衛ズに改革の兆しが見えなかった場合は。
スッパリと手を切るのも念頭に入れている、何しろ家族が大事だから。ダメな人と付き合っていつの間にか自分も駄目になる、これが縁の怖い所でもあるのだ。
家長としても、付き合う者は厳しく選定しないと。
テンションが高いのは、何も装備を交換した前衛ズだけではない。子供達、特にネネの気合いの入り様は尋常では無い気がするけれど。ペット持ちとなった幼女は、その育成も担っている訳で。
そんな難しい事は、恐らくは考えていないようにも見えるけれど。ちゃんと召喚した軟体ペットは、例の如くに定位置の四女の頭の上に鎮座している。
コレが戦闘に役立つかは、甚だ疑問だが。
今回挑戦するダンジョンは、以前から狙っていたエルフの里の果実取りだ。喜一の呪いに対抗するべく、Aクラスの探索地へと赴く訳だ。レベル制限なしだから、相当な敵も出て来る筈。
当たりの確率は割と高い設定らしいが、辿り着くまでの難易度も高い感じだ。気を引き締めて行くぞと央佳の再度の激飛ばしに、は~~いとまたもや元気の良い返事。
深刻な考えの者は、リーダー以外はいない様子。
それをひっくるめて、央佳はリーダーに選ばれたのだろう。子供達の手綱は、しっかり握れているから負担は少ないけれど。破天荒な個性に囲まれて、心労は大きい気も。
パーティの練度が上がってくれば、通常の探索もスムーズになるし、緊急の場合も機転が利くようになる。家族パーティの場合、メイやアンリが冷静に緊急時に対応する役だけど。
このメンバーだと、果たしてどうなる事やら。
とにかくみんなパワーアップはしたのだ、そこまで途中過程で変に拗れない筈。それを信じて、すっかりお馴染みの洞のダンジョンに突入する。
相変わらず広く見渡せるエリアに、まず出迎えたのは熊や豹と言った大動物。数こそ少ないが、パワーもスタミナもある敵に時間は幾分掛かるのは仕方ない。
央佳とルカの盾役で、しっかりキープして殲滅を行う。
ここら辺は前と同じだ、前衛ズの削りパワーは上がっている気もするけど。特にアルカは、ノリに乗っている感じで迎撃に勤しんでいる。声を張り上げ、ムードメーカー的な役割だ。
彼女の着る装備の朱色が、そんな立場を呼び込んでいるのかも。アルカがこだわって、合成師に注文をしたのは実はその彩りだけ。新調した金属鎧を纏い、満足そうなその勇姿。
生き生きと、声を張り上げ敵と斬り結んでいる。
武器の大斧こそ新調していないが、その他の装備はかなり一新しているアルカ。補正スキルも大幅に弄って、まるで別キャラと言っても過言ではない。
胸当てもブーツも金属製、このベース防具に防御力やHPを合成でたっぷりプラスしたお蔭で、飛躍的にそっち系の数値が上昇している。それから頭装備は、奇面組から融通してもらった『眼鏡付きメット』と言うユニーク防具。
これには命中アップが元から付いているが、合成で無理やり魔法耐性アップも加えている。エストが懸念していた空振り対策、これにはミッションPで交換した『命中リング』も一役買っている。
そんな感じで、弱点を大幅に克服したニュー♀炎系少女。
SP技は、彼女が新たに取得(?)した“アルカスペシャル”のせいで使いにくくなってしまったが。これも奇面組から融通して貰った『救急ベルト』のお蔭で、闇の秘酒(SP回復アイテム)をしこたま買い込んで対応する構えだ。
それから央佳に勧められて、せっかく大量に取得した炎魔法も積極的に使って行く方針に。特にこのエリアでも頻繁に出没する動物系は、大抵が炎を苦手としている。
そんなアドバイスを貰った本人だが、最初は半信半疑が丸分かり。
元々炎種族は、腕力に秀でていて魔法はかなり苦手としているのだ。ところが自分の種族の魔法はその範囲に入らず、威力は結構高くなるよう設定されている。
最初は気が乗らない様子のアルカだったが、使って行く内に段々と楽しくなってきた様子。テンポも良くなって来たし、魔法は必中なのでストレスも溜まらない。
良いサイクルは、自信も育むと言う訳だ。
追手の手長族を避けて、なるべく安全にレベルアップを図ろうと望んだこのダンジョン。花組と奇面組のカンパで、幸いチケットは大量に手元に溢れている。
パーティの進み具合は順調で、第1エリアは被害も無く制覇。簡単にヒーリングした後、次のエリアへと向かう一行。相変わらず熊や猪、角の大きな鹿や山猿がお出迎え。
その数も段々と増えて来て、前衛は見せどころ満載である。
ダンジョンの難易度の上昇は、出て来る敵の強さで体感出来る。仕掛けも第2エリアから、少しだけ顔を覗かせて来た様子。それは通路の真上、木の枝にぶら下がっていた。
蜂の巣の仕掛けは、頭上を通った前衛では無く真ん中にいた祥果さん達を狙って来た。それにいち早く気付いたのは、盾役の後ろを歩いていたアルカと喜一のコンビ。
振り向きざまに、まずはアルカの《バーンアウト》が炸裂する。
炎魔法は水や光系とは逆に、割と攻撃に特化している魔法が出易い。アルカの所有している炎魔法も、大半が攻撃魔法だったりするけど。その中で、ピカ一の範囲攻撃魔法がコレ。
敵を消し炭にする勢いで、立ち上がった炎は飛び交う蜂の群れを捕獲する。これでスキルが低かったら、周りの仲間も犠牲にしてしまう事態にもなってしまうのだが。
幸い299(カンスト済み)のアルカの炎スキルは、威力もタゲも申し分無し。
これで装備の弱い後衛に、蜂の群れがたかる事は無くなった。もっともアンリとネネが、すかさず祥果さんの前に飛び出しているけど。後ろの事態に気付いた央佳が、蜂の巣を壊せと後衛に指示を出す。
追加の蜂は2匹出て来たが、3匹目が出る前にメイと黒助の射撃で蜂の巣の破壊は成功。一方、最初の5匹にタゲにされたアルカ、普段なら大慌ての自滅コースなのだが。
エストに師事して魔法の特訓をした成果が、出て来ている様子。
1匹を《フレイムウイップ》で捕獲して、残りをじっと他のメンバーが取って行ってくれるのを待っている。今までだと、闇雲に攻撃して痛い目を見るパターンだったのに。
物凄い成長振りなのは、実は自分でも驚いていたりするアルカだったり。仲間の面々を、信頼出来ていると言うのも大きいのかも。実際、いつの間にか目の前の敵は1匹だけに。
蜂の毒の麻痺を薬品で治しつつ、ソイツと速攻斬り結ぶ。
実際、体力と防御力の上昇は、精神的な安定に結びつくのだとアルカは悟る。HPがレッドゾーンに突入して、平静でいられる者など滅多にいない訳だし。
アルカの場合、半分程度で既に慌ててしまっていたのだが。さっき5匹の蜂にたかられても、HPの減少は微々たるもので済んでいた。これは凄い進歩だ、平静バンザイ!
後は“アルカスペシャル”を、格好良く披露するだけ!
そんな成長著しい相方を後方で見守るエストだが、彼女は特にキャラを弄っていない。光種族の後衛回復職は、水種族に次いで良く見掛ける組み合わせだ。
氷種族も後衛職が多いが、こっちは割と攻撃魔法も充実していたりする。ステータス的に知力や精神力、それからMP量が秀でているのでそうやって育てる者が多いのだ。
光種族の彼女はMP量こそ氷種族に劣るが、後衛寄りにステータスを振って育てている。
主だった回復~防御系の魔法は収得出来たが、欲しかった蘇生系の魔法を覚えられなかったのは最大の誤算。カンストまでスキルPを振ってしまったので、光系以外で出るのを期待するしかなくなってしまった。
HPの回復量や防御魔法のダメージカット量は、申し分ないと自分では思っている。魔法職の慣れも手伝って、安定した回復を前衛に供給している自負もある。
地味に思える職業だが、彼女は割と好きだったりする。
攻撃系や捕縛系の魔法もそれなりに備えてるし、使用にも慣れている。何しろ相方が考え無しの猪型だ、後衛まで思考を放棄したらあっという間に全滅してしまう。
そんなエストの変わり種の魔法は、種族である光魔法の《ホワイトホール》と《逆巻きの光》だろうか。《ホワイトホール》はタゲった相手を直前にワープさせる魔法、《逆巻きの光》は何と武器や防具を修繕する風変わりな便利魔法である。
これを持っているお蔭で、花組は装備を修繕に出した事が無いと言う。
とんでもなく財布に優しい魔法を得て、それはそれで良かったのだが。例えば黒助の弓矢スキルに、《貫通撃》と言う相手の防御力無視と言う、威力の高い技があったりして。
ただしこのスキル技、使用の度に問答無用で武器の耐久度が必ず減って行くと言う諸刃の技なのだ。その為黒助は、予備の武器を必ず携帯していると言う念の入れよう。
そんな場面に陥っても、エストの魔法で回避出来るのは凄い。
予備の武器はやっぱり威力も落ちるので、黒助にとって恩恵は計り知れない。パーティ的には大助かりなのだが、でもやっぱり蘇生魔法は回復職の華である。
欲しかったなぁと、エストは悔やみながらも思ってしまう。
ちなみに装備の修繕スキルは、ハンターP交換の『支援』スキルでも出るが超レア扱いらしい。ちなみにエストの後付けジョブは『魔法』で、至って普通の選択だ。
『魔法』スキルでも蘇生系は出るらしいので、エストは現在そっちでの習得を目指している感じ。それから最近は、雷スキルを少々嗜み始めた。
これは前から持っていた、複合技を覚えるため。
この特殊な複合技を手にした経緯は、まだちょっと秘密にしておこう。とにかく光スキルが150、雷スキルが150必要なこの複合技だけれど。
埋らせておくには勿体無いと、実は前々から思っていたと言う事情もあって。地味に雷スキルを伸ばして行って、現在ようやく80程度である。
必殺複合魔法を習得するのは、まだもうちょっと先の様子。
ファンスカには色々とキャラの見所が存在していて、つまりは“他人の羨む技や魔法や装備”の所有を誰もが望む傾向にある。一種の名誉的な段階として、ベテランと威張れる他の冒険者が感心するパワーと言うか。
色々あるけど、その一つに範囲攻撃技の有無と言うのがある。これが決まれば爽快だが、下手に使えば大勢の敵にたかられてボコられて死亡と言う悲惨な結末が待っている。
他にも宝具を持っているとか、レアな魔法や複合技をもっているとか色々。
範囲魔法もそれなりにレアなので、種族スキルをカンストまで伸ばしてようやく1つ程度が精々だ。運が悪いと、習得出来ない事態も充分あり得る。
そんなエストは、一応光と水で1つずつ所持はしている物の。滅多に使わないせいで、所有している事すら忘れ掛けていたのだが。メンバーの子供達が、余りに無造作に使うので。
自分も機会があれば、使っちゃおうかなと思っている今日この頃。
一応パーティでの立ち位置的には、回復系に片寄っている方が安定するっぽいのは間違いないけど。相方の祥果さんが、回復職と言うかゲームに、まだまだ慣れていないので。
それを含めて、後衛の面倒を任されていたりもするので責任重大だ。もっとも黒助は後衛に慣れているし、メイとアンリも同様だ。ただこの姉妹、祥果さん専用の護衛みたいな動きをたまにするのが面白い。
まるで本物の親子だ、護られているのは親の立場の方だけど。
後衛で一番の問題児は、間違いなく一番小っちゃいネネちゃんだろうとエストは思う。子供だけに突飛な行動を取る事が良くあるし、味方に掻き回される感が凄い。
いつもは祥果さんとしっかり手を繋いでいて(このゲーム、手塞ぎはわりと致命的だ)、チームリーダーに言わせると奥の手的な存在らしいのだが。
普段はマイナスってのは、どうにかならないのかなぁって思う。
それでも前衛の安定度が格段に上昇したパーティは、無事に問題無く第2エリアを踏破する。突き当りの中ボスは、凶悪な角を振り回す大鹿だった。
コイツは何故か光系の魔法も使うし、盾にタゲが向いている筈なのに、削り要員のアルカや喜一にもランダムで蹄のケリが飛んで来る困った仕様だったのだ。
こうなると、せっかくの前衛パワーも精彩を欠き。
ぐだぐだになりそうな中盤を救ったのは、黒助の繰り出す弓の削りだった。これならどうやっても反撃は来ない、何しろこの大鹿は光魔法の《リフレクト》で魔法も反射して来たのだ。
いきなり強力な中ボスの出現に、慌てた感のあるパーティだったが。盾役がガッチリとタゲ取りしてるのを窺いながらの、黒助の《貫通撃》での畳み掛けに。
中ボスは一気に体力を減じて、こちらの勝勢に持ち込めて。
こうして第2エリアは無事に終了、ヒーリングの後に次のエリアへ。しかし木陰からのそっと大動物が出て来る様は、余り心臓に宜しくない。
特にその動物が、いつぞやの大猪ともなれば。大慌てなのは祥果さんのみ、子供達は至って平気で対応してるけど。それでも前衛がチャージを喰らうと、よいしょーと変な掛け声が。
首謀者はアルカだが、子供達も面白がって追従している。
変な癖が子供達についてしまうのは気掛かりだが、所詮戦闘とは体育系ではあるとも思うし。眉を顰める程でも無いのかも、今は戦闘で忙しくもあるし。
出て来る敵は、段々と凶暴性を増して来ている。厄介な大樹系のモンスターも混じって来て、コイツは洞が丁度怖い顔の形に並んでいると言う。
枝を震わせて小動物や昆虫系を落下召喚されると、途端に場はカオスに突入する。何しろ一気に数匹敵が増えるのだ、それが前衛を差し置いて後衛にたかろうとするので。
ワーキャー言いながら、メイとアンリで駆逐に勤しんで。
「そっち片付いたか、みんな? 危なそうなら、ルカを中段に下げた方がいいか?」
「大丈夫かな、ネネちゃんもいるし……後衛が殴られる事態には、至らないと思うよ?」
エストの返答に、ネネもムフーと胸を張って同調の構え。アンリはそれを無視しているが、祥果さんは優しく頼りになるねと四女をヨイショする。
メイもやや批判的に、祥果さんの甘やかしを眺めているけど。新装備に包まれた幼女は、実はそれなりに強そうにも見えて。それでも前衛に出さないのは、この子の性格を鑑みての事。
それに加えて、奥の手としての用途も未だにちょっぴりだけある。
そんな珍道中の果てに待つのは、第3エリアの中ボスの大樹と蔦のセット。蔦は絡み付いて来て厄介なので、さっさと本体を倒してしまいたいのだが。
5本以上の蔦が行く手を阻んで来るので、近付くのも大変だ。大変さは大樹も同様、コイツも絶対に虫か動物を召喚して来る筈。後衛の護りを娘達に託し、取り敢えず大樹へと張り付く前衛陣。
移動出来ない蔦はアルカと後衛に任せ、央佳とルカで大樹を押さえに掛かる。
実際、アルカの《バーンアウト》は近付く蔦を焼き払うのに超便利だった。後衛も動かない本体に向け、容赦のない火力を差し向ける。大樹の召喚に備えて、アンリは不参加だけど。
メイと黒助だけで、割と充分な気配が漂って来る。黒助は炎の矢束に変わっていて、メイはしきりに感心している様子。アルカが本体に辿り着いて、スキル技で呆気なく締めとなり。
残る大樹も、召喚を1度成功させただけで後は見せ場も無く没。
ルカのスタン止めも、段々と様になって来た気もする。安定感が増したのは、央佳も認めざるを得ない事実。それはルカだけでなく、パーティ全体に言える事。
喜一の毒属性は相変わらずだが、『救急ベルト』を装備した黒助が甲斐甲斐しくカバーしている。彼が後衛的な動きを覚えた事で、格段にパーティの幅が広がった。
もちろん、黒助の財布は増々悲鳴を上げるだろうが。
難しいと思われたAクラスのダンジョンだが、今の所そんな感じも受けない。考えてみれば、前衛5人と後衛5人のメンバーなのだ。常識に当て嵌めれない面子なのは、まぁ当然かも。
第4エリアも、やっぱり大動物のオンパレード。起伏のついたエリアに、洞窟も道の左右に存在して。宝箱の配置に釣られると、待ち構えていた大蛇やスカンクに痛い目に遭うと言う。
スカンクのオナラ攻撃に、喰らったメンバーは阿鼻叫喚。
「うへぇ、こりゃ堪らん……宝箱からはろくなモノが出ないし、とんだくたびれ儲けだなぁ」
「お父さん、何かステータスがダウンしてるんですけど……まだ臭ってるし、いやな仕掛けですね……」
「……前衛は大変だね、祥ちゃん……」
呑気なアンリの呟きに、激しく同意する祥果さんだったけど。前衛の軒並みステータスダウンは、割と洒落にならない事態。幸い状態回復の万能薬はたくさん持っているが、それより先にメイが鼻を摘みながら前に進み出て来て。
《エンジェルリング》の魔法で、臭い効果をキャンセルしてくれた。
本当に便利な魔法に、央佳もホッと一息。もちろん新鮮な空気を吸うけど、こんな状態でボス戦に突入などしたくない。次女に礼を言って、いざ戦線へと復帰する一同。
このエリアが恐らく最深層なのだろう、中盤から怒涛のボス級の敵の攻勢が始まった。嘴の鋭い巨大な鳥から始まって、巨大獅子やウッドゴーレムの群れまで。
息を吐かせぬ猛攻に、パーティには疲労の色が漂い始める。
MP回復の為にヒーリングに入ろうとすると、土中から土竜やミミズが発生する始末。さすがに難易度の高いダンジョンである、ヒーリング潰しとは殺意も高い仕掛け。
こちらが移動しなくても、お代りの敵がどんどんと発生して来る事も判明して。仕方なく、一気に大ボスの間へと突入の敢行を決意する央佳。
リソースは削られているが、時間を掛けても無駄との判断だ。
出来れば一気に片付けたいとの、央佳の思いは大ボスを視界に収めた時点で断念せざるを得ない形に。何しろ敵の数が3体と多い、しかも大樹が2体と獣型のキメラが1体だ。
キメラは2部位持ちでパワーもHPも豊富そう、大樹はもちろん振り落とし召喚をして来るだろう。被害を最小にするためには、自分がキメラを相手取るべきか。
央佳の指示に、よし来たと前衛がそれぞれの敵の前に散って行く。
ルカが1体、それからアルカと喜一で1体の大樹モンスターをまずキープ。回復役は、離れた場所の皆をカバーしないと大変だけど。攻撃役は、ルカ前の大樹に火力を集中させる。
ここのボスは、今まで散々相手をして来た道中の雑魚の強力版だ。だから、潰すべきスキル技は完全に把握しているルカ。召喚技だけは、絶対に阻止する構え。
この辺は、父親の意思を存分に汲み取っている素直な少女。
「アンリ、敵の数多いんだから勿体振ってないで加勢しなさいよ!」
「……お姉ちゃん、怒ると小皺増えるよ……?」
父親が心配でテンパり気味なルカが、妹に本気指令を飛ばして来る。乞われたアンリは、仕方ないなと影騎士を呼び出して槍での特攻からの削りモードに。
ルカも必死に、敵の長所を潰しに掛かっている。メイの魔法攻撃も加わって、削りは順調に進んでいる。こちらの召喚は全て潰しているルカだったが、反対側はそうでは無い様子。
派手に振るい落とされて来る、昆虫の群れが窺える。
ネネが後衛を守ろうと、ご機嫌に祥果さんの前に躍り出て行くけれど。そこに待ったを掛ける、アルカの《バーンアウト》の炎の熱壁。召喚された雑魚昆虫の群れは、遣られた仕返しにアルカをタゲに設定する。
それを見て、喜一もすかさず範囲スキルを雑魚に撃ち込んで。召喚された昆虫を弱らせながら、助けを求めて後衛を窺う。このコンビの戦法は、とにかく片方が集中して殴られない事。
殴られ役を交代しながら、被害を最小限に抑えるのだ。
後衛の黒助から、すかさず《影縫い》の足止めスキルが飛んで来た。エストも同じく、1匹を足止め魔法で捕獲する。捕らえ切れなかった雑魚たちが、前衛陣に纏わりついている。
ネネの乱入は、彼らには援軍に見えたのだろう。小さな影は嬉々として、巨大な木槌を振り回そうとして。不意に足を止めて、思い直したようにポケットから水晶玉を取り出し。
固まっている昆虫に向けて、思いっ切り投擲する。
「わひゃっ……!!」
「ちょっ、チビちゃん……! こっちにもダメージ来てるよっ!!」
その通り、スキルの低い範囲攻撃は、仲間にまで被害を及ぼすのだ。限定イベント以降、投げ付け攻撃が癖になっていたネネだったが、全く考えが及んでいなかったのは事実。
ただ単に、範囲攻撃が面白そうだったからやっただけと言う行為の代償は。前衛ズからの抗議の声と、祥果さんの駄目でショとのお叱りの言葉。
だけど幼女は、こんな時に返す言葉をちゃんと知っていた。
「ごめんなちゃい!」
「あっ、謝るのは後で良いから……1匹ずつで良いから、虫を潰してって!!」
喜一にそう叫ばれて、思わず素直に従ってしまうネネであった。気が付くと、その隣にルカとアンリのお姉ちゃんコンビが。向こうは既に、片付け終わったらしく。
ルカが早速、大樹に張り付いてタゲを取ろうと苦労している。アンリがそれをお手伝い、なかなかコンビ間の仲は良さそうで何より。それを羨んでか、雑魚を片付け終わったネネも大ボスへと乱入を仕掛ける。
そんな集中火力の偉大さゆえか、2本目の大樹も程無く没。
最後は央佳がキープをしていた、2部位持ちのキメラを全員でボコ殴り。さすが央佳と言うべきか、その頃にはボスのHPは6割程度まで削れていたけど。
そんな事情も相まって、あっという間に1部位を陥落させてしまうと。残った虎部位がハイパー化、爪と牙のトリプル攻撃が痛いのなんの。
しかし《臥龍》の護りモードを使用した央佳は、微塵も崩れる気配を見せず。
結局は、最後のボスも割と楽勝ムードで終焉へと誘われ。勝ち残りをあげた一同は、改めて自分達の変化に気付くのだった。確実に強くなっている、パーティの底上げはなされていると。
このメンバーでこなすべき事は、まだまだ一杯あるのだから。この調子で力をつけて、難関さえも突破出来るパーティになってやろうじゃないか。
いつかそこから見える景色を、皆で楽しむために――
ダンジョン入口の大樹から少し離れた場所に、良い感じの広場を見付けた一行。そこで輪になって、報酬の分配とか今回の反省点などを話し合う事に。
お目当ての果実は、文句なく喜一の元へと言う事で話はまとまって。ところが『耐呪の果実』が2個出た事で、話は紛糾してしまい。もう1個の行方と、他の報酬の分け方で。
他の目玉となる良品が、今回少ないのが揉める要因なのだが。
央佳も特に、欲張りな性格でも無いので。それを言うなら、メンバーで強欲と呼べる者は皆無な気もするけど。とにかく報酬を公平に4つに分けるのに、央佳は四苦八苦。
メイが性格上、うるさい位に口を挟んで来るのが正直有り難い。こう言う作業は1人でするより、みんなの意見を取り入れた方が気が楽だ。
そんな感じで、取り敢えず何とか不公平の無いように4等分が終了。
目玉はもちろん喜一の元へ、早速果実を使用して感慨もひとしおの様子。効果もバッチリ、常時毒状態は消え失せたらしい。浮かれる喜一に、周囲から温かい声が。
もう1つの果実は、何とメイが掻っ攫って行ってしまった。順番通りの選択なので別に良いのだが、次女はそれを祥果さんに使って欲しかった模様。
央佳的には大助かりだ、そして花組と竜組の順で分配は無事終了。
央佳的に厄介だった分配が終わって、その後の計画をどうするかと話は推移して行って。暇になった子供達は、公園内を散歩し始めていたりして。
祥果さんもそれを見守ろうと、ネネの後ろをついて行く構え。ところがアンリだけ、何故か父親の側を離れようとしない。いつもは祥果さんの護衛を、頼まれなくてもする子なのに。
不審に思った央佳は、チラリとアンリの視線の方向を確認する。
ベンチくらいしか置かれていない公園の隅っこに、冒険者が1人佇んでいた。自分達がダンジョンから出て来た時から、ずっといた気もするけれど。
中の人が離席中と言うオチかも知れないし、アンリが警戒する理由も今一つ分からない。他のメンバー達は気付きもせず、次はどこに行こうかと話し合っている。
ただしフィールドは追跡者のせいで、出歩けないのが痛いけれど。
「そしたら呼び水使って、資金やアイテム稼ぎも出来ないのかぁ。結構たくさん持ってるんだけどな、勿体無い気がするなぁ?」
「行くとしたら修行の塔とか、やっぱりダンジョン通いじゃないかな? どのくらい強くなれば、追手に勝てるんだろうね?」
「う~ん、前回ボロ負けしましたからねぇ……」
一気に暗くなるメンバーを尻目に、アンリは父親から離れて普通に隅っこに佇む男の方へ。それに感付いた男は、居た堪れなくなったのか少女の接近に合わせてこの場を去って行く。
何の目的があってこんな所にいたのかはともかく、少なくともアンリはソイツを不審人物とみなした様子。戻って来た三女にそれとなく聞いてみると、朝から付き纏われて不愉快だったそうな。
全然気付かなかった、一体どこのどいつだ?
他のメンバーはチケットを調べながら、今後の指針を話し合っている様子。圧倒的に多いのは、やっぱりダンジョン都市から入る専用チケットらしくて。
今後はそちらを中心に活動しようと、大筋でパーティの行動指針は纏まりを見せ。桜花さんもそれでいいですかと訊かれ、慌てて頷きを返して了承の素振り。
追手を倒すまでは、ひたすら我慢の時を過ごすのみ。
ダンジョン後の反省会と今後の行動を決めた一同は、取り敢えず今日は解散の方向へ。一応最後に、央佳はマオウからの通信で仕入れた情報を披露する。
大御所ギルドの面々が、とうとう尽藻エリアの“ビレシャヴの森”にフルアラ(36人パーティ)で突入を掛けたらしい。手長族の集落らしき場所まで辿り着きはしたが、結果は散々。
ことごとく、手長族のNMクラスに返り討ちにされたそうな。
その報告を聞いて、そのきっかけに心当たりのある面々は微妙な表情。追手の手長族を倒す事が出来れば、その騒動も収まるのかなと黒助の呟きに。
誰も答えを返せないのは、確信が無いからに他ならず。どちらにしろ、自分達で出来るアクションは驚く程に少ない。それも含めて、各自考えて来ようと央佳の締めの言葉に。
メンバーは重々しく頷いて、森の通りへと消えて行くのだった。
「央ちゃん、私達はどうするの……? 今夜も樹の上の宿屋に泊まるでいのかな?」
「いや、もうこの街ですべき事は全部終わったから……今日はギルドの館に泊まろうか、ゆっくり出来るし何より無料だからね」
祥果さんはにっこりと頷いて、それなら宿を引き払う準備をしなくちゃと口にした。央佳は少し考えて、それなら自分は“断崖の街”に置いてある馬車を処分して来ると告げる。
処分と言う言葉に驚いた祥果さんだが、もうこの初期エリアで当分馬車は必要なくなるらしい。“ダンジョン都市”には王都から飛空艇の航路が存在してるし、それなら馬車は売ってしまうのが得策との事で。
少し寂しいが、必要になればまた買い戻せば良いとの言葉に。
一応は納得顔の祥果さん、そんな訳で2人は分かれて支度に取り組む事に。驚いたのは、央佳の護衛にとアンリが名乗り出た事。先ほどの見張り役の燻り出し以降、ピリピリした雰囲気。
ワープで移動後も、三女の硬質な態度に変化は見られなかった。無表情なのはいつもの通りだが、さすがに央佳には娘の緊張具合が分かってしまう。
それが央佳にも伝染して、いつも以上に周囲を気にしつつ。
馬車置き場は、街の入り口付近に存在した。突き出した橋状の尖端下の広場、表と裏通りの境目でもある場所だ。央佳は裏通りの壊れた建物を眺め、手長族の幻想を振り払う。
馬車回しに詰めているNPCから、馬車を売る手続きをこなしながら。アンリに、車内に忘れ物が無いかチェックして貰う。思えば、長い旅路をコイツと共にこなしたものだ。
手続きを終えて、多少の感慨に耽りつつ馬車に近付いて行くと。
急に馬車の扉を乱暴に開けて、アンリが外へと飛び出して来た。武装こそしていないが、目の強さは獲物を見付けた豹の様に強い光が灯っている。
荒事が全く好きではない央佳は、軽くため息をついて振り返った。
「驚かせて済まないと、まずはお詫びを入れるべきかな? そちらももうすぐミッションを進める頃じゃないかと思って、街で出会わないか気に掛けてたんだけど」
「……ああ、アンタか。こっちはまだレベルが足りなくてね、もう少し掛かりそうだよ」
話し掛けて来たのは『アミーゴゴブリンズ』のサブマス、以前一緒に行動した“閃光”のレインだった。この街にいるのは、恐らく新米冒険者のミッション手伝いだろう。
彼らも少してこずっているのかも、あれだけ人数がいればすんなりと戦闘ミッションも進められそうだが。馬車の登り口に足を置き、高い位置で威嚇しているアンリを抱きかかえ。
失礼な態度を取る前に、央佳はまずは三女を落ち着かせる作業。
アンリは父親に抱きかかえられる事には、何の文句も無い様子。逆に央佳は、その小さな身体が未だに緊張状態にある事に、違和感を感じてしまう。
アンリだって莫迦では無い、以前一緒に集落攻めをしたメンバーを、すっぽり忘れているとは考え難く。とすると、この偶然に見せた再会の方が疑わしい事になってしまう。
どちらを信じるかは別として、カマを掛ける位は許される筈。
「……本当に偶然だな、まるで誰かから通信でも貰ったようなタイミングだよ。もしそうなら、子供達が変に緊張するからやめて貰えないかな?」
「……ははっ、それは確かに悪かったね。こっちも情報戦に不慣れで、そちらに余計な重圧を与えてしまったようだ。その件は素直に謝罪するよ、ただこちらの手詰まり感とか焦燥も分かって欲しいな……情報の不足で、何ともし難い現状なのは君も知っているだろう?」
おおっと、素直に罪を認めて謝罪して来るとは計算違いの事態だ。どうやら、尽藻エリアの手詰まりの噂は本当らしい。それで情報を得ようと、央佳を見張って来るとは……。
心当たりが幾つかある身分としては、冷や汗の禁じ得ない話題ではあるが。向こうも確信がある訳でも無いのだろう、ただし幾つかの状況証拠はあると言うだけの話で。
つまり、あの時手長族から逃げるパーティの姿を、ギルメンに目撃されていたらしい。
「えぇと、つまり尽藻エリアに湧いた手長族の、原因はやっぱり俺らにあると?」
「そんな事まで分からないさ、俺達が欲しいのはただの情報だよ。攻略に繋がる大きなモノなら、1つに付き1千万程度は支払う用意がウチにはある。
――どうだい、君の持っている情報を開示する気は無いかい?」




