何は無くともレベル上げでしょう?
長女のルカと四女のネネは、一応とは言え桜花の実子である。ゲーム内でそう言うイベントが発生して、つまりは限定イベントの優勝で得た既成事実なのである。
今にして思えば、イベントの告知内容は胡散臭かったような気もする。とある高貴な龍人の姫が、力と知恵を兼ね備えた冒険者と懇意になりたいとの噂が立って。
有り体に言えば、それは婿探し以外の何物でも無かったような。
ただ、告知を聞いた冒険者の盛り上がり様は凄かった。いよいよ新属性への取っ掛かりが、この限定イベントで得られるのかと。少なくとも、『竜』系の秘宝は入手出来るだろうと、そんな思惑が交錯したのは確かだった。
央佳もその中の一人で、もちろんバリバリに乗り気でイベントに臨んだのだった。あんな結果が、数週間後に訪れるとも知らず。激しい切り捨て戦の末に1位は取れたが、望んだ報酬は得られなかった。
数日後に届いたのは、つまりは巨大な卵だった訳だ。
その限定イベントの激闘は、後に語るかも知れないしスルーされるかも知れないが。とにかく半端の無い、冒険者達による争奪戦だったのは確かな事実である。
そこで勝利した“森羅”の桜花は、物凄く褒め称えられてギルメンの反応も凄かった。しかし、その熱き闘いに報酬が比例するかと問われれば、全員が首を傾げた事だろう。
それ位、産まれて来た龍人の性能は微妙だったから。
いや、強さで語るならこれは最高の報酬には違いないのだが。たった一人で大ボスクラスの敵と対等に戦い得るNPCと言うのは、冒険者の存在意義を著しく否定する存在に他ならず。
しかもこちらの命令は全く受け付けない、ペット以下の鉄砲玉と来ている。今までに前例の無いユニットだけに、貰った当事者の央佳も周囲の面子も、それはもう戸惑ってしまい。
戸惑ったままに紆余曲折して、現在も試行錯誤している感じである。
央佳の手応えとしては、周りが揶揄する程外れ報酬では無いと思っていた。何しろあの優勝以降、定期的に龍人の姫君からプレゼントが贈られて来ているのだから。
その第一弾が、2人の愛の結晶なのには驚いたけれど。勝利を勝ち取ってからの姫との面会や宴会やらのシーンは、実はイベント管理委員会から、報奨金やらアイテムと一緒に翌日に届いたのだった。
その映像に、丁寧にぼかされた床入りシーンまで描かれていたのには驚いたが(笑)。
某初期RPGの、竜から助け出した姫様と宿に泊まった翌朝のシーンを思い出した央佳。『昨晩はお楽しみでしたね♡』と、宿屋の主に言われた時のトキメキと言おうか。
その事が後で祥果さんにばれて、折檻されるとは流石に思わなかったけど。
そんな波乱の過程から、何とか無事に産まれて来た龍人の子供なのだけど。当初は全くステータス表示などされず、見れるのは信頼度とかHPの類いだけだった。
そして父親の後ろから、必ず付いて来る特性と言う。
龍人の長女には、最初からルカと言う名前が付いていた。どうやら前衛アタッカーらしく、央佳の殴った敵を自分も容赦なく殴りつけ、それはもう殴り続ける。武器の類いは所持しておらず、防具もほとんど街着のレベルの薄さである。
外見は最初から12歳位、立派な赤毛と見事な角を持つ、母方の血を色濃く受け継いだ仕様のようだ。赤帝龍との子供なので、恐らくは炎属性なのだと推測はつくのだけれど。
他は全くと言って良いほど、今の所分かっていないのが実情だ。
性格は、至って温厚で素直。以前は会話こそ出来なかったが、吹き出し付きの台詞は色々と目にする事が出来たのだ。そして戦闘能力に至っては、有り余るほどの強さを示す。
まぁ、それが災いして央佳はパーティ戦からあぶれる事になってしまったのだけど。それでも恩恵は他にも存在していて、定期的に贈られて来るプレゼントの中の指輪もそう。
それは『契約の指輪』と言って、特別な性能を秘めていた。
それは対になっていて、片方の装着者のHPやMPを、もう片方のキャラが借りる事が可能らしいのだ。つまり片方のHPがゼロになっても、もう片方のHPが満タンなら倒れる事が無いと言う。
これは結構凄いアイテムだなぁと、あまり深く考えずに長女のルカにトレードしてみると。ただのお試しの行為だったのに、何と素直に装備してくれたっぽい。
お陰で央佳のHPは、娘の分も加えて以前の10倍以上に。
それだけステータスお化けのNPCなのだ、だから渡してみようと言う気にもなったのだけれど。普通に受け取ってくれるとは、全く思っていなかった。
何しろ他のアイテムのトレードは、全て無視され続けたのだから。
子供NPCに関しては、そんな不透明な特別ルールが幾つか存在しているっぽい。何となく分かって来た事柄もあれば、未だに意味不明な行動も存在する。
例えば、カルマシステムにおける信頼度だ。これが高くなれば、この前みたいにお留守番を頼めるようになる可能性が高い。まぁ、その行為は全く持って失敗に終わったけれど。
まさか四女が泣きながら暴れて、あんな結果になろうとは。
ネネの暴走によって破壊された、街の修復にと言い渡された金額を、即座にポンと出す程の貯蓄は央佳には無い。ただこの事態、何かのクエストの導入なのではと、勘繰ってはいるけど。
でないと、さすがに非常識過ぎると言う気がしなくもない。どこからか救済措置が来るんじゃないかな、来て欲しいなとの思いに耽る今日この頃。
そんな感じで、今の所は恩恵よりは不便さが際立っている姉妹である。
そう言えば、長女のルカと四女のネネは、どうやら産まれは同時期らしい。ところがネネの卵は、ルカよりずっと後に贈られて来て。大きさもずっと小さくて、こりゃどうしたもんかと思ったのだが。
産まれて来た子も案の定小さくて、見た目は4歳くらいの幼子だった。角だけは立派で、赤い髪も姉にそっくりだが、はっちゃ気振りは姉以上だったりして。
そんな四女は、実は人見知りの激しい甘えん坊である。
「うわぉ、いきなり財産を差し押さえされちまったな……困った、さてどうしよう?」
「せっかくお父さんが、街に入るのを避けていたのに……台無しですね」
人聞きの悪い事を、堂々と大声で言わないで貰いたい。しかも全てを、祥果さんのせいみたいな言い方で。ルカはどうも、祥果さんと張り合っている風なのが気に掛かる。
しかし、四女のネネがしでかした破壊工作の追及が怖くて、街に近付かなかったのも本当の事。怖いと言うより、面倒が嫌だとの思いが大きかったか。今は、ギルドで取り組むミッションの手伝いが最重要案件だから。
新種族の手掛かり取得と言う、激ムズのミッションを。
大抵の有力ギルドは、最近は全力でこれに着手している。央佳の所属するギルド、『発気揚々』ももちろんそう。しかし止む無い事情で、敢え無く休止してしまう破目に陥りそう。
それは仕方が無い、今はそれ以上に関心の高い出来事が起きてしまったのだから。関心と言うより義務だろうか、自分の意思とは関係なく、こっちの世界に来てしまった祥果さんは、何としても護らなければ。
それについて、央佳には気掛かりな事が一点。
「俺はここをゲーム世界の中だと仮定してるけど、本当にそうなのかな? 例えば死んだら、ゲームの場合ホームポイントに戻されるけど……死と言う現象は、果たして今の状況でどっちに分類されてるんだろうか?」
「さ、さあ……? 私は街から出なければ、病気とか以外で死ぬ事は無いんじゃないの?」
「表通りは平気だろうけど、裏通りとかは危ないかな? PKって行為が横行していて、初心者も例外なく悪者に狙われるから……ルカは死んだらどうなるんだ?」
「さあ……死んだ事無いから分かんないです」
分からないって事ほど、不安を煽る文句は無い。てっきり経験値を引かれてホームに飛ばされちゃいますとの、軽い返答を期待してたのだが。まぁ、子供達はべら棒なステータスのお蔭で、滅多な事故でも無い限り死なないのは知ってるけど。
こればかりは実験する訳には行かない、慎重に行かないと。しかし、だからと言って引き篭もってしまうのは具の骨頂だ。悪くなる事は無いかもだが、現状が良くなるルートも閉ざす可能性が。
少なくとも、祥果さんと子供達との間の信頼度だけは上げておきたい。
こんな時に一文無しになるとは、何て間の悪い事だ。しかも自宅も一緒に差し押さえられて、宿無しと来ている。街の宿は借りられるけど、それにはお金が掛かってしまう。
キャンプ道具を所有していたのは、不幸中の幸いかも。いざとなったら、親しいギルメンからお金を借りる事も考えに入れておかないと。借金は嫌だが、背に腹は代えられない。
こちらは扶養家族のいる身だ、しっかり大黒柱の役目を果たさねば。
「取り敢えず、優先順位を確認しながら今からする事を並べて行こうか? まず父ちゃんの資産は差し押さえられて、お金と寝る場所がなくなってしまった。それから祥果さんの身の安全のため、少しでもレベルを上げておいて貰いたい。最後に、ギルドの任務は一旦休止とする」
「身の安全の為に、レベル上げをするの?」
「うん、そうだ……モンスターと戦う戦闘行為を含むから、矛盾してるように聞こえるかも知れないけど。このゲームは、強くなるほど自衛も可能になるし、仲間と一緒に行動して信頼度をあげないと、お金やアイテムの貸し借りも出来ないんだ」
「ほえ~~~」
感心したのか、変な声色を発する祥果さん。確かに、信頼のおけない人にお金を貸したら駄目だよねと、しきりに頷いている。差し押さえの憂き目にあった央佳としては、何となく気まずい思い。
自分のせいでも借金をしたせいでも無いのだが、甲斐性無しな雰囲気がプンプンである。あさっての方向を向いてモジモジしていると、長女のルカが助け舟を出してくれた。
この娘は聡くて、責任感も持ち合わせている。どっちの親に似たのやら。
「私達とパーティを組めば、比較的安全にレベル上げが出来ると思います。ここを出たエリアの敵なら、全く問題にならないレベルだし……そう言えば、お父さんは部屋に入れないけど、あなたは入れるんじゃないですか?」
「おおっ、そう言われればそうだ。さすがルカは賢いな、パーティ組む事は可能なのか?」
お母さんとは呼んでくれないのねと、悲しい素振りの祥果さんは置いといて。父親に頭を撫でられたルカは、この上なく嬉しそう。央佳も最良の提案に、身の軽くなる思い。
初心者専用の無料のレンタル部屋は、もちろん使えるに越した事は無い。これは主要な街なら大抵は用意されていて便利だし、冒険すればアイテムはあっという間に鞄から溢れるし。
それを臨時に置いておけるだけで、かなり有り難いシステムなのだ。
冒険初心者の祥果さんだが、そこら辺の説明を旦那から受けると。成る程ちょっと見て来るねと、好奇心いっぱいに自分のレンタル部屋を探しに行ってしまった。
妙齢の女性だけあって、祥果さんは物件巡りが大好きである。これは長くなるかなと、冷や汗がとまらない央佳だったけど。いつの間にか次女も消えていて、四女のネネも退屈そう。
焦っても仕方が無いので、子供達と一緒に道端で待機モードに。
「父ちゃ、お金ならネネあるよ? 父ちゃにあげるね?」
「んむ、ネネは父ちゃんよりお金持ちだな! それは持ってなさい、お腹は減ってないか?」
「私もお金持ってます、メイはもっと持ってる筈です。どうぞ使ってください」
さっきの父親の話を子供達なりに消化して、それぞれ結論を出したらしい。小さな手でお金を差し出された央佳は、思わずほろっと胸を打たれてしまった。
アンリも無言で、かなりの額のお金を差し出して来る。お小遣いなど上げてないのに、一体どこで稼いでいるのやら。恐らく狩りの手伝いの時か、見えないルールの一つなのかも。
娘達のカンパを大丈夫だと断りつつ、ちょっと泣きそうな気持ちの央佳。
情けない甲斐性無しな父親の感情と、無垢な心の温かさに触れた心情の狭間を味わいつつ。央佳はこの後の簡単な計画を、脳内で組み立てに掛かる。
狩り場とか、初期の装備とかは一応まだ覚えている。もっとも自分の常識は、既に4年近く前なので古くなってる可能性もあるが。レベル上げのついでに金策出来れば、尚良いかも。
クエストの素材を集めるとか、競売に出してお金にするとか。
そんな事を考えていると、まず最初にメイが戻って来た。いつものようにニコニコしながら、勝手に受けて来たクエストの束を央佳に表示して来る。
懐かしいなと思いつつ、新米冒険者の頃を思い出していると。ようやく祥果さんも戻って来て、どうやら無事に部屋に入れたらしい。イレギュラーでこの世界に招かれた身なので、ひょっとしたら用意されてないかもと思っていたのだが。
戻って来た祥果さんは、その手に長い棒と鞄を持っていた。初期装備の杖だろう、全く素っ気の無い棒にしか見えない造りだ。何やら部屋の中で、最初の説明も受けたっぽい。
これで完全に、どこから見ても冒険初心者キャラである。
「おまたせ~、何か部屋にいる妖精さんから、色々と講習受けちゃった。大事な事かもって思ったから、真面目に聞いてて長くなっちゃった、ゴメン」
「いや、それが正解だよ、祥ちゃん。色々と複雑な操作もあるし、ゲーム的な主流や基本も覚えないと不味いし。いつここから抜け出せるか分からないから、しっかり覚えた方がいい」
「そ、そうだよね……本当、いつ帰れるんだろう……」
「あっ、そうだっ……! うちのギルマスのマオちゃんが、俺のリアルの携帯番号知ってるから。明日の朝か昼にでも、連絡取って貰おう!」
それは良い案だと、途端にテンションの上がる祥果さん。さっそく央佳はギルマスに連絡、変な約束させるなぁと訝られながらも、何とか渡りをつける事に成功。
少しだけ気が軽くなった央佳は、家族を連れて屋台で食事を取る事に。この世界の食べ物はどんな味かなと思ったが、かなり微妙で肉も野菜も味付けもいまいちと言う残念な結果に。
ちなみに代金は、祥果さんが部屋で貰った初期の所有金から。
それから央佳は、念の為にと職場の先輩ゲーマーにも秘密テルを入れておく。一緒のギルドでこそないが、遊ぶ時間はギルメンと同じくらい多い仲良しさんだ。
信頼度も高いし、同じ職場なので気兼ねなくこちらの異変を知らせられる。もし明日、自分が仕事を連絡なしに休んだら、それは既に洒落にならない非常事態なのだし。
話し相手の毘沙さんは、至って呑気に応じているが。
『はははっ、そんな漫画やアニメじゃないんだからw でもどっちかな、ゲーム内の異世界召喚って2種類あるじゃん? 身体ごと招かれるのと、精神だけってパターンと』
『どっちも御免被りますよ、先輩っ! 今の所主だった被害は無いし、祥果さんも俺と一緒のせいかパニくってないから助かってますけど。あぁ、こんな時に資産差し押さえって、ついてないなぁ……』
『金貸そうか、300くらい? 郵送でいいなら、すぐ送れるけど。俺、炎種族だから、光と風の街にはワープ拠点繋いで無いや』
『有り難いですけど、レンタル部屋に入室禁止になってるんで、ポスト開けません』
『そっか……じゃあ王都まで辿り着けたら、テル飛ばしてくれや。心配だから付いててあげたいけど、こっちももうすぐ落ちる予定だし』
了解と返事をしつつ、リアル時間は何時なんだろうと変な気を揉む央佳。こっちはまだまだ昼過ぎで、上空を見渡しても晴れやかで良い天気だ。視線を落とすと、自然に囲まれた華やかな街並みが続いている。
実際、こんな解放感はリアル世界では滅多に味わえなくなってしまった。仕事に追われ時間に追われ、夢の為に節約して貯金して。人間関係に擦り切れて、社会の構図にストレスを溜め込んで。
家族サービスも充分に出来ず、いつかまとまった時間の到来を願うだけの日々。
ゆっくりと過ぎて行く時間、この上なく贅沢で穏やかな気分。世界って美しい、自分の存在はちっぽけだけど、疑いなくこの世界の一部なのだと実感出来る瞬間。
そう言えば、自分達は新婚旅行すら行ってないではないか。
気が付けば祥果さんと子供達が、急に黙り込んだ央佳をじっと見詰めていた。秘密テルは念話みたいなものだから、他者からは何をしてるのか分からない仕組みなのだ。
職場の先輩と話してたと、素直に事実を述べる央佳に。これからどうするのと、妙にヤル気の漲る祥果さんの質問。この苦境にめげない心意気、こっちも見習わなければ。
そう自分に喝を入れて、気合い入れに頬を軽く叩く央佳。
「だ、大丈夫……央ちゃん? 虚空を睨んでたと思ったら、急に自分の頬っぺた叩き出して」
「あ、いや……行動に移る前の気合い入れ。まずは買い物かな……いや、金が無いのか」
「お金なら、私とメイが出します! 武器と防具と……後は薬品ですよねっ?」
さすが冒険をある程度こなしているだけあって、ルカは場馴れしている。メイがしゅたっと挙手したと思ったら、率先して武器防具店へと案内し始める。
ゲーム内では、商品を入手するのに何通りか方法がある。普通にNPCの運営する店から買うのは、まぁ外れは無いし品切れにもなり難いと言う利点がある。
一般的なのは、実は他の冒険者が競売やバザーに出したものを購入するルートだ。合成で大量に作られたアイテムは値崩しを起こしやすいが、逆にレアなものは吃驚するほど高い。
需要と供給によって、値段が大きく変動する購入方法なのだ。
後はまぁ、自分で合成したりとか、クエや敵を倒して入手したりとか。欲しい物を落とす敵が分かっていたら、それなりにお奨めで安上がりな手段だけど。
ドロップには運が付きまとうので、お金が潤沢なら素直に買った方が早いに決まっている。央佳一行は、お金は無いけど通りに並ぶお店へと入って行く事に。
メイが選んだのは、初心者用の武器と防具店が隣り合ったお店だった。
「ここは大通りで安全だけど、そこの細い道を入ると裏通りに出るから行かない様に、祥ちゃん。PKとか非常理なクエとか、酷い目に遭う事多いから。後は子供達も、一応は注意する事」
「人攫いとかいますもんねぇ……倒された後で特殊なアイテムを使われて、主人や親との信頼度をリセットされるそうですよ、お父さん」
「えっ、そんな事されるんだ……! 酷い世界だねぇ、央ちゃん」
「逆にやっつければいいんだよ、私も2回ほど出遭ったけど、返り討ちにしてやったよ!?」
メイの自慢げな告白に、更に驚き顔の祥果さん。自分も1度ありましたと、ルカも当然のように父親に告げる。驚き顔のまま三女に目を遣ると、アンリは暫しの逡巡の後、無表情にゆっくりと指を7本立てた。
アンリちゃんはずっと放浪してたからねぇと、笑いながらメイの解説。多分怖くなったのだろう、祥果さんは三女の手をぎゅっと力強く握って離さない構え。
まるで少女が、ふらっといなくなるのを恐れるように。
祥果さんは酷い世界だと言うが、実際はリアル世界でも同等かそれ以上に酷い事件は起きている。それこそ日々のニュースのネタが尽きない程度には、殺人や強盗、天災や人災幾らでも。
こちらのゲーム世界では、逮捕機能が無いのは問題だが。そもそもキャラが死んでも、ホームポイントで蘇生してしまうから意味が無いとも言える訳だ。
ただしPKする方も、それなりにリスクはある。敵対度が上がれば、普通に治安の良い場所には入れなくなるし、そうすれば買い物やクエ受けも満足に出来なくなる。
一般の善良な冒険者とも、パーティを組めなくなってしまうし。活動可能な範囲が、すこぶる狭くなってしまうのだ。名声は地に墜ちて、ドロップ率も極端に悪くなるらしい。
もちろん、PKを挑んで負ければ非情なデスペナルティも待っている。
一般的に冒険者が戦闘行為の果てに戦闘不能になると、様々なペナルティを受ける。例えば経験値を失うとか、着ていた防具が破損するとか、そんな感じだ。
ところがそれが冒険者同士だと、それに加えて装備やアイテムの損失が待ち構えている。追剥に遭う感じだろうか、つまりこれが犯罪者側の旨みでもあるのだけれど。
戦闘に負ければ逆に失うルールなので、襲う方も必死である。
まぁ、向こうの都合など全く持ってどうでも良いのだが。とにかくどちらが治安が良いとか社会秩序が保たれているとか、そんな議論はナンセンスだと央佳は思う。
所詮は人間が基本なのだ、人間が内包するエゴだとか強欲さだとか。リアル世界はお金や地位、人間関係の軋轢や社会のストレスが攻撃性の引き金となる。
このゲーム世界も同じかと問われれば、トリガーとなる要因がちょっと違う。
何と言うか、多くのゲーマーが求めるのは強さであり独創性なのだ。他者と違う装備や強力な武器、オリジナリティ溢れるスキルの存在が、冒険者たちの原動力となる。
冒険者は、老いや病気とは基本無縁である。だから蓄えたお金は、ほぼ全額を“強さ”へと使用出来るのだ。リアル世界とはあまりに違う価値観、人の持つエゴも歪もうと言うモノ。
どちらにせよ、歪んだエゴが弱者を踏みにじると言う分かり易い構図が。
それに抗するには、この世界では自衛しかない訳だ。ただ強くあれ、シンプル極まりないルールである。一応、相互お助けシステムとして、ギルドに入会する方法もあるけど。
そこまで考えて、央佳はおおっと思い付いた。そう言えば、祥果さんは未だどのギルドにも未加入である。今後の為にも、ウチの『発気揚々』に入って貰わないと。
覚えておいて、後でギルマスのマオウに承認させよう。
結局、祥果さんは武器も防具も新しい物に買い替えなかった。実際に戦うのは長女のルカと次女のメイで充分なので、央佳も特に必要無いとは言っておいたのだが。
どうやら、好みの柄や形のものが無かった様子。女ってのは仕様の無い生き物だ、一応防具の性能は一通り説明したのだが。つまりは、耐久度とか防御値とかの数値について。
きちんと理解して貰えなかったようで、まぁゲーム初心者なのだし仕方が無い。
「お父さん、この剣買っていい? あと、この盾がお父さんのと形が一緒だから……」
「おおっと、ルカは武装が様になってるなぁ。後必要なのは……いい感じのマントが無いな、競売を見て来てくれるか、メイ? 初期装備の安物でいい、出来れば2着」
「は~い、パパ! ……あっ、街でよく見かける、ポーションを差し込めるベルトも、あったら買って来るね?」
メイの買い物勘は当てにして良い、何しろいつも勝手に、央佳のお金で買い物をしているのだから。どうやら央佳の買い物履歴を、自然と覚えているらしく。
消耗品など、いつの間か買い足してくれていたりもする秀逸さ。止めさせる方法も分からないし、放っておいたのだけれど。こんな場面では、積極的に活用させて貰おう。
適材適所だ、子供達の特性をしっかり覚えておかないと。
姉妹の装備の買い物に関しては、アンリも欲しくないと素っ気なく辞退した。ネネは逆に欲しがったが、当然と言うか体に合うサイズが全く見当たらない為に不採用。
べそをかく四女を抱っこして宥めつつ、ポーション買ってあげるからとアイテム屋へ移動。競売から戻って来たメイから装備を受け取って、祥果さんとルカに試しに装備して貰う。
両者ともに少し大きいが、まぁ何とか許容範囲な感じ。
「マントは便利かも、少し大きいけど……ベルトも大きいなぁ、穴開けないとずれちゃう」
「それだけで、途端に冒険者っぽくなるなぁ……穴開けてあげるよ祥ちゃん、どの辺り?」
「わっ、私のもお願いします、お父さん……!」
店の前で騒ぎながら、寸法合わせを簡単に済ませ。それからアイテム屋で、安いポーションを数本購入。子供達に関しては、全く必要ないと思わなくもないのだが。
こう言うのは雰囲気だし、何より戦闘中やその合間にアイテムを使用する手順を覚えるのも必要だ。MP回復薬のエーテルもついでに買い足して、主に後衛のメイとアンリへ配る。
それからついでに、耳元で頂戴とうるさく騒いでいるネネにも。
必要性は全く無いが、仲間外れはよろしくない。まぁそれだけで信頼度は上がってしまう訳だけど。取り敢えず、簡単だがパーティ戦の準備は完了した。
それから肝心の、祥果さんと子供達がパーティを組めるかの確認を。
「ルカ、祥ちゃんと本当にパーティ組めるのか……?」
「はい、大丈夫ですよ? ただ、私はリーダーにはなれませんけど」
「なるほど……祥ちゃん、子供達をパーティに招いてみて?」
「へっ、どうやるの、央ちゃん?」
パーティ結成の方法を教えながら、央佳は長女から聞いた言葉を整理してみる。子供達はNPCなので、パーティのリーダーになる事は出来ない。まぁ、これはある意味当然だ。
それから祥果さんと言う第三者と、パーティを組む事は可能らしい。祥果さんの立ち位置は、未だに微妙だ。央佳の嫁だと紹介したが、それを子供達がきちんと承認したのかが不明で。
央佳が他のパーティに入った場合、子供達は飽くまで桜花のオプションとして行動する。つまりはペット扱いだ、パーティの残り人員を圧迫する事は無い。
ところが今は立派なパーティ員、央佳から祥果さんへとNPC戦力を貸し出した形?
まぁ、考え込んでも仕方が無い、ここら辺は裏ルールなのだろうし。今は祥果さんが、安全にレベル上げ出来る幸運に感謝しないと。何気に子供達も、武装出来るようになってるし。
この変化も、自分達の異世界転移が原因なのか、それとも信頼度の上昇などの他の要素が原因なのか分かっていない。子供達に聞けば、一部位は回答を得られるのだろうが。
正直、子供達の魂の在り様が不透明過ぎて怖い。
澄み切った、さざ波ひとつ立ってない深い湖面を覗き見るような。時の制止した状態は、それだけで奇跡なのではないかとの思い。それはどこから来て、いつまでここにあるのか?
つまりはそう言う事だ、子供達は他のNPCとはまるで違う。受け答えや仕草の全てが、人間っぽいのだ。場合によっては、プレーヤーが操る冒険者以上に。
同じ事を繰り返し喋るだけの、他のNPCなどもちろん論外だ。
ただ、そんな子供達に気持ち悪さは全く感じない央佳。むしろ当然だとの思いの方が強い、その確信がどこから来ているのかは分からないが。祥果さんも、恐らく自分と同じ思いな筈。
彼女の適応能力を、央佳は大いに当てにしていた。積極的にこの異なる世界に関わり合う事、そして子供達と保護し保護され合って懇意な関係になる事。
世界に生かされるのではない、世界を大手を振って駆け抜けるのだ。
央佳の生き様論など、まぁ今はどうでも良い事だ。子供達は段々と、興が乗ってきた様子で。先頭に立って、弾むような足取りで街の出口へと向かっている。
この街の正門は、石造りで大きくて立派である。獣人や蛮族、その他モンスターが徘徊する世界と言う設定上、街の周囲は高い石塀で囲まれている。
一行は何の問題も無く、正門を抜けて外のフィールドへ。
周囲は程々の木々が生い茂り、整備された街道が丘陵を縫って続いていた。獲物となるモンスターは、ぼちぼちな感じで分散している。初心冒険者が、方々でそれを狩っている。
仲良く並んで進むと、ようやく敵の固まっているエリアに辿り着いた。そんなに数は多くは無いが、贅沢も言っていられない。元々街の周辺には、敵の数はそんなに多くないのだ。
ところが、意気揚々とメイが放った範囲魔法で、一瞬で敵影は霧散してしまった。
「…………移動するか」
「「は~~~い!」」
まぁ、こんな場所では子供達の敵はいないのは分かってたけど。こんなにすぐ枯れてしまっては、経験値を溜める事も出来やしない。元気よく前を進む子供達に続き、ネネを抱えたまま央佳は歩を進める。
隣の祥果さんは、しっかりとアンリと手を繋いでいて。
――こんな家族行楽も、有りっちゃアリ……なのかも?