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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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潰走



 そこは穴場と言えばそうなのだが、誰もがミッションついでに一度は訪れる場所だった。広くも無い武具雑貨店は、ついでに裏ルートで入手したらしい商品も置いてある。

 “断崖の街”ガルーアの裏通りは、他の街のそれより遥かに危険な場所だった。いきなりチンピラNPCに絡まれたり、スリや人斬りNPCが横行していたりする。

 ついでに獣人や野良犬系のモンスターも、普通に見掛ける場所だ。


 央佳一行も、目的の雑貨店に向かうのに一度ならず戦闘を行う破目になった。子供達は鼻白んで、この治安の悪い通りを警戒しながら見回している。

 断崖から突き出た橋のようなエリア付近に目的地があれば、移動は少なくて済んだのだが。雑貨店はうらびれた通りを突っ切って、ようやく辿り着く3棟の廃墟の一番奥だった。

 しかも地下に続く、薄暗くて気味の悪い階段の奥に存在していて。


 “断崖の街”ガルーアは、その呼び名通りの断崖にへばりつくように存在していた。崖に真っ直ぐ突き刺さる様に、まるで戦艦か大橋のような遺跡が存在していて。

 向かって左が大通りで、反対の右側が裏通りとなっている。中央の古びた遺跡は橋のように厚みが存在し、そこの上下にも住居区や店舗が所狭しと並んでいて。

 一応はそこも表通りに区分けされるのだが、そうで無い軒もあったりするようで。


 つまりは、治安は全く宜しくない場所だ。だから央佳が最初に家族に告げたのも、注意勧告の言葉だった。それでも街に到着して早々、冒険者ギルドでワープ拠点の開通許可を貰い。

 次いでのミッション進行も平和裏に行われ、何となく得した感じ。奇面組と花組との合流も恙無く進み、おやつを祥果さんから貰った子供達もパワー充電済みの様子。

 そんな感じで、奇面組の2人に案内役をバトンタッチ。




 案内されたこの裏通りの武具雑貨店は、秘密裏に金のメダルの景品も行っている様子だった。央佳の記憶には無いので、何かのイベントをこなさないと出現しないのかも知れない。

その品揃えはと言えば、通常の消耗品系のアイテムに加えて、いかにも胡散臭い武具が並んでいる。しかも消耗品の類いは、何故か5割程度の割高と来ていて。

 そんな訳で、大抵の冒険者は再度訪れる事はまず無い。危険な思いをして来て、大した売り物も無いのだから当然だが。裏ルートの流出品も、結構割高で食指が動かないモノばかり。

 しかも堂々と、呪いの武具なんかも混じっていたり。


 そんな事情の中、喜一と黒助は意外でもないがここの常連だったらしく。それである時のver.up以降に、変なアイテムが交換品に並んでいるのに気付いて。

 『常連用裏チケット』と言う怪しげな名前だが、つまりは通い詰めないと買えないアイテムだと2人は悟って。名誉に感じて購入後、売人に話し掛けてみた所。

 そのNPCは慇懃に、隣の部屋へと案内してくれた訳だ。


 そこが今、央佳達がいる金のメダル“裏”交換所である。その交換アイテムの並びだが、確かに珍しい品もチラホラ。黒助が頭に付けているあの装備も、確かに交換品の中にある。

 それが信頼度を上昇させる効果があると知って、黒助は交換に踏み切ったらしい。その結果、何とネコ族なる初対面の種族に、裏通りで声を掛けられたと言う経緯っぽい。

 彼女達に仲間として認識された、その曰くつきのアイテム名は。


「うん、大体分かるけど……そのネコ耳だろ、交換に幾ら掛かったんだ?」

「ええっと、はい……金のメダルを10枚ほどっス!」


 その黒助の返答に、ええっと驚くアルカだったり。央佳も普通に驚いた、そんなふざけた装備に宝珠1個分の価値は無いだろうに。誰もが考える、その価値観が盲点だったとは。

 何にしても、誰もが手を出さないブタ札が実は貴重な役を秘めていたらしい。こんな辺鄙な場所の店の常連になる事を含めて、大殊勲と言っても差し支えない。

 そして現在、廃墟の端っこでネコ族と対峙している一行。


 その姿はやっぱりファンキーだったが、子供達の受けはいまひとつ。人間サイズなのが問題なのかも、露出が多くて央佳は可愛いなと内心で思うのだが。

 そんな感想はおくびにも出さず、代表の黒助にその後の動向を窺って見ると。どうやら廃墟の中に転移魔方陣があるらしい、ぞろぞろと続いて中に入るパーティ。

 転移して出た土地は、全く新しいエリアだった。


 その興奮は、何と表現したら良いだろうか。ほとんど未踏の地である、冒険者に荒らされていない自分達だけの占有地。数々の冒険と感動が待っている、フロンティア。

 バージョンアップで新しいエリアが解放されると、冒険者たちは争うようにそこへ押し寄せる。そこの敵は何をドロップするか、どんな街が配置されているか、クエやミッションは何が用意されているか……。ワクワクの基を探せばきりが無い、それが手付かずで拡がっている。

 これで興奮しなければ、冒険者などやっている資格は無い!


 そんな央佳の興奮が伝染したのか、子供達のはしゃぎ様は並では無かった。走り出しそうなネネを取り押さえ、飛んで行ってしまったメイを慌てて呼び戻す。

 広がっているのは、やや原始的な集落だった。木と土で造られた、余り大きくない砦が右手に聳え立ち。左手には、藁造りの簡素な屋根が拡がっている。

 通りの店は、ほとんど屋台みたいな雑多な造りだ。


 祥果さんが興味を持ったのは、やはりそんな屋台の並びのようだけど。奇面組が案内したのは、砦の入り口だった。花組はひたすら歓声を上げているが、単独行動は取ろうとしない。

 門番のネコ娘達は、立派な装備を纏っていて強そう。それでも素直に通してくれたのは、客人扱いのせいだろうか。或いはいざとなれば、簡単に取り押さえられると言う余裕の為か。

 どちらにせよ、入らない事にはクエは受けられないのだろうけど。


「えっと、ネコ族の族長がこの先にいてですね……もうすぐ狗族と戦争になるそうなんで、助っ人は大歓迎だと。ただし、弱い奴には用は無いって感じですね」

「力較べを受ければいいのか、なるほど……しかしまぁ、戦争とは派手なミッションだねぇ?」


 喜一の丁寧な説明に、アルカのどこか驚いたような返答。確かに戦争ミッションなど、なかなかお目に掛かれない。戦闘は、さぞかし派手になるのだろう。

 少なくとも、獣人の拠点攻め以上には。アレも高レベルになると、ミドルアラ(3パーティ)の人数は必要になって来る。とびっきり強いNM戦でも、それ位の戦力は必要だけど。

 果たして、6人程度で事足りるのだろうか?


 砦の上の見張り台からの景色は素晴らしく、央佳は家族と一緒にしばし見惚れてしまった。集落の向こうは森が拡がっていて、その先には山脈の影が薄く見える。

 肩車をしてあげたネネは、もう完全に有頂天の有り様だ。早く族長に会おうよと、階段の上から黒助の催促。何て情緒の無い奴だ、子供の情操教育を妨げるとは。

 まぁしかし、ネコ族の族長とやらも見てみたい気も。


 砦は4階建てで、外見の想像通りにそんなに大きくは無かった。その最上階に、族長の部屋はあった。もちろん豪奢な衣装を着た族長もいたが、部屋自体は至って簡素な印象。

 族長に話し掛けると、喜一が気にしていたクエストはあっさり受ける事が出来た。内容もさっき聞いた通り、どうやら3人の代表者を出して欲しいとの事で。

 そこで2勝以上すれば、同志として受け入れてくれるらしい。


 ネコ族と言う種族は、至って単純な掟で動いている様だった。戦士は強くあれ、女は戦に出で子を産み育て、繁栄の糧となれ。一族は強い絆で結ばれていて、裏切りは許さない。

 そんなイメージを体現したのが、目の前の族長だった。勇ましい格好をしているが、ネコ耳と釣り目はどこかキュートだ。アンリが近付き過ぎているのが気掛かりだが、今の所粗相はしていない様子。

 ルカの持つ盾が、主に出番はあるかなと呟いた。


 もちろん順当に行けば、子供達に出番は無い筈だ。アルカが早速、一番手を希望しているし、その次は喜一と桜花で丁度前衛が3人揃う格好である。

 それで勝ち星が順当に稼げるかは謎だが、族長は早速彼らを力較べのフィールドへと導いてくれた。砦の1階にある鍛錬室がその場所らしい、行ってみるとネコ族の戦士が3人。

 傍目にはそれほど強くは無さそうだが、果たしてその実力は?


 央佳の流儀上、絶対に一番手など選ばない。貧乏くじも良い所だ、敵のデータが無い戦闘など。アルカは全く考え無しに初戦に名乗り出て、そしてあっさりと返り討ちの憂き目に。

 ネコ族の戦士は見掛け通り敏捷で、華麗に二刀流を駆使する実力者だった。スタン技も持っているらしく、死角からの嫌らしいクリティカル技は警戒すべきだろう。

 それよりどうして、アルカは革鎧装備なのだ?


 もちろん、両手武器装備の前衛でも革鎧装備の者はいる。頻繁に魔法を使って、敵をかく乱しつつ重い一撃を浴びせる戦法を取るのがその主流だが。

 アルカは最初に見た時には、金属鎧のガチガチの前衛風だった筈。いつの間に趣旨替えしたのか定かでないが、戦闘の途中で魔法を使う素振りは全く見せなかった。

 つまりはこのマイナーチェンジに、何の意味があるのか見出せない。


 この不可思議な流儀を、隣で見ていたエストに問い質すと。あの娘は何と言うか、ノリやファッションで装備を選ぶ癖があるらしい。今の革鎧も、紅い色合いが気に入ったのだとか。

 最近負け続けていて、前の鎧と武器はゲンが悪いと思ったらしく。思い切って買い換えての、再出発だったらしいのだが。いやいやそうじゃないだろうと、央佳の虚しいツッコミが。

 負けが続いているのは、そんな腰の軽さに要因があると早く気付けよ!


「……あいつは本当に、勝つ気があるのか?」

「ああいう娘なんです、何と言うか……やる気が空回りしちゃう、可哀想な娘?」


 その意味合いは分かるが、同情までには至らない。何しろ自業自得なのだ、猛省して欲しいとひたすら思う央佳。お蔭でもう負けられなくなった、次負けたらクエ失敗だ。

 この力較べは、敵を屠る事が目的ではないらしい。その証拠に、アルカのHPは2割ほど残っていた。そこで勝敗は決するらしい、覚えておかないと。

 そんな訳で、央佳は負けられない2番手に名乗り出る事に。


 トリを任された喜一は青褪めているが、勝たなければならないプレッシャーは同じだ。央佳は戦い慣れた二刀流を選択、鍛錬場の中央へと歩み出る。

 背後からは子供達と仲間の、頑張ってと言う声援が。祥果さんの声も混じっているのを、央佳は無意識に選り分けて意識する。我知らず一息つきながら、良い所を見せるぞと言う、余計な力を抜く作業。

 敵の力は侮れない、力みや油断は命取りだ。


 始まりの合図と共に、突っ込んで来たネコ族の兵士。この娘も二刀流だ、そしてスピードの乗った動きもさっきと同程度。ステップを駆使して、間合いを測る。

 こちらの斬撃も、同じように躱された。軽戦士同士の遣り合いは、装備が薄いだけに防御の失敗が命取りだ。一撃の重さこそないが、二刀流の連続技の畳み掛けは定評がある。

 そこを探り合うのが、言ってみれば勝敗の分かれ目でもある訳だ。


 斬撃の応酬はなおも続く、お互い浅い傷を負いながらも畳み掛けは許さない状況。ひっきりなしの子供達の声援は、何と言うか頬がこそばゆくなってしまう。

 そんな僅かな隙を突いて、相手がスキル技の連撃を放って来た。すかさず応酬、《スピンムーブ》で避けながらの絡みつくような斬撃で。怯んだ相手は、尚もスキル技で流れを掴もうとして来る。

 だがその時には、央佳はその場所には既にいない。


 スピードには、確かに相手の方に分があった。だが呼吸を読む作業は、遥かに央佳の方が上。後はスタン技を警戒しつつ、敵のSPの枯渇を狙って大技で削れば良い。

 後半戦も、央佳の思う通りに模擬戦は進んで行き。相手の体力低下からの《スパーク》は計算外だったが、雷属性なのは何となく推測は出来ていたし。

 土系の魔法で翻弄してやれば、勝利の2文字を手繰り寄せるのは割と簡単だった。


「やったぁ、パパ凄いっ!」

「お父さんっ、お疲れ様ですっ!」

「よしっ、これで1勝1敗の五分だっ……次頼んだよ、喜一っちゃん!」


 黒助の声援に、弱々しく応答して前へと進み出る喜一。これは期待出来ないかなと、胸中の央佳の不安は大当たり。アルカよりは善戦したが、常毒状態のハンデは如何ともし難く。

 後衛からの支援があれば、多少は隠せる弱点ではあるものの。サシでの闘いでは、間違いなくジリ貧となってしまうのは当然の結果で。時間が経つにつれて、焦りは本人をかき乱し。

 当然必殺技を当てようと、強引にならざるを得ない訳で。


 その不安を見透かされたかのような、ネコ族の♀戦士の軽業師的な体術を前にして。喜一も粘りは見せたが、相手のHPを半減させるので精いっぱい。

 結局は後半の相手の怒涛のラッシュで、押し切られて敗戦の憂き目に。あーあと仲間内からのため息の出迎えに、物凄く申し訳なさそうな喜一の表情。

 お前は攻める立場に無いぞと、一応央佳はアルカに突っ込んでおく。


「いやいや、確かにそうだけどさ……3人で2勝が条件なんだから、1敗はしてもいい計算だろう? つまりはそう言う事さ、まぁ今回は残念だったな!」

「央ちゃん……他の女の人に、あんまりガミガミ言うもんじゃありません!」


 祥果さんにまで、きつく怒られてしまった。抱きかかえていたネネが、元気出してと頭を撫でてくれるけど。何と言うかまぁ、過ぎた事は仕方が無いと言う雰囲気が。

 この結果を踏まえて、それで許してしまって良いのかは置いといて。族長が言うには、日が変わったらまたチャレンジしてみろとの事で。

 良かった、まだチャンスは残っているらしい。


 その報告を聞いて、俄然ヤル気を取り戻したダメーズ。それなら集落の観光がてら、他のクエが存在するか見て回ろうとの事になって。前向きなのは良い、少なくとも後ろ向きよりは。

 付き合わされる央佳の身になれば、こんな天然連中は放って置きたい気分だったけど。ところがその案に思い切り乗っかる子供達、祥果さんまではしゃいでいる様子。

 そんな訳で、エスコート役の央佳は多少ゲンナリ。


 早速見えなくなったメイはさておき、祥果さんチームは出店のような安っぽい軒先で真剣に買い物を始めてしまった。花組はそのすぐ先のアクセサリー店に、奇面組はアイテム店を覗いている。

 央佳の暗雲立ち込める内心はともかく、アンリの表情は至って真剣。どうやら三女は、祥果さんに似合う服を探しているらしい。しかもネコ族の着る、民族衣装らしき衣服を。

 そんな祥果さんは、ルカに合う服を探している。それ以上小さいサイズは、置いてないから仕方が無いけれど。いつしか央佳も、祥果さんへの服選びに熱中。

 そう言えばいつか、奥さんに服のプレゼントでもしようと思っていたのだった。


「……これとかどうだ、アンリ? あんまり派手だと、祥果さんは嫌がるだろうし」

「……父様は、服選びのセンスが無い。絶対こっちの方が、祥ちゃんに似合う!」


 珍しく真剣なアンリの言葉に、央佳はグッと息を詰まされる思い。それは一見花の散ったロングワンピースに見えるが、スリットは入ってるし腰に紐や巻き布が付いている派手な感じの民族衣装だった。

 確かに祥果さんには似合うかも知れない、って言うか正直着てみて欲しい。それじゃあ駄目元で、祥果さんに一緒にプレゼントしようと、三女に小声で相談すると。

 アンリは物凄い勢いで頷いて、激しく同意の構え。


 それは実際、性能的にも良品には違いなかった。ズボンの装備が不可になる代わりに、各種耐性アップとか知力UPが付いて来る。防御値も耐久度も悪くない、今の普段着に較べれば。

 現在祥果さんが着ているのは、何と向こうの普段着仕様な見た目の衣装である。半袖のクリーム色のポロシャツに、ゆったりしたロングスカートだ。

 冒険者と言うより、子供の引率者という風貌が前面に出ている。


 そこは、央佳も常々気にしていた点でもあるのだけれど。向こうの世界では、祥果さんに服のプレゼントなどした事が無い。そんな歴史もあって、何だかチョー恥ずかしい。

 その気持ちを押しやって、アンリが選んだ衣装を持って央佳は祥果さんに近付いて行く。長女の服を選んでいた奥さんは、旦那の挙動不審な態度にキョトンとした顔。

 これなんか祥ちゃんに似合うんじゃないかなと言うと、当の彼女も照れまくって。


「ええっ、私の服を選んでたの……? いいよいいよ、私はそう言うのは……」

「いやいや、アンリと選んだんだ……滅多にしない事だけど、こっちの世界なら少々派手な衣装でも浮かないから。たまにはいいだろ、俺にも選ばせてくれよ」


 後衛装備としても優秀な性能だからと、何となく付け足したのは照れがあったから。隣のルカも心得たもの、買って貰ったらいいじゃないですかと後押しのアドバイス。

 すったもんだの話し合いの末に、ようやく祥果さんが購入した服を着替える流れに。何と言うか、もう買っちゃったから勿体無いよとの強引な後押しが決め手と言う、変な会話の流れだったけど。

 そんな異例のプレゼントも、着て貰えた後では感動もひとしお。


 自分の奥さんにコスプレさせて、それで秘かに喜んでいる様な妙な背徳感はあるにしろ。祥果さんに贈り物や新婚旅行気分を味あわせたいと言う、当初の念願はちょっとだけ叶った。

 今後も引き続き、子供達だけでなく奥さんも喜ばせて行きたいなぁと思いつつ。友達に借りたお金も有限では無く、借金返済クエストも出来るだけ早く進めないと駄目だし。

 なかなかに、冒険者も忙しい職種ではある。


「……祥ちゃん、似合う」

「うん、似合うよ……やっぱり贈り物し合うっていいよな!」


 央佳も子供達から手紙を貰って、物凄く嬉しかったのを思い出し。作ってあげるばかりの立場の祥果さんにも、お返しは当然するべきだと口にすると。

 ちょっと感極まった表情の祥果さん、こんなに感激屋さんだったかなと央佳は照れながらも思うけれど。その雰囲気を台無しにするように、駆け付けた一団が。

 喜一と黒助だ、案の定と言うか空気を読まない存在と言うか。


 この2人は、この集落を徘徊するのも初めてでは無い筈なのに。一体何を見付けたのか、物凄く興奮している様子。とにかく来てくれと誘われて、仕方なく移動する央佳一家。

 祥果さんはとことん恥ずかしそうで、アンリの影に隠れようとしていたけれど。確かに向こうの世界では、スリットの入ったスカートなど着用した事など無いとは思う。

 しかも途中で合流した、アルカに指摘されたとなると尚更に。


「あれっ、みんなしてどこに行くの……? あっちのアクセサリーも、割と掘り出し物あったぞ……おっと、祥果さんも買い物したのか、凄く似合ってるぞ!」

「あっ、どうも……有り難う」


 照れた様にお礼を述べる祥果さん、子供達も感心したようにその新衣装を眺めている。遠慮のないその視線に、祥果さんはますます縮こまって行くけれど。

 熱心なのはメイとアンリ、自分達でこの衣装に似合う頭飾りか腕輪を買おうと、隣のアクセサリー店に突入を掛けている。その勢いに負けて、央佳と祥果さんも立ち止まり。

 結局、子供達が贈り物を決めるまで10分以上の立往生。


 奇面組の2人は、まさにお預けを喰らった犬のような態度を示しており。何がどうなっているか分からない花組は、呑気に子供達の選択にアドバイスを送っている始末。

 ようやく子供達の贈り物が決まって、場はちょっと感動的なムードに。思わずしんみりしてしまった祥果さん、お礼に2人を抱き寄せて温かな家族の一コマ。

 それをぶち破る、奇面組の催促の声。


「とにかくみんな、早く来てってば! この前の散策で立ち入り禁止だった場所に、何故か入れるようになってるんだってば!」

「鍵が浮いてます、どこを開ける為のモノなのかは分からないけど……アレはきっと、重要なアイテムな筈ですよっ!」


 黒助と喜一の慌て様に、一行はさほど感銘を受けなかったものの。呑気に買い物に時間を費やしていた為に、次に向かうべき場所も特に無かったため。

 促されるまま奇面組の後に続き、その元は立ち入り禁止だった場所へと向かう。そこは集落の外れのうらびれた土地で、大縄で囲われた奇妙な敷地だった。

 入り口は確かにあったが、そこには2匹の門番ネコが警戒するように立っていて。その敷地の中央には、確かにこれ見よがしに浮遊する大き目の鍵が窺えた。

 確かにこれは、こちらの好奇心をくすぐる仕掛けだ。


 ただし、それを守護するようにその周囲に3本の柱が立っていて。柱は台座となっていて、その上にはそれぞれ奇妙な体型のガーゴイルが鎮座している。

 それぞれ大きさは違えど、基本的なフォルムは一緒である。特徴となるのは、物凄く長いその両手だ。台座の下方まで伸びているそれは、肩幅の広さも相まってとても力強そう。

 あれで殴られたら、洒落では済まなそうな雰囲気。


『ここはこの前まで、立ち入り禁止だった場所だ。ただ我らは、力を尊ぶ獣の種族。力ある者が全てを手にするのは道理、己の力を信じるなら入るがよい』

『あの場所に浮いているのは、シャングリラの封印を解く鍵だ。それを護るは3体の手長族、獣の部族の中で最恐の戦闘力を誇る種族。我らネコ族とルーツは同じなれど、封印の守護者と名乗りを上げて、獣の神から特別な主を授かった種族』

『シャングリラ――理想郷には、総ての富と力が眠っていると言う。それを手にするのも、やはり力ある者に他ならないのだ』


 メンバーはネコ族の護衛の言葉を聞いて、おおっとため息にも似た声を紡ぐ。これこそが、全ての冒険者が求めて止まない理想郷へのパスポートだ。

 そう気付いてしまったら、相手がどんなに強そうでも躊躇いは無い。是非取ろうとの意見は一致するものの、負け続きのメンバーを前に不安が無い訳でもなく。

 ところがダメーズは、今度はパーティ戦だから大丈夫と自信満々。


 根拠のない自信はともかく、有効な配置を何とか捻り出す央佳。自分が一番身体の大きな手長族の前に陣取り、ルカにその次の赤髪の奴の相手を割り振って。

 最後の皮膚に微妙に角を生やした小柄タイプを、喜一とアルカに相手をして貰う事に。その喜一が聖水を使用したのを見て、黒助が浮遊する鍵に手を伸ばす。

 その瞬間、地を薙ぐ様な爆風が襲い掛かって来た。


 実際に動き出した手長族は、猛威そのものだった。盾の防御が機能している内は何とか凌げるが、通常攻撃の爪に麻痺効果があるらしい。タゲは固定出来たが、防戦一方だ。

 だがそれは予定通り、央佳は一番大きい奴をキープする役だから。ルカの前の敵を、残りの全員で最初に撃破する作戦だが、これも上手く行っている様子だ。

 問題が起きたのは、やっぱり喜一とアルカの即席コンビ。


 盾役のキープはある意味簡単だ、敵対心を煽るスキルも多いし慣れもある訳だから。防御力にも気を遣ってるし、盾でのブロックが成功すればダメージも軽減される。

 アタッカー2人でのキープ作業も有名で、こちらはもう少し気を遣う。攻撃でのヘイトを調整しながら、片方が殴られている間にポーションや魔法で自己回復に勤しむ。

 相方が危なくなったら、スキル技等ですかさず自分にヘイトを向ける。


 これを繰り返すのだが、ヘイトの調整がなかなかに難しい。気心が知れていないと、あっという間に破綻する事も多い訳だが。案の定と言うか、殴られ役の受け渡しが上手く行かず。

 まずは喜一が血祭りに、さっきと同じく聖水効果が切れてのダメージも相まって。角付きは体躯が小さい分、どうやらクリティカル込みの攻撃力は高いらしい。

 ソイツのスキル技を思いっ切り喰らって、後衛も助けを出す隙も無く。


 あっという間の血ダルマに、そこから持ち直す事も出来ず喜一は昇天の憂き目に。続いて粘り腰のないアルカも、喜一と同じ運命を辿ってしまう。

 相手取る者のいなくなった角付き手長族は、次の標的を後衛へと定める。その吊り上った獣の瞳は、思わず回復魔法を飛ばした祥果さんに向けられていた。

三角地点の頂点で奮闘する央佳は、その事に気付いていない。


そいつの無体を悟ったメイが思わず頼ったのは、近場でキープに励んでいる長女だった。妹の声に気付いたルカは、咄嗟に挑発スキルをフリーの手長族に使用する。

 ところがパーティ練度と言うか経験値の少なさが、いざと言う時に災いした。さすがに2匹キープは不味いだろうと判断した黒助が、それに割って入る。

 1匹自分が引き受けて、マラソンキープで時間を稼ごうとしたのだが。


 意思の疎通の至らなさ、ダメージの高いスキル技で気を惹こうとするのだが。頑張り屋のルカが、《ドラゴニックフロウ》まで持ち出して2体キープを続行の構え。

 しかしその撃ち終わりの隙を、見逃してくれるほど敵も甘くは無かった。しかもこの手長族、2体でスキル技での連携を畳み掛けるコンビ練度の高さを備えていて。

 その威力は、幾ら新種族と言えども耐えられるモノでは無く。


 衝撃が央佳にも伝わって来たのは、恐らく『契約の指輪』の効果だろう。初めて味わうタイプの喪失感に、思わず怯んで周囲を窺って見ると。

 後ろがとんでもない事になっているのを知って、作戦の変更を余儀なくさせられる央佳。それ以上に倒れているルカを見て、カッと頭に血がのぼる。

 その向こうには、2体の手長族に襲われる後衛の姿が。


 《アースウォール》が大した時間稼ぎにならないのは分かっていたが、新たに《グランドロック》を唱える時間は稼げた。その呪文で後方の2体の手長族を、央佳は辛うじてレジられずに捕らえる事に成功。

 これで祥果さんを始めとする後衛は、取り敢えずフリーになった。壁になろうとして果てたのか、目の端に倒れた黒助がチラッと映る。既にかなり不味い状況だ、戦線が維持出来ないのはどこから見ても自明の理。

 逃げろと大声での叫び声は、恐らく子供達に届いた筈。自分は後ろからの攻撃を何とか避けて、倒れているルカを抱き上げてダッシュに移行する。

 空き地の入り口で、竜化して足止めしているネネにも大声で合図。


 ポンッと空中で元の姿に戻ったネネをキャッチして、唯一自由な大柄手長族の追尾を根性で振り切りに掛かる。あとはワープ魔方陣に飛び込んで、皆で安全圏に離脱するのみ。

 背後から物凄いプレッシャーと、それから轟くような笑い声が聞こえて来た。我らを倒さぬ限り、その鍵は使用場所を示さぬ。尻尾を巻いて逃げるもよし、ただし我らから逃げ切れると思うな!

 地の果てまでも追い掛けて、貴様らを血祭りに上げてやる!!





  ――『シャングリラへの指標は、容易には得られぬと知れ!!』













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