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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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断崖の街



「裏通りの景品交換所が、イベント発生現場っスね。詳しい事は次の街で集合した時に話しますけど、完全占有新エリアに飛び出た時の気持ちは、何と言うか超感動の一言っス!!」

「新種族の、恐らくは『獣』の種族に該当する集落を見付けたんですよ。……ただ、そこからイベントを進めるのにどうにも戦力が足りなくて。1パーティあれば、何とか行けそうな気配はあるんですけどねぇ」


 黒助と喜一の、前もっての情報はそんな所だった。『獣』種族のその正体は、何とネコ族と言うらしい。♀だらけの種族らしく、華やかなのは良いけれど。

 それ以上の情報は、イベントが進められずに残念ながら入手出来ず。そう言えばと、央佳は何となく思い出す。黒助の頭に、似合わないネコ耳が生えていた事実を。

 本人は好感度アップの為の装備だと言っていたが、ひょっとして……?


 彼らも変なルートから、思わぬ極秘情報を得た訳だ。今ならそっち系の情報、1千万とかそれ以上で売れてしまいそうだけど。ただし冒険者と言うのは、まずは自分で秘密に挑みたくなる人種には違いなく。

 その点は、央佳も彼らの心情には賛同出来る。


 このゲーム世界に舞い戻って、央佳家族もしっかりと冒険家業に勤しんだ結果。“エルフの里”でのワープ開通も無事終了、それから新エリアへの開通ミッションも取っ掛かりを得て。

 結構そのミッションは、何と言うか破天荒なシナリオだった筈。央佳がギルメンと共にクリアしたのは、もう3年位前になる訳だが。新入りの手伝いなどで、何度か繰り返してこなした経験もあったりして。

 つまりはもう、見飽きたシナリオでもある訳だ。


 簡単に説明すると、次の街ガルーアは“断崖の街”として有名なのだ。見上げれば首が痛くなるほどの高さを誇り、しかしその先には新大陸が存在すると言う設定で。

 そこに辿り着くために、まずはエルフの里でヒントを得て。何とかの羅針盤と言うアイテムをゲットして、さらに北の街ガルーアを目指す格好になる。

 その距離、馬車の度で大体2日程度だろうか。


 すっかり馬車での旅路に慣れた子供達、元気に馬車のアイテムボックスに荷物を積み込んでいる。他のメンバー、つまりは男組と女組は今はいない。彼らは簡単に、ワープを使って移動出来る身なので。

 心苦しくはあるが、彼らには自分達の到着を待って貰わねばならない。そして出来るなら、ワープ拠点の開通作業の手伝いも。万一全滅の憂き目にあっても、それだと直ぐに集合出来る。

 まぁ、そこまで最悪の事態を考える事もないだろうけれど。


 取り敢えず、色々と考えていた自分と身内の強化策は後回しにして。今は目標を得て進むのみ、まだ見ぬその未開の土地へと。待ち構えるは新種族、その名もネコ族と言うらしい。

 何ともファンシーな存在だ、子供達は喜ぶかもしれないが。


 そんな不安と期待を胸に、央佳の御する馬車は進む。ひたすら北へと進路を取って、マイペースな馬達の力を借りて。いつものように、車内はお勉強会で賑やかだ。

 子供達の騒がしい声をBGMに、馬車はゆっくりと進んで行く。




 簡易キャンプ地で夜を明かすのは2度目だったが、思ったより快適だった。央佳は子供達に譲って貰って、簡易ソファベッドで眠ったのだったが。

 ネネが、寝てる最中に脇の隙間に入り込んで来るのはいつもの事。角の先が脇の下を指して、それが目覚めの合図になってしまうのもやっぱり毎度の事。だけど、子供の温かい体温を肌で感じての目覚めは悪くない。

 悪くは無いのだが、柔らかい子供と堅い角の組み合わせはやはり異質だ。


 そんな事を考えながら、むっくりと体を起こして。簡易キャンプ地で各々好きな場所に寝込んでいる子供達を何となく見遣る。ルカはソファのすぐ下にいた、その枕元にはペットのマリモと獅子の盾が仲良く鎮座している。

 彼らが眠りを必要とするのか、ちょっと分からないけど。


 祥果さんとメイとアンリは、央佳とは逆の隅っこに固まって寝ていた。キャンプ地の構造上、中央の円卓セットを移動するのは手間が掛かってしまうので。

 いや、円卓セットは特に問題は無いのだけど。ちゃぶ台の卓上には、例の『魔除けのランタン』が置かれてある。これが敷地の真ん中に無いと、安全効果が行き渡らないので。

 こんな感じで、円卓に分断されての睡眠になった訳だ。


 向かいの壁の一角は馬車の車体で、開かれた扉前の踏み台にはアンリの愛玩人形が置かれていた。車内は賑やかな色彩で、祥果さん自作のクッションや壁布が覗いている。

 家族が視界内にいる風景は、いつ見ても心が穏やかになって良いモノだ。そんな感情を抱きながらも、央佳はちょっとした朝の散策に出掛ける。

近場をぐるっと回って、異常が無いかのチェックも兼ねて。


 戻った頃には祥果さんとメイも起きていて、小声で何かを話していた。央佳を見付けると手を振って、のそのそと布団から起き出して来る仕草。

 空は良く晴れていて、今日の天気の良好さを物語っていた。もっともここはゲーム世界なので、エリアを抜けるとガラッと何もかも変化するのも日常茶飯事だが。

 何にしろ、行動を始めるには良い日和には違いなく。



 朝食を済まして再び馬車が発車すると、暫く空白の時間が訪れた。こんな時央佳は誰かと通信会話をしたり、夢想して暇を潰したりするのだけれど。

 会話のアイコンをウエルカム状態にしておくと、割と暇な友達からお喋りしようよ的なテルが飛んで来る。そうなると、他愛のない会話で暇が潰せると言う次第だ。

 ちなみに忙時には、取り込み中のアイコンがお勧めだ。


 子供達は車内で騒がしく勉強中らしい、全く静かな勉強時間もあるけど。今は祥果さんが、執念で持ち込んだ絵本の読み取り授業中らしく。子供向けの物語が、央佳の耳にも届いて来ている。

 それから暇な友達から、何してるのとテルがまず1件。


『あれっ、次の目的地は“ダンジョン都市”じゃなかったのか、桜花? 先に奥さんのミッション進めて、新エリアに行く手筈をつけとく作戦か?』

「いや、人数揃ったから先に新種族ミッションを進める事になったんだよ。そっちももう待ちくたびれただろう、朱連?」

『確かにそうだ、そうかぁ……やっと先が見れるんやな! 森の探索もいい加減飽きたし、頼んだぞ。ちゃんとヒントを、持って帰って来てくれよな!』


 それはまだ分からないけど、最善は尽くす所存。そんな感じの返事をしつつ、一緒に取り組む仲間を思い浮かべて。余り頼りになりそうもないが、一応は依頼主でもある訳で。

 無碍にも出来ないし、なるべく彼らの意向にも沿わないと。だからパーティの練度に不安を感じながらも、こんな段階で激ムズと呼ばれるミッションに挑む事になったのだが。

 いかにもしっぺ返しを喰らいそうで、内心は戦々恐々としている央佳。


「そっちは今から何すんの? 森の探索チームは、ローテどうなってんだっけ?」

『森の探索はもう、ほぼ撤退してるわい。モチベだだ下がりで、ギルマスのチームだけかな、今ちゃんと機能してるのは。俺は闇ギルドへのリベンジに備えて、ミッションPを溜める予定』


 だからまた闇ギルドに遭遇したら、すぐに俺を呼べよと念を押して来る朱連だったり。頼りになるのか危ない火種なのか、まぁ取り扱い注意なダチには違いないけど。

 気を許せる相手なのは間違いない、朱連がいなかったら、ここまでこのファンスカ世界にのめり込まなかっただろう。一緒に冒険して楽しい気質の持ち主だ、ちょっと騒がしいけど。

 莫迦をやって心底から笑える友達と言うのも、生きて行く上では必要なのだ。


 そんな感じの会話を暫く続けた後、朱連との話はようやく終了。良い暇潰しになった、インした友達のリストを眺めながらそんな事を思いつつ。

 喜一と黒助にも、一応は業務連絡を入れたりと忙しくしていると。後ろのBGMが急に激しくなった、子供達は算数の授業に突入したらしい。我先に答えを言おうと、ハイハイッ! との声が騒がしい。

 ここまで熱心な生徒を持つと、祥果さんも教え甲斐があるだろう。


 職場の先輩ゲーマーの、毘沙にも一応テルを入れてみたけれど。何故だかいつも、通信が不安定で長く話していると頭が痛くなって来る。変なノイズが、毎回通話を邪魔するのだ。

 あまり情報の遣り取りを、して欲しくない誰かの邪魔ではないかと央佳は勘繰っているが。そうだとしても、こちらから出来るアクションは皆無な訳で。

 今回もそんな感じで、半端に嫌なノイズまみれで会話は終了。


 短い遣り取りの間で、有効な外世界の情報は殆ど拾えず終い。これは央佳夫婦が最初にこちらの世界に引き込まれてから、頑として揺るがない頑なな法則だった。

 GMコールが繋がらないのもそうだが、最近は友達を通じてのコールも通じなくなってしまっていた。央佳がGMに文句を言えたのは、あの最初の時だけ。

 その後は完全に、梨の礫と言う有り様だ。


 果たして通信手段が妨害されているのか、GMが原因の究明を断念して無視を決め込んでいるのかは判然としないけれど。そこから何かを得る事は、当の昔に諦めた央佳。

 今はただ、このゲーム世界でなるべく楽しく家族で過ごしたいと願うのみ。人間は、良くも悪くも順応する生き物だ。可愛い奥さんと従順な子供達、これ以上何を望む?

 自分はただ、この幸せを手の届く限り護るのみ。


 そんな事を考えながら、他愛のないギルド会話を楽しんでる最中に。後ろが随分と静かになったなと、央佳は何となく思考の表面で思っていると。

 不意に真後ろの覗き口から、お手紙で~すと少女の明るい声が掛かった。驚いて振り返ると、折りたたまれた画用紙の束が背後の隙間から差し出されている。

 それを持つルカは、この上なく嬉しそうな笑顔。


「ああ、有り難うルカ……おっと、全員分あるのか、凄いな!」

「祥果さん、これから休憩ですよね? それなら御者席に行ってもいいですよね?」


 騒がしい長女を尻目に、央佳は手綱を片手に苦労して手紙の束を開封する。とは言っても、ただの四つ折り状態なのだけれど。最初の用紙はネネのモノだったようだ、可愛い絵付きの色鮮やかな手紙だ。

 と言うより、家族を描いた絵が画面の8割を占めていて。その上に「父ちゃ大好き」とたどたどしい字で書かれている。いつの間にか授業で字を覚えたらしい。

 なんとも凄まじい学習能力、いやそれ以上に心温まる手紙だ。


 一人でほんわかしていると、隣に車内から抜け出して来たルカが腰掛けて来た。自分の手紙が読まれる瞬間を、どうしても近くで見たかったらしい。

 ニコニコ顔の長女を横目で見ながら、央佳は続けて手紙を開く。今度の用紙も派手だったが、これは手紙ですらない様子。家族の名前が全員分書かれていて、その周りを色彩豊かな花が飛び交っている。

 丁寧に描かれた字と花は、三女の性格を示している様。


 これがアンリ作だと分かったのは、隣のルカが解説をしてくれたため。読み終わった手紙を長女に預かって貰いながら、央佳は次の手紙を開封する。

 後ろの覗き口からも、子供達が父親のリアクションを楽しそうに眺めていた。読み終わる度に、央佳は本人にお礼を述べる。くすぐったそうな笑顔が、それに応えて。

 次に開いたのは、どうやらメイ作の手紙らしい。


「上手に書けてるでしょ、パパ?」

「ああ、本当に上手だな……みんなもう自分の名前を書けるなんて、凄いなぁ!」


 央佳の本心からの褒め言葉に、素直に喜ぶ子供達。メイの手紙は、妹達とは一味違っていた。3行程度に渡って、いつもありがとうとか、この前のカレー美味しかったですとの感謝の言葉が書かれている。

 やっぱりこの子は一番学習能力が高いみたいだ、律儀にお礼を述べる性格もメイらしい。次女はちょこまか動き回る印象が強いが、根っこは姉妹で一番しっかりしている。

 華やかさこそないが、心にジンと来る内容はメイらしい。


 最後の一枚は、長女のルカのものだった。待ってましたとの期待感が、隣のルカから巻き起こる。ところが長女の作成した手紙は、ネネのそれとあまり変わらない出来栄え。

 大好きの文字とその感情は、物凄くこちらに伝わって来るものの。きゃぴきゃびした感じの飛び交うハート模様や色遣いは、最年長を語るには如何なモノか。

 まぁそれでも、味があると見えてしまうのはある意味親バカだろう。


 隣の長女を思いっ切り褒めながら、央佳の心もこの上なく温まって行く。褒める相手がいる幸せと言うのもあるのだと、改めて思い至ってしまった。

 この手紙の束は、常に手元にあるようにしたいなと央佳は思う。お守りのような包みを、祥果さんに作って貰おうか。そう言えば、祥果さんも手紙は貰ったのだろうか?

 それとも一緒に過ごす時間で、充分だと思っているのかも。


 奥さんの性格だと、そっちの方がありそうだけど。今度自分から、何かプレゼントを用意した方が良いのかも。労わりと感謝を込めて、割と実用的なモノを。

 そんな事を考えながら、隣に座るルカと授業風景のあれこれを喋っていたら。不意に聞き慣れた声の通信が入って、央佳の心臓は半オクターブ跳ね上がった。

 いやしかし、どうしてトーヤがこのゲーム世界に?


『いや、普通にゲーム始めただけだけど? 何か難しいなコレ、操作慣れるまで一苦労だよ』

「マジか、いやいや……ビックリした、お前までこっちの世界に招かれたかと思ったよ!」

『そっちの状況を検証したいと思ってさ……この前リアルで、お前と会った時の感触が休みの日とは違ったから。ひょっとしてまた、ゲーム世界に舞い戻ったんじゃないかなって推測立てたんだけど?』

「うんまぁ、想像通り……そっちに報告ナシは悪いかなって思ったんだけど。祥果さんが、どうしても子供達が心配だって言うもんだから……」


 頼もしいと言うか学者の執念と評するか、とにかくトーヤの参戦は予想外。考えてみれば、トーヤは与えられた問題を途中で放り出すような輩では無い。

 とことん検証し、データが足りないと思ったらそれを集めるのを躊躇しないタイプだ。学生時代の長期休みには、色んなフィールドワークを手伝わされたものだ。

 長所と評して良いかもだが、友達にすると結構大変だ。


 容赦のないトーヤの質問攻めに、央佳は乞われるまま答えて行く。休憩時間の終わったルカは、もう既に馬車内に引っ込んでいた。後は多分、お昼休みまでノンストップ。

 質問は多岐に渡り、このゲームのシステムやキャラの有効な育成方法にまで及んだ。ギルド在籍の優位性や、はたまたカルマシステムや闇ギルドの存在まで。

 トーヤが特に興味を持ったのは、子供NPCの取得方法と神様とのご対面の仕方。


「だから俺が神様と会えたのは、子供の導きがあったからでイレギュラーに過ぎないんだよ。こっちの世界でも、神様はホイホイそこら辺を歩き回ってる訳じゃないのさ」

『そうか、それは残念……神官職って概念すら無いのな、このゲーム。光種族で始めたんだけど、じゃあ光の神様の所在は不明か……』

「俺は神殿の中庭で会ったけど、やっぱり崇拝者にはなっておいた方が良いんじゃね? 具体的には光スキルをしこたま伸ばすとかさ」

『なるほど、忌憚ない意見を有り難う……やっぱり、レベルは上げておいた方がいいかな。ところで、フレンド登録ってどうやってするんだ?』


 それは直接対面してじゃないと無理だよと、今度会う約束を取り付けて。何となくニヤッとしてしまうのは、新たなゲーム仲間が増えた喜びのため。

 場合によっては、陽平たちも誘うかもとトーヤの去り際の一言に。大歓迎だとの叫び声は、まごう事無き本心だった。冒険仲間が増えるのは、本当に喜ばしいイベントだ。

 そんなこんなで、友人との通信はようやく終了。


「ど、どうしたの央ちゃん……? 大歓迎って何の事?」

「ああっ、何でも無い……声に出てたか、ちょっと通信内容に興奮しちゃって。トーヤがゲーム始めたってさ、他の仲間も誘うかもって」


 どうやら本当に、最後の方は声に出ていたらしい。子供達もビックリした顔で、覗き口からこちらを窺っている。トーヤって誰なのと、メイの質問に。

 央ちゃんのお友達よと、祥果さんの当たり障りのない返事。そろそろお昼にしようかと、央佳は馬車を停める場所を探し始める。子供達から、ヤッターとはしゃぐ声。

 何となくはぐらかしてしまったが、まぁ仕方が無い。


 子供達が、リアル世界の事を知っているかも判然としないこの状況で。変に突っ込まれて質問されても、上手く答えられる自信もある訳でもなし。

 取り敢えずトーヤのゲーム開始は、脳内の引き出しに閉まっておいて。今は新種族ミッションを優先的に考えないと、何しろギルドの期待を背負っている身なのだ。

 そんな訳で、昼食を済ませてさっさと旅の再開。



 アンリが忠告をして来たのは、もう1時間もすれば街に着くかなと言うメイン街道での事。内容はたくさん人が集まって、待ち伏せをしているとの洒落にならない台詞で。

 途端に馬車内に緊張が走って、子供達はフル装備に着替えて戦闘の準備を始めている。央佳は暫し逡巡、果たしてこのまま馬車で進んでも良いモノか。

 このまま進んでも、敵達はこちらに手出しは出来ないのは分かってるけど。


 デメリットとしては、こちらの移動と滞在先が向こうに筒抜けになってしまう事。裏通りやフィールドで待ち伏せされでもしたら、ややこしい事態を招いてしまう恐れが。

 ここは慎重に行動して、迂回も念頭に入れた方が良いのかも。ところがその直後に、アンリが再度の情報を伝えて来る。いっぱいたむろってる人達に、敵意の類いは無いらしいと。

 つまりは、普通の冒険者が集っているだけとの推測が。


「……この先だと、ひょっとして獣人の集落落としでもしてるのかな? なんだ、闇ギルドの待ち伏せでなくて良かったよ」

「……そうみたい、獣人の敵対心と混ざって感知しちゃったのかも。……遠過ぎると、正確に働き難くなっちゃうから」

「なんだ、アンリの早とちりかぁ……あっ、お父さんあそこの集団じゃない?」


 ルカの指差す先は、まだまだ遠いが何となく人の集団に見えなくもない。余程目が良いらしい、さすが新種族の血を引く娘だ。そして馬車が近付くにつれ、向こうも気付いた様子。

 馬車や変わった乗り物に手を振ると言う行為は、遺伝子に組み込まれた使命かナニかなのかも。今も気楽に数名が手を振っている、人見知りのルカは振り返せないけど。

 代わりに央佳は、のんびり手を振り返して集団の少し前で馬車を停める。


「こんにちは、馬車の旅とは珍し……おっとぉ、もっと珍しい人物がいるよ、みんなっ! “子連れ狼”の桜花がいる、こんなところで何してるの?」

「うわっ、噂の子連れ勇者……!? 凄いっ、サイン欲しいっ!!」

「レイさんっ、一緒に戦闘してみたいっ! ちょっと頼んでみて下さい、お願いしますっ!」


 レイと呼ばれたのは、この集団を纏めているっぽい♂光種族の、立派な装備の冒険者だった。央佳を見初めたのもこの若者で、まず間違いなくこの10人以上の集団のリーダーだ。

 央佳の推理は大当たりのようで、彼らは今から獣人の集落攻めに挑む様子。さり気無くレベルを見たら、引率者を除いて全員がEクラスの冒険者らしい。

 つまりは祥果さんや子供達と、似たようなレベルである。


 このレベル帯での集落攻めとなると、幾ら子供達のチート力でも1パーティでは苦しくなって来る筈だ。彼らが歓迎してくれるなら、是非参加させてほしい所。

 世間話のついでにギルド名を訊いたら、何と噂のギルド『アミーゴゴブリンズ』の一団だった。それを引率してるのは、サブマスの“閃光”のレインと言う名の冒険者。

 その得物の大鎌は、呼び名通りに淡く発光している。


 実は央佳も、彼の名前は聞き及んでいた。何しろこの人物も、央佳と同じくSランク冒険者だ。超有名な『アミゴブ』と言う老舗ギルドの中でも、実力者として名高い。

 そんな有名人が、新人の引率をしているのも驚きだが。話し込んでると、もう一人ベテラン冒険者が近付いて来た。どうやら偵察に出掛けていたらしく、馬車を見て驚き顔。

 そしてさらに、馬車からぞろぞろと降りて来る子供達の姿に2度ビックリ。


「あれっ、レイ……お客さんかい、こんにちは? 集落の方は、既にNMを3体確認したよ。かなり不味いかも、やっぱりお前か俺が入るべきかなぁ?」

「おかえり、アラン……こちらは“子連れ狼”の桜花さん、お前も知ってるだろ? 彼の仲間も名声上げとミッションクエこなしたいそうだから、一緒に行動する話になったよ」


 それは素晴らしいと、アランと呼ばれた弓使いはポンとひとつ手を叩く。最近はどこも物騒だからねと、続けてレインの呟きに。自分も護衛に回るよと、央佳の控えめな提案。

 そこからは、アラ組みからのお決まりの騒動。いかに老舗ギルドとは言え、大人数の戦闘が慣れているとは限らない。その点祥果さんと子供達は、普段通りで機能出来る。

 前衛一人回そうかとの提案には、謹んでお断りを入れて。


「今回はアンリが前衛な、場合によってはネネ投入も視野に入れて。全体の指揮はメイが取ってくれ、祥果さんの護衛もしっかり頼むな。……ルカが頼りだ、しっかり頑張れ?」

「「「はいっ!!」」」


 アンリとメイの動きを中心に、入念に戦場での指示を伝える央佳。いつも通りのポジションのルカには、特に伝える事は無かったのだが。期待に満ちた瞳で見られては、何か言葉をひねり出してあげないと可哀想な気がして。

 それでも子供達は、元気な返事で準備万端を伝えてくれる。集落攻めは何度もこなしてるし、まぁ大丈夫だとは思うけど。大人数での戦闘経験は、あんまりなかった気が。

 特に祥果さんは、パニックを起こしそうでちょっと怖い。


 ところが戦闘は、央佳が心配する程も無く順調に進んで行った。最初からNMが多数湧いている集落は、予期せぬピンチに見舞われる事も多いのだが。

 向かって左方を受け持つパーティが、異様に上手くて前線が手厚いのが後ろから見ていてはっきり分かる。隣で護衛に当たっているレインにそう褒めると、ギルドから良装備を貸し出しているそうで。

 なるほど、装備って意外と大事らしい。


 央佳自身は、それ程装備にはこだわっていないのが本音である。アレコレ見較べる時間が惜しいと言うか、そんな暇があれば冒険で何かゲット出来るだろうと。

 つまり競売などで、高いお金と時間を掛けるのが嫌いなのだ。苦労して冒険で得た装備の方が、思い入れもあるだろうと言う意見である。だから央佳の装備の半分は、割といい加減な基準の元に選ばれている。

 自然と子供達も、ほとんどが有り合わせ物と言う残念な流れが。


 ちょっと可哀想かなとも思うけれど、今は借金で無駄に装備にお金も掛けられない身分である。だから今までの冒険で、NMなどがドロップした物を配分しているのが現状で。

 ただ悲しいかな、初期エリアだけに幾らNMと言えども良品をポンポン落とす訳も無く。ルカとアンリの装備欄は、現状あんまり宜しくない。

 だから、ギルメンの会合で貰ったモノとの差が何とも酷い有り様だったり。


 何だか甲斐性の無い父親な気がしてきた、それを振り払うように右方の子供パーティを眺めるけど。充分善戦しているし、NMの到来にも怯んでいない様子。

 アンリも影騎士を従えて、壁役としてきっちりと機能している。メイの指揮も順調な様子、ネネも祥果さんも安全な場所で支援に徹している。

 この分なら、こちらも安心して見ていられる。


「今の所順調だね、このまま王様降臨まで行けばいいけど……ところで、この辺りの治安はどうなのかな、桜花さんは知ってる?」

「うーん、良く知らないなぁ……でも闇ギルドの連中が活性化している原因は、大手ギルドが領地持ちになったからだって聞いてるよ。俺も最近になって、何度も襲撃に合ってるし」

「昔はもっと、平和にレベル上げ出来たんだけどねぇ……」


 昔を知る護衛役たちの愚痴話はさておき、招かざる邪魔者も入らずに集落攻めは進んで行く。子供達も大いに役立っているようで、央佳も一安心だ。

 これで文句も言われず、堂々と報酬の分配を受け取る事が出来る。自分はともかく、メイはさぞ喜ぶだろう。ワープ拠点も通せるし、至れり尽くせりだ。

 獣人の軍勢も、既に数える程しかいなくなっている。


 メイの指揮は冷静で、深追いも突貫もルカに許していない辺りは流石である。客人の流儀を守って、決して出しゃばらないスタイルは褒められる。

 ところが、功を焦ったのか中央を受け持っていたパーティが、やや突っ込み過ぎた状況で。王様とその従者が降臨、憤りの槍玉に挙げられたのはその中央の盾役冒険者。

 あっという間に血祭りに上げられて、場は急に騒然とした有り様に。


 あっちゃーと言う感じの表情のメイは、振り返って央佳に助言を乞う構え。どこか呑気なのは、直接の被害は無いせいだろうけれど。隣のアミゴブメンバーは大慌て、必死に左方のパーティに指示を出している。

 こちらも慌てるべきかなと、央佳は次女に指示を飛ばす。抱える荷物を放り出すゼスチャーの父親に、少女は指で丸を作ってその内容を理解した素振り。

 それから祥果さんと呑気に手を繋いでいた末妹に、寛大なる出動要請。


 何しろルカは、まだまだ忙しく将軍級の獣人と相対している最中だ。アンリも前衛にまだ慣れているとは言えないレベル、頑張り屋さんだがソロでNMクラスを相手にさせたくない。

 左方のパーティも似たような感じで、今すぐに動ける者は多くて2人位が精々か。そんな事を考えている間にも、中央パーティは急速に瓦解して行く。

 そこにお助けキャラ扱いの、ネネ爆弾が投下。


「うわっ、何だアレッ!? ここにあんなモンスター出たっけ!?」

「あの……アレは俺の娘です……」


 敵も味方もビビらせる、竜の勇姿はどこにいても一際目立つ。獣人の王様とその従者を、あっという間にタゲ取りして殴り合いに移行するネネ竜。

 中央の生き残りは前衛と後衛がたった1人ずつ、状況の変化が呑み込めずウロウロするばかり。左方からもようやく助っ人が到着したが、竜の巨体で状況は確認出来ず。

 そんな他人様の事情は関係ないよと、ネネは獣王NM従者をまず1体撃破。


 隣のレインが、手空きの連中に指示を飛ばしている。それからメイの指示で、アンリもNM退治のお手伝いに出張ってきた様子。その顔は無表情だが、妹の手伝いに不満そう。

 それでも余った連中を纏めて、最前線へと特攻を掛ける手腕はさすが。その後、ネネから強引に獲物を1体分捕って、即席メンバーで殴り始める。

 これでネネ竜が相手取るのは、王様NMと雑魚将軍のみになった。


 何とか戦況も安定して来て、アミゴブの引率者もようやく安堵に至って。ネネの《限定竜化》が解ける頃には、ルカも左方のパーティもフリーになって中央に合流して。

 その後は何の波乱も無く、集落攻めは見事こちらの勝利となって終了の運びに。喜びの雄叫びや宝箱の開錠もそこそこに、安全の為にさっさとその場を後にする一行。

 ネネの活躍もあって、分配も多めに貰えてメイもニンマリ。


「いやぁ、本当に助かったよ……この調子で、ミッション進行も宜しく!」

「あれ、ミッションって最果ての街で受けなくっても進めて良かったっけ?」

「アイテム取って来いって奴のだけ、先に取得してても問題無い筈だよ」


 それなら安心だ、引き続き一緒に行動するよと奥さんと子供達に伝える央佳。戦闘に参加したメンバーは、今は休憩しながらのんびり過ごしている所。

 アミゴブのメンバーは女性も多くて、ここでも子供達は人気者に。特に、良く分からない活躍をしたネネは大人気。愛想の無いアンリも、♀冒険者の群れに捕まっている。

 肝心のネネは、いつも通りに人見知りを発揮して央佳の影に隠れてしまっていた。勇ましい竜とのギャップに、ファンになった冒険者がその姿に歓声を送る。

 一方のアンリは、何故かお姉さん達からアイテムやアクセサリーを貰っていて。


 それをきちんと父親に報告して来る、律儀な性格の三女だったり。お礼は言ったのかと問うと、無表情に頷きを返し。嬉しかったのか、父親に抱き付いての照れ隠し。

 真面目な祥果さんは、メイと一緒にパーティでの動きの反省会を開いている様子。またスキルPも溜まって来たので、成長指南をみんなで考えなければ。

 最近はメイやアンリも、祥果さんの成長を気に掛けているのだ。


 何にしろ予定外の老舗ギルドとの遭遇だったが、色々と便乗出来て大変助かった。ここから更に新エリアへと向かってしまえば、もう1パーティで集落攻めなどとても無理。

 その代わり、新エリアでは特定のクエストをこなせばミッションPを得られたりもする訳で。ワープ拠点通しに時間が掛かってしまうが、そっちの選択もアリになるかも。

 取り敢えずそこら辺は、レベル100にして新エリアに到達してからの話だ。





 ――新しい世界が開ける瞬間はいつも良いモノだ、それを家族で見れるなら尚更。















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