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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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カレーライスと再会の地



 どこかで体験したフェードインの感覚を、央佳は懐かしく感じていた。肉体の感触を感じたのは、小さな塊がぶつかって来たから。その塊は温かく、騒がしく何かを叫んでいた。

 それが泣き声だと気が付いた瞬間、周囲の景色が明瞭に色づいて行った。どこかと思ったら、野外のホームポイントだ。自分は一度死んで、生き返ったのかと錯覚してしまう。

 いや違う、単にゲームにログインしただけの筈だ。


 それなのに何だ、この修羅場のような有り様は。泣いているのは子供達だった、しかも4人とも全員。自分のお腹にくっ付いて泣いているのは、一番小さなネネだった。ゴツゴツした角が脇腹に当たって、少々痛いが我慢出来ない程では無い。

 首に抱き付いて泣きじゃくってるのは、どうやらルカのようだった。顔は見えないが、緋色の立派な髪の毛が視界の隅に波打っている。央佳は自然とその背中に手をやって、優しくポンポンと宥める仕草。

 愛情を分け与えるように、何度も何度もその行為を繰り返す。


 実際、一番大声で泣いているのは祥果さんだった。その彼女はメイとアンリに抱き付かれて、座り込んだまま揉みくちゃになっていた。その2人も泣いていて、これは暫くこの場を動けそうもない様子。

 央佳も実は、近くに誰もいなければ泣き出してしまいそうな危うさに襲われていて。人目のある野外での大泣きは、いかにも体裁が悪いと思い至って何とか自制。

 冷静な判断が出来る程度には、心の内が冷めていた理由だが。この世界に戻るまでの直前の事実の認識と、その後の覚悟が大きな原因なのは確かではある。

 覚悟とはもちろん、この身を賭して家族を護る事だ。


「だから言ったのに……2人共ログアウトしてるだけで、すぐに戻って来るって。まぁとにかく、無事に再会出来て良かったよ!」

「黒助っ、お前ってば……状況をわきまえようよ、私達は今日は退散しよう」


 誰かと思ったら、喜一と黒助が彼らの側に立っていた。どうやら夫婦の不在の間、子供達の護衛をしてくれていたらしく。この有り様を、戸惑った様子で眺めている。

 それはそうだろう、まるで生き別れた親と子の再会シーンの様相だ。プレーヤーにとって、ログインやログアウトは日常茶飯事だ。今まで幾度も、不在の時は存在した筈。

 一般論から言えば、彼らがそう思っても当然な訳で。


 いささかバツの悪い思いをしながら、央佳は彼らに感謝の意を表した。気にしないで大丈夫との言葉を残し、喜一は黒助を引きずりながら去って行く。

 意外と良い奴らなのかもと、央佳は彼らに対する評価を改めた。苦労人だからと言う理由だけでは無い、その結果やさぐれて駄目になる人間だっている。

 その結果身につく優しさのようなものを、央佳は彼らから感じる事が出来た。


 不意に家族の隣に、冒険者が出現した。恐らくフィールドで倒されたか、別の街から何かの用事で転移して来たのだろう。その冒険者は、当然ながらこの場の現状に驚き顔。

 相手の当惑も当然だ、央佳は観念したように愛想笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。実力主義のゲーム世界とは言え、世間体は大切だ。

 それとなく家族を促して、落ち着ける場所へと移動する事に。


 それにしても祥果さんの大泣きなど久し振りに見た。子供の頃は良く見た気もするが、最後に見たのは中学の卒業式だっただろうか。高校の時は小泣きだったし、多分そうだろう。

 或いは結婚式を仲間内ででもしていれば、その場面を見られたのかも知れない。ゲーム内ならお金の面でも融通が利くし、その内企画しても良いかも知れない。

 こんな異世界でも、適応して楽しまないと損だと央佳は思う。


 ぐずつく祥果さんを子供達ごと何とか立たせ、こちらはネネを小脇にルカをおぶって移動する事に。とんだ避難ごっこだが、致し方が無い。不在にした日々を申し訳なく思いつつ、しかし面と向かって謝るのも何か違う気がして。

 目指すは木の上の宿屋だが、果たして不在の間に解約されていないだろうか? そもそも、こちらでは何日過ぎているのかも不明である。

 その間、この子達はちゃんと食べてちゃんと寝ていただろうか?


 不意に涙腺が緩みそうになり、央佳は慌てて眼頭に力を込めた。申し訳なさと愛しさと、合流出来た安心感で身体の力が抜けて行くような感覚。

 人の感情とは、何と豊かで御し難いのだろう。ゆっくりした速度を保ちつつ、気付けば大通りの宿前に辿り着いていた。その間、何人もの冒険者に驚き見つめられた事か。

 まあ良い、宿を取れればこの後幾らでもゆっくり出来る。


 宿は簡単に取れたし、そもそも解約もされていなかった。それとなく確認した央佳は、内心驚いて脳内で計算する。それが間違っていなければ、自分達は4日も留守にしたらしい。

 子供達もさぞかし不安だっただろう、ネネもルカも未だにベソを掻いている。蔦で編み込まれたエレベーターに家族で乗り込み、借りたままの上の部屋へ。

 一度に全員は乗れないので、祥果さん一団を先に乗せて。


 蔦のエレベーターが再び降りて来るまで、央佳はぼんやりと“死”について考えていた。この世界から一度は消失した自分たち夫婦は、子供達から見たら死そのものと捉えられたのでは無かっただろうか?

 だとしたら、これ程の再会の騒動も理解出来る気がする。別離の理由も何も告げられないまま、夫婦揃っていなくなったのだ。子供達の不安感を考えると、再び申し訳ない思いが湧き上がって来る。

 そもそもこの擬似的な死別に、意味や作為はあったのだろうか?


 一般的に“死”とは、永遠の別れを意味する。葬儀は悲しみに彩られ、死んで行った者への憐憫や別れの無念さの感情がその場を支配する。央佳も青臭い思春期には、死の概念が怖くて眠れなかった記憶がある。

 ところが長生きした者の葬儀は、趣が違って来る。央佳が読んだ海外小説では、大往生した老人の葬儀が明るく華やかに催される記述があったのだ。

 故人もさぞ、大往生に満足した事だろうと言う風に。


 確かにそうかも知れない、健康に長生きしたいと言う願いは、恐らく万国共通なのだろう。自分はどうだろう、老後はたくさんの孫に囲まれて的なビジョンはまだ無いけど。

 子供が(本当に祥果さんとの子供が)出来たら、そんな考えを持つようになるのかも知れないが。恐らく富と権力を持てば持つほど、それをチャラにする死が怖くなるのかも。

 或いは一生懸命に日々を過ごさない者は、死に直面した日に後悔するのか。


 央佳はまだ若く、真面目にそんな事を考えた事もなかったのだが。高校生の時、田舎の祖父が亡くなった時も、正直別れの重みを体感したとは言い難かった。

 多分、これが死のもたらすリアルな感情なのだろうと、未だにぐずっている子供達を見て思う。二度と会えない辛い別れ、分かり易い胸に重く響く痛み。

 だからどうした? 央佳も祥果さんも、子供達もまだみんな生きている。


 例えこんな非現実的な世界でも、食べて遊んで色んな経験をして、喜んだり悲しんだりして成長して行ける。子供達に最上の経験と幸福を、それを遂行するために自分はここにいる。

 それが分かっただけで、随分と意識がクリアになった気がする。人間にはやはり、身近に目標があった方が良いのだろう。祥果さんが、マイホームを夢見るように。

 戻って来た無人の蔦エレベーターに乗り込みながら、央佳はそう思う。


 ようやく家族だけになれた、見慣れた樹上の貸部屋の一室で。どこかうすら寒く感じるのは、この数日間の子供達の孤独を反映しているせいなのかも知れない。

 厄介な事に、ルカもネネも央佳から離れようとしなかった。子供達が腹を空かせていると思って、何か食べる物を作ろうと台所に立ったのだが。

 同じく祥果さんも暫く動けそうにないし、さて困った。


「ルカ、お腹空いているだろ……? 今日は父ちゃんが料理するから、ちょっと手伝ってくれ」

「……何を作るんですか?」

「……カレー、かな?」


 泣き腫らした顔のルカは、ようやく父親の背中から降りて部屋の中をゆっくりと見回して。祥果さんの撃沈具合を確認すると、何となく納得した様子で父親の側に立ち。

 それから父親に抱かれたネネを見て、それを無理やり引っぺがしに掛かる。半泣き状態の四女に、央佳は召喚した精霊狐をあてがって。そのままキッチンに座らせて、頭を撫でてやると。

 ようやく落ち着いたようで、央佳は取り敢えず行動の自由を得た。


 こちらの世界に来て、央佳が食事の支度をした事は一度も無かった。そもそもリアル世界でも、カップ麺程度しか作った事が無い。それは央佳がズボラなのでは無くて、祥果さんが完璧に毎食の支度をしてくれるからだ。

 だからと言って、央佳は全く料理が出来ない訳では無い。むしろ元は器用なタイプで、特にゲーム世界では合成のセンスも良いと評判だ……と思う。

 カレー程度なら、キャンプで作った事もあるし、手順も知ってるし大丈夫だろう。


 とは言え央佳は、全く包丁を使い慣れていないのも事実。ここは多少ズルをして、合成手順を取り入れてしまおう。つまり包丁の代わりに、風の魔素を使う事に。

 一般的な合成は、素材を集めてこの魔素を性質に沿って使うとあっという間に出来上がってしまう。例えば風は切断で、炎の魔素は燃焼と言う具合である。

 ただし本当に一瞬で作ってしまうと、屋台で売っている出来合い物の食べ物と同じく、味が擦れてしまうのだ。だから使用するのは、包丁代わりに切断に使用するだけ。

 その過程を、隣で感心しながら見守るルカ。


 じゃが芋も人参も玉ねぎも、一瞬にして皮を剥かれて細切れに。それから炎の魔素で、お鍋に材料を入れて火を通し始める。ルカもそれをお手伝い、一緒にオタマを回している。

 水を注いで、ここまでの工程に間違いが無いか、一応祥果さんにお伺いを立てに行くと。メイとアンリに挟まれた奥さんが、ベッドの上に座り込んで呆けた顔をしていた。

 皆が憔悴した顔付きで、央佳の胸に痛みが走る。


 何にしろ、日常を思い出させたのにはそれなりの効果があった。お肉はどうするのとか、野菜と一緒にブイヨンを入れてとか、お米は大丈夫かとの忠告に。

 自分が全く至ってなかったのに気付いた央佳だったが、奥さんに心配を掛ける訳にも行かない。任せておけと答えつつ、子供達に肉の種類とデザートを募ると。

 心配そうな視線と共に、食べられれば何でも良いとの控えめな返事。


「腹減ってるだろ、すぐ支度するからな……我が家はカレーの時のデザートには、フルーツポンチって決まってるからな!」

「私達の、小学校の給食がそうだったもんねぇ……央ちゃん、本当に大丈夫?」

「たまにはいいだろ、味の方は保障しないけど……ルカも手伝ってくれるし、少なくとも空腹は満たせるさ」


 余裕の言葉と裏腹に、やや慌て気味に台所に取って返す央佳。仕切りの無い部屋割りなので、その会話はルカにも筒抜けだったようで。少女も慌てたように、あちこち引き出しを弄り倒していた。

 そして発見する、足りなかった素材の数々。この宿屋は結構良質なサービスを提供していて、台所の食糧などの消耗品が引き出しや野菜倉庫に蓄えられているのだ。

 使った分だけ宿代にプラスされるが、買い出しに行かないで済むのは利点である。


 ルカが最初に見付けたのはお米だった。何とも初歩的なミスだ、メインに気を取られてご飯を炊き忘れるなんて。それから冷蔵室から、何らかの肉の塊を取り出して。

 肉の担当を央佳が名乗り出て、ルカにお米を炊くのを任せる。何度も手伝った事のある長女は、手順を完璧に覚えていた。心配そうに見守るネネを尻目に、水の張られた新たなお鍋が火に掛けられて行く。

 それからやや誇らしげに、末妹を一瞥する。


 肉の塊を前にした央佳は、それ処では無かった。先ほどと同じく風の魔素で切断した肉片は、何だか量が多過ぎる気がする。ルカに相談した所、その半分で良いんじゃないかと言われ。

 遠い記憶を呼び起こすが、確か煮込む前に火を通すのが正解だったような。そこでフライパンを用意して、油を引いてカットした肉を焼いて行く。

 暫くすると、良い匂いが周囲に立ち込め始めた。


「……父っちゃ、お腹すいた」

「ご飯が待ってるから、これだけだぞ?」


 そう言って央佳は、胡椒を振った肉を一切れフライパンから菜箸で摘み上げ、ネネの口元に持って行く。程良く焼けた熱々のそれを、嬉しそうに頬張る四女。

 ルカもネネも、赤帝龍の出身のせいか、猫舌とは程遠い体質である。ご機嫌なネネとは対照的に、ルカはせかせかと動き回っている。

 やがて調味料入れから、何やら取り出して父親に見せる。


「お父さん、ブイヨンってこれでしたっけ? 祥果さんは、ヨ……洋食の時はいつもコレ使ってますけど」

「あぁ、多分それだ……よし、お肉も一緒に煮込んじゃおう。それじゃあルカは、引き続きお鍋の火加減見ておいてくれ。父ちゃんはデザートに取り掛かるから」


 分かりましたと物凄く真面目に答えるルカ、この娘はとにかく何をするにも一生懸命だ。この性格は、恐らく将来苦労するなぁと思いつつ。

 それでも姉妹の中で一番頼りになるのは本当だし、こちらも思わず頼ってしまう。良い子は損をする典型的なパターンだが、これは親がケアして行かないと。

 しんどくなる前に、上手くガス抜きさせるのが央佳の仕事だ。


 まぁ、取り敢えず今は大丈夫、こちらはデザート作りに集中しないと。何せ腹を空かせた子供達が、恐らく期待をしながら待ってくれている筈。

 フルーツポンチを選んだのは、祥果さんの言う通りの子供の頃の刷り込みも大きな理由だが。フルーツをシロップに漬け込むだけと言う、簡単な工程が魅力だから。

 その手順なら、何度か祥果さんが作るのを見て知っている。


 先程と同じく多少のズルをして、ほぼ一瞬で果物のカットは終わってしまった。綺麗なガラスにそれを放り込み、シロップを注いで出来上がり。

 簡単過ぎたかなと考えた央佳は、白玉くらいは入れるべきかと考え直して。再び素材棚を漁って、白玉粉なる物を取り出してボウルに投入する。

 それに水を加えてこね始めると、ネネが興味深そうに覗き込んで来た。


「ネネもお手伝いする? ネネもできるよ?」

「おおっ、そうだな……ネネはコネコネ出来るよな、じゃあ手を洗って……もう父っちゃの狐は返すからな」


 実はネネの面倒を見ながら、料理の手伝いをさせる方が大仕事なのだけれど。せっかく手伝いを申し出た、子供の気遣いを無碍にするのは教育上宜しくない。

 キッチンの上に座り込んだままの四女に、手を洗わせたりボウルを持たせたり。更に新しく水を張った鍋を火にくべて、白玉作成用にお湯を用意したり。

 忙しくなって来たが、反対にネネはご機嫌な様子。


 単純作業の持つ最上の長所だと思う、気分転換に大いに役立つのは。ルカの方も、アク取りやご飯の炊き加減のチェックに神経を尖らせている様子。

 そんなこちらのあたふた振りを心配してか、祥果さんがようやく重い腰を上げて様子を窺いにやって来た。メイとアンリも一緒で、まるで介護しているように両側を固めている。

 その様子を見て央佳は一安心、どうやらこっちも落ち着いたらしい。


 ルカは素直に、先生役の祥果さんに火の通り具合を訊いていた。メイとアンリは、四女の奇天烈な行動がどうにも気になる様子で。アンタ何してるのと、その手元を覗き込んでいる。

 ネネの小さな手の平でも、白玉はちゃんと形を成してくれていた。元々パワーは人並み以上に持っているのだ、後はそれを均等に丸めて煮えたお湯に放り込むだけ。

 ついでにその作業を、ネネに頼んでみると。


 2人の姉たちも、手を洗って手伝ってくれていた。と言うより、四女の手際を全く信頼していない様子である。ただし、要領を得ないのはこの姉妹も一緒だった。

 全く形の揃わない白玉が、お湯の中で賑やかに踊っている。


 しばらくして、祥果さんはようやくお鍋の出来具合にオーケーを出した。ルカが嬉しそうに、央佳の方を振り返って次の工程を促して来る。

 ファンスカは日本発祥のゲームなので、この世界の風習や文化の根底もそれに準じる。食に関しても同じく、だからカレーのルゥもちゃんと存在するのだ。

 央佳は調味料入れからそれを取り出して、おもむろに適量を投入。


 祥果さんは隠し味について何やら述べていたが、央佳はそこまで芸の細かい事に興味などない。奥さんをキッチンテーブルの椅子に押し込んで、出来上がりを待っていてと告げて。

 ついでにオママゴトの終わった子供達も、順繰りに席に座らせて行き。勿体を付けるように、各々の前に大小のスプーンを並べて行く。

 いち早くそれを手にしたネネは、それを使ってご飯の催促。


「父っちゃ、お腹すいたっ! ネネのはご飯、たくさんにしてっ!」

「ようっし、大盛りだなっ! メイとアンリは、ご飯どのくらい欲しい?」


 2人共に同じく大盛りを希望したのは、恐らくこの数日間ろくに食事をして無かったからだろう。元々が食欲旺盛な子供達、この数日はひもじい思いをしていたのかも。

 そう思うと申し訳なくなるが、こちらの事情を知らなかったのもまた事実なので。そこは割り切って、とにかく温かい食事を用意してお許しを乞おう。

 親しい家族の間でも、謝罪は必要だ。


 そんな意味を込めて、央佳は粛々と食事の用意を続ける。ルカがご飯はもう大丈夫そうだと、父親に知らせて来た。央佳は大皿を用意して、ご飯を盛り始める。

 大皿はこの宿屋に備え付けの、ありきたりの白い無地の平凡なタイプだ。今度暇な時にでも、子供達用にそれぞれ好きな柄の食器を買ってあげないと。

 そんな事を思いつつ、央佳はご飯の盛り付けを続行する。


 どうやらカレー鍋も仕上がったらしい、その長女の言葉に妹達からワッと歓声が上がる。上手く出来ている事を願いつつ、ルカと一緒に味見してみるが。

 熱の通り方は充分だし、味もしっかり付いている。よっし、出来上がり! と央佳が請け合うと、さっきよりもっと熱の入った歓声が湧き起こった。

 こちらも熱々だ、しかも思ったより出来は良い感じ。


 向こうの世界では、ろくに料理など作った事が無いと言うのに。合成気分でも、なかなか良い作品は出来てしまうモノだと、我ながら感心してしまう。

 子供達の期待値が高いのは、初めて父親が料理を手掛けてくれたせいなのかも。その期待値に、見合う出来栄えなら良いのだが。そんな思いで、カレーを配膳して行く央佳。

 それを受け取ったルカが、テーブルへと運んでくれる。


「さて、カレーとフルーツポンチが出来たけど、味の保証は致しかねません。でもたっぷりと量は作ったので、存分に召し上がれー!」

「はい、頂きますっ」

「「「頂きま~~す!!」」」


 子供達の礼儀が良かったのはここまで、後は野獣のようにスプーンを動す音が響くのみ。それを優しい目で見ながら、祥果さんも旦那の料理の腕前チェック。

 味の染み込み具合はイマイチだが、出来立てのカレーならこんなモノだろう。結構な辛口なので、子供達にはどうかなと周りを見回すけれど。

 全く問題にしない程度には、スプーンの勢いは減じていない様子。


 お肉はどうやら鶏肉らしい、嚙み応えのある塊がルーの中にゴロゴロしている。これはモロに旦那の好みだが、子供達も好きらしい。肉の塊を見付ける度に、その顔が綻んでいる。

 デザートが甘いフルーツポンチなので、カレーの辛さは見逃しても良いレベルかも。そんな点も加味して、今回の旦那の作った食事の点数を弾き出すと。

 まぁ大甘で70点位だろうか、及第点と言ってあげて良い感じ。


 甘いかなぁと祥果さんは思うけれど、その点は子供達も同じレベルかも。美味しいよねと、しきりに連呼しているルカだが、正直に言えば普通としか返答は出来ない。

 それでも美味しいとちゃんと答えているのは、子供達の優しさ以外の何物でもない。ネネですら、父っちゃのご飯おいしいよと笑顔全開で答えている。

 幼女なりに、父親に気を遣っているのだろう。


 楽しい食卓と言うよりは、子供にとっては食欲を満たすための時間になっている気もするが。そう言う意味では、ボリュームのある央佳の料理は逆に良かったのかも。

 空腹は最大の調味料と言うが、まさにそんな感じだ。ルカとネネはカレーのお替わりをしていたし、メイとアンリはフルーツポンチの具を自分好みにしようと画策している。

 2人とも、自分達が千切って投入した形の悪い白玉は、敢えて無視しているのが面白い。


 フルーツに関しては、メイは割と酸っぱい系も平気らしい。ミカンやキウィが大量に入っても、特に嫌がる素振りは無い。逆にアンリは苦手な様子、桃や苺が好みっぽい。

 メイが気を利かせて、祥果さんにもフルーツポンチをよそってくれていた。形の悪い白玉が器に入る度、アンリと揃って笑い声を上げている。

 釣られて祥果さんも笑う、子供の喜びは自分の喜びだ。


 形の悪い白玉は、案の定火の通りが悪くて歯触りがイマイチだった。それでも特別な味と感じるのは、子供達の手が掛かっているからだろう。

 メイとアンリは、フルーツポンチの2杯目に挑む様子。それを見てルカが、自分達の取り分をちゃんと残しておく事を主張。ちょっとした姉妹の諍いは、まぁいつもの事だ。

 それ以外は特につつがなく、久し振りの家族の食事風景は終了する。




 片付けまでが調理だと祥果さんに諭されて、央佳は続いて流しに立って皿洗い中。ぼんやりと手を動かしながら、お皿やスプーン、それから鍋を洗って行く。

 これ位は何でもない、いつも祥果さんに任せっ切りなのだし。むしろ申し訳なく思いつつ、たまには自分も手伝わなくちゃなと考えている央佳。

 そんな父親を、今度はメイが進んで手伝っている所。


「祥ちゃんがね、お手伝いするなら真面目にしなさいって。あんまり怒らないけど、祥ちゃんは怒ったら怖いの……?」

「んー、俺と祥ちゃんは似たもの夫婦って言われてるからなぁ。友達から見たら、2人ともあんまり怒らないので有名かな? でも、たまに怒る祥ちゃんは……凄く怖い」


 お互い小声になって、ヒソヒソと内緒話モードに。2人でやれば、面倒な洗い物もそんなに時間は掛からない。単純作業に勤しみながら、央佳は思い付いてログアウト作業を試してみるのだが。

 やっぱり今回の異世界トリップも、こちらの意のままに帰還する事は許されていない様子。なおも喋り続けているメイは、両親不在の日々の苦労話を何の事でもない様に告げている。

 そんな筈もないのに、心配を掛けまいとの心積もりが透けて見えて。


 それによると、子供達はやっぱりこの世界に取り残されていたようだ。両親の消失は、彼女達は体感で捉える事が出来たと言う。つまり、この世に既に存在していないと。

 それを死と関連付けるには、彼女達はあまりに幼過ぎたようだ。或いはその概念すら、このゲーム世界は湾曲してしまっている可能性もあるけれど。

 とにかく子供達は探し続けた、いる筈の無い両親を。


 予想外の事も起きた、つまりは当てもなく街中をうろつき回っていた最中に。例の奇妙な2人組が、驚きながらも彼女達の護衛を買って出てくれたのだ。

 闇の組織のやり方を良く知っている連中だから、そう言った危機感もあったのだろう。とにかく目立たない様に、危険な場所には行かない様にと助言をくれて。

 お父さん達はログアウトしてるだけだから、じき戻ると励ましもくれて。


 実際には単純なログアウトでは無かったし、子供達はその言葉を理解出来なかった様なのだが。安心も確信も得られないまま、子供達はひたすら身を粉にして捜索を続け。

 そしてようやく4日後に、念願の再会を果たした訳だ。


 その間ほとんど食事を取らず、眠るのも央佳所有の馬車の中だったらしい。仮の宿より、愛着のある馬車の方が落ち着きを得られたのだろう。それにしても、大したサバイバル能力だ。

 もちろん央佳の心中は、申し訳ないと言う思いの嵐だ。そんな胸中の言い訳だろうか、ポロッとアレは神様のせいだから仕方ないんだよと口から言葉がこぼれ出た。

 それを聞いたメイが、珍しく激怒する。


「それって、どこの神様っ!? 信じられない、文句を言ってやるっ!」

「いやいや、そこは父ちゃんから厳しく言っておくから……それよりこの先も、ひょっとしたら同じ事が起きるかも知れない。その時は慌てずに、自分達の面倒は自分達で見るんだぞ? 父ちゃんと祥果さんが迎えに行くまで、しっかりと姉ちゃんを支えて妹達の面倒を見るんだ……出来るな、メイ?」


 プンスカ怒っていたメイだったが、父親の言葉には神妙になって頷きを返す。何だかんだと言って、精神的な成熟度はメイが一番高いと央佳は思っている。

 ルカは信頼に足る長女だが、性格は直情的で物事の裏を考えるのがとても苦手だ。力の無い子供達が世の中で生きて行こうとすれば、そこに付け入る嫌な輩も少なからず出て来る。

 そう言う事態では、疑う心も必要になって来る。


 その点メイは、天真爛漫に見えて実は細かい点にも目を向ける事の出来る鋭い子だ。里を飛び出たアンリを街角で見つけたのも、目端の聡いメイだった。

 今も後衛の指揮を取っているのは、この次女だったりする。戦闘に不慣れな祥果さんのサポートも良くしてくれるし、何より不意の事態にも機転が利く。

 いざと言う時に冷静でいられるのは、姉妹の中ではメイが一番だろう。


 今後また何の音沙汰も無く、現実世界に引き戻される事態が起きないとも限らない。自分ではどうしようもない、いわゆる天災とも言えるその時に備えて。

 央佳はもちろん、出来るだけの備えをする。それはもう、家長の務めだから。それ以上に、もう二度と子供達を悲しみのどん底に突き落としたくないとの思いがある。

 それだけが央佳の、そして恐らく祥果さんの願いだ。





 ――その為だけに、自分達はこの世界に身を投じたのだ。










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