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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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害虫駆除と禁断のゲーム



 ここ“エルフの里” ツグエフォンは、実は『新大陸発見』ミッションでも頻繁に利用する街である。少し北に行ったところに存在する、“最果ての街”エルグへの繋ぎとして。

 そんな訳で、クエスト依頼の為に歩き回っていると、自然とそっち系の情報も集まって来る。特に言われた訳では無いが、子供達と話し合って祥果さんはそれもついでにこなす事に。

 相談を持ち掛けた牡丹と翡翠も、それが良いねと返事をくれた。


 ギルド館の宴会以来だが、この両名の女性は本当に気さくな性格らしい。子供達の元気に駆け回る姿を眺めながら、楽しげに護衛任務をこなしている。

 もちろんクエ進行などで、分からない事は親切に答えてくれるし。同性の気軽さも手伝って、祥果さんも打ち解けやすい。家族以外の受け皿も、あった方が心が晴れると言うモノ。

 女性同士のお喋りは、ストレス発散に物凄く効果的なのだ。


「ここは緑が多くて、凄く良い街ですね……子供達もあんなにはしゃいでるし、散策するだけで楽しいです」

「新大陸やその先にも、いっぱい楽しい街があるよ♪ ……それより祥果さんって幾つだっけ、結婚してるんだよね?」

「ええ、あの……央ちゃんと。私も央ちゃんも、22歳ですね」

「うええっ、私達とほとんど同い年っ……? それで結婚してて……子供が4人も!?」


 子供は実在しませんと、慌ててその言葉を否定するも。あんな素直な子供達なら、本当に欲しいと内心で思ってみたり。歳が同じなので、敬語は無しにしようよと2人に言われ。

 彼女達は、現在大学生でリアルでも知り合い同士らしい。誘い合ってこのゲームを始めて、央佳に少し足りない位のゲーム歴との事で。このファンスカでは、割とベテランだ。

 スキルも装備も充実していて、護衛役には申し分ないキャラ達である。


 しかもフィールドに出る際には、同じくギルメンの夜多架と、アルカの相方のエストが付き添ってくれるそうで。至れり尽くせり、かえって申し訳ないと祥果さんは思うけど。

 旦那がそれで安心するのなら、敢えて文句を言う程でもない。その肝心の央佳は“悪い奴をやっつける”との任務を受け、お仲間のギルメンに連れ去られてしまった。

 本人は嫌そうな顔をしていたが、この世界にも付き合いは存在するらしい。


 少しだけ心配だが、こちらもするべき事は色々ある。ところが今は、同い年の女性に捕まって、旦那との馴れ初め話を披露させられている始末。

 その話に興味を持ったのか、いつの間にか子供達も近くに寄って来ていた。幼馴染で、ネネちゃん位の頃から一緒に通学してたんだよと、子供達にも話して聞かせると。

 何だかクエそっちのけで、女同士の内緒話が始まりそうな雰囲気。




 状況は、極めて混沌としていた。自分の予測は大したモノだと、央佳はその点だけは確信出来たけど。その結果を今こうして目の前にしていると、何ともやり切れない心情に。

 エルフの里の裏通りは、樹木のうねった変な通路が目立つ薄暗い場所だった。樹木には奇妙に育った花や果実が、まるで通行人を威嚇するように生えている。

 そして自分達に対応する面々、これがカオスでなくて何だと言うのだ?


「さて、害虫駆除に来てやったぜ……こうやって面と向かってまず口上を切るのが、最近のやり方なんだったかな?」

「威勢がいいな、アンタの事は噂で聞いてるぜ……もちろん、そっちの“竜使い”もな? まぁ慌てるな、最初に挨拶とルール説明をさせてくれ。俺達がこういうのもアレだが、俺らは野蛮人じゃないんだ」


 そう言って手を叩いて笑う、そいつは自ら“傀儡”の怒羅と名乗った。一応、向こうのメンバーのまとめ役的な立場にいるらしい。何しろ向こうは、所属ギルドからして違う。

 それはこちらも同じだが、怒羅はあの有名な『十三階段』の第五位に位置する強者らしかった。自分でも追加でそう名乗ったし、黒助も隣から教えてくれた。

 つまりはこちらには、黒助と喜一が名を連ねていて。


 何と言うか、央佳に後れを取らぬお人好しとでも言おうか。“炎斬”のアルカや“連撃”の朱連は、自分達の意思で鼻を突っ込んで来た暇人……いや、情熱家である。

 ところが残りの3人、央佳を含めたメンバーの内の半分は巻き込まれてここにいると言う。そう言えば、アルカも朱連も炎種族だなぁと、央佳は遅ればせながら思い至る。

 この猪突猛進振りは、選択種族に原因があるのかも?


「俺は“飛竜乗り”のゼンと呼ばれている。所属ギルドは『BLOODY CROSS』……あだ名に竜の名を冠するそっちの兄ちゃんとは、是非決着をつけてみたかったんだよ」

「俺は“悪鬼”のチャドだ、ギルドは『危刃変迅(きじんへんじん)』って名前だが、自分は変人じゃないぜ? そうだな、俺はパワー型なんで、同じタイプの奴とやりたいかな?」


 “飛竜乗り”のゼンは、雷種族の細剣の二刀流使いみたいで、兄ちゃんとは央佳を指しているようだった。彼の傍らには、大型の紫色の飛竜が控えている。

 “悪鬼”のチャドは炎種族の前衛タイプ、手には大柄な棍棒を持っていた。成る程赤鬼だ、その視線の先には、同じく前衛アタッカーの朱連が。

 何度か遣り合っている黒助と喜一は、どうやら人気は無い様子。


 それなら俺の相手はそっちの姉ちゃんかなと、口にした“傀儡”の怒羅の視線はアルカの方へ。怒羅は光種族の両手斧使いで、同じ武器を持つアルカを意識しているらしい。

 闇ギルドの連中は、他にも彼らのお付きみたいな立場の者が3人程いた。全部で6人なので、こちらより1人ほど多い計算だ。どうするのかと思っていたら、向こうは無頓着。

 その理由は、こちらの自己紹介の後のルール説明で明らかになった。


「さて、お互いに挨拶が終わった所で、次はこのゲームのルール説明をさせてくれ。闇ギルドが積極的にPKに走るのは、ぶっちゃけ向こうでの地位を上げる為だ。ただし、全員が好きで蛮行に走ってる訳でもないし、逆に倒された時のペナルティは正直キツイ。

 そこで、この装置で合法的に対人戦をしようって訳だ。俺らはこのゲームを『意思取りゲーム』と呼んでいる。椅子取りゲームと掛けてるんだが、まぁそれはいいよ。

 ここからが本格的な説明だが、まずはこれを見てくれ」


 説明役の怒羅が指し示したのは、彼らの目の前に浮遊する奇妙なポール装置だった。彼らの言う『意思取りゲーム』の進行役をしてくれるそうで、割と高価らしい。

 黒助の補足によると、彼らはそれを自分達のギルド領の館の隠し部屋から“発掘”したらしい。良く分からないが、そう言えば館の隠し部屋の噂は央佳も聞いた覚えがある。

 とにかく怒羅の説明では、この装置でお互いに死なない対人戦が可能になるらしく。


 つまりこの装置の上での戦闘の敗者は、意思を奪われると言う仕様らしく。デスペナこそ無いが、しっかり装備の無条件はく奪権はついて回るらしい。

 ハンターPも、相手を倒すごとにしっかり得られる仕組みとの事で。相手側にしてみたら、1週間の立ち入り禁止の免除とポイント獲得は一挙両得なシステムなのかも。

 それならこちらも、我を通す事にしよう。


「こっちの望みは、仲間の安全なこの街でのクエスト進行だ。それが保障されるなら、多少のそっちの我が儘にも付き合ってやるよ」

「我が儘呼ばわりは心外だが、まぁこっちにもメリットはあるからな……ちなみにこの対戦ゲームは、ポイント制で行われる。このポール装置から人数分のポールが飛び出すから、それをタッチして自陣の色に変えて行く訳だ」

「そっちが青組で、ポールが1個につき10点な。リーダーが倒されると30点、サブリーダだと20点……そんな感じで点数は振り分けされてる」


 やって行く内に分かるだろと、呑気な言いようの相手チームだが。制限時間は45分で、エリアはこの裏通り全域だと言う話だ。割と広い地域だが、合計11名が争うにはどうだろう?

 向こうの言い分では、ポイント取得はこちら側に有利なゲームらしい。その代わり、殲滅戦では相手側に分があるとの話だが。相手の方が人数が多いし、雑魚敵も襲って来るそうな。

 つまり作戦としては、ポイントを取ってタイムアップまで逃げ切るのが理想かも。


 そこからは、リーダーとサブの取り決めに短い話し合い。リーダーは朱連に決まり、央佳はサブを言い渡された。向こうは怒羅がリーダーで、チャドがサブらしい。

 得点が多いと言う事は、倒されると途端に不利になる訳だ。朱連はともかく、毒持ちの喜一や後衛タイプの黒助はかなり心配の種ではある。ゲーム始めと共に、参加者はランダムにエリア内に飛ばされるらしい。

 出来るなら、速やかな仲間との合流が勝利への鍵なのかも。


 闇ギルドのお付きの3人は、しっかり前衛の重厚装備を身に纏っている。これはまともにやると不利だなぁと、思っているのは央佳だけなのかも。

 他の面々は割と呑気で、この面子なら勝てるねと根拠のない談話に花を咲かせている。そこまで気楽になれない央佳は、より安全な勝利パターンを脳内模索。

 そんな各人の思惑をよそに、ゲームはスタートと相成って。




 飛ばされたのは、低い茂みの連なる小道の脇だった。周囲に人影は無く、静かで何となく不気味な気配が漂っている。身を潜めつつ、央佳は周囲を観察する。

 いきなり見つかったのは、宙に浮かぶポール装置。上部は白く発行する球体で、細い棒が地面へと伸びている。本体より小さい仕様らしく、全長は50センチくらいか。

 それを遠目に眺めながら、暫し央佳は逡巡する。


 果たしてこれを押すべきか? いや、押すのは確定している、問題はそのタイミングだ。今すぐに押しても、恐らくは敵にこちらの居場所を知らせるだけの気がする。

 押してこの場を離れても、次に敵側に押し返されたら相手のポイントだ。ゲーム内の駆け引きは大事に決まっているが、今は脱落者もいないし保留が良いかも。

 そう考えていたら、アナウンスが響いて来た。


 ――青チームがポール7を指定、10ポイントを獲得しました。

 ――赤チームがポール9、11を指定、20ポイントを獲得しました。

 ――ポール11付近で、赤と青チーム間での戦闘が発生しました。


 なるほど、このゲームは逐次こんな感じに戦況報告が入るらしい。マップを開くと、ポール11の場所は難なく判明した。結構遠い、暫く迷って、央佳は応援にはいかない事に。

 代わりに目の前のポールを指定してやる、これで敵を引き付ければ援護射撃になる筈だ。このポールは、ナンバー5らしい。マップで確認すると、西の端に位置しているみたい。

 少し南下して、他のポールの位置も調べておこうか。


 そう思って移動した途端に、生き物の気配を感じて立ち止まる。茂みから出て来たのは、何と野良犬だった。問答無用で襲い掛かられ、止む無く反撃に刃を振るう。

 戦闘は1分と掛からず央佳の勝利となったが、新たな敵も増やしてしまった。気味の悪い、ねじくれた樹木に近付き過ぎたらしい。そこから変な果実モンスターが生まれて、望まぬ連戦を強いられる破目に。

 予定外に時間を取られたが、ポイントは3P入手出来たとアナウンスが。


 こんな雑魚からも、ポイント入手は可能らしい。それから新たに接近する何者かの気配、思わず央佳は大きな木の陰に身を隠す。出来れば不意打ちしたいが、そう上手く行くだろうか。

 ところがその気配、不意に消えてなくなった。まるでこちらが感付いたのを、逆に察知したかのような。その空気に馴染みのある感覚を感じ、思わず央佳は呼び掛けてしまう。

 この場に絶対にいない筈の、三女の名前を。


「…………アンリ?」

「……呼んだ、お父様?」


 アンリは不意に、木の根元の影からにょっきりと現れた。《影渡り》のスキルを使って、隔離されていた筈の裏通りへと。なんとまぁ、破天荒な子だと内心思いつつ。

 この増援はこちらにとって、果たして不利なのか有利なのか。央佳は暫し思い悩むが、間違いなく戦力的には有り難い存在だ。ただし、敗北時にはこの子は連れ去られてしまうだろう。

 その考えに思い至った時、自分の指の『契約の指輪』の存在に気付いた。


 これも敵に渡す訳には行かない、宝具より余程大事な物だ。アンリは危なくなったら、逃げる事も可能な訳だし。助っ人に来てくれたのに、追い返すのも可哀想だ。

 本人に理由を尋ねると、小さく肩を竦めて質問にまるで意味が無いかのような素振り。恐らくそうなのだろう、央佳が子供達を案ずるように、向こうも父親を心配しているのだ。

 それでも何か言い訳がましく、アンリは質問にはこう答えた。


「……祥ちゃんとルカ姉が、心配してたから……」

「そっか、それもそうだよな」


 まるでアンリ自身は、それ程心配はしていない様に振る舞っているが。央佳が追い返そうとしても、多分テコでも動かないだろう。ここで怒るのも大人げないなと、央佳は思い直し。

 ゲームの簡略を説明してやりながら、負けて失われるのは装備品の一部だけだと説明してやる。だからアンリは、危なくなったら《影渡り》のスキルで逃げるように。

 そう言い渡すと、三女は大人しく頷きを返してくれた。


 それでやっと安心して、央佳は大事な指輪を外して予備に持っていたものと交換する。ひょっとしてこれで覚えた『竜』スキルは使用不可になるかもと思ったが、大丈夫そうだ。

 肩の荷は下りたが、まだまだゲーム的には殆ど貢献していない事に気付いて。探索するぞとアンリに話し掛けると、少女は12時と3時の方向を指し示した。

 忘れていた、この子には超感覚があるんだった。


「……両方敵か?」

「……右手のは動いてるけど、真っ直ぐ前のはさっきから全く動いてないよ?」


 そうすると、正面のはポール装置なのかも知れない。アンリがそれを知覚出来ているとは、限らない訳だけど。もしそうなら、ゲームはぐっと有利になるかも。

 アンリを従えて、央佳は試しに真っ直ぐに小道を進んで行く。武器の選択は、さっきから二刀流にしてある。広いエリアだし、囲まれる心配は薄いとの判断だ。

 程無くお目当ての、ポール装置に行き着いた。


 三女の探索機能は大したものだ、そう感心していた央佳だったのだが。当てが外れたと言うか、筋から逸れた事態を起こしたのも、同じくそのアンリだったりして。

 少女は持っている武器で、いきなりそのポール装置を殴りつけたのだ。攻撃対象に出来るなどとは、夢にも思っていなかった央佳だが。殴られた方も驚きの反応、手足を生やして変チクリンなロボに変形したのだ。

 そして始まる、少女とロボの泥試合。


 呆気に取られる央佳だったが、アナウンスは冷静にこの地での闘いの開始を参加者全員に告げていた。それを探知したのか、遠くから見覚えのある影が2つ走り寄って来る。

 アレは確か、“悪鬼”のチャドだったか。サブリーダーだから、ポイントは高かった筈だ。お付きには氷種族の片手斧の二刀流タイプ、コイツも厄介そう。

 いきなり数的不利だが、央佳は特に慌てない。


 チラリとアンリの闘いの趨勢を眺めるが、さほど苦労はしていない様子。強化魔法を自分と娘に掛けてから、近付いて来る敵との距離を測る。

 アンリも心得たもので、射程距離に入るや否や影騎士を召喚して、敵の足止めに入る。チャージを喰らった氷の斧使いは、慌てながらもその場で応戦。

 棍棒使いのチャドは、憤怒の形相で央佳に殴り掛かって来る。


「てめえっ、変なモン次々に召喚しやがって……オマケになんだ、あの細っこいロボはっ!?」

「俺が知るかっ……娘が装置に殴り掛かったら、急に変形したんだよっ!」

「娘って……お前は“竜使い”だろっ、子供を使ってんじゃねえっ!!」


 それこそ向こうの、勝手な被害妄想だ。何を使おうと、こちらの勝手なのだから。変形ロボ装置については、相手側も知らなかったみたいだ。そもそも殴れる事も、全く認識していなかった様子。

 子供の教育について捲し立てる“悪鬼”のチャドの弁論にカチンと来て、思わす央佳も言い返す。熱くなり過ぎて、何度か敵の棍棒をモロに喰らってしまったけれど。

 さすがは両手武器、かなりのダメージ具合で少々キツイ。


 氷の魔法戦士も結構やるようで、先程範囲魔法でこちらも被害を被った。それからは《スピンムーブ》で移動しながら、場所取りを巧みに変えての削り合い。

 更には、複合技の《破砕降刃》でこちらも複数の敵を巻き込んでスタンとダメージをお見舞いして。止まった瞬間で呪文の詠唱、風魔法の《ハリケーン》へと繋げてやる。

 これにより、相手2人は大打撃を被った様子。


「がははっ、やるな“竜使い”……こっちもそろそろ、通り名の由来をお披露目するぜ。そっちも、そろそろ竜を出してみたらどうだっ!?」

「やかましいっ、これが望みかっ!」


 叫び返しながら、央佳はこう着状態の打開を模索する。だが最初にスキルを行使したのは“悪鬼”のチャドの方だった。片手で顔を覆ったと思ったら、いつの間にか怒れる赤鬼の面が出現。

 対する央佳は、竜魔法の“竜人化”を選択する。チャドの挑発に乗った格好だが、戦闘でここまで央佳がエキサイトするのも珍しいかも。

 そんな央佳も外見に変化が、2本の立派な角と竜翼が生えて来て。


 両者ともハイパー化スキルを選択して、次なるは壮絶な殴り合い。攻撃力は依然としてチャドに分があるが、回避し様の手数の多い反撃は央佳が上の様子。

 途端に熾烈な削り合いが始まり、央佳の意識は眼前の敵のみに集中されて行く。戦闘とは極めれば単純だ、己の体力が尽きる前に相手のHPをゼロにするだけ。

 極限の集中力の中、央佳の振るう刃は敵を着実に弱らせて行き。


 相手の金棒でのスキル技を、風魔法の《エアクッション》でダメージを軽減した所で勝負はあった様だ。お返しの《スピニングエッジ》は、二刀の威力も相まって威力抜群。

 “悪鬼”のチャドは体力を全て失い、その場にドウッと音を立てて崩れ落ちて行った。戦いの余韻に熱くなりながら、央佳は周囲を見回すと。背後に人の気配、振り返るとアンリが宙に浮いていた。

 他には敵の姿も無し、ようやく安堵して武器を収める。


 アンリの背中には、見慣れない黒い翼が生えていた。確か《ダーククロウ》と言う魔系のスキル技だった筈、飛行とハイパー化の恩恵があるらしいのだが。

 央佳の竜化の外見変化なんて、とっくの昔に切れてしまっている。竜スキルがゼロなので、そもそも効果時間も短いのだが。それを見て、アンリも使いたくなったらしい。

 滅多に使わない癖に、流行には敏感なのかも。


「そっちも終わったか、これでこっちの陣営が有利になったかな? そう言えば、変形ロボはどうなった、アンリ?」

「……地面に模様付けて、薬品落として消えちゃった……」


 ドロップもしてくれたらしいが、模様とは何だろう? 確認してみると、地面に青色の二重丸が描かれていた。央佳はシステムでも確認、何と30点入っている。

 ひょっとしたら裏ルールなのかも、素直に触って点を稼ぐよりは大変なのは確かだが。その分、敵チームに後から色変えされずに済むし、点数も高いと言う。

 取り敢えず、央佳とアンリでここまで60点稼いだ訳だ。


 システムで現在までの経過を確認するに、央佳の頑張りは余り報われていなかった。20分近く経過した現時点で、青チームの生き残りは3人に減っていたのだ。

 敵も3人に減っているので、形勢は互角っぽい。向こうはこのゲームに慣れているので、あちらの点数が高いのは仕方無い所。大将の朱連はまだ生きている筈、連絡は取れないが。

 この対戦ゲーム上の仕様らしいが、マップすら真っ新なのは辛いかも。


「残り時間は、あと半分か……こっちのチームの生き残りと合流したいな。それとも、ポール装置を見付けながら点数稼いだ方がいいのかな?」

「……多分だけど、この道を真っ直ぐ行けば同じような装置が二つ見つかるかも。……こっちの森に入れば、誰かと出会えるかな?」

「……それは敵、味方?」


 分かんないと、可愛らしく首を傾げるアンリ。少なくとも、朱連やアルカでは無いらしい。つまりは敵か、それとも禍々しい気を放っている喜一か黒助の可能性が高い。

 アンリのスキルだと、そんな風にしか視えないのだから仕方が無い。央佳は少し迷って、森に入る方を選択する。味方ならそれでよし、敵なら2人で殲滅するまでだ。

 アンリにそう告げると、三女はスキップしながらついて来た。


 何でそんなにご機嫌なのか分からないが、少女的にはご機嫌なシチュエーションらしい。この前の難敵の襲撃時にも助けて貰ったし、アンリには本当に世話を掛けっ放しだ。

 世話を掛けますと軽い口調で言ったら、首を竦めて照れた様子。以前に聞いた、お父様の背中を自分が護るのとの言葉も、幾分熱が入っていた気も。

 何となく照れた気持ちを隠しながら、親子は森の中を進む。


 進行方向にいたのは黒助だった、低い姿勢で向こうも移動中で。アンリが後ろから、央佳に左手の茂みを指し示す。どうやら向こうも戦闘中らしい、距離を取りたい黒助と詰めて殴りたい相手との。

 無言のアンリだが、指を1本立てたのは敵の数を示したらしい。こちらに気付いた黒助も、慌てた様にゼスチャーで向こうの茂みを指し示している。

 こちらは合流して3人だ、圧倒的有利じゃないか。


 戦いの推移も、実際そうなってしまって一気に終焉へ。倒されてポイントと化したのは、敵の6人の内のお付きの内の1人だった。システムが、10点追加を告げて来る。

 お互いの無事を祝いつつ、現状の把握を早急に確認する。今の所、得点は逆転して30点ほどこちらがリードしている模様。残りは15分、このまま逃げ切る事は可能だろうか?

 黒助の推測によれば、全然可能らしい。


「今まで3回くらいこのゲームに参加したけど、終盤でこんなに生き残れた事は無いよ! このまま誰かがブロック役に徹して、1人がポールタッチ役をすれば完璧に勝てるよ!」

「なるほど……アンリが加わった事で、こっちも数的有利を築く事が出来るようになったしな。消極策だけど、確かに良い案だ……それより黒助、朱連を見掛けなかったか?」

「見ては無いけど……システムによると、さっきから戦闘中で決着のついてない戦いがあるね」


 恐らくそこだろう、応援に駆け付けたいが、朱連はそう言うのを嫌がるタイプ。だが万一、朱連が負けるとポイントが追い付かれてしまう事になる。

 こっちも得点を追加しようと、移動しながら他のメンバーの経緯を尋ねる央佳だが。黒助も詳しくは知らないらしいが、システム報告から察するに早々に倒された様子。

 要するに黒助は、独りで仲間を求めて逃げ回っていたらしい。


 まぁそれは仕方が無い、遠隔使いは盾役がいないとただのサンドバッグなのだし。その代わり、3つほどポール装置は起動させたらしい。マップを見ると、全て赤に変えられていたが。

 取り敢えずそれを、もう一度青に変えながら逆走する一行。不意にアンリが、先頭に立って茂みを掻き分けて進み始めた。何かを発見した様子だが、辿り着いたのは木々に囲まれた広場だった。

 そこに鎮座するのは、恐らくメインのポール装置。


 それは赤く光っていて、つまりは現在は敵の得点源な訳だ。他のポール装置より一回り大きくて、ポール番号も1番を示している。これを青に変えれば、完全に安全圏のリードを持てる。

 アンリが許可を求めて来たので、央佳は釣られて頷いてしまった。そして後悔、いや待てタッチだけにしておきなさいと口から出かかった言葉は。

 アンリには永遠に届かなかった模様、何しろ特攻掛けた後だったので。


 黒助の悲鳴と央佳が顔を覆って天を仰いだのは、多分同時くらいだったのだろう。それから何とか思い直して、装備を盾に変更。それから近付いて、挑発スキルでタゲを奪う。

 SPが溜まりまくっていたお蔭で、さほどの苦労も無くタゲは奪う事は出来た。その頃には、状況が呑み込めないまでも後方からの黒助の援護も届いており。

 まかりなりにも、戦闘はこちらの優位で推移して行く。


 改めて見上げるロボのフォルムは、先程と大差は無い感じだ。そのまま一回り大きくしたようにも見えるが、どっこい攻撃力と防御力は大幅に補整されていた。

 特殊技もミサイルやビームが乱舞して、アンリは早くも不利を悟った様子。影騎士を召喚して、自分は距離を取って魔法攻撃にシフトする構え。

 娘にタゲを取られまいと、央佳も必死に応戦する。


 厄介な事に、このロボは魔法耐性もそこそこ高いようだった。これは熱戦になりそうだと、央佳は覚悟を決めて持久戦用に自分に《ライジングヒール》を掛ける。

 土系のオートHP回復魔法で、ソロや回復役不在時には有効だ。戦いの最中に気付いたのは、どうやら相手は雷属性だと言う事実。つまり土系の魔法が、かなり効果的だ

 そんな訳で、央佳は斬撃に織り交ぜながら土系の攻撃呪文を唱えてやる。


 途中からは、MPの枯渇が心配になって取り止めてしまったが。何しろ敵ロボのHP半減からのハイパー化が辛くて、その頃には盾役の央佳は防戦一方に。

 何とか強力な特殊技を、盾のスタン技で丁寧に潰して行きながら。削り作業は、娘と弓使いの黒助に完全に任せる分業制。幸いと言うか、さすがに黒助はベテランだ。

彼も敵の弱点属性に気付き、途中から『砂塵の矢』と言う土属性の矢束を選択してる。


 アンリも心得たもので、自分の武器が左程ダメージを与えないと知って魔法攻撃に転じてからは。一番得意な《マジックブラスト》が高ダメージを叩き出せると理解して。

 潔く、その攻撃だけに決めた様子で。もっとも、魔法連打してタゲを取らない様に、配慮しての行動だと思われるけれど。央佳にしても有り難い、日頃の訓練の賜物だ。

 そんなこんなで、残り時間は残り10分を切った模様。


時間も残り少ないし、アンリはそろそろ畳み掛けても良いかと父親に相談を持ち掛ける。敵ロボのHPも、残り3割程度、そろそろ2度目のハイパー化が来そうな雰囲気。

 念の為、足止め魔法を掛けてからにしなさいと央佳は返事をした瞬間。アンリが不意に、敵の接近を告げて来た。厄介な状況に、一行の緊張感は高まって行く。

 そこに登場した男は、この状況を見てまず最初に絶叫した。


「……!! 何じゃこりゃああああぁぁぁ!!」


 いや、敵の言い分は良く分かる。こんな余計な戦闘をしている場合では無い事も。コイツも恐らく、初めて闘うポール型ロボを見たのだろう。

かつて知ったる戦場に、こんな変テコな奴が暴れていたら驚くのも当然だ。


 しかし央佳は、全く共感も同情もしなかった。切羽詰まっている状況に、阿呆が舞い込んで来たくらいの感情しか働かず。すかさず《グランドロック》を唱えて、哀れな中途参加者は金縛り状態に。

 その頃には、満を持してのアンリの魔法の追い込みは始まっていた。父親の忠告通りに、まずは《ヘビーポイント》でロボを鈍重・腐敗状態に落とし込み。

 怒涛の如く、魔属性の魔法を乱打する。


 後衛の黒助も、ここを逃してなるものかと追い込みには積極的に参加して。しかもなかなか強力なスキルを揃えている、お陰で大ロボのHPはあっという間に減って行き。

 最後はアンリの大技《摩訶×死戯》という超絶魔法で、最期を遂げる敵ロボ。派手なエフェクトだったが、最近覚えたみたいで央佳も見たのは初めてだ。

 何にせよ、勝利と共に大量60得点をゲットしたっぽい。


「良かったな、何とか勝てたよ……これで最悪、朱連が負けても逆転される事はなくなったな」

「うん、残りはもう数分だし……このまま逃げ切れるね、確実に!」

「……お父様」


 アンリの言いたい事は分かる、安心する大人2人を眺めながら、少女の指は未だ岩の楔に捕らわれた敵を指している。今気付いたが、その正体は“飛竜乗り”のゼンだった。

 央佳との戦いを所望していたのに、何とも気の毒だ。少し後方には、どうやら飛竜も一緒に捕らわれている様子だ。どちらにしても、残りはもう数分しかない。

 央佳は今度こそ、正しい言葉と行動で三女を制止する。


「もう時間も無いし、無駄な戦闘は控えなさい、アンリ。こっちへおいで、怪我はしてないか?」

「……はい、大丈夫です、お父様」

「おいっ、無駄って何だ!? いいじゃん、一戦交えようぜ!? こっちはまだ戦い足りなくてウズウズしてんだ……ってか、さっきのマシンは何だったんだ!?」


 ここでこちらが挑発を受けたら、金縛り状態の向こうが圧倒的に不利だと言うのに。コイツは考え無しのお馬鹿さんとの央佳の認証は、概ね正解の様子。

申し訳ないが、発動した魔法の途中解除など出来ません。そう央佳が告げると、相手は困った顔をこちらに向けた。こういうプレーヤーは、まぁ良くいるのだ。

 自分の使わない技や魔法のスペックには、とことん疎い連中が。


 使わないんだからそれで良いだろうと、そんな理解の程度では浅過ぎる。見える表面の部分だけでも、ゲームは一応楽しめるけれど。勝敗を分けるのは、いつでも深い駆け引きの部分だ。

 例えば、こんな風に敵の唱えた魔法に掛かってしまった場合。何分で解けるかとか、どの呪文があれば解除出来るかとか、知識はあればある程良いに決まっている。

 所持する薬品でだって、解除が可能な場合もあるのだ。


 敵の属性が分かれば、耐性上昇の薬品だって存在する。いつの時代も、情報戦は大事な訳だ。アンリの奇抜な行動によるロボの出現も、考えてみれば敵の虚をつく行動だ。

 こちらは情報戦で上手を取って、どうやっても既に巻き返せない程のアドバンテージを得た訳だ。暇潰しにそんな説明をしてやりながら、央佳は万一を思って敵と安全な距離を置く。

 “飛竜乗り”のゼンは、そのクールな回答に心底感心した様子。闇ギルドの所属の癖に、どうも素直で憎めない奴だ。黒助にその点を問うた所、武闘派の連中は概ねこんな感じらしい。

 だからこそ、黒助と喜一も付き合いが続いているみたい。


 タイムアップ後のエリアの変化は、ちょっとした見物だった。皆がワープで、一か所に強制集合させられたのだ。そこは最初の広場で、死人も生き残った者も全員そこにいた。

 そしてすぐに、倒された連中は生き返りを見せた。緩やかに宙に浮かび上がって、蘇生が行われる。アルカと喜一も無事生き返った、連中の事前説明は本当だったようだ。

 何となくホッとしながら、央佳は終わりの作業を待つ。


 朱連と敵の大将は、何と遭遇して20分以上の大立ち回りを演じていたらしい。結果的に、ポイント獲得には貢献していないと言えど、それも一つのチームプレイだ。

 相手側は、初めての敗戦にショックを受けつつ、ナイスゲームとこちらを褒め称えさえした。それからポール装置を操作、順繰りにタッチするように促され。

 なるほど、タッチと同時にミッションPとハンターPが入って来た。


「負けたけど、久し振りに良い試合だったぜ! また今度やろう、楽しみにしてる……約束通り、俺達のギルドは暫くは初期エリアでPKをしない。これで良いよな?」

「ああ……それだけは、しっかりと通達を頼む」

「まぁ、伝言は俺達の所属ギルド内だけだから、闇ギルドの全部が従う訳じゃないけどな。それにしてもポール装置を殴って壊せるとは、俺達も初めて知った……ここまでやられるとかえって清々しいよな!」


 そこまで言われると、こちらも晴々しいかなと央佳は思う。負けた連中も、少量ながらポイントを貰えたようだし、今度は新大陸で参加者を募ると言ってるし。

 そんな感じで、概ね明るい雰囲気でこの場は解散となった。そんな中で微妙な顔色なのは、敗北を喫したアルカと喜一。喜一はまぁ分かる、服毒体質ではソロはさぞかし辛かろう。

 アルカに関しては……この娘はひょっとして、勢いだけ一人前?


 央佳の視線を逃れるアルカは別にして、朱連は未だにヒートアップしたまんま。向こうのリーダーの“傀儡”の怒羅は、従者召喚を巧みに操る強者だったらしく。

 常に数的不利に立たされながら、倒されなかった朱連を褒めるべきか。朱連の補正スキルは、HP増量などをベースにソロにも確実に対応したキャラ設定になっていて。

 キャラ操作の上手さも相まって、彼の名を売るのに一役買っている訳だ。



 一緒に戦った仲間達との別れの方が、数段騒がしく後を引いた。それでも祥果さん達と合流して、彼女のクエスト消化を手伝う頃には、そんな顛末は殆ど忘却の彼方へ。

 夕方が迫って来て、今日の活動は終わろうと助っ人護衛団にお礼を述べて。家族だけになった途端、子供達が甘えて来るのもいつもの日常。

 そう、この時までは確かにこっちの世界の日常を過ごしていたのだ。





 ――その夜央佳は夢を見た、その夢はやけに長くある意味非日常的だった。












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