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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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緊急事態とGMコール



 人間、予期せず危ない目に遭遇すると、どうも無意識に低い姿勢を取ってしまうらしい。央佳も突然の騒音と暗闇の来襲に、思わずしゃがみ込んでしまっていた。

 いや、元から自分は座ってゲームしていた筈だと、違和感がシグナルをしきりに発する。それから暗闇の正体が、どうやら必死に目を閉じていた結果だとの認識に至り。

 恐る恐る目を開けて、周囲を確認してみれば。


 同じくしゃがみ込んだ姿の祥果さんが、自分の右前方に発見出来た。それから小さな人影が幾つか、まるで夢の中の風景だ。そう言えば、祥果さんの着ている服もさっきと違う。

 それはファンスカのキャラの着る、初期装備そのもののような。


「祥ちゃん、大丈夫……? 何でそんな恰好してるの、何かのサプライズ?」

「………………えっ、えっと。……央ちゃん、ここどこ?」


 言われてみれば、見た事の無い景色な気もする。いや、自分は見た事はある。ただ、今までいた筈の安らぎに満ちた住居で無い事だけは、はっきりくっきり確かである。

 央佳がログインしていた、ファンスカのゲーム世界だ。小さな人影は、NPCの娘達だった。こちらを不審そうに眺めていて、それ以上の反応はまだ見せていない。

 いや違った、央佳の左足に強烈な衝撃が。


 四女のネネだった。人見知りの真っ最中らしく、央佳を壁役にして初見の祥果さんを警戒している様子。この子は外見は4歳くらいなのに、恐ろしくパワーが強い。

 一歩間違えれば、HPにダメージが入りそうな抱き付き攻撃はともかくとして。続いて次女のメイが発した疑問文は、ある意味破壊的な衝撃をこの場にもたらした。

 その細い指先は、やや控えめに真っ直ぐ祥果さんを指していて。


「パパ、この女の人は誰?」

「……えっ? お、俺の嫁さんだけど……?」


 その瞬間の子供達の反応は、ある意味真っ当だった。央佳に対する信頼度が、一気にガクンと下がったのだ。それを偶然にも目撃した央佳は、自分の間違いと正当さに気付く。

 ここは間違いなく、ファンスカのゲームの中だ。娘達の各パラメーターが、何の問題も無く確認出来てしまえるのだから。今の一言は、確かに不用意だったかも知れない。

 何しろ祥果さんと娘達は、これが初対面なのだから。


 娘達にしてみれば、いきなり見知らぬ女性を『ほぉら、お母さんだよ?』と紹介されたに等しい行為だ。子供と言えど、女性の機敏さに気をつけねばならないのは重々承知している。

それはある意味、♂以上に格付けに厳しい生き物なのだ。自分の嫁とは言え、娘達にしてみれば単なる新入りに過ぎな……いやいや、何を考えてるのだ央佳? 

 今考えるのは、何故にこうなってしまったかの問題だ。


 バーチャ技術がゲーム業界に入り込んで、既に5年以上が経過している。だからと言って、急に不条理に技術が向上する訳では断じてない。つまりは今の技術では、触覚や味覚などの感覚は、どう頑張っても体現される訳が無いのだ。

 ところが、四女のネネが央佳にぶつかって来た時、彼は少なくない衝撃と子供の柔らかさを体感した。それどころか、吹いてくる風の心地良さ、それに混じる森の匂いまでリアルに感じる事が出来る。

 何より、以前は全く不可能だった、娘達との意思疎通さえ出来ていると言う。


 まさに青天の霹靂、ここがどこなのかと言う簡単な問いにさえ、央佳は即座に返答は出来なかった。どういう事かと問われれば、恐らくは理解不能な事象なのだろう。そう、例えばシステム的な不具合とか……?

 そう思い至った途端、GMコールを思い付いた。


「あの、どうなってるの央ちゃん……ここはどこ?」

「良く分からんが、ゲームの世界っぽい気がする、ちょっとGMコールしてみ……あぁ、駄目だ繋がらない。……ルカ、ここはどこだ?」

「ビレシャヴの森の南西、ルノーの街から丸一日入った所だよ、お父さん」


 直にお父さんと言われると、何だか感慨深いものが心中に湧いて来るけれど。ルカの容姿は12歳くらいなので、どう頑張っても自分の娘だとの認識には至らないのも事実。

 って言うか、返って来たのは彼も認識している、純然たるゲーム内情報だった。つまりは、今夜彼がログインしている、キャンプ地の場所そのものだ。

 ちょっと目を向けると、央佳自身が張ったテントが遠くに窺える。


 それにしても、つい先程までNPCだと思っていた子供と、会話のキャッチボールが出来るとは。新鮮な驚きに、央佳は自分の置かれた立場を忘れそうになる。

 祥果さんもパニくっているのは確かなのだろうが、央佳も一緒だと言う事実が精神の崩壊を食い止めている様子。今も央佳に歩み寄ろうとして、それを三女に阻止されて。

 ところが、そんな意地悪をされた祥果さん。感極まったような口調で三女に詰め寄る。


「ああっ、アンリちゃんだよねっ! それから……長女のルカちゃんに、次女のメイちゃん。それから一番ちっちゃい、末っ子のネネちゃんっ。全員、名前覚えてるからねっ!」

「祥ちゃん、子供達が引いてるぞ……それとも現実逃避か? どうやら俺達は、ゲーム世界に閉じ込められてしまったらしい。今の所、どうやって抜け出せるのか、皆目見当もつかない」

「そんな、漫画やアニメじゃないんだから……何か別の理由じゃないのかな、何か接続の不具合とか……夢オチとか?」


 女は現実的とよく言うが、どうやら祥果さんは現実を受け入れたくない様子。仕方なく央佳は、彼女のほっぺたを軽く抓ってリアルの信号を脳内に送ってあげる。

 それと同時に、ログアウト操作を試してみるのを思い付くけど。自分だけログアウトする訳にも行かず、祥果さんに説明しながら作業を進めて行くけれど。

 結局これも上手く行かず、央佳のストレスは溜まって行くばかり。


 反対に、祥果さんはリラックス状態。三女のアンリを懐にキャッチして、和んだ表情を見せている。アンリは無反応、今の状況に流されるまま無表情を保っている。

 苦い表情で次の手を考える央佳だが、足にしがみついていた四女が抱っこをせがんで来た。何となく流れで抱きかかえながら、そう言えば自分以外のキャラってどんな設定なんだと疑問が湧き出て来て。

 試しに自分の胸元で大人しくなった、四女のネネをチェックしてみる。


 驚いた、今まで見れなかった他のステータスも、いつの間にか見れるようになっていた。それで何より驚いたのは、暴れて街を破壊する程凶悪な子供が、レベル1だと言う事実。

 てっきり、生まれた時から高レベルなのだとばかり思っていたけど。その代わり、各ステータスは引く程高い設定だった。そして、持っているスキルはたった一つ。

 『竜』スキルの《限定龍化》のみ、どれだけピーキーな設定なんだか。


 信頼度に関しては、85とそんなに高くは無い。例の置き去り事件でかなり落ちてしまったが、幸いさっきの嫁さん発言ではそんなに数値は下がっていない様子。

 恐らく、まだよく分かっていないのだろう。今も三女のアンリに抱き付いている祥果さんを、恐る恐る眺めている。さて、その祥果さんだが……どう言う事だろう?

 種族が『幻』になっていて、これは有り得ない現象である。


 ファンスカを始めるにあたって、当然ながら自分の種族とか性別を決める必要があるのだけれど。それは光、闇、風、雷、水、氷、炎、土の8つの属性と♂、♀の中の組み合わせ以外はありえない。

 ファンスカはスキル買い取り制を取っていて、自分が伸ばしたい武器や魔法スキルに、ポイントを注ぎ込んで強化するのだ。だからジョブと言うのが存在せず、前衛をやりたい人は武器スキルを、魔法職をしたいなら魔法スキルを伸ばせば良い。

 自由度が高過ぎるがゆえに、指針が少ないとの批評も良く受ける。


 とにかくこのゲーム、だから魔法剣士なんてのも簡単に作れたりする。桜花もそれに該当しており、武器は片手剣で魔法は風と土系をメインに伸ばしている。

 属性種族は“風”で、最初は二刀流の削り職を目指していたのだが。子供達があまりにやんちゃなので、最近は仕方なしに盾スキルも伸ばし始めている。

 とにかくタゲだけは、自分がキープしたいなぁと願いつつ。


 話がそれたが、とにかく『幻』種族と言うのは、現状それこそ幻である。最近のバージョンアップで、新種族なるものが噂に上がり始めたのは、冒険者なら皆が周知の事実だが。

 それまでも聖、魔、竜、獣、幻の新スキルは、運が良ければ冒険で入手が可能だった。新属性だけにどれも強力で、使い勝手も良いスキルらしいのだが。

 入手も超困難で、央佳のギルドでもたった1人しか所有者はいない有り様だ。


 央佳自身は、物凄く欲しいけどまだ巡り合えていない。ただし、4人の娘達はその噂の新種族の出身だったりする。つまり長女と四女は『竜』、次女は『聖』で三女は『魔』の種族なのだ。

 そんな新種族だが、さっき言ったバージョンアップで、ついに念願の解禁に至った訳だ。当時のVer.up情報を噛み砕いて説明すると、要するに頑張って新種族と渡りをつけて下さいとの事で。

 それに成功すれば、どうやら新属性のスキルが以降習得可能になるらしい!


 これは凄い事で、つまりはレベル上げや修行の塔で得たスキルPで、思う存分その新属性スキルを伸ばせる訳だ。今までは、冒険の報酬やミッションクリア等で、低確率で出現する宝玉でしか得られなかったものが。

 冒険者たちの興奮度は、言うに及ばずなレベルにまで沸騰。ところがさすがの激ムズ指定ミッション、未だに突破したギルドが存在するとは聞こえて来ない。

 つまりはそんな、雲の上指定な種族なのだ。


 ……なのだけれど、何故か祥果さんはその噂の幻種族だった。初期設定完全無視、本来ならば存在し得ないキャラ。そう考えると、央佳はようやく恐ろしくなって来た。

 気を取り直して他のステータスを見るが、レベルはやっぱり1である。HPや筋力、体力の類いは著しく低い……てっきりルカやネネみたいな、化け物設定かと思っていたけど。

 どうやら、ベースは祥果さんの生身設定なのかも知れない。祥果さんの運動音痴振りは、ちょっと笑えるレベルだし。その代わり、縫い物編み物は神レベル、案の定器用度は高い。

 精神力や知力も、レベル1にしては高い方だろうか。


 笑えることに、自分との信頼度はたった2しかなかった。そこだけは、ゲーム世界に忠実らしい。大抵の初対面のキャラ同士は、その位の低い設定となっている。

 ただそれは、今に限って言えば困った事である。この微妙に勝手の分からぬ異世界で、祥果さんの頼れる人物は央佳ただ一人なのだから。この困った状況を、早急に何とかしないと……そうだ、GMが駄目でも、ギルマスになら連絡が繋がるかも知れない。

そう思い至った途端、三女のアンリが口を開いた。


「……付近に生体反応を2つ確認、目的の蛮族ではないみたい」

「そっか……お父さん、やっつけて来ていい?」


 長女のルカが、真っ先に敵の排除に名乗り出た。元々アクティブな敵には、真っ先に突っ込むタイプのNPCなのだけれど。尋ねてくれるのが素直に嬉しく、央佳は鷹揚に頷きを返す。

 三女のアンリの察知能力は、相変わらずズバ抜けていて役に立つ。昔は吹き出しで知らせてくれていたが、それ以外は実に素っ気ない性格の娘との印象がある。

 今も、祥果さんの抱き付き攻撃にノーリアクション。


 とにかくここは危ない、カンスト済みの自分はともかく、レベル1の新米冒険者の歩き回れる場所では無いのだ。キャンプ地に祥果さんを案内しながら、央佳はギルマスへのコールを試してみる。

 長女と、それにくっ付いて行ってしまった次女のメイを心配しつつ、祥果さんは大人しく旦那の後に続く。キャンプ地に入れば、例えアクティブな敵であろうと侵入は不可能である。

 何しろ高価なアイテムの恩恵が、バリバリに威力を発揮してくれている地帯なのだ。


『おーい、マオたん! 非常事態発生、今時間取れる!?』

『ど~した、桜花? また娘が暴れたんか?w』

『ギルマスの阿呆、今の時期に非常事態っていったら、アレしかないじゃろって! 桜花、とうとう新種族の尻尾を掴んだかやっ!?』


 ギルドチャットに切り替えた途端、やたらと騒がしい喧噪が飛び込んで来た。いつもは狩りに集中するために切ってるが、彼の所属するギルドは常時10人以上がインしている老舗で有名どころなのだ。

 つまりは大抵は暇な人同士が、チャットで莫迦な話で盛り上がっていたりして。央佳も時間があればそれに参加するのだが、大抵は真面目にクエストや狩りに時間を当てている。

 何しろイン時間は有限なのだ、有効に使わなければ。


『いや、そっちは相変わらず不発だよ、朱連(しゅれん)。えっと……接続の不具合と言うかバグ?? とにかくGMも呼べない状況、何とかしてマオたん!』

『ん~、どんな状況? こっちからGMにコールしたげるから、もう少し詳しく。そこの場所は、ビレシャヴの森で合ってるよね?』

『そう、場所はそこで間違いない……何と言っていいか、突然嫁さんと一緒にゲーム世界に召喚されて、戻り方が分からないみたいな???』

『あははははっっwww そんな、漫画やアニメじゃないんだから、そんなの実際にある訳無いじゃんっ!ww 桜花、お前さんゲームのし過ぎ、寝不足なんじゃねぇのっ?ww』


 盛大に笑われた、しかも茶々を入れて来た朱連に。朱連はいわゆる廃ゲーマーで、ギルド『発気揚々』の中でも最高ランクの冒険者である。央佳とも仲が良く、しょっちゅう一緒に冒険をしている。

 だからこそ、こんな遠慮のない物言いになってしまうのだろうけど。今は非常事態、莫迦話に付き合ってなどいられない。幸いギルマスのマオウは、年長者だけあって温厚で人柄も良い。

 どうやらすぐに、GMコールに及んでくれた模様。


 ギルメンとの会話の途中に、戦闘を終えた長女と次女が戻って来た。ホクホク顔なのは、ドロップ品を両手にしている次女のメイ。この子はそんな収集が、この上なく好きっぽい。

 何を拾って来たのと、祥果さんが話を向けると。得意顔で、良く分からない動物の皮を広げてみせるメイ。どうやらこの2人、すぐに仲良くなりそうな雰囲気。

 相変わらず呑気だが、怯えられるより随分とマシな気も。


 そんな事を考えながら、央佳は忙しく頭を働かせる。これでも一家の主なのだ、家族の安全は自分が護るのだとの強い意志がある。その為には、何を第一に置くべきか?

 それはもちろん、祥果さんの身の安全だ。


 それから、いきなり可能になった子供NPC達との意思疎通状態も確認しておかないと。これからの状況に、どんな風に絡んで来るか分かったモノでは無いのだし。

 まさか子供達が、いきなり裏切るとは思わないけれど。ゲーム的にはカルマシステムによる、信頼度と敵対度の天秤バランスが気掛かりではある。

 ゲームの売りのシステムだが、諸刃の剣になる可能性も。


「ご苦労様……ところでルカは、何で武器を装備してないんだ? 戦闘に不利だろ?」

「えっ、武器ですか? 特に必要と思った事無いんで……でも、もし身につけるなら、お父さんと一緒のが欲しいかなぁ?」

「えっ、女の子が武器とか戦闘とか危ないよ!?」


 いきなりデレた長女はともかく、祥果さんの叫びは的外れな感が。いや、親としては的を得ているのか……ちょっと混乱、祥果さんに詰め寄られたルカも困惑している様子。

 四女のネネもそうだが、ルカもどうやら人見知りが激しいみたいだ。いきなり初見の人(祥果さん)と仲良くなるのは、いささか骨が折れる感じを受ける。

 ここは、頼むなら次女と三女だろうと央佳の勘が囁く。


「ああっと……メイにアンリ、この祥果さんは実はとても弱い。2人で頑張って、暫く警護してくれるかな? そしたらお父さん、とっても嬉しいなぁ?」

「…………!」


 大好きなお父さんに頼まれ事をされた娘達、間髪を入れずにコクコクと頷きを返す。それを見ていた長女のルカが、顔を真っ赤にして自分にも遂行可能だとアピール。

 どうやら姉妹の中にも、微妙な位置関係が存在するっぽい。


「……ネネもがんばぅよ?」

「あぁ……そ、そうだな。じゃあネネにも頼もうかな?」


 央佳の胸元にしがみついたままで、一体ナニを頑張ると言うのだろうか。この子もやっぱり、置いてけぼりが嫌いらしい。って言うか、恐らく基本的にやってはいけない行為なのかも。

 その事実を身を以て知ったのは、つい1週間前の事だったけど。ルノーの街から締め出しを喰らったのは、結構と言うかかなり痛いペナルティだった。

 そのお陰で、ポーション類を始めとする消耗品が補給出来なくなってしまった。


 このビレシャヴの森で央佳が何をしているかと言えば、ギルドで取り組んでいる新種族のミッションの手掛かり探しである。それに関わりのありそうな蛮族の集落が、この森の中にあるかもと、ギルメンで手分けして探しているのだ。

 しかし何しろ、とても広大な森林地帯には違いなく。2週間にわたる地道な調査にもかかわらず、全く手掛かりの欠片も得られていないのが実情だ。

 これには参ったが、非常事態の今は棚上げするしかなく。


 しばらく姉妹で、誰がどう頑張るかの議論が熱く交わされていた。祥果さんはその様子を、保護者っぽく優しい眼差しで眺めている。保護される当事者は、実は祥果さんだと言うのに。

 この珍現象を面白く眺めてた央佳だが、予告されていた訪問者は突然に視界に飛び込んで来た。待望のGMの到来だ、これで事態が好転すれば良いけれど。

 そんな期待を胸に、央佳はGMに歩み寄る。


「こんばんは、何かシステムに不都合があったと報告を受けて来ました。早速ですが、どんな支障かお聞かせ願えますか?」

「ええっと……まずは契約していない自分の妻が、何故かログインしてまして。しかも上級者用の新大陸に、絶対に選択不可能な幻種族で」

「はっ……? いやいや、そんな筈は…………」


 そこからの慇懃な態度のGMの豹変振りは、ある意味見ものだった。恐ろしく狼狽して、どこかシステム管理者的な立場の人と、忙しく通信に勤しんでいる。

 それを見守る央佳と、物凄く暇そうな姉妹達。それぞれベースキャンプ場のお好みの場所で、寛ぎ始めている。三女のアンリのみ、未だに祥果さんに捕まっているけど。

 この子はどうやら、全く人見知りの類いは無い様子。


 ところでこのキャンプ地、割と高価で有名なアイテムの集大成である。『魔除けのランタン』で人為的に安全地帯を作り出し、『安寧の飾り布』がヒール効果を増長してくれる訳だ。

 普通のレベル上げパーティやダンジョン攻略でも、まぁ使えない事もないけれど。一番役に立つのは、こういった高レベルの敵の跋扈する、未開の地の探索である。

 そんな危ない場所に、安らげる安全な場所があるのは精神的にも大きなメリットがある。これを持っている冒険者は多くないけど、欲しがる冒険者は多いだろう。

 央佳もこれを入手するのには、大変苦労した。


「お待たせしました……どうやらこちらの女性に関しては、完全に管理者側の不手際のようで。システム的なエラーだと思うので、時間を貰って調査したいのですが」

「は、はぁ……あと、こちらからGMコールやログアウトが出来なくなってるんですけど?」

「そちらも調査します、取り敢えず始まりの街までワープしますので、追っての調査は後ほど」


 納得は出来なかったけれど、恐らく即座に対応も無理だろうなとの心中の央佳。GMが闇系の魔法で、ワープホールを出現させる。それを確認して、キャンプ地を畳みに掛かる。

 祥果さんと子供達は、大人しく央佳の側に集合。突然出現した真っ暗な穴に、祥果さんは思いっ切りビビっているけど。手を取って率先してホールに突入すると、素直に付いて来た。

 フィールド切り替えのノイズの後、眼前に広がるのは全く違う風景。


 そこは、始まりの街のホームポイントだった。“光と風の街”フェーソンと言って、文字通り光と風種族を選択した冒険者が、スタート地点に活用する街だ。

 つまりは初期大陸の初心者用に用意された街で、当然ながらEランクの冒険者が大半を占める。それだけに活気にあふれる街並みが、一行の周囲に広がっている。

 どうやら新規参入者も、今も結構な数いるようで何よりだ。


 さて、このゲームのランク制の説明を、少しだけしておこう。冒険初心者は、例外なくEランクからの出発である。つまりは最低ランク、これはレベルが100を超えるまで取れない青葉マークだ。

 レベル100を超えると、新大陸へ渡るミッションが受けられるようになる。それをクリアすると、ようやくDランクへと昇進する。ベテラン勢には、このランクもまだまだヒヨコ呼ばわりされるけど。

 次のCランクが、ようやく中堅クラスだろうか。


 このクラスになると、レベル200以上で中央塔と言う施設の使用が可能になる。狩りや冒険で得られるミッションポイントを、宝具や景品に交換出来るようになるのだ。

 交換景品は上物がずらりと並んでいるので、冒険者たちの良いモチベーションである。さらにその上、レベル250~299のカンストはBランクと言う事になっている。

 Bランクは更に次の大陸、尽藻エリアへと進出が可能で。


 そのランクになると、もう中堅どころか上級者と呼んで差し支えない。何しろカンスト猛者だ、それでも更に強くなる道は幾らでも存在するけれど。

 その道に踏み込んだのが、Aランク以上の冒険者だ。Aランクは、カンスト+宝具級の装備を1つ以上装備しているのが条件となって来る。

 ちなみに新種族スキル所持者も、同じくAランクを指す。


 そこまで登りつめるのは、並大抵の努力では叶わないのは自明の理である。ところが更にその上に、Sランクと言うモノが存在する。これは限定イベントの勝利者と言う、稀な存在の冒険者を指す言葉だ。

 実は桜花は、このクラスに認定されていたりして。


 色々と足りないモノがあると言うのに、何と大仰な呼び方をされてしまっている事か。とにかくそんな感じの冒険者ランク、と言う訳で祥果さんはEランクからの出発だ。

 それは当然なのだが、央佳と行動範囲が違い過ぎるのは余り望ましくない。央佳は主要な街には全てワープ拠点を築いていて、これはベテラン冒険者なら当然の事。

 これをしないと、移動だけで何時間も取られてかったるくて仕方が無い。


 子供達はどうやら央佳のオプション扱いのようで、普通にワープにも付いて来てくれる。それは有り難いのだが、付いて来て欲しくない場面にも勝手に同行して来るのだ。

 お陰で最近は、ずっとソロでの狩りに従事している始末。そのせいか、央佳の資産はここ半年でぐっと増えてしまった。さらに得た素材で、合成スキルも急上昇。

 資金的には、好循環のサイクルに突入している。


 仲間と遊ぶ機会は、グッと減ってしまったが。これが、家庭を持つと友達と疎遠になるって方式かと、そんなしがらみを逃れる為に遊んでいるゲームの中で思う不条理に。

 今のこの状況は、果たして歓迎すべき事態なのかと央佳は脳内思案。少なくとも、子供達と意思疎通が図れるのは以前には無かった事。祥果さんは、変に巻き込まれてしまっているが。

 とにかく一体どういう法則で、自分達はここにいるのだ???


 混乱する思考を一旦落ちつけようと、央佳の足は自然とレンタル部屋へと向かう。それに大人しく付いて来る祥果さんと子供達。その途中で、ふとレンタル部屋の特性を思い出す。

 ここは無料で利用出来る、冒険初心者にはとても有り難い施設ではあるけれど。信頼度が高い相手じゃないと、連れ込む事は出来ない仕様だったような?

 今の低い信頼度では、祥果さんは入室不可かも。


 その考えに思い至って足を止めた時には、時すでに遅しの状態だった。恐らくレンタル部屋への入り口に、踏み入ったのが発生のトリガーだったのだろう。

 強制イベントがいつの間にか始まっていて、央佳の目の前に数人の男が突然に出現した。その中央の身なりの良い男が、慇懃に央佳に話し掛けて来る。

 手に持つ書状を、こちらに見せびらかすように。





「Sランク冒険者の、桜花様で間違いありませんね? ルノーの街並みの修復代金、8000万ギルの取り立てにやって参りました。なお、払えない場合は貴殿の財産の差し押さえをさせて頂きますので、ご了承の程を」





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