洞のダンジョンと鏡の仕掛け
朝が来た、澄んだ空気が遠慮を知らずに宿の一室の中に入って来る。この地方は少し肌寒い、布団に包まろうとして、央佳は隣の子供達の存在に気付き。
呆気なく自分の領地を放棄、子供達が風邪を引いたら大変だ。
仕方なく起き出して、鞄から上着を取り出して羽織って窓際へ。眺めの良いバルコニーに出たい気もしたが、央佳は特に高い所が好きな訳でもないので。
普通にソファに腰掛けて、まだスヤスヤと眠る家族をぼうっと眺めるにとどめ。こっちの方が、景色として断然良いと思うのは変だろうか?
心落ち着く、そして心温まる眺めだと無意識に考えつつ。
あんまり落ち着いてもいられない、今日は恐らくダンジョン攻略になる筈だと脳内思考。しかも2連チャン、奇妙な2人連れとは午後に落ち合う約束となっている。
そう言えば、この街のワープ拠点も通しておかないと。子供達は限定イベントの続きをやりたがるだろうし、なかなか大変だ。時間は足りるだろうか、心配になって来る。
まぁ最悪、今日中でなくても別に良いのだけれど。
この街の混み具合では、得意の獣人の集落攻めは無理かも知れない。地道なクエスト攻略だと、やっぱり3日以上は掛かるだろう。限定イベント込みなら、それでも良いかも。
恐らくは、雪の街の時みたいに楽しんでこなせる筈。子供達のテンションの高さは、こんな時には頼りになる。新しく知り合った、あの奇妙な2人連れを信頼するかは別の話だが。
どうも話が上手過ぎる、新種族ミッションの手掛かりの件を含めて。
少しだけ聞いた話では、どうやらアルカの持って来た話とは別件らしい。依頼を受けた大陸が違うのだ、アルカは新大陸と言っていたし、黒助と喜一はこの初期大陸だとの話だし。
こうなると、尽藻大陸が新種族の拠点と言う前提も覆されてしまいそうな。どう考えれば良いのだろう、さっぱりわからない。かと言って、全てを放り投げて取り掛かる訳にも行かず。
とは言えギルメンも首を長くして待っている、そろそろ本気で考えないと。
ただ、自分の請け負っている借金返済クエストも大事ではある。それから言うまでもなく、家族の安全も大事。変に急いで、無駄に危険に突っ込みたくはない。
自分一人での行動なら、もしくは“死”に本格的なペナルティ(本当の意味でのキャラクターロス)が存在しなければ、もう少し無茶も念頭に入れるのだが。
そんな賭けなど出来ようもない、とにかく安全第一を信条に。
そんな事を考えながら、暇に任せて自分のステータスやスキルチェックなど。そして発見、何だか知らないスキルが生えている。これはもしやと確認したら、やはり竜スキルだ。
『契約の指輪』の恩恵は、まだ継続中らしい。取得したスキルは、《竜人化》と言うらしく。昨日寝る前に、ルカの溜まっていたスキルPを綺麗に消化したのだが。
確かその中の竜スキルに、あったような気がする。
効果はキャラのハイパー化らしい、竜スキルをゼロで使用している央佳の効果時間は短い気もするが。元が龍人のルカも、効果は同じくハイパー化なのだろうか。
とにかく得をした、良い気分で寛いでいると。続々と子供達が目覚めを迎え、お早うの挨拶と共にじゃれ付いて来る。まずはルカとメイが、ソファの央佳に寝惚けながら突進を掛け。
今朝は祥果さんは、疲れのせいか寝坊気味らしい。
「おはようございます、お父さん……朝は少し寒いですね?」
「おはよう、パパッ……祥ちゃんより早起きって、なんだか得した気分」
「ははっ、そうだな……おはよう、ルカにメイ。ルカ、ひょっとして新しい魔法を覚えてないかい?」
父親に言われて魔法チェックに勤しむルカ、すぐに土と風に1つずつ新しいのが生えていると報告。どうやらそう言う仕組みらしい、こちらが覚えたら向こうも覚えると言う。
そのタイミングだが、どちらかが新しいスキルを習得した時点が濃厚だ。必ずそうだと言う確信も無いし、どこかでランダム性も絡んで来るのだろうけれど。
何にしろ、めでたく3つ目の竜スキルを獲得した央佳。
暫くしたら、アンリと祥果さんが起きて来た。左右をルカとメイに囲まれている央佳を見て、アンリは父親の膝上を襲撃。ネネがいると取れない戦法だ、そして朝の挨拶とおねだりタイム。
どうやらせっかく複合技の書を貰えたのに、風のスキルが20程足りないらしい。複合技は、文字通り武器スキルだけ伸ばしていても習得出来ないモノばかりだ。
アンリの貰った書は、風スキルが必要らしく。
「アンリ、アンタこの前の集落攻めで結構レベル上がったでしょ? スキルポイントも、割と貯まったんじゃないの?」
「……今10くらいあるけど、それじゃあ足りない……」
「手元に少し、風の術書があったかな……この後手に入ったら優先的に回してあげるから、それまで我慢しなさい」
うんと愛想良く頷いて、アンリは父親の頬に有り難うのキス。隣のルカは、それを批判的に眺めている。アンリはそれを知ってか知らずか、いつもの無表情に逆戻り。
祥果さんはおはようの挨拶を告げると、朝食の支度へと赴いて行った。父親の側を動きたくなさそうなルカだったが、渋々アンリに明け渡して祥果さんの手伝いへ。
ネネもようやく起き出して、その後賑やかな朝食はつつがなく終わり。
街に出たのはそれからしばらく後、目的地はエルフの族長の家である。さすがにここはエルフの里だ、住民の8割がエルフで構成された緑の街である。
冒険者の数も割と多く、クエやミッションにと忙しなく走り回っている姿が窺える。秋の景色のファンシーな街並み、散策するのに悪くは無いのだが。やや複雑な地形なので、迷いやすいと言う欠点も。
そんな訳で、多少時間は掛かったモノの目的地に無事到着して。
子供達と祥果さんは、先に今日の分の限定イベントをやってしまうらしい。時間の節約は大事である、央佳の分のアイテムも譲渡済み。今回の限定イベは、緩い仕様みたいだし。
護衛につく程でも無いので、央佳のみ別行動を取らせて貰って。単独でエルフの族長とようやく対面、散々にごねられたものの何とか進入許可を得て。
祥果さんにコッチは終わったよと通信を入れ、ダンジョン前で家族を待つ。
「お待たせ~~、央ちゃん! 今日のポイントもまずまず、時間掛けない様に頑張ったよ~?」
「お疲れさま、みんな……少し休憩してから、もう一仕事して貰うぞ?」
「「「は~~い!!」」」
子供達は元気に返事して、今日の収穫を父親に競って報告している。お返しと言う訳でもないが、央佳からはポーション類や消費アイテムの配布。
今回は特に、みんなに『土竜の尻尾』と言うアイテムを渡す作戦を取る事に。これはダンジョン緊急退避用のアイテムで、使うと瞬時にダンジョンから脱出できる。
祥果さんには特に、『蘇生札』との併用を義務付けて。
これで後は、ダンジョン内でのパーティの動き方の取り決めを行うのみ。今回も央佳とルカの2トップ、祥果さんの護衛はメイとネネに頼む事に。
頼まれたネネは、物凄い張り切り様。この前も頑張ったもんねと、ちょっと無駄に力が入り過ぎている様子。アンリは敵の数や種類によって、どちらもこなす役目を言い渡し。
それに素直に、コクリと頷きを返す無言少女。
「……アンリ、アンタ朝にお父さんにチューしたでしょ? 何でそんな事するのよっ?」
「……喜ぶから? お父様は祥ちゃんとチューしてる時は、凄く嬉しそうだもの」
「そっ、そうなの……!?」
ルカの小声の粛清は、実は央佳の耳にも入っていたけど。どうやら祥果さんとの秘密のスキンシップを、知らぬ間に見られていたらしい。以後気をつけねば、無駄にアンリの女子力を上げてしまう気が。
そう言う意味では、ルカはどちらかと言うと男前な気質が見え隠れしている。長女なので皆を気遣う性格なのもあるが、甘えるのが下手な部分も大いにあって。
まぁ、それも含めてルカは長女なのだろう。
そんな事より、央佳は皆の気を引き締めて、いざ久し振りのダンジョン探索へ。中の創りは分からないが、入り口は何と大樹の洞の一つである。
入場にはダンジョンチケットが必要なので、周囲に冒険者は皆無の様子。こんなクエかミッションが無いと、あまり立ち寄らない巨大大樹の上の層で。
皆に号令を掛けて、いざ出陣の央佳ファミリー。
中もしっかり、当然ながら木の洞の様相を呈していた。木目調の壁と、蔦の入り組んだダンジョンだ。しかも切り株みたいな段差もある、慣れるまでは大変そうだ。
広さは相当あるので、部屋の区切りを調べて回るのも骨の折れる作業だ。一行はいつもの隊列を組んで、慎重に周囲を確認しながら移動する。
目的の鏡を探して、見落としが無いように気を付けながら。
出て来る敵は、場所柄なのか昆虫類が多かった。芋虫やカミキリムシ、甲虫や羽虫などなど。大抵はHPが低くて相手しやすい仕様なのだが、厄介なのもたまに紛れていて。
甲虫などは防御が硬くて、刃での攻撃に耐性があるみたいだ。アンリやメイの攻撃魔法が無いと、結構倒すのに苦労したかも。何しろこいつ等、弱い分徒党を組んで出現するのだ。
だからたまに、後衛の方まで攻撃が及ぶ事も。
「わわっ、ゴメン前だけじゃ支え切れないっ!」
「ネネがたおすのっ、この敵はネネのっ!」
「わ~~っ、ネネちゃん強いね~~?」
張り切るネネと褒める祥果さんのサイクルは、果たして情操教育に良いのかどうか。余り付け上がり過ぎると、今後のネネのコントロールに破綻をきたす恐れが。
それでも今は、祥果さんの護衛に無くてはならない人材なのは確かだ。アンリがフリーに動けると、このパーティはより一層厚みが増すのだ。
メイの火力は、接近戦に適しているとは言えないし。
とにかくそんな一層でのごたごたは、中盤を過ぎるともっと顕著になって来て。木の目調の壁に、変な坂になっているスペースが左右に見受けられる様に。
これは何だろう、進めるのかなと覗き込むが、どうやら進路とは違うみたい。それどころか、実は罠の仕掛けなのが判明。その坂を転がり落ちて来る、無数の丸い物体。
覗き込んでいたルカの盾に、ゴツンと衝突してその正体が分かった。
「わわっ、ダンゴ虫だった!」
「わ~~っ、反対からも転がって来てる、パパ!」
被害に遭ったのは前衛だけだったので、何とかパニックは最小限に。メイの報告で、転がって来たそいつらを乱暴に盾で蹴散らす央佳。
地面に落ちて、ダンゴ虫は初めて丸まった姿を解除して動き出す。中には転がりチャージ技を敢行する、無体者も存在したけれど。やっぱり体力の低いコイツ等、程無く全て昇天。
脅かし役としては、無難にこなした格好だろうか。
第一層は程無く終焉に、どん詰まりには中ボスと宝箱、それから次の層への階段が。中ボスは何故かリスの集団で、ネネがこれを見て大興奮。
幼女のツボは良く分からないが、確かに可愛らしいかも。ただし攻撃は可愛くない、近付いた者に木の実を投げつけて来て、まさかの遠距離スナイパー。
この攻撃方法には、全員がビックリ。
慌てて前衛で距離を詰めて、全部で5匹いるリスの攻撃を潰そうとするのだが。リスは近付いて来た央佳とルカを完全無視、何と後衛の祥果さんやネネを狙い撃ち。
これには全員がパニック状態に、何とかしようとメイの全体魔法が炸裂する。それで我に返った央佳が、同じく《ハリケーン》の全体魔法。それにアンリとルカの全体魔法が加わって、哀れな小動物はあっという間にお亡くなりに。
この家族パーティ、底力は物凄いモノが。
「あ~~、ビックリした……って思ったら、あっという間にいなくなっちゃったねぇ?」
「後衛を優先的に狙う敵だったな……可愛い外見に惑わされてたら、痛い目を見る所だった」
「中ボス前に、SPを溜めておいて良かったです。お父さんのアドバイスが、役に立ちました!」
感激したようにそう言うルカの、《ドラゴニックフロウ》はSPも使うタイプの竜スキルだったりする。ボス戦前にSPを溜めたりMPを回復しておくのは、まぁ常套手段だ。
そこまで感心される謂れは無いが、全体魔法の乱打が早急な勝利に導いたのも確か。そもそもこのゲームでは、強力な全体攻撃手段を備えているのは一種のステータスなのだ。
物凄い複合スキルやレア魔法程度には、羨ましがられる存在である。
それをこんな高レベルで所持しているパーティも、実はかなり珍しい。央佳の風魔法の《ハリケーン》も、風スキル200をかなり過ぎての取得だった。
つまりベテラン陣でも、スキルを極めて取得出来るか出来ないかと言うレア頻度なのだ。ただ乱打するにも、MP消費は当然の如く激しい仕様なので。
使い処は、かなり難しい部類に入る。
それもまぁ、当然と言えば当然だ。仕留め切れなかった場合、複数のヘイトを取って袋叩きにされる運命が待っているのだから。使用するなら今みたいに、一気に決着が望ましい。
その先陣を切ったメイは、さすがに範囲魔法の使用には慣れている子ではあるが。今は宝箱の開封が先と、アンリを伴って鍵開けを試みている。
アンリはこの時用に、スキルスロットを弄って《鍵開け》をセットしていたらしい。
「鍵開けツールは消耗品だから、アンリちゃんのスキルは便利だねっ♪」
「……スロットの組み換えが面倒だけどね。はやく増やしたい……」
文句を言いつつも、アンリの鍵開けは成功した模様。中からは、合成素材の布地とポーションなどの消耗品が少し。祥果さんは喜んだが、正直当たりではない。
中ボスのドロップも、変な木の実に混じって精神の果実が1個だけ。キャラの精神力を上げてくれるアイテムなので、一応有り難く受け取っておく事に。
皆でヒーリング後、階段を上って2層の探索へ乗り出す。
ここも下の層と造りは同じ、広いフロアが繋がってダンジョンが出来上がっている感じだ。敵の配置は少しだけ違いが出て来ていて、先程のリスが普通に混じって攻撃して来る。
コイツは射程が長いので、倒すのも厄介で仕方が無い。しかも装備の薄い、後衛ばかり狙って来る嫌らしさ。狙われた祥果さんやネネは、攻撃範囲外へと作戦的撤退。
釣られて前進するリスへ、アンリが怒りのチャージ技執行!
「うぬぅ……隊列がやたら間延びするけど、しばらくはこれで対処するしかないかなぁ?」
「お父様、ルカ姉……またダンゴ虫の仕掛けがあるよ……?」
チャージで先行していたアンリが、甲虫の群れと戦っていた前衛陣にそう告げて。自ら釣る事はせずに、そのままスタスタと後衛の位置に戻ってしまった。
甲虫を始末し終えたルカが、後衛に転がりチャージだけには気を付けてと声を掛ける。この技は、とにかく何かにぶつかるまでは、転がり続ける事がさっきの戦闘で判明したのだ。
そんな訳で、咄嗟に避けると後衛まで被害に遭う恐れが。
それ以外は全く取るに足らない敵だとの、刷り込みがルカにあったのは確か。ゴロゴロと坂を転がる黒い球の中に、爆弾が混じっていると判明するまでは。それはルカの盾にぶつかると、当然の如く派手に爆発した。被害は微小で済んだが、精神的ダメージは大きかった様子。
慌ててルカの名を呼んで、回復魔法を使用する祥果さんだったけど。本人は八つ当たりするように、ダンゴ虫の群れをげしげしと剣で殴りつけている。
その甲斐あってか、程無くダンゴ虫の群れは没。
「だ、大丈夫だった、ルカちゃん……?」
「何がですか、祥果さん?」
笑顔で振り返って、そう告げるルカの顔を見てアンリの呟く声が。アレは、本心から笑ってる顔じゃないと。祥果さんも心得たもので、そっとしといてあげようと小声で返す。
央佳がそこは上手くフォロー、ああ言う仕掛けは引っ掛かってナンボの物。優しく頭を撫でて、次は父ちゃんが仕掛けを発動させてあげるからねと。
そんな優しさに、思わずジーンと胸を熱くさせるルカであった。
ダンゴ虫と爆弾の仕掛けは、そんな風にやり過ごし。気付けば2層の突き当り、ここの中ボスは巨大なキツツキらしい。虫系の敵と違って、体力と攻撃力はありそうだ。
ここはいつものフォーメーションで行くぞと、央佳の号令のもと。盾役2人で引っ付いて、戦闘の幕は切って落とされる。後衛陣は、タゲが安定するまで手出しは控えて。
そんな緊張した序盤戦に、いきなり敵の特殊技が炸裂する。
その技を被ったのも、やはり何故かルカだった。怒涛の連続突きで、受け止めた盾の耐久度が一気にガタ落ちしたらしく。獅子の盾はここぞとばかりに文句を言い始め、場はプチパニック状態に。
さり気無くタゲを奪って、央佳が気にするなと長女に助言を飛ばす。序盤は敵のどの技をスタンで止めるかの、見極めの時間でもある訳だから。
怖い技を発見したら、次からそれを止めれば良い。
落ち着きを取り戻したルカは、獅子の盾を黙らせて殴りながら盾でのスタン技の準備。さっき喰らった技のモーションは、はっきりと覚えているので問題ナシ。
だからキツツキが再びその仕草をした瞬間、ルカは怒りを込めての《シールドバッシュ》を繰り出す。見事それが効果を奏して、父親に上手いぞと褒められると。
それを耳にした途端、少女は天にも昇る境地に。
その後も戦闘は順調に進み、大した被害も無く第2層の中ボスも没。ヒーリング中に宝箱を漁るメイと、盾の小言を聞き流すルカ。結構減った耐久度だが、まだ何とかなりそうだ。
暇なネネが、ドロップ品何か頂戴と央佳にねだりに来た。ネネはまだ加護を返していないので、装備のカスタムが出来ない。仕方なく、例の如くに水晶玉を渡すけど。
これは範囲魔法が込められているので、実は暴発が怖かったり。
それでも喜ぶ四女を見ていると、邪険にも出来ない訳で。投げて遊んじゃダメだぞと、軽く注意するに留める。加護を返した後のネネを思うと、遠隔使いもアリかなと思う央佳。
水晶玉とか弓矢とか、パーティ的にも1人いればバランスが良い様な?
そんな事を考えている間に、休憩終わったよ~と子供達の報告が。続いて3層の攻略なのだが、何とここからダンジョンの様相が一変していた。
ダンジョン内の壁が全て鏡張りだ、そしてどうやら迷路になっている様子。呆然とする央佳と祥果さん、何故か喜んで鏡の前でポーズを取る子供達。
これは抜け出るのには、苦労しそうな雰囲気。
「……何か遊園地のアトラクションを思い出すねぇ、央ちゃん?」
「うん、これは……そっか、ここの宝物が鏡だからその繋がりか!」
どうやらそうらしい、それはともかく子供達の騒ぎ様と来たら。以前に祥果さんが教えた踊りと歌を、何故か披露して自分達で嬉々として観賞している。
何となくほっこりして、夫婦で暫くの間眺めてしまいそうに。我に返って子供達を招集する央佳、それからこの先の注意点を推測して述べ始める。
要するに迷路だから迷わない様に、それから鏡を割らない様にと。
割るとどうなるのとの祥果さんの質問に、央佳は曖昧な態度。弁償させられるとか、子供が怪我するとかの常識は、この世界には当て嵌まらないけれど。
何かしらの仕掛けがある可能性も、下の層を見れば一目瞭然。その返事を聞いた祥果さんは、第一に迷子の心配をした様子。親としては当然だが、この世界にはミスマッチな気が。
とにかく祥果さんの号令のもと、固まっての探索の開始。
祥果さん自身は、しっかりネネと手を繋いで迷子防止に努めている。隣のアンリは、至ってお気楽そうだが。その背後のメイに至っては、さっきの続きか歌を歌っている始末。
ネネも同じく、この子は意外と歌う時は声質がしっかりしている。喋る時は舌足らずなのに、不思議な現象だ。そう言うキャラ付なのかも、良く分からないけれど。
とにかくそんな感じで、緊張感に欠けたパーティは進む。
出て来る敵も、下の層とは少し違って来ていた。昆虫類やリスに混じって、小型のキツツキや飛ぶ壺、ゴーレムなどが多数。少し開けた場所に出ると、そんな連中がお出迎え。
キツツキの連続突きは、相変わらず喰らうと防具の耐久度が減る仕様みたいだ。積極的にスタン技を使用して、コイツだけは早めに仕留める作戦に。
子供達の協力も手伝って、スムーズに作戦は功を奏して行く。
「……あれ、こっちから来たんだよね? じゃあ、道が二つに分かれてる?」
「……本当だ、どっちが正解?」
「あれっ、宝箱が……ああっ、鏡に映ってたのか」
確かに左のルートには、映り込んだ宝箱が見え隠れしている。央佳はマップを開くが、意地悪仕様で表示されず。仕方なく、固まって左の宝箱ルートを選択。
実際、宝箱はそこらじゅうに置いてあった。それに釣られて進んで行くと、段々と方向感覚を失ってしまうと言う。このダンジョンにも時間制限があるので、迷子は困る。
宝箱の回収漏れより、本道に戻るのを優先しないと。
ところがメイが、辿って来た道順をはっきりと記憶している事が判明して。驚きながら、案内役を頼んでみると。きっちり、元の広間へと戻る事に成功して。
アンリと言いメイと言い、役に立つ生活スキルを結構持っている。さすが新種族の子供達、頼もしい事この上ない。央佳たちは時間節約に成功しつつ、突き当りの間へ。
そこに待つ中ボスは、巨大な壺の集合体だった。
「変な敵だねぇ……下の層と違って、戦うスペースも狭い感じがしない?」
「そうだな、何か仕掛けがあるのかも知れない。みんな、充分に気を付けて」
はーいとの元気な返事の後に、戦端は切って落とされて。例によっての前衛の取り付きから、削り作業へと移行する。コイツの潰すべき特殊技は何かなと、央佳が考えた瞬間に。
やって来たのは、壺の両端が傾いてからの砲丸飛ばし技。いや、砲丸と思われた黒い球は、ゴロゴロと勢い無く転がって後衛を狙っていたのだが。
苦も無く避けたアンリと、嬉々として受け止めるネネと言う構図。
何で受け止めちゃうのと、慌てたのは隣の祥果さん。ソイツはダンゴ虫へと姿を戻し、幼女とじゃれ合い始める。避けた方の黒玉は、鏡を割って派手な音を立てたと思ったら。
そこから鏡のゴーレムが出現、ダンゴ虫と共に後衛へと襲い掛かって来た。実は受け止めたネネが正解と言う、何とも奇妙な現象に。ムカついたアンリとメイの、Wの魔法攻撃が。
そして拡がる、新たなパニック模様。
何と鏡のゴーレムが、魔法を反射して来たのだ。思わぬ反撃を受けて、後衛組は更に混乱。アンリが両手槍を構えて、何とかゴーレムの足を止めるのだが。
何と鏡のゴーレム、直接攻撃も一定ダメージを反射すると言う曲者振り。
「……この敵殴りたくない……」
「アンリ、頑張って! 私もこの敵は攻撃したくないよ!」
「わ、私も何かした方がいい?」
回復作業を終えた祥果さん、姉妹の慌て振りに自分も舞い上がって。子供達が嫌がるのなら、自分が攻撃してしまいそうな雰囲気。それを2人で留めて、アンリが何か閃いた顔。
いきなり周囲の攻撃エフェクトが、アンリがスキルを使用した途端に派手になった。初使用の《ダメージ吸収》で、反射仕返しの意地悪仕様。
見学していたメイと祥果さんがおおっと驚く中、程無く鏡ゴーレム没。
メインの大壺は、央佳とルカ相手に結構な頑張りを見せたのだが。召喚技をスキルで潰されると、特に記述する程の盛り上がりを見せず。後衛が削りに参加すると、高いHPを誇る中ボスも尻すぼみに。
そんな感じでようやく削り切って、ホッと一息の家族パーティ陣。やっぱり鏡の仕掛けがあったよと、無表情のアンリの報告に。割ったら駄目だぞと、ネネを中心に厳命する。
そうは言っても、央佳のスタンスは『仕掛けは引っ掛かってナンボ』なのだけど。
無邪気な子供達は、今度こそ引っ掛からないぞとお互いに気を引き締め合っている。それを暖かい目で見る祥果さんと、そろそろ時間を気にし始める央佳。
残り1層だと何とかなるが、それ以上あると厳しいかも。4層目に上ると、やっぱり鏡の間が拡がっていて。子供達はさほど気にせず、勇んで先へと進み始める。
さて、ここの最奥が大ボスの間だと良いけれど。
途中の道のりは、割と順調で下の層と同じ敵ばかり。追加の敵の不在に、央佳は何となく嫌な予感。宝箱も多くて、どこか油断を誘って来るような。
深読みのし過ぎかも、ところが突き当りにそれを上回る仕掛けが出現。
「あれっ、パパ……行き止まりだね、そこの扉には鍵が掛かってる?」
「……鍵穴自体が無いから、何かの仕掛けがあるのかも……?」
「うむ、これは有名な仕掛けだな……その足跡に誰かが足を乗っけると、そのキャラの分身が出現して襲い掛かって来るんだ。怖いぞー?」
メイとアンリの報告に、央佳はその仕掛けの真相を子供達に教えてあげる。一番感心して聞いていたのは祥果さんだったが、それなら自分か足を乗せようかの提案は却下。
確かに祥果さんだと、出現する『ドッペルゲンガー』も体力が低くて弱いスペックだ。倒すには助かるのだが、その分身には湧かした相手しか攻撃しないと言う嫌な特性があって。
つまりは祥果さんばかり狙われて、他人が割って入ろうにも無理なのだ。
それは怖いねと、ようやく理解した感の祥果さん。ただし、他の子が湧かすと無駄にスペックの高い分身を生んでしまう事になる。弱った央佳だが、子供達は別な意見らしく。
ネネが行けばいいと、弱い立場の末娘が人身御供に選ばれて。良く分かっていない四女は、大きな足跡の位置に自分の足を楽しそうに乗っけてしまい。
そこから巻き起こる、ハプニング満載の最終決戦。
「わわっ、何か別の場所の鏡も勝手に割れたよ、パパ?」
「……さっきの鏡ゴーレムが、2体追加……」
「正面の大きな壺がボスみたいです、私が押さえますね?」
扉が開いたのは良いが、いきなり大ボスとの戦闘が始まってしまった。ネネは案の定、同じ身長の幼女に襲い掛かられて、その様はまるでじゃれ合っている仔犬達な感じ。
更に左右からは、2体の鏡ゴーレムが。これは央佳とアンリで受け持って、フリーなメイと祥果さんがサポート要員で中央に陣取っている。
央佳とアンリはともかく、大ボスを一人で受け持つルカは大変かも。
かと言って、鏡ゴーレムの攻撃反射は結構ウザくて大技を使いにくい。仕方なく地道に削るのだが、それだと時間が掛かってしまう。反射のダメージは祥果さんが癒してくれるが、ルカを放って置く訳にも行かず。
央佳は考えた末に、後衛2人に指示を出す。
「祥ちゃんとメイで、ネネの敵を焼き払って! コイツはどんだけ攻撃受けても、自分の分身しか攻撃出来ないから!」
「な、なるほど……分かった! ネネ、範囲魔法使いたいから、ルカ姉の側まで走って!」
「……姉っちゃのとこ?」
今では戦闘中にも、多少の余裕が持てるようになって来たネネ。メイの命令に、言われるままにトテトテと走って移動して行く。それに素直に、全く同じ仕草で追い掛けて行く分身。
正直、その仕草はちょっと可愛いかも。
それに気付いたルカは、固まった敵相手に《ドラゴニックフロウ》を使用する。同じくメイも、範囲魔法の《サークルブレード》を選択。ド派手な魔法の乱打に、確かに敵の集団は痛手を被った模様。
何しろ大壺ボスは、実は3部位持ちと言う大物仕様だったりして。しかし誤算は、その1部位である浮遊する大鏡。コイツもやはり、攻撃反射スキルを持っていて。
案の定ルカとメイにも、少なくない被害が返って来た。
素直に《幻突》でドッペルゲンガーに攻撃していた祥果さん、子供達の被害に大慌て。しかしネネ分身は、あとちょっとで倒れそうな雰囲気。
どっちを優先しようなどと、一瞬すら迷わない祥果さん。分身退治はネネに任せて、ルカとメイの回復へとMPを使用するのだが。ちょっと目を離した隙に、何故か本物のネネが消え去ってしまい。
思わず絶叫、ネネの名を呼び立てる祥果さん。
「ええっ、ネネちゃん……!? どこ行ったの……央ちゃん、ネネちゃんがいなくなった!!」
「祥ちゃん、落ち着いて……ルカ、見ていたか?」
「えっと、その右端の壺が……ああっ、戻ってきました」
どうやらこの壺、呑み込みの特殊技を持っていたらしく。コイツに呑み込まれたせいで、急に消えたように見えたっぽい。大柄なモンスターがたまに持ってる特殊技で、小柄なキャラが近付くと良く酷い目に遭うのだが。
呑み込んだ敵を味方が殴れば、消化される前に出て来るこの凶悪業。ネネに限って言えば、自力で脱出したらしい。つまりは《限定竜化》を使って、チョー強引に。
恐らくパニックに陥って、無意識だったのだろうけれど。
とにかく良かった、祥果さんの精神的な安寧も含めて。そこからはネネ竜のオンステージ、当たるを幸い潰しまくる。3部位を誇る大ボスも同じく、ちょっと可哀想なくらい。
久し振りに見た気もするが、とにかく楽が出来るのは確かだ。これに慣れると、冒険者として終わりな気もするが。ネネの竜化が解けた頃には、屍だけが転がっている始末。
とにかく最終戦は、こちらの完全勝利に。
宝箱には、当然の如く『暗塊の魔境』と言うクエアイテムが。他にも色々、まずまずなドロップ振り。一番の当たりは、実はネネ分身の落とした『竜の術書』と『竜の勾玉』だったけど。
確かにドッペルゲンガーは、湧かしたキャラの属性のアイテムを落とす仕様である。つまりこれは必然、しかしちょっとした裏技かも知れないなと央佳。
この2つだけでも、このダンジョンの全ての報酬額より確実に多い気が。
とにかく無事に、最初の借金クエをこなす事が出来た。一息つきながら、午後はどうしようかと話し合うけれど。疲れを知らない子供達は、まだ冒険できるよと気勢も高い。
例の2人組に頼まれたダンジョン探索だが、午後に組み込むべきか。さすがに1日に2回も潜るのは、くどい気もするけれど。どうした物かと、木々の隙間から見える空を窺い。
取り敢えずお昼にしようと提案、元気にかえって来る返事を聞きながら。
――奇妙な日常過ごしているなと、何となく自嘲するのだった。




