エルフの里と奇妙な2人連れ
『やっとエルフの里まで来たようだね、待ち侘びていたよ。さてさて、最初の依頼の件なのだが……エルフの族長が、アレの譲渡を渋っていてね。何とか保管場所のダンジョンを聞き出せたから、多少強引でも良いから君が入って取って来てくれたまえ。
それでは、朗報を待っているよ』
“エルフの里”に辿り着いたのが、午後の遅い時刻の事。風変わりな街道を歩き回って、ようやく今夜の宿泊先を見付け。馬車を預けて、家族で街並みに飛び出して。
観光ついでに、どこに何があるのかを歩いて確かめている最中に。無料レンタル部屋の入り口を発見、央佳が試しに進んでみると、いつもの強制イベントが始まって。
どうやら族長の元だかダンジョンだかに、窺えと言うお達しらしい。
それはそうと、この街は木々を利用した風変わりな街並みだ。ツリーハウスや、樹上を渡る為の蔦の架け橋。とりわけ街の中央の巨大な樹木は、この街のシンボルなのだろう。
太い幹の洞が居住区だったり、巨大な葉っぱが扉やパーテーション代わりだったり。初見だと、見て回るだけでも楽しい街だ。実際、祥果さんは凄いはしゃぎ様。
子供達を引き連れて、ワーキャーと騒いでいる。
思えば旅の途中に馬車から見た景色も、相当見応えがあった気が。天まで突き抜けるんじゃないかと言う巨大な樹木が、稜線に見えて来て。
ファンタジー世界っぽい、壮大な雰囲気に包まれた景色だった。そこに住まう人々がいると思うだけで、鳥肌が立ってしまうような。ましてやエルフ、美女揃いである。
それはまぁ良い、祥果さんに邪な思いを読まれると不味いから。
今夜は取り敢えず宿で休んで、借金クエの続きは明日からにしようと思っていた央佳だが。妙な街の騒がしさは、どうやらここでも開催されている限定イベントのお蔭らしい。
子供達は早速受け付けを見付けて、今日分のイベント用アイテムを貰っている。今日はお父さんも一緒にしましょうと、陽気なルカのお誘いに。
確かにこの街は、きちんと表と裏通りは区別されているが。
「んー、でもなぁ……ここは街の通りが複雑だから、裏通りがどこからかっての、凄く分かり難いんだよ。万一気付かずに、クエに夢中になって入り込むと怖い……」
「そっかぁ、残念……ルカちゃん、それじゃあ私達だけでパーティ組もう?」
「はい……それじゃあ代わりに、私達の活躍ちゃんと見てて下さいね、お父さん!」
もちろんだと請け負いつつ、多少申し訳ない思いの央佳。こんなにビクビクしないで過ごす日が、訪れれば良いと願いつつ。自分の分のアイテムをルカに渡し、惜しみない声援を送る。
それを聞いて張り切るいつもの面子、最初は誰から行くかと短い相談の末に。アイテムを2つ持っているルカとアンリが、最初とトリを務める事に。
そんな訳で、2人は怪しい人物を求めて街中をウロウロ。
しばらくは、昨日の経験を参考にポイントの高そうな相手を探していたのだが。昨日と勝手が違うのがまず一点、つまりは競争相手の有無である。
ポイントの高い奴は数も少なく、よって遭遇率も低くなる。その上賢しい連中も同じく狙っているので、さらに見付けにくくなってしまう。再ポップまでの時間が、一体どのくらいか不明だが。
つまり出遭うには、かなり至難の業っぽい。
それでも街中をぐるぐると根気よく廻って、何とか高ポイントを2回見つける事に成功。子供達の根性には、本当に頭の下がる思い。しかもその内の1回は、新モンスターで。
それは何と言うか、イモリの黒焼きや乾燥毒キノコを買い足しに、街に降りて来た魔女だった。他と同じく変装していたが、買う物リストの呟きは隠し切れず。
ルカが怪しいと騒いでからの、一連の燻し出し作業に。出現したのは真っ黒な衣装の魔女、しかも下僕の黒豹やゴーレム付きの強烈ボス仕様である。
何コイツと、遭遇した子供達は大パニック!
その混乱を助長する、魔女の特殊スキルはある意味壮絶だった。任意の1人を、何とカエルに変えてしまう呪い系の魔法が炸裂して。それに掛かった前衛のルカ、ピョンと佇むのみ。
祥果さんのパニックは、見ていてとても面白かったけれど。何故か一番冷静で、むしろ嬉しそうなネネがとてとてと前に進み出て。踏み潰さない様にと、ルカエルをひょいと手で救い取って保護に成功。
何て素敵な姉妹愛、隣でニヤニヤしているメイとやっぱり無表情なアンリ。
「祥ちゃん、聖水使って呪いを解除出来るよ? 時間が過ぎれば、勝手に解けるけど」
「ああっ、そうなんだ……! ネネちゃん、お姉ちゃんを貸して?」
「ネネが飼ったらダメ……?」
可愛らしい仕草での四女の懇願に、祥果さんは一瞬気を許しそうになったりして。それでも抗議するようにネネの手中で暴れ出したカエルに気付き、慌てて聖水使用。
元の姿を取り戻したルカは、その場で何とも釈然としない表情。それでも前線を一人で支えているアンリの要請に、踵を返して前線に復帰する。
……その前に、ネネの頭上にお仕置きを落として行くのは忘れなかったが。
3体もの敵に怯まず応戦していたアンリ、魔スキルの《暗黒魔霧》の自動防御の恩恵が物凄く大きい様子。一方のルカだが、面白い現象が起きていた。
さっきの呪い、獅子の盾には無効だったのだ。
他の装備は一緒にカエルにされたのに、獅子の盾はその場に放置で済んでしまっていた。もちろん主を失った盾は、その場に転がるしか仕方が無かったが。
それを拾い上げて再び戦いへと戻るルカに、アレくらいはレジストして欲しいねと盾の小言。ひょっとして別キャラ扱いなのかも、風変わりなユニーク装備だけはある。
とにかく戦線は維持されたっぽい、そしてつつがなくバトル終了。
出現した札には10Pと書かれてあって、今までで一番の大物との推察は大当たり。今日の合計ポイントは、6匹倒して37とまずまず。昨日の26得点と合わせて、60P超えだ。
とは言え、これは飽くまで6人のアイテムを使用しての合計得点だ。6で割ったら、1人当たりはたったの10P。これで貰えるのは、蘇生札とか高級消費アイテム位のモノ。
ちなみに3Pで各術書、6Pで剣術指南書が貰えるみたいだ。
子供達の気持ちでは、個人で分けるなど念頭に無いみたいだけれど。央佳が煽ってしまったせいでもあるが、それはそれで良い使い道なように思う。
家族と言うのは、多かれ少なかれそんな所がある。自分のモノだか人のモノだか、所有の境界が曖昧と言うか。それはそっくり姉妹にも当て嵌まり、所有権は物凄く曖昧で。
それを誰も咎めない、皆が当然と思っているから。
2日目の限定イベントが終了したのは、そんな感じでたっぷり2時間が経過した後だった。もう夕食を食べて、お風呂に入っても良い時間帯だ。
子供達は、無邪気に達成感に酔いしれてお腹が空いたと騒いでいる。今ではネネも、普通に祥果さんに甘えるようになっていて。足元に絡み付いて、ご飯食べたいのアピール。
祥果さんも嬉しそう、ただ長時間の抱っこは体力的に無理なのが悲しい運命。
祥果さんの手料理で舌が肥えてしまった子供達は、今や買い食いをせがむ事もない。気が利く彼女は、だからお昼のお弁当のついでに軽くつまむモノも大量生産している。
パンの耳や芋のスティックを揚げたモノとか、簡単なお団子とか。道端で小腹がすいた時に、子供達に与えられるように工夫してあって。
痒い所に手が届く、まさに母親役を楽しんでこなしている祥果さん。
もっとも、そのお菓子のストックも夕食前には完全に無くなっているのだが。一番小柄な癖に食欲魔人のネネが、その主な首謀者だったりする。
四女の胃袋をがっしりと掴んだのも、信頼度上昇の大きな支えだったのだろう。祥果さんの持つ最大のスキルは、実はそんな所にあるのかも知れない。
とにかく今や、家族の最大の核なのは間違いない。
央佳が借りた宿は、何と樹上の簡易コテージみたいな場所だった。入った途端に、解き放たれた様にはしゃぎ回る子供達。祥果さんは巣作り開始、自分の好みに部屋を飾り始める。
彼女の鞄の中には、そんな簡易家具やクッション類、飾り布などが一揃い入っている。ちなみに調理道具も常に鞄に入れているので、それだけで結構パンパンである。
だから狩りのドロップ品は、自然に子供達が管理する決まりになっていて。
窓からの景色を楽しみながら、央佳はソファにもたれて装備解除のリラックスモードに。バルコニーまで冒険し終わった子供達、猛ダッシュでネネが父親の膝上を陣取りに掛かる。
ここも家族用だけあって、割と広めの間取りである。その分お高いが、そこはまぁ許容範囲と言うか。こちらの世界でケチっていても仕方が無い、そんな思考が働くのも確かだ。
央佳の中では、家族の為に遣うのは散財では無いと割り切っている。
ネネのペット出しての催促で、アンリも部屋着に着替えて人形を手にやって来た。そして始まる、人形2体とペットのコンの奇妙な寸劇。
こんな時は、無表情のアンリも結構喋る。もちろん無表情だが、その分何故か人形が生き生きとして見えるから不思議だ。その分ネネは破天荒で、人形は大抵暴れ回る傾向に。
最終的には、もちろんアンリの人形が一番強いのだが。
その間央佳は、ひたすら膝上を占領されてる事態が続く。それはそれで、幸せな時間ではあるものの。結構暴れるネネに、我慢を強いられるのは仕方が無い。
その点アンリは、滅多にこちらが驚くような行動は取らない。祥果さんの言う事も良く聞くし、戦闘中も祥果さんのサポートに徹しているし。
風貌に似合わず、素直で良い子なのは確かだ。
ルカとメイが夕食の準備を手伝ったお蔭か、意外と早く夕食の準備は整った様子。完全に和食の時も多いのだが、子供達は違和感なく口にする。
普通に箸の使い方も上手だし、それはまぁ訓練の賜物なのだが。最初の内は、夫婦で頑張って使い方を教えたものだ。そんな感じで食事風景も賑やか、ってか騒がしい。
子供たちの織り成すハーモニーが、食卓を潤す。
この日は子供大好きハンバーグ、そう言えば作っている最中も騒々しかった気が。他にもサラダやお味噌汁、卵焼きやホウレン草のお浸しなど、品数は多い。
お味噌汁の具は圧倒的にキノコ類が占めていて、この街では安く手に入るのだそうだ。子供達は好き嫌いが存在しないかのように、とにかく何でも良く食べる。
肉も魚も野菜も乾物も、とにかく何でも良く食べる。
そんな子供達を見ていると、央佳も自然と食が進んでしまう。ハンバーグの形は、かなり歪なのが混ざっていたけれど。それを取って笑う央佳と、釣られて笑う子供達。
その中で、少しバツの悪そうな製作者のルカ。
味は美味しいよと、フォローを忘れない央佳。それだけで機嫌の治る素直な長女、そんな感じで滞りなく食事は進み。祥果さんの作った料理は、全て食卓から姿を消して。
片付けた後にお風呂の相談、この貸部屋には何故か付いていないのだ。恐らくは樹上と言う設計上の問題か、ファンタジーなんだから無視してくれて良かったのに。
昨日の半野宿のお泊りでは、安全を考えて風呂に入るのを遠慮した身である。だから今夜は絶対に入りたいと、当然の権利を主張する祥果さん。
それを受け、この街は共同浴場があるよと央佳の返事。
「昨日のお風呂はダメだったけど、ここのお風呂はいいの、央ちゃん?」
「表通りにあるからね、だから大浴場も戦闘不可で安全だよ」
「大きいお風呂かぁ……」
安全と危険の境界線を、良く分かっていない感じの祥果さん。ルカは大きなお風呂に、興味津々の様子。央佳の先導で、家族は夜の通りをゆったりと進んで行く。
ここはミッションでも訪れる街なので、冒険者の数も少なくない。しかもそのほとんどが、もうすぐレベル100と言う区切り前だったりするので。
初心者卒業間際の連中が、割と忙しなく歩き回っている。
冒険には多少慣れたけど、インすればする程にやる事は雪崩式に増えて行く。冒険者を放っておかない、そんな無慈悲で愉快な世界に文句を言ったり友達を作ったり。
央佳もその方程式に、どっぷり浸かって現在に至る訳だ。ところが隣の人生の伴侶は、そんな事には気が向かない様子。子供の世話や家事等で、手一杯なのが見て取れる。
なんだかなぁと、変に悟ってしまう央佳だったり。
一行はしばらく後、枯れかけた大樹を上手に利用した共同浴場へと辿り着いた。ファンタジーと言えど、そこはさすがに混浴とは行かない造りを見て取って。
多少気まずい思いをしつつ、夫婦は目配せをして別々の入口へ。ところが子供達、特にルカとネネは父親と一緒の男湯へと普通に入ろうと後ろに続いていて。
慌てて祥果さんが、それを引き止める一幕も。
納得しかねる感じの姉妹だったが、何とか女風呂へと消えて行く子供達を見送って。しかし久し振りの一人での入浴だ、羽根を伸ばすとはこの事かと感慨に耽りつつ。
蕩けそうになるまで入ってやるかと、気合が滾ったのも最初だけ。どうも体が、長湯に慣れていない様子。温まったらさっさと体を洗って退出、独りは寂しいなと感じながら。
そんな訳で、家族の合流まで随分と待つ破目に。
ここの浴場は、入ると24時間ヒーリング効果アップとか、そんな感じの恩恵が受けれた筈だ。だから冒険者も、それなりに利用する姿も見受けられる。
ちょっとした恩恵も、冒険の中では有ると無いとでは大違い。もっとも央佳は、本当にサッパリするのが目的なのだけど。涼しい夜風に当たりながら、そんな気分を満喫して。
何か冷たいモノが飲みたいなと、周囲を見渡した途端。
ゾクッとした空気を、央佳は思わず感じてしまった。ここは大衆浴場前の、簡易広場的な涼み場所なのだけれど。彼の隣に腰掛けた、2人組の面妖さと来たら。
央佳でなくともゾッとしただろう、例えれば闇ギルドの刺客か限定イベントの脅かし役か。そんな風貌の者達だ、もっとも表通りなので犯罪者では無い筈だ。
もしそうだと言われても、大半の者は信じただろうけど。
まずは背の高い方、闇種族の♂なのは間違いないけれど。右側の顔から腕に掛けて、奇妙な入れ墨が施してある。そしてその瞳は、血塗られた様に真っ赤である。
闇種族の風貌は、浅黒い肌に白髪がベースだった筈と央佳は脳内思考。どれだけプレーヤーがオリジナルを望んでも、そこから大きくは逸脱出来ない仕様の筈だ。
しかしその不気味さに加え、この闇種族はネコ耳を頭から生やしていらっしゃる。
一言で言えば、これはもう変人だ。その隣の小さい方は、それに較べればまだ分かり易かった。小さいのは土種族だからだ、モグラのような風貌もそれを裏付けている。
ソイツが不気味な原因は、ある意味ハッキリとしていた。物凄くごっつい呪い装備を、着用している為だ。好きでそうしているのかは、全く以て不明だけれど。
髑髏の浮き出た不気味な鎧は、ちょっとこちらも呪われそうで近寄りたくはない。
そんな二人組が隣に腰掛けたのだ、央佳でなくても大慌てで立ち去りたくなるのは自明の理。央佳は少し芝居がかった調子で、喉が渇いたから何か飲み物を的な感じで腰を浮かして。
立ち去ろうとしたのだが、そうは問屋が卸さなかった。話し掛けて来たのは、闇種族の赤目入れ墨男の方で。限定イベント2連覇の桜花さんですかと、こちらの素性はばれている様子。
多少引き攣った顔で、そうですかねぇと曖昧な返事の央佳。
「あのぅ、そんなに警戒しないで下さい……と言っても、無駄なのは分かりますが。これでも一応、犯罪者には堕ちていません。まぁ、身から出た錆には間違いないんですが……」
「自己紹介してもいいっすか? ボクは“赤目”の黒助、こっちは“髑髏”の喜一……見た通りのはみ出し者なんですが。何とか現状を改善しようと、あちこち彷徨ってあるアイテムの噂を耳にした訳なんですよ」
「は、はぁ……その、何と言うか。俺から見たら、君たちのネームはピンク色なんだけど。本当に君達、アウトローの住人じゃないのかい……?」
このゲームは信頼度やキャラクター区別を、キャラの頭上に表示されるネームの色で判別していて。NPCは完全に白色だが、友好を築いた者同士だと青色へと変わって行く。
その青色が濃い程、信頼度は高い仕組みだ。逆に悪口を言われたり、物を盗まれたり傷つけられたりされると、その者のネーム表示は赤色系に染まって行く。
初対面で赤色系は、つまりはアウトロー以外は有り得ない訳で。
ちなみにモンスターは、黄色系の表示となっている。オレンジや変わった色は、NMなんだなと思っていれば間違いはない。そんな感じで、冒険者はすぐに相手のネーム表示を見る癖が付いているのだが。
黒助と喜一と名乗った2人連れは、見事に赤色系のネーム表示なのだ。これで警戒するなと言われても、そうそうは従えない。しかも間の悪い事に、お風呂上がりの家族が合流。
その中で、途端に戦闘態勢に入る姉妹が約2名。
「ルカ、アンリ……やめなさい、表通りで戦闘行為はしちゃダメだ! ちょっと話し掛けられただけだから、って言うかここで戦闘出来ないから!」
「……何事にも抜け道は存在するの、例えば呪いの武器の暴走とか……」
「いやいや、大丈夫……確かにこの両手鎌も呪われてるけど! 何とか半分は解除して、自分にしかダメージ来ない様に封印してあるから!」
自分にダメージが来るのか、嫌な仕様だなと央佳は思う。確かに呪いの装備は、滅茶苦茶に強力な性能の物が多いと聞く。死霊系や蛮族の魔神などが落とすけど、呪われたまま装備する馬鹿な者はまずいない。
神殿で解呪の必要がある訳だが、そこからはギャンブルだ。高いお金を取られる割には、解呪の成功率はそんなに高くない。しかもこれらの装備品、見た目が結構グロかったりして。
そんな訳で、実はあまり人気が無いのだ。
力のみ求める者には、まぁアリなのかも知れないが。しかも土♂の彼、半端に解呪された品を着用してしまったらしい。そうなると、本人の意思では脱着出来なくなる筈だ。
呪いの力は、それ程に強大なのだ。その他にも、勝手に他者を攻撃したりとか、自分にダメージや勝手に変な行動を取ったり。それが戦闘中にも起きるので、死活問題な訳である。
だからどんな愚か者でも、そんな呪われ装備を好んで着たりはしない……筈なのだが。
ルカとアンリの心配も、だから的外れでは無いのだろう。ルカは普段着からフル装備に、一瞬で衣替えして央佳の側に仁王立ち。アンリは着替えこそしなかったが、不審者から視線を外さないまま父親に抱き付く素振り。
まるで大事な仔猫を護る、母猫のように。
2人の弁明は尚も続き、央佳は少し可哀想になって来た。最近はリアル世界も物騒で、例えば普通に歩いていたり公園で休んでいても不審者と思われる時代である。
その者が悪い訳では無い、シチュエーションの問題だ。その者の前を、偶然赤ん坊連れの母親が歩いていたとか、公演で小さな子供が遊んでいたとか。
そんな極端な異端視は、普通にそこにいる者を酷く傷つける。
「ルカにアンリ……気持ちは嬉しいけど、頭から悪者と決めつけるのは良くないぞ? ええと、取り敢えずそちらの事情をもう少し訊きましょうか?」
「えっ、訊いてくれるの? 有り難い、それじゃあ……あっ、ボクのキャラは異端ジョブの禁断のスキルを選択したせいで、こんな容姿になっちゃって……彼は見た通り、呪いの武具のせいだね。強い力を得た代わりに、お互い信頼度がガタ落ちの赤色ネームの身に……」
「本当に、今になって愚かな事をしたって反省しているんですけど。力を欲して、そのお陰でギルドを追われて他の人とパーティすら組めない身の上なんです……」
なるほど、それは確かに可哀想だ。どうやら呪いの影響で、ギルド退団にまで至ってしまったらしい。ネームが赤色系に片寄ると、確かに通常ギルドには在籍不可となる。
入れ墨スキルを選択した黒助も、最初は気に入らなければセットから外せばいいやと軽い気持ちだったらしいのだが。何と一度セットすると、取り外し不可と言われたそうで。
奇眼も同様に、強力な能力に相応するとんだ呪われスキルだったらしい。央佳も全く知らなかった、異端ジョブってそんな怖いスキルが揃っていたとは。
そっとアンリを窺うが、三女は我知らずな涼しい態度。
祥果さんとネネは、何か難しい話をしていると気を利かせたのだろう。少し離れた木の下で、何やら木の実を一緒に収集している。それなりに楽しそうで、まぁ良かった。
メイもこちらを気にしつつ、祥果さんの方も気にしているみたい。掴み処の無いこの子らしいが、どちらのフォローにも入れるように気を遣っている様子。
姉妹それぞれ、立ち位置があるのが面白い。
話を聞いてしまえば、それ以上に面白い身の上の2人組。いや、本人達にとってはそれでは済まないのだろう。彼らが望むは現状の打開、それにはあるアイテムが必要らしく。
名前を『友愛の鍋セット』と言うらしく、つまりは一緒に鍋をつついた人達と一気に仲良くなれるアイテムらしい。具材は消耗品だが、鍋は使い回し出来るみたいで。
それがこの街のダンジョンにあるらしい、キノコがメインのダンジョンに。
「だけど、ダンジョンは大抵が6人仕様でしょ? ボクと喜一ちゃんが幾ら人並み以上に強くても、2人では攻略無理かなって。だからこの街で“ワンマンアーミー”を見掛けた時には、もう舞い上がっちゃって!」
「も、もちろんタダでとは言わないですよ? 私達、ほとんどソロみたいな活動状況だったから、結構溜め込んでますし……お金でもアイテムでも、何なら秘密の裏情報でも……!」
「喜一ちゃん、もうそれ言っちゃう? ボクら凄いミッション情報掴んで、2人じゃ取り組めないから困ったねって話し合ってて……!!」
途端に盛り上がる、奇妙な2人組。報酬の話になった途端、メイがこちらに近付いて来た。央佳としては、かなり同情……と言うか、身につまされる話だったり。
彼もちょっと前まで、ほぼ同じ境遇だったのだ。強過ぎる力を得たばかりに、活動はほぼソロに限定されて。しかもネネの暴走で、借金まで背負わされる破目に。
日陰者の生活を余儀なくされた身だ、彼らと寸分変わりない。
ワンマンアーミーの二つ名には、しかし参ったが。確かに彼に追従する4人の子供達は、軍隊並みの火力を備えている。そう考えれば、的を得た通り名なのかも。
ルカもアンリも、その事については何の感慨も抱かなかった様子。相変わらず警戒は解いていない、それでも央佳を褒める2人の言葉には微妙に反応している。
ちょっと嬉しそうに、もっと言え的な雰囲気を醸し出して。
「しかしまぁ、限定イベント2連覇の偉業から、あんまり噂を聞かなくなっちゃってて。どうしてるのかなって思ってたけど、こんなに家族が増えてたなんてねぇ」
「最近は闇ギルドの住人の方が、どの大陸でも幅を利かせてるから怖いですよね? 私達はこんなナリだけど、連中のPKは積極的に排除して行く方向をとってますから!」
「へえ……最近は奴ら、そんなに活発なの? そういや初心者狩りに、最近良く出くわしてる気もするけど」
喜一の裏情報によると、最近になって大御所の闇ギルド連中が、相次いでギルド領を所持する事態になっているようで。それによって、勢力増大や手広くやって行こうと言う輩が続出しているらしい。
その刃の向き先は、もちろん表の住人に他ならず。表立って被害を被っているのが、初心冒険者となっているみたいである。直接は関係ないとは言え、この2人組はそれを見て見ぬ振りをしたくないらしい。
昔のヒーローの理論だ、悪者に改造されても孤高に正義を執行するみたいな。
随分古くてコアな精神論を掲げているが、央佳も男だし分からなくもない。報酬の件はともかく、信頼度の上がるアイテム探し位なら、手伝ってあげても良いかも。
何しろそれは、この街にあると言うのだから。それほど時間も取らないだろうし、子供達にも良い教育になるかも知れない。困っている人を助ける、まぁ常識の範囲内で。
祥果さんも、きっと了承してくれるだろう。
奇妙な2人組は、尚も犯罪者連中の気が知れないと熱く論議を交わしている。暴力で富や地位を得ても、破滅しか待っていないだろうとの見解が彼らの持論っぽいが。
そうは言っても、一定数の者がそちらの道を選ぶのは、何かしらの魅力や旨みが存在するのだろう。央佳にしてみれば全く興味は無いが、そんな連中に狙われるのは心中穏やかでない。
こうやって、正義の味方と渡りをつけるのも一つの防衛策かも。
見た目の評価は、本当にアレだけど。央佳が了承の言葉を伝えると、奇妙な2人連れは飛び上がらんばかりに喜んだ。ずっと日陰の生活だったのかも、そこは素直に同情するけど。
子供達も家長の央佳が話を纏めてしまっては、もう否は無いらしく。相手に対する警戒はそれほど緩めていないが、表立って反対するつもりも無い様子。
どちらにしろ、行動は明日以降となる訳だ。
そう言えばと、央佳はさっきの報酬の話で、気になった点が1つあったのを思い出す。ある貴重な情報を掴んでいると、そんな話をしていたような?
つい最近、似たような話を知り合ったばかりの威勢だけは良い♀冒険者から聞いたような気がする。まさか、こんなアウトローすれすれの冒険者が、例の激ムズミッションを?
数ある老舗ギルドが、束になっても掴めない情報を……?
「ああっ、これは別に話さなくても全然良いんだけど……さっき話してたミッション情報って、もしかして……新種族ミッションの事だったりする……?」
「へえっ……あれっ、何でわかったの?」
――黒助の素っ頓狂な返事に、軽く眩暈を覚える央佳だった。




