新たな朝とルーチンワーク
ギルド領の館の一室に、朝日が射し込んでいる。柔らかな日差しにこの部屋の主が、敏感に反応した。天蓋付きのベッドの中で、小さく身じろぎして。
意識が正常に覚醒するまでの数秒、央佳は薄く目を開けて周囲を確認する。隣では、健やかに寝息をたてる子供達が。そして彼の、最愛の妻が眠っていた。
まるで絵に描いたような、幸せな寝起きの一コマだ。
ここのところ、朝起きての現状の把握が日課になってる感のある央佳だが。それと同時に、いつもの癖でログアウト操作の確認を繰り返してみる。
反応は無し、GMコールすら全く受け付けないのも同様。
そして改めて体感する、この日常と化した現状。それは全く揺るぎなく訪れて、央佳を束の間の混乱へと陥れる。それでも幸せを感じる、自分の心はおかしいのだろうか? 例えばこの豪奢な部屋、普通にリアル世界で借りたら一体、1泊幾ら掛かるのかとか。
この幸せそうにまどろむ、子供達の存在だとか。
まるで、異世界での新婚旅行を楽しんでる気分だ。危険な存在や場所は多い上に、4つもコブが付いてるけど。普通の感覚など、とっくにパンクして無くなっている。
今は慣れない父親役で、精一杯な央佳。
恐らくそれは、祥果さんも同様なのだろうけれど。何故か生き生きと母親役に準ずる嫁さんを見ていると、これで良かったんだと思ってしまうから不思議である。
つまりは“幸せを掴む”と言う意味では、もう達成した感がある気もする央佳。だからと言って、このままこの館暮らしで停滞する訳にも行かない。
何故なら、子供も親も成長するモノだから。
成長に必要なのは、もちろん外部からの刺激に他ならない。特に子供達、確かに館に籠っていても自分と祥果さんで付きっきりで勉強を教えて過ごす事も可能だけれど。
この世界での物差しで測ろうとすれば、それが成長かと問われても甚だ疑問である。多少は傷付いても、正解を見つける為に努力する。それが人生だと、央佳は思う。
子供達にも傷付いて欲しい、その傷を癒すのが自分の役目だ。
そんな事を考えていると、最初に祥果さんが目覚めたっぽい。示し合わせてベッドをそっと抜け出し、子供達が起きる前に夫婦でのコミュニケーション。
そんな事をしている内に、順次子供達が起きて来た。姉妹の中で目覚めが良いのは、メイとアンリだ。この2人が、だいたい最初か二番目に起床する。
起きたら恒例の、祥果さんの体調チェックが待っている。
着替えと同時に行われるので、子供達ももう慣れてしまっていて。目覚めの良くないルカやネネも、今では嫌がらずにチェックに従っている。
その後の祥果さんは、朝ごはんとお昼のお弁当作りに忙殺される。場合によってはルカも手伝うが、父親が外の散策に出掛けてしまうと、そっちを優先する事も。
今日は央佳がアイテム整理に勤しんでいるので、料理を手伝う事にしたようだ。
「お味噌汁つくろうか……具は何が良いかなぁ……? ルカちゃん、何が良い?」
「この前の、白いお団子入ってたの美味しかったですよ?」
「それじゃあ、おじゃがと揚げと団子を入れようか! お弁当にお米を多く炊いて、新鮮な卵が一杯あるからそれも使って……何だか贅沢な気分!」
向こうの世界では、節約地獄で揃う素材と言えば特売のモノしかなかった事を思えば。産みたての卵や倉庫にぎっしり詰まった土地の収穫物を、思いっ切り使える今の現状は。
この上なく贅沢な状況には違い無い、祥果さんの脳内は間違いなくハッピーパルスで満ち溢れている。思わず多く作り過ぎても、食欲旺盛な子供達が完食してくれるし。
祥果さん的には、ここは幸せ満載な世界に見えるのかも。
旦那は旦那で忙しそうだが、祥果さんにもするべき事はたくさんある。何しろ4人も子供がいるのだ、しかも年の違う可愛い女の子揃いと来ている。
何を着せても楽しいし、出来れば洋服は自分で作りたいタイプの祥果さん。時間が幾らあっても足りないのが本音、今は妥協して買い与えてはいるけれど。
料理と同じく、本当は全部自分が手掛けたいとは内心の思いだったり。
それに加えて、子供達の勉強の事もある。こっちの世界には学校が無いので、自然と基礎教科から祥果さんが教える事になったのだけれど。
旦那はその学力自体が、将来的に役に立つかを疑問視している節があるのは確かで。だからと言って、暴力的な手段で生計を立てる冒険者が、世界の全てと声高に断じる事もせず。
それならと祥果さんは、堂々と自分の理想を押し付ける事に。
その辺は、割と割り切った考えを持っている祥果さん。人生なんて、所詮は身近な人に影響を与えたり与えられたりの繰り返しだ。だから自分の持つ知識を、分け与えるのも自然な行為だと祥果さんは思う。
そんな訳で、日々の勉強を生活ルーチンの中に組み込んだのだが。
子供達は普通に楽しそうに、与えられた知識を貪欲に吸収してくれている。それはそれで嬉しいのだが、反面自分の中の教養の浅さが恨めしく思う時もある。
6+3+3で12年、自分は基礎と応用を学んで来たと言うのに。それを噛み砕いて教えようとした途端、ある程度から破綻をきたして行くのだった。
広く浅い教養の、何と薄っぺらな事かと思い知らされる。
人に教えると言うのは、だから自分の内面を見つめ直す事に相応するのだ。祥果さんはその結果に落胆し、一度ならず諦めようと思ったのだが。
子供達の興味や好奇心が、全くそれを許さない。それでも祥果さんの持つスキル、つまりは料理や裁縫の腕に感嘆して教えを請われると、彼女の自信も多少は持ち直し。
自分の中の知識を総動員して、毎日子供達に披露するのだった。
ルカに料理を教えるのも、その延長には違いなく。幸い長女は、呑み込みの良い優秀な生徒だった。祥果さんにとっても、仲良く娘と調理するのは夢だった訳で。
そんな長女との共同作業によって、割と豪華な朝食の用意は終了。ルカに食卓の準備をお願いして、祥果さんは昼食用のお握りの製作に掛かり始める。
部屋の隅では、央佳と他の子供達が座り込んで何やらしている様子。
央佳が何をしているかと言えば、アイテムの整理と子供達の相手だった。アイテム類は、外でちょっと活動するだけで結構鞄に入って来るものだ。
子供達が持ち切れないと渡して来るモノもあるし、買い物をして入手したり、更には合成を頼まれて預かった品もある。放っておくといつの間にか鞄を圧迫して、持ち切れない事態に。
だから、常日頃から鞄の中の整頓は癖になっているルーチンワークなのだ。
そうやって部屋の隅でゴソゴソやっていると、子供達も寄って来て真似をし始める。正直、料理中の奥さんに子守りの手間を掛けさせたくない央佳。
子守りと言うにはおざなりだが、とにかく相手をしながら子供達の荷物もチェック。構って欲しいネネが、いつかの央佳自作の積み木を持って来て並べ始める。
作業の片手間に、央佳もその数字を使って簡易算数の授業の開始。
「そぅらネネ、足し算だぞ……3足す5は?」
「「「……はちっ!!!」」」
意外なのは、年長姉妹の答えに負けないネネの解答っ振りである。いや、ネネに出した筈の問題を堂々と掻っ攫う姉たちにも、多少問題はあるけれど。
父親に褒められたいのは、姉妹誰しも一緒である。良く出来たご褒美に、皆の頭を撫でてやると。次の問題を催促されて、歯止めの掛からない姉妹バトル勃発。
結構面白いので、央佳も乗ってしまったり。
「じゃあ次は難しいぞぉ……8足す9は?」
「……じゅ、じゅうななっ!!」
「じゃあ、9足す8はっ?」
「「…………おんなじだった!!」」
ケラケラ笑い出す、メイとアンリ。アンリはその気になれば、かなり表情豊かで面白い。逆にネネは真剣そのもの、とにかく親に褒められたいお年頃らしい。
一段落ついたついでに、ネネの鞄を片付け始めた央佳だったが。その滅茶苦茶な雑多さに、少々目眩を覚えてしまった。メイにも手伝って貰って、とにかく片付けを続行。
ほとんどが、価値の無いガラクタだったりするのだが。
アンリも進んで、館の貸倉庫の中に一時保管するモノを運んでくれている。央佳の無料レンタル部屋のアイテム倉庫は、相変わらず差し押さえで使えない状態なのだけれど。
このギルド領の館に限っては、その追従から逃れられているので。安心して、カバンの片付けに利用出来る訳だ。ギルドに許可も貰っているので、気を遣う必要もない。
そんな感じで、朝の親子の戯れは終了して。
食事が始まっても食べ終わっても、相変わらず子供達のテンションは高い。この子達には、この世の中はどんな風に映っているのだろうと、央佳は不思議に思う。
朝食後の家族会議でも、実は計画はほぼ決まっていて。王都を離れて次の目的地“エルフの里”ツグエフォンに向かいますと、あらかじめの予定を言い渡す。
またまた馬車での旅だ、子供達も元気に返事。
居心地の良かったギルド領の館の一室とは、これで暫くの間お別れとなってしまうが。それは仕方の無い事だ、今は出発の時なのだから。
ただ子供達には、そう言った感慨深さは皆無の様子。大騒ぎしながら、出発の準備を手伝っている。祥果さんのランチバケットを引っ掴み、忘れ物が無いか確認して。
さすが長女のルカが、その辺は姉妹を上手く仕切っているみたい。
そこからはワープ通路で王都に戻って、再び馬車と馬車馬を用立てて。最初に王都から真北へ向かい、そして西へと入って行く路を行く事になる。
旅路の今回は、ギルメンの護衛は敢えて断っている。時間の縛りは長くなるし、自分達は馬車から離れなければ安全は保障されている訳だから。
そんな訳で、央佳の操る馬車は単身北を目指す。
最初はお馴染みの荒野が続く風景、遠くには天に突き出るような山脈群が窺える。今回の旅路は、およそ2日程度だろうか。途中にやはり小さな街はあるが、泊まりに寄る予定は無し。
前回懲りたと言うのもあるが、大金を出してキャンプ用具を揃えたのが大きな理由だ。買ったからには使わないと勿体無い、何より安全度はグンとアップするし。
祥果さん会心の買い物だ、それを無視したら怖いと言う理由も。
出掛ける時には余り良い天気では無かったが、暫く進むととうとう雨が降り始めた。ゲーム内の天気は、言ってみればランダムだ。リアル世界と違って、大地が潤うとかそんな深い理由は存在しない。
ただ、雨の時だけ出現するモンスターやNMは存在するし、キャラのステータスや移動速度に影響も出たりする。とは言え、馬車の速度にはそれ程の影響は無い。
央佳は天候を無視して、馬車を走らせる。
「お父さん、雨が降って来たけど大丈夫? 祥果さんが、馬車を停めて休憩したらって」
「あぁ、これ位は全然平気だよ。多分、このエリアを抜けたら雨は止むはずだよ」
「分かりました、祥果さんにそう伝えます」
ルカの伝言ゲームを利用しつつ、央佳は馬車の速度を緩めない。次に停車するのは、多分お昼ご飯になるだろう。その時にはきっと、このエリアから抜け出して天候も回復している筈。
実際そうなったし、濡れた衣服もすぐに乾いて不快感も持ち越さずに済んだ。荒野はいつの間にか険しい山岳の風景に変わっていて、小高い草木も目立って来ていた。
そのため視界はすこぶる悪く、先が見通せない。
道も下りたり上ったりで、山道っぽい荒れ模様。子供と祥果さんが酔ったりしないかなと、央佳は少し心配するが。今の所、後方からそんな報告は届いて来ない。
馬車の中からは、いつものように賑やかな話し声が聞こえて来るのみ。今は読み書きの授業中らしい、やたらと大きなネネの発音する声が聞こえて来る。
今では祥果さんに対する、人見知りはすっかり解けた様子。
しばらく進むと、いつものようにルカが車内から抜け出して来た。雑談している内に、昼食を取る場所を一緒に探そうと言う話になって。ルカの好みはうるさくて、高評価を得る場所がなかなか見つからない有り様で。
ようやく見つかったのは、それから30分後の事。山の中腹の小高い崖の上、見晴らしの良いひらけた場所だった。遠くの山々の連なりや、眼下の湖の眺めが素晴らしい。
央佳はそこで馬車を停め、皆に昼食休憩を告げる。
賑やかに降りて来る子供達と、その後に続く祥果さん。ルカの抱えているマリモを目にして、ネネが途端に騒ぎ出す。どうやら自分も抱っこしたいらしい、根負けした央佳がコンを召喚。
それを嬉しそうに抱っこして、ようやくネネの機嫌は元通りに。アンリがそれにちょっかいを掛け、姉に取られまいと逃げ始める四女。祥果さんが窘めて、ようやく騒ぎは沈静化。
……どっちみち、央佳のMPが尽きれば送還されてしまうのだけれど。
「名前を付けたのは良いけど、主力として育てるには色々と足りないものが多いなぁ。祥ちゃん、ひょっとしたら俺、この後一人で別の大陸に出掛けるかも知れない」
「私も子供達も、1日くらいなら平気だと思うけど。もっと時間が掛かる用事なの?」
昼食を食べながら、夫婦での今後の予定決めの為の小声での会話。実際、コンの戦闘能力はまだまだ当てにならないし、ペットとしての存在感程度で大事なスロット枠を塞ぐのは業腹だ。
ギルメンに相談したら、新大陸の中央塔でミッションPとの交換で得られるアイテムに、ペット系の良品があったかもとの情報が得られて。
それを頼りに、出掛けてみるかと央佳の考えなのだが。
新大陸にはミッションをこなさないと進めないし、条件はレベル100到達なので祥果さんはまだ無理だ。そんな訳で単身乗り込む必要に迫られるのだが、やっぱり家族が心配で。
出掛ける時はギルメンに護衛を頼むねと、心配顔での央佳の申し出に。お気楽顔の祥果さんは、気にしないでも大丈夫だよと請け負うのだが。
やっぱり心配な央佳は、護衛の誰かとの交替での出発を考えていたり。
まぁ、それはもう少し後でも良い案件だ。昼食をキャンプ地で食べ終わった子供達は、思い思いに好きな事をして寛ぎ始めている。ルカとネネは主にペットを愛でて、メイとアンリは近くの木に登って、遠くの景色を眺めて。
その内にメイが、自分の笑い声が一拍遅れて戻って来る事に気付いた。パパこれなぁにと、次女の無邪気な質問に。木霊とかやまびこと言う現象だよと、央佳は呑気に返事を返す。
それを聞いた子供達、競争するように木霊との遣り取り。
「……みんな無邪気で可愛いわねぇ、やっほーって掛け声知らないのかしら?」
「うむぅ、リアル世界での常識は知らないのかなぁ……祥ちゃん、教えてあげなよ?」
それも親の務めだと、祥果さんは張り切って掛け声の競演に参加。そして巻き起こる、何とも変テコな事件。満を持して祥果さんが『やっほー』と大声を張り上げた瞬間に。
突如出現する、“木霊”と言う名のNM。
ソイツは変わった外観で、異様な精霊の体躯に巨大な口と幾本かの細長い腕が生えていた。その腕が祥果さんを狙おうとした瞬間、勢いの良いルカのブロックがそれを防ぐ。
間一髪間に合ったものの、まだまだ予断は許さない状況だ。何しろ後衛の筈の祥果さんが、思いっ切り前線に取り残されているのだから。
何が起こったのか分からないまま、祥果さんは右往左往。
「祥ちゃん、こっちに来て!! モンスターが湧いてる、そこ危ないっ!!」
「えっ、ええっ……?」
未だ混乱中の祥果さん、央佳の呼び掛けにも惚けた返事。業を煮やしたのか、近くにいたアンリが彼女の手を取って危険地帯を脱出。木霊に取り付いているのは、今の所ルカただ一人。
そのため、木霊NMはやりたい放題だ。
まずは同時召喚で、風の精霊を一気に5体も呼び出して。場を一気に混乱に陥れる、何とも小憎らしい演出を施して来る。しかもその中の1体が、攻撃魔法を唱え始めて。
突然の風系の範囲魔法に、場は更にカオス状態に。見事に範囲内に入ってしまっていた祥果さん、実にこの世界での初ダメージ! それを目にした央佳は、一気に頭に血が上り。
我知らず抜刀して、その場に乱入している始末。
「ルカッ、左にずれろ……!!」
「はっ、はいっ……!」
急な父親の指示に、慌てて従う素直な性格のルカ。その小さな身体の脇を、央佳の遠隔片手剣スキルの《次元斬》が猛スピードで飛び過ぎて行く。
精霊系のモンスターは、その性質故に直接攻撃が効きにくい。って言うか、ほとんど効果が無い程の物質透過能力を備えている。そんな奴にダメージを与えようと思ったら、魔法か防御力無効の一撃を加えるしかない。
つまりは桜花の持つスキル、《次元斬》も有効な手だ。
ここで央佳にとって、ちょっとした誤算が2つ程生じた。それから有り難い事に、祥果さんの無事と速やかな安全圏への離脱を視界の端に確認。
NMのタゲを取れたのは計算通りだったが、ルカが尊敬の眼差しでこちらを眺めて戦闘放棄するとは計算外。てっきり以前みたいに、自分の殴った敵は無条件に一緒に殴ると思っていたのだが。
その行動を取ったのは、出しっ放しだった召喚ペットのコンのみ。
いきなり氷魔法の《アイスランス》が飛んで来て、敵の召喚した雑魚精霊にヒットしたので。誰の仕業だと驚いたのだが、新参者のコンだったとは想定外。
主人の定めた敵に攻撃するのは、まぁ彼らの本分なのだけれど。何故に氷魔法なのか、央佳はその理由に暫くは思いが至らなかったのだ。
そう言えばと思い出すのが、コイツに喰わせた氷の宝珠。
答えが分かってしまえば、なるほど簡単なカラクリだ。そうやって、成長を糧にするタイプのペットらしい。そうするとコイツは、ひょっとして竜スキルも使うのだろうか?
判明するのが楽しみなような怖いような、妙な気持にさせてくれる。って言うか、レベルの低さとMP消費率を計りに掛けると、引っ込めた方が割りが良い。
続けて片手剣スキルの《風刃喝砕》で雑魚を片付けながら、ようやく前線に到着する。
なおも魔法を唱えようとする雑魚精霊を、央佳は《拍龍》で潰しに掛かる。魔法は詠唱中に移動したり攻撃を受けたりすると、中断してしまうと言う特性を持っているので。
こんな無理やりな移動で、邪魔するのも有効な手段である。成る程と、得心した顔のルカが相変わらず央佳の戦闘風景を熱心に眺めている。
その少し後ろでは、戦闘にとっても参加したそうなメイの姿が。
どうやらこちらの世界に来てからの家族間のコミュニケーションで、以前とは全く別の力関係が出来上がってしまっているらしい。つまりは家長の命令には、絶対服従的な。
アンリも出しゃばった真似をしない様にと、控えめな態度だった気がする。恐らくは良い傾向なのだろう、少なくとも以前の訊かん坊振りに較べればだが。
それはともかく、さっさとこの難物を片付けてしまわないと。
「……父様、もう1体敵が騒ぎを聞きつけて接近中……祥ちゃんはキャンプ場に入ったから、安全は確保済み……」
「もう1体って何だ、そりゃ!? ルカにアンリ、とにかく出て来た奴を抑え込めっ! メイっ、精霊の雑魚から順に焼き払えっ!」
「「「はいっ!!」」」
父親の号令に、即時に従う子供達。メイの得意魔法の《サークルブレード》が、雑魚を中心に命中して行く。大半の雑魚精霊はその魔法で焼け死んで、随分と見晴らしが良くなった。
央佳は親玉と接近戦を挑んでいて、とにかく早い殲滅を目指す。子供達に任せた背後の状況も気になるし、特殊スキルに召喚技を持つNMはウザくて仕方が無い。
SPが溜まり次第、殲滅に向けてのプランを決行する事に。
一方のルカとアンリは、薮から飛び出たNM猪に揃って総毛立っていた。威圧的な容貌とその巨大な体躯、見初められた先頭のルカは思わず後ずさりそうに。
その気配を察した訳でもないだろうが、先手を取っての《突貫チャージ》が炸裂。盾でブロックしたものの、少なくダメージを受けつつ。ルカの腹立ちまぎれの反撃に、相手は痛がる素振りも無し。
このエリアの主なのかも、レベル帯に反して猛烈な強者振り。
サポートに入ろうとしたアンリだが、ふと足元に違和感が。ルカはいつも通りにタゲ取りスキルを敢行、アンリの殴れる構図を頑張って作ってくれているのだが。
鼻息の荒い四女を足元に見付けた瞬間、アンリは軽い立ち眩みを覚える。そう言えば、この子だけ父親に指示を貰っていなかったっけ。いや、役に立ちたい気持ちは分かるけど。
せめて立ち位置くらい、被らず考慮して欲しい。
「ネネちゃん、危ないからこっちにいらっしゃい……!」
「……ネネ、祥ちゃんが呼んでるよ……?」
「父っちゃが、頑張れって言ったよ!?」
いや言ってないよと、幼い心を抉る様な台詞を敢えて口にする気にもなれず。アンリは熟考の末、この子の面倒は自分が見るよと祥果さんに合図を送る。
実際、変身しないでもネネのパワーは当てに出来る程には強大だった。最近は度胸も付いたのか、《限定竜化》のスキルを使わないでも戦闘に参加出来るようになって来ているし。
何にしろ、小さな手足をフルに使っての幼女の戦闘シーンは、見ていて面白い。
そんな事を思っていると、背後から《ウォーターシェル》の支援魔法が飛んで来た。祥果さんが、心配のあまりサポートにと安全地帯を飛び出して来たらしい。
その気持ちは有り難いのだが、心配なのは猪NMがチャージ技を持っている事実。後衛と言えどヘイトを取り過ぎると、手痛いしっぺ返しを喰らってしまう恐れが。
アンリは更に熟考する、祥果さんの安全は絶対に確保しなければ。
「……ルカ姉、真後ろに祥ちゃんがいるから、その場所絶対にキープして。横にずれたりしたら、チャージ技の射線に祥ちゃんが入っちゃう……」
「わ、分かった……タゲ固定したいから、アンリも手伝って!」
ルカのタゲ取りスキルは、実は寝てたら生えて来た《ブロッキング》しか無かったりする。央佳に較べたら、まだまだ盾スキルも低いし頼りないのは確かなので。
了解と返事したアンリ、まずは《ペンタスラスト》の強烈5連突きで敵対心を上昇しておいて。更に殴りつけて、良い具合に育ったヘイトを《敵対心贈与》でルカに擦り付ける。
恒例のお尻触りに、ルカはぴくっと反応しつつ。
それでも随分、タゲは安定して来た気がする。ネネの攻撃は、文字通り手加減を知らないので盾役のルカは大変だけど。敵のHPはいい感じに削れて来て、もうすぐ半分になる所。
猪の攻撃も手加減を知らず、牙と蹄の通常攻撃は結構なダメージを与えて来る。獅子の盾も思わず愚痴るほど、そのパワーは侮れない。しかも体力半減からのハイパー化で、猪NMの大暴れに。
牙の乱舞で、前衛全員が吹き飛ばされる破目に。
大慌てなのはみんな一緒、特に祥果さんの安全を心配するルカとアンリは、顔面蒼白になってしまう事態だ。祥果さんの面前まで吹き飛ばされたルカは、クラクラする視界を何とか立て直す。
慌てているのは祥果さんも同様で、吹き飛んだ子供達を見てオロオロするばかり。そこにようやく木霊NMを倒した、央佳とメイが駆け付けて来る。
そして戦闘参加している祥果さんを見て、やっぱり大慌ての様子。
「祥ちゃん、危ないってば……!! NM相手はまだ早いよ、コイツ等どんな特殊技を持ってるか分からないんだから!!」
「でっ、でも……子供達が危ない事になってるし、私も手助けしないと」
一番危ないのは、戦闘経験が物凄く希薄な祥果さんその人だ。ちなみにレベルも一番低いし、体力も少ないので特殊技に巻き込まれると大ピンチなのだ。
それを良く分かっているルカとアンリは、敵のハイパー化にめげずに再び取りつく構え。アンリは素早く《暗黒魔霧》で、敵のチャージ技を封じて。
更には《魔騎召喚》からのWチャージ、本気モードに移行する。
その隣には、やはりかなり怒った様子のルカが再び張り付いて来た。どうやら父親の前で恥をかかされた事実に、かなりご立腹な様子。
ネネはどうやら、祥果さんに捕獲された様子。それもアリだ、これで2人は安全圏へと下がってくれる筈。充分に削りの役目を果たしてくれた、後は姉2人の役目だ。
気合を入れ直して、ルカとアンリは再度猪NMと対峙する。
最後の削りには、メイも参加したけれど。央佳が参入するまでも無く、姉妹で何とか倒し切る事に成功して。見守る立場の央佳も、ホッと胸を撫で下ろす。
成功体験は大事である、自分が手を貸せばいつまでも半人前。子育てって難しい、同時に親も育つ必要があるから。とにかく良かった、場にも和やかな空気が戻って来る。
ドロップ品を回収するメイはともかく、他の子は央佳の元に集まって来る。
「……こんな事もあるから、フィールドでは気を抜いちゃダメだぞ、みんな?」
「「は~~い」」
「私も反省します、ゴメンなさい」
言葉通りに反省顔の祥果さん、その雰囲気をぶち壊すように、明るい声でドロップ品を喜ぶメイの報告。この子は家族のムードメーカーだ、良くも悪くもいないと困る。
今回も金のメダルを始め、風や炎の術書や猪の呼び鈴、高級毛皮や合成素材各種、変な装備品とポーション類が少し。大当たりこそ無かったが、結構な数のドロップだ。
それを良しとして、央佳は家族を引き連れて安全なキャンプ地へ。
ネネだけは未だに興奮していて、やっつけたよを連呼している。この先の事を考えると、この幼女の戦闘能力も当てにしないといけなくなる筈。
何にせよ、ネネも立派な家族の一員なのだ。皆がダンジョンに潜っている間、置いてけぼりなど出来る筈もない。それを踏まえて、央佳は頑張ったなと褒めてやると。
大威張り絶頂の四女、鼻息も荒く頬を紅潮させている。
――今後の姉妹の舵取りに悩みつつ、まぁ何とかなるかと軽く考える央佳だった。




