騒ぎの後、行動の時
さてさて、賑やかな上に様々な情報の行き交った、宴会と言う名の親睦会を終え。家族はそのまま、ギルド館の一室に一泊して爽やかな朝を迎えて。
驚いたのは、央佳に二日酔いの類いが全く窺えなかった事だろうか。央佳は酒の類いが強く無くて、そのせいなのか次の日の体調も良かった試しがない。
それなのにこの結果だ、こちらの酒は余程良質なのか?
それともこちらの世界の身体のせいだろうか、考えても埒はないけれど。領主の館の小奇麗な前庭を、子供達と朝の散策をするのには程良いコンディション。
それを幸せに思いつつ、さてさて今日からやる事は目白押しだ。
「ルカ、そこの花壇に沢山咲いてる花を、少し頂戴しようか? 朝食のテーブルに飾ろう、祥ちゃんが喜びそうだから」
「はーい……あっ、このハサミで切ればいいんですね?」
前庭には専属の庭師がいて、何とそいつはコボルトだった。人間の子供サイズの犬型獣人で、フィールドでは滅多に見られない。その代わり、人間とは仲の良いと言う設定らしく。
こうして使用人として見掛ける事も珍しくない、何とも愛嬌のある連中である。その1匹が近付いて来て、ルカにハサミを渡してくれたのだった。
長女はお礼を言ってハサミを返し、手には花束を持って幸せそう。
それを見ていたアンリが、母親の為にもう少し花束を豪勢にしたいと思ったのだろう。央佳にねだりながら、これもこれもとどんどん花の種類を増やして行く。
実際、前庭の花は収穫しても後からどんどん増えて行く訳だし。店売りも可能な、一種の素材アイテム扱いなのだ。こうやって愛でて使用ももちろん可、央佳は程々に頷きを返す。
それでもあっという間に、ルカの持つ花束は豪奢になって行き。
「アンリ、もうそれ位で良い事にしてよ。きりが無いじゃないの、本当に……」
「……わかった」
ルカの苦言に、三女は渋々承諾の構え。半分こにしながら、二人でそれぞれ収穫した得物を愛でている。ネネはずっと父親の腕の中、メイは遠くまで駆けて行って戻っての繰り返し。
全く、本当に個性豊かな姉妹である。
朝食は、有り合わせにしては本当に品数も多くて美味しかった。祥果さんの説明では、館の領地で収穫した物を使わせて貰ったらしいのだが。
麦飯のとろろご飯なんて初めて食べた央佳だが、何とも美味しくてびっくり。そのレシピだが、祥果さんはどうやら住み込みの使用人に教わったらしい。
いつの間にか仲良くなっていたみたい、侮れないスキルだ。
「……ご馳走様、祥ちゃん。このお茶も、何か変わってて美味しいねぇ?」
「柿の葉っぱのお茶なんだって、ここら辺じゃ普通らしいよ? 子供達には渋いかしら?」
「私は美味しいと思うけど……メイもアンリも駄目みたいですね。この子達は、まだ子供舌だから」
お姉さんっぽい口調のルカに、メイは渋い顔て抗議を始めるけれど。舌に合わないのは本当のようで、その顔には苦味のせいで変な皺が寄っている。
アンリも同じく、一口で潔く止めてしまった。その代わりコップに水を注いで、口中の苦味を洗い流しいてる様子。その顔は変わらず無表情、見ていて面白い。
ネネに限っては、口すらつけていないけど。
他の食事は皆が気に入ったようで、テーブルの料理は綺麗に片付いてしまっていた。これには祥果さんも大喜び、ここで獲れる収穫物に興味津々の様子。
買い取りは可能なのかと、央佳に尋ねて来るけれど。既に祥果さんは、ギルドの一員である。館の管理役の鳳鳴に頼み込めば、幾らでも売って貰える筈だ。
実際、そんな感じで合成人やら金策やらで庭や土地を使用している者もいる。
朝の家族会議では、この後何をするかの案が幾つか浮上していた。館をもっと見て回りたいとの意見はルカから、王都で買い物をしたいとの意見はメイから。
央佳としては、もう少し建設的に時間を使いたいところ。何しろ本当に、やる事が片手の指からはみ出る程度には存在するのだ。例えばアンリの装備を揃えるとか、皆の後付けジョブの選定をするとか。
しかもフィールドに出る際には、今日からギルメンの護衛が付いてくれる訳で。
だから予定は、なるべくきっちり立てておきたい所。でないとギルメンに、無駄足を踏ませてしまう可能性も。幾ら親しい間柄と言っても、礼節はきっちりとしておきたい央佳。
そんな思惑も含めて、午前中は央佳チームと祥果さんチームで別れて行動する事に。祥果さんチームは、買い物と散策に時間を使うとの事で。
央佳はアンリを伴って、装備を買いに出掛ける事に。
ところが予定は、のっけから躓きを見せる事に。肝心のアンリの、立ち位置が思い切り曖昧なのだ。三女の『魔』属性種族は、前衛も後衛もこなせる万能ステータス振り。
央佳の家族パーティ的には、どちらかと言えば前衛が不足気味だろうか。ネネを前衛に引っ張り出すときは、これはもう本当に切羽詰まったピンチ時に限られるので。
それ以外だと、央佳とルカの2トップしかいない訳だから。
「アンリ、お前はどっちが好きなんだ……前で戦うのと、後ろで戦うの」
「……同じ位?」
小首を傾げながら、アンリの呑気な返事。この子はあまり積極的に動く事は無いが、戦闘自体は嫌いではない様子。普段は後衛での魔法支援なので、今後もそんな感じで育てて行けば良いとも思うのだが。
本人の資質と好き嫌い、どちらに重きを置くのかと言う遣り取りはこの際脇に置いといて。本人の意思はどちらもニュートラル、つまりは実質央佳の采配に委ねられている訳か。
困った央佳は、禁断の質問をアンリに向ける。
「それじゃあ、アンリ……父ちゃんと祥果さん、どっちが好きだ?」
「…………!!!」
その質問を聞いた瞬間、アンリはダラダラと額に変な汗を掻き始めた。いつもの無表情は影を潜め、隠そうとして隠し切れない焦燥がありありと窺える。
ここに来て央佳は、ようやく失言に至ったとの考えに行き当たった。これではまるで、離婚した両親のどちらについて行くかを、子供自身に選ばせる親みたいではないか。
祥果さんが見ていたら、確実に叱責モノである。
もちろん、アンリはどちらも選べなかった。それについてはひたすら謝る央佳、父親の威厳など完全に放棄して。一緒に考えようかの言葉に、ようやく素直に頷きを貰い。
ホッと胸を撫で下ろし、仲直りの印に三女を抱き上げて競売をうろつき始める央佳。ネネよりは幾分育っているものの、そんなに重くは感じない。
アンリはあちこち指差して、ご機嫌に高い眺めを堪能している様子。
「なんだ、仲良しなんだな……まるで本当の親子みたいだ、NPCとそんなに仲良く出来るモノなのか?」
「うん……? あっ、アンタは確か……」
不意に話し掛けられた央佳、驚き振り返ってその人物を窺うと。同じく少女NPCを従えた、光種族の戦士が立っていた。有名人だ、央佳と同じく限定イベントの覇者として名高い。
名前は確か“凱旋”の 李沙華と言っただろうか。女性プレーヤーの第一人者で、限定イベントの勝利で更に名声が上がったキャラである。
従えるNPCも同じく有名、“閃光の戦槍”コンビとして知れ渡っている。
つまりはこの有名人も、両手槍の使い手な訳なのだが。それを思い出して、央佳の脳裏に閃くモノが。そう言えば、倉庫に仕舞ってあった、特殊な能力の武器があったっけ。
自分の使わない余った武器は、大抵はギルド所有の倉庫に寄付する央佳なのだが。この武器だけは余りに性能が良かったので、手元に置いて寝かしておいたのだった。
……今は差し押さえで、取り出せないけどネ。
「あれっ、そう言えば話すのは初めてだったかな? これは失礼した、私は『イマジンBK』ってギルド所属の李沙華と言うのだけれど……せっかく限定イベントで貰ったこの子なんだが、イマイチ勝手にしか動いてくれなくてさ。何か方策があれば、教えてくれないかい?」
「ああ……俺は『発気揚々』所属の桜花、この子はアンリって言うんだけど。信頼度を上げて行けば、自然とカスタムとか指示とか出来るようになるんじゃないかな? 具体的には300くらいかな、俺の時はそうだったけど」
「へえぇっ、なるほどぉ……そうやってコミュニケーションするのが、やっぱ一番なのか! さすが先輩、先駆者の意見はやっぱり違うな……!」
いやいやそんなと、謙遜する央佳。長話になるのかなと、アンリを地面に降ろして改めて会釈する。アンリは李沙華の奥に立つ少女に、どうやら興味を示している様子。
近付いて行って、何やら興味深気に話し掛けている。
李沙華の連れているNPCは、初めから槍装備のアマゾネスタイプだったらしい。なかなか勇ましい格好だが、やはり可愛らしさも浮きだっている。
こう言う装備って、アンリに似合うかなと心中で央佳の葛藤。光種族の李沙華は、こちらの悩みに関係なく苦労話をぶちまけている。央佳と同じく、子供NPCに苦労しているらしい。
さもありなんと、先輩保護者の央佳の内心。
その後も何だかんだと話は弾み、その後ろでアンリも少女と小声で話し込んでいた様子。その内李沙華は気が済んだのか、フレ登録を催促してそれじゃまたねと去って行った。
しばらくして我に返った央佳だが、何一つ事態は進展していない事に気付いてショックを受けたりして。やる事リストの次は、街の冒険者ギルドで後付けジョブの選定だ。
買い物の終わった祥果さん達と、そこで合流する予定なので。
時間が無いと、急いで娘の防具合わせを始める央佳。取り敢えず革製のベストと編み上げブーツを装着させると、途端に勇ましい印象が加わって来た。
基本は白いワンピースに合わせているので、防御は全然高そうには見えないけれど。術者ベースなので、多少の犠牲は仕方が無い。どっちみちアンリの戦法は、影騎士の召喚がベースなのだし。
最後に購入した両手槍を持たせて、簡易アマゾネスの出来上がり。
この両手槍も少し変わってて、知力とMPにボーナスが付いている。大柄で無い分攻撃力も高くは無いが、連続で振り回すには便利である。元々アンリは、腕力はそんなに高くないのだ。
それでも新しく与えられた玩具を、アンリは気に入った様子。ブンブン振り回しては、石突で地面をノックしている。それから父親に、早速使ってみたいと催促の言葉。
それじゃあ家族に合流しようと、央佳は三女をエスコート。
王都ロートンの冒険者ギルドは、下層のほぼ中央部に位置していた。大きな建物なので、迷う事は無い。急ぎ足で辿り着くと、祥果さんチームは既に入り口で待っていた。
報告を聞くと、どうやら買い物の結果は上々だったらしい。“水と氷の街”ソルで、神様に頂いた水と氷の宝玉6個ずつ。4つまでは祥果さんが使用して、後衛用の魔法を覚えたのだったけれど。
1個ずつを売ってしまって、今回の買い物の軍資金にした訳だ。1個ずつ余ってしまうのは、一応予備に取っておく事に。そして買い物の内容は、日常の細々としたものや、キャンプ用にセット可能な家具類、更にはギルド館に借りた私室に置く家具類などなど。
それから子供達用の、洋服も数点購入したらしい。
家具などの大物は、値段は張るがこの世界では持ち運びはずっと便利だ。何故なら鞄に収納可能だから、買ったその日に持って帰れると言う寸法だ。
キャンプ用の家具は、この前の失敗を踏まえて央佳が注文した物だった。つまりは野外で宿泊する場合に至った時など、以前のキャンプ地はそれに対応出来ていなかったのだ。
飽くまで休憩用で、宿泊機能は備わっていなかった訳だ。
それを踏まえて、今後は怪しい宿泊場に泊まらなくても済むようになった央佳家族。盛大な買い物で物欲を満たした祥果さん、物凄くスッキリした表情になっている。
合流したアンリの姿を眺めて、ひとしきり褒め称えるのも忘れずに。褒められるとデレる三女は、恥ずかしがる顔を見せたくないのか、祥果さんに抱き付いている。
加護を返してから、増々甘えん坊になって来た感のあるアンリだったり。
そんな家庭内事情はさておき、肝心の後付けジョブの申請を受付け譲に頼んだところ。何と、まさかの受諾拒否。子供達は“冒険者”と認められていないらしい。
この言葉には憤然とする央佳だったが、そう言えば思い当たる現象もチラホラと思い浮かぶ。例えば子供達だけではパーティを組めないとか、クエは受けれてもクリアは出来ないとか。
考えてみれば、全て腑に落ちる事柄ばかり。
「央ちゃん、何とかならないの……?」
「うん、いや……おっと、クエストが発生したみたい。冒険者登録テストだってさ、この付近のモンスターのドロップ品を、3つずつ集めて持って来いって内容らしいよ?」
「私とアンリは、それで冒険者の登録は可能になるんですね、お父さん?」
その通りだと、央佳は気楽に安請け合い。そうすれば、後付けジョブの交換も可能になって、もっと強くなれる筈。ついでに祥果さん共々、ワープ拠点を通してしまえば尚良い。
つまりはフィールドに出掛けての戦闘だ、央佳はギルメンに通話でその旨を伝えると。数分と経たず、護衛役を快く引き受けてくれたメンバーが到着した。
今日は夜多架と、変にやる気な朱連が来てくれるそうで。
フィールドは荒れ果てた大地、つまりは荒野がずっと奥まで続いていた。ここに生息する2足歩行の爬虫類の落とすアイテムが、クエのクリアに必要みたいで。
少し奥の枯れた渓谷には、蛮族の集落も存在している。他の者に退治されていなければ、ついでにそこも叩く予定。子供達にそう言い含めて、そして解散の合図。
決して央佳の視界から消えない様に、少しずつ渓谷に移動しながらの狩りだ。
この辺りのモンスターは、最初の街の周囲の奴らよりずっと上だ。平均が50前後なので、祥果さんから見れば適正なレベルかも。だから祥果さんを中心にパーティを組んでの、レベル上げも兼ねる事も可能みたいで。
子供達は相談して、メイを起点にしての乱獲を取り止めている様子。その手法を取れば手っ取り早くて楽ではあるが、この前一緒に塔に入って思い知ったのだろう。
つまりは、役割分担の大切さと面白さを。
子供達+祥果さんのパーティは、アンリの魔法での釣りから始まった。これで既に3割がた敵の体力は削られているのだが、そこは気にせずルカの横入り盾スキルでの挑発キープ。
盾のキープが安定したら、アンリも新調したばかりの両手槍で攻撃に加わる。祥果さんとメイは後衛役で、前衛陣を支えている。ってか、メイが祥果さんの舵取りに専念している。
ネネはその隣で、石積みをして遊んでいる。
「……敵をやっつけるのに、こんなに時間が掛かるなんて。何だかショック……」
「仕方が無いでしょ、アンリ。これが普通なんだって、お父さんも言ってたじゃない。武器は使い込んで熟練度を上げて、スキルポイントを振り込んで強くして行くしかないの!」
「……でもこんなんじゃ、祥ちゃんを護れない……」
先程ちょっと先行して、影騎士を召喚したり魔法を使ったりして、ソロでひとしきり戦ってみた所。以前の強さを失って、アンリは精神的にダメージを受けていた様子。同じく加護を返した仲間の長女に、さっきから愚痴をこぼしている。
同じ辛酸を舐めた経験を持つルカは、お姉さんらしく三女を諭すのだが。確かに姉妹の戦力ダウンは、護衛としての立場上不味いのは変わりない。
……何しろ、四女はあんなんだし。
「祥ちゃんは私が護るから、2人共頑張って早く強くなってよ? ……全く、パパに際限なく甘えて、後先考えてないんだから。加護を返すイベントあるの、分かってたでしょうに……少しは、バランスってものを考えて欲しいわね」
「何よメイ、あんた自分だけ思慮深い振りしようとして! 甘え下手な性格なのは、そっちのせいじゃないのよっ!!」
『まぁまぁ、少し落ち着いて……そんなに精神を昂ぶらせては、立派な盾役とは言えないね。姉妹喧嘩は程々に、怒りは全て敵にぶつけたまえ』
「……喋る盾って、確かにウザい……」
アンリの呟きに、全員がルカの持つ盾に視線を集める。確かにその通り、喋っているのは獅子の盾である。そのお陰と言うか、いつもの姉妹喧嘩は早々に収束した模様。
メイが考えて姉妹の戦力バランスを保っていたのかは定かでは無いが、今の現状が不味いのは確か。その見解は、祥果さんとネネを除く、全員が共有する事実ではある。
その対処法として、一行はパーティでの強さを求める事にしたのだが。
先程から盾はうるさいし、ネネはあんなだしで思うように行っていない気が。結局は祥果さんにも頑張って貰う他無いとの結論で、メイが先程から戦闘指南に励んでいる所である。
争うのが嫌いな上、運動全般が極端に苦手な祥果さん。最初は上手く対応出来ていなかったのだけれど。自分がしくじれば、子供達がピンチに陥ると悟ってからは。
物凄い頑張り様で、これには姉妹の評価も改まる勢い。
「そうそう、段々と上手になって来たよ、祥ちゃん……! 魔法は元々、リキャストって言って、次に唱えるまでの時間が掛かる仕組みなんだから。その時間で、次に何するか考えればいいんだよ!」
「そっ、そうだよね……変に慌てるから駄目なんだ。ルカちゃんは殴られ役で、もっと大変なんだもんね……私も頑張るよ、他の魔法も使えるようにする!!」
『うむっ、回復役のしっかりしているパーティは、安定感が違いますからね……レディ、我が主の為に更なる精進を期待しますぞ?』
「……ルカ姉、その盾そこら辺に捨てて来ようか……?」
喋り過ぎる新参者に業を煮やしたのか、アンリが行動に打って出ようと長女に提案する。ルカは半笑い、扱いに困っているのもその表情から見て取れるけど。
それを制したのは、母親役の祥果さんだった。年長者の言う事は、無碍にしてはいけません。例え煩く感じても、いつかは役に立つ時も来るのだから、と。
何より父親の友達から、親切心で貰ったモノではないか。
その言葉を聞いて、アンリも素直に反省した様子。盾に向かってゴメンナサイと、頭を下げて謝罪する。獅子の盾は左程の感慨も見せず、それを快く了承した。
実際性能は凄く良いんだよと、使用者のルカの代弁に。一つくらいは良い事無いとねと、メイの呟くような同意。とにかくそんな訳で、家族に受け入れられた獅子の盾は居場所を手に入れたっぽい。
姉妹と祥果さんと、それから獅子の盾の狩りの練習は続く。
一方、その後方に護衛役の央佳チーム。緩やかなペースの狩りパーティに少し遅れて、央佳とそのギルド仲間が話をしながらついて行っている。
もちろん周囲は気にしているが、それほど大きな遮蔽物も存在しない荒野である。待ち伏せの類いも出来ようも無く、自然と気も緩んでしまうのは致し方が無い。
始終気を張る必要は見当たらず、呑気な雰囲気が漂っている。
「……思ったより平和だな、すぐにでも襲われて戦闘になるかもって、気合い入れて来たのに。奴には恨みがあるから、ノシ付けて返してやりたいんだよなぁ!」
「何だ、やけに張り切ってると思ってたら、襲われるの期待してたのかよ? “因業”は慎重なタイプだから、護衛を見掛けたら来ないと思うぞ?」
「ですねぇ……でも桜花さんが狙われてるのは、全く持って不思議では無いですよ。奴に土をつけた冒険者は極端に少ないし、子供NPCを4人も連れてるなんて異常ですもん」
異常とまで言われてしまった、こっちはそれなりに苦労や言い分もあるのに。宿場町での襲撃のあらましは、酔いから覚めた後にギルメンに詳しく報告済みである。
それから、最初の街での襲撃の事も。この数日で幾度もPKの標的になっている事実と、その対策と。央佳も結構、最近は犯罪者対策に詳しくなってしまっていた。
全く、良い事なのか悪い傾向なのか。
そこから得た情報の1つに、PK失敗時の隠れ規則と言うのがあって。つまり返り討ちにあった連中は、暫くの間(だいたい1週間程度)そのエリアに入れないらしいのだ。
これは大きなペナルティで、その分そのエリアの安全は跳ね上がりもする訳だが。こんな頻度の高いエリアで襲撃失敗など、相手もリスクは大き過ぎると思うのも確かで。
そんな訳で、夜多架はこのエリアは比較的安全だと予想しているっぽい。
「まぁ、そうは言っても子供NPCの誘拐は凄く美味しい商売らしいですからねぇ……。物凄く高値で取り引きされるらしいですよ、下手したら5千万とか1億とか」
「うへえっ、じゃあ……桜花は下手したら、4億いつも連れ歩いてるって訳か……!!」
「…………マジか」
しばし絶句の央佳、そんな事になっていたとはつゆ知らず。そこに通信が入って、暇だからギルマスのマオウも護衛に合流するとのコメントが。
新種族ミッションはどうしたのと、朱連の軽口を適当にいなして。フットワークの軽いマオウは、新種の騎乗トカゲに乗って颯爽と登場を果たす。
どうやら個別に、桜花に伝言があるらしい。
それは良いとして、央佳は未だにショックから抜け出せていない様子。それはまぁ、当然と言えば当然だ。下手をすれば、これからの行動に支障が出る程度には焦る新情報なのだ。
その辺の事情を詳しく聞こうと、央佳は夜多架をせっついてみる。彼の持っている知識によると、子供NPCを獲得するには幾通りか方法があるみたいで。
一番知られているのは、そのNPCを倒して服従させる、もしくは薬で主従関係のリセットに及ぶ方法らしい。これは親もしくは主人がインしていない間が狙い目だ。
次にポピュラーなのが、主従一緒の時にマスター役を倒してしまう方法。そうすると主を失ったNPCは、一時的にではあるが無力化してしまうらしい。
その時を狙って、攫ってしまうみたいだ。
「ルマジュの連れてたNPCの入手方法は分からないけど、まぁ真っ当な手段じゃないだろうな。ところで奴って、手下とかいるのかな?」
「闇ギルドの中じゃあ、恐らく実力は相当上なんだとは思いますけど。向こうにも大小のギルドが乱立してるから、何とも言えないですねぇ……」
確かに複数で来られたら厄介だ。って言うか、自分がやられても娘達は攫われてしまうらしい。これは結構なプレッシャー、少し対抗策を練っておいた方が良いかも。
今はこんな境遇なので、子供達だけが狙われるシチュエーションは滅多に起きない筈。祥果さんの事もあるし、本当にギルメンに頼る事にして良かった。
今後も、なるべくフィールドでの個人活動は控えた方が良さそうだ。
こちらの話が一段落ついた所で、ギルマスのマオウが央佳に話し掛けて来た。どうやら噂の新種族ミッション仲間に、橋渡しをして欲しいらしい。
彼としては、ちゃんとした契約を彼女達と交わしたいみたいで。つまりは桜花と言う優秀なキャラを貸し出す代わりに、ミッションのヒント的なモノを得たいと言う目論見が。
優秀と称された央佳に、朱連が思い切り茶々を入れていたけど。
「……今インしてないから、メール送っておいたよ。返信来たら、マオたんに知らせるね」
「あんがと……正直向こうのエリア、極限までに煮詰まっちゃっててさぁ! 闇ギルドとの対立はもちろんだけど、ライバルギルドとも一触即発な雰囲気になっちゃってて。尽藻エリアの情報は、ひょっとしたらブラフかも知れないし。彼女達のヒント次第では、撤退も考えてるよ」
「確かにギスギスしてるよな、3か月以上も進展無しだもんなぁ」
マオウの落胆も朱連の相槌も、確かに分かる反応だ。ダンジョンの攻略に苦しんでいるならまだしも、まだその権利を取得してすらいない有り様なのだ。
尽藻エリアのギスギス感も、確かにこの条件が揃えばもっともだ。暗くなった雰囲気を逸らすように、夜多架がそう言えば限定イベントがもうすぐ始まりますねと話題を提供する。
知らなかった央佳は、それマジと思わず聞き返す。
マジらしかった、イン前のインフォを最近見てないので、央佳はそっち系の情報に疎いのだ。今回は軽いイベントらしく、たった5日の短期開催らしい。
それなら気張って待つ必要もない、ギルドで協力と言う規模でも無いらしいし。子供達は喜ぶかもだが、内容は果たしてどんな仕様なのだろうか?
イン前のインフォを直に見れれば、内容もはっきりするのだが。
そこまで考えて、リアル世界に思いが至った央佳。そう言えば、以前マオウに携帯での連絡を頼んだ事があったっけ。その結果を、聞くのを忘れていた。
こちらと向こうの時間の進み具合の違いは不明だが、確実に同じでは無い事は確かだ。自分の現在の境遇を説明するのを、とっくの昔に諦めている央佳。
今は逆に、変人扱いされない様に隠している次第である。
「そう言えばマオたん、前に頼んだ携帯で連絡入れてくれってお願い、やってくれた?」
「んあ?」
何気ない一言のつもりだったが、マオウは物凄く意外そうな顔。朱連と夜多架は限定イベントの詳細について、どんな感じかを予想し合っている所。
マオウの反応に、央佳は何となく嫌な感じに襲われる。
「何言ってるの、桜花。お前さん、ちゃんと携帯に出て、何でもないって話をしたじゃん」




