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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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初の家族パーティですよ?



 昨夜の事があっただけに、この宿場町を離れるのは清々する……とまでは言わないが、まぁ似たような心情だ。朝食とその後の家族会議もそこそこに、一行は馬車の人となる。

 因縁を追い払うように馬車はひた走る。しばらくすると、景色は次のエリアへと変化を見せ。何となく、御者台の央佳はホッとした思いに捉われるのだが。

 気分転換もそこそこに、何とも異様な景色に遭遇。


「どうしたの、パパ……うわっ、何か集団が通り過ぎて行ってる!」

「本当だー、獣人だね……旗を持ってるし、拠点分けの群れかな?」

「あー、獣人や蛮族は群れが増えたらそんな事するって、昔に聞いた事があるような……」


 つまりはそうらしい、獣人の群れ分けだ。滅多に見れないのは、冒険者がこまめに獣人の拠点を潰して回るからだ。この初期大陸は、Eクラスの新米が多いせいか獣人の退治率が低いのかも知れない。

 獣人は鳥顔で、変わった衣装の奴らが多かった。大型の猛禽類タイプや、ペットの鳥類なども群れの中に点在している。こちらに気付いている、ライダータイプも中にはいて。

 駝鳥みたいな大型の鳥に騎乗している獣人が、こちらの馬車を遠巻きに周回している。『魔除けのランタン』が無ければ、とっくに襲われていただろうけれど。

 馬車の速度では、逃げ切る事も叶わなかった筈。


「アンリちゃんが、集団に遭遇するってさっき言ってたの、この事だったのねぇ? なんだかすごい迫力……大丈夫、襲われたりしない、央ちゃん?」

「NM混じってるけど、レベルは精々が40くらいだから襲われても平気だよ。……あ、いやいや俺は平気でも祥ちゃんは不味いよな」

「じゃあ退治してこようか? 私とアンちゃんで、範囲魔法ぶっ放して来るよ!」


 確かにメイとアンリのコンビなら、何も心配ないだろう。何より向こうの大群移動は、こっちの邪魔でしかない。しかも先程からガン垂れて来る、獣人たちには軽い苛立ち。

 ついでだからと祥果さんを中心にパーティを組んで、経験値を頂く事に。街の周辺でレベル上げするより、ずっと多い経験値が入るのは間違いあるまい。

 そんな訳で、獣人集団の挑発に乗る事に。


「お姉ちゃん、あのでっかいのと戦って来ていいよ? 新しい装備をお披露目したいんでしょ、パパに見て貰えばいいよ!」

「えっ、いいの? じゃあお言葉に甘えて……アンリもそれでいい?」

「……いいよ、露払いしてあげる」


 こういう時の姉妹は、何故か仲が良い。メイとアンリの協力を取り付けて、新装備のルカはやる気満々。ネネも出動しそうになるのを、央佳はさり気無く捕獲して制止。

 愚連隊よろしく威勢だけは良い獣人集団の、勢いが勝っていたのは最初の数秒だけ。あっという間に未知の火力に晒されて、雑兵たちは木端微塵の憂き目に。

 そこに駆け込む龍娘の勇士、お姉ちゃん頑張れと妹達の声援が飛ぶ。


 一応央佳もスタン張っていたが、危ない戦闘模様にはほどんどならず。NMの大物を片付けた後に、音楽が変わって獣人の王様の登場と相成ったのだが。

 側近をアンリの召喚した黒騎士に任せて、今度は派手な装備の王様と斬り結ぶルカ。メイなどは、その隣で呑気にドロップ品を収集して廻っている。

 気が付けば、雑魚は全ていなくなっていた。


 娘の勇士を眺めながら、いつしか央佳は奥さんと並んで声援を送っていた。まるで運動会とか劇の父兄参観のノリだ、あながち間違ってはいないけど。

 抱きかかえられていたネネも、大声で姉を応援している。その甲斐あってか、ほぼ無傷での勝利を勝ち取るルカ。ちゃんとスキルも使えていたし、文句の無い戦闘振りだった。

 家族の喜ぶ声に混じって、宝箱の出現の音楽。


 その回収をメイに任せて、央佳は祥果さんのレベルの確認。このわずかな間の戦闘だけで、50を超えてしまっていたのには驚きだ。子供達も、だいたい60前後に上がっていて。

 一番高いのは、アンリの76だけど。何にしろ道は拓けた、さあ旅の続きだ。


 とんだボーナスステージの遭遇だったが、王都には昼過ぎには余裕で到着する予定。急ぐでも無く、央佳は馬車の手綱を握ってのんびりムード。

 お昼は王都で食べればいいし、それまでは今度こそノンストップだ。御者台の隣には、今回はメイが上機嫌で座っている。先ほど回収した戦利品の、報告をするとの名目で。

 口にする大半が売るしかない粗品だが、中には良品もボチボチ。


「鳥の獣人は、風の術書を落とすんだねぇ……これはパパが使うとしてぇ、武器もちょっといいの落としたけど、誰も使えないから売るとしてぇ」

「目玉は王様とNMの落とした、指南書と金のメダルと卵の呼び水かな? こらこら、水晶玉は武器なんだからそれで遊ぶんじゃありません、メイ」

「ミッションポイントと、それからハンターポイントも入ったよ、パパ。お金は祥ちゃんに渡しておくのでいい?」

「いいよ、ポーションとかエーテルとか、薬の類いは全部父ちゃんが預かっておくよ」


 ポーションはHPを、エーテルはMPを回復する薬だ。バーチャル仕様のこのゲーム、戦闘中には著しく使いにくくなってしまっているけど。手軽に回復出来るアイテムなので、未だに人気は高い消耗品ではある。

 術書は各属性のが存在して、宝玉と違って1PしかスキルPは上昇しない。それでも塵も積もればで、皆が欲しがるアイテムだ。売れば軽く10万以上するし、値崩れもしにくい。

 指南書は任意の武器スキルを2P上昇してくれる、これも人気のアイテムだ。


 呼び水とはトリガーの事で、所定のポイントに放り込めばNMが湧いてくれる。NMはドロップ品が優秀なのだが、そこら辺を常にうろついている訳では無い。

 遭遇するのには運が必要で、冒険者は張り込んだり情報を入手したり奪い合ったりと涙ぐましい努力をする訳だ。その点トリガーNMは、必ず占有権を得られると言う優れモノ。

 ただし出現するNMは、強さもドロップもピンキリだったりする。


 金のメダルは、この初期大陸に流通する景品交換アイテムである。ドロップと違って、自分の好きなアイテムと交換出来るのでやっぱり人気は高い。

 ドロップ率も高いので、割とすぐに溜まりはするのだが。良品との交換は、やっぱり数が必要だったりするのは世の常だ。とにかくそんな感じで、初心冒険者には喜ばれるアイテム。

 ちなみに交換所は、王都ロートンにしか存在しない。



 そんな分配騒ぎが一件落着して、メイがそろそろ馬車の中に引っ込もうとしていた頃。一行の視界に、再び変なモノが飛び込んで来た。それを見て、子供達がまた騒ぎ始める。

 央佳はその正体を、もちろん知っていたし驚く程でも無かったが。ポッコリとした形の塔が、街道の側に突っ建っていたのだ。割とシュールな風景に、まぁ騒ぐ気持ちも分かるけど。

 この初期大陸では珍しいかも、つまりはNM塔である。


 メイが騒ぐのを聞いて、馬車内の子供達も騒ぎ始めてしまった。仕方なく馬車を停めて、興奮が収まるのを待つことに。確かにこんな田舎道に塔の図式は異様だけれど、そんなに嬉しがるような景色でも無いと思うのだが。

 挙句の果てには全員が馬車を飛び出して、塔の周りをぐるぐると廻り始め。何でこんなにテンション高いんだと、央佳夫婦は首を傾げるしかない。

 仕舞いには、祥果さんまで興味を持ち始め。


「いやいや祥ちゃん、コレは別にアトラクションでも遊園地でも何でもないから。入るのにお金は掛かるけど、中にいるのはモンスターなんだよ? クリア報酬にハンターPと、それから報酬も色々と貰える感じではあるけど」

「だって、子供達があんなに楽しそうにしてるんだよ? ちょっと引率して、中を見せてあげようよ?」


 いやいや、急にそんな事を言われても、危険に好んで飛び込む真似など賛成出来ない。一番危ないのは、装備も何も不完全な祥果さんなのだから。

 彼女だけ馬車でお留守番と言う手もあるけど、中に入れば2時間程度は拘束される訳で。街中ならともかく、幾ら馬車が安全と分かっていても、こんな場所に放置は精神衛生上よろしくない。

 そんな正当な理由も、祥果さんは大丈夫平気と一蹴する。


「……分かった、その代わりこっちの言う事は全部聞いて貰うからね? 祥ちゃんの安全は最大限に配慮するから、それに関して文句は言わないでね?」

「こっちも分かったわ、その条件でいいよ……子供たち~~、お父さんがみんなでこの建物に入ろうって!」


 その知らせを聞いて、子供達は大はしゃぎ。何がそんなに嬉しいのか、央佳には全く理解が出来ないけれど。とにかくこの家族パーティの目的は、塔のクリアでは無く安全な帰還にある。

 そんな訳で央佳はリーダーと言うより家長として、皆の装備とスキルのチェック。いざと言う時に混乱しないように、役割の分担と意思の統一は重要だ。

 何しろ混乱は伝染して、さらに厄介な事態を招く厄介者だから。


 そうならないために、慣れや事前のチェックは大切だ。さらに言えば、カリスマのある優秀なリーダーの存在も。カリスマはともかく、央佳は家族を護る気概だけは充分にある。

 まずは前衛だが、ここは央佳とルカの2トップで行く事に。ルカは経験こそ浅いが、有り余る体力と攻撃力は折り紙付きだ。隣にいれば、央佳が直接教える事も可能だし。

 盾スキルで頻繁に使う《ブロッキング》も習得してるし、素材は悪くない。


 中盤はやはり、祥果さんに入って貰おうと即決の央佳。ついでにネネを抱えて貰って、さらにすぐ近くにメイかアンリを配置して。余った片方に、後衛の見張りをして貰えば。

 そんなに急激に、祥果さんが手遅れの事態に陥る事はまずない筈だ。塔はダンジョン扱いなので、嫌らしい仕掛けやトラップが無い事もないが。

 そこは素直に、メイとアンリに頼るしかない。


 肝心の祥果さんだが、これでもステータス的には信じられない程の進化を見せていた。それも当然、何しろ痩せても枯れても50オーバーのレベルに至ってる訳で。

 スキルPと神様に貰った宝玉で、何と魔法も15近く習得していたりして。


 これでまるっきりの素人と言うのだから、何と言うか面白い。はっきり言って、央佳の甘やかし以外の何物でも無い気が。しかしやっぱり、素人の奥さんを戦いに引っ張り出すのは躊躇われるのも当然で。

 まさかこんな場面で、ダンジョンデビューさせる日が来るとは思わなかったが。子供に甘いのは、夫婦共々まるで一緒。テンションの高い姉妹に、1人ずつその役割を教え込み。

 その辺を徘徊するモンスター相手に、模擬戦闘までこなして準備する。


 これでも用意周到とまでは、到底言えないが。正直、子供達の素直な性格には救われる思い。これで問題児続出だと、とてもじゃないが央佳の手には負えない。

 素直さ一番手のルカは、嬉しさ全開アピールながらも締める所はきっちり心得ている様子。後ろには絶対に敵を通さないからねと、盾の役割をこなす所存をアピール。

 その役割の重要性を、特にメイに言い含めている様子。


 確かにメイの暴走は、最大の懸念には違いない。フィールドでの個人での狩りなら、その所業は全く問題は無いのだ。彼女の魔力は、自分の身を護る程度に強力だから。

 ただしパーティ戦では、タゲ取り役の所業が問題になって来る。もしメイなり他の後衛なりが、誤って敵のタゲを取って接近された場合。そこで暴れる敵をすぐ処理出来れば良いが、万一範囲攻撃など放たれては堪らない。

 装備の薄い後衛は、それだけで崩壊の危機に晒されるのだ。


 その辺のパーティ常識を、きっちりと子供達に教え諭し。さらには祥果さんにも、一応は回復役の立ち回り方を伝授して。心ひとつにを合言葉に、皆で気合いを入れ直し。

パーティは1つの生き物なのだ、誰かがエゴを出せば簡単にそれは崩壊してしまう。考えてみれば、これも良い教育の一環かも知れない。

勿論命懸けでする教育ではないし、せめて保険は掛けておくけど。


 自分中心では子供をパーティに迎えられない事が判明したので、祥果さんにリーダーになって貰って。丁度6人でパーティ枠が埋まると、子供達から歓声が湧き上がった。

 思い返してみたら、家族でパーティを組むのはどうやら初らしい。いつも行動を共にしていたので、央佳にはそんな感慨も無かったのだが。子供達は大喜びで、勇んで塔に突入して行く。

 塔に入ると、途端に雰囲気は変化を見せた。それから勝手に、レベル制限が各々に掛かる。ここはレベル40に揃えられるらしい、しかも強力なスキルは封じられる始末。

 結構なハンデだが、出て来るモンスターもそれに準じるのだから仕方が無い。


「祥ちゃん、コレ使って……『蘇生の札』って言うアイテムで、もしHPがゼロになっても身代わりになってくれるから」

「えっ、いいけど私だけ……? 他のみんなの分は?」

「これは使い捨てで高価だから、人数分は持ってないんだ。パーティ戦では、回復役が肝だからね。祥ちゃんがみんなを回復して護る、みんなは回復役の祥ちゃんを護る」

「そっ、そうなの……? でも……」

「……祥ちゃん、使って」


 夫婦での遣り取りに、後押ししてくれたのはアンリだった。自分だけという点で気が進まなそうな祥果さんに、有無を言わせぬ意外と強い口調。

 ちょっと驚き顔の祥果さんだったが、その奥に強い気遣いを感じ取ったのだろう。それともこの塔内では、全て央佳の指示に従うと言う約束を思い出したのか。

 大人しく、アンリの勧めに従ってアイテムを使用。


 そこからは、特に波乱も無く初のパーティ戦は順調に開幕を見せ。肝心の戦闘シーンも、危なげなく1層目はクリアに漕ぎ着ける。ルカも無難に、前衛の役割を果たし。

 問題だったのは、祥果さんだった。初のパーティ員で後衛役を言い渡され、それが彼女に混乱をもたらして。アンリが付きっきりで、指示を出す破目に。

 それでもやはり、攻撃魔法も加わるとパニック状態に。


 実際、後衛職は実はやる事が多い。戦い前にメンバーに強化魔法を掛けて、戦闘中は前衛のHPの管理。更に祥果さんは《幻水想花》と言うMPをオート回復させる魔法を持っているので、後衛のMP管理も出来れば念頭に入れたい。

 前衛に対する敵が多ければ、後半に攻撃魔法での追い込みも手伝うべきだし。もっと更に言えば、祥果さんは《震振打針》と言うスタン系の魔法を持っているので。敵が特殊技を使いそうになった時に、それを阻止する役目も担う事が可能だ。

 ゲームに不慣れな祥果さん、とても全部は面倒見切れない様子。


「ん~~、せっかく性能のいい魔法をたくさん持ってるのに、勿体無いなー。でもまぁ、仕方ないか……回復系だけ、まずは出来るようになっていこう?」

「わ、分かった……頑張ってみるよ、央ちゃん」

「タイミングは教えるから……祥ちゃん、頑張って」


 アンリの応援にも元気を貰い、祥果さんは取り敢えず気力だけはヤル気モードに。何しろ自信は全く無いのだ、ヤル気だけは前面に押し出して行かないと。

 ちなみに第1層の敵は、ゲンゴロウやアメンボ、オタマジャクシなどの水棲生物ばかり。恐らくこの塔の元のNMが、沼に潜んでいた生物なのだろう。

 塔の中身と出生は、そんな感じで関連があるのだ。


 そして1層の奥に控えていた中ボスの水カマキリは、何やらパーツのような物をドロップ。その奥には宝箱と2層への階段が。宝箱の中は、ポーション類と水の水晶玉が。

 宝箱の中身は、全部思いっ切り暇そうなネネの元へ。構う人がいないと、この四女は戦闘中でも父親の元へと寄って行ってしまうのだ。アイテムの贈与は、ある意味ご機嫌伺い的な。

 それに見事引っ掛かる、単純な幼女。


第2層は、そんな訳で色々と多少の軌道修正を交えつつ。メイがネネの手を取って、最後尾を行く事に。アンリは祥果さんのアシスト役に徹する事に、とにかく経験と自信を積ませる作戦である。

 2層の敵も、下と変わらぬ品揃え。ルカの敵捌きも、段々とこなれて来て安定を見せる。隣にいる父親から、直接指導を受けるメリットはとても大きいみたいだ。

 特に盾での敵対心溜めとスタン技での敵の邪魔は、なかなかのモノ。


「上手いぞ、ルカ。このカエルは魔法を使うから、今度はそれも交替で潰してみようか!」

「はいっ、お父さん!!」

「……祥ちゃん、回復は味方のHPが7割まで減ってからでいいからね? 先に、メイ姉にMP回復魔法を掛けてあげて……?」

「えっ、えっと……メイちゃんね、わ、分かった……!!」


 そして慌てながら、メイに《ヒール》の回復魔法を掛ける祥果さん。掛けられたメイはびっくり、その魔法じゃないよとアンリの控えめな突っ込み。

 後衛の苦労とは裏腹に、ルカの戦闘維持能力はどんどん成長を見せ。リンクしたオタマジャクシの群れを、冷静に《アースウォール》のブロック魔法で対処。

 生き生きと、敵と渡り合うその小さな雄姿。


 そんな訳で、第2層も滞りなくクリアと相成って。この層に出て来たカエル術師は、割と難敵だったが数自体は少なくて。ルカの戦闘の、良い練習台になった感も否めない。

 ここの中ボスも同じくカエル術師で、派手な範囲魔法を初っ端に喰らってしまったが。中盤からは前衛の交互のスタン潰しが上手く機能して、事無きを得て終了の運びへ。

 そして再度のドロップも、やはり同種類のパーツ。


 落ち込んでる祥果さんを慰めつつ、央佳は子供達に言い訳染みた弁論。祥果さんだって、苦手な事はあるんだぞと。その代わり、良い所だってたくさんあるんだから。

 それに肯定的な反応を示したのは、アンリただ一人。残りの姉妹は微妙で曖昧な態度を示すのみ。さらに落ち込む祥果さんだったが、そんな時間も与えられず。

 何しろこの塔、2時間制限があるので。


 それまでに制覇出来なかったら、攻略失敗で入場料金を無駄に失う事になる訳だ。そんな訳でそそくさと第3層へと向かう一行、出迎えるのはお馴染みの水棲生物。

 この層も、途中までは順調そのもの。前衛の安定感は進むごとに上昇を見せ、ほとんど支援もいらない程。元々央佳は、以前の“森羅”の二つ名の示す通り、何でも出来てしまう器用さを持つ冒険者なのだ。

 レベル制限で主要なスキルは封じられているとは言え、スタンや回復、盾役や削り役何でもござれの汎用キャラである。


 異変が起こったのは3層の中盤当たりから。どうやら、後衛を狙ったトラップを見落としてしまったらしい。いきなり天井から、大量の水ヒルが降って来て。

 それにたかられたメイとネネは大慌て、魔法で焼き払おうとするメイと、パニックで父親の元に駆け寄るネネ。その小さな背中には、見事に1匹の水ヒルがくっ付いている。

 ところが前衛は、手強い水カマキリとカエル術師のコンビで手一杯。四女に足元にタックルを喰らった央佳、バランスを崩して倒れそうに。見兼ねたアンリは、前衛のキープしている敵を焼き払いに掛かるけれど。

 ネネを救う者が、全くいないと言う有り様。


「――げっ、《幻突》っ……!!」

「びあっ……!?」


 このカオス状態を救ったのは、意外にも祥果さんだった。幻系の攻撃呪文の《幻突》で、元々HPの少ない水ヒルを一発で焼き払い、すかさず《ヒール》で失った体力の回復。

 半泣きのネネは、一瞬の出来事に身を竦めて固まったまま。そこをすかさず抱き上げて、何事も無かったかのように後衛の元の位置へと歩いて戻る。

 戻り掛けに目が合ったアンリは、少しだけ微笑んでいて。


 釣られて祥果さんも、思わず笑い顔に。周囲の敵はいつの間にか殲滅が終わっていて、戸惑い顔の央佳が事の顛末を目で伺って来る。それにはこっちは大丈夫と、やはり目での祥果さんの返答。

 抱きかかえられているネネは、何故かビックリ顔のまま。


 ここは触れない方が良いと判断した央佳は、そのままの勢いで3層の中ボスに突入。ここのボスは沼のギャング、タガメだった。結構な攻撃力も、盾でのガードと少し要領を得た祥果さんの回復魔法で、難なく撃破に至って。

 お馴染みとなったパーツと、宝箱から水の術書を得て第4層へ。この層が最終かと思ったら、どうやら更に奥があるらしい。ここは水が足首まで張ってあって、移動制限が微妙に嫌な感じ。しかも保護色で、近付く嫌な水ヒルの群れが混じって来て。

 本当に嫌な感じ、ネネは祥果さんから降りようとしない。


 アンリの火力も解禁となって、近付く敵の群れは木端微塵の憂き目に。安全優先で中ボスの前に辿り着き、堅そうな殻付きタニシも後衛の火力であっという間に焼き上がり。

 嫌らしいバブル攻撃も、ほとんど喰らわずに戦闘は終了して。そして残されたのは、最後の間への大きな扉。その脇の台座には明らかに鍵代わりの変な装置が。

 中央に大きな窪み、中ボスの落としたパーツが関係あるっぽい。


「ふうっ、ネネちゃん重い……」

「ネネ、さっき拾ってたパーツ、全部出してご覧?」


 腕力に限界が来て、祥果さんが装置の上に四女を降ろすと。扉を調べていた央佳が戻って来て、ネネに鍵となる筈の部品の提示を求めて来る。

 ネネはちゃんと全部持っていて、それがどうなるのかも理解している様子。4つに分かれたパーツをくっ付けようと、小さな頭脳と掌で四苦八苦し始める。

 隣から茶々を入れる姉達も、なかなか解答へと至らない様子。


「……パパ、これって4つが綺麗に嵌まるのって、無理なんじゃないかな? パズルに見せて、絶対くっ付かないパターンだよ!」

「んーー、でも扉に鍵穴も別の仕掛けも見当たらなかったぞ? 確かにこれ見よがしにヒントを出して、解答は全く別のパターンな仕掛けもあるけどなぁ……」

「ネネ、あんた力任せにすればいいってもんじゃ……ああっ、壊したっ! お父さんっ!!」


 子供にしては超絶パワーを秘めている四女が、やらかした報告をルカがした時には。既に手遅れとなっていたようで、手の平サイズのパーツはバラバラに。

 あーあと輪唱する姉たちの批難を受け、四女は既に半泣き状態。そこに祥果さんが助け舟を出し、手を怪我してないか調べ始める。そして見付ける、ミラクル新展開。

 何と壊れたパーツから、メダル状のアイテムが!!


 それを祥果さんから渡された央佳は、すぐにそれを差し込む投入口を探しに掛かる。それはネネの腰掛けている装置にあって、ネネのお尻の下に隠されていた。

 それを含めて、途端に褒められる立場に昇格した四女だったけど。喜びも束の間、時間がもう残り少ないぞと、最後の大ボスの間になだれ込む央佳パーティ。

 そこに待ち受けるのは、巨大サイズのザリガニだった。


 戦闘前に、祥果さんに防御魔法を掛け直して貰う央佳とルカ。コレ系の魔法は、大抵が30分しか効果が続かないのだ。パーティに残された時間は、正味15分程度。

 扉のパズルに手間取っていたら、正直クリアは難しかっただろう。


 大ボスだからと言って、今更戦闘に手こずる面々ではない。祥果さんのみ、ボス戦のテンポに戸惑ってはいたものの。回復のみの指定は、幾分彼女に余裕を与えたようで。

 アンリの声掛けの元、何とかトチらずに任務の遂行に成功して。そうなって来ると、パーティの安定感は一段増しに上がって来る訳で。前衛のHPは一度も危険区域に突入する事無く、大ボス戦も終了の運びに。

 そして皆で、達成の喜びに浸ること暫し。


「やったぁ、良かったねぇ……みんな頑張った、ネネちゃんもお手柄増えたし!」

「あれこそファインプレーだったな、良くやったぞー、ネネ!」


 両親から褒められて、完全に有頂天の四女。祥果さんはその後、他の子供達も均等に褒め称えて。宝箱を回収し終わったとのメイの報告を聞いて、塔の攻略は終了に。

 ボスを倒した後に出現した魔方陣に、みんなで足を踏み入れて。貰えたハンターPは少量だったけど、達成感は半端無いレベルだったように思う。

 ちなみに他の主だった報酬は、指南書と金のメダル2枚くらい。


 基本が3~4人用のダンジョンだったため、報酬や経験値は抑え目だったとは言え。なかなかのスリルと楽しさを味わえた一行は、満足そうに塔を振り返る。

 お日様はまだまだ天の真ん中あたり、絶好の行楽日和の中、馬車は再度の出発と相成って。御者台の央佳は、今度こそノンストップで王都ロートンを目指す。

 そろそろ景色も見慣れた感じに、舗装された街道も小洒落て来た。



 馬車内では、さっきから子供達の歌声が漏れ出ていた。祥果さんの指導は、かなり熱を帯びている模様。子供達もそれに応えて、熱心に楽しそうに歌っている。

その歌声がひと段落ついた頃、車内から再び声が掛かった。寄り道したせいで、とっくにお昼の時間は過ぎているとは言え。出掛ける時には昼食の準備も、大してしていなかった記憶がある央佳。

それでも育ち盛りの子供達だ、耐え切れなくなって催促されたのだろうか?


「央ちゃん、アンリちゃんが停まって欲しいって……その辺りに祠があるから、神様をお呼びする儀式が出来るかもって言ってるよ?」

「えっ、マジか……王都にも神殿はあった筈だけどなぁ。まぁいいか、了解」


 そんな訳で3度目の寄り道、人生って侭ならないなと央佳は思う。王都はもうすぐそこだと言うのに、馬車を道の端に寄せて祠なるモノを目で探す。

 確かにあった、田舎道で良く見掛ける、お地蔵様でも祭っていそうな小さな祠だ。アンリの話では、こんな場所でも神様と通信を取れるのだそうだが。

 半信半疑の央佳は、黙って三女のお手並みを拝見するのみ。


 祥果さんは、その点何の疑問も抱いて無さそうだ。アンリに言われるまま、祠の前にシートを引いて簡易お茶会のセッティングに励んでいる。

 こんな場所で、まさか神様とお茶会でも無いだろうに。それでもお湯を沸かすのを妻に頼まれると、嫌とは言えない央佳。『魔』の神様を迎える準備は、着々と進んで行く。

 他の姉妹は、ただお腹を空かして食事を楽しみに待っているだけな様子。


 アンリの祈りはむしろ簡素で、シートの端で待つ家族はその場の雰囲気も相まって。どうしても厳粛な気分になれず、揃ってまごまごしているしかない。

 三女の祈りは速攻で通じたようで、気付いたら同じシートの上に神様が着席していた。チョコ色の肌に白い髪は、アンリと全く一緒である。白いローブを纏っていて、こんな場所でも完全に寛いでいる様子。

 そんな神様に、いそいそとお茶の接待を始めるアンリ。


『はははっ、この大陸に入るのは一体いつ以来だろうな? 久しく逢えずにいたな、我が娘よ……そちらが新しき両親と、姉妹か。お初にお目に掛かる、一緒にお茶を楽しもう』

「……お茶会の好きな、私の神様です……」


 アンリの紹介は、思いっ切り簡素だったけれど。誰もその素性を疑う気持ちも持たず、だからこそ本物の神様とも言えた。ところが、その場の緊張感から抜け出す者が約2名。

 アンリは相変わらず、家族にお茶を用意しようと動き回っていたのだが。それを手伝おうと、ホスト役の祥果さんが神様と子供達に手製のサンドウィッチを差し出す。

 お腹が空いているのに気付いた子供達、我先にとそれを頬張り始める。


 央佳はとても食欲は湧かなかったが、アンリがなかなか“加護”について話し始めないのを不思議に思い。とは言え自分から斬り出すのも不自然かなと、思考は堂々巡りを始めてしまう。

 気付けばお茶会は和やかな談笑を交え、まるで田舎の祖父母の家にお邪魔した時のような雰囲気。久々に見る親しい者の笑顔と気遣い、お土産におもてなし、そんな感じだ。

 ペースを取り戻した子供達も、その輪に加わり始めて。


「アンリちゃんの加護は、ちょっとズルいよねぇ? だって攻撃魔法だけじゃなくて、召喚魔法まで貰えてるんだよ! でもまぁ、パパに会う前にいっぱい襲われてたんだっけ?」

「7回襲われた……お父様も悪い奴に狙われてるから、あまり弱くなりなくないです、神様」

『ふぅむ、そうかい……どれ、龍人の神はどんな塩梅に自分の娘を……おやおや、彼も随分と甘やかしているな! それならこちらも、素直に決まりに従う謂れは無いねぇ……』


 瞬間、三女の小さな身体が光に包まれた。驚き見守る祥果さんだが、一度見ている央佳にはそれ程の驚きはない。光が去った後、暫しアンリは己のスキルやステータスをチェックして。

 感謝の念を込めて、己の神様に抱き付いていた。


 再度ビックリ顔の祥果さん、あのアンリがここまで懐くのも確かに珍しい。新種族の民は、どうやら自分達の神様との付き合い方に親密で独自のモノがあるらしく。

 それを宗教と縁の薄い、現代日本人の夫婦が理解するのは恐ろしく難しい筈。だがこれだけは言っておきたいと、祥果さんは以前から思っていた事があったようで。

 神様が相手とはいえ、怯んでなどいられない。


「あの……アンリちゃんの本当の両親は、どこで何をしているんですか? メイちゃんの話では、ずっと放浪していたって……でもまさか、こんな小さな子が……」

『あぁ、我らの部族の親は、子育てには執着しないんだよ。子供もそれを分かっているから、子の大半は己を愛で育んでくれる者を探して放浪するんだ……』

「そっ、そんな……そんな育児放棄って……!!」

『おっと、我らの部族の在り方を、そなたのちっぽけな世界観、価値観で論じてくれるなよ? そもそもそなたの世界には、完璧な子育てが存在するのかな? 幼児虐待や育児放棄、子供が生きて行くのに充分な世界だと、胸を張って口に出来るのかな?』


 もちろん、そんな嘘を神様に向けて吐く事など出来やしない。子供もストレスで自殺や引き篭もりに走る時代だ、もちろん親の所業も決して褒められたモノばかりではない。

 子供にレッテルを貼って、自分の望むレールへと押し出す事しか考えてない親の、何と多い事か。子供の幸せだと口を揃えて論じ、子供の意見はまるで聞こうとしない。

 少なくとも央佳は、そんな歪んだ“保護”を受けている同級生をたくさん知っていた。


 もちろん祥果さんも、まるで言い返す事が出来なかった。確かに自分はちっぽけだ、だけど今は少なくともアンリの保護者と呼ばれる存在だ。

 子供の幸せを第一に考えないと、それが親の任務なのだから。しかし当のアンリは、幸せそうに神様の隣で寛ぎながら放浪話に興じている。

 つまり彼女は、自ら望みの居場所を勝ち得たと言う事だろう。


 普通の子供は、親を選べない。もちろん神秘的な見方をすれば、子供は縁あってそれぞれの家庭に生れ落ちるのかも知れないが。その家庭に相当な問題があったとしても、幼子には耐えるしか乗り切る手段は存在しない。

 たとえ手遅れになろうとも、子供には抗う方法が無いのだ。この冒険者の活躍する世界では、自分を売り込んで信頼に足る保護者を選ぶのは、案外悪くないやり方かも知れない。

 そんなアンリのお眼鏡に適った央佳は、父親として逆に光栄かも。


 不意に央佳は、問題の三女と目が合った。それと同時に、少女の複雑な心中が流れ込んで来る。血の繋がりの無い絆にすがる不安と葛藤、それは常にアンリの中に存在するのだ。

 無条件の愛と言うのは、それ程希少で滅多に存在しないモノだ。それを貰おうと努力をするのは、それ程悪い事なのだろうか? 少なくとも央佳も祥果さんも、子供達の保護者の立場を無条件に受け入れている。

 それは揺るぎの無い立場で、変わりようのない真実でもあり。


 それが伝わったのか、どことなく安心した様子でアンリがこちらにすり寄って来た。情愛の念に突き動かされ、祥果さんが三女を抱きしめる。

 ずっと自分達の子供でいてねと、その想いは恐らく伝わっているだろう。両親の甘えて良いよオーラに、他の子供達も反応。ネネが央佳の膝の上にのぼって来て、ルカもメイもすり寄って来る。

 ――そして案の定、いつの間にか神様はいなくなっていた。

















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