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竜と聖魔とバツ2亭主  作者: 鳥井雫
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辺境の宿場町、因縁の対決



 馬車の中は結構凄い事になっていて、これはもう祥果さんの面目躍如と言って良かった。とにかくカラフルなクッションやひざ掛け、更には窓用にカーテンも新調されてるようで。

 クッションの類いは、既に子供達の自分専用が決まっている様子。自分のモノを他の子が使っていると、それはもう確実に言い争いに発展してしまう。

 姉妹と言えど、自分の領土はハッキリ主張するのは当然の決まり事らしい。


 予備の馬の呼び鈴を前もって買い込んで、央佳は御者台へと滑り込む。祥果さんと子供達は、既に馬車の中に納まって出発の時を待っている。

 これでこの街とも、当分の間お別れになるだろう。雪に覆われてお世辞にも過ごし易いとは言えなかったけれど、何となく感慨深いものを感じてしまう。

 そんな感傷を振り払い、馬車は大通りをゆっくりと進んで行く。


 街から出た後も、暫くは雪景色に変化は無かった。建物の代わりに、薮や木々に積もった雪景色が続くだけだ。ぬかるみに気を付けながら、央佳は馬車を走らせる。

 しばらく進んでいると、空から雪が降って来た。しんしんと降る雪と言う表現に、ぴったりと当て嵌まる風景だ。日本語って凄いなと、しみじみと感じながら。

 馬車の立てる音さえ吸い込みそうな白い静寂の中、一行は進んで行く。


 反対に、馬車の中は物凄く賑やかだった。祥果さんの授業は、今日も盛況らしい。雪の街での夜の授業で、すっかり学びの楽しさを植え付ける事に成功した成果だ。

 今は人見知りの垣根も無く、ルカとネネも普通に祥果さんの授業を受けている。


 央佳も逆に、教える事の楽しさを感じてしまう今日この頃。それによって、子供達が日々成長するのを見るのが超楽しい。それこそ疲れを忘れ、生活の起爆剤となる程度には。

 何にせよ、家族の導き役としてそればかりにかまけてはいられない央佳。王都に到着したら、色々とこなすべき事柄が山積しているのだ。

 それよりも道中の安全にも、しっかり気を配らなければ。


 前にも散々述べたが、この馬車は『魔除けのランタン』のお蔭で、モンスターに襲われる事は無い。だからと言って、休憩中や馬車を離れた一時まで、カバーしてくれる物でも無し。

 完璧な安全など存在しない、気を配るのは当然の行為だ。しかし四六時中それをやると、今度は気疲れして大変だ。幾ら強いからと言って、子供達に頼る訳にも行かないし。

 やっぱりここは、ギルメンに相談が一番な気がする。


 つまりは王都だ、何だか堂々巡りな悩みだと我ながら思ってしまう央佳だが。心配をよそに、馬車は順調に進んで行く。馬車の中からは賑やかな声、世は事も無し。

 しばらくすると、エリアが切り替わりを見せた。あれだけ舞っていた雪が終わりを告げ、秋の山並みが姿を見せる。同時に木々の障害物が、街道の左右に立ちはだかって。

 見通しは悪くなったが、寒さはあまり感じなくなった。


 もっとも、この世界の身体は暑さや寒さ、痛覚に至るまでぼやけた感じでしか伝わって来ないが。最初は我慢強くなったのかと思っていたが、どうもそうでも無いらしい。

 ゲーム世界では都合が良いが、この感覚に慣れてしまうのも考え物だ。戻る方法はてんで分からないが、その可能性を捨てた訳でもない。って言うか、絶対に2人で戻る。

 その希望無くして、どうやって精神状態を保てると言うのか。


 そんな考えに耽っていると、後ろで急に馬車の扉が開く音が。振り向くと、ルカが走る馬車の側面を器用に伝って御者台へ移動中だった。

 慌てて速度を落としている間に、ルカは父親の隣に滑り込んでいて。危ないでしょとの小言には、ペロリと舌を出して可愛い反省顔。それを見た央佳は、もう呆れるしか無く。

 再び馬車のスピードを上げて、街道を進み始める。


「勉強会はもう終わったのか、ルカ?」

「30分の休憩だって、祥果さんが。お父さんが寂しいかなって、こっち来てみたの」

「ルカは優しいなぁ……そうだ、ジョブを何にするかはもう決めたのかい?」

「ん~~……出来たら私、ペットが欲しいなぁ」


 ジョブとは正確には『戦闘体系派生システム』の事で、これを取得するには王都で申請するしかない。取得出来る系統は色々あって、皆はこれをジョブと呼んでいるのだ。

 例えば『戦士』とか『遠隔』とか、各キャラが伸ばしたい長所を選択して。それに見合ったスキルを、ポイントと交換で得る事が可能なのだ。

 ちなみに交換には、ハンターPが必要である。


 ハンターPは、NMを退治したりPKしたりされたりと、大物退治の際に主に取得が可能である。メインのジョブの交換には10P、それ以降には13P~が必要で。

 つまりは伸ばしたいジョブが複数あれば、それも可能ではあるのだ。茨の道には違いないが、強くなりたいと願う冒険者には有り難いシステムなわけで。

 央佳のギルドにも、その割合は決して少なくない。


 央佳は普通に『変幻』を選択していて、サブには『支援』と割とありふれた仕様だ。そんなジョブの中に『ペット召喚』はあって、これはつまり戦闘ペットの召喚スキルである。

 ただし、ペットの種類は本人が選べる訳でもないみたいで。ペット自体にもレベルが存在するらしく、長い期間の育成が必要とあって。手っ取り早く強いスキルを願う連中には、今一つ旨みの無いジョブだとの認識が強い風潮があるみたい。

 そんな感じで、実はペット持ちのキャラは極めて少ない。


「そっかぁ、ペットねぇ……ちゃんと自分で世話出来るんなら、父ちゃんは反対しないけど」

「ほっ、本当……!? やったぁ、有り難う、お父さん!」


 そこまで喜んで貰えるなら、保護者としても本望である。感激に抱き付いて来たルカは、何を飼おうかなと今からハイテンションみたいだけど。

 あれって確か、こちらからは選べないよなと、記憶の底を確認しつつ。実は央佳も祥果さんも、家でペットを飼った経験が無いと言う事実。

 実家は元より、今のコーポもペット不可なのだ。


「あれっ、確かペット召喚って……確かもう1種類、方法があったような? 自分の属性種族のスキルを伸ばして行って、魔法を取得するんだっけ?」

「そうなんですか……? どれくらい伸ばせば覚えられますか、お父さん?」

「魔法もスキルも、完全にランダムだからなぁ……。俺の風スキルは200超えてるけど、未だにお目に掛かった事はないからなぁ」

「私だと竜スキルですかね……? 200以上振り込むのは、とっても大変そう……」


 確かにそうだ、ルカの言う通り。ルカは前衛でしかも盾持ちなので、盾スキルと両手剣スキルにもポイントを振り込まないといけないし。

 そうしないと必殺技やブロック技を覚えられないので、戦闘にメリハリがつかないのだ。もっともルカの場合は、全ての斬撃が必殺との見方もあるけれど。

 とにかく前衛は、武器スキルを伸ばすのが先決なのだ。


 そう言う点では、既に長所は有り余っているルカである。ここで最初は全くお荷物にしかならない『ペット召喚』ジョブを取得しても、問題は無いだろう。

 どんな動物がいいかなぁと、親子で和やかに話し込んでいると。再び後ろの席が騒がしくなって、どうやらネネが自分も御者台に行くと暴れているらしい。

 この子は神経が昂ると、勝手に凶悪スキルが作動するっぽい。慌てて央佳は、馬車を停める。


 その時隣のルカが、御者台に立ち上がって遠くを見渡す素振りを見せて。敵の襲撃かと慌てた央佳だが、どうやら違うらしい。丘を越えて姿を見せたのは、乗合馬車だった。

 王都との定期便だろう、かなりな大きさなのは乗合所で見て知っていたけど。こうして動く姿を改めて見ると、2階建ての馬車は何とも荘厳である。

 それを牽く一角の獣も、こちらの黒馬の2倍は大きな体格をしている。


 びゃーびゃー煩いネネを抱きかかえ、央佳は取り敢えず馬車を街道から少し逸らす。まさか衝突はして来ないだろうが、したらこっちの全壊は目に見えているので。

 接近を知らせる汽笛が、前方の馬車から響いて来る。大きいねぇと、止まった馬車から出て来た祥果さんの素直な感想。ようやく機嫌の治ったネネも、大きいねぇと相槌を打つ。

 その四女だが、いつの間にか髪型が変わっていたりして。


「おや、ネネは可愛くなったなぁ……ああ、色紐を編み込んでるのかぁ」

「祥っちゃがね、おそろいにしてあげるって!」


 なるほど、お揃いか。良く見たらネネの持つ人形にも、色紐の飾りがくっ付いていた。自慢げに見せびらかすネネは、もう完全に祥果さんの手際に絡み取られている模様。

 無言で央佳の前に進み出たアンリも、何か感想を言って貰いたそう。三女の髪の毛も弄られていて、いつもとまるで雰囲気が違う。そして手に持つネコも、見た事の無い衣装。

 静かになっていたと思ったら、こんな事をしていたらしい。


「アンリも可愛くなったなぁ、どこのお姫様かと思っちゃったぞ」

「…………!」


 いつもは無表情のアンリが、その一言で途端に破顔。滅多に見られない喜び顔に、祥果さんも驚いている様子。この子はどうも、褒められ慣れていないっぽい。

 そんな遣り取りをしてる間に、2階建て馬車がすぐ前を通り過ぎて行った。呑気に手を振る子供達、まばらな乗客もそれに応えて手を振り返して来る。

 よっぽど道中、暇なのだろう。


 ちょうど昼時な事もあり、一行は昼食タイムへ移行。祥果さんが支度をしている間、央佳はマップの確認。このゲーム、地図は自分で動き回って埋めるのだ。

 王都までの道のりは、バッチリ埋まっているので迷う事は無いけれど。問題なのは道のりの長さで、この調子で進むと到着するのは真夜中を過ぎてしまう。

 子供達は馬車で寝てくれていて構わないが、さてどうしよう?


「丁度真ん中あたりに、一応宿場町があるんだけどね。ちょっと治安が悪いんだ、普通の街の表通りに該当する場所が無いから……」

「全部裏通りって事ですか……それは困りますね、馬車が盗まれたりしたら嫌ですよ」

「ルカ姉は馬車を動かす事出来ないの? パパと交替で御者をすれば、一泊せずに済むでしょ」


 子供達の意見は、どちらかと言えば強行軍に偏っていたけれど。ルカは御者を出来ないそうで、そうなると央佳は出ずっぱりで御者台で手綱を握っていなければならない。

 それは大変だし可哀想だとの声が多数、結果今夜は宿場町に泊まる事に決定して。馬車内で一泊するのも大変だし、次善の策には違いないのだが。

 央佳は何となく、一抹の不安を感じてしまう。


 それはさておき昼食だ、最近ルカが料理を手伝っていると言うが、その痕跡がお昼のバスケットの中にも垣間見え。形の歪なお握りを、しかし央佳は好ましく思う。

 これも親バカと言うのだろうか、それでも上達の早道は褒める事だと信じて疑わない央佳。美味しいねと祥果さんと共に誉めそやすと、ルカは照れた様な笑顔。

 ちょっとだけ塩が効き過ぎてるが、ルカの一生懸命が込められている。


 お昼休憩の後、再び馬車はのんびりと走り始める。景色はどんどんのどかになって行き、気候もそれに従って穏やかで眠気を誘う程。馬車の車輪の立てる音が、殊更に。

 周囲には畑やら、果実園やらが少しずつ目立つようになって来た。獣人や獣がその上前を撥ねようと、コソコソ木々の間を動き回っている。

 それを退治するクエを、駆け出しの頃にやった記憶が央佳にもあって。


 本当に暇になると、央佳はギルドチャットに加わったり、金策の案を練ったり夢想に耽ったり。そんな時間は結婚して以来、とんとご縁が無かった事に驚きつつ。

 暇と言うのも、どうやら一つの娯楽要素を含んでいるらしい。いわゆる精神安定のツールだ、暇過ぎて発狂しないために、人は様々な娯楽を生み出す訳だ。

 そんな詮も無い事を考えている内に、少しずつ陽は沈んで行って。


 気が付けば、どこか淀んだ沼地地帯に突入していて。遠くの山並みに、太陽はその姿を隠そうと躍起になっていた。今は再び馬車内から逃亡して来たルカが、隣に座って休憩中で。

 2人してそんな景色を眺めながら、のんびりした会話を交わしつつ。もうすぐ宿場町に着く筈だよと、地図を確認しながら央佳のナビゲーション。

 その言葉通り、沼地の外れに簡素な建物群が見えて来た。


「……私は初めてですけど、何でこんな場所に宿を建てようと思ったんですかねぇ?」

「さあねぇ……多分、王都と初めの街の中間あたりだからじゃないのかな? とは言え、確かにこんな陰気な場所はどうかと父ちゃんも思うな」

「ですよねぇ……」


 親子の会話から分かる通り、周囲はどちらかと言えば陰鬱で暗澹たる雰囲気でいっぱいだった。宿屋もどれも湿気で朽ちたような有り様で、お世辞にも清潔には見えない。

 って言うか、余り長居はしたくない場所かも。それでも夜露をしのぐ屋根と、温かくて足を伸ばせるベッドがあるだけマシ。央佳は、なるべく立派な宿を求めて通りを進む。

 何とか央佳の眼鏡に敵う宿屋を見付け、馬車はゆっくりと停止。



 そこからは、しばらくドタバタと搬入作業やら簡単なお遣いやら。夕食の食材を買い足したり、鍛冶屋に武具の修理を頼んだり。もっとも、今日は戦闘らしい戦闘はなかったけど。

 食材も大したものが店に置いてなくて、買い物はほぼ空振りだったけど。さすがは祥果さん、買い置き食材で夕食の支度を完璧に整えてしまった。

 その後は、ウキウキ気分で家族全員で食卓を囲む。


「それにしても便利ねぇ、この鞄って……何でも入っちゃうのね、大きさとか固体液体とか関係ないんだものねぇ? 冷蔵庫より、ずっと保存も効くし凄いねぇ」

「ゲームとしては当然なんだろうけど、確かに凄い事だよな……でも、さすがに馬車までは仕舞えないから、盗まれたりしないか心配だなぁ」

「ランタンを外さずに、そのまま馬車に吊るしておけばいいんじゃないの、パパ?」

「それだと今度は、こっちが危ないからなぁ……この宿屋、宿代きっちり取る癖に、部外者侵入不可になってないんだよ。さすがに馬車と家族と較べると、家族の方が大事だからなぁ」


 央佳の文句も尤もで、メイの意見を採用すると今度はこちらが危ない破目に遭う訳で。寝込みと言うか部屋に侵入されると言う事件は、この地方では噂に事欠かない。

 普通にプレイしているプレーヤーのキャラは睡眠と言うモノを必要とはしない。宿屋を取るのは、飽くまで中継基地的な場所を求めての行為である。

 溢れたドロップアイテムを一時保存したり、安全にログアウトしたり。


 ところがこの宿屋、精々がモンスターがうろつく外よりも多少はマシと言う程度。これなら強行軍で、馬車を走らせていた方が良かったかなと、早くも央佳は後悔しつつ。

 それでも温かな食事をしながら、家族とのんびり会話を楽しむこの時間は貴重ではある。そんな食事もつつがなく終了して、今夜はお風呂は諦めるしかないねと呑気な遣り取り。

 この宿屋、そう言った設備や安全性が著しく欠けているのだ。


 それじゃあお勉強にしようよと、寝るまでの時間を有効に使いたいらしいメイの提案で。ネネも父親の手を引っ張って、どうしても勉強の輪に参加させる構え。

 食事をしたテーブルでは無く、勉強は床に輪になって座ってするらしい。良く分からないルールだが、子供達はその方が集中出来るのだろう。

 招かれた央佳もその一角に座り、ネネの積み木の文字読みを見る事に。


 一日の終わりに子供の面倒をみるなど、しんどいなと思うなかれ。央佳にとっては、こんな時間も癒しの元である。特に日中、仕事で離ればなれになっていた訳でもないのに。

 離れていたら、もっとそんな感情に晒されていたのかも知れない。央佳はネネの相手をしつつ、さらには祥果さんの授業風景を眺めながら時を過ごし。

 いつの間にか授業は終了、各々寝る支度に入っていて。


 って言うか、央佳の膝の上に陣取っていたネネは、完全に寝落ちしていた。やけに静かになったなと思っていたが、子供の電池切れの瞬間はいつ見ても面白い。

 そっと四女をベッドに運ぶ旦那を見て、祥果さんは授業のお開きを宣言して。それから約10分後には、家族全員が就寝の形を取っていた。

 室内には、ランタンの淡い光のみ。


 やがて静かな寝息が、ベッドの至る所で上がり始めた。央佳は薄暗闇の中、どうしたものかと思案する。このまま眠りにつくか、馬車の警備に少し起きておくか。

 馬車には馬は繋いでいないので、盗もうと思ったらそれなりに大変だ。この宿の主はNPCだったが、いかにも怪しい雰囲気を醸し出していた。

 まぁ一度見回りに出て、それで何も無ければ寝てしまおうか。


 1時間程度経っただろうか、央佳もうっかり寝てしまいそうになっていたのだが。階下でどこか不審な物音がした気がして、そっとベッドを抜け出して暫し躊躇い。

 家族の眠りを妨げない様に素早く武装、そのまま静かに部屋を出て階下を窺う。建物の中に人影は無し、そのまま階段を下りて外に出る央佳。


 湿地帯に存在する宿場町は、大きな月に照らされて幸い光源には困らない様子。照らし出されるのは、馬車の周りでうろついてる怪しい人影。数は多く、少なくとも半ダースか。

 その中に宿屋の主を見つけ、央佳は軽く脱力。


『ヌッ、見つかってしまったようですネ……者共っ、やってしまいなサイ!!』

「あら……動画付きって事は、そう言うイベントか」


 動画中は、お互い動けないと言う暗黙の了解があるのだが。それに映し出されるのは、短剣を両手に構えた猫背の宿屋の主。それに加えて、湿地帯の主であるリザードマンの群れだった。

 数は多いが、所詮ここはレベル30~40のEクラス冒険者の滞在するエリアだ。囲まれない様にすれば、何とでもなる。動画が終わると、街道の真ん中で対峙する両者。

 央佳は二刀流を選択、そして例の如く《グランドロック》からの戦闘開始。


 魔法の範囲から漏れた敵は2体、そいつらと華麗なステップで敵と攻防を繰り広げる央佳。案の定、敵は雑魚に等しい感触。眠りを妨げた八つ当たりを含んだ一撃に、バタバタと倒れて行く雑魚リザードマン。

 多少マシだったのは、二刀流使いの宿屋の主だっただろうか。それを倒すと再び強制動画、見逃す代わりにアイテムを差し出すと言うお決まりの流れで。

 水の術書や水晶玉をせしめ、央佳の怒りは多少和らぐ事に。



 ところがその場は、そのままお開きとはならなかった。自分の緊張感の持続に、央佳は不審げに周囲を見回す。その影は、やはり街道の真ん中に立っていた。

 小柄な少女の姿だ、しかも着ているのはメイド服。一瞬、自分の娘が物音に気付いて降りて来たのかと錯覚してしまったが。影はルカより年長に見える、十代半ばだろうか?

 そしてその手には、メイドに似合わぬ巨大な両手鎌が。


 その影が明らかな殺意を放った瞬間、央佳は釣られて《グランドロック》を詠唱していた。地面から突き出る無数の土槍を、華麗に避けて接近するメイド少女。

 これは強敵だと、思わず二刀流から左手を盾装備に変換。溜まっていたSPを使用して《ガーディアン》を唱えて、少女の一撃を辛うじてブロックする。

 この盾スキルは、使用者の防御と盾スキルを一時的に上昇させるスキルだ。攻撃力の高い敵にはすこぶる有効だが、後手に回る戦法なので央佳はあまり好きではない。

 とは言え、メイド少女の両手斧のパワーは素で受けるには危険過ぎる。


「ナイス判断力、さすがは歴戦の戦士だな……ただ、たった1人で出て来るとは計算外だったよ。限定イベントで入手した、強力な子供NPCはどうした、桜花?」

「誰だっ……!?」


 その声は、宿屋の向かいの建物の屋根から響いて来た。央佳が見上げると、そこには闇から浮き上がるように佇む一人の人物が。知った顔のようだが、いまいち思い出せない。

 メイド少女の次の斬撃をバックステップで避けつつ、央佳は過去の記憶を探る。この娘は、どうやらNPCキャラのようだ。つまりは、自分の娘達と同じ扱い。

 それをけしかけているのは、恐らくはあの屋根の上の人物か。


「おっと、畏まって自己紹介した事は無かったかな? 私は“因業”のルマジュ、闇のギルド所属のアサシンだ。過去の君との対決は1勝1敗、君がNPCを入手してからは未対決だ」

「覚えてないな……その闇ギルドのお方が、こんな場所に何の用かな?」

「この前私もNPCを入手してね、そのお披露目につい足を伸ばしたくなった次第さ……最近ウチの若い連中が、相次いで“竜使い”に返り討ちにあったと報告して来てね。限定イベントの英雄の、現状を把握しようとイーギスに命令を下してみたのさ」


 なるほど、どうやら闇ギルドの連中相手に、少し派手に動き過ぎたらしい。央佳の覚えてないの言葉は真っ赤な嘘で、この闇種族のアタッカーは最重要凶悪キャラで有名だ。

 央佳のギルドで1番の戦闘力を誇るあの朱連でさえ、倒された事があると聞き及んでいる。央佳自身も確かに一度、倒された事のある因縁の相手には違いなく。

 更に加えてこのメイド少女、生半可な相手で無い事は既に判明している。


 再び接近戦を挑んで来たメイド少女の斬撃をブロックしつつ、央佳は考えを巡らせる。数的な不利は、これはもうどうしようもない。いや、寝ている子供達を叩き起こせば逆転は可能だけれど。

 その行為に及ぶべきかと考えている最中に、戦場に変化が起こった。屋根の上のルマジュが、何かの呼び鈴を使用したのだ。新たに出現する、巨大な黒い肉塊。

 死霊なのかゴーレムなのか判然としないが、これで数的不利は誰が見ても明らかに。しかし、と央佳は考える。ひょっとしたら、屋根上のルマジュは参戦して来ない可能性も。

 今日は本当に、お披露目と偵察だけするつもりなのかも知れない。


 そうは言っても、こちらが弱れば確実に止めを刺しに来る事は間違いないだろうし。新種族スキルを出し惜しみしていては、現状は打開出来そうもないし。

 ちょっとしたジレンマだ、相手に情報を与えたくはないが、かと言って手加減して倒せる敵でも無い。だけど考えるまでも無く、自分が殺されてしまっては元も子もない。

 央佳はメイド少女に《拍龍》を撃ち込んで時間稼ぎ、自身に《ブレイブソウル》。


「ほおっ、そんなスキルも持ってたのか……確か風系のレア魔法じゃなかったかな? 効果は確か、反射速度とSPの大幅アップ……その前に使ったスキルは見た事無いな。イーギス、注意して当たれ」

「了解しました、マスター」


 そこまで注意する必要は無い、この魔法は二刀流でこそ効果を最大限に発揮するのだ。しかし詠唱時間も大幅に速くなる特性は、この際だから生かす事に。

 風系と土系を織り交ぜて、範囲魔法を連続で詠唱。少なくないダメージを与えつつ、央佳は巧みに場所移動。2人同時に攻撃されないよう、ステップ防御を駆使。

 それでも相手は変に魔法耐性が高いのか、なかなか捕縛の魔法に捕まってくれない。こちらの焦りを狙い澄ましたように、気付けば背後に第三の影。

 明確な殺気を孕みつつ、敵の大将“因業”のルマジュの大鎌が弧を描く。


 その瞬間、派手な衝突音と共に周囲に土煙が派手に舞った。完全に虚を突かれた央佳は、ダメージを覚悟して強張らせていた身体から力を抜いて。

 突如その場に出現した、小柄な少女に目を奪われる。その少女はスカートを軽く持ち上げて、相対する敵に一礼。勝手に割って入った癖に、妙に礼儀正しいのが逆に怖い。

 三女のアンリが、央佳の前に涼しげに立っていた。


「アンリ……?」

「……英雄にだって、背中を護る人が必要なんだよ、お父様……」


 今や戦場は、完全にアンリの掌の上状態。ルマジュはチャージを仕掛けて来た影騎士を相手取っており、呼び鈴ゴーレムは、己の影から伸びた霧にガッチリ捕獲されていた。

 唯一フリーなメイド少女は、新しく出現した年下の子供に困惑模様。


 対するアンリも、積極的に相手をする気は無い空気を醸し出している。それでも困惑から抜け出た敵の容赦ない一撃に、親子は揃って素早く反応。

 央佳の《シールドバッシュ》の盾での迎撃に、アンリの《マジックブラスト》の拡散魔弾が派手にお出迎え。流れ弾に当たった呼び鈴ゴーレムは、見せ場も無く崩れ落ちる破目に。

 近距離で被弾したメイド少女も、同じく瀕死の重傷を受けた様子。


「……参ったな、たった一人で形勢逆転か。ここは引くぞ、イーギス!」

「……はっ!」


 背後で、敵の退いて行く気配。影騎士は深追いせず、その場に待機モードに。片膝をついていたメイド少女も、同じくこちらを窺いながらゆっくりと建物の影に逃げ込んで行く。

 央佳もアンリも、敢えてそれを追う事をせず。


 月夜に照らされた宿場町の中央街道は、再び元の静けさを取り戻す。残された央佳とアンリは、ようやく肩の力を抜いて脱力。影騎士が、静かに地面の影へと戻って行った。

 央佳が感謝の念と共に、ポンと三女の頭に手を置いた。形の良い頭をぐりぐりすると、くすぐったそうなアンリの笑い声。この子は本当に、親しい者には感情を素直に見せてくれる。

 ところが次の瞬間、アンリが想定外の言葉を発した。


「……お父様、魔の神様と交わした契約が期限を迎えました。神様からお借りした“加護”を返上次第、私はお父様の庇護の元に共に生きる事を誓います……」

「……そうか、今後ともよろしくな」


 ルカの経緯を実際見ていなければ、こんな三女の発言に目を剥く程驚いていただろうけれど。何とか内心の感情を表に出さず、央佳は父親としての威厳を保つ事に成功。

 抱き付いて来る三女を優しくあやし、ある意味一番信頼していた祥果さんの護り手の力の喪失に思いを馳せる央佳。確かに痛手には違いないが、過度に子供に頼る事がそもそもの間違い。

 今後はもっと、自分が一家の盾になり柱にならないと。





 ――そんな覚悟を固めつつ、三女を抱えて家族の待つ寝所へと戻る央佳だった。












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