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浮気性な彼と素直じゃない彼女とチョコレート

作者: 三都花実

本当はバレンタインデーに間に合わせたかったんですが、間に合いませんでした!

楽しんでいただけると幸いです。

 国一番と評される美姫がいました。その美姫には恋人がいました。それは国でも有数の公爵家の跡継ぎです。しかし、美姫の美貌を見染めたその国の王によって二人は引き裂かれてしまいました。美姫は側室となり、跡継ぎは公爵家を継ぎ宰相となりました。しかし、二人は自分たちの孫を、添い遂げられなかった自分たちの代わりに婚約させたのでした。めでたしめでたし。

 とまあこういう有名な美談がある。周りからみたら美談かもしれないが、当事者にはたまったものではない。


 美姫の孫というのがエリザベータ・ヴィア・ロテリアだ。エリザベータとその婚約者エドゥアルド・ルベア・フランヴァインの仲は熱烈な恋仲というわけではない。少なくともエリザベータはエドゥアルドを何とも思わないようにしていた。エドゥアルドという男はとんでもなく浮気性な男だった。エリザベータだって初めは婚約者に恋をする夢だって抱いていた。しかし、それは儚く散ったのである。





「どうした。リズ。そんな風にため息をついて。」


 義兄のルーファスがお茶を飲みながら聞く。ルーファスは跡継ぎのいないロテリア公爵家に養子入りしたエリザベータの従兄である。この従兄をエリザベータは慕っていた。従兄といってもエリザベータが生まれる前からルーファスはこの家に養子入りしているのだからほとんど実の兄というようなものだが。


「私、どうせならお義兄様と婚約したかったわ。」


 エリザベータのとんでもない発言にルーファスはお茶が気管に入り咳き込む。


「まあ。大丈夫ですか?お義兄様。」


 エリザベータは小首をかしげる。ルーファスはエリザベータをにらんだ。


「とんでもない事言うんじゃない。リズ!アルドが聞いていたら何されるか。」


 ルーファスはエリザベータを咎めるように言う。エリザベータは呆れたようにルーファスを見る。


「あの男は私がどこで何をしていようが興味ありませんわ。」

「そんなことないと思うぞ?...せっかく今日は聖ヴァレンティヌスの日なんだし二人で会ったらいいのに。」

「あっ!今日、聖ヴァレンティヌスの日...」


 慌てたように言うエリザベータをルーファスは目を丸くして見る。


「リズ?まさか何の贈り物も用意してないのか?」

「ま、まさか。」


 内心、エリザベータは慌てていた。そう、今日は聖ヴァレンティヌスの日だ。大切な人に贈り物をする日。そんな日に婚約者に贈り物をしないわけがない。そう、しないわけがないのだ。エリザベータだって贈り物を用意し忘れるような馬鹿な真似はしない。用意はしたのだ。送り忘れただけで。中々贈り物に添えるカードが書けずにだらだら送るのを先延ばしていたらこのざまだ。


「今すぐ準備しなくっちゃ。間に合わない。」


 エリザベータは慌てて立ち上がる。そこに、一人の男性が入ってくる。ロテリア公爵家の執事のローエンだ。


「ご歓談中申し訳ありません。ルーファス様、エリザベータ様。...エリザベータ様にお客様です。」


 それを聞いてエリザベータは眉間にシワを寄せる。今日は来客予定はなかったはずだ。そもそも聖ヴァレンティヌスの日に尋ねるのなんて限られてくる。


「大体予想はできるけどな。...ローエン。誰が来たんだ?」

「エドゥアルド様です。」


 ルーファスの問いにローエンはすかさず答える。


「わかった。ローエン。アルドはこの部屋に通してくれ。あと、悪いがお茶の用意も。」

「かしこまりました。」


 ローエンは一礼して部屋を出て行った。不機嫌そうなエリザベータを見てルーファスはため息をつく。


「リズ。お前が思うほどあいつにとってのお前はどうでもいい存在じゃないんだ。あいつはお前を大事に思ってるよ。もっとお前が歩み寄れ。」


 ルーファスは諭すように言う。


「お義兄様は一体どちらの味方なんですか。」

「もちろんお前だが?可愛い義妹。」


 エリザベータは横目でじとりとルーファスを睨みながら聞くと、ルーファスはさも当然というように即答した。その返答にエリザベータは嬉しそうに微笑んだ。


「さてと、お前も部屋に忘れ物だろ?早くとっておいで。」

「お義兄様。大好きです。」


 エリザベータはぎゅっとルーファスに抱きつき、部屋を出た。


「おい。殺気をだすんじゃない。いるのはわかってるんだからな。」


 ルーファスはエリザベータが出たのと反対方向の扉に声を投げかける。扉が開いた。そこには見目麗しい眼鏡をかけた美青年がいた。この美青年こそが可愛い義妹の面倒な婚約者エドゥアルドであった。


「ばれたか。ルー。」

「ルーはやめろ。お前も、もっと素直になれよ。いい加減リズがかわいそうだろ。」


 ルーファスの至極まともな言葉にエドゥアルドは苦笑する。


「流石理想のお兄様。エリーが信頼してるだけはあるね。それにしてもエリーとの距離近いんじゃないか?そもそもエリーは俺には距離をとるくせにお前には抱きつくとかずるい。」


 エドゥアルドはここぞとばかりにねちねちと、ルーファスに言った。ルーファスはにやりと笑う。


「リズはお前の顔は好みらしいぞ。ただし眼鏡外したお前らしいけど。」


 ルーファスはぼそりと言う。エドゥアルドは一瞬喜び、そして頭を抱えた。エドゥアルドは自分の顔が苦手なのだ。どちらかというとエドゥアルドの顔は女顔だ。それが気に食わないらしい。


「エリーはほんっと、仕方ないなあ。素直じゃないんだから。」


 エドゥアルドは笑いながら言ってショックを吹き飛ばそうとした。


「ね、お兄様!...とエディ様ももう来てたんですか。」


 エリザベータは落ち着きなく入ってきた。エドゥアルドを見てエリザベータは一瞬固まる。まだいないと思ったらしい。


「久しぶり。エリー。元気だった?」


 エドゥアルドが爽やかに言って立ち上がる。エリザベータはこくりと頷く。


「お陰様で。相変わらず派手に遊ぶのが好きなようで。」


 エリザベータはつんと言う。ルーファスは苦笑いしながらエリザベータを見ていたが、ふと、エドゥアルドに視線をうつして引いた。エドゥアルドは相変わらず爽やかに微笑んではいたが、目は嬉しそうに細めていた。かつてエドゥアルドがルーファスにこぼしたことがあるのだが、エドゥアルドはエリザベータに冷たくされるとぞくぞくするらしい。これを聞いた時はドン引きしたものが、こうして目の当たりにすると、やはりドン引きものだ。


「やだなあ。エリー。僕は可哀想な女性を慰めただけだって。紳士としては寂しい女性をほっとくわけにはいかないだろ?」

「...そうですか。紳士は婚約者の他に女性と関係を持ったりしないと思いますけれど。」


 エドゥアルドの軽口にエリザベータはちくりと嫌味を言う。エリザベータはため息をついた。今日は聖ヴァレンティヌスの日だ。わざわざ喧嘩というかこんな腹立てることもないだろう。さっさと贈り物だけ渡して帰ってもらおう。


「はい。これ。聖ヴァレンティヌスの日の贈り物です。ハッピーバレンタイン。」


 エリザベータは決められた通りの決まり文句を述べて渡す。エドゥアルドは嬉しそうに受け取る。


「ありがとう。...今年は何かな。」

「今年はカフスボタンとシャツです。」

「嬉しいよ。じゃあ僕からもプレゼント。はい手出して。」


 エドゥアルドに言われた通りに手を出すと、どさどさと包みを渡された。大きな包みと小さな包みが乗っている。


「大きな包みにはドレスが入ってるんだ。今度ある王宮の舞踏会でぜひ着て行ってほしいな。あと、小さな包みにはそれに合った手袋が入ってる。絶対君に似合うと思って。君の瞳と同じ菫色のドレスだ。」


 嬉しそうに話すエドゥアルドをエリザベータは複雑そうな顔で見つめている。


「こんなにたくさんの贈り物もらえません。」

「いいから。気にしないでいいよ。それにこういう時でもなければ君は受け取ってくれないからな。」


 エドゥアルドはそう言う。エリザベータは有難くもらっておくことにした。エドゥアルドはもうひとつの小さな包みを取り出した。それはとても小さな包みでリボンが巻かれている。エドゥアルドはリボンを解いた。そして箱を開ける。そこには4つのトリュフチョコレートが入っていた。


「これさ、僕が作ったんだ。どこぞの東の島国では聖ヴァレンティヌスの日に大切な人にチョコレートを送るのが流行ってるらしくて便乗してみた。」


 エドゥアルドの説明をへえとエリザベータは聞いた。異国のことを聞くのは好きだ。エドゥアルドはチョコレートを一つ取るとエリザベータの口に持って行った。エリザベータはエドゥアルドの意図がわかったが、口は閉じたままだ。


「エリー。美味しいかどうか食べてくれないかな。せっかくの手づくりなんだし、反応が見たいな。」


 エドゥアルドの言葉にエリザベータはにっこり微笑む。


「ええ。もちろんです。早速自分の手でいただきますわ。」

「いやいや、君の手は塞がってるんだし、ここは僕が食べさせてあげる。」


 エドゥアルドはにこにこと善意ぶったことを言っている。エリザベータは義兄に助けを求めて見つめるが義兄は素知らぬ顔だ。


「あ、お礼状書かなきゃな。アルド、あんまりいじめるなよ。エリー。たまには仲良く、な。じゃあごゆっくり。」


 ルーファスは思い立ったようにそう言って部屋を出ていった。エリザベータははしたないかもしれないが、舌打ちしたい気持ちでいっぱいであった。


「さ、食べて。ほら、溶けちゃうだろ?」


 エドゥアルドは相も変わらずエリザベータの口元にチョコレートを突きつけたまま言う。


「何を恥ずかしがることがあるの。ほら、ぱくっと一口で。ね?」


 エドゥアルドの言葉にエリザベータは覚悟を決めて、息を吐く。そして、口を開きエドゥアルドの手にしたチョコレートを食べる。そのチョコレートは美味しかった。店に置けるくらいには。


「美味しい。」

「そりゃあ愛を込めて作りましたから?」


 エドゥアルドの軽口にエリザベータは睨む。

 たぶん誰にでも言ってるんだろうな。


「嘘ばっかり。」

「嘘じゃないよ。エリー。」


 エドゥアルドはそう言うと、エリザベータの唇にキスをした。エリザベータは目を見開き、持っていた贈り物をどさどさと落とす。


「チョコレートの味がする。」


 エドゥアルドはにやりと笑って言う。エリザベータは顔を真っ赤にした。


「この、女たらしっ!当分顔も見たくない!!」


 エリザベータはそう言って部屋から出ていった。エドゥアルドは微笑んだままだ。






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