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日記冒頭&第二節


   12月22日(過日)、日記冒頭


 ――明日からは休み。

 ――今日は終業式。

 ――昨日までの日常。


   第二節 冷たいもの、温かいもの


 幼馴染みだからと、ずっと仲が良いとは言えないし、仲が良くても自然に恋仲まで進展するなんて、現実にそうはない。

 夏休みに短くしたという仁美の髪は、余程思いきったらしく、冬休みを前にしてようやく首筋を隠せるまで伸びてきた。

 友達と前を歩く仁美の襟足から(つや)やかな黒髪を伝って背中まで追いながら、徹は自身の(から)の左手に目を落としていた。

 徹にも気恥ずかしさを覚えたことはあった。それでも、常には隣りにいなくなったのは、仁美からだった。徹は、それを女の子の方が()せているから仕方のないことだと本気で思った。自分の採った小事は、そのことに事実ととして何も影響していなかったからだ。

「徹~、この間のテストの出来は?」

「驚け、正解率は前代未聞の半分未満」

「よっしゃ! なら、徹にゃあ勝ったぜ」

 後ろから飛び付いてきたクラスメートを振り払い、天にまで(とどろ)けと誇らしげに答えてみると、彼は勝ち鬨を上げる勢いでガッツポーズを取った。

 反対に、仁美の肩はビクリと跳ねた。振り向くや、徹だけを見据えた。

「渡辺君?」

「徹よ、俺ぁ退散するな」

「おう、またな」

「岡本さんも程々に。じゃあな」

 クラスメートはまだ近付くこと数歩の、上擦る仁美の声に反応して、軽やかに逃げていった。

 徹にはそれをすることに意味がない。口内の唾をごくりと飲み込んで、仁美を待つ。

 初動に合わせて徹は四股(しこ)を踏むも、仁美の手の方が早かった。

 肩に掛けていた鞄を下ろしつつ、力に頼らず勢いそのままに、下方から徹の顎に向かって、仁美の鞄がきれいに決まった。

「あ、……が」

 重心を落としきっていたら気絶していたかも知れない鈍い音も、仁美の鞄に振り回される様子も、後ろに飛ばされる徹は流れる廊下の天井に星を見ていた。


 半開きの口を閉じると、徹の瞳は生気を(とも)らせて、その鼻先に凶悪犯を映した。

「徹ぅ。向かってくる鞄は受け止めるものじゃないんだよ、ちゃんとお腹に当てないと。痛かったでしょ?」

「ああ痛かったよ。ただ、腹も十分痛いからな。いい加減、学ぼうな?」

 放課後の学生が少ないことに感謝しながら、一応は横にいる仁美に確認する。

「どのくらい寝てた?」

「んーと、五分は経ってないかな」

 顎に決まったのだから受け身も間に合わなかったのだろう、徹は起き上がる時に後頭部に痛みを覚えた。

「仁美さんや。やけに衝撃が重かったんだけど、終業式に何を持ってきたのかな?」

 どうせ、ろくなものではあるまいと、今日は何だと、徹は指を立てる用意をする。

「昨日忘れたお弁当箱とマイ古語ディクショナリーでしょう」

「…………」

 指を二本立てるが、この位の突っ込みどころは見送る。若干、兎耳のようにピクピクと前に垂れるのは愛嬌というものだ。いちいち反応していては、手が二本では足りなくなる。足を加えても、四本にしかならない。指はそれだけ貴重なものだ。

「成績表に筆箱。ノートに下敷き、それから放置気味の諸々だよ」

「一番重そうなのは古語辞典だけど、あの音はおかしくないか?」

「そうかな? あ、でも、花瓶が割れちゃったよ、徹ぅ」

「あれは、お前のか!」

 仁美が「どうしよう?」と鞄から取り出す欠片は、間違いなく教室で異彩を放ってきた青磁の花瓶だった。

 それには、さすがの徹も我を忘れて鋭く返していた。

「うん。あたしの、というよりお父さんのだね? ところでさ、テストが何て?」

弘光(ひろみつ)さんごめんなさい、って何故、俺が謝る? テストについては、受けなかった人にとかく言われるのは嫌いなんだが」

 徹は下駄箱へ向かい、一歩。仁美が着いてくるのを確認して歩き出す。

「あたしは仕方ないじゃない。夏休みまでの内容がスカスカなんだよ? それなのに実力を見せられないまま学年順位が公表されるテストなんて受ける意味ないよ」

 期末試験前の危機感を(あお)る実力試験は、春から秋までの学習内容が出題される。

 まさに、その春から夏に掛けての期間に欠席することの多かった仁美は、潔く白紙提出をするどころか常套手段の自主休校してすり抜けた。

「はいはい。俺も身が入らなかったんだよ。これでも誤答はなかったんだぜ、すごくない?」

「それでも、徹はいつだって同じような点数じゃない。大学行く気あるの?」

「仁美の先輩にも後輩にもならない自信があるぞ」

「それは志望校を無断で変えたってことかな?」

「暗に同期生になるって言ったんだよ」

 信じられないよ、と仁美の(またた)く目は雄弁に語る。

 上履きを脱ぎ、革靴に履き替える。校舎を出て、部活動に汗流すグラウンドの学生を横目に、すぐさま正門に辿り着く。

「仁美。人間は予測を立てて、現実のものにする為に頑張れるんだよ」

「そうだね?」

「俺は仁美と同じ大学に行きたいとずっと思ってきた」

「うん」

「家から近い、仁枝さんに負担を掛けずに済む大学であり、超難関でもないな」

「うん」

 何が言いたいのか、果たして徹が結論付けられるのか、仁美は耳を傾ける。

「だから、俺はお前が長期休学に入った時から、計画を一年上乗せしたんだ。このまま独りにはしないよ」

「徹ちゃん……」

 学校の敷地を出たことを受けて、仁美が元の呼び方で徹を呼ぶ。

「安心してくれ。俺も進級できないかぶっ――」

 振り返った直後、徹は再度仁美の鞄の強襲に遭った。顎の次は脳天だ。

「徹ちゃんが三年生を二度やるくらいでないと、あたしの不安は無くならないんだよ!」

「ど、鈍器だから! 心配してくれるなら、頭は止めて」

「あ、ごめんね」

 中に入っている花瓶のことなど毛程も頭に残っていなかった仁美は、徹の必死な痛がりで思い出した。

「とにかく、徹ちゃんは三年生を二回、あたしは二年生を二回やるの。決定だからね」

「約束じゃないのか?」

「出来ない約束はしないよ。あたしが先輩になったら、勉強を見てあげる――これは約束だよ。望まないけど、可能性高いよね?」

「何てこった。俺の四ヶ年進学計画は、無謀だというのか」

 両手で頭を抱えて大仰に苦悩する徹に、笑う仁美。二人の関係はずっとこんなだった。近過ぎず、遠過ぎず。近付くと離れるだけの間のある友人関係は、進展を望む徹と望まない仁美が二人の親によって引き合わされた運命だったのだろう。

「で、徹ちゃん。そろそろ、あたしに言いたくてたまらないことがあるんじゃないのかな?」

「んぁ……。……おめでとさん。お婆ちゃんまでまた一歩近付いたな。つうことで、プレゼントはこの間の快気祝いで終わりに――」

「徹ちゃん」

「何だよ? ぶるぶる震えて、まさか具合がっ――」

「あたしを苛めて、そんなに楽しい? わざと言い澱んだ気もしたんだけど」

「仁美様、失礼致しました!」

「約束……」

「明後日、一緒に買いませう。で、一緒に髪束ねるわしゃくしゃしたヤツでも」

「徹ちゃん。それとこれは約束が違うんだよ。明日はあたしへの贈り物を買いに、明後日は徹ちゃんと……ううん、香純(かすみ)さんを安心させてあげるんだよ。大体、どうしてシュシュ?」

 わざとらしい涙を目元に(たた)えて、鼻を(すす)る仁美に、徹は祝いの言葉を告げる時から身に纏っていた白旗を大きくはためかせた。ただ、それでも負けを素直に認めないのが徹だ。

「そりゃあ、シングルテールに憧れるから」

「え? あ、あたしには似合わないよ」

「何、赤くなってんだよ、仁美? そもそもその髪の長さじゃ、テールにならないだろう」

「むぅ。じゃあ、何でプレゼントに贈ろうなんて」

「俺のセンスを磨く為だな」

「徹ちゃん」

「何だよ? ぶるぶる震えて、まさか――」

「ん、もぅ……。繰り返してるじゃない。いいよ、あたしに似合うシュシュを選んでね。但し、プレゼントは別によろしくね」

「え……」

 年末を迎えて出費が(かさ)む中、自らの言葉が招く悲惨な財布事情に、徹は気が付いた。

「ひ、仁美さん。束ねるヤツは髪がもっと伸びた時に改めてでもよろしいでしょうか?」

「男の子に二言はないって聞いたけど……。まっ、しょうがないか。徹ちゃんだもんね」

 そんなこんなの会話を二人は日々重ねる。つまらないことで約束を繰り返し徹と結んでは、なんやかんやで仁美に約束を叶えていく日常がまた過ぎていく。

 徹はこんな日常がこれから先も続くのだと、何の根拠もなく信じていた。


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