第五幕「少女と殺人鬼」
黒い影は、まっすぐと僕の方へと近づいてくる。
フードを被り、季節には似合わない黒いロングコートを着ている。間違いなく、昨日の殺人鬼だ。昨日の夜同様、顔を見て取ることができない。
既に、お互いの声が届く距離までにきている。しかし、その距離で殺人鬼はピタリと止まる。
「やあ、また会えたね。」
殺人鬼は陽気にそう言い放つ。
「ああ。そうだな。」
僕は冷静に受け答えする。
ードクン(キニイラナイ)ー
そんな僕を見て、殺人鬼は怪訝そうにした…ように見えた。
「一つ聞いていいかな?」
「なんだよ?」
「君は馬鹿なのか?これではまるで殺してくださいと言ってるようなものだよ?」
殺人鬼の言っていることはもっともだ。殺人鬼がよく現れるという町。一度狙われた命。しかも一人で夜に出歩いている。これだけの条件が揃えば、殺人鬼に殺されることを望んでいるようにしか思えない。
「ああ。自分でも馬鹿なことしているって思うよ。でも、お前に聞きたいことがあってね。」
ードクン(ナニヲユウチョウニシテイル)ー
「ああ、そうか。そうだろうね。色々と君の考えの範疇を超えているだろうからね。」
言いながら、殺人鬼は陽気そうに笑う。
「答えろ!お前は何者なんだ!一ノ宮とどういう関係なんだ!!」
ードクン(ソンナコトハドウデモイイ)ー
「……そうだね。君は色々と興味深いし、いいよ。教えてあげる。」
そう言うと、殺人鬼は手を振り上げ、そして振り下ろす。
その瞬間、突然の突風が吹いた。その風だけで体も一緒に吹き飛ばされそうになる。
「ぐ!」
僕は耐え切れず、目を塞ぐ。
風が吹き止む。僕はゆっくりと目を開けると、殺人鬼が同じ場所に立っていた。
「な、何をした?」
「クク。後ろ…見てごらんよ?」
言われて、僕は殺人鬼を警戒しながら、後ろを見る。
「な!!」
それは何たる光景。僕の後ろにあったベンチだけでなく、立ち並んでいた木々が、バラバラにされていたのだ。
「な、何なんだ___これは!?」
ードクン(ナニヲオドロイテイル)ー
「君は『カマイタチ』を知っているよね?僕がそれを扱えるとしたら?君の後ろの光景も、君が昨日見た、死体も頷けるだろう?僕はね、自由自在に風を操る事できるんだ。」
ードクン(クダラナイ)ー
僕は殺人鬼が何を言っているのか分からなかった。ただ、分かるのは、さっきの要領でこいつが人を殺しまわったことと、いつでも、僕をバラバラに解体できることだ。
「お、お前……一体…」
「ああ、そうそう。あの女との関係も知りたがっていたね。アレは僕と同類だよ。」
「な__に?」
(ナニヲイッテイルダ?コイツハ)
「聞こえなかったかい?同類だといったんだよ。あの女も僕と同様。血に飢えた殺人鬼さ!!」
殺人鬼は今までないほど、陽気に笑い出した。
「ふ、ふざけるな!!お前と一ノ宮を一緒にするな!!」
「は!お前も昨日のことを見たはずだろ?あの女は僕に切り傷を負わせた。どうやってだと思う?」
「そ、それは……」
「簡単さ。彼女も、僕と同じ能力をもっているからさ。」
確かに、あの時、殺人鬼の肩から突然血しぶきが上がった。その現象を裏付けるものがあるとすれば、それはこの殺人鬼と同じ能力しかない。しかし___。
「例えそうでも、お前のような殺人鬼じゃない!」
「何も知らないからそう言える。
もう、いい。君との話は飽きた。君にもそろそろ死んでもらう。冥土の土産に面白いこと聞けたんだ。ありがたく思うんだね!」
「く、くそぉー。」
「!」
僕は奴に向かって突進した。それが今の僕ができる唯一の事。
が___僕は気づいた時には地面に叩き付けられていた。その瞬間、何が起きたのか分からなかった。
「が、がはっ!」
どうやら、奴の起こした風で吹っ飛ばされたようだ。
苦しい。息ができない。
「ゴホッ!ゴホゴホッ!」
「ククッ。驚いたよ。てっきり観念したかと思ったのに…。でも、ここまでだよ。死にな。」
奴はゆっくりと手を振り上げ、そして振り下ろした。
その瞬間、まるで、刃と刃がぶつかり合うような音が響いた。そして、僕の体は何一つして斬られた傷はなかった。
「……また、君か…よく邪魔をしてくれる。」
言いながら、殺人鬼は僕ではなく、別の方向に向いていた。そこには一つの影が浮かんでいた。
「言ったでしょ?あなたの勝手にさせないって。」
透き通った声、芯の強さを感じさせる声、聞きなれた声。しかし、そこには今までにないほど、冷徹な感情を伺えさせる。
「い、一ノ宮……」
そこに立っていたのは、紛れもなく一ノ宮怜奈、その人物だった。
「そうだったね。それじゃあ、どうする?あの女のように僕を殺すかい?」
あの女?あの女とは誰の事か?殺人鬼は誰の事を言っている?自分が殺した人間のことか?それとも___。
「黙りなさい!」
一喝。それは一ノ宮の感情の揺れの現れ。普段の彼女からは見て取れることのない動揺だ。
「この男には聞かれたくない__か?」
「く…お喋りはここまでよ。死んでもらうわ!」
一ノ宮の周りに風が渦巻く。と同時に、殺人鬼の周りも風が渦巻きだした。
「やれやれ、感情的になるのはいいが、敵の力を測り違えるなよ?
君と僕は同類の『力』は持っているが、その差は歴然だ。
死んでもらうだって?なめた口利いてるんじゃないよ!!」
殺人鬼は風の刃を放つ。刃の数は三つ。放たれた刃は俊足の速さで一ノ宮に向かっていく。
しかし、その刃は一ノ宮へ届く前に、同じ刃によって相殺される。
「なめた口ね……あなたこそ私を舐めすぎよ。
これまでにいったい何人の鬼を狩ってきたと思ってるの?人間を殺すのとは訳が違うのよ!」
今度は一ノ宮が刃を放つ。刃は先ほど殺人鬼が放った数と同様三つ。しかし、先ほどの刃のように直線的に殺人鬼に向かっていかない。一つは一直線に、一つは弧を描きながら、殺人鬼の左側面に、最後の一つも弧を描き、右側面に飛んでいく。
殺人鬼は、先ほどの一ノ宮のように同じ刃で応じるようでもない。いや、もう既に応じても遅い。一ノ宮の刃は確実に殺人鬼の肢体を切り刻む。
だが、その殺人鬼の口元は笑みで歪んでいた。
「な!!」
一ノ宮は驚愕の声を漏らす。
刃が殺人鬼の体に触れるか触れないかの程の間で、突然刃は消え去ったのだ。それは散る桜のように、刃の形を崩した。
「何を驚いている?同じ『力』ならば、より優れている方が、その力を支配できる。特に風のような自然の力はね。」
「そ、そんな……」
「確かに、君は同胞を狩ってきたようだけど、それは同じ『力』でなかっただけの話。風には天敵は存在しないからね。
だけど、厳密には違う。風の天敵はより強い風。要するに、君が僕に劣っているってことさ。」
それは歴然たる差だと、殺人鬼は一ノ宮に突きつける。
僕は自分の前で起きている光景を信じられずいた。これは本当に現実のことなのか。それとも夢なのか。
だが、何にしても状況が良くないことは分かる。このままでは、僕も一ノ宮も殺されてしまう。
ードクン(ソウナリタイカ?)ー
冗談じゃない。状況も上手く飲み込めてもいないのに、このまま殺されるのは真っ平だ。しかし、自分の体が上手く動いてくれない。先ほど地面に叩きつけられたからなのか、恐怖のせいか。
ードクン(ドウシタイ?)ー
このまま、ここで見ていることしかできないのか___?。
ードクン(ソレトモ殺し合いタイカ?)ー
そうこうしている間に、殺人鬼は次の行動を起こそうとしていた。
「さて、そろそろ終わりにしようか?」
「く……」
「ふむ……最後にいいもの見せてあげるよ。」
言うと、殺人鬼は自分の右手に風を集め始める。
「風の力に色々な使い道があるけど…相手を風で吹き飛ばすとか、刃として飛ばす、風に乗って跳躍するとかね?
でも、自分の手に風を集めて、高濃度に圧縮したらどうなるかな?その手は最強の武器なると思わないかい?」
それは既にどんな名刀よりも切れる刃。その一振りだけで人間を真っ二つにできるほどであろう。
その刃に弱点があるならば、使用者が相手に近づかなければならないことだ。しかし、一ノ宮に対して、それは関係ない。なぜなら、一ノ宮の刃は奴には無効化されてしまうからだ。
殺人鬼は一ノ宮に向かって走りだす。
ードクンー
「逃げろ!!一ノ宮!!」
僕は一ノ宮に向かって叫んだ。しかし、彼女は逃げようとしない。いや、逃げようとしないのではない。逃げきれないとわかっているのだ。そして___。
それは単なる突き。だが、それだけで殺人鬼に右手は一ノ宮の腹部を貫いていた。
「さようなら」
殺人鬼は一ノ宮から手を引き抜く。同時に一ノ宮はその場に倒れた。
ードンク(シンダ!シンダ!シンダシンダシンダ!死んだ!)ー
「いちのみやあぁぁあぁあああ!!」
僕は無意識に彼女に駆け寄っていた。そして、彼女を抱える。
それは惨劇。彼女は血にまみれ、今にも絶命しそうだった。
「まだ、生きてる。」
ードクンー
「放っておけば、死ぬけどね。」
言い捨てる殺人鬼を僕は睨みつける。
「なんだい?その目は?僕が憎いかい?バラバラにしなかっただけでも感謝してもらいたいね~」
ードクンー
その言葉で、僕の中で何かが切れた。
「キサマ___ぶっ殺してやる!!」
ードクン(イイダロウ。ヤッテミセロ。)ー
「言うね。だけど、殺されるのは君の方だ。」
殺人鬼は刃と化した右手で俺と一ノ宮ごと貫こうとする。この距離では普段の僕ではかわすことはできない。が___。
その瞬間、僕は飛んでいた。
それは跳躍、そして着地。自分でも信じられないほどの身のこなし。それも一ノ宮を抱えたまま。
「なん…だと!?」
それは殺人鬼も同じだった。驚愕の声を漏らす。完全に捉えていたはずだった。僕と一ノ宮を貫き、それで終わったはず。
しかし、僕の信じられない身のこなしより、それは阻まれたのだ。ただ、殺人鬼が驚いているのはそれだけではない。
「キサマ__その眼__」
「眼?」
僕が疑問の声を上げた時には、殺人鬼は風の刃を飛ばしてきていた。
「くそ!!」
僕は必死に避けようとするが、気づくのが遅すぎた。先ほどのような身のこなしはできない。刃は僕の体を切り刻む___はずだった。
だが、避けた後に、刃は僕の横を通過する。
「バカな!!」
再び驚愕の声を漏らす殺人鬼。
一体、どういうことなのか?僕には次に奴がどう動くかが見て取れるようだ。
「おのれ!!」
殺人鬼に焦りが見えた。奴は腕を振り上げ、刃を飛ばそうとする。
「次の行動は……!!」
避ける必要はなかった。なぜなら__。
次の瞬間、まるで何かが破裂するような轟音が鳴り響いた。
それは銃声。生で聞くのは初めてだったが、奴が銃に撃たれるのは見て取れていた。
殺人鬼は右肩を押せる。そこからは赤い血が滴っていた。
「グ…」
殺人鬼は苦痛の声を上げる。
「そこまでだ!おとなしくしろ!!」
暗がりでよく分からないが、男の声がする。
「ちっ!油断した…邪魔が入るとは…」
殺人鬼は忌々しげに、その声の方向を睨む。
「仕方ない……引かせてもらうよ。」
「待て!!」
僕はその場から去ろうとする殺人鬼を呼びとめる。
「僕と決着をつけたいなら、僕のところまでくるといい。いつまでも待ってるよ。
今はその女の方を心配した方がいいじゃないかい?」
「く!」
確かに、一ノ宮は危険な状態だ。このままでは…。
「待ってますよ。真藤先輩。」
「!!」
砂煙が上がる。僕は目を閉じる。砂煙がおさまった時には、殺人鬼の姿はなかった。
「大丈夫かい!?君たち!!」
先ほどの男が、僕たち側まで寄ってくる。
「あ、あなたは!?」
「君は__一輝君!」
その男は、僕のよく知っている人物だった。




