第一幕「人と鬼」
2007年 四月九日。月曜日。学校に通っているものなら、新学期。新入生にとっては新たな生活が始まるであろう、その日の夜、それは起きた。如月町の隣町にあたる皐月町の路地裏での通り魔殺人。被害者の身元は不明。なぜなら、衣服や所持品が奪われていたことと、殺され方に問題があった。死体はバラバラにされたあげく、頭部がなかったのだ。
それから一週間、被害者は既に4人になっていた。
「『殺人鬼現る!!』……ね…」
朝御飯を前に、食卓で新聞を広げ、僕は少し不機嫌気味に、そんな事を呟いていた。
「何よ?突然…」
僕こと真藤一輝の姉である真藤香里刑事が、そんな僕の言葉に対して、何を今更といった感じで聞いてきた。
「この記事だよ。見出しにそう書いてあるんだ。それも一面。」
僕はありのままを説明する。
「そういうこと聞いてるんじゃないわよ。その記事に何か変な事でも書いてあったのかってことよ。今や、その事件についての記事なんて珍しくないでしょう?」
「別に……到って普通に事実を述べるだけの記事だよ。」
「じゃあ、なんなのよ?」
「この見出しだよ!何?殺人鬼って!」
「………は?」
突然、記事の見出しに怒りだした僕に、姉さんは意味不明だと言わんばかりの顔をした。
「だって『鬼』だよ?この事件、どう見たって『人間』の仕業じゃないか。それを、『鬼』だなんて。例え、凶悪犯だって、これは言いすぎだよ。」
僕は見出しに対して、不信感を吐露する。
「あ~~!そういうことね。なるほど。つまり、一輝は、例え、殺人犯であっても、それは『人』であり、『鬼』なんていう怪物に例えるような表現は人権侵害だと、そう言いたいわけね。」
姉さんは、僕の言いたいこと理解できたらしく、上手な説明役になってくれた。
「そう!そのとおりだよ。」
「まあ、ね。確かに『鬼』は怪物のイメージの方が強いけど、でも、実際は違うのよ。」
「え?そうなの?」
姉さんからの返答は意外な言葉だった。
「いい?一輝。確かに昔の人は『鬼』を怪物の姿で描いているけれど、あれが事実ではないの。本来の鬼は人間なのよ?」
「に、人間!!そんなバカな。だって、あの姿はどう見ても……」
「あれは畏怖を込めて作られた存在よ。実際にいたわけじゃないの。
大昔の日本人は自分たちと違った存在を恐れたのね。
でも、それをストレートに表現するわけにもいかなかった。
だから、あんな姿になったのよ。要は、その人たちへの嫌味みたいなものよ。」
姉さんは得意そうに鬼ついて語る。
「……自分たちと違った存在って?」
僕は一番核心ともなるところを聞いた。
「そうね……例えば、平気で人を殺して回るような人間……とかよ。」
そう言われて、僕は新聞の見出しを改めて見た。
「う……まさに……」
「そ、まさに『殺人鬼』ね。まあ、別にそれだけじゃなく、突然変異の異形の人間や外国人もそうなんだけどね。」
「怖れの対象か……」
なるほど、確かにそういう考えが元なら、この見出しは、案外間違いではないのかもしれない。
「まあ、でも、刑事の私としてはこんな犯人を煽るような書き方してもらいたくないんですけどね……それよりも、一輝?」
「ん?何、姉さん?」
「時間いいの?いつもの時間だけど。」
姉さんは時計をツイツイっと指差す。
「げっ!!やべ!!」
僕は朝御飯を喉に流し込み、かばんを持って、玄関に向かう。
「彼女によろしくね~」
「ばっ!そんなんじゃないよ!」
そう反論しても、姉さんは玄関先で楽しそうな顔をしていた。
ーピンポーンー
『はい。』
インターホン越しに、中年男性の声がする。
「あ、真藤です。」
『お待ちしておりました。』
そう聞こえると、プツっと切れる音がして、ドアが開く。そこから、『あの時』の女性徒が出てくる。
「やあ、おはよう。一ノ宮。」
僕はその女性徒に笑顔で気さくに挨拶する。
「ええ、おはよう。」
しかし、女性徒の方は、無機質な挨拶しか返してこない。
「お待ちしておりました。真藤様。」
女性徒の後ろから、執事の格好をした男性が出てくる。
「いつもいつも、お迎え、ありがとうございます。」
言いながら、男性は深々と礼をする。
「齋燈、頭を下げる必要なんてないわ。この人が勝手にやってるだけなんだから。」
女性徒は執事の行動に対して叱咤する。
「しかし、御嬢様…」
主人の言動に慌てふためく執事。
「いいんですよ、齋燈さん。本当のことですから。」
これはいつも光景。腰の引くい執事の齋燈さん。それを咎める一ノ宮。それを諌めようとする執事。そして、フォローを入れる僕。そして、そのまま2人で学校に登校する。それが、この数ヶ月続けてきたことだった。
けれど、その日は運命の、そして約束の3日間の始まりだった。
今の僕らは、それを知る由もなかった。