~一輝~
その日は、雨が降っていた。
「それじゃあ、先輩。お先に失礼しまーす。」
「ああ、気をつけて帰りなよ。」
僕は数人の生徒を部室から送り出した。
3日後に控えた文化祭に備え、我ら新聞部も出し物の準備をしていた。
もう時間も遅くなったので、僕は後輩を先に帰した。
「それにしても遅いな。命先輩……まだ、クラスの出し物の準備、終わってないのかな…」
その日の朝、新聞部の部長である紅坂命先輩に放課後、部室で待っているように言われていた。それは僕個人に言われたことであり、部員を集めて待っておくようにという事ではない。
「う~ん……何なんだろ…っと、いけね。作業作業。」
僕は止まっていた手を再び動かし始めた。
その時、後ろで部室のドアが開く音がした。僕はそれを命先輩が入ってきたものだと思い込んでいた。
「あ、遅いじゃないですか、先輩!待ちくたびれましたよ。
もう、帰っちゃおうとしていたところなんですよ。……な~んて、嘘ですけどね。
さっき後輩たちを帰らせたと…こ……ろ?」
後ろを振り返るとそこに立っていたのは、命先輩ではなく、見知らぬ女性徒だった。
制服からすると、同じ学年のようだ。
「あれ?君は?」
「……」
女性徒は何も答えない。こちらをじっと見ているだけだ。
よく見ると、その女性徒は髪から服までびしょ濡れだった。おそらく雨で濡れたのだろう。
「ちょっと待ってて。今、ロッカーからタオル持ってくるから。」
「いらない。それよりもこれ……」
女性徒は僕に一枚の便箋を差し出した。
それは雨で濡れて、字が滲んでいたが、表に僕の名前が書かれていた。
「えっと……君から?」
「いいえ、違うわ。」
感情のない顔と声で女性徒は答える。
便箋の裏を見てみるとそこには『紅坂命』と書かれていた。
ードクンッ!ー
その字を見た瞬間、僕は嫌な予感がした。
何故か、人前であるのにも関わらず、便箋の中に入っているであろう手紙の内容をすぐに見ずにいられなかった。
そこには僕への想いが綴られていた。
『ずっと好きでした』
それを読んだ僕は、何を今更と思っていた。先輩の気持ちにも気づいていたし、僕もその気持ちに応えるつもりでいた。
けれど、手紙の最後にはそれとは裏腹な言葉で締めくくられていた。
『ごめんね。さようなら。』
これはどういうことなのか。
明らかに単なる相手に想いを伝えるだけのラブレターというわけではない。
「確かに届けたから。」
女性徒は部室から出て行こうする。
「ちょっと待って、どうして君がこれを?」
女性徒は僕の質問を無視して、そのまま去っていった。
ただ、去り際、彼女はとても悲しそうな顔していた。それが印象的だった。
「涙……?」
僕にはその時、何がどうなっているのか分からなかった。
次の日、紅坂命が死んだことを担任教師から知らされた。
何もかもが真っ黒に塗りつぶされるかのような感覚。自分の体の一部が削られたような感覚に襲われた。
そして、僕はショックのあまり教室で気を失った。
後で知ったのだが、あの時、手紙を持ってきた女性徒の名前、それが一ノ宮怜奈だった。
今回でプロローグは終わりです。
次回から本編に突入です。