~怜奈~
その日は、雨が降っていた。
噴出す血。
雨で流れる血。
荒い息。それはどちらの呼吸か。
視界は紅く染まっていた。
「……ぁ…ぅ」
既に標的は息絶え絶え。
遠からず息を引き取るであろう。
それでも、標的は動こうとする。
「あまり動かない方がいい。死期を早めるだけよ」
そう助言しても、標的は動くことをやめない。
当たり前か。既に標的には言葉は通じないのだから。
標的は全身を震わせながら、ポケットから便箋を取り出す。
「こ……れ……」
その便箋を私に差し出す。
「!!……あなた…正気を…」
私は標的の声が聞こえる位置まで耳を標的の口元まで近づける。
「こ…れを…ぅう!!……彼…に…」
「……ええ。わかったわ」
私は便箋を受け取る。
「あり…が…と……」
「!!」
それを最後に標的は息を引き取った。
「何故…なんでよ……」
死人への投げかけ。無意味と知りながら、口に出さずにはいられなかった。
「私はお礼を言われる筋合いなんてない!!
だって……私はあなたを…」
「そんなに自分を責めるものじゃないよ」
突然、後ろから声をかけられる。
私が振り向くと、そこには見知った男が立っていた。
「あなた…なんでここに…」
「いや…心配になってね。来てみたら案の定って感じだったね。
あんまり、自分を責めるものじゃないよ。これは仕方ない事なんだから」
「……」
それは慰めのつもりなのか。
けれど、それは、私にとって慰めでもなんでもない。
「ここは僕がなんとかしておくから。君はそれを届けに行かなきゃならないんだろ?」
「……ええ。ありがとう」
私は彼にお礼を言って、その場から離れた。
それは慰めにならない。
私が彼女を殺した事実は変わらないのだから。