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Burst・Error ~鬼~  作者: みどー
エピローグ
15/16

~答え~



 少年が最後に現れて、姿を消してから数年が過ぎた。そして、あの運命の三日間から既に15年が経過していた。


 今日は怜奈が研究室を訪ねてくることになっている。オレが彼女を呼び寄せたのだ。なぜなら、大切な話があるからだ。


「来たか―――。」

「お久しぶり―――一輝。それに―――。」


 怜奈は、カプセルに収容されている子供たちに目を向けた。


「変わりはないよ。あの時のままだ。」

「そう…」


 子供たちを見る目の哀しみが灯る。それを見て、オレは胸が痛んだ。


「ちゃんと食べてる?たまには、外に出てる?」

「え?ああ―――大丈夫だ。ちゃんと食べてるし、外にも出てる。

 たまに新一さんや姉さん、海翔にも会ってるよ。」

「そう―――ならよかった。」


 怜奈はオレに優しく微笑んだ。昔の怜奈からは考えられないことだ。

 それでも、それが本来の彼女だったのだろう。

 今の彼女は憑き物が落ちて、自然体であるように思える。



 久しぶりの再会に、世間話に話を咲かせた後、オレは本題を切り出した。


「今日、来てもらったのは他でもない。鬼の―――神の因子ついてのことなんだ。」

「因子の?」

「ああ。研究していて分かったことがあってね。君にどうしても伝えておきたいと思って。」

「一体な何なの?」

「君はオレの中にいる、もう一人の存在について知っているよね?」

「ええ―――以前、あなたから聞いたわ。

 確か、鬼神・前鬼―――よね?」

「そうだ。彼はオレであり、オレは彼でもある。

 彼には、人を超えた力があり、その宿主であるオレには、その力が宿っている。

 だからこそ、その彼と同じ因子を埋め込まれた、ここにいる子供たち、そして、怜奈もそうだけど、人を超えた力を身につけた。」

「―――ええ。」

「あの時の研究者も、オレの本当の両親も、そして一ノ宮博士も、そう思ってきた。オレも今までそう思っていた。」

「――――――どういうこと?違うって言うの?」

「そう―――違うんだ。違うんだよ、怜奈。

 みんな勘違いをしていたんだ。

 彼らに、君に埋め込まれた因子はオレの中の因子とは別物だ。」

「そ、そんな!だって―――私たちに埋め込まれた神の因子は、あなたの中にある因子と酷似しているって博士が―――」


 怜奈は顔面を蒼白にさせ、オレの説明に否定の言葉を重ねてこようとする。それも無理はないだろう。今まで、思いこんできた事が否定されようとしているのだ。それが、良いことでも悪いことでも、信じてきたことが、否定されようとすれば、人間は動揺する。


「それが間違いだったんだよ。

 博士は勘違いしていたんだ。見つけた因子がオレの中の因子と多少の違いがあるのは、それぞれの個体差によるものだと。

 あの時、博士が、ある人間の死体から採種した因子は、オレのとは、全くの別物だ。」

「――――――やっぱり、人間から採種した因子だったのね?」

「ああ、当時の事を色々と調べて分かったよ。」

「バカみたい―――神の因子なんて言って、所詮、人間から採種した遺伝情報に過ぎなかったってことじゃない。

 それなのに私たちは――――――」

「そうでもないよ。君の中にあるのは確かに、神の因子だ。」

「え―――?」

「それは僕の因子と対となる存在。君の中にある因子は、遙か昔、鬼神・前鬼とともにあった存在、鬼神・後鬼のものだ。」

「――――――」

「そしてね、怜奈。君が因子を埋め込まれても、正気でいられた理由、それは、君が後鬼の子孫だからだよ。」

「そ―――んな―――」

「おそらく、あの時、神の因子を採種した死体っていうのは、君の本当の母親だったんだろう。

 君のお母さんが、鬼神・後鬼だったんだ。」


 怜奈は俯き、何も言わなくなってしまった。

 今、彼女はどう思っているだろうか?真実を訊かされ、今何を思っているだろうか?

 どう思っているにせよ、今のオレにかける言葉はない。これは彼女自身が受け止めなければいけない真実なのだから。


「オレが語ってあげられるのはここまでだ。

 その真実が分かったからといって、この子たちを救う手立てが見つかったわけでもない。やっと、後鬼の因子の解析ができただけだからね。

 15年掛かってここまでだ。この先、あと何年かかるか分からない。でも、必ず、君との約束は守るよ。」

「――――――ありがとう。一輝。」


 怜奈は泣いていた。あの時同じ場所で流した涙とは違う涙。悲しみだけではない、真実を知ったが故の涙だ。前へと進んだことへの涙だ。


「お礼を言われる筋合いはないよ。これはオレの罪滅ぼしだ。」


 瞬間、彼女は少し哀しそうな顔をした。それが、オレに架してしまった罪ではないのかと、彼女は思っているのだろうか?

 オレはその顔を見ながら、首を左右に振った。


「違うよ、怜奈。これはオレが決めたことだ。オレ自身が自分に架した責なんだよ。」


 怜奈はオレの言葉を聞いた後、オレの目をじっと見て、黙ったまま頷いた。

 彼女も分かっている。オレがオレ自身に架した責は、オレがオレであるための責なのだと。彼女もまた、自分の罪を償う方法を探し続けた存在であるのだから。


『やっと辿り着いたね?嬉しいよ一輝。』

「「―――――」」


 突然の声に、オレたちは驚いた。

 この研究室にはオレと怜奈しかいないはずなのに、すぐ側で声が聞こえてきたのだ。

 少なくとも怜奈にとっては、初めての経験だ。驚いても無理はない。

 オレにとっては久しぶり事だ。まさか、このタイミングで現れるとは―――。

 この声の主をオレは知っている。数年前までこの研究室で何度も聞いた声だ。


「君―――なのか?」


 オレの問いかけに声の主は、クスリと笑った。


『そうだよ。待っててね。今、そっちに行くから。』


 その声が聞こえた瞬間、オレたちの目の前が輝きだした

 そして、その輝きの中から、あの少年は―――いや、天使は現れた。


「――――――天使?」


 怜奈は、オレが彼のその姿を見たときと同じように、彼を天使と呼んだ。

 オレも彼が本当に天使なのかどうか分からない。彼と最後に会ったとき、別れ際、その姿を見ただけなのだから。


「うーん、僕を天使と思うのは勝手だけど、僕はそんな高貴な存在じゃないよ?」

「じゃあ、なんだっていうんだ?君のその純白の翼は、天使そのものじゃないか?それに君はあの時の姿のままだ。」

「はは―――一輝さー、君たちの常識だけで、物事を考えちゃいけないよ。それは君が一番良く知ってるでしょ?

 僕は―――そうだな~。世界のそのもの―――かな?」

「なんだそれは?答えになってないぞ。」

「いいんだよ、僕のことは。今日はそんな話をしに来たんじゃないんだからさー。」


 翼をもつ少年は、面倒くさそうに言い放ち、オレに問いを受け流した。


「それじゃあ、あなたは何しにきたの?」


 怜奈は少年に対して、警戒心を持ちながらも、聞き返した。


「ん?あー、君が怜奈さんなんだね?おおー!一輝が言ってた通り、綺麗な人だねー。

 でも―――うん、やっぱりそっくりだ。」


 少年は初めて会った怜奈をマジマジと眺めながら意味不明な発言をしている。


「おい!余計な事言うな!それに何だ?そのそっくりっていうのは?」

「ん?あー、こっちの話だから気にしないで。」


 少年は楽しそうに笑い、またオレの質問を受け流す。

 オレは疑問に思わざるおえなかった。今日現れた少年は、今までの少年とはどこか違う。同一人物であることは確かだが、まるで雲の上にいるような、浮き世の存在とは思えない感じだ。


「そんなことより、一輝―――。」


 少年は一頻り笑うと、突然、真顔でオレの名前を呼んだ。


「な、なんだ、突然?」

「ちゃんと覚えてる?僕が最後に言った言葉を。」

「――――――オレが変わらず、信念を持ち続けていたなら、オレが望む答えを与えてくれるってやつのことか?」

「うん。よかった。ちゃんと覚えていたね。

 君は一人で前鬼と後鬼の真実に辿り着いた。誰の力も借りず、自身の信念のみの力で。君は立派だ。偉い。

 だから、教えてあげるよ。君たちが追い求めてきた答えを。この子たちを元の人間に戻す方法を。」

「「――――――」」


 オレたちは固まっていた。彼の言葉の意味が最初分からなかったからだ。

 ただ呆然と、オレたちは少年を見ていた。


「はは―――良い反応だね?二人とも。」

「ほ、本当なのか!?この子たちを元に戻す方法を君は本当に知っているのか?」

「うん。本当だよ。僕は知ってる。だから、教えてあげる。

 けど―――ただでとは行かない。」

「え―――」

「当然でしょ?一輝。

 何かを得るには、それに見合う対価を支払うことが、この世の理だ。

 ね?僕は天使なんかじゃないでしょ?天使ならきっとこんな取引持ち出さないもの。」

「――――――何を支払えばいい?」

「か、一輝!?この子の話信じるの?」


 怜奈はオレの返答に驚き、それを止めようとした。

 けれど、オレは彼が嘘を言っているように思えなかった。彼は信用に足る存在だ。初めて会ったときから、それは変わらない。


「信じてくれてありがとう。一輝。

 これで、僕も心おきなく、君に対価を求めることができるよ。

 君に支払ってもらいたい対価―――それは、君の鬼神の力だ。」

「オレの―――力?」

「そう、君の力。それを僕に支払えば、僕は君に『答え』を与えてあげられる。」

「ま、待って!一輝の鬼神の力って、そんな事をしたら―――」


 怜奈はその言葉の意味をいち早く理解し、制止を求めた。


「そう―――支払えば、一輝、君は力を失い、もう何も守れなくなる。

 それどころか、君は守られ側に戻ることになる。

 おそらく、君の力は君の眼と共にあるからね。力を支払えば、君は失明するだろう。

 それでも、君は支払うかい?」


 少年の言葉は、真実だ。この取引は、俺自身を代償にすることで、成立する。オレ一人が力と光を失うだけで、子供たちを救う事が出来る。そして、おそらくは、この少年も。

 分かっていた。この少年はオレに助けを求めにきたのだと。オレの力が必要なのだと。そして、きっとそれはオレが行くことが出来ない場所で必要なのだ。だからこそ、少年は力を引き替えにした取引を申し出たのだ。


 少年は何も語らないが、少年の眼は助けて欲しいと語っていた。


 その少年の眼を見て、オレは―――いや、僕は決断した。


「わかった―――その取引、応じよう。」


 その瞬間、怜奈は酷く悲しそうな表情をした。けれど、止めることはなかった。彼女も分かっているのだ。オレが望んでいる事と、少年が望んでいる事を。


「ありがとう。一輝。感謝するよ。

 これで、彼らを僕は救うことができる―――」


 ああ―――やっぱり―――そうなんだ。


 少年はゆっくりオレのの両目に手を添えた。


 そして、オレは消え―――――――――僕に戻った。


 瞬間、僕は子供たちの笑い声を聞いたような気がした。



次回、完結です!

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