最終幕「罪と罰」後編
銃声は鳴り響いた。
が――――――。
新一さんの銃から放たれた弾丸は、博士の目の前で止まり、床に落ちた。
「「――――――」」
僕たちはその現象に目を瞠った。新一さんに至っては、あまりの出来事に、呆気にとられている。
「フ―――フフフ。どうやら、間に合ったようだな。」
「な―――に?」
僕は疑問の声をあげる。だが、その疑問も、その後に聞こえてきた声により解消した。
「そこまでよ、二人とも。これ以上、博士には手出しさせない!」
聞き覚えるのある、透き通った女性の声が博士の後ろから聞こえてきた。
姿を見るまでもない。僕が良く知っている人物だ。
そして、おそらくは、ここに来るであろう事も予想していた。
その人物は、僕たちと博士の間に立ち、僕たちと対峙した。
「怜奈―――君!」
新一さんは愕然としていた。
当たり前か。彼がもっとも信頼を寄せいた一人が、博士の側についていたのだから。
僕たちの目の前に立ちはだかった人物、それは一ノ宮怜奈だった。
「やっぱり―――か。そうじゃないかと思っていたんだ。
君も博士の仲間なんじゃないかとね。」
「真藤君―――どうして?」
問いかけた一ノ宮の顔は悲しみに染まっていた。
僕と一ノ宮がこうして対面してしまったことに、彼女は悲しんでいた。
「君は―――僕に命先輩について嘘をついた。だから、なんとなく思ったんだ。僕に気づいて欲しくないってことがあるんだって。君と命先輩の真実に。
君と命先輩は、博士に協力していたんだね?」
「―――そうよ。私と紅坂先輩は、あなたの監視と護衛を博士から命じられてた。
紅坂先輩は鬼として力が強くなかったから、あなたの側で監視を、私はあなたに気づかれないように、離れた場所で護衛をしていた。」
「何故、そんなことを?」
「あなたは本物だから。偽物を呼び寄せてしまう可能性が高いから。御堂のように。
けど、それが裏目に出て、紅坂先輩が御堂の手に堕ちた。
結局、私は彼女を救うこともできず、殺してしまった。」
その言葉は真実だ。救いたくとも救えなかった。命先輩は鬼に堕ちてしまったから。それを止める術は、彼女にはなかった。
その直接的な原因を作ったのは御堂だが、その根本の原因は僕の存在にあった。僕の存在そのものが彼女たちを苦しめた原因なのだ。
「やっぱり、そういうことか。
もう―――訊く必要もないけど、何故、博士に協力を?」
「この子たちを―――救うため。
それが、紅坂先輩との約束なの。この子たちを自由にしてあげることが、私とあの人の願いだったから。
だから、彼女も博士の実験の被検体になった。私も自分の因子を提供した。」
「そ、そんな―――そんな、どうして君たちがそんなことをしなきゃならない!」
新一さんが堪えきれず、言葉を挟んだ。
彼の疑問はもっともだ。そこまでして、何故、この子供たちを救いたかったのか。
けれど、僕にはそれが分かっていた。
「兄弟―――家族だからだろう?」
「そう―――私にとっては、同じ施設で育った兄弟だった。家族だった。
そして、命にとっては、償いの対象だった。」
「償いの対象だって?どういう意味だ?怜奈君」
「彼女の両親は、あの時、施設から子供たちを逃がそうとした一派の仲間だった。けれど、その後の惨事に後悔していた。自分たちのしたことは過ちだったと。その罪の償いを探していた。
それを見て育った紅坂先輩は、親の代わりに自分が償うことを誓うようになった。」
「どうして、親のしたことを―――」
「両親が大切だったからですよ。命をかけて守りたいほどにね。」
新一さんの疑問に僕は答えた。
『そ、私にとって大切な人は、私をここまで育ててくれた両親かな。
きっと、色々と迷惑かけてきたんだろうけど、それでも優しく、時には厳しく、私を見守ってくれた両親には感謝してもしきれないもの。
そんな人達のこと、大切じゃないわけないでしょう?そう思わない?』
あの時の部室での言葉が僕の中で甦る。彼女のあの言葉に嘘はなく、そして、彼女は、あの言葉通りに行動したのだろう。
「そんな―――そんなことをしても親は喜びはしない」
新一さんは唇を噛みしめていた。その悔しさの気持ちは、僕も同じだった。
けど、今は過去を振り返っている時ではない。
今、目の前にいる彼女に、本当の意味での彼らの救いを教える時だ。
「だから、お願い、真藤君。博士を許してあげて。
彼はこの子たちを救える唯一の存在なの。だから―――。」
「それは違うよ。一ノ宮。」
「え―――」
「彼らの本当の意味で救いはそんなことじゃない。彼はそんなこと望んじゃいない。」
「何を―――何を言っているのよ!そんな訳ないじゃない!
彼らは自由になりたがってる。鬼の呪縛から。
自由になって、この大地を踏みしめたいと願っているのよ!」
「違うんだ。そうじゃないんだ。君は勘違いしている。」
「かん…ちがい?」
「それを僕が今から証明してみせるよ。」
僕は一歩前に踏み出し、鬼神の力を消し、人格も鬼神・前鬼から、真藤一輝の人格に戻した。
「博士!お聞きしたいことがあります!」
「ほう、この状況で鬼から人間に戻ったか。面白い。
いいだろう、一輝君。なんでも訊きたまえ。答えてあげよう。」
「博士は、この子たちを救いたいと仰いました。それは本当ですか?」
「本当だとも。嘘偽りなくね。」
「では、どうやってこの子たちを救うつもりですか?」
「――――――」
瞬間、博士から余裕の笑みが消えた。
「そ、そんなの決まってるじゃない!この子たちから、鬼の因子を消して、普通の人間戻すのよ。博士だって私たちそう言ってたわ。」
一ノ宮は博士の代わりに答えた。
けれど、その回答は間違っている。
「本当にそうですか?そんなことが可能なんですか?」
僕は博士に再び問いかける。
博士は―――その問いに今まで見たことない、歪で、邪悪な笑みを浮かべた。そして、高らかに笑い出した。
「フ―――フフフ、ハハハハハハハハハ!!」
「は、博士?」
一ノ宮は博士の豹変に呆然としている。
「ククク…まったく、察しが良いのも困りものだな。
その察しの良さも鬼の力か?
一輝君、君が考えている通りだよ。鬼の因子を消す方法など、存在しない。」
「「な―――」」
一ノ宮と新一さんは博士の言葉に絶句した。一ノ宮だけに関して言えば、その顔から失望の色が伺える。
「やはり、そうだったんですね。じゃあ、どうやって、この子たちを鬼の呪縛から解き放つつもりなんですか?」
「鬼の呪縛から解き放つか―――。
そんなこと決まっているだろう?彼らを完全なる神の子へ進化させるこによってだよ。
鬼の因子を消す?そんなことをして何になる。折角、手に入れた神の力だ。それを消すことなど、愚かな行為だ。
この子たちも、それを望んではいないだろう。」
「そ、そんな―――うそ、でしょ?」
平然と言い切る博士に一ノ宮は愕然とした。彼の言葉が信じられないようだった。いや、信じたくないのだろう。
「一ノ宮、博士が言っていることは本当だよ。
君たちは騙されていたんだ。この人は、自分の研究を押し進めるためのサンプルが欲しかっただけなんだよ。君も含めてね。」
「君もだよ、一輝君。私にとっては、怜奈も君も生きた標本のようなものだ。」
僕はその言葉に、博士を睨みつけた。だが、博士は不気味な笑みを浮かべたままだ。
「どうして―――どうしてなの!?博士!
あなたがこの子たちを普通の人間に戻してくれるっていうから、実験にも協力した。鬼になってしまった子を殺すことも厭わなかった。
だけど、それは全部、この子たちのためだったのに―――」
一ノ宮は博士に詰め寄った。
彼女はこの十数年苦しんでいた。自身と同じ境遇うの人間を殺さなければならない状況に。
それすらも、意味のないことだと知らされた今、彼女の後悔の念と、絶望は計り知れないものだろう。
だが、それが真実だ。その真実を知らないまま、彼女にこれ以上の罪を背負わせるわけにはいかない。
だが、今此処にいる博士はそんなことは微塵も思っていない。
「怜奈よ。お前の言いたいことも分かる。
だが、考えてみるといい。この子たちは、このままでは鬼のままだ。
だが、私なら完全に神の因子を定着させる可能性がある。いや、きっとできるだろう。
そうなれば、この子たちは自由だ。お前が望むようにな。
だが、今此処で諦めてしまえば、お前の努力、苦悩は全て水の泡だ。それはお前の望むことではないだろう?」
「博士―――」
一ノ宮は博士に歩み寄る。
「そうだ。それでいい。」
博士の言葉に、一ノ宮は揺れた。その甘い言葉にその傷ついた心が傾きかけた。
僕以外の人間にはそう見えていただろう。
けれど、僕にはこの先の未来が視えていた。
だから―――。
「止めるんだ、一ノ宮。それは君の役目じゃない。
僕の―――オレの役目だ。」
僕は一ノ宮の左腕を掴み、引き寄せた。
右腕には、風を纏わせ、高密度に圧縮されていた。
一ノ宮は、博士を殺すつもりでいた。
「し、真藤君―――どうして―――」
一ノ宮は自身が起こそうとしていた事を、予知されていた事に驚いていた。
「怜奈―――オマエ、裏切ったな!」
博士は一ノ宮を睨み、忌々しげに叫んだ。
「当たり前だ!一ノ宮はお前の言葉など、もう信じない!
キサマは、ここで、オレが消してやる!」
僕の中で再び、鬼神の人格が目覚める。
「おのれ―――おのれ、おのれ、おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれ!!
かくなる上は、この場所諸共、オマエ等を道連れにしてやる!」
博士は逆上していた。ポケットから、リモコンを再び取り出し、スイッチを押そうとする。
「オマエはオレが消すと言っただろ!」
僕は右眼に黄金を灯らし、博士を睨みつける―――。
その刹那、銃声が鳴り響いた。
「え―――」
それは、誰が零した言葉か。
今、目の前で起きた事に僕と一ノ宮は呆然とした。
「ば、か、な―――」
博士は、苦しそうに、忌々しげに呟いた。そして、手からリモコンが滑り落ちる。
博士の胸からは夥しい血が流れ出していた。
「君の役目でもないよ、一輝君。これは、僕の役目だ。」
それは新一さんの言葉だった。
「新一さん…」
博士の胸を貫いた弾丸は、新一さんが打った銃のものだったのだ。
「き、さ、ま…」
博士はバタリとその場に崩れ落ちた。
「僕の父が犯した罪は、あの施設から子供たちを逃がしたことなんかじゃない。お前に子供たち託したことだ。
その過ちを僕が正す!」
新一さんは博士に近寄り銃口を向ける。
「―――それ、で、償った、つもりか―――。
そん、な、ことで、罪は、消え、は、しない。
おま、え、たちは、取り、返し、の、つかない、事を、した。
おま、え、たち、には、か、必ず、や、罰が、て、天罰が、くだるぞぉぉおおお!」
博士の叫び声と共に、銃声が鳴り響いた。
それは、断末魔のようだった。
「これで償ったつもりはない。僕は、この罪を、罰を一生背負っていくつもりだ。」
それは重く、決意に満ちた言葉だった。だが、新一さんの言葉は博士に届くことはない。既に博士は死んでいた。
「これで、終わったな―――」
新一さんは、深い溜め息と共に、呟いた。
博士は死に、これで全てが終わったかのように思えた。
だが―――。
「いいえ。まだよ。まだ、終わってない。
残っているもの私たちが。」
「え―――」
それは一ノ宮の言葉だった。一ノ宮は僕の手を振り解き、風を発生させた。
「一ノ宮―――何を!?」
「私とこの子たちが残っている限り、何も終わらない!
また、同じことが繰り返されるだけよ。
だから―――だから、この子たちを殺して、私も死ぬ!」
その瞳には涙が一杯に溜められていた。
自分の犯した過ちと、その罪の重さに彼女は堪えられなかったのだ。
「ま、待つんだ!」
「もう、こんなの嫌なの!」
新一さんの制止も訊かず、彼女は竜巻を起こし、風は部屋全体を覆った。
「あなた達は逃げて。私はこの子たちと一緒に―――」
「ダメだ!」
僕は叫び、竜巻の中に飛び込んだ!
「く―――!」
「―――どうして!私は、あなたの大切な先輩を殺したのよ?
私を助けようなんて思わないで!」
「そんなこと―――そんなことできるわけないだろう!?
僕は、一ノ宮のこと、命先輩と同じぐらい大切に想ってるんだから!!」
「――――――」
僕の告白に一ノ宮は一瞬怯んだ。
彼女を止める時は今をおいてない。
「うおぉぉぉおおおおおお!」
僕は雄叫びと共に、竜巻の中を進んだ。
そして、一ノ宮のもとに辿り着き、僕は彼女を抱きしめた。
「ぁ―――」
一ノ宮の小さな悲鳴と共に、風は止み、竜巻は消えた。
「僕が君を守る。僕が子供達を守る。
僕が子供達を元に戻してみせる。博士と違う方法で、君が望む形で。
どれだけかかっても、必ずだ!
だから―――もう、独りで背負い込まなくていい。もう、独りで泣かなくてもいい。
僕が必ず、君の願いを叶えるよ。君と一緒に。」
「か、ず、き―――」
僕は震える彼女をぎゅっと抱きしめた。安心させるように。何の心配はいらないのだと、思えるように。
「う―――ぅぅう―――うあああああああああ!」
彼女は僕の胸の中で、泣き叫んだ。
僕は決意をした。
これから先、何があっても、一ノ宮と子供達を守ると。
君たちは、僕にとって掛け替えのない大切な存在なのだから。
そして、いつの日か、君たちが笑っていられる世界を創り出してみせるよ。
エピローグへと続きます




