最終幕「罪と罰」前編
僕が如月学園から出てくると、門の前に新一さんが待っていた。
「終わった―――のかい?」
新一さんは半壊した旧校舎を見ながら、僕に尋ねた。
「ええ、御堂は―――殺人鬼は消えました。」
「そうか…」
そこには、安堵と悲しみが入り交じった表情があった。
安堵は、殺人鬼が消えたため。
悲しみは、僕が殺人鬼であろうと人を殺したためだろうか。それとも、御堂が鬼として消されたためか。
「でも―――これですべてが終わった。
君にも怜奈君にも平穏な日々が戻る。」
新一さんは表情を明るくして、僕に向かって笑顔見せながら言った。
けれど、その言葉を僕は素直に受け入れることはできなかった。
「いいえ、まだ何も終わってません。」
「え―――」
瞬間、新一さんは表情を曇らせた。
「それは新一さんが一番良くわかっていることのはずです。
だから、僕にあんな事を言ったんでしょう?」
「な、なんのことだい?」
新一さんはしらを切っているが、そこには動揺の色が伺えた。
「やっぱり―――そうですか。」
「―――っ。」
その動揺が読みとられたために、新一さんは顔を苦渋の表情へと歪ませる。
「あなた僕にこう言ったんです。
『人は過ちを繰り返す。踏み入ってはならない領域に平気で踏み入る。』と。
覚えていますか?」
「ああ、覚えているよ。」
「あの時は何を言っているのか分からなかった。
けど、御堂との戦闘の中で、僕はすべてを思い出した。
それで、全部分かりました。あなたが言った意味が。」
「そうか―――。
なら、君はこれからどうするつもりだい?」
その問いかけをする新一さんには、先ほどまでの安堵や悲しみ、苦渋といった表情は消えていた。ましてや笑顔でもない。
そこには、真剣な表情があった。そして、僕からの答えを聞くまでもなく、答えが分かっているようだった。
「今から会いに行こうと思います。」
「―――わかった。僕も付いて行くよ。」
僕の答えを聞くと、新一さんは決意を固めた。
「―――いいんですか?危険ですよ?」
「いいんだよ。それが僕の役目だ。そのために此処に来たのだから。」
その言葉だけで十分だった。
僕は頷き、新一さんと共に歩き出した。
目指すは、一ノ宮邸。そこにすべての元凶がいる。
道中、僕は新一さんに疑問に思っていることを聞いてみることにした。
「どうしてもわからない事があります。」
「なんだい?僕に分かることなら、答えるよ。もう、隠す必要はないからね。」
「新一さんや姉さんのことです。」
「僕たち―――の?」
「はい。
新一さんたちは、あの時、あの施設から子供たちを逃がそうとした一派ですよね?」
「ああ、そうだよ。正確には、僕の父が、香里さんは御両親が、だけどね。そして、君の本当の御両親もね。」
「で、あれば、何故、一ノ宮に協力を?」
「それは―――」
新一さんは言い辛そうに、言葉に詰まった。
やはり、そこには何か事情があるようだ。そして、その事情があるがために、今回の事件が巻き起こったのではないかと、僕は考えている。
「言い辛いなら、答えなくても結構ですよ?本人に直接聞けば分かることです。」
「すまない―――いや、答えるよ。もはや、隠しても何にもならないからね。
僕の父はあの一派のリーダーだった。そして、あの時、確かに父の一派は子供たちを逃がすことに成功した。けれど、問題はその後だった。父たちに彼らを止める術はなかったんだ。」
「子供たち―――鬼ですね?」
「うん。暴走した鬼を止める術がない父たちは途方に暮れていた。
まったく、無責任な話だよ。人の命の尊さ謳っておきながら、蓋をあけてみれば、利権にまみれていた。子供たちが本当に危険だと分かると、ほとんどの人間が、子供たちの処分を願ってきた。けれど、その術すらを持たない。
そんな時、一ノ宮が父に近づいてきた。『我々なら、鬼を止める術がある』とね」
「一ノ宮怜奈と『あの人』の存在―――ですね?」
「その通りだ。一ノ宮は自身の力を誇示して、父に交渉してきた。
『鬼を止めてやる。その代わり、子供たちをすべて渡せ』とね。
父は、最初は反対した。けれど、鬼による被害が大きくなるにつれ、その意志は弱くなっていった。そして、周りからの声もあった。
結局、父は一ノ宮の言いなりになり、子供たちをすべて渡した。その代わり、鬼の被害は食い止められた。」
「そういうこと―――ですか。」
僕はその先を訊こうとはしなかった。
引き渡された子供たちが、その後どうなったかは、行けば分かることだ。今知ることではない。
それに―――お喋りはここまでだ。
既に一ノ宮邸が目前にある。
「それじゃあ、入りますよ?」
僕の問いかけに、新一さんは大きく頷く。
毎朝訪ねていた一ノ宮邸と今の一ノ宮邸はまったくの別物だ。呼び鈴はならさない。
ドアノブを回して見たが、鍵は掛けれていた。
僕は脇差しを鞘から抜きさる。それと同時に脇差しはグニャリと形を歪ませる。
「そ、それは!」
新一さんは驚きのあまり目を瞠った。
それも無理もなかろう。脇差しは形を変えただけでなく、その容積すらも増えていた。そして、ある形状へと留まる。
「斧―――なのか?」
「ええ、そうです。この脇差し―――刀は、僕の意志に合わせて、形状や大きさを変える妖刀なんです。」
「そう―――だったのか。」
新一さんは、自身の目の前で起きたことを信じられないと言いたそうな表情だった。鬼に関わってきた彼でも、ここまでの不可思議を見ることはなかったようだ。
僕は斧を振り上げ、そのままドアに向かって振り落とした。
斧は見事にドアを粉砕した。
「―――随分と荒っぽいやり方だね?」
「もう―――引き返せませんから。
僕は―――迷わない。」
僕はそのまま、一ノ宮邸に踏み入る。
中は、明かりがついておらず、真っ暗だった。
「誰も―――いない?」
新一さんは辺りを見渡して呟く。
確かに、屋敷の中には人の気配がない。
だが、それは見せかけだ。この屋敷には今回のことを仕組んだ張本人がいる。
そして、あの時と同じ施設が隠されているはずだ。
「地下か。」
僕は床を―――そのもっと下を睨みながら、呟く。
「地下に施設が?」
新一さんは驚愕の表情と共に、声を上げる。
おそらく、彼もどこに施設が隠されているのかまでは分からなかったのだろう。
「おそらくは。この下に空洞があるのは確かですから。」
「どうして、そんな事が分かるんだい?」
「色々分かります。いや、分かるようになりました。
地下にいる人間の数とか、その心音とか、息づかいまで。
たぶん、もっと意識を集中すれば、その地下の構造まで視えるかもしれません。」
「そ、そんなことまで…」
おそらく、それも鬼神としての力だ。鬼神の力は際限がなく、耳は普通の人間の数倍の聴力が、この眼には、未来視と『衝撃の魔眼』だけでなく、透視能力さえ備わっているようだ。
僕は、屋敷のエントランスの中央まで行き、そこで立ち止まる。
「おそらく、僕の足下に地下に通じる階段があります。」
「この下に?だが、床があるだけじゃ―――。」
「何か仕掛けがあるのでしょう。
でも、その仕掛けを探す時間も惜しいので―――」
僕は言いながら、右眼に黄金を灯らせる。鬼神の力、『衝撃の魔眼』だ。
僕は三歩下がり、立っていた地点を黄金の眼で睨みつける。
途端に、轟音をたてながら、床が崩れ落ちた。
崩れた床の下から地下へ通じる階段が現れる。
「――――――」
新一さんは、もう声を上げることすら忘れて絶句していた。
僕たちは地下へと通じる階段を降りていった。
降りた先に、分厚い鉄製の扉がある。
僕がその扉に手を掛けようとした瞬間、扉は横にスライドして開いた。
「――――――入って来いってわけか。」
僕たちは、そのまま中に踏み入った。
中に入ると、薄暗いが、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。
そして、人間が人一人収まりそうなカプセル型の容器が幾つも転がっている。
さらに部屋の最深部には、巨大な物体―――コンピュータだろうか―――
が、俄然と佇んでいる。
「な、なんだ!?この部屋は…。」
新一さんは愕然としていた。無理もない。それは僕も同じだった。
ここには、昔と同じ実験施設があるものばかりだと思っていた。だが、ここにあるのは、その時とは別物だ。
どうやら、僕らが想像していた以上のことが、ここでは行われていたようだ。
「やっと―――来たか。」
突然、どこからともなく男性の声が聞こえてきた。
「私はずっと待っていた。本来の力に目覚めた君が私の前に来るのをな。」
「そんなこと―――知ったことか。僕はアンタに用があるだけだ。
隠れてないで出てこい!!」
僕の声に応じ、声の主が部屋の最深部にある巨大な物体の脇から姿を現す。
「――――――やっぱり、アナタだったんですね?」
僕の問いかけに、その人物はニヤリと口元を歪ませる。
今、僕たちの目の前いる人物、それは―――一ノ宮家の執事、齋燈さんだった。
「齋燈さん―――いや、一ノ宮博士と呼んだ方がいいですか?」
僕の問いかけに彼は薄ら笑いを浮かべてまま、頷いた。
そう―――一ノ宮家の執事の齋燈は仮の姿。齋燈こそが、20年前、神の因子を発見し、実験を始めた人物、一ノ宮博士だったのだ。
「覚えてくれていて嬉しいよ、一輝君。私と君が顔を合わせたのは、一度しかなかったからね。」
「僕も―――覚えていたわけじゃない。
そもそも、あなたは顔を変えていますしね。分からないのが当然だ。」
「なら、何故気づいた?」
「御堂の件ですよ。」
僕が御堂の名前を出すと、博士はピクリと眉を動かした。その反応で僕は確信する。
「どういう意味だ?」
「子供が鬼へ変貌するの大体が5,6歳の頃だ。けど、御堂はあの歳まで、暴走することはなかった。
何故か―――?それを考えたんです。
行き着く先は―――一ノ宮博士、アナタしかいなかった。
博士ですよね?御堂に神の因子を埋め込んで、鬼に変えたのは?」
僕の問いかけに、博士は無言を貫く。
けれど、僕はそのまま説明を続ける。
「そして、命先輩―――紅坂命に神の因子を埋め込んだのも、アナタだ。
一ノ宮は、先輩があの施設の子どもの一人で、因子に適合したように言っていたけど、それは嘘だ。因子に適合したの一ノ宮怜奈だけだった。彼女以外にはいない。
おそらく、アナタがここの施設で生み出した鬼だったんでしょう?」
僕の説明と問いかけは、ここまで。後は博士に真実を語ってもらうしかない。たとえ、語ることがなくとも、博士がすべての元凶である事実は変わらないのだが。
「クク――――――ククク、ハハハハハハ!!」
突如、博士は声に出して笑い出した。
そこに先程までの物腰の柔らかさはない。
「何が可笑しい?状況が分かっているのか?」
「あ、ああ、すまない。
嬉しくてね。君がそこまで理解してくれているとは、思っていなかったら。そっちの男にでも訊いたか?」
博士は新一さんを横目に見ながら、訊いた。
「―――博士、僕はそんなことまで知らなかった。地下にこんな施設があったことさえも。僕はあなたと怜奈君に言われて、出現した鬼について、調べていただけだ!
その過程で、あなたに疑いを持ち始めたのは事実だが、それでも、あなたが、鬼を野に放っているなんて思ってもいなかった。」
新一さんの反論に、博士は、フンっと鼻を鳴らし、笑った。
「で、あろうな。君も怜奈もよく働いてくれていたからな。
一輝君、君の言う通りだ。彼らを生み出したのは私だ。
本来であれば、幼い子供か、生まれ前に因子を埋め込まなければ、拒絶反応が起こり、検体を死に至りしめるのだがね。
あれから、色々研究を積み重ねて、ある程度成長した体にも埋め込めるようになった。その被験者が紅坂と御堂だったのだがね。」
「な、なんてことを―――博士は、あの時何が起こったのか忘れてしまったんですか!何も学ばなかったんですか!」
新一さんは、博士の愚かな行いを責めた。けれど、博士には意味のないことであったようだ。
「覚えているさ、学んださ。だからこそ、研究してきた。彼らをより完璧にするためにね!」
「そ、そんな…そんな、そんなこと…無理だと何故分からない!」
「無理ではない!現に、成長した検体に因子を埋め込む事には成功した!失敗作ではあったけどね。」
「失敗―――作、だと?」
僕はその言葉に反応せざる負えなかった。博士の言葉に怒りを覚えずにはいられなかった。
「そうだとも。彼らは失敗作だ。
紅坂命、御堂志岐は両名とも、怜奈から取り出した因子に手を加えて埋め込んだものだ。
紅坂命には、因子の悪影響を受けないように改良したものを埋め込んだ。情緒は安定したが、飛躍的な能力の向上はなかった。多少、治癒力が他の人間より優れているだけで。それでは、意味がない。因子の力を100%引き出せなくてはな。もっとも、彼女のその精神面すらも御堂によって壊されたが。
御堂志岐に関しては、最初はいい具合だった。能力はオリジナルである怜奈を超える力を身につけた。だが―――徐々に情緒が不安定になっていってしまい、コントロール下に置けなくなってしまった。
結果、どちらも処分することになってしまった。
しかし―――御堂に関しては予想外だったな。まさか、怜奈ですら手に負えなくなってしまうとは。だが、そのおかげで、君の覚醒が果たされた。感謝すべきかな?彼には。」
そこには、あの二人への謝罪の気持ちすらなかった。まるで、あの二人が実験動物であったかのように、僕の目の前にいる男は言う。その言葉一つ一つが許せなかった。憎かった。
「許さない!キサマだけはオレが殺してやる!」
その怒りが再び僕の中の鬼神を目覚めさせる。
だが、博士からは不敵な笑いは消えない。
「それはやめておいた方がいい。私を殺してしまうと取り返しがつかないことになるよ?」
「――――――」
「ど、どういう意味だ!?」
新一さんも既に臨戦態勢だった。彼の話に感情の制御効かなくなったのだろう。銃を構え、銃口を博士に向けていた。
「言った通りの意味だ。お前の父が託した子供たちが、その後どうなったと思う?」
「な、何を…何を言っている!?」
「見せてやろう。お前の父がやったことの結末を。」
そう言うと、博士はポケットからリモコンを取り出し、スイッチを押す。
途端に部屋に電灯が灯る。
「「―――」」
僕たちは絶句していた。
僕たちの周りにあったカプセルの中を明かりが照らす。カプセルは透明で、その中には―――。
「こ、子供――――まさか!?」
カプセルの中には子供が入っていた。まるで、死んだように眠っている子供がいた。
「そうだとも。お前の父が自分の命欲しさに私に渡した子供たちだ。」
「そんな―――」
新一さんは銃を降ろし、愕然としていた。自身の父親が犯した罪。それを目の当たりにしたのだ。
「死んでいるのか?」
僕は博士を睨みながら訊いた。
当然の疑問だった。あれから十年以上経過しているのに、彼らは成長していない。姿はあの時のままだ。
「心配することはない。この子たちは仮死状態にあるだけだ。長い間ではあるがね。
暴れる子もいたのでね。コールドスリープ状態に入ってもらった。
もちろん、眠っている間は意識、細胞分裂、すべての生体機能が停止している。だが、死んではいない。」
「何のために、そんなことを?」
「当然の処置だろう?彼らは鬼だ。いつ私に牙を剥くか分からない。」
「そんなことを訊いているんじゃない。
何のために仮死状態なんかにしたんだ。危険を排除するだけなら、殺してしまえば、いいだろう?」
「フ―――フフフ。鬼らしい発想だね、一輝君?
確かに、危険の排除ならば、そうしてしまう方がいい。
だがね、私は研究者なのだよ。研究者として、科学者として、私は彼らを救いたいと思った。」
「救いたい、だと?」
「そうだとも。私の手で、彼らを鬼の呪縛から解き放って、自由にしてあげたいとね。」
「デタラメを―――デタラメを言うな!」
新一さんは博士の言葉に激昂した。降ろしていた銃を再び博士に向ける。
「デタラメなどではない。私は本当に―――。」
「嘘だ!こんな状態にしておいて何が救いたいだ!
お前はこの子たちを只のモルモットとしか思ってないだろう!」
新一さんの怒りは限界に達しそうになっていた。今にも、銃で博士を撃ち殺してしまいそうな勢いだ。
「お前には分からんのだ。この子たちの悲しみが。この子たちの想いが。お前の父と同様にな。」
「父さんが―――何を分かっていなかったって言うんだ!?」
「すべてだよ。この子たちが、もし、あの施設に留まっていたのなら、こんなことにはならなかった。多少の被害は出たかもしれないが、この子たちをここまで拘束することもなかった。あの施設はこの子たち一人一人を押さえ込む程度の準備はできていたからな。
それを、お前の父親は、施設を破壊し、子供たちを逃がした。結果として、被害は拡大し、私はこの子たちを仮死状態にして閉じこめるしかなくなったのだよ。」
「うそだ―――」
新一さんは博士から語られた真実に対して、否定の言葉を小さく呟いた。
「嘘ではない。結果を見れば明白だろう?
一輝君の本当の両親も、そのせいで死んだのだから。」
「――――――だまれ!」
新一さんは叫ぶように、一喝した。
「お前に―――お前なんかに、あの夫妻の、父の何が分かる!
お前のような人間に!!
あの人たちがどれだけ悩み、苦しんだか、お前には分からないだろう!
何も分かっていないのはお前の方だ!
お前なんか―――お前なんかあぁぁぁぁああああ!」
「やめるんだ!新一さん!」
僕は新一さんに飛びつこうとした。けれど、間に合わなかった。
銃声は鳴り響いた。




