第七幕「偽鬼と真鬼」
学校の中は静まりかえっていた。既に校内には誰も残っていないのだろう。雨音のみが聞こえてくる。
僕は学校の中に入ると、真っ直ぐ旧校舎にある新聞部の部室へと向かっていく。迷いはない。そこに奴がいる。奴と初めて会ったのもそこだった。
部室の前までくる。
「すー……はー。」
深呼吸を一つ。それで心は決まった。
部室のドアを開けた。部室の中には一つの影。フードを被り、黒のロングコートを着た影。口元のみが見て取れる。間違いなく、あの殺人鬼。
殺人鬼は僕の顔を見ると、ニヤリと口元を歪ませる。
「やっと来たか。待ちくたびれたよ。」
「……よく、校内の人間に手を出さなかったな。」
「クク。興味がない人間を殺す気はないよ。」
「ああ、そうかよ。」
僕は奴を睨みつける。
嘘だ。こいつはそんな趣向はない。実際、学園内には死の臭いが充満している。探せばごろごろと死体が出てくることであろう。
「で、何時までそんな物を着ているつもりだ?御堂…」
「―――いつ、気づきました?」
言いながら、殺人鬼は着ていたフード付き黒のロングコートに手を掛け、脱ぎ捨てた。
「たぶん―――初めて会った時から。
核心したのは、公園でだ。お前もそうだろ?僕が何者であるか知っていたから、僕の前に姿を現した。」
ロングコートの下から現れたのは、新聞部の新入部員、御堂志岐、その人物だった。
「そう―――ですね…やっぱり真藤先輩は頭が良い。」
コートを脱いでからは、殺人鬼の雰囲気は御堂志岐そのものとなっている。しかし、それこそが偽りの姿。
「敬語は止めろよ。いつも通りに話せ。僕はお前を殺しにきたんだ!」
「ク――――――クク。フフ、フハハハ!!」
一変。僕の言葉で、奴は御堂から殺人鬼へと戻る。
「僕をコロスね―――は!キサマに何ができる?
確かに、君の『眼』は僕の動きを先読みできるようだけどね。それだけで、僕をコロスって?ナメルナヨ!オマエ如きガ僕をコロセるはずないダロ!!ボクは鬼ナンダ!」
発狂と怒り。既に人間としての言葉ではない。自らを鬼と言い、人間を止めた存在。
「……言いたいことはそれだけか?御堂…いや、殺人鬼!」
僕は身構え、そして脇差を鞘から引き抜く。
「ソンナ物で僕をコロスつもりか?」
ードクン(サア、ハジマルゾ。)ー
「ああ!」
両目が紅く燈るのを感じる。
「フザケルナ!!」
殺し合いが始まる。
放たれた三つの風の刃。真藤一輝には、その数、その軌道が放たれる前に分かっている。
一つ、二つと読んだ軌道通りにかわす。しかし、三つ目は避けきれない。本来ならば、それで真藤一輝の体は、真っ二つとなる。
しかし、今彼には武器と呼べるものがある。脇差を三つ目の刃に交差するように沿わせ、これを粉砕。
三つの刃をやり過ごした彼には、まだ反撃の機会は回ってこない。この狭い部室の中では、刃をいなすのも難しいからだ。まず彼がしなければならないことは、この部室から出て、廊下で迎え撃つこと。
三つの刃をいなした瞬間から彼は後ろに、廊下の方に飛んでいた。
ードクン(アマイ)ー
しかし、それと同時に、凄まじい勢いの風が彼の体を吹き飛ばす。
ドンッと廊下の壁に勢いよく体を叩きつけられる。
「ぐっ!!」
苦痛の声が漏れる。だが、この程度で倒れるわけにいかない。すぐに起き上がり、風の軌道から外れる。それで、第二波の攻撃をよける。
「ドウシタ!避ける事しかデキナイのカ!?口ほどにもナイ!」
ードクン(マッタクダ)ー
殺人鬼は明らかにイラついている。攻撃かわされたからではない。真藤一輝の存在そのものに。
もし、真藤一輝が神の遺伝子を生まれながらに持っているとしたら、それは彼が神である証明。
しかし、そもそも、それは神と呼べるものなのか?
確かに、その因子は人に特別の力を与えた。だが、それこそ間違い。与えたのではない。人を支配したのだ。神ではなく、鬼の因子。その因子により、御堂志岐は鬼となり、鬼に支配された。
いや、鬼の因子を支配したのだと、だから自分は鬼なのだと自負している。例え、自分が自我を失っているとしても、鬼であることが今の自分の証明。自我を持つ、一ノ宮怜奈を出来損ないとまで思っていた。
だが、真藤一輝はどうだ。因子を生まれながら持ち、それでも普通に生きてきた。それが今、御堂の前に立ち塞がっている。
それは御堂志岐という鬼の存在の否定ではないか。なぜなら、生まれながら因子を持ち、受け継いできたものがある真藤一輝こそ、真なる鬼と言えるからだ。
「何故、キサマは人間であろうとスル?キサマもボクと同じ鬼ナノニ…」
今、偽鬼はその疑問を真鬼に投げかける。
「同じなんかじゃない。僕には守りたいものがある。お前とは違う!!」
拒否。否定。同じはずなのに違うと言う。
「フザケルナアァァアアァァァア!!」
一気に凄まじい風が押し寄せる。それは既に衝撃波とも言える威力。真藤一輝の紅い眼は相手の行動が読めるが、それに対処できるかは別である。廊下全体を覆う、この風に対処方法などありえない。
「カハッ!」
真藤一輝は廊下の端の壁まで、吹き飛ばされ、体は壁にめり込む。
それで決着がついた。
「ぐ……」
消えかかる意識を必死に保とうとする。
甘かった。勝てる可能性が低いことは分かっていた。鬼と呼ばれる者たちが持ちえる神の遺伝子。それは人工的に埋め込まれたもの。
だが、僕の中にあるのは、自然的に持ちえた遺伝子。彼らよりも、優れていると心の何処かで思っていたのかもしれない。だが、実際は違う。自我を失い、理性を持ち合わせていない彼らに、理性だけで勝つことはできない。
「マッタク!ドイツもコイツも守りたいものあるとか、お前とはチガウとか言いやがって!!あのオンナと同じことイイヤガッテ!!」
ードクンー
あの女?あの女とは誰の事だ?
「コウサカ―――ミコトとイッタカ?あの女、僕と同じの癖に逆らいヤガッタ!シカタナイから、あのオンナの両親を人質にとってヤッタ。そしたら、あの女、アッサリ僕の言うことを聞きやがった。人間をコロセってな!
オモシロカッタよ。人間を手にかけていく度に、壊れて、狂ってイキヤガッタ。それでも、『お前とは違う』とか『守りたいものがある』とかイッテタガ、僕が両親をコロシテやったら、カンタンに壊れヤガッタヨ!!ヒャハ!ヒャハッハハハ!!」
ードクン(覚悟はできたか?)ー
ナニをイッテヤガル。コイツハ。
「結局、イチノミヤのオンナに始末サレチマッタガナ!所詮、出来損ないって事だダ!!」
ードクン(覚悟はデキタカ?)ー
コウサカミコト……イチノミヤレイナ……あの二人がどんな思いをしたと思っている。
許さない。
ゆるさない。
ユルサナイ。
ユルサナイ。
ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ!!
ードクン!!ー
コロシテヤル。




