過度の信頼
「フラワーショップおおの」は割合奥まったところに位置していた。私がそこに足を運んで最初に目に飛び込んだのは、一面に広がる緑の芝生だった。ところどころ潰れている箇所はあれど、その一つ一つが丁寧に手入れされいていることは一目瞭然だった。一見すると小綺麗な一軒家にしか見えない。ただ小さな白い看板が、ここは花屋だと控えめに主張するだけだった。それは薄い板でできていた。そこに白いペンキを塗って、上からきれいな紫陽花色で店名が書かれていた。しばらくその看板をぼうっと眺めていた。
「あの」
かけられた声にはっとして隣を見れば、小柄の女性が立っていた。黒いセミロングの髪を無造作に束ねて、花柄のブラウスを着ていた。ベージュ色のパンツから覗く足は細かった。微笑みをたたえてこちらを見る彼女に、不快な感情は一切抱かなかった。
「ここがお花屋さんだと聞いて」
「ええ、小さいですけれど、ここは花屋です」
中へどうぞと促されて、彼女の後ろへ続いた。どうして花を買うのかとは彼女は尋ねなかった。彼女の痩せた背中は、どこか気疲れしているように見えた。何か話してみようかなと、ふと思いつく。私は基本的に、質問を肯定か否定の一言で返さない人が好きだった。一言で返すなんて、相手に少し失礼ではないか。そうしない彼女に私は好感を抱いた。広がる芝生の真ん中に作られた砂利の道を歩きながら、声をあげた。
「あの」
「はい。何でしょう」
彼女は立ち止まり、その目に不信感を見せながらも振り返った。無理もなかった。私は今日初めて会ったばかりの客。これ以上何か尋ねることがあるのかと。けれど私は、そういう人とすんなり打ち解けられる人間なのだ。彼女が私のことをどう思っていようと、きっと私と話せば笑顔になって癒されるに違いないのだ。今までの人間はそうだった。私には、そういう不思議な力があるのだ。
「今日は夫の命日なんです」
「…なんてこと。お若いのに、お気の毒です」
彼女の目が変わるのがわかった。私は数年前に夫を亡くした。毎年命日には墓の前に花を供えるのだと、そう言えば彼女は私に心を開く。普通はこんなこと、他人に言わないのかもしれない。でも私は大丈夫だという確信があった。私はこの特別な能力を誇りに思っている。こういう風に、さまざまな場面で、人を癒すことができる。それはきっと、私にしかできないからである。
「似合う花はあるかしら」
「ええ、きっと。あなたはとても穏やかに日々を過ごされているようだから」
よくわからない答えだった。けれど彼女はそう言って笑った。穏やかな笑顔だった。その笑顔と噛み合わない返事に気をとられ、足元の芝生の端を踏んでしまう。心のなかで謝罪してから前へ向き直り、再び歩き出す。彼女が前を向いたまま言う。紫陽花の季節はまだ来ないわね。その質問の意図がわからないまま私は返す。そうですね、まだまだです。彼女がまた、笑った気がした。




