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⑤子烏の片鱗  作者: 邑 紫貴


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4/4

④仇


烏は山に子がある 可愛 我が子を思い 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くのだ

山の古巣に 御守七つと 仇の眼をした 七つの烏

…………忌詞……

子烏は、俺達の家系に関わらなかったのか?繁栄をもたらした烏。それは、子孫を与えなかったのだろうか?

……かわいそうな我が子は…………




新しく改装したのが分かる。小さな平屋の家。烏立の為なのか?改装の工事を、周りに知られることなく。

お家の力は衰えたはずだ。年寄り連中の異質さに、寒気。身に覚えがある。悪夢の朝、味わった恐怖。

烏立は、ここでの生活しか選択が出来ないんだ。俺が、養うことも出来ない。

泣かないで……欲しいのにな。

「はい、アイスコーヒー。」

俺はマグカップに手を伸ばし、口に運ぶ。

【ゴクッ……ン】苦い。

「ふ。無糖だよ?」

思わず漏れた笑顔に、目を奪われた。君は、そうやって心も奪っていくんだ。

悩んでいたことや、解決しない重荷が、消えたわけじゃないのに軽く感じる。

「牛乳が欲しいです。」

「……ないわ。頼まないと。」

視線を落とし、ブラックのアイスコーヒーを飲む烏立は、大人に見えた。

「烏立、あの……」

言葉が続かない俺に、苦笑を見せ、黒紫色の瞳が見つめる。潤んだような、輝きの鈍った視線。

「私たちに、御守なんてないわ。私が持っているのは、掛け軸だけ。今までの烏は、ここに持って来られなかったわ。家系図だから。」

会話を遮ると、いけない。きっと烏立も聞いたばかり。俺に出来るのは、黙って耳を傾けること。

「私が幼いころから聞いた物語は、大好きな人に守られて幸せに暮らした……はず、なんだよね。幸せを奪うような人が居たなんて、聞いていない。悲しみに負けて涙を流し、大好きな人を困らせてしまうなんて……知らない。」

烏立は震え、泣くのを必死で我慢している。

マグカップを、自分から離して置き、烏立の持つマグカップをそっと取り上げる。

黒紫色の瞳を霞ませる涙。零れて、頬を伝う。

泣かないで欲しい。だけど……

「泣いていいよ。俺に、弱さを見せていい。困るとか思わないから。抱きしめても良い?慰めたいんだ……」

烏立の飲んでいたマグカップも、自分たちから離れた場所に置いて、そっと抱き寄せる。

もっと、自分が取り乱すと思っていたのに。冷静で、愛しさに満足していた。衝動的じゃなくて、ほっとする。

指で涙を拭い、溢れる涙に唇を寄せた。自然に舐めとって口に含む。

「……ふっ。」

くすぐったいのかな?涙目での微笑み。

「なぜ西嶌家が、この土地を離れて暮らすようになったのか……分からないみたい。お家を護るのも、大変なのね。……私は全てを奪うの?自分は、好きになった人との幸せを望んじゃダメ?ね、理解できないのよ……私は、西嶌烏立。烏じゃない!唯一、学校で笑顔を向けたあなたが……私に恋心を生んだの。白鷺が……」

抱きしめる力が、強くなる。どう、答えて良いのか惑う。

「烏立……俺は、君を初めて見た時に惹かれたよ。もっと、知りたいと思った。一緒に過ごした時間が短いのに、全てを喪っても良いと思えるほど。……好きだ……」

抱きしめる力を緩め、烏立の両腕を掴んで、視線を合わせる。閉じ気味の目……重なる唇…………

手を移動させ、烏立の腰と頭を支えるように床へ寝かせた。

頭を撫で、黒紫色の髪に触れると冷たくてサラサラで驚く。頬は、俺の手より温かくて柔らかい。

キスをしていいのか迷いながら、額・目元・頬・口の端……

少しずつ近づいて、見つめる視線に拒絶が無いので微笑み、唇を重ねた。無意識に深く……柔らかい。

良い匂いがする。烏立の呼吸が伝わる。熱と視線が……俺を誘う…………

手は、柔らかな身体に触れていく。黒い制服から白い肌が見えた。

映える白さに、唇を当てる。反応の返るのを感じ、高鳴る心音。衝動に駆られ、夢中になっていく。

落ちて行くんだ……底なしの想い……すべてを喪ってもいい…………

「ふふ。知っている?カラスってね、自分の子烏を殺すこともあるのよ。なのに、生涯つがいは同じ。巣は何年も繰り返し使う。」

可愛い我が子が可哀相だと……

「御守って、加護を願うのよ。」

全てを喪っても……この得た幸せな時間も、君も……

手放すことを恐れ、戸惑いは君に感染した。保っていた均衡を崩し……修復は…………


触れていた肌から手を離し、被さっていた体を退けた。

「ごめん。」

君の目を見るのが辛かった。黒紫色の瞳に、俺の中を見透かされているようで、怖かった。

俺は逃げるように、その家を出た。

君を閉じ込める。小さな空間から、君を置いて。救うことも、決意も出来ずに。ただ……逃げた。

君に言ったのはウソじゃない。すべてを喪っても良いと、本当に思ったんだ。信じて欲しいなんて、都合が良すぎる。

信じられないよね、弱い俺なんか。

過去、烏を愛し、災いを受け入れた人がいる。失った物と残った物。それらと引き換えても、烏を選んだ。

そんな末裔にもなれない。


山道を歩き、いつもは自転車で走る距離も苦にならない。

それ以上の……

疲れなのか、夢を見た記憶を消したのか……朝目覚めた俺には、まどろむような思考。

目覚めが良いわけでもない。だけど、自転車がないから早起きしないといけない。

身支度を済ませ、いつもと異なる起床時刻に父との遭遇。

「父さん。烏は、御守を持っていないよ。」

言いたかったのは、違う事。それ以上の感情や悩み。

父さんは、ただ静かに答える。

「そうか。」

俺の中を読み取ってくれたように感じた。ただ、そう思いたかったのかもしれない。

下手に、多くの言葉を語られるより救われる。否定されれば……きっと、無謀な事に走ったかもしれない。

自分から、全てを捨てるような衝動さえ。

「父さん、ありがとう。行ってきます。」

見守る視線……


避けていた神社への道を通り、学校へと向かう。歩きには近道が良い。

災いを恐れているのは、俺の心。烏立とも、会えるかもしれないと期待する心、矛盾した思い。

謝ることが出来るだろうか。上手く、言葉が出ないだろう。

情けなさに、自分が押しつぶされる。どんなに言い訳しても、覆らない。昨日の俺は最低だ。


学校に着き、教室へと向かう。

朝早く、いないはずの教室に人の気配。急かされるようにドアを開けた。

中に居たのは、烏立……俺から視線を逸らす。

「おはよう。」

返事は無い。反応も視線も、俺を意識していないように、静かな時間。

自分の中に、渦巻く黒い感情。こんな感情が、今まで自分の中に存在したのか?

足早に、烏立へと距離を縮める。その近づいた俺に、視線を逸らしたまま逃げようとする烏立。

自分のした行為も忘れ、烏立への理不尽な怒りが込み上げる。苛立つ感情に急かされ、俺は烏立を窓際に追い詰めた。

俺の息は荒く、そんなに走っていない烏立の息も荒い。

熱い……触れていない吐息を感じ、自分の体が反応する。

自分の理性も感覚が鈍る中、黒い瞳に見つめられ……触れたいという願望が急かす。駄目だ、まだ。謝ってもいない。

俺の決意もない。弱い俺が、烏立に触れるのは相応しくない。だけど、触れたいんだ。逃げないで……少しで良い。

俺は、ゆっくり烏立の口を押えた。手のひらに、柔らかな唇と熱い息を受ける。

顔を近づけ、彼女の口を押えたままの自分の手に口づけした。

足りない。隔てる自分の手に、もどかしさ。それを取り払って得るものを、必死で我慢する。

それなのに自分の欲望は、自分の手を移動させていく。唇に、ギリギリ触れた二本の指。ギリギリの葛藤。

自分の指の間に舌を入れ、唇に触れているのかも分からない。

そんな距離に味わうのは、自分の唾液が指や手を伝う違和感。満足も得ない。そんな苛立ち。急かす欲求が増すばかり。

反応する身体に、抑えを意識して汗が滴る。荒い息。

思考の曖昧さに、吐き気がする。

このまま、自分の欲求だけを押し付けたのでは、嫌われる。もう、嫌われているなら……もう、いっその事…………

いや、今後を話し合うべきだ。問題は解決していない。

俺の想いは、こんなにも烏立を求めている。喪うのが怖い。それでも、手に入れたい。大事にしたいんだ。泣かないで欲しい。

「逃げて……」

彼女を解放できる隙間を必死でつくる。

烏立は、俺の視線も気にせず、隙間を流れるように去って行く。目も合わない。

残り香に、落ち着かない動悸。ゆっくりと座り込んで、床に寝転び、丸くなる。

求めて止まないのは、純粋な恋だと、思いたい。

自分勝手な涙が、重力に従って下に落ちて行く。それは、乾いた床に染み込んで消えた。あっけない。

自分の悲しみも、時と共に薄れるのだろうか。

そうか、消えるのは……俺自身…………


床に響く音。走ってくる足音が近づいて来る。すぐそばまで来て止まり、勢いよくドアが開いたと同時。

「白鷺、ここにいるのか?はぁ。どこに、いるんだ……はっ……はぁ。」

息を切らした愛鷹の声が聞こえる。きっと床に寝たままの俺が、愛鷹からは見えないんだ。

「ここに居るよ!」

体を起こして立ち上がる。

愛鷹は、腕で汗を拭っていた仕草で驚いた顔を見せた。そして泣きそうな、悲しそうな表情で近づいて来る。

何かがあった?鷲実に、何かあったのか?

「落ちつけ。いいか、慌てるなよ!」

焦っているのは、明らかに愛鷹だと思うのだが。

不思議な顔をした俺の腕を捕まえ、痛いほどに握ったまま。

「落ち着いているけど?」

「はぁ。くっそ、息が整わねぇ!……あいつは、どこだ?一緒じゃないのか?」

あいつ?鷲実?首を傾げ、口を開いたけど、愛鷹の言葉の方が先だった。

「西嶌だよ。祭りだ、前倒しになったんだよ!」

烏立?祭りが前倒し……?

息を整えるためか、愛鷹は深い息を吐いた。

「さっきまで、一緒にいたんだ。」

そう、さっきまで……ここで一緒にいた。

俺の欲望を抑え、逃がした。逃げてくれと……

「近くには、いないか。白鷺、落ち着いて聞け。いいか?」

落ち着き?動悸が激しくて、音が聞き取り辛い。冷静さなんてない。ただ、放心状態。

烏立からの警報を無視した。

弱さも知らずに、泣くのを見ていたんだ。……悲 鳴…………



唇に触れた指。自分の欲求を抑えるので必死だった。

ずっと、君は俺を見つめていた。目に涙を溢れさせ、零れるのを留め。

涙が揺れて霞んだ黒紫色の瞳。俺を見つめて、悲しみを訴えていたのに。

それも、汲み取れないなんて……情けなさを積み上げて行く。

恋に落ち、人としてのどん底に突き落とされ……徘徊…………


【バチッ】頬に痛み。

「しっかりしろ!反省は、いつでも出来る。今、お前にしか出来ない事をしろ!行け、社に。烏の再来に、特別な儀式をするらしい。西嶌は多分、そこだと思う。これ、お前を信じて渡す。」

手の平に、小さな折りたたみのナイフ。刃も短いし、殺傷力は無いだろう。

愛鷹は微妙な笑顔を見せる。

「切るのは縄だけ。使用しないことを願うよ。そんな状況じゃないこともね。」

烏の再来で、特別な儀式を行う祭り。時期の前倒し……

「下駄箱から出たすぐの所に、俺の自転車がある。俺は、お前の自転車でオジサンの所に向かうよ。何か、出来るかもしれない。……無茶だけは、しないでくれ。約束だ。」

真剣な眼差し……

無茶?社の状況が分からないけど、愛鷹はナイフを俺に渡した。縄を切るため。

烏立は、縛られているかもしれない。そんな儀式に……

「愛鷹、ありがとう。」

約束は出来ない。何が起こるか分からないから。

怖い。凍てつくような痛みの伴う恐怖。震える。だけど、俺に『逃げる』という選択肢はなかった。

結論は、ただ……自分の結末を、自分で決めたい。

机にかけていた自分のカバンを持ち、一息吐いた。

「愛鷹、自転車を借りるね。じゃぁ、また……」

心配そうな眼で見る愛鷹に、無理した笑顔を見せたつもり。視線を逸らし、向かうのは烏立の元。

廊下を走り、階段を高い位置から手すりを支点に飛び降りる。少しでも距離を縮めたい。

靴を履きかえ、愛鷹の自転車に乗る。カバンをカゴに入れ、息を吐く。

カバンの中には、俺の家系図。掛け軸が入っている。

これを、愛鷹や鷲実は燃やした。捨てた重みを理解して……俺には、理解できない。

俺の物だと、考えたことのなかった環境や関係。年寄り連中とのつながりなど、意識せず……避けたい存在だった。


自転車を走らせ、神社の前に着いた。

唯一開いているはずの日に、扉が固く閉じられたまま。

社への道が閉ざされ、荒れた息が思考を乱す。額や首、背中を流れる汗。静かな時間が少しずつ経って行く。

祭りは、まだなのか?耳を澄ますと、集団の声が聞こえる。

儀式は、始まっているのか?入り口は……そうだ、烏立の家!

自転車を置いて、細い山道を壁に沿って歩く。

入り口を見つけたが、鍵がない。乱暴に押し、体当たりをしても無駄だった。鍵がないと入れない。

胸ポケットに入れていたナイフで、こじ開けられるような隙間もないし。

カバンの中には、掛け軸と……

【チリン】カバンの中から、小さな鈴の音。覚えのない物。

烏立……君は、俺を信じてくれたのかな?カバンの中にあったのは、入り口の鍵。

あの日には、鍵についていなかった鈴のキーホルダー。

胸が熱くなる。湧き上がる想い。増えて、膨らみ……苦しさと愛おしさ。

今、助けに行くよ。例え、すべてを喪っても。君の期待に、少しでも応えることが出来るなら。それでいい。


烏立と以前に歩いた細い道。

小さな家に近づくに連れて、低い男たちの声が大きくなる。祭りのはやしも、異様な音色を奏でていた。

寒気がする。烏立の声は聞こえない。

烏の再来で、特別な祭り。きっと、烏立は家には居ないだろう。

年寄り連中の様子を見るためにも、社を見ておいた方が良い気がする。整備された道。

家の横を通りながら、窓を覗いたが、中には人の気配が無かった。

……ん?何だか嗅いだことのある匂い。微かに……

【ドンッ】大きな太鼓の音。突然の事に心臓が跳ねる。

祭りは、進行しているんだ。急がないと!

社の影から、そっと様子をうかがった。毎年のように集まる年寄り連中の、祭事。中心に、炊き上げの炎。

烏立は、社の中なのか?軒下が見えるように、整備されていない木々に紛れ移動する。

音が響くけど、祭事の音が大きいからか注意を逸らすほどでも無い様だ。

そうだよな、侵入が困難なら警備も手薄になる。煙や香で、虫も少ない。様子も、ゆっくり見ることが出来る。

毎年、時間が過ぎるのを願った。違いが分からないな。

軒下に、目を閉じた烏立が横になっている。手には縄……まるで生贄。

ゾッと寒気が、背中に流れた。鳥肌が立ち、震える足。

これが烏を祀り、再来に対する儀式?年寄り連中の考える物が理解できない。こんな血族の末裔。

刻一刻と、烏立に迫る祭事。今までの烏に、彼らは……何をしたんだ?

これが祀り…………


年寄り連中に交ざって、体力のありそうな男の人の姿も見える。

烏立を助けるにも、注意を逸らすような余程のことが無い限り、近づくことも出来ないような状況。

今、迂闊に近づいて見つかれば捕まる。これ以上は無理なのか?

烏立、ごめん……

辺りが一瞬、眩い光に包まれたと同時。地響きと、耳を貫くような雷鳴。

沈黙の数秒後に、ざわめきと混乱。静まるように促す怒鳴り声に応え、沈静化。

チャンスを逃したのか、俺は。

「見ろ!煙だ……火事だぁ~!」

境内が、異常の大混乱。

若い層の人は集団で、逃げるように閉ざされた出口へと群がる。

年寄り連中は、炎に呼び寄せられるように近づいて行く。火を消そうとして、惑う。

俺は軒下に入り、烏立に近づいた。

俺達に、注意を向けるものは誰も居ない。縄にナイフで切り目を入れ、解く。

「烏立、起きろ!逃げよう。一緒に、逃げてくれ。」

頬を何度か、加減して叩いてみる。烏立は眉間にシワで、起きそうな反応。その様子に安堵する。

そんな俺の視界に、烏立の足首も縄で縛られているのが見えた。逃げるには邪魔なもの。

慌ててその縄も切り、手と同じように解いた。

香の匂いを感じ、めまいが一瞬。クラクラする。気分の悪さに、烏立から離れ咳き込んだ。

「……っ!はぁ……ごほっ。」

涙目で、烏立の方に視線を戻すと姿が無かった。

探す視線に、目に入った光景は中心にある炊き上げの炎。それに近づく烏立。手には、掛け軸。まさか!

目に溜まった涙を手首で拭い、烏立に走り寄る。

「烏立!」

「……白鷺。来て、くれたんだね。嬉しい。……だけどね、私、烏じゃない。」

「あぁ、烏立は……」

「違うの!末裔じゃなかった。子烏じゃなかったの。だから、祭りの前倒し。この掛け軸は、養女の私の名が、書き加えられた物……」

烏立は掛け軸の紐を乱暴に引きちぎり、広げて炎に投じた。

火事の混乱の声も、無声に感じる。

ポツ。ポツリ……小さな雨粒が、落ちてくる。それが増えていく。

俺は、自分の掛け軸を同じように広げた。雨が大粒で、大量に降り注ぐ。

弱まった炎に、投じようとした掛け軸は濡れていく。乾いた紙が、水を吸い込み……流れ落ちる。

押し流すように、散り散りになる紙屑。これが、末裔の終止符……?

「白鷺、火が!」

ずぶ濡れの烏立が指差した炊き上げは、消火された後だった。

「烏立、これを見て。掛け軸の下に、文字がある。織り込んだものだ。帰ろう、俺の家に……」

烏立の手を取り、逃げ道の為に開かれた扉の方に歩き出す。

年寄り連中は、豪雨の中、立ち上る炎と黒煙を見上げて立ち尽くしている。

立ち入りの制限された場所で、燃える要素の詰まった山。

彼らの求めるのは、烏じゃない。この豪雨が、火を食い止めることを願う。無力な人間の集まり。

逃げ惑う人に、勢いよく開いた扉は自転車を跳ね除けていた。

扉で隠れた自転車は、残されている。

土砂降りの雨が、降り続く。その中、自転車に乗って、カゴには濡れた掛け軸が揺れる。

痛いほどの大粒の雨が、体に当たる。雨水を吸って張り付いた服が、体温を奪っていく。

自転車の後ろに乗った烏立は、うつむいて黙ったまま。

烏立の腕が腰に回り、密着した状態で……俺は、烏立の体温を味わう。幸せを得ていた。


家に着き、そこに居たのは父さんと愛鷹、鷲実。

状況を知りたいはずなのに、不安そうな顔で俺達の心配をしている。

烏立に先に風呂へ行ってもらい、俺は濡れた服を脱いだ。バスタオルで身を包み、温かい飲み物を手に、濡れた掛け軸を広げる。

それを囲むように、4人で見つめた。

古い文字……家系図と共に受け継いだ物…………子烏の片鱗。





烏よ なぜ啼くのかと貴方は問う

私は山に その生まれた日に 年ごとの加護を願って集めた 御守七つ 七つになる子があるから

可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼く

山の古巣には そんな母を知って 仇の眼を向けた 七つの子烏 

私の子……可愛い我が子の加護を 常に願っているわ……私の末裔……子烏の片鱗…………



END

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