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⑤子烏の片鱗  作者: 邑 紫貴


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②古巣


烏は山の古巣に、時代を経て還り……災いを繰り返す。

古巣に御守七つ。烏は可愛い我が子を思い、可哀相だと泣く。山の古巣に、仇の眼をした子烏が、七つ。

恨みをもって、災いのために古巣に還って来たのなら……

何故……君は、俺に『憎んで、恨んで欲しい』と願うの?この愛情は、独り善がりだったのかな…………


雰囲気が変わってしまった教室に、馴染んだわけじゃない。ただ、理解できるから身を置ける。授業も同じ。

今までいなかった烏。災いは、俺に降り懸かる。すべてを喪う……

皆は、俺の命が絶たれることをイメージするのだろうか?俺の中にも、それはある。

……けれど、烏立は言った。『すべてを奪いたいわけじゃない』と。……あ、前に感じた。引っ掛かること。

烏立は、すべてじゃないにしても“何か”を奪いたいんだ。それは、一体。

俺の持っているもの。名ばかりの本家?俺から奪う……そんな事が可能だとしても、奪った後、どうするんだ?

違う何か……思いつく物がない。放課後、烏立は俺と、何を話したいのだろう?心が落ち着かない……


放課後、教室は5分もしないうちに閑散とする。

俺が席から立つと、烏立の方もイスを引く音がした。

授業中、君は何を考え、何を見たのだろう?前の方の席の俺には、見えない後ろが気になった。ずっと、心を占める。

視線を向けた俺に、心許した初めての笑顔……

「お願いしたい事があるの。」

彼女は、右手を差し出した。思わず、握手するように右手を出して握る。

それに対して、烏立は苦笑。

「違うわ。握手じゃなく、手をつないで。学校を案内して欲しいの。……駄目かな?」

これは、放課後デートだよね?ドキドキに、胸を込み上げる歓喜。手をつなぎ直して、顔がゆるんでしまう。

「まずは、下から?上から?グルグル回ろうよ。」

俺は単純に喜んで、足早になる。

「白鷺、ゆっくり歩こう?きっと、まだ残っている人もいるかもしれないから。」

烏立は、視線を逸らす。

気まずい。小さな田舎。きっと噂は、あっと言う間に広まる。

「もう少し、教室で話をする?ここなら、邪魔は入らない。」

邪魔……その言葉で、朝の愛鷹たちの様子を思い出した。顔が熱い。不自然に赤くなっていないだろうか。

視線を烏立に向けると、烏立は首を傾げ微笑む。黒紫色の髪が揺れ、同色の瞳が俺を見つめる。

「教室の後ろ、窓際に行こう。風が入ると涼しいよ。」

焦って、烏立の手を引いて移動した。

窓は、開いたまま。風は緩やかに入ってくる程度だけど、十分に涼めた。

鷲実が言ったように、黒い制服。色もそうだけど、長袖って暑くないんだろうか?

俺の視線に気づいたのか、烏立は話し始める。

「この制服が、烏を連想させるのは偶然じゃないわ。西嶌家の経営していた私立の学校の制服なの。白鷺、何故……西嶌家の女が古巣に戻るのか。私は、ここに還るしかなかった。私が最後だから……」

経営して“いた”。それは過去形。

「……私立の学校は?」

言葉が詰まる。

烏立は、泣きそうなのを我慢しながら無理した笑顔。

「西嶌家も衰退して、すべてを喪ったのは私。古巣に連れ戻され、災いだと告げられた。聞いただけの過去の出来事が、恐ろしく鮮明になった夢を見たわ。そして……出逢ったのは、その末裔……」

『還るしかなかった』

烏立に災いだと告げ、連れ戻した人がいる?

「これは、仕組まれたものなのか?目的は……烏立……俺は、何を信じればいい?」

二人で言葉を探すが、見つからない。答えも、不確かに……

「白鷺、あなたは私を手に入れる?それは、私の悲しみになる?惹かれるのは、末裔だからなのか……知りたいの。」

それで、この放課後デート。

「烏立、俺も惹かれる。災いを知る前から。……それが、何故なのか知りたい。行こう?もう、誰も残っていないと思うし。学校を回りながら、色々な話をしよう。」

残っている人がいても、噂が流れたとしても、何も変わらない。今、変化しているのは周り。大事なのは、俺達の気持ちだけ……

手をつなぎ、並んで歩きながら、どうでも良いような話をした。

不思議と、校内に人はいない。俺達だけの時間を与えるように。

これが、仕組まれたものでも。二人で過ごす、この時間だけはウソじゃない。

俺を知って欲しい。烏立を知りたい。もっと、さらけ出して……もっと見せて。本当の事。

すべてを喪っても……手に入れて、後悔などしない……そんな想いを頂戴。

君はココに帰ってきた。俺達は片鱗。君が俺に惹かれた理由が、受け継いだ血によるのだとしても……

俺が、そうだとしても……この想いは、本物だと信じたい。俺は烏立が好きだ。

それでも、まだ……すべてを喪う覚悟は…………烏立……

「白鷺、楽しいね。」

「あぁ。」

君は、俺の気持ちを受け入れてくれるだろうか。

俺が君を手に入れたら……すべてを喪っても、君だけが残るなら。君も喪うなら……手に入れない方が良いのだろうか?

「私は、ここに帰ったんだね。同じ血筋の末裔。あなたの近くに帰ってきた。私は帰る……何度でも。」

「……お帰り」

腕に、伝わる温もりが愛おしく…………


気が付けば、夕暮れ。日の落ちるのが遅いと言っても山は陰るのが早い。

自分たちの教室に戻り、つないだ手を離す。荷物を取り、さみしい手を見つめ、ため息。

視線を烏立に向けると、そっと手を差し出した。嬉しさとドキドキに、俺は笑顔で手をつなぐ。

きっと、こんな楽しいのは続かない。今後は周りを気にするんだ。

「白鷺?」

聞き覚えのある声に、思わず身が硬直する。

きっと、手から烏立に伝わったのだろう。俺達の手は、そっと離れた。

「……鷲実。」

言葉が続かなかった。

鷲実は、俺達二人を交互に見、微妙な笑顔。

「愛鷹が自転車を取って、ここに来るわ。少し、時間をもらっても良い?烏立さんも……」

烏立は、戸惑っていた。

護るように前に立ち、小さな声で自分の気持ちを伝える。

「烏立、護るから。俺、頼りないけど我慢して?」

「大丈夫よ。覚悟は、あるわ。」

覚悟か……彼女が悪いわけじゃない。

過去の災いが、鷲実を苦しめているのは理解できる。それでも……この複雑な感情を、どう処理していいのか惑う。

「白鷺、楽しんだか?」

自転車を押しながら、やって来た愛鷹。俺達を見透かすような視線で、答えを待つ。

自分たちの行動の意味まで、筒抜けなのかと思ってしまう。

「ふ。構えるなよ。否定しない。お前は末裔。烏への愛情は当然……」

胸に刺さる言葉。

当然?惹かれたのは、片鱗だから?釘を刺されたのだろうか。この時間さえ覆るのか?

「愛鷹、意地悪にしか聞こえないわ。」

鷲実が、愛鷹を睨み、俺達に苦笑を向けた。

「丁度、良かったのかもしれない。……見て欲しい、聞いて……」

鷲実は、カバンから出した物を見せる。

俺が、父から受け取ったのと同じ古い巻物。

「これは、南嶋家の家系が記された掛け軸。東西南北に、同じものがあると聞いているわ。」

4人が、鷲実の広げた掛け軸を見つめる。

「家系は、私で終わり。」

鷲実は掛け軸にユーティリティライターを向けた。

【カチッ】小さな火が、古くて燃えやすくなった掛け軸を呑み込んでいく。鷲実の手から離れ、地面で炎が掛け軸を覆う。

「白鷺、私ね……もうすぐ死ぬの。子供も産めない。学校は、今日……退学したわ。」

涙を流し、複雑な表情で、鷲実は俺達を見つめる。

愛鷹は自転車を停め、鷲実を支えるように抱き寄せた。

「鷲実の残り少ない人生を、俺がもらうことにした。すべてを喪ってもいい。狂っているのは、俺だろうか……」

「愛鷹、やめて!」

愛鷹はカバンから掛け軸を出し、片手で解いて、燃え尽きようとしている炎に投じた。

泣き崩れた鷲実を、慰める愛鷹。

俺の中で、時間が止まっていた。二人の会話は耳に入らない。何が起きたのか、理解が追い付かなかった。

気づかないうちに、烏立がいなくなっているほど……

燃える火。

すべてを喪っても、手に入れたいと願う……その想いを見つめ。

烏立との短い時間を楽しんだ。その気持ちは…………


俺は一人、自転車に乗って、ゆっくりと薄暗い山道を走る。

家に着き、食事を済ませた。

父の何かを告げようとする雰囲気を感じ、その様子が俺を急かすようで、逃げるように自分の部屋に入る。

丁寧に保管していた巻物を机の上に置いて、そっと広げた。自分の家系……

昔の字で、良く分からない。最後に書かれた自分の名。

途絶えた南と北……鷲実の短い命。残りの時間を共にし、まだ、残せる子孫を拒んだ愛鷹。

俺は?すべてを喪う?喪ったのは、愛鷹じゃないのか?

烏の災いが、残った物を覆す。

俺は、この掛け軸さえ……燃やせない。

烏立を護ると言ったのに。どんな気持ちで、帰ったのかな?

俺は、還る場所になる資格が……ない。


窓の外は暗闇。空には月と星が輝き、時間と共に変化する。

流れる雲。時間も流れる。そして、明日が来るんだ。

日が昇り、繰り返す日常。

布団に入り、睡魔に誘われ……夢を見る。俺の今日の記憶……

烏立の笑顔。笑う声。好き嫌い、好奇心と苦手意識……君を知って、心に溢れるのは熱い気持ち。膨らむ想い……

護ると言いながら、自分の感情さえ制御できず、覚悟もない。弱い自分に吐き気がする。

烏立に嫌われたと、痛む心。傷ついたのは、きっと烏立なのに。

烏立は、どう感じただろう?

愛鷹や鷲実の下した結論……残った片鱗を捨てた。

最後の烏は、俺の“すべて”を奪う。俺が烏立を手に入れれば……俺が願うのは…………

烏は還る。古巣に。仇の眼?

烏立……もっと、話がしたい。足りない、情報が少なすぎる。

それなのに、加速するように惹かれるんだ。狂ったように、熱く、燃えるような苦しみ。

癒して欲しい。満たして……俺を求めてくれ。

良いよ。もう、あげる……俺の“すべて”。だから……俺の手に還って欲しい…………

君の自然な姿を見て、息が苦しいほど嬉しいなんて。

狂っていく……どこまでも深みに沈み、心地よさに漂う。好きだと意識し、気付いたら止まらない。止めようがない……

過去、烏に惹かれた男たちも同じだったのだろうか?俺は、その末裔……

夢に見ていない語られた過去の感情。俺には関係ない。同じなのは、ただ……泣かないで欲しい。

かえることの出来ない未来だとしても。失うとしても、手に入れていない君を想い求めるんだ……この俺の心が。

それだけは信じて欲しい。偽らない。純粋な気持ちだと、知って欲しい。聞いて、受け入れて。

烏立、君の気持ちは、どう変化した?聞かせてよ……否定を恐れても聞きたい…………


目覚め、学校へと向かう。

いつもと同じ。周りが変化したままでも、諦められる。どうにもならない複雑な思いは、自分を責めた。

烏立を苦しめるような要因を、除けもしない。弱く、力のない自分の不甲斐なさ。

教室には、烏立の姿はない。授業が始まっても、現れない彼女を心配する者がいない。安堵の見える教室……

自分が消えても、周りは変化しないのだろう。

“すべて”を喪い始めたのだろうか?そうか、もう……日常を失っている。変わってしまった。烏立が現れて、気付かないうちに。

それでも良いと思えるなんて。これは前兆なのかな。

俺も、掛け軸に火を放つことが出来るほど……烏立だけで良いと言う日が来るのかもしれない。


放課後、教室に一人。周りを見渡す。俺の失った者たち……得たのは静けさ。寂しさ?

空白のスペースを埋めて行くのは、烏立の事。

今日は、どうしたのだろうか?体調が悪いのかな?どこに住んでいるのだろう?昨日の事、傷ついているのだろうか?

俺が、護れなかった事……許してくれるかな?痛みと甘さの複雑な心……

職員室へ足を向け、担任を探す。

近づく俺が何を言うのか。きっと、予想が出来ていたんだろう。視線を逸らし、引出しから書類を取り出して立ち上がった。

「先生……」

「東、こっちに来い。」

先生は、足早に職員室を横切り、非常階段へのドアを開けた。

階段を数段下り、外が見える踊り場で先生の足が止まる。

「先生、烏立の家を教えて下さい。」

先生は俺の願いに、無言で書類の束を折り曲げて差し出した。

書類を受け取り、目を通す。烏立の情報……ほとんどが空白で、住所の記載もない。

「悪いな。俺の職権では、ここまでだよ。」

視線を向けると、苦笑で俺の頭にポンポンと手を乗せた。

先生に書類を返し、お礼を述べる。

俺は、そのまま階を降りた。1階の非常扉から校内に入って、下駄箱へと向かう。

逆光に、黒い制服……顔が見えないけど分かる。烏立だ。

靴を履きかえ、慌てて近づく。前と同じ……俺を置いて、歩く後ろ姿。

今、近づいて手を握ったら、駄目だろうか?俺を待っていてくれたんだよね?学校を休んだ日に、制服で……

速度を上げ、烏立に追いついた。

手を握ると、拒絶は無いのに……視線を合さず、握り返すこともない。

一気に冷たくなる。それが、心なのか身体なのか。

不安に襲われ、泣きそうになるのを必死で我慢する。悲しみ?辛さ?嫌だ……怖い!

「白鷺……」

足を止め、俺の方に体を向けて視線を向ける烏立の目に涙。

「う……りゅ……烏立。烏立ぅ~……」

抱き寄せ、自分の弱さをさらけ出して泣いた。

烏立も泣いているのに。君は、俺の頬を流れる涙を拭う。

「君を喪いたくない。もう、君以外を喪っても良い……手にあるのは君だけ。力も何もない、君を護れない。君の涙さえ止められない。ごめん、ごめんね。」

愛しさに溺れ……

「白鷺、来て欲しい。今日、私が知った事。私は……」

烏立は、言葉の途中で口を閉ざす。

「行くよ。君の事、教えて……」

俺は、烏立を知らなければいけない。

君と“すべて”を引き換える。後悔をしない為に、最後の決断の時……これで、良かったと思いたい。

俺も、烏立の頬に伝う涙を拭う。

「……恨んで欲しいの……」

「え?」

小さな声だったけど、聞き逃さなかった。けど、聞き直したい。聞き間違いであることを願った。

君は、誤魔化すように笑顔を向け、俺の手を握って引いた。

「こっちよ。私が住んでいる所を見て。話をしよう?」

分かる。一日……少しの時間だったけど、自然な君を見たから。無理に作った笑顔、だよね?

君が今日、知った事。誰が告げたの?君を、ここに連れてきたのは誰?どこに住んでいるか。それが、意味する事……

方向は、古の家系が治める土地。

あ、自転車を置いてきた。

君が、歩いて通える距離?俺の家にも、君は歩いて来た。それも夜……

「何を考えているの?当てようか……どこに住んでいるのか……?」

「そう。君が、移動可能な場所が……唯一、不可能な場所だという結論。神社……当然なのか?管理者しか、出入りが許されていない。」

納得できる。その答えにしか、辿り着かない。

「来て、こっち。ここにも小道があるの。鍵が必要だけどね。」

神隠しの山道。そこを避け、近寄らない人々。土地の中枢……鍵で開き、自動で鍵が閉まる。

自由な様で、管理の籠の中。薄暗く細い道。

「私を、ここに呼んだのは……神社の管理者。家系の年寄りの集まりが、あるでしょう?祭りに、異様に固執した人たち。」

烏立は前を歩きながら、繋いだままの手は、握る力が強くなる。表情は見えない。

「何を言われた?」

「繁栄を願うと……」

喪って来た繁栄を、まだ願う。大人たちの貪欲さ。

烏の泣いた理由は、そこなのだろうか。

「着いたわ。入って、話しましょう。聞いて欲しいの。私の決意を……」

手が離れ、小さな家に先に入った烏立。振り返らない。

俺は中に入りながら、見覚えのあるような感覚に戸惑う。これ、神社の裏だ。中の造りが似ている。悪夢と重なる。

……烏が泣いていたのは、ここだったんじゃないのか?

代々……烏を呼び寄せ、年寄り連中は過去の繁栄を願った。御守が何かは知らない。仇にされて当然だ。

こんな閉鎖的な所で監禁し……惹かれた?本当に?泣かないで欲しいと願った愛情は、伝わった?

唯一、自分に優しかった人間に逃げた……だけ……

また、君は……ここに……かえる。それは、何の為…………




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