①カラス
一族が治める小さな山。辺境の地に、家族を増やしていく家系。
本家と分家の力は削られ、すでに均衡を崩した現在。繁栄を築いた烏の力が、崩壊を導く……残った最期は…………
烏よ なぜ啼くのか
烏は山に 御守七つと 子があるからよ
可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くんだよ
山の古巣へ 行って見て御覧 仇の眼をした 七つの烏だよ
君への想いを深め、“すべて”を喪ってもいいと思ったんだ。だから、お願い……泣かないで……
『 カラスよ なぜ ナクのか 』
それは、急な転校生が運んだウワサ……自分の家系に臨む結末を、周りは知っていたんだ。
俺の結末……彼女が、俺のすべてを奪う。最後の烏。
手を出すなんて、考えもしなかった。その行為さえ理解せずに、ただ望んだのは愛情…………
烏よ、山の古巣に何故、戻る?それは、本当に仇なのか?
ニシの空、沈む太陽……それは明日への軌跡。ヒガシから上る太陽……それは、希望のはずなんだ。
俺は、ずっと……そう信じてきた。
夕暮れに鳴く烏。この村は烏を崇める神社がある。祀り、怒りを鎮めるのだと……
幼心に疑問を抱いたが、大人は口を重く閉ざし、答えてはくれなかった。
東 白鷺
俺の人生の終わりを告げるカラスを知ったのは、高校2年……
西嶌 烏立が転校してきた日。
ざわめく教室に、集中する視線。彼女と俺を交互に見つめるクラスの反応に、俺は、ただ戸惑うばかりだった。
耳に入った言葉が、記憶に刻まれる。
『烏……仇と御守が災いを招く……』
自己紹介は小さな声。教室は静まる。その声を聞き取ろうと。
しわがれてはいないが、独特な声色。寒気を感じるような冷たさを印象に残す。
彼女の制服は、烏のように真っ黒。襟の部分に、目を引く黄色の線。
リボンもなく飾り気のない、この学校の指定ではない制服が、彼女の存在を一層際立たせた。
HRが終わり、担任の先生は教室から、逃げるように出て行った。
増えた席……彼女の居場所に近づく者はいない。ただ遠巻きに、小さな会話が小さな集団で、同じ話題。
俺は自分の席を立ち、彼女に近づいた。
「はじめまして、俺……」
「死ぬわよ?」
自己紹介の途中、小さな声なのに耳に入った言葉。教室は一瞬、静まり返る。
青ざめるクラスメイトの数人が後退り、それに連なるように……叫び声と共に教室から、全員が出て行った。
状況を理解できない俺を、彼女は静観した視線で、ため息交じりに答える。
「私は烏。私に関わると、すべてを失うわよ。」
「……御守を持っているの?」
彼女は視線を逸らし、俺の質問に答えなかった。
どうすればいいのか立ち尽くしていると……
「白鷺、近づくな!来いよ。知りたい事は、俺が教えてやるから。」
声のする方に目を向ければ、教室の入り口に、面倒臭そうな表情の幼馴染。
同じ血縁の北巣 愛鷹 (きたす あしたか)。
その後ろに女子生徒が数人。きっと、この状況を伝えに行ったのだろう。
「西嶌、ごめん。また話をしよう?」
視線を戻して話しかけたが、目が合うことも、返事もなかった。
どう接していいのか迷いながら、俺は、愛鷹の方へ小走り。俺が近づいたのを見て、愛鷹は後姿。
「付いて来いよ!」
愛鷹は速めに歩き、適当な場所を探しているようだった。
「愛鷹。俺は、彼女に近づいてはいけないのか?」
返事は無く、空いた教室を見つけて入る。
会話を聞かれると不味いのかな?
愛鷹は、教室の奥に足を進め、窓際にある机に座った。
「……ちっ、片鱗が俺らの代に現れるなんてな。しかも、俺か……お前の、どちらか。」
片鱗?
「白鷺。お前は、どこまで“烏”を知っている?」
どこまで?不思議な顔をした俺に、愛鷹は笑う。
「くっ……くくっ。はっ!笑えねぇ。マジかよ?本家は、お家を手放すのに慣れちまったのか?冗談じゃ、ねぇ!たかが女一人に、何代もの不運。狂った男共の末裔……」
何を言っているのか、全く分からない。
ただ、自分と血族の衰退は知っている。それは、時代がもたらしたとばかり……不運を招いたのは“烏”?
「全く知らないんじゃ、話にならねぇ。話が長すぎて、付いて来れねぇ~ぜ?」
何も理解できていない俺の様子に、どうするのか選択を促す。
「それでも、聞きたい!」
俺の願いに対して、愛鷹は、ため息。
「白鷺、俺達の名前には鳥の名前が、必ず入っている。それが何故なのか、知っているか?」
質問が増えていく。
「……風習だからだと聞いた。」
「そうだな。白鷺、気付いたか?血族に“西”は、無かったんじゃない……そばに居なかっただけなんだ。古巣に、帰って来たんだよ。災いと共に……」
西嶌烏立。ニシにカラス。
俺の名字が“東”。愛鷹は“北”巣。……もう一人の幼なじみで血縁“南”嶋 鷲実 (なしま すみ)。
東西南北。血族。
「愛鷹。西嶌は、同じ血族なんだよね。何故、災いを招く必要が?」
この地から離れ、それでも同じ血を流す……同じ家系が何故……
「祭りが近いな。白鷺、他の土地では神事に述べられるのは祝詞なんだ。しかし、この土地は忌詞。不吉な預言。幼い時から何度も耳にし、その度に俺は悪夢を見た。」
『烏よ なぜ啼くのか 烏は山に 御守七つと 子があるからよ 可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くんだよ 山の古巣へ 行って見て御覧 仇の眼をした 七つの烏だよ』
結局、愛鷹からの情報は保留になった。自宅から連絡が入り、今すぐに帰って来いと……急を要する緊急事態。
烏……か。毎年、年に一度だけ神社への道が開かれる。祭りのとき以外は、そこを管理する者だけが通行を許される道。
隔離された秘境の地。幾つもの曰く付き。怖いもの見たさに、好奇心の子供が行方知れず……
近づいてはいけない。……神域……禁忌の社。禁断の道。
『悪夢をみた』
あぁ。俺も、記憶に残らないのに、恐ろしく怖い夢に怯えた。
起きて夢だったことに安堵しながら、震えが治まらず……冷たくなった体に身を抱き寄せた。何度も何度も、繰り返してみる夢。
それは決まって、祭りの時期だった。それが……烏?
家に着き、周りから急かされるように父の元へと、部屋に通された。
「ただいま。」
「お帰り。座りなさい……」
父は珍しく、言葉を濁らせる。
いつも厳しくて、真っ直ぐに俺を見つめた。言いたい事だけを、常に用意された言葉を受けてきたんだ。
他人のように感じることが嫌だったのに、それが一人の女の子に覆される……
「白鷺、烏が古巣に戻った。西嶌家の女。この地を災いに導く。多分、最後の烏……」
愛鷹と話をしていなければ、全く分からない言葉だ。
父も、どの様に伝えれば良いのか分からないのだろう。大きなため息を吐き、首を振る。
表情に厳しさは無く、悲しみと辛さと……複雑な笑み。
「白鷺、古い文献を受け取りなさい。」
父から、一冊のボロボロになった巻物を渡される。開くと、崩れてしまうような脆さ。
「それは、家系を記した巻物。俺達は、その片鱗……。烏が古巣に戻り、何度も災いを……この地、東・北・南の家系にもたらした。すでに六つ。それは、その度に烏を手に入れた故の災い。頼む……手に入れることを、望まないでくれ。」
西嶌を手に入れる?それを、俺が望む……と?
「時代は変わった。すべてを喪っても、手に入れたい者など無いはずだ。白鷺……言伝えでは、『烏と出逢った日、悪夢をみる。流れた血に、刻まれた記憶が呼び起こされる。』と。そんな記憶を知って尚……お前は、災いを望むのだろうか……」
父は、静かに立ち上がり部屋を出て行く。
見たことのない涙を流しながら…………
『それでも……尚……』
手には巻物。今まで築いてきた家系。その片鱗の俺が……それを喪っても、望む“からす”。
今夜、あの悪夢をみる。記憶に残り、理解できなかった恐怖を味わう。
過去に何があったのか……俺に、これから臨む事。
夏の暑さの残る夜。近くの川へ行き、禊を行う。
川の流れは緩やかで、月明かりに周りも気にしなかった。髪から滴る水。前髪をかき上げ、顔を手のひらで拭う。
はぁ……濡れた手を見つめ、ため息。
腰まで水に浸かり、上半身は真夏の湿気を含んだ風を受ける。古の生業を護る儀式。
俺は片鱗……
「ふふ。いい景色ね?」
川辺に、立っていたのは西嶌。
「何、俺の裸……見ていたの?」
男の胸を見られたところで、減る物じゃない。女の子が恥じらいもなく、下も見ていたのか?
冷静だった自分の思考がグルグル。
「綺麗な月、それを映す清らかな川の水。くすっ。そこに美男子の裸体……眼福かしら?」
冗談と本気が分からない。
「ここは、私有地だよ?境界線がないけどね。」
片手で水をすくって、自分の身にかける。
「知ってるわ、私が覆すから。ふふ。くすくすくす……血は争えないのね。避けたのよ、私自身……災いだと認めたくなかった。白鷺。夢で会いましょう。……恨んで、憎んで……お願い。」
彼女の悲しげな表情に、目を奪われた。
『私は烏。私に関わると、すべてを失うわよ。』
君の警告。裏腹な寂しさの見えた言葉が、俺に突き刺さる。
揺れる髪が、黒紫色に輝いて……
奪われる心。刻まれる想い。
深まる愛情を予告するかのように、深い黒色の麗しい紫……その同色の瞳に囚われる。
手に入れたいと望み、その欲望が激しく燃え上がる。消えることなく、燻る炎を胸に秘め。
俺の未来を告げる。災いの悪夢をみても……尚、それは…………
子烏の片鱗
『烏よ なぜ啼くのか 烏は山に 御守七つと 子があるからよ 可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くんだよ 山の古巣へ 行って見て御覧 仇の眼をした 七つの烏だよ』
「からすよ、何故……泣く?泣かないで。俺は、すべてを喪っても君を選ぶ。一族の言う事など、何を気にするだろうか。君は、俺を愛しているのか?俺は、こんなにも愛しているのに……」
俺が見ているのは、黒紫色の綺麗な髪の女性。美しさと麗しさ……心騒ぐ人。
同じ言葉が幾重にも男の声で、繰り返す。『何故、泣くのか』と。
烏は、一族から奪っていく。
名声と権力……それを失った形だけの本家。健康と知性……それを失った南嶋家。土地と財貨……それを失った北巣家。
最後は……すべてを失う……俺が彼女を望むなら。
「古巣に還るしかなかった。ここに」
涙を零す烏立の姿を最後に、夢から覚める。
……これが、怯えてきた夢の全貌?嘘だ。呆気なく、自分の身に何が起きるのか危機感なんてない。
ただ……彼らのように、烏立を望むのだろうか。
甘いようで、痺れるような息苦しさ。胸に手を置き、身を抱き寄せる。
それは、過去……怯えたのとは違う感情。
「ははっ。狂っているのは、お前だったのか……」
部屋の入口に立ち、複雑な笑みの愛鷹が俺を見下ろす。
「愛鷹……?」
“オマエだった”のか?
「忘れたのか?俺との会話。見た夢を……」
昨日の会話を忘れたわけじゃない。
『俺か、お前の……どちらか。たかが女一人に、何代もの不運。狂った男共の末裔』
俺達は片鱗。
「愛鷹も昨日、夢をみたのか?」
今、この会話の意味が理解できず、曖昧さに寒気がする。
「ふっ。それを聞いて、どうする?……俺には、関係ねぇ。狂わない。憎しみしか宿さず、同じ憎しみで染まった者にしか欲情しない。」
同じ、憎しみ?
「愛鷹、彼女は……」
言葉を途中で、口を閉ざした。
知られたくない。彼女も、この状況を恨んでいるんだ。
愛鷹が想いを寄せるなんて……ユルセナイ……
「白鷺、どうした?」
っ!……今、俺は何を考えた?
「おい、大丈夫か?しっかりしろ!顔色が悪い……誰か、呼ぶか?」
愛鷹の優しさが胸に刺さる。
今までに宿したことのない感情が、俺に芽生えた。それは、醜くも……甘く満ち足り、もっと欲しいと願う独占欲。
「大丈夫。それより……愛鷹、今日は何の用?」
年々、親類の集まりが少なくなっていく理由と、愛鷹の寄り付かなくなった理由を知った今。
何故、ここに来たのか。気になるのは、当然だろう。
愛鷹は、視線を逸らして言葉を探す。
「着替えて来いよ。俺だって、こんな朝早くに呼ばれたんだ。……理由を知りたいね。」
着替え終え、父の前に愛鷹と正座。
「白鷺、“悪夢”を見たのか?」
父の視線は、いつもと同じ。冷たくて真っ直ぐに見つめる。
「俺は、過去の惨劇を見ました。それでも……昔、震えるほど恐怖に怯えた悪夢と、同じだとは思えません。」
俺の返事に、父は戸惑いを示す。
「おじさん、“当たり”だね。狂っているよ。」
愛鷹の失笑に、父は目を閉じ、ため息を吐いた。
「愛鷹、お前は……見たのか?」
俺も気になる質問に、愛鷹は微笑む。
「聞いて、どうするの?末裔に……烏の片鱗に選ばれたのは白鷺だ。それは、変わらない事実。白鷺に隠したのが、裏に出たんじゃない?くすくすくす。すべて、消えちまえ!今更、覆らない未来なんて。」
愛鷹は、正座を崩して足を伸ばす。
「愛鷹、白鷺を……助けてくれないか。」
弱々しい声に、俺は父に視線を向けることは出来なかった。
「……約束は出来ない。」
愛鷹は、立ち上がって部屋を出て行った。
沈黙の続く部屋。重苦しい雰囲気に、息が詰まりそうになる。
今まで、感じたことのない胸を締め付けるような苦しさ。
「……白鷺。この家が、嫌いか?」
俺は、何から逃げようとしているんだろう?
自分を取り巻く環境。父の厳しさに、怯えた時期もある。この家が、重荷になることも……
「分からない。夢に見たカラスは、綺麗な人だった。皆、その人を愛して、多くの物を犠牲にした。それを間違っているとは、思えなかった。多分……」
俺は口を閉ざした。言ってはいけない。……言っても、理解してくれないだろう。
愛鷹は言った『狂っている』と。
父の願いは、そんな俺を助けてやって欲しいと、愛鷹に願うほどに。
「6つの御守が、何かは分からない。しかし、災いになった。すべてを失ったことはない。その一つと言え……残る物があったんだ。」
父の沈んだ表情に、どう答えて良いのか分からない。
自分が、これから……どうするのかも分からないのに。愛鷹と同じ、不確かな約束は出来ない。
「今日は、学校を休みます。」
その部屋を出たかった。一秒でも早く。
まとまらない思考と、不安に揺れる心。気を失いそうなほど、息詰まるような空気に耐えられなかった。
部屋を出て、長い廊下を歩く。
広い家。多くを失い、それでも保たれる家の何か。本家と分家の失った物……ある程度は、残っている。
影響力は無くなったとしても、名声や権力……残っているからこそ、俺は、この本家を……
「憎んでいるの?」
小さな声なのに、誰の発したものなのか理解する。
「……烏立。夢で、逃げたよね?」
烏立は、無表情で足元を指差した。
「今日は、敷地じゃないはずよね?ここ、門の前だし。」
自分が家から飛び出し、裸足だったのに気づく。
「ふ。敷地や全部、君が奪うんだろ?」
自分の表情なんか、分からない。ただ、笑いが出たけど、冷めていたと思う。
そんな俺に、何も言わず……烏立は、方向を変えて歩き出す。
黒紫色の髪が揺れ、漆黒の制服を身にまとい……静かに歩く後ろ姿。魅了される。
夢に見た大人とは違うけれど、美しく麗しい黒紫色の瞳に、自分が映ることを願い……無意識で追いかける。
確かに普通じゃない。
狂っている。きっと、これから……もっと…………
深みから抜け出せなくなる。
『烏よ 何故 啼くのか』




