表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
⑤子烏の片鱗  作者: 邑 紫貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

①カラス

一族が治める小さな山。辺境の地に、家族を増やしていく家系。

本家と分家の力は削られ、すでに均衡を崩した現在。繁栄を築いた烏の力が、崩壊を導く……残った最期は…………


烏よ なぜ啼くのか

烏は山に 御守七つと 子があるからよ

可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くんだよ

山の古巣へ 行って見て御覧 仇の眼をした 七つの烏だよ

君への想いを深め、“すべて”を喪ってもいいと思ったんだ。だから、お願い……泣かないで……

『 カラスよ なぜ ナクのか 』




それは、急な転校生が運んだウワサ……自分の家系に臨む結末を、周りは知っていたんだ。

俺の結末……彼女が、俺のすべてを奪う。最後の烏。

手を出すなんて、考えもしなかった。その行為さえ理解せずに、ただ望んだのは愛情…………


烏よ、山の古巣に何故、戻る?それは、本当に仇なのか?

ニシの空、沈む太陽……それは明日への軌跡。ヒガシから上る太陽……それは、希望のはずなんだ。

俺は、ずっと……そう信じてきた。

夕暮れに鳴く烏。この村は烏を崇める神社がある。祀り、怒りを鎮めるのだと……

幼心に疑問を抱いたが、大人は口を重く閉ざし、答えてはくれなかった。


あずま 白鷺しらぎ

俺の人生の終わりを告げるカラスを知ったのは、高校2年……

西嶌にししま 烏立うりゅうが転校してきた日。

ざわめく教室に、集中する視線。彼女と俺を交互に見つめるクラスの反応に、俺は、ただ戸惑うばかりだった。

耳に入った言葉が、記憶に刻まれる。

『烏……仇と御守が災いを招く……』

自己紹介は小さな声。教室は静まる。その声を聞き取ろうと。

しわがれてはいないが、独特な声色。寒気を感じるような冷たさを印象に残す。

彼女の制服は、烏のように真っ黒。襟の部分に、目を引く黄色の線。

リボンもなく飾り気のない、この学校の指定ではない制服が、彼女の存在を一層際立たせた。

HRが終わり、担任の先生は教室から、逃げるように出て行った。

増えた席……彼女の居場所に近づく者はいない。ただ遠巻きに、小さな会話が小さな集団で、同じ話題。

俺は自分の席を立ち、彼女に近づいた。

「はじめまして、俺……」

「死ぬわよ?」

自己紹介の途中、小さな声なのに耳に入った言葉。教室は一瞬、静まり返る。

青ざめるクラスメイトの数人が後退り、それに連なるように……叫び声と共に教室から、全員が出て行った。

状況を理解できない俺を、彼女は静観した視線で、ため息交じりに答える。

「私は烏。私に関わると、すべてを失うわよ。」

「……御守を持っているの?」

彼女は視線を逸らし、俺の質問に答えなかった。

どうすればいいのか立ち尽くしていると……

「白鷺、近づくな!来いよ。知りたい事は、俺が教えてやるから。」

声のする方に目を向ければ、教室の入り口に、面倒臭そうな表情の幼馴染。

同じ血縁の北巣 愛鷹 (きたす あしたか)。

その後ろに女子生徒が数人。きっと、この状況を伝えに行ったのだろう。

「西嶌、ごめん。また話をしよう?」

視線を戻して話しかけたが、目が合うことも、返事もなかった。

どう接していいのか迷いながら、俺は、愛鷹の方へ小走り。俺が近づいたのを見て、愛鷹は後姿。

「付いて来いよ!」

愛鷹は速めに歩き、適当な場所を探しているようだった。

「愛鷹。俺は、彼女に近づいてはいけないのか?」

返事は無く、空いた教室を見つけて入る。

会話を聞かれると不味いのかな?

愛鷹は、教室の奥に足を進め、窓際にある机に座った。

「……ちっ、片鱗が俺らの代に現れるなんてな。しかも、俺か……お前の、どちらか。」

片鱗?

「白鷺。お前は、どこまで“烏”を知っている?」

どこまで?不思議な顔をした俺に、愛鷹は笑う。

「くっ……くくっ。はっ!笑えねぇ。マジかよ?本家は、お家を手放すのに慣れちまったのか?冗談じゃ、ねぇ!たかが女一人に、何代もの不運。狂った男共の末裔……」

何を言っているのか、全く分からない。

ただ、自分と血族の衰退は知っている。それは、時代がもたらしたとばかり……不運を招いたのは“烏”?

「全く知らないんじゃ、話にならねぇ。話が長すぎて、付いて来れねぇ~ぜ?」

何も理解できていない俺の様子に、どうするのか選択を促す。

「それでも、聞きたい!」

俺の願いに対して、愛鷹は、ため息。

「白鷺、俺達の名前には鳥の名前が、必ず入っている。それが何故なのか、知っているか?」

質問が増えていく。

「……風習だからだと聞いた。」

「そうだな。白鷺、気付いたか?血族に“西”は、無かったんじゃない……そばに居なかっただけなんだ。古巣に、帰って来たんだよ。災いと共に……」

西嶌烏立。ニシにカラス。

俺の名字が“東”。愛鷹は“北”巣。……もう一人の幼なじみで血縁“南”嶋 鷲実 (なしま すみ)。

東西南北。血族。

「愛鷹。西嶌は、同じ血族なんだよね。何故、災いを招く必要が?」

この地から離れ、それでも同じ血を流す……同じ家系が何故……

「祭りが近いな。白鷺、他の土地では神事に述べられるのは祝詞なんだ。しかし、この土地は忌詞。不吉な預言。幼い時から何度も耳にし、その度に俺は悪夢を見た。」


『烏よ なぜ啼くのか 烏は山に 御守七つと 子があるからよ 可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くんだよ 山の古巣へ 行って見て御覧 仇の眼をした 七つの烏だよ』


結局、愛鷹からの情報は保留になった。自宅から連絡が入り、今すぐに帰って来いと……急を要する緊急事態。

烏……か。毎年、年に一度だけ神社への道が開かれる。祭りのとき以外は、そこを管理する者だけが通行を許される道。

隔離された秘境の地。幾つもの曰く付き。怖いもの見たさに、好奇心の子供が行方知れず……

近づいてはいけない。……神域……禁忌の社。禁断の道。

『悪夢をみた』

あぁ。俺も、記憶に残らないのに、恐ろしく怖い夢に怯えた。

起きて夢だったことに安堵しながら、震えが治まらず……冷たくなった体に身を抱き寄せた。何度も何度も、繰り返してみる夢。

それは決まって、祭りの時期だった。それが……烏?


家に着き、周りから急かされるように父の元へと、部屋に通された。

「ただいま。」

「お帰り。座りなさい……」

父は珍しく、言葉を濁らせる。

いつも厳しくて、真っ直ぐに俺を見つめた。言いたい事だけを、常に用意された言葉を受けてきたんだ。

他人のように感じることが嫌だったのに、それが一人の女の子に覆される……

「白鷺、烏が古巣に戻った。西嶌家の女。この地を災いに導く。多分、最後の烏……」

愛鷹と話をしていなければ、全く分からない言葉だ。

父も、どの様に伝えれば良いのか分からないのだろう。大きなため息を吐き、首を振る。

表情に厳しさは無く、悲しみと辛さと……複雑な笑み。

「白鷺、古い文献を受け取りなさい。」

父から、一冊のボロボロになった巻物を渡される。開くと、崩れてしまうような脆さ。

「それは、家系を記した巻物。俺達は、その片鱗……。烏が古巣に戻り、何度も災いを……この地、東・北・南の家系にもたらした。すでに六つ。それは、その度に烏を手に入れた故の災い。頼む……手に入れることを、望まないでくれ。」

西嶌を手に入れる?それを、俺が望む……と?

「時代は変わった。すべてを喪っても、手に入れたい者など無いはずだ。白鷺……言伝えでは、『烏と出逢った日、悪夢をみる。流れた血に、刻まれた記憶が呼び起こされる。』と。そんな記憶を知って尚……お前は、災いを望むのだろうか……」

父は、静かに立ち上がり部屋を出て行く。

見たことのない涙を流しながら…………

『それでも……尚……』

手には巻物。今まで築いてきた家系。その片鱗の俺が……それを喪っても、望む“からす”。

今夜、あの悪夢をみる。記憶に残り、理解できなかった恐怖を味わう。

過去に何があったのか……俺に、これから臨む事。


夏の暑さの残る夜。近くの川へ行き、禊を行う。

川の流れは緩やかで、月明かりに周りも気にしなかった。髪から滴る水。前髪をかき上げ、顔を手のひらで拭う。

はぁ……濡れた手を見つめ、ため息。

腰まで水に浸かり、上半身は真夏の湿気を含んだ風を受ける。古の生業を護る儀式。

俺は片鱗……

「ふふ。いい景色ね?」

川辺に、立っていたのは西嶌。

「何、俺の裸……見ていたの?」

男の胸を見られたところで、減る物じゃない。女の子が恥じらいもなく、下も見ていたのか?

冷静だった自分の思考がグルグル。

「綺麗な月、それを映す清らかな川の水。くすっ。そこに美男子の裸体……眼福かしら?」

冗談と本気が分からない。

「ここは、私有地だよ?境界線がないけどね。」

片手で水をすくって、自分の身にかける。

「知ってるわ、私が覆すから。ふふ。くすくすくす……血は争えないのね。避けたのよ、私自身……災いだと認めたくなかった。白鷺。夢で会いましょう。……恨んで、憎んで……お願い。」

彼女の悲しげな表情に、目を奪われた。

『私は烏。私に関わると、すべてを失うわよ。』

君の警告。裏腹な寂しさの見えた言葉が、俺に突き刺さる。

揺れる髪が、黒紫色こくししょくに輝いて……

奪われる心。刻まれる想い。

深まる愛情を予告するかのように、深い黒色の麗しい紫……その同色の瞳に囚われる。

手に入れたいと望み、その欲望が激しく燃え上がる。消えることなく、燻る炎を胸に秘め。

俺の未来を告げる。災いの悪夢をみても……尚、それは…………

子烏の片鱗


『烏よ なぜ啼くのか 烏は山に 御守七つと 子があるからよ 可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くんだよ 山の古巣へ 行って見て御覧 仇の眼をした 七つの烏だよ』


「からすよ、何故……泣く?泣かないで。俺は、すべてを喪っても君を選ぶ。一族の言う事など、何を気にするだろうか。君は、俺を愛しているのか?俺は、こんなにも愛しているのに……」

俺が見ているのは、黒紫色の綺麗な髪の女性。美しさと麗しさ……心騒ぐ人。

同じ言葉が幾重にも男の声で、繰り返す。『何故、泣くのか』と。

烏は、一族から奪っていく。

名声と権力……それを失った形だけの本家。健康と知性……それを失った南嶋家。土地と財貨……それを失った北巣家。

最後は……すべてを失う……俺が彼女を望むなら。

「古巣に還るしかなかった。ここに」

涙を零す烏立の姿を最後に、夢から覚める。

……これが、怯えてきた夢の全貌?嘘だ。呆気なく、自分の身に何が起きるのか危機感なんてない。

ただ……彼らのように、烏立を望むのだろうか。

甘いようで、痺れるような息苦しさ。胸に手を置き、身を抱き寄せる。

それは、過去……怯えたのとは違う感情。

「ははっ。狂っているのは、お前だったのか……」

部屋の入口に立ち、複雑な笑みの愛鷹が俺を見下ろす。

「愛鷹……?」

“オマエだった”のか?

「忘れたのか?俺との会話。見た夢を……」

昨日の会話を忘れたわけじゃない。

『俺か、お前の……どちらか。たかが女一人に、何代もの不運。狂った男共の末裔』

俺達は片鱗。

「愛鷹も昨日、夢をみたのか?」

今、この会話の意味が理解できず、曖昧さに寒気がする。

「ふっ。それを聞いて、どうする?……俺には、関係ねぇ。狂わない。憎しみしか宿さず、同じ憎しみで染まった者にしか欲情しない。」

同じ、憎しみ?

「愛鷹、彼女は……」

言葉を途中で、口を閉ざした。

知られたくない。彼女も、この状況を恨んでいるんだ。

愛鷹が想いを寄せるなんて……ユルセナイ……

「白鷺、どうした?」

っ!……今、俺は何を考えた?

「おい、大丈夫か?しっかりしろ!顔色が悪い……誰か、呼ぶか?」

愛鷹の優しさが胸に刺さる。

今までに宿したことのない感情が、俺に芽生えた。それは、醜くも……甘く満ち足り、もっと欲しいと願う独占欲。

「大丈夫。それより……愛鷹、今日は何の用?」

年々、親類の集まりが少なくなっていく理由と、愛鷹の寄り付かなくなった理由を知った今。

何故、ここに来たのか。気になるのは、当然だろう。

愛鷹は、視線を逸らして言葉を探す。

「着替えて来いよ。俺だって、こんな朝早くに呼ばれたんだ。……理由を知りたいね。」

着替え終え、父の前に愛鷹と正座。

「白鷺、“悪夢”を見たのか?」

父の視線は、いつもと同じ。冷たくて真っ直ぐに見つめる。

「俺は、過去の惨劇を見ました。それでも……昔、震えるほど恐怖に怯えた悪夢と、同じだとは思えません。」

俺の返事に、父は戸惑いを示す。

「おじさん、“当たり”だね。狂っているよ。」

愛鷹の失笑に、父は目を閉じ、ため息を吐いた。

「愛鷹、お前は……見たのか?」

俺も気になる質問に、愛鷹は微笑む。

「聞いて、どうするの?末裔に……烏の片鱗に選ばれたのは白鷺だ。それは、変わらない事実。白鷺に隠したのが、裏に出たんじゃない?くすくすくす。すべて、消えちまえ!今更、覆らない未来なんて。」

愛鷹は、正座を崩して足を伸ばす。

「愛鷹、白鷺を……助けてくれないか。」

弱々しい声に、俺は父に視線を向けることは出来なかった。

「……約束は出来ない。」

愛鷹は、立ち上がって部屋を出て行った。

沈黙の続く部屋。重苦しい雰囲気に、息が詰まりそうになる。

今まで、感じたことのない胸を締め付けるような苦しさ。

「……白鷺。この家が、嫌いか?」

俺は、何から逃げようとしているんだろう?

自分を取り巻く環境。父の厳しさに、怯えた時期もある。この家が、重荷になることも……

「分からない。夢に見たカラスは、綺麗な人だった。皆、その人を愛して、多くの物を犠牲にした。それを間違っているとは、思えなかった。多分……」

俺は口を閉ざした。言ってはいけない。……言っても、理解してくれないだろう。

愛鷹は言った『狂っている』と。

父の願いは、そんな俺を助けてやって欲しいと、愛鷹に願うほどに。

「6つの御守が、何かは分からない。しかし、災いになった。すべてを失ったことはない。その一つと言え……残る物があったんだ。」

父の沈んだ表情に、どう答えて良いのか分からない。

自分が、これから……どうするのかも分からないのに。愛鷹と同じ、不確かな約束は出来ない。

「今日は、学校を休みます。」

その部屋を出たかった。一秒でも早く。

まとまらない思考と、不安に揺れる心。気を失いそうなほど、息詰まるような空気に耐えられなかった。


部屋を出て、長い廊下を歩く。

広い家。多くを失い、それでも保たれる家の何か。本家と分家の失った物……ある程度は、残っている。

影響力は無くなったとしても、名声や権力……残っているからこそ、俺は、この本家を……

「憎んでいるの?」

小さな声なのに、誰の発したものなのか理解する。

「……烏立。夢で、逃げたよね?」

烏立は、無表情で足元を指差した。

「今日は、敷地じゃないはずよね?ここ、門の前だし。」

自分が家から飛び出し、裸足だったのに気づく。

「ふ。敷地や全部、君が奪うんだろ?」

自分の表情なんか、分からない。ただ、笑いが出たけど、冷めていたと思う。

そんな俺に、何も言わず……烏立は、方向を変えて歩き出す。

黒紫色の髪が揺れ、漆黒の制服を身にまとい……静かに歩く後ろ姿。魅了される。

夢に見た大人とは違うけれど、美しく麗しい黒紫色の瞳に、自分が映ることを願い……無意識で追いかける。

確かに普通じゃない。

狂っている。きっと、これから……もっと…………

深みから抜け出せなくなる。


『烏よ 何故 啼くのか』




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ