幽霊の出ると噂されるトンネルを歩く
「ねえねえ、あのトンネル知ってる?」
「最近噂のやつ?」
「そうそう! 私の友達も最近彼氏と二人でドライブに行ったら本当に見たんだって! 変な男の幽霊!」
特にすることもないのでバス停の前をフラフラしていた僕の耳にえー、怖いーという黄色い悲鳴をあげる二人の学生の会話が届いた。
心霊スポットを様々巡り、それでも一度も幽霊に遭遇したことのない僕はその話に興味が惹かれた。そのトンネルというのはたしかにここ最近あちこちで噂になっているもので、夜中にそのトンネルに出向いた人のほとんどがおかしな人影を目撃しているらしい。
中肉中背の男ではあるのだが、顔がひどく変形し、人ではあり得ない形にねじ曲がっているというのだ。
よくある怪談話である。
どうせまた嘘の噂に過ぎないのだろうと思いつつ、それでも幽霊に会うことが諦めきれない僕は件のトンネルへと行ってみることにした。
トンネルに着いた僕は思わずほーと声をあげてしまった。これまで様々な心霊スポットを巡ってきた僕ではあったが、このトンネルの雰囲気はその中でも五本の指に入るほどに「らしい」ものだった。
古ぼけた外観には苔が生え、ヒビの入ったカーブミラーと切れかけてチカチカと光る電灯がトンネルを不気味に彩っている。
トンネル内部にも明かりはあるが十分ではなく、そこかしこに暗い影が落ちていた。
感心している僕の横を、肝試しなのだろう、車が一台通り抜ける。ちらりと見えた車内には男女が二組ずつ乗っているのが見えた。
車があげる風をまともに受けた僕は頭を抑えて目を瞬かせると、トンネルの中へと足を踏み入れた。
しばらくの間トンネルの中を歩いていると、遠目に誰かが立っているのがトンネルの弱い光源の中に浮かびあがっているのが目に入る。その人影はたしかに噂の通り奇妙に捻くれた頭部をしているように見えた。
おお、これは! 僕はついに幽霊を見ることが出来たのかと喜んでその人影の方へと走って近づいて行った。あまりにも急いでいるせいで視界がガクガクと揺れる。
そして思わずつんのめり、視界が大きく揺れたその瞬間……。
「うわあ! オバケだ!!」
あともう少しで話しかけられるというところまで来たそのとき、気配を感じたのか僕の方を見た人影はそう叫んでどこかへと走っていってしまった。あまりにも急いでいたせいなのか、頭に着けていた奇妙に捻くれた形をしたお面を地面に落としながら。
「あーあ、やっぱり人間のイタズラだったのか」
僕は地面に落ちた僕の頭を拾ってそう呟く。事故で首が千切れて死んだ僕は、この通り死後も首が繋がらずに困っているのだ。
激しく動くのも難しいこの状態は正直あまり快いものではない。
「せめてほかの幽霊に相談できればなあ」
いままで一度もほかの幽霊に会ったことのない僕はそう呟くとため息を吐いた。