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開かずの間の窓

作者: 菅原大牙

3分以内に読める短編ホラー。

 私たち夫婦がこの家に引っ越して数ヶ月が過ぎた。

 アプリで知り合った夫は情熱的で、誠実で、面白いけれど、ちょっとだけ変な人。私も周りから大概変な人と称されるので相性は良いと思っている。

 引っ越した家というのは築20年の庭付きで3階建ての一戸建て。オレンジ色の屋根に黒い壁が特徴的で、ガレージには車が2台収まる。

 最寄り駅は特急停車駅で、徒歩10分の距離。都市部まで急行で20分だ。乗り換えは必要ない。

 とても良い家だ。私の両親も、向こうの両親もこの家を高く評価している。

 そして何より、異様に家賃が安いのだ。もちろんそれには理由がある。3階の南側の部屋が開かずの間になっているのだ。理由は分からない。鍵がかかっているわけでも、何かでドアがふさがれているわけでもない。

 前の家主兼大家が2階の窓から自撮り棒を伸ばして部屋の中を撮影した写真を見せてもらった事がある。本当に部屋の中には何もないのだ。ただただ開かない部屋になっている。

 大家は「地震で扉が歪んで開かなくなったのだろう。」と言っていた。修理をするのは家の構造上難しいとの事でそのままにしてあるらしい。

 夫も私も、その部屋一つのために家賃が安く済んでいるのなら、と気にしないことにしている。

 でも私は時々、部屋を開けようとドアノブを捻りガチャガチャと揺らしに来ている。理由は特にない。ただ何とは無しに、開いたらラッキーくらいの感覚で試みている。

 今日もそうだ。私は3階に上がり、ドアノブを捻る。

 その瞬間、ガチャリと開いた。何の抵抗もなくスムーズに、扉は部屋の中へと動いた。

「うそ!開いた!開いたぁー!!!」

 廊下の向こう、階段に向けて叫んだ。

 いや、無駄だ。夫は友達とゴルフに出かけている。

 私は興奮のまま部屋に飛び込んだ。すぐに「あっ。」と声を上げて引き返す。長い間誰も入らなかった部屋だ。ホコリまみれに決まっている。

 私は駆け足で1階に降り、コードレスの掃除機を引っ掴んで開かずの間に舞い戻る。部屋に入るか入らないかのうちから電源を入れる。ゴオオオオっと音を立てて掃除機が仕事を始める。思ったより、部屋はきれいだった。目視で見る限り、ホコリ一つ髪の毛一つ落ちていない。掃除機の中に溜め込まれているゴミを見ても数が増えることはない。床板のすき間も、壁と床の境目も、そこに設けられた巾木も、ホコリらしきものはない。

 よくよく観察してみれば、 壁紙は手つかずのキャンバスのようで一切日焼けした跡はないし、何処となくホームセンターの木材売り場のような匂いもする。

 私は首を傾げて、窓辺に寄って窓枠に指を滑らせてフゥっと指に息を吹きかけて、さらに追加で指同士をこすり合わせる。きれいだった。顔の筋肉がわずかに吊り上がる気配がした。いつの間にか口の中に一杯になっていた唾液を飲み込む。

 ま、まぁ、部屋が綺麗なら良い。これはラッキーだ。何故きれいなのかって、人間が誰も出入りしないからだ。ゴミが発生しないからきれいなのだ。私はそう言い聞かせる。

 私は掃除機の電源をオフにし、部屋の出口に向かって足の方向を変える。すると、コンコンと音がした。

 ドキンと心臓が口から飛び出そうな程跳ねた。足を止めた。首を右へ左へ振った、一体何処から音がしたのかと。

 私はもう一度足を進めた。膝が笑っている。まるで酷い筋肉痛になったかのようにフルプルした足で真新しい木の床を踏む。もう一度音がした。背筋を凍らせながら恐る恐る窓の方を振り向いた。窓の向こう側から、コンコンと音がしている。誰かが窓をノックしている。一瞬、部屋の中をのぞき込むような黒い影が見えた気がした。 

「ア……アアーーーッ!!!!!」私は叫んだ。腹の底から天井を突き破るように大声を出した。力いっぱい掃除機を握り部屋を出て扉を閉める。1階に駆け下り、掃除機をその辺に投げ出して私は家を出た。3階の南側の窓に背を向けて、振り返ることなく走り続けた。私は真っすぐ不動産屋に駆け込んだ。無意識だった。私はいつの間にかここに居た。玄関を開けるなり私は言った。


 「開かずの間が開いた!!!」

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気づいたら家族一人消えてそう
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