おまけ 明日香とクロムン
私は明日香。ちょっと中二病を卒業できない高校生。
OX高校での除霊劇は幕を閉じ、涼介くんともばいばいして、一人、部屋に帰ってきたわけだ。
「ふう。我ながら熱演だった」
すると胸の奥から、低い声が響く。
『ずいぶんと楽しんでいたようだな』
「げっ! クロムン」
『俺様はクロムハイトだ! 妙なあだ名をつけるな!」
「えー、かわいいじゃんクロムン」
『まあいい。今日は俺の名前を勝手に出して好き放題、なりきりごっこしてくれたじゃないか。確かに俺は、お前の心の中で、まだ、密かに生きながらえてはいるが、恋心なんていうゲロまずいものは食ったりはしないし、ましてや、人格の主導権を握る力も残っていない。勝手に俺になりきって自作自演して、変な設定を涼介のやつに吹聴しやがって! どういうつもりだ!』
「何ていうか、私、女の子演じるの抵抗あってさ」
『演じる?』
「うちら、今でこそ高校1年だけど、4年も前には小学生。男も女も混じって同じような世界で生きていた。それなのにさ。中学生になってから、自分が女であることを意識させられるイベントが次々とやってきてさ。色々と心の準備できていないんだよ。自分が女であることは理屈では理解していても気持ちがついてこない。涼介くんに異性として意識されるのは、嬉しいけど、ちょっと、まだ怖い。彼のまっすぐな眼差しは、可愛いとは思うけど抵抗がある」
『ほう?』
「でも、独裁者のクロムハイトとしてなら、私、彼の本当の相棒になれる。下心ありの関係じゃなくて、ひとときでも、彼の本当のソウルメイトになれる。少年漫画の認め合いながら相反するライバルみたいにさ。会話していても、距離感が心地いいんだよ。私、ボーイズラブとかは読まない人だけど、そういうところはわかるんだよね」
『だからと言って、俺の名前を出してカッコつけやがって。これが中二病の痛々しさってやつなのか』
「ふふふ。我ながらかっこいいじゃない。心に闇を抱えて超絶知識で彼を助ける相棒ポジション。あんたの膨大な知識のライブラリを参照できるし、あんたの霊力も少し拝借させてもらえる。うっ。心の独裁者が疼くぜ!みたいな。私、また、しばらくクロムハイトごっこさせてもらうね」
『周囲から痛い子として見られるぞ。お前、自分では気づいていないかもしれないが、結構、夏菜子って女からの視線痛かったぞ。軽蔑した視線を投げてた』
「うそ。恥ずかしい。うううう。でも、やめられない。俺の名前はクロムハイト。悪の独裁者だ! 涼介! 今は共闘しているがいつかお前を倒す!」
『やーめーろーっ! くそっ! いつか霊力を回復して、体の主導権を奪い取ってやるからな! 覚えていろ明日香!』
☆ ☆ ☆
ある日、除霊の帰り道、涼介くんは疲れたから休もうと公園のベンチに私を誘う。
気まずい沈黙がしばし訪れたかと思うと、思い立ったかのように彼は私の手を握る。
自分の髪の毛が揺れ、鼻にかかる。何もかもがむずがゆい。
「あ、明日香ちゃん。ぼ、僕、君のことが」
ま、待って。告白? 好きだけど心の準備が。
「グフフフフ。どうした?涼介。いいぞー。恋する乙女心の果実は。貴様にもおすそ分けしてやろうか?」
ノリノリで演じていると羞恥と幸せが混じった高揚感が全身を駆け巡る。
「き、貴様!また、明日香ちゃんの体を」
きゃあ。また、独裁者に憑依されるふり演じちゃった。
こんなことしているうちに彼が心変わりしたら一生後悔しそう。
彼の瞳には私がかわいこちゃんの姿形で映っているのは嬉しい。
でも、自分が女である現実がまだ怖い。いつの日か彼の純情を受け止めたい。その日が来るまで、心の器を育むんだ。
ああ、いっそのこと私、クロムハイトごとその澄んだ瞳でやっつけられたい。
何考えてるんだろ、私。ちょっとすけべかも。私がすけべなこと。バレたいけどバレたくないな。中二病の仮面の奥には、私の中の乙女心が裸のまま隠れているから。今は暴かれたくないけどいつか暴かれたみたい。矛盾した気持ちが切ない。
私のお腹が鳴る。それを見て涼介くんが笑う。
「んー。やっぱ今はいいや。なんかお腹すいちゃったな。コンビニ寄ってく?」
「グフフフフ。ポテチのシチュー味が新発売だ」
「クロムハイトも人間らしいところあるじゃん」
今は女の子として君の横に居るのは少し恥ずかしい。でも、クロムハイトとしてなら、君のそばで佇んでいられる。少し優しい気持ちになれるんだ。
『甘酸っぱい青春送りやがって!いつかまた、お前の人格を奪い取ってやるからな!覚えていろよ』
ふふっ。クロムンも涼介くんもどっちもかわいい。
俺様はこの女に憑いた悪霊だ。ぐふふふふ。
な、なんだ? この女のことが貴様は好きだと言うのか。
ふっ。だが俺は悪霊だからな。そんなことに心は動かされないぞ。
ぐふふふ。うふっ。
なーんてね。脳内会話楽しい。