後編 共闘!彼女に憑依した悪霊!
俺の名前は涼介。ちょっと、霊能力があるだけの平凡な高校生だ。中学3年の受験シーズン、俺は必死で勉強して、大好きな明日香ちゃんと同じ高校になんとか受かった。だいぶ、勉強教えてもらったからな。
なんと言っても、半年間くらい、霊能力の修行で必死だったもんで、その間に学校で習うべきことを取り戻すのが大変だった。
まあ、なんと言っても、その副産物のおかげで、愛しの明日香ちゃんとこうして同じ高校に通えているわけだけど。
今日もこうして、青空の下、河川敷を歩きながら同じ方向を向いて帰宅。夢のようだ。
「どうしてそんなに笑ってるの?」
「笑ってるかな? ちょっといいことがあって」
君がいるからという言葉をはぐらかす。
「いいことって?」
「なんでもない」
「えー。聞かせてよー」
その瞬間、背筋にゾクっとした違和感が走った。なんだこれは。この違和感には覚えがある。そう、中学3年の春。ちょうど去年に。
「クロムハイト! 貴様! まだ、明日香ちゃんの体に!」
『おっと。ばれちまったらしょうがない。まて、除霊するなよ。除霊しようとすると彼女がどうなるかわかってるだろうな』
「人質にする気か!」
『俺はこの娘の心の奥底に潜み、ひっそりと貴様への恋心を食って生き延びている。貴様との思い出と一体となっていると言ってもいい。俺を除霊したらどうなるかわかってるか?』
「思い出が消える……」
『そうだ。貴様とこの娘と過ごした半年間の甘酸っぱい日々の記憶は全て消える。ふふ。この俺を消せるか? 消してみろ! さあ! さあ! さあ!』
「くそおっ!」
危険な霊、社会に害を及ぼす霊を俺はこのまま放置してしまうのか。俺との思い出だけが消えるだけならいい。おそらく、摘出方法をミスれば彼女の脳にも後遺症を残し、後々の彼女の人生に暗い影を落とす。
俺はどうすればいい。どうすれば。
『気に病むことはない。俺は、かつてのような支配欲はない。ただ、小娘の心の中で平穏に暮らしたいだけだ。色々と疲れたからな』
そうですかと言葉をそのまま、受け取るわけにはいかない。修行を重ねいつかこいつを安全に摘出してやる! そして、明日香ちゃんの魂を取り戻すんだ! そのためには、まだ、俺の能力は足りない。あと、1年は修行しなければ!
『ククク……! 良からぬことは考えぬことだ。それが俺にとってもお前にとっても、最適解だ。おっと、この世界では、最適解という言葉は高校か大学で習うのだったか?』
妙な言葉を使って、心を操ってくる。こいつは危険な霊だ。早く除霊しなければいけないが急いても事を仕損じる。ここは、落ち着いて平穏を装うのだ。
『それはそうと、お前、クライアントと約束していたのではないか?』
「あ」
大事な約束を忘れていた。除霊の依頼が入っていたのだ。
『まあ、俺はしばらく人格を潜めておくから、小娘とせいぜい楽しめよ。じゃあな』
ふっと、彼女が白目を剥いたかと思うと、ふわっと髪の毛が浮き、そして、黒目が戻ってくる。
「あ、あれ? 私、今、なにしてたんだっけ?」
「心配することないよ。ちょっと疲れてるだけだと思う」
「そうだといいけど……」
僕と明日香ちゃんは、自宅とは逆方向の電車に乗り、依頼人の元へ向かった。
「あのさ。明日香ちゃん……」
「どうしたの?」
さっきまでが嘘だったかのように笑顔を向ける。
「なんでもない」
「えー。変な涼介くん」
いつか、クロムハイトを完全除霊してやる! そして、大人になって君を幸せにする。
僕たちが向かったOX高校は、戦前からある伝統校だ。校舎も古い木造で、空襲で受けた弾痕が残っていたりする。
依頼人の夏菜子ちゃんは語り始めた。
「この学校で生徒が行方不明になっています。ここに通ううちの妹も。先生も警察も手を尽くしてくれましたが、何もわからない。藁にもすがるつもりで、霊能力者であるあなたにお願いしました」
校舎の中を案内される。夏菜子さんは大学生だが、妹さんの制服を着ているため、警備員さんにも咎められない。僕たちも交流のある姉妹校の制服なので、何も言われない。
3人のコツコツという足音がこだまし、緊張感が高まる。
明日香ちゃんが僕の腕にすがる。疑いたくはないが、これは本当に彼女の人格だろうか。いや、邪悪な気はなりを潜めている。無闇に疑ってはいけない。
「ここです。ここの踊り場で行方不明に」
何の変哲もない踊り場だ。上は3年生の教室で、下は2年生の教室ということになっているらしい。
鏡が飾られている。昭和15年贈呈か。戦争では学校は病院代わりに使われたと聞く。多くの人の死を映して来たに違いない。
その時、背筋に悪寒が走る。クロムハイトか? いや、違う!
「鏡の中から、とてつもなく邪悪な怨念を感じる!」
「ええっ? 普通の鏡に見えますけどね」
夏菜子さんはのぞきこもうとしたそのとき、中から5本の手が伸びる。
「危ない!」
声をかけた時は遅かった。夏菜子さんが中に引き摺り込まれようとしてる。
『苦しみを! 我らの苦しみを解放してくれ!』
「きゃあっ!」
「待ってくれ! 除霊の準備をするっ!」
俺はブレザーを脱ぎ、シャツ一枚になる。指の先から除霊ビームをお見舞いする。だが、効果は薄い。
『これ以上、我々を苦しませないでくれ! 仲間を! 仲間を増やすのだ』
くそっ! 地縛霊だ。長年の怨念が消えずに残っているんだ。
今の俺の霊力ではなんともできないのか。夏菜子さんをこのままむざむざと行方不明者リストに加えてしまうのか。
『見てられねぇな』
背後から低い声が響く。この声は、もしかして
「クロムハイト!」
『小娘の体の中で黙って見てようと思ってたが、思いの外、苦戦してるじゃねぇか』
「う、うるさい!」
『いいか。小僧。よく聞け。戦死した連中の残留思念を集めて暴走させている上級霊がいる。いわば霊界のポピュリストと言っていい。まずは、そいつを見つけるんだ』
クロムハイトに助言されるのは癪だが、アドバイスは正しい。念を送り、霊を探知する。
「見つけた!」
『そうだ。よくやった。次は、霊の中から、無政府主義者の残留思念を見つけろ。戦前の日本は、思想統制されているように見えて、隠れて色んなイデオロギーを持ったやつらがいた。この学校は、あの時代のエリート教育受けたやつがたくさんいるから、必ずいる』
霊の語る声に耳を向けていく。取り込まれないように気をつけながら。
『政府などいらぬ。政府などがあるからこのような戦争が起きるのだ』
「居た!」
『見つけたらそいつの残留思念を拡張するのだ。俺もかつては、無政府主義者には苦しめられた。だから、この上級霊にとっても脅威だ。できるか?」
「やってみせる! ありがとう! クロムハイト!」
呪文を唱え、手のひらを天に掲げて叫ぶ!
「食らえ! アナーキーリバース!」
無政府主義者の霊が暴走し、上級霊を食い尽くし始める。
『うわああああああああ!』
決まった!
霊はバラバラになり、鏡の中から人がたくさん出てきたのだった。
「優子!」
「夏菜子お姉ちゃあああん! 怖かった!」
どうやら、感動の再会はできたようだ。
俺は力が抜けその場に倒れ込む。
「大丈夫?」
明日香が俺の額を拭う。
かくして、行方不明事件は解決した。本件の顛末は、霊能力で解決したと、マスコミに報道するわけにはいかないので、霊能事件ファイルとして、警察の資料室に奥深くに眠っている。
警察に送り届けられ、自宅に着いた頃には夜遅くになっていた。
そして、彼女を送り届け、自宅前に着いた頃、クロムハイトの人格が覚醒していることを確認すると語りかけた。
「なぜ。助けてくれた」
『さっきも言った通り、俺は彼女の甘美な恋心を食いながら生きながらえている。貴様がいなくなったら、俺の食い扶持がなくなるんでな。クックック。いつか、力を取り戻したら、この手で貴様を葬ってやる。そのためには、貴様の霊能力ごっこにしばらく付き合ってやろう』
「そうはさせない! 修行していつか除霊する方法を見つけてやる!」
『言ってろ。だが、それにしても、霊界にも何やら、生前の俺のような企みをしている奴がいるらしい。平穏に暮らしたい俺にとっては厄介だな」
かくして、俺と明日香ちゃん、クロムハイトは、謎を残しつつも、運命の渦に巻き込まれていくのだった。
完
ひとまず、続編を書こうと思えば書けるような伏線的なネタは、色々とばらまいていますがひとまず、他の長編も抱えていて、書きたいものたくさんあるのでこれは一度完結とします